2016
07.06

神様のご支援は新たなご縁やヒラメキで



人生のステージが変わる時、神がかり的に
いろんな方との有難いご縁や

「…なるほど、そうか!」というヒラメキで
未知の世界が拓けてゆきます。

今回の私の起業に至るまでの過程においては、
信じられない体験の連続でした。

本日のブログでは、神様のご支援である
「新たなるご縁」や「ヒラメキ」について
参考になるサイト記事を転載致します。


▲http://president.jp

一人の楽しみは、必ず広く他に及ぶ

「日本の資本主義の父」といわれる渋沢栄一。

日本初の銀行など約500の会社と
約600の教育福祉事業の設立にかかわった。

しかし、一人ですべてをつくったわけではない。
そこには多くの企業家や資本家の協力があった。

つまり、多くの人を惹きつける魅力を備えた、
良い意味での「人たらし」だったのだ。

そのことは主著『論語と算盤』をはじめ、
残された数多くの言葉からも読み取れる。

「栄一は強運の男だった。
その良い運は良い人とのご縁から生じる。

栄一はどのような立場であろうと、
人との出会いとご縁を
大切にしたのではないか」

こう語るのは、栄一の玄孫にあたる5代目で、
コモンズ投信会長の渋澤健。

栄一の残した言葉を
独自の解釈でまとめた著書もある渋澤が、

人を魅了するという観点で、
一番心に刻み込んでいるのが
次の言葉だという。

「ただこれを知ったばかりでは、興味がない。

好むようになりさえすれば、
道に向かって進む。

もし、それ衷心より道を楽しむ者に至っては、
いかなる困難に遭遇するも挫折せず、
敢然として道に進む」(『論語講義(二)』)

物事をただ「知った」だけでは興味はわかない。

しかし、

「面白い」と思えれば、何か行動を起こす。

さらに行動してみて
心から「楽しい」と思えれば、


どんな困難があっても
くじけずに邁進できるという意味だ。


「成功した人たちは、どこかの段階で
"楽しむ心のスイッチ"が入った人
なのではないかなと私は思っている」と

渋澤は述べ、
栄一の次の言葉につなげる。

「一人の楽しみは、
決してその人限りに止まらず、
必ず広く他に及ぶ」

(『渋沢栄一訓言集』)

「自分が楽しそうにしていると、
人が自然に集まってくる。

この人と一緒にいると楽しいよねとか、
何かやってくれそうだとか、魅力を感じる。

世の中で成功している人たちは、
個性的な人が多いが、

自分の人生を楽しんでいる。
そういう人に魅かれて人はついていく」


なるほど、大切なのは自分が心底楽しむこと。
これこそが「ご縁」を呼び込む“王道”なのだ。




「ご縁」というと受け身の感じもするが、
栄一は自ら積極的に縁を求めた人でもあった。

「老年となく青年となく、
勉強の心を失ってしまえば、
その人は到底進歩するものではない。

いかに多数でも時間の許す限り、
たいていは面会することにしている」
(『論語と算盤』)

何歳になっても学ぶ心を失っては、
人の進歩は止まる。

そうならないためには、
忙しくても時間の許す限り、

訪れてくる人にはなるべく
会うようにしている、という意味だ。

そんな面会の機会を得た一人に、
イオングループの創業者である岡田卓也の
父親である岡田惣一郎がおり、

当時15~16歳だった岡田少年は
四日市から東京まで行商をしながら
旅費を稼ぎ、栄一の自宅を訪ねたそうだ。

「栄一が強運の男だったヒントはここにある。
運を持ってくるのは人。

時間は有限ですし、面倒くさいかもしれない。

けれどそこで人を門前払いするのか、
いろんな人と会って意見交換するのか。

栄一の家には毎朝、多くの人が陳情に来たが、
出勤する前に時間の許す限り会っていた。

そういう中で、自分の考えをまとめたり、
気づきなどもあったのだろう」

そうしたご縁で出会った人と、
どんな関係を築いていくのか。

それが最も大切な点だ。
栄一はこうも語っている。

「他人を押し倒して
ひとり利益を獲得するのと、

他人をも利して、ともにその利益を獲得すると
いずれを優れりとするや」(『渋沢栄一訓言集』)

人を押しのけて、
その分まで自分の利益にする人と、

人も自分も、
どちらも利益が得られるようにする人、

どちらが優れているかは明らかだ
という意味である。渋澤はこう解説する。

「利己と利他はよく別だといわれるが、
必ずしもそうではなく、
私は利己を否定してはいけないと思っている。

ただ、利己とはいまのその瞬間だけのこと。
ただ、テークだけで、ギブしないというのは、
そのときはいいけれども、将来はどうか。

いまギブすれば、
将来、ギブンされるかもしれない。

利己というのはそのときの瞬間のことで、
そこに将来という時間軸を刺すと、
それがやがて利他につながっていく。

結局、栄一は『論語と算盤』で
利己と利他のバランスを説いているのではないか」。



栄一はさらに
次のようにも語っている。

「およそ目的には、理想が伴わねばならない。
その理想を実現するのが、人の務めである」

(『渋沢栄一訓言集』)

ある目的に向かって行動する場合、
目的の達成だけではなく、
その理想をも実現するのが人間の義務であると。

渋澤は「私はその瞬間の利己は否定しないが、
『理想』という将来への時間軸を通すことが
最も大切であり、

その理想を実現させることが人の務めと
いえるのではないかと考えている」と話す。

これは渋澤の仕事にも通じる。

外資系金融機関を渡り歩いたのち、
コモンズ投信を立ち上げた。

主力商品の「コモンズ30ファンド」は、
30年先を見据えた個人向け投資信託。

短期での効率的な運用を目指す
本来のファンドとは性格が異なる。

長期の時間軸の中で、
個人投資家と投資される企業の双方が
利益を得られるようにするものだ。

ところで、

「人たらし」の栄一にとって、
犬猿の仲といわれるのが
三菱財閥の創始者の岩崎弥太郎で、

有名なエピソード「向島の決闘」が残っている。

料亭での会食で、経営哲学をめぐって論争になり、
激高した渋沢が途中で黙って帰ったというもの。

ところがこれには後日談がある。

約1年後、2人は協力して日本初の保険会社、
東京海上保険会社を設立しているのだ。

「三菱の岩崎さんが出資することは
信用力を高めるので歓迎していた。

栄一は晩年、岩崎さんとは
経営に関しての考え方は違ったけれど、
毛嫌いしたことはないと振り返っている。
リスペクトは当然あったはず」(渋澤氏)

栄一も「礼儀ほど美しいものはない」とし、
意見が対立する相手でも
尊重することが大切だと説いた。

敵・味方は単純でなく、
いつ入れ替わるかわからない。

たとえば、社内人事で嫌いな人と一緒に
仕事をしなければならないこともあるだろう。

ライバルであっても、
礼節は欠かないようにしたいものである。

「人たらし」は天賦の才かもしれないが、
ここで取り上げた言葉を意識して
実践していくようにすれば、
人間関係は変わってくるはずだ。



渋沢栄一の歩み

【1840年】
現・埼玉県深谷市に生まれる

【1864年】
一橋慶喜に仕える

【1866年】
幕臣となる

【1867年】
パリ万博使節団員として出立

「西欧文化に日本の武士はびっくり」

【1869年】
明治政府に仕えて、民部省租税正になる

【1873年】
勤めていた大蔵省を辞め、第一国立銀行を開業

【1878年】
東京商法会議所を創立

【1885年】
日本郵船会社創立、東京瓦斯会社創立

【1887年】
帝国ホテル創立

【1888年】
札幌麦酒会社設立、東京女学館開校

【1890年】
貴族院議員に任ぜられる

【1897年】
渋澤倉庫部開業

【1916年】
実業界を引退

【1931年】
逝去


▲http://newstyle.link

神様はアイデアやひらめきを通して

願いを叶えてくれるということについて、

解説していきます。


神様にお願いをしますと、

そのお願いを聞いてくださいます。


でも、ここが重要なのですが、

神様は、アイデアやひらめきを通して、

願いを叶えてくれるのです。


また、プラス発想をおこなったり、

言霊(ことだま)を使って、

良いことを口に出して言ったり、

願望を頭の中で映像化

したりしていますと、

その願望が実現に向かいます。


でも、その時も、

いきなり欲しい物が

目の前にぱっと現れるのでは

ありません。


そうではなくて、神様から、

アイデアやひらめきとして

プレゼントされるということです。


たとえば、車が欲しいという

願望があり、

神様に車をくださいと

お願いします。


そして、いつも車を持っていると

イメージし、映像化し、思考して、

口から言葉に出していれば、

やがて、それは現実化します。


でも、いきなり、欲しい車が

ポンと目の前に現れるのでは

ないのです。


そうではなくて、神様は、

アイデアやひらめきを通して、

願望を叶えてくれるのです。


たとえば、車が欲しいという

願望であれば、

ローンを組んだら手に入るとか、

安く買えるところがあるとか、

アイデアやひらめきが湧くのです。


また、車を買うために必要な

資金を貯めるために、

副業を始めたくなったとか、

かけもちでアルバイトを

したくなったとか、

有利な取引で車を買う方法が

掲載された本がほしくなったりと、

いろんなアイデアやひらめき、

衝動が、湧いてくるのです。


そして、そのような

アイデアやひらめき、

衝動にしたがっていくと、

ついには、欲しい車が

手に入ります。


したがいまして、

神様にお願いすると、

すぐに欲しい物が

ポンともらえるのではなく、

あくまでもアイデアやひらめき、

衝動を通して与えられると

知っておいてください。


ですから、神様にお願いした後は、

アイデアやひらめき、衝動に

素直に従い、実行する必要が
あります。



▲http://newstyle.link/category6

せっかく神様が閃きをくれても
行動しないと実現できないということ
について、解説していきます。

神様に、豊かさや幸せを願うと、
閃きやアイデアを授けてくれます。

でも、その閃きやアイデアは、
実際に行動しないと実現しません。

したがいまして、閃きやアイデアを
もらったら、何よりも行動することが
大事ということなのです。

神様に何かをお願いしても、
魔法みたいに、欲しい物が
ぱっと現れるということではないのです。

神様は、いつも、
お願いした物を直接くれるのではなくて、

閃きやアイデアを通して、
与えてくれるということを
知っておいてください。

したがいまして、お願いしても、
何も行動しなければ、

何も手に入れることは
できないのです。

その時に、神様は
何も願いを聞いてくれないなどと
嘆いてはいけません。

必ず、神様は、閃きや
アイデアを与えてくれており、

ただ単に、実践しないから、
手に入れることが
できないだけなのです。

もう一度、自分に、
これまでにどれだけ多くの
閃きやアイデアが浮かんできたかを
思い出してみてください。

非常に多くの閃きやアイデアが
浮かんでいたことに驚くと思います。

そして、実践しなかったために、

欲しい物を手に入れることが
できなかったのだと反省してください。

もう一度、言います。

神様は、お願いしたことを
手に入れるための、
閃きやアイデアを与えてくれます。

したがいまして、

願望を実現するには、
神様にお願いするだけではなくて、
与えてもらった閃きやアイデアを
しっかりと実践する必要があるのです。




▲http://www.shigotonomirai.com

ビジネスの世界では、よく、
「気付きが大切」と言います。

気付きは「あっ!そうか!」という感覚です。

今まで当たり前だと思っていたことに
変化をもたらすことができますし、

これをビジネスに活かせば、
新商品や新サービスなどを
作り出すきっかけになります。

また、気付きは、
さまざまな思い込みや制限を
手放すきっかけにもなります。

今まで八方塞だった問題の解決や
個人の成長にもつながります。

それはまるで、
今までモヤがかかっていたところに
光が差し込んできたかのような、
急に視界が開けたような感覚です。

ところで、

そもそも「気付き」とは
一体どのような状態のことを
指すのでしょうか?

どのようにしたら
「気付き」を起こすことが
できるのでしょうか?

「気付き」とは?

「気付き」とは、
誰かから教えられたり、
指示されたりすることなしに、

自分の内面から生じる感覚的な
「発見」や「ひらめき」、
「解釈や理解の変化」のことです。

それは

「AがBとなって、Cとなる」のように、
論理的に考えて答えを導くというよりも、

「ハッとする」「あっ!と思う」のように、
突然起こるような感覚である場合が多いです。

たとえば、外出時に
財布や携帯電話を忘れたときに起こる

「あっ!○○忘れた!」という、
あの感覚のように。

言い方を変えれば、「気付き」とは、
それまで意識上になかったものが、

何かの拍子に
意識上に現れた状態とも言えるでしょう。

2つの「気付き」

「気付き」には、大きく分けると
2つの種類があります。

①突発的な気付き


1つ目は、何の前触れもなく
突発的に起こる気付きです。

忘れた財布や携帯電話を
ふと思い出したようなシーンがそうです。

②きっかけによって起こる気付き


2つ目は、何かしらきっかけによって
起こる気付きです。

誰かが携帯電話を
手にしているのを目にしたり、
着信音を耳にしたり、

知人から
「携帯電話はどうしたの?」のように

問いかけられたりするような
シーンがそうです。

「気付き」を起こすためには?

「突発的な気付きは」何の前触れもなく
突発的に起こるので、

何かしらの意識によって
コントロールをすることは
難しいのかもしれません。

一方、

「きっかけによって起こる気付き」は、
何かしらのきっかけを

意識的に作ることによって
気付きを起こすことができます。

気付きを意識的に起こすきっかけを
いくつか上げてみました。

①観察する

物事を細かく観察すると、
何かしらの「変化」を見つけることができます。

「変化」は気付きのきっかけになります。

たとえば、小学校の自由研究で
アリや草花の成長を観察したすると、

「あれ?今までは
○○だったのに変わったぞ!」と気づくように。

また、ルビンの壷がそうであるように、
観察によって、静的なものの中からも
気付きを起こすことができます。



②問いかける

問いかけは、今までの思考パターンにない
「新しい思考パターン」を作るきっかけに
なります。

「新しい思考パターン」は、
新しい視点で考えることになり、
新しい気付きが生まれやすくなります。

コミュニケーションスキルの1つである
コーチングは、この効果を狙っています。

たとえば、
何か新しいことをやろうとするとき、

人はさまざまな恐れや不安を抱き、
行動を無意識に止めてしまうことがありますが、

そのような場合に……

もし、

お金も、時間も、年齢も、
性別も、学歴も、すべてが
自由になるとしたら、

本当は何をしたいだろう?

もし、

友達が自分と同じ問題を抱えていたら、
どんなアドバイスをするだろう?

もし、

90歳まで今の状態をずっと続けたとしたら、
どんな結末を迎えるだろう?

などのように、
普段考えないような問いかけを、

自分自身、または、周りの人から
問いかけられることによって、

気付きを起こすきっかけを
作ることができます。

③異なる角度や視点で見る・聞く

ある物事を今までとは
異なる角度や視点で見たり、
聞いたりすると、

新しい何かを感じ、
気付きが起きるきっかけになります。

たとえば、

優れたコンサルタントやコーチ、
カウンセラーは、

クライアントの「問題」を「機会」に
変えるのが得意です。

あるコンサルタントは、

「仕事がない」と困っていたクライアントに、

「成功者が一度はたどる道のりですね」
と伝えました。

また、あるコーチは、

「売上が上がらず資金がショートしそう」
と悩んでいた経営者に、

「今までも似たような経験が
あったと思うけど、
以前はどのように乗り越えたの?」

「これは、一人で悩むのではなく、
社員を巻き込んで、考えるチームを
作る機会なんじゃない?

これを乗り越えたら、
すごい力になると思うよ」
と伝えました。

つまり、ネガティブな状況の中に、
ポジティブな価値を見出して、
伝えたのです。

このように、同じ物事でも、

ポジティブな面に光を当てると、
「あっ!そうか、これはチャンスなんだ」
という気付きが生まれます。

「気付き」を妨げるもの

逆に、次のような環境は
気付きを妨げてしまうでしょう。

①理詰めで考えてしまう


気付きは「AがBとなって、Cとなる」のように、
論理的に考えて答えを導くというよりも、

「ハッとする」「あっ!と思う」のように、
突然起こる感覚です。

一方、

何かしらの問題を抱えているときは、
発想がネガティブになり、
頭が固くなりがちです。

しかめっ面をして腕を組みながら、
「う~ん、この場合はどのように

すべきなのだろう?」と理詰めで考えても、
新たな気付きは起こりません。

気付きを起こすためには、
理詰めで考えることから少し離れて、

リラックスしているときに起こる
「ふと浮かぶ感覚」が大切です。

②「思い込み」が制限になっている

「○○すべき」「○○ねばならない」
という思い込みは、視点をある1点に
とどめてしまいます。

異なる角度や視点で
見ることができないため、
気付きが起こりにくくなります。

気付きを起こすためには、
突飛な意見でもOKとする
頭のやわらかさが大切です。

まとめ

「気付き」についてまとめみました。

いかがでしたか?
気付きを起こすためには、

観察、問いかけ、視点を変えるなど、
さまざまなコミュニケーションスキルが
役立ちます。

また、「あっ!そうか!」と発見したり、
気づいたりしたときの、

あの「脳がひらめく感覚」は、
頭の中がネガティブな状態というよりも、

どちらかというと、

開放感、納得感、充実感のような、
ポジティブな状態であることが多いです。

気付きを起こすためには、

まずは、ポジティブでリラックスし、
安心感がありながら、

集中できる環境を作ることも
大切なのかもしれませんね。


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2016
07.05

心の世界に生きる



お金をたくさん持っているとか貧乏だとか、
これからの人生をそんな金銭的な尺度で
生きてゆくのはつまらないと思います。

心の世界に生きる

「人に喜ばれて自分が喜ぶ」
みたいな生き方がしたいと
このたび、起業することにしました。

その道のりを照らす「ともし火」が
欲しいと願っていた折に、本日ご紹介する
無料メルマガに出会いました。

その一部をサンプル的に「無断」で転載致します。
無料メルマガですので、是非アドレスをご登録して
読まれてみて下さい。

とても有難いことが書いてあります。

仏教の教えがベースとなっていますが、
人間の人生のガイドですから、
クリスチャンの方でも参考になることは
多いと思います。

よろしければ、読まれてください。



生きている時、ガチッと一念で摂め取られ
何があっても捨てられない幸福、
崩れない幸せであることを先回お話ししました。

この「何があっても」の中には
「死ぬときも」というのも入ります。

以前講座に来られた学生で

「どうせ死んだら終わりじゃん」と投げやりに
私に食ってかかってきた大学生がいましたが
なかなかよく考えています。


「どうせ死んだら」の言葉を前に対抗しうる
人生論、幸福論はなかなか見当たらないからです。

どんなに上手く世の中を渡り、
人より多くの富や名声、家族などの

幸せをつかんだとしても
どんな人も死を免れることはできません。

死ぬときには今まで人と争ってまで
手に入れてきたすべてのものを置いて
一人ぼっちで死んでいかねばならないのです。

-------------------

いよいよ死んでいく時の実相を
蓮如上人はこう説かれてます。

『まことに死せんときは、かねて頼みおきつる

 妻子も財宝も、我が身には一つも

 相添うことあるべからず。

 されば死出の山路の末、三途の大河をば、

 ただ一人こそ行きなんずれ。』

 (蓮如上人)

-----------------

温泉旅館に泊まりますと、

きれいな掛け軸やインテリア、風光明媚な庭や
清潔な布団などあって気持ちいいですが、

どんなに「これいいな」と思っても
その日一日だけしか自分が自由には
できないものです。

旅館を出るときに「気に入ったから」といって


部屋から持っていったら、窃盗罪で逮捕されます。
その日一日だけの、しばらくの所有物です。


考えてみれば、私たちが手にしている
財産も地位も名誉もこの世にいる間だけ、
しばらく自分のものになっているもの。

死んでいくときには、全部置いて
丸裸でこの世を去らなければなりません。

一人ぼっちでどこへ行くんでしょうか。


人と駆け抜け争い、手に入れて、
「おれのものだ」と誇っていても

しばらくの間、夢幻のように消えていく
はかない一生の間だけのことです。

大金を手中にしたとっても
権勢をほしいままにしたといっても

歴史絵巻をクルクルと

早送りボタンを押してみれば
温泉旅館の客の出入りさながらです。

朝、客が部屋を出ていけば、
昼過ぎにやってくる次の客が使う部屋となる

その客も翌朝には出て行って
また次の客の入ってくる準備が始まる

どんな権力者とて、一夜の温泉宿の
一介の客にすぎません。

死んでどこへ旅立つのかも知らず。。


それなのに私たちはなぜ生きているのでしょうか。



やがて死ぬのに何故生きる?

これこそシッダルタ太子(後のお釈迦さま)が

城を出られた動機であり、

親鸞聖人が出家された目的でもあります。


こればかりはどうしようもない、
考えないようにするしかない、

考えてしまうと

むなしくて不安になるだけだから、
という人があります。

答えがないならそうするしかないのですが、
その不安の解決の道は2600年前、
ブッダによって明らかにされているのです。

その昔、

なんとかシッダルタ太子(のちのブッダ)の
出家をやめさせたい一心から

「お前の望みは何でもかなえてやるから」
と提案する父・浄飯王への
シッダルタの三つの願いは

「老いない身にしてください」
「病で苦しまない身にしてください」
「死なない身にしてください」

というものでした。

その三つの願いを聞かれた浄飯王は
「無茶なことをいうものではない」
とあきれ返ったとあります。

こればかりはどうしようもない
どうせ死ぬんだから、考えたって仕方ない
と死をごまかし続ける人類は

死を克服したいと挑戦する者に
むちゃだ、とあきれるだけなのです。

「死」が怖いと敏感に感じ、
「死」こそ大問題ではないかと直感的に気づく、

純粋な少年や少女も

「そんなこと考えても仕方ない」
「それよりも将来のために勉強しなさい」

と大人の物わかりのいい意見にいつしか、
飲み込まれてしまいます。

その中、ただお一人敢然と死に立ち向かい、
ついに死を超えた幸福の厳存を万人に示したのが
ブッダ、お釈迦様その人です。

だから仏教で説かれている「本当の幸せ」とは
いつ死んでも人生に一点の後悔なし、

生きてきてよかった、と
死の巌頭に立ってなお大満足の境地です。

それが『摂取不捨の利益』です。

++++++++++++++

いかがでしたか?
なかなか良いことが書いてあるでしょう?

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2016
07.04

人生のステージが変わる時



現状に満足している人でも、
シニア世代であれば人生の終焉に向かい、
いずれステージが変わります。

あるきっかけで歩けなくなって
介護ベットの住人になるかもしれないし、
パートナーの介護をする側に回るかもしれません。

そうなれば当然、毎日の過ごし方が変わります。

その時に慌てないように、
本日は「人生のステージが変わる時」をテーマに
二つのサイト記事をご紹介します。

しばらく更新していませんでしたが、
私も人生ステージが変わります。

61歳にして介護支援サービス分野で
起業することになりました。

私なりに考え抜いた「心の悠々自適」を目指す人生の始まりです。


詳細は後日、機会があれば。


▲http://nekokick3.com

実際に自分のステージが変わるとどうなるか、
体験してみないとわからないですよね。

そこで、今回は、そんなステージの変化が起こった時にどういう兆しがあるのか。

これを書いていきたいと思います。

ステージが変わると起こること

これは、一つではないのですが、

・自分の考え方が変わる
・人間関係が変わる
・生活のリズムが大きく変わる

という変化が起きます。

①自分の考え方が変わる


まずは、この考え方という所ですが、

今までこだわっていたものや、
執着していたものが変わったり、
また時間のかけ方などに大きな違いが生まれます。

これは、例えるならば、

航海をしているときに
使用していた航海図の目的地が変われば

当然そこに向けて編成し直さないと
いけなくなりますよね。

そんな具合で自分の思考が変化します。
それが成長なのか、退化なのかは本人次第でしょう。

②人間関係が変わる


人間関係に大きな違いが現れるのも、この過渡期、
岐路においての特徴としてあることですね。

これは、今までお世話になった人と
付き合わなくなるということではなく、

それとは別に

今までお会いしてこなかったような方と
お会いしたり、ご一緒に仕事できる機会が現れます。

鏡の法則を引用すれば、
自分が人生で関わりを持てる相手は、自分を投影したもの。

つまりは、自分が変わることで、
その人間関係も変化してくるというわけです。

③人間関係の変化に気が付くには?

流動的に人と付き合っていると、
その目まぐるしい変化に気が付かないことも
多々ありますので、

これ、一つのトリガーとしては、

・感謝をすること。

感謝をすることで、相手をより注目できます。
感謝の気持ちを持つことで、
自分の人間関係の変化に気が付くことが増えるでしょう。

・生活のリズムが大きく変わる

最後に生活のリズム。
これ、けっこう大きな問題です。

ともすれば、生活リズムは
人生の大きな変化が起こるときくらいしか、
そのリズムは変わりません。

しかし、起きる時間、通う場所、
過ごす場所や寝る時間。

ここらへんの変化が大きいと
それだけ自分の人生にも大きく影響を与えます。

身近なことでいえば、

朝1時間早起きして読書をするだけでも、
人生の大きな変化は現れると僕は思います。

次のステージに上がるときの注意点

①自分を見失わない
②今までお世話になった人をおざなりにしない
③フラットに生きる


またこういう人生の変貌期は、注意も必要です。

①自分を見失わない


あたらしいステージに上がると、浮足立ってしまい、
また必要以上に興奮やはしゃいでしまいがちですが、

自分は自分。常に自分は自分だという気持ちで
臨むことが大切です。

②今までお世話になった人をおざなりにしない


そして、今の自分があるのは、
過去これまでお世話になった人、
良くしてくれた人、

また大きく言えばこの種子を絶やさず
受け継いでくれたご先祖様に感謝しなくてはなりません。

結局、ステージがどれだけ変化しても、
身近な人をおざなりにする人に勝利の女神は微笑まない。

そう思います。

③フラットに生きる


あとは、もうどんな状況であっても、フラットに。

人生の変化の時期なんて、普段以上に
上下していくことが多いでしょう。
そこで一々一喜一憂せずに、フラットに生きる。

おごらず、焦らず、あきらめず。
腐らず、焦らず、自分のままで。

これがこの次のステージに
上がる時の注意点だと思います。


▲http://ameblo.jp

(質問)

自分のステージが変わる時は、
お試しがあるってありました。

この言葉は良く聞くのですが、
お試しというのは実際どんな感じの事が
おきてくるのですか?

基本的な事で申し訳ないのですが、
教えていただけると嬉しいです。

--------------------------

「お試し」とは、言い換えると
「自分の覚悟が試されることが起こる」
ということです。

自分の人生変えたい!!と想って、
いろいろと行動しますね。

自分の気持ちの中では
新しい世界に行こうとする自分に
喜びを感じている部分と

新しい世界に行こうとする自分に
不安を感じている部分があります。

どうして、新しい世界に行こうとする自分に
不安を感じるのかというと

人は、変わるということに、
良くも悪くも恐怖を覚えるということ

そして、新しい世界に行くことは、
多大なリスクが生じるからです。

多大なリスクとは、何でしょう?
それは、今あるものを「手放す」ということです。

ないものをもらうことは、
人はまったく悩まないんですが

あるものを手放すことは、
人は勇気がいるんですね。

一番手放しにくいものが、
「習慣」と「人間関係」と「お金」です。

人は、楽したいし、嫌われたくないし、
生活レベルを落としたくないんですね。

たとえば、「変わりたい!」と想ったあなたが
誰かに素敵なセミナーを紹介してもらって
そのセミナーに仲良しの友達を誘っていこうとします。

友達は「いいよ」って返事をしてくれました。
そして、仲良く一緒にセミナーへ行きます。

自分は、とってもその内容に感動し
懇親会にも行って講師と直接話をしたい!って想います。

でも、友達は講演会が終わったとたん
「あー終わった!お腹すいたね、」

何か食べに行こうよ」と
二人だけで行こうとあなたを誘います。

でも、あなたは、本当は懇親会に行きたい。
そこでいろんな人たちと交流を持ちたい。

でも、友達は「懇親会代も高いし、
講師と話せるとも限らないし、全然興味ない。
もう話聴いたし、いいやん」と言います。

さて、ここで質問です。

① あなたは、友達に
「私は行きたいから」と伝えて、
一人でも懇親会に行けますか?

② あなたは、「ああ、そうやんね」と
本音は隠して、友達とご飯に行きますか?

①を選んだあなたは、今まで
友達に合わせて生きてきたことを手放し

自分の想いをきちんと友達に伝えて
自分が本当にそのときしたいことを選択しました。

あなたの選択は、あなたの魂が喜ぶ道へと
繋がっていきます。

②を選んだあなたは、今までと同じように
友達に合わせて生きようとし

嫌われることを恐れて自分の想いを伝えられず
自分の気持ちにウソをつくことを選択しました。

あなたの選択は、今までとなんら変わらない道を
これからも歩むものです。

たとえば、夢を叶えたいと想っていた
あなたの目の前にずっとやりたかった仕事が
できるチャンスがやってきます。

でも、その仕事に転職すると休みは減り、
お給料も歩合制になり、確実に今の生活レベルは
維持できなくなります。

今までのように、自由にお金を
使うこともできなくなります。

さて、ここで質問です。

① あなたは、現状維持の生活を手放して、
夢を目指しますか?

② あなたは、夢をあきらめて、
現状維持の生活を選びますか?

どちらを選んでも、あなたの人生です。
どちらが正しくて、どちらかが正しくない
ということではありません。

ただ、あなたが今までとは違う人生にしたいと
想っているのであれば
今までと違う選択をする必要があります。

「魂が喜ぶ選択」は、
決して「楽な」選択ではありません。

「魂が喜ぶ選択」は、ときに厳しく、
ときに踏んばりが必要なものです。

あなたの魂が喜ぶ選択はどちらですか?



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2013
10.02

子を持って知る親の恩





専門学校へ通う娘が、
朝いつもの時間を過ぎても起きてきません。

「おーい、起きらんでもよかとね?」と
娘の部屋のドアをノックしながら声をかけました。

なかなか返事が返ってこないので
5~6回、繰り返したでしょうか。

すると

「今日は、11時からで良いの!」と
少しキレたような返事。

ムカッ!

「ああ、そうなの。ごめんな。」

60年近く人間をやっていると、とっさの怒りを
かみ殺す術ぐらいは身についているようです(偉い!)

「それにしても、なんて奴だ!」
「まったく、親の顔が見てみたいわ。…あっ、俺か!」

ブツブツ言いながら、リビングに戻り
食後のコーヒーをひと啜り。


「そういえば、俺も母親に文句ばかりいっていたな…」


子を持って知る親の恩


普段は、自分のことで精いっぱいで
自分一人の力で生きているように思い、

いろんな方にして頂いた「お陰」で
今日があるとは、なかなか思い至りません。

特に親の恩は、その最たるものです。

大学を出たのも親のお陰。
就職を出来たのも親のお陰。
結婚を出来たのも親のお陰。

子供を二十歳を過ぎるまで、無事に育てて来れたのも、
思えば親のお陰でした。

もう、85歳になる我が母。

いまだに、60歳になる私のことを「ター坊」と呼びます。



ああ…、お母さん

ごめんね。


ああ…、お母さん

有難うね、いつも。


ああ…、お母さん

お母さん…嗚呼




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2012
05.25

困ったことは起こらない




      

  

-------------------------------------------

 

人間を「成功に導く階段」があります。

 それは「困ったこと」です。

 

「困ったこと」が起きたとき、

「困った」と言うと、

階段を一歩降りてしまうことになるんです。

 

ただ、そんなとき、

「おもしろいことが起きた!」と言うと、

階段をひょいと飛びあがるんです。

 

「おもしろい!」と言った時点で、

世間にも神様にも
「こんなことで困ってないよ!」という勝利宣言になるわけ。


 
このひと言で
「あなたの勝ち」が決定するんですよ!

 

-------------------------------------------


私ごときが、今さらご紹介するまでもなく、

 

斎藤一人氏の数々の著書から溢れ出る

教えや教訓に、目からウロコ!


勇気づけられたり、救われたりした人は、
山ほどいるのではないでしょうか?


もしかしたら、自殺を思いとどまった方さえ
おられるかもしれませんね。

 

斎藤氏の教えの中で、私が最も好きな言葉は、

困ったことは起こらない!」です。 

 

以前より、「山より大きな猪はいない!」

という言葉もありましたが、
 

この教えは、楽に生きるための

即効性のある妙薬だと思っています。 

私なりの解釈で、

ちょっと、極端な事例を挙げてみます。


 


会社が倒産して、
失業してしまったとします。



普通だと、とても「困った」出来事です。


 

しかし、「うーん」と唸ってみても、

職を失った事実は変わらない訳です。


経営者の無能を恨んでみても

自分の運のなさを呪ってみても

なにも変わりはしません。


つまり、


「では、これからどうするか?」という

問題解決の方向に思考を切り替えていかないと、

 

まさに、「困った」状態が続く訳です。

  

「ナゼ?どうして?」と


禅問答みたいなことを繰り返したところで、

そこには悟りなどありません。


 



ここで、大切なことは、


「失業した」という現実を受け入れて、

いかに早く次のステップに進めるかです。

 

大人になれば、お金、健康、人間関係…、

挙げればキリがないほど、

いろんな解決すべき問題が降りかかってきます。

 

そのたびに、困っていては、

神経がすり減るばかりです。

 

 


まずは、起こった現実をキチンと受け止めること、

次に最善の解決策を考え抜くことです。


 

「困ったこと」というのは、


自分がまだ手を付けていない

「未処理問題」にすぎないと

 

斎藤一人さんの教えから、

割り切ることができました。

 

今はもう、「なんでも来い!」の心境です。


 


 

相変わらず、いろんなことは起こるのですが、

 

おかげさまで、「本当に困ったこと」は

起こらなくなりました。

 

どんなことが起ころうと、

解決策を一生懸命考えて、

 

まわりの方のお力を借りながら

精一杯努力してゆけば、

 

なんとかなるみたいです。


 

 

なせば成る、なさねば成らぬ何事も

成らぬは人のなさぬなりけり

 

---上杉鷹山--- 米沢藩(山形県)藩主

 

自分の力を信じて

「困ったこと」をひとつずつ解決しながら、

楽しく生きていきましょう p(^^)q

 

おたがいに!


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