2017
08.07

気晴らしの方法



落ち込んだ時、気分がクサクサする時、あなたはどうしていますか?

「それは、魂の修行ができていないからだ!と言われたら、「わたしゃ、そんなに偉かねえんだよ!」」と逆ギレしたくなります。

まさに「100%逆ギレ」ですけどねヽ(´∀`)ノ

今宵のブログは、私同様に魂の道場で頑張る白帯のあなたに読んでもらいたい記事です。

転載している記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っています。興味のある方は覗いてみて下さいませ♪


▲neta-life【ネターライフ】

気晴らしの方法!気分が乗らない・冴えない・落ち込んでいる方必見

何もしていないのに毎日が疲れている。気分が乗らない。ぱーっと遊んだのに、余計疲れがたまってしまった。

そんな人には気晴らしが必要です!

しかし、自分に合った気晴らし方法を理解している人ってすごく少ないんです。

間違った気晴らし方法は、ただのストレスとなって自分にのしかかってきます。そんな気晴らし、気晴らしじゃない!

ちゃんと自分にあった気晴らし方法を知っておきたいですよね。確実に気晴らしできる方法をご一緒に見ていきましょう!

気晴らしの方法を探すなら、原因を知るべし!

では、自分にはどのような気晴らし方法があっているのでしょうか?場面別に考えてみましょう(^^

もしあなたが仕事で疲れているのなら、仕事に関係ない気晴らし方法がおすすめです。

たとえば、仕事で毎日のようにパソコンを使っているような人は視覚を常に意識しています。

ですので、視覚を休められる気晴らし方法をためしてみましょう。

視覚を休められる気晴らし方法

・自然を満喫する
・早めに就寝する
・音楽鑑賞をする
・外に出て軽い運動をする

視覚以外の五感を中心に使用することで視覚を休めることができます。

視覚を休めながら、他の五感を使用して気晴らしすることで精神的に落ち着けるのです。

自然の中でバーベキューをしたり、鳥の声を聴きに行くのも良いでしょう。

自然特有の匂いをかぎに行ってもよいでしょう。

普段と違う環境(仕事場以外)に身を置くことで心も体もリフレッシュできます。

感情を前面に出せる気晴らし方法

仕事で接客をしている人やご近所との付き合いなどで、自分の感情を表に出せない人におすすめです。

人と接していると、どうしても一歩引いて相手を立ててしまうのが人間です。仕事だと、特にそれを意識している人は多いのではないでしょうか?

・ひとりカラオケ
・お笑い系の番組を見て思い切り笑う
・感傷的な映画で思い切り泣く


そういう人は感情を爆発させるような気晴らし方法がおすすめです。

一人カラオケは数年前から人気が出てきた遊びです。

現在では1人専用カラオケの施設もありますので気軽に立ち寄れます。

カラオケで大声を出すことで運動効果も期待できます。

1曲全力で歌うと100Mを疾走したのと同じカロリーを消費しているって知っていましたか?

大きな声はお腹から出しますので肺を無意識に使用します。

呼吸法を変えるとダイエットにも良いといわれているので一石二鳥ですね(^^)/

また、歌う行為は精神を安定させるので、精神的にまいっている人にもおすすめです。

他にも、お笑い系や感傷に浸れる系のDVDをレンタルする方法があります。

カラオケに行くより、経済的でお手軽な気晴らし方法です。

笑ったり泣いたりするのって人前だと遠慮してしまってこらえてしまいませんか?

こらえることが日常になってしまうと、感情がない人間になってしまいます。

「周りが笑っているのに、何が面白いのかわからない」なんて人はイエローカードです。

1人の時間を作って、自分が笑える映像やお涙ちょうだいな映像をたくさん見てみましょう。

時間がない人がためせる気晴らし方法

時間がなく切羽詰まっている。それが原因でストレスをためているのはわかってるけど時間がない!そんな人におすすめの方法です。

・いつもと違う道を通ってみる
・家族を増やしてみる
・食べ物を良くしてみる

いつもと違う道を歩くと様々な発見があります。また、同じ道をゆっくり歩くのも様々な発見をします。

コツは「いつもと違う」ことをする。早歩きで去ると、案外知らない店や建物が多いです。

一歩道が違っても雰囲気が異なります。

そのような小さな発見が精神を刺激し、「次ここに寄ってみよう」と行動意欲を掻き立てます。

忙しい人はその場で決断するくせが付いているので、次こうしてみようという思考が薄いと言います。

ですので、気晴らしでは「次」を意識していることで「いつもと違う」ことを演出してみましょう。

家族を増やしてみるのも良いですね。現在はペットブームと言われています。

犬や猫、鳥やハムスターなど、家で待ってくれる家族がいれば、時間がなくても癒し時間を確保できます。

外でストレスをためても、写真を持ち歩けばいつでも癒し時間を作れますし、家に帰るもの楽しみになりますよね。

しかし、ペットは一生の家族です。自分の都合で途中飼えなくなる可能性があるならおすすめできない気晴らし方法になります。

他にも、時間がなくてコンビニ弁当の毎日を送っている人はワンランク上の食べ物を摂取する方法があります。

外食している時間がとれない人は、お弁当を作ってみるのも良いですね。

普段しないことをすると、新しい発見があります。

時間に追われている人は、新しい発見がある気晴らし方法を試しましょう(^^

気晴らしに大切なのは?

気晴らしをするのに大切なのは「自分を非日常に置く」ということです。

いつもと違う場所で、自分を出す行為そのものが気晴らしになります。

ですので、ストレスが溜まっているから気晴らしにぱーっと遊びに行くという方法だとかえって疲れてしまう場合があるのです。

なぜ気晴らしが必要なのか、その原因は何なのかを把握してからストレス解消をするとより効果が高いとされています。

それは「自分を知る」行為にもつながります。

社会人になると、中々「自分分析」なんかできませんよね。

気分が落ち込んだ時や冴えない時は、自分を知るチャンスだと思い、原因を探って自分にとっての非日常を見つけてみましょう!



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2017
08.06

取り越し苦労の処方箋



私は、「取り越し苦労」の名人です。まだ起きてもいないことを悪い方にクヨクヨと思い悩み、不安がってばかりいます。

そんな自分に喝!を入れるために本日の記事を掲載します。

「ケサラセラ」と気楽に生きられる方には実に無用の記事となりますが、ささいなことにクヨクヨと悩んでしまい方には、なんらかの救いになるかも知れません。

さて、まずはあなたに質問があります。

あなたのこれまでの人生の中で、あなたの予想を超える「最悪なこと」って実際に起こったことがありますか?

おそらく「起こっていない」と思います。なぜなら、仮にそう感じることがあったとしても、あなたはそれをなんとか乗り越えてきたからです。



よろしいですか?「最悪なこと」とは、あなたが頑張っても「乗り越えられないこと」であって、「乗り越えられそうにないこと」ではないのです。

「山より大きなイノシシは出ない」と言います。

神様は、あなたが乗り越えられないような試練は与えはしません。



もっと具体的に言えば、あなたの人生に起こる試練(苦労)は、この世に生まれる前にあなたの魂と神様が相談して決めてきた修行のカリキュラムだからです。

「ウソつけ!」と疑う方は、「生きがいの創造(“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫) )」という本を図書館で借りて読んでみて下さい。

だから、もし「ああなったらどうしよう」と最悪の事態を恐れて不安で不安でたまらない人は、「もし、そうなったら受けて立つまでだ!」「かかってきやがれ!」と覚悟を決めることです。

「ああなったらどうしよう…」という不安は、覚悟が決まっていないから怖いのであって、「そうなったら受けて立ってやる!」「死んだ気で乗り越えてやる!」と闘志をむき出しにして睨み返してやれば、すっと消えてしまうものです。

それ以前に、あなたが恐れるほどの「最悪なこと」ってほとんど起こらないのです。

最悪レベルが100とすれば、大抵は50前後で収まって、「ああ、心配して損した!」と安堵してきたのではありませんか?

つまり、最悪の事態に対する不安は、覚悟を決めることで解消するものです。

極端なたとえ話をすれば、「今度の検査でガンだったらどうしよう!」と不安がっている人がいるとします。

でも考えてみて下さい。「やっぱりガンでした」となったら、ジタバタしたって仕方ないでしょう!ガンだったのだから。

そうなったら、その事態を受け入れて、これからどう生きるかが問題であって、それを結果がわかる前に心配してみても始まらない訳です。

「ガンかもしれない」「ガンじゃないかもしれない」と不確定な時点で、「ガンだったらどうしよう」と悪い方にばかり考えることを取り越し苦労といいます。

要は、覚悟の問題です。自分の人生に起こる試練は、自分に乗り越えられないはずがないと信じられるかどうかだと思うのですが、あなたはどう思いますか?

本日のブログは、以前にも取り上げた「取り越し苦労」の続編です。

本日転載した記事のタイトル画像には本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は覗いてみてください。

悩めるあなたの心を癒す記事とたくさん出会えるかもしれません♪

「とても悪いことが起こるのではないか」という不安は、あなたから落ち着きを失わせ、集中力を奪い判断力を狂わせます。

けれども、心配するほど、想定される悪い事態が回避される保証があるのならば心配する価値もありますが、いくら心配してみても、それらの悪いことは回避できるものでしょうか?

そうです!いくら心配してみたって、不測の事態を回避するのに何の役に立たないと思い知りましょう。




▲ストレスフリーナビ

【杞憂】想像し得る最悪の事態は決して起こらない取り越し苦労

「失敗したらどうしよう」「想定外のことが起きたらどうしよう」先々の心配ばかりしてなかなか行動できない。

気がつくと1週間、1ヶ月、半年と時間が経っていた…。あなたにはそんな経験はありませんか?

人生に無用な3つのK

僕の嫌いな言葉の一つに「杞憂」というものがあります。辞書でその意味を調べてみると次のようにあります。



僕はこれに加えて「緊張」「後悔」という言葉を無用3Kと考えています。

これらの3Kは、その概念自体を頭から消したほうが人生はうまくいくんじゃないかと思っています。

想像しているときが一番怖い

起こりもしないことをあれこれ心配して(杞憂)、実際に行動する前から消耗し切ってしまうのはあまりにも勿体ないと思いませんか?

そして多くの場合、その事態は起きません。「こんなことならもっと早く始めていれば」と、ここで2つめのK(後悔)をするわけです。

何か起きたらその時考えればいいんです。リスクマネジメント云々とはまた別の話です。これは「行動のブレーキを外す」ための話です。

モヤモヤが恐怖を掻き立てる

精神的に落ち込んでいたり、自己肯定感が持てないとき何かの行動を起こそうとすると「大丈夫かな」「やめとこうか」というマイナス感情が次々に湧いてくるものです。

それは自然な感情なので、ある意味仕方のないことです。でも、湧き上がるマイナス感情に流されてはいけません。人生のハンドルから手を放してはいけません。

どうしてもソワソワが止まらないときにはその悩みとしっかり向き合う必要があります。

悩みの大半は「モヤモヤした漠然とした不安」です。実態が不明瞭で分からないからこそ、悩みは深くなるし、恐怖感は増すのです。

正体がハッキリしていることなら長くは悩みません。何をすべきか解決策が打てるからです。そうすれば、もう「悩むだけの段階」からは抜けられます。

不安の正体を暴くワーク

ノート見開き1ページを使います。左ページに問題点を「思い込みを排除して客観的に」書き込みます。

右ページに解決策を「実際にできることにフォーカスして」書きます。この自問自答作業を、問題集をこなすようにひたすら続けます。

「考える」そして「書く」という行為によって悩みの具体化と現実的な解決策の大量アウトプットをします。

頭の中では大問題だったことも書いてみると、「そこまででもない」ということに気づくはずです。

自己肯定感が低いと、どんどん悲観的になります。

そして、起こりもしない最悪の事態を勝手に想像してその考えを補強する根拠を集めてしまいます。

だから一歩引いて冷静になるためにも「書く」という行為は効果的なのです。

あなたの悩みは、実は世界的には大したことないと解れば…

もしかすると、あなたは自分の悩みを「自分だけに固有な特殊なもの」だと感じているかもしれません。「誰も自分ほどの深い悩みを抱えている人はいない」と。

でも、あなたが経験することは世界中のいたるところで毎日のように起こっているのです。

あなたが抱える悩みも世界中のいたるところで毎日のように生まれているのです。

言ってみれば、特に珍しくもない悩みなのです。あなたのその悩みも「人類史上初めての悩み」ではない。

今この瞬間、あなたにとっての重大問題でも、一年後にはきっとそれを覚えていないはずです。

「ゲゲっ!こりゃ、えらいことや!」とパクくることでも、多くの先輩たちがすでに経験しクリアしてきたはずのことだと考えれば、超パニくっている自分がふっとアホらしく思えませんか?少し心が軽くなりませんか?

自分で悩みを大きくしないこと!

「大変だと思っていたことでも、やってみたら案外大したことはなかった」そんな経験は、あなたも1度や2度ではないはずです。



案ずるより産むが易し

いかがだったでしょうか?あなたの辞書に「杞憂」の文字はいらない。「案ずるより産むが易し」を座右の銘に。

あなたの今日がほんの少しストレスフリーに近づくことを願って。




▲Life is Fantasy feat



1)深く考えすぎてしまう性格

物事を深く考えすぎてしまう人というのは、世の中に結構いるようです。

という私も、深く考えすぎてしまう人だったと思います。

私はいつも、自分で考えようと思っているわけでもないのに、「もし、ああなってしまったらどうしよう」とか「これが起こったらこうなるのではないか」とか考えてしまう性格でした。

通常、よく考えることは大切ですし、無計画に行動して失敗してしまうとか、失言してしまうといった事がないため、良いことのように思えますが、深く考えすぎる性格だと疲れますし、楽しめなくなったり、気分がだるくなったりしてしまうものです。

どうして、私はこんなにも深く考えすぎてしまう性格なのか、自分なりに分析してみました。

そうしますと、深く考えすぎてしまう理由が2つありました。

1)物事が良くない方向に向かう恐怖心

2)同じ失敗を繰り返す恐怖心


2)物事がよくない方向に向かう恐怖心

私は物事がよくない方向に向かうことを恐れて生きていたのです。

物事がよくない方向にいってしまった時の言い訳をいつも考えてしまっていました。

例えば、朝電車に乗り遅れてしまい遅刻する可能性が出てきたとすると、

「このままだとぎりぎり遅刻する可能性が高いからタクシーで行くべきか?それともぎりぎり間に合うか」

「仮に遅刻したとして、上司になぜ遅刻したかを聞かれた際どういえば1番被害が少なくてすむか?」

などなど、物事がよくない方向に向かった際の言い訳をいつも考えてしまっていたのです。

3)同じ失敗を繰り返す恐怖心

私は同じ失敗を繰り返すことが怖いために、いつも「これがこうなった原因はこれが上手くいかなかったからで、それが今回の失敗を引き起こしたんだ」というような事を考えてしまっていました。

同じ失敗を繰り返さないために、原因を考えることでその問題を解決しようとしていたのです。

これも、失敗することの恐怖心から行っていたと思います。

上記のとおり、深く考えすぎてしまう理由というのは、恐怖心からであるかもしれません。

恐怖心を避けようとするのは、人間としての本能として備わっているそうなので、考えてしまうのも仕方の無いことなのかもしれません。

ですが、考えすぎても仕方がありませんよね。

その理由は2つあります。

1)考えたからといって問題は解決しない

2)レベルの低い考えでは解決策自体が導き出せない


4)考えたからといって問題は解決しない

人間は物事に対する思考力というものがありますが、頭の中で考えたからといって、その物事は解決することはありません。

簡単に言うと、車のガソリンが足りなくなりそうになったら、ガソリンスタンドに行って給油しないとと考えます。

「このままだと給油しないとヤバいぞ!」と考えただけでは燃料切れになりますから、実際にガソリンスタンドに行って給油しないといけません。

ですから、問題を考えるだけでは、そのことを解決することはほぼ不可能であると思います。


さらに、良くないことを考えてしまいますとそれを避けるためのシナリオを考えてしまったりして行動にストップをかけてしまうことになりそうです。

5)レベルの低い考えでは解決策自体が導き出せない

人間が物事を考えるときに、自分の知っていることの中から考えます。

しかし、数十年の人生では、全知全能にはなれませんし、蓄積される知識や経験も限界がありますよね。

そんな経験や知識が少ない状態で考えたところで導き出せる答えというのは、おそらく大したことのないものになってしまうでしょう。

と考えますと、いろいろ考えたとしても意味がなのかもしれません。

考えても、いいアイデアや案が浮かばないですし、浮かんでもレベルが低いですから、考えるだけ無駄かもしれません。

考えすぎる性格を直すには、いろいろ深く考えすぎてもダメなのかもしれません。

考えても、大した答えが浮かばない上に行動力も奪ってしまいますから。

さらに、マイナスのことを考えますと、実際にマイナスのことを引き寄せてしまいます。

ですから、いろいろ考えるのではなく、ただただ行動するというのもいいのかもしれません。なにせ、行動しなければ何もできませんから。

その、行動力を奪ってしまうのが

1)物事が良くない方向に向かう恐怖心

2)同じ失敗を繰り返す恐怖心

という、2つの恐怖心なのかもしれません。ということは、この2つの恐怖心をなくすことができれば、深く考えすぎる性格を直すことができそうですね。

この2つの恐怖心をなくすためには、「諦める」ことが必要になりそうです

「物事はなるようにしかならない」という諦めの気持ち


「同じ失敗を繰り返してもいいや」という諦めの気持ち


これをもつことができますと、自然と恐怖心が減っていきます。

遅刻したら怒られるかもしれないけど、別に怒られてしまってもいいや!と思ったら、恐怖心が減ってしまいますよね。

怒られることへの恐怖心の軽減と、信頼が下がることへの恐怖心の軽減。

要は、恐怖に対して開き直る訳です。

このように、物事に対する恐怖心が軽減されてしまうと、いろいろと楽に生きることができるようになってゆきます。

そのため、考えすぎなくなるのかもしれません。遅刻して良いとか悪いとか言いたいのではありません。

考えすぎてしまうことによって恐怖心をつくってしまうことが危ないですよと言いたいのです。

恐怖心をつくってしまいますと、さらに新しい恐怖が生まれ

キリがなくなってしまいますから、深く考えすぎてしまうのかもしれません。

別にどうなってもいいや!と気楽に生きることができるようになりますと、

そんなことを考えることなく生きていくことができるのかもしれません。

楽しく明るく生きていけるといいですよね。

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2017
08.04

おかげさまでボチボチでんな



「マイナスの反対はプラス」ですが、その間に「0(ゼロ)」があります。プラスではないけれど、決してマイナスではない状態です。

「幸せ」とは何かについて考える時、「決して不幸ではない状態」が「幸せな状態」ではないかと思うようになりました。

「ぼちぼち」「そこそこ」な状態こそが、幸せの真髄ではないのかと思うのです。

私はよく、「幸せ」とは何かを調べる時に、「幸せの条件」「幸せな人の特徴」なんかを検索して探そうとします。

けれども、不幸でないことが幸せの絶対条件だとすれば、「不幸せな人の特徴」を検索して、自分が該当するかどうかをチェックしたほうが早いのではないかと思い始めました。

特別ではなく「ぼちぼち」な幸福感が平均的に続くことこそが一番有難いことなのではないかと思うのです。



なぜ、「すごく幸せ」が一番ではないのか言うと、「少欲知足」と言う課題が最後のボスキャラだからです。

こいつを攻略しないことには、「すごく幸せな心境」には至らないのではないかと思います。

お釈迦さまやイエスさまが、人間界で修行していたとき、金ピカの衣装を身にまとって財宝の山の中で暮らしておられたでしょうか?

同世代の中には、ヘルパーさんの手伝いがなければ食事が出来ない人がいるというのに、自分は好きなものがいつでも食える。

すでに寝たきりになっている人がいるというのに、自分はまだ自在に歩ける。

紙オムツのお世話になっている人がいるというのに、自分はウォッシュレットのトイレで毎回快適に排便が出来ている。

お互いにこの歳になれば、どれだけカネを持っているかは絶対的な幸せの尺度とは言えませんよね。

今の年金だけじゃ、満足な暮らしができないとグチっている方、そのあたり、いかがでしょうか?

本日、「ぼちぼちの幸せ」というキーワードで検索して記事を構成しようと準備に入ったら、いきなり(私にとって)スペシャルな記事に出会えました。

本日は、その記事を転載してご紹介したいと思います。

タイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方はそちらの方も覗いて見て下さい。

ためになりそうな記事がいろいろとありましたよ♪


▲弁護士ブログ「堀井雑感」

「儲かってまっか?!」

「ボチボチでんな!」

大阪ではごく当たり前のフレーズです。どんなイメージですか?

「ボチボチとか言いながら、本当は儲かってんのとちゃうん?」が多いのではないでしょうか?

「ボチボチでんな」と言う時の表情は、ほとんど微笑んでいるイメージです。だから、商売は「エエ感じ」なんでしょうね。

逆に、儲かってないときは、「ボチボチ」とは言わず、「あきまへん!さっぱりワヤや!」なんてシブイ顔して言います。

さて、この「ボチボチ」って、実は、とんでもなく「深い意味」があることを最近知りました。

「儲かってまっか?!」

「おかげさんでボチボチでんな!」

・・・そう「おかげさんで」が本来はセットということです。

この「おかげさん」っていうのは、「御蔭様」つまり「見えない何か」。「見えない何か」って?そう「神様」なんです!

つまり、神様は目に見えないけれど、自分を守り力を貸してくださっている。

その「御蔭様(おかげさま)」の力によってボチボチ商売をさせてもらっているという大阪商人の感謝を込めた挨拶言葉ということです。

「商売をさせてもらって曲がりなりにもゴハン食べさせてもらってます。ありがたいことです」という意味が、「ボチボチでんな!」には、含まれていたのです。

大阪商人は「ガメツイ」なんてイメージがあるかもしれませんが、本当の商人(あきんど)のポリシーに学ぶものがあります。

だから「茶化す」んじゃなく、謙虚に学び、「いつも感謝の気持ちを忘れない」ためにも「御蔭さんでボチボチでんな!」と、感謝の気持ちで元気よく挨拶したいものですね!

ええ勉強でした!




▲京都工芸

「おかげさま」と言う詩です。作者不明と言ってる方が多いですが、作者は「上所重助」さんです。

「おかげさま」 詩:上所重助

夏が来ると「冬がいい」と言う

冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い

痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「暇になりたい」と言い

暇になると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い

自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる

金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満の明け暮れ

隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか

親のおかげ

先生のおかげ

世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて

得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう

「俺が」、「俺が」を捨てて

「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい



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2017
08.03

Do your best, and let it be(人事を尽くして天命を待つ)



なにげに鼻歌でメロディーを口ずさんでいたとき、「あれ、これビートルズの「レット・イット・ビー」だよなぁ…」と気づき、どんな意味なのか調べてみました。

「あるがままに」という意味であることを今まで知りませんでした。恥ずかしい限りです。

その和訳の例文に下記のフレーズがありました。

Do your best, and let it be.

これは、日本のことわざにある「人事を尽くして天命を待つ」 のニュアンスに近いそうです。

本日は、「人事を尽くして天命を待つ」で検索して読んだ記事の一部を転載してご紹介します。

各記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、本サイトの別の記事も覗いてみてください。

あなたにとってお役に立つ記事と出会うかもしれません♪




▲Yahoo!知恵袋

「人事を尽くして天命を待つ」の「天命」とはなんでしょうか?

どうも解釈が二通りあるらしいのです。

1.人事を尽くして天命を待つ、を因果応報という意味で解釈する場合。天命とは、努力にふさわしい良い結果のこと。

2.人事を尽くしても、天命は天命なのだから良い結果もあるし悪い結果もある。天命とは、人間の力の及ぶ範囲外からやってくるものなので、良かろうが悪かろうが人間はそれを受け入れるしかない。

みなさんはどちらですか。また、自分が思っていた解釈とはちがう解釈があることを知っていましたか。



「天命」の私の解釈としては、あなたが示された2の解釈です。

「予め定まった天による天の決断」という意味で捉えていました。

人事を尽くし切った結果として、上述の「予め」が消えるのかどうか、しかしそういうことに期待も何も抱かず、ただただ人事を尽くすことが人間の使命であるとの自覚に至った者としての、凄みがこの言葉にはありますね。

そういう思いでこそ生きるべきと思います。



人事を尽くし続ければいいのでは。

天命を待つという言葉は、人々に隙間を与え受け入れやすくするための言葉に感じます。

天命とは、当人以外の人々、また事柄での現象ではと思います。

そして当の本人は、熱中し続けているか、亡くなっているのではないでしょうか?

人事を尽くし続ける人は天命を待ちません。

尽くす前の人が天命を望んでしまうため、この言葉が広がったのではないかと思います。



もし2の意味が、「人事を尽くしても・人事を尽くさなくても、天命なんだから結局は同じじゃん!」という意味なら、私は、多少2に近いですが、1.2.のどちらでもありません。

たとえば大学受験で、人事を尽くさずに落ちた場合では、不勉強のせいで落ちたのか?それとも最初から受からなかったのか?

手抜きのせいで、自分の人生がよくわからなくなります。

しかし人事を尽くして落ちた場合は、その人はたぶんその大学以外に行くべきところがあるという天命なのだと考えるかもしれません。それがこの格言なのだと思います。

「人事を尽くした結果の悪い結果とは、実はその人にとって良いことであり、本当にやるべきことを教えてくれている」と考えることが天命なのかと思います。

良い結果ならそのまま受け取ればいい。もし2がそういう意味なら、私は2ですね。

解釈というのは、その人の持っている人生哲学が反映しているものですから、人によって違って当然だと思っていますし、またどれが正しいというよりは、「この人はこういう風に考えてるんだ」と教えてくれるものですね。



私も、2だと思いますわ。運勢って誰でも波があると思っています。

天命を受けた後の対処の仕方で自身の成長、アイデンティテーを見つけるのが人生かなぁと最近は考えるようにして「受け入れるしかない」と解釈せずに「何かを学んだ」と前向きに対処をやっと出来るようになりました。


▲子供でも分かることわざ格言辞典と慣用句の意味

「人事を尽くして天命を待つ」にはこんな深い意味があります

人事を尽くして天命を待つ

これは、好き嫌いが別れそうですが、私はよいことわざだと思います。ちょっと聞いただけでは、何を言いたいのか分かりにくいですが、よく考えると奥が深いスルメみたいな言葉です。

直接の意味はこれだけですが…

「人事を尽くして天命を待つ」とはできることはすべてやり、そのあとの結果は運命にまかせる、ということです。

分かりにくいですか。

ようするに、やるだけやったら、あとは運にまかせる、という意味です。

だからなんだって?

そうなんです、このことわざのは急がば回れや猿も木から落ちるのように、「分かりやすく何かを教えてくれている」というものではありません。

天命とは、天に与えられた命令、神さまが「おまえはこうなるのだ」と決めたこと、というような意味です。

したがって、これだけでは、どうするべきなのか分かりにくいばかりか

「どうせいくら頑張っても神さまにダメと言われたらそれまで、あーがんばるのやめやめ」みたいな、たいへんよくない意味にとられかねません。

もちろんそんなことないですよ。そんなことわざなわけないじゃないですか。

ではどういう意味なのか?もう少し考えてみることにします。

人事をつくせば、こんな変化が!

私が「人事を尽くして天命を待つ」ということわざが好きな理由のひとつは、

「やるだけのことをやり尽くせば、結果がどうなろうとも悔いが残らないものだ」

このことわざは、それをあらわしているように感じるからです。



以前見た、ドキュメンタリー番組でこんな話がありました。

ふたりの男が、雪山登山をしますが、そのうちのひとりが、ガケから落ちて動けなくなってしまいます。

そこで、もうひとりの男が助けに行くのですが、そのままふたりとも道に迷ってしまいます。

雪山で右も左も分からず、どうにもならない状況なのですが、「こんなところで死にたくない」「絶対に帰る!」と、

骨折して動けない仲間を背負いながら一生懸命に山を降りようとします。

しかし、深い雪にはまりこんだり、穴に落ちたりして、なかなか進めません。

次第に体力がなくなっていき、そのうち歩くこともできなくなりますが、それでも斜面を転がり落ちながら少しでも下にいこうとします。

そして最後には、広い場所に転がりついて完全に動けなくなります。

「もう、やれるだけのことはやった」

あとは雪に囲まれたまま、あお向けになって空を眺めているしかありません。

ここまで担いできた仲間となすすべもなく時間がたつのを待つのみ、しかしそこに、空から捜索にきていたヘリコプターに発見されて助かります。

人事を尽くして天命を待つとはこういうことではないかと思います。

この男たちは最初、「こんなところで死ぬのはイヤだ」みたいな感じで、必死になっていましたが、最終的には、「やれるだけのことはやった」という心境に変化しています。

最終的にヘリコプターが来てくれるかどうかは、自分たちではどうしようもできないことですが、少しでも発見されやすい場所に移動するのは自分たちでできることです。

そして、力のかぎり動いたからこそ、「できるだけのことをやったのだから、これで助からなかったらしょうがない」という覚悟ができたのだと思います。

うまくいく、いかないは最終的には運しだい、つまり天命という部分もありますが、結果はなんであれ、悔いを残さないという点でも、やれるだけのことはやる、つまり、人事を尽くすというのは大事な意味があるんじゃないかと思います。

不安から解き放たれるために

もうひとつ、人事を尽くして天命を待つ、これを実行する意味として、しっかりと出来ることをやれば、それが自信になって、あわてないというのがあると思います。

どんなことでも、やっていることが中途半端だと「出来るかな? 大丈夫かな?」と、オロオロしがちです。

しかし、たいていの場合、不安にかられた行動というのはロクなことがありません。

それ以上やっても無意味なのに、あせって無茶な練習をしてケガをしたとか、心配しすぎて眠れなくなって試験の当日寝不足で失敗したとか、恋愛でも、そのままでうまくいくのに不安だから相手の浮気をかんぐりすぎて嫌われたとか。

不安が原因で失敗した例は、いくらでもあげられそうです。

なんでそんなに失敗の例が、スラスラと出てくるのかは聞かないでくださいね。

失敗は成功のもと、ということにしておいてくださいね。

まあとにかく、そういった失敗をしないため、「しっかりと勉強したのだから、大丈夫」「これだけきっちり練習してうまくいかなかったら、もうしょうがない」というところまで、やれることをやるのは自信をつける意味でも大事だと思います。

それでも大丈夫かな? というときに「人事を尽くして天命を待つ」ということわざを思い出すといいでしょう。

こんな解釈はおかしいのでは?

このことわざが嫌いという人は、「人事を尽くして天命を待つ」の天命を待つ、という部分がいかにも運まかせで、やる気がないように感じるからじゃないかと思います。

たしかに、かならず成功してみせる!という意味ではありませんからね。

しかし、そもそもがんばれば、かならず成功するようなことにこのことわざを使うべきではないと思います。

もちろんこのことわざの意味はあくまでやれるだけのことをやって運命をまつというものなので、それをどう解釈するかは自由かもしれません。

が、合格が確実な受験や、必ず勝てる試合などは「天命を待つ」なんてこと言ってないで油断せずに気合いいれとけよという話です。

しかし、何をどうやっても大丈夫かどうか分からないというケースが人生にはあるもの。

雪山で遭難したなどという極端なケースでなくても、自分にとってレベルの高い受験、あきらかに相手が強い場合の試合、大勢の前でやる舞台演技など、いくらがんばっても成功できるかどうか分からない、それでもやらねばならん、という局面があります。

こういうのはかっこいいですね。まあ恋愛なんかも、多くの場合そうですね。

でも、見た目にはかっこよくても、いざやるとなったら不安でひざがガクガクしたりするものです。

そんなときは、ともかくやれるだけのことはやっておく。

そうすれば、あとの結果は覚悟を決めて受け入れられる、

それが、「人事を尽くして天命を待つ」ということの本当の意味ではないかと思います。

まとめ

ということで、「人事を尽くして天命を待つ」とは、やるだけのことはやって、あとは運命にまかせるという意味です。

考えてみると、ああだこうだと心配したりオロオロするときって、たいてい大したことをやっていなかったです。

そういうときは、できることを、できる限りやってみるというのが大事なんでしょうね。

そうすれば、不思議と腹がすわってきてあんまり動じなくなります。

まあ、過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)といいますし、

むやみやたらと頑張ればいいというものでもないですが、それでも、そういったことを含めて

「これでベストをつくした」と自分がとことん納得できるまでやっていくと、「天は自ら助くる者を助く」と言うように、なんとかなるもの、

また万が一、思うようにいかなくても自分が「これ以上はもうできん」というところまでやりぬいた記憶は未来の自分に、大きな自信を与えてくれることでしょう。


『「幸せ」とは、感謝の気持ちに満ち、心が平穏で充実感にあふれ、自分をも愛することができる心の状態をいいます』 R・カールソン



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2017
08.01

「包容力」を養おう!



包容力を養おう!

本日のブログテーマは「包容力」です。自分の言い分を押し通そうとする人が多い中で、周りから慕われ、一目置かれる人もいます。

「いつもあの人の周りには人が集まっている」
「みんなに頼られてて、尊敬されている」


そんな風に人望がある人があなたの周りにいることでしょう。

そんな人をみると、「いいなぁ。それにひきかえ自分は…」とちょっとため息が出たりします。だからと言って、自分を卑下する必要はありません。私には私なりの、あなたにはあなたなりの良さがあるはずです。

もし、あんな風になりたいなぁとあこがれる人がいたら、昨日のブログで取り上げた「セルフ・イメージ」の目標にしましょう。

それぞれ性分が違うわけですから、やり方をそのまま真似ようとしても無理があります。

肝心なことは、そんな人望の厚い人達が、普段から心がけていることを、自分も取り入れることです。

形ではなく考え方を取り入れるのが大事なのだと思います。

と言っても、自分で自分の「人望」を高めようとするのも言葉的に変なので、本日のブログテーマは「包容力」に置き換えて検索してみました。

「なるほど、これなら心がけ次第で少しは近づけるかもしれない」と思える記事がありましたので、転載してご紹介します。

この記事では、「包容力とはいったいどういうものなのか?」という基本的な問いかけから、包容力のある人がどのような特徴を持っているのかをご紹介します!

また、包容力がある人になるにはどうしたらいいのかという方法も解説しています。

包容力はすぐには身に付けられませんが、意識して生活していくことで少しずつ培われていくことでしょう。

「包容力のある」人にあこがれる人は、ぜひこの記事を参考になさってください。

タイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は本サイトの別の記事も覗いてみてください。


▲生活百科『包容力のある人の12の特徴』

包容力とは?

包容力と聞いてあなたはどのように説明をしますか?

漢字だけ見ると「包む」、容器などの「容」、そして「力」です。

この漢字が表すように、”包容力とは相手の過ちや欠点など悪いところも全てひっくるめて相手の色々なところを受け入れることが出来る”力のことをいいます。

相手の意見を聞いて、真っ向から批判するのでもないですし、自分の考えを押し付けるような人ではないということです。



包容とは、どういうものか

包容力の包容とは、その漢字の通り、何かを包み込む受け入れ口があるということなんです。

そのように相手の意見や気持ちを受け入れられる器があるからこそ、冷静に相手の意見を聞くことも出来ますし、行動を応援することもできるんですね。

「器の広い人」だとか「器の狭い人」なんて表現を使ったり、聞いたことがあるのではありませんか?まさにその「器」のことなんですね。

しかも、それだけでなく、相手の気持ちをそっと大切にしてくれるような、優しい器です。

包容力があるとはどういうことか

包容力があるということは、自分に意見と違っていても相手の意見を批判せずに、そのような意見や考えもあるのだなと柔軟に受け入れることができる人のことを言います。

その人にならなんだか何でも委ねてもいいと思えるような、安心できるような、そして頼もしいと思える人のことを言います。

なんとなくイメージが沸いたでしょうか?また、包容力があるというのは、意見や考えを受け入れてくれるといった精神面だけでなく、落ち込んでいるときなどにそっと抱きしめてくれる立派な胸元、安心して委ねられる身体という身体面でもありますよ。



包容力がある人の3つの特徴

では、包容力がある人はいったいどのような特徴を持っているのでしょうか。

もしかしたら、あなたはご自分のことを包容力のある人だと思っているかもしれませんが、あなたはその特徴にあてはまりますか?また、あなたの大切な人は包容力のある方でしょうか?チェックも兼ねて、見て行きましょう。

必要としてくれる

包容力がある人というのは、人を大切にします。

そして、その人それぞれの存在を必要としてくれるところがあります。

女性というのは、誰かに必要とされたいものです。

もちろん男性も誰かに必要とされたいものですよね。

誰かに必要とされていると分かった時にはとても安心できますし、そこに存在する意義を感じることが出来ます。

また、生きている喜びを味わうことも出来るかもしれませんね。

なぜそうなるかといいますと、私たち人間は誰かに認められることを重要視しがちだからです。

何か新しいことを始める時、誰かに批判する時、応援してくれる仲間がいるのといないとでは、その後の状況は大きく変わってしまいます。

あなたもそのような経験があるのではありませんか?まず、自分の存在を認めてくれる、そして必要としてくれる人は私たちに安心感を与えてくれるんです。

時間を割いてくれる

あなたの身の回りに居る包容力のある人は、いつもスケジュールを合わせてくれていませんか?包容力がある人というのは、特別な人だけに包容力があるというよりは、その人自身の性格ですから関わる全ての人から一緒に居て居心地がいいだとか、素敵な人だと思われていることが多いんです。

そのため、お誘いも多いでしょうし、お仕事もうまくいって忙しい日々を送っているはずなんです。

しかし、そんな時でも時間を割いてくれます。

「今忙しいから」なんて、相手が悲しむようなことを言いません。

もしもそのような状況だったとしても、包容力がある人は頭の回転が早い人でもあるので、ササッと用事を済ませてしまうんです。素晴らしいですよね。

話を聞いてくれる

多くの方が包容力のある人はどんな人かと聞かれて、「話をきちんと聞いてくれる人」と答えるのではないでしょうか。

特に女性は相手に意見を求めるというよりは、自分の意見を聞いて欲しいから誰かに話すことが多いですよね。

そして、その話に同調して欲しいから話します。

包容力がある男性というのは、適度な相槌を打ちながら女性の話をしっかりと聞いてくれているものです。

意見を求められれば、その話に対して意見を話します。

話し手からみると、とても話しやすい相手でもありますし、何も批判することなく話を聞いてくれるというのは、その話しに同調してくれていたり、その意見を認めてくれているとして受け取ることも多いので、自分自身を認めてくれたのだと安心できるのですね。

包容力があるないに関わらず、誰かが話しているのを真っ向から反対するような人は、誰もが苦手なはずですがね・・・。

存在を認め、必要としてくれる

包容力がある人というのは、誰かを必要としてくれますし、しかも話もちゃんと聞いてくれるものです。

それは全て相手の存在を認めているからできることなんですよね。

認めているからなんて書き方をすると上から目線のように感じられますがそうではありません。

あくまで平等なのです。

俺様タイプの人は”俺が必要としてやってるんだから◎◎しろ”などと言いますね。

それは平等ではありません。

しかし、包容力がある人というのは、さりげなく相手の存在を認めて、必要としてくれるのです。

そこにわざとらしさも見えませんし、意図的でないために好感を持つことが出来るんですよね。

許容してくれる

包容力がある人は、話してくれた意見や考えを批判したりしません。

また、なにかミスをしてしまった時などもすぐに怒るのではなく、その状況を許し、受け入れてくれます。

多くの人は何かに失敗したりすると、誰かに怒られるのではないか、仕事上のミスであればクビになるのではないかなんて深く考えてしまうものです。

しかし、包容力がある人というのは、何に対しても許容してくれるのです。

それってその人といれば、なんだか心強くなれる気持ちも出てきますよね。

ミスをしても肯定してくれる

許容してくれるでも出てきましたが、何か間違いを起こしても包容力がある人というのは、批判したり怒ったりするのではなく肯定してくれます。

受け入れてくれるんです。

ミスをするとその後にどのゆおになってしまうのか心配と焦りでいっぱいになってしまい、更に新たなミスに繋がることもありますよね。

でも包容力のある人だったら、「ミスは皆するものだよ!」「次から気をつけよう!」などと次につなげるのもとても上手なので、仕事だけでなくお付き合いしやすいともいえます。

考え方は違っても理解してくれる

私たちは皆それぞれ違う意見や考え方を持っていて当然ですね。

育ってきた環境も違いますし、好きな歌手や本だって違うのですから。

包容力のある人というのは、人は皆それぞれの意見を持っているし、意見が違っていることは当たり前のことだと分かっているので、どんなに意見が違ったとしても「そういう考え方があるんだね!勉強になるよ」なんて、理解してくれるものです。

そのように理解してくれるだけでも、相手にきちんと自分の意見を言うことが出来るようになりますし、互いに良い関係を築くことが出来るんです。

だって、自分の考えを毎回のように批判してくるような人には、時間がたてば自分の意見を話したくなくなるはずですよ。

多様な価値観を認めてくれる

包容力がある人というのは、十人十色であることを知っています。

十人十色というのは、十人いれば十人別々の考えやカラーがあるということですよね。

私たちは別々の人間なのですから、全ての価値観が会うと言う事はありません。

たくさんの多様性に満ちた価値観があるからこそ、今のこの世界が出来上がっているわけです。

このように様々な価値観があり、それを認めることが出来るというのは色々と学んだり、経験しなければできないことが多いです。

そう考えると包容力が豊かな人というのは、それまでの人生に色々なことを経験したからこそ、素晴らしい人格を形成したともいえそうですね。

必然性を知っている

世の中には偶然起こりうることもあれば、必然的に発生しうる物事もありますね。

包容力がある人というのは必然的に物事が起こることがわかっています。

ですから、何か物事を遂行する時、何かを始めるときなどは冷静に対処することができるんですよね。

頭の回転が速いだけでなく、どうしたらいいのか、どうやったらいいのかなんてササッと答えを出してしまうのです。

起こりうるトラブルについて予測ができている

あなたは何か行動を起こす時、どんなトラブルが起きるなんてことを考えていますか?包容力がある人というのは、どのようなトラブルが起こりうるのかについて予測できていることが多いんです。

人って何かトラブルに見舞われると、そのことについて覚悟が出来ていないと焦ってしまいます。

包容力がある人というのは、ひとつの物事を色々な角度から観ることが出来る人でもあるので、トラブルについて予測することもできるんですよね。

これって色々な経験や色々な勉強をこなすことで鍛えられるものなので、包容力がある人というのはそういう人なのだなということも分かるでしょう。

予想外の事態にも対応力でカバーできる

包容力のある人というのは、起こりうるトラブルについて予測することも出来ますし、また、そのトラブルに対してどのように対応したら良いのかについても考えることが出来ます。

包容力がある人というのは、そのような事態が起こることも想定していなくても冷静に考えることができるので、即座にカバーすることができるんですよね。

まさにこれも色々な経験をしてきたからこそ、できるものなのではないでしょうか

自分の短所を自分で補う仕組みづくりができている。セルフケア。

どんな人でも短所というものがあるものです。

短所もあれば必ず長所もあるものなのです。

しかし、多くの人は短所にばかり意識を向けがちですよね。

「自分はどうせ・・・」なんてあなたも考えたことがあるのではないでしょうか。

包容力がある人というのは、そのように自己嫌悪に陥ることがありません。

もしも短所があったとしても、それを自分自身で補えるのです。

自分で悪いなぁ、よくないなぁなんて思われる箇所に関しては、「それがあるから◎◎できるんだ」なんてポジティブに変換しているものです。

このように自分を大切にしているからこそ、他人に対しても包容力を発揮することが出来るのでしょうね。

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