2017
09.15

再更新:「今」を大切に生きるコツ



気力や意欲が出ない時ってありますよね。
何故そういう現実を体験するのかというと

潜在意識に気力や意欲の
エネルギーの貯蓄が不足しているからなのです。

ですから、
その最善の解決方法は貯蓄すること。

ではどうすればいいかというと「与える」ことです。
宇宙は与えたことを必ず返してくれます。

それは自分や他人に
何かをしてあげることでもあります。
具体的には「ワクワクすること」をするのです。

嬉しい・楽しい・気持ちいい・
美味しい・心地よいことを
体験できると思うとワクワクしませんか。

ワクワクとは、言霊で「湧く湧く」です。
つまり、エネルギーが湧いてくるということ。

日常的にワクワクすることを
できるだけ体験しておくと

潜在意識に気力や意欲の
エネルギーが貯蓄されるのです。

お腹が空くと動けなくなるように
心にも栄養が必要なのです。

自分がワクワクするというのは、
(宇宙に)ワクワクを与えている
ということなんですね。

だから、そのワクワクがまた返ってくる。

やる気が出ない自分を
責めてしまったりしませんか?

それがお腹が減っているのと
同じことだったなんて、目からウロコでした♪

さて、今日はどんなことでワクワクしましょうか??
今週も毎日、ワクワクしてお過ごしくださいね!

本日のブログは、2015/12/16に更新した記事ですが
「今に意識を向ける」というテーマで
検索したサイト記事の中から
心に響いた記事を転載します。

仕事の関係でまたしばらく更新できないので
少し長い記事になりますが、ボチボチ読んでくださいませね(^∇^)ノ




▲ http://www.co-media.jp

自分が体験することは、
「おおよそ自分の内面のあり方次第だな」と
最近思うようになりました。

満足な一生を過ごすためには、もちろん
満足な日々を積み重ねていくのが良いと思います。

日々、自分を満足させるためには、
まず何が自分を満足させてくれるのかを
知ることでしょう。

それを教えてくれるのは
他でもない自分自身、自分の感情です。

自分の感情に意識を向ける

普段、意識して
自分の感情に向き合うことは、
僕の場合ほとんどありませんでした。

自分の感情は、普段わざわざ
意識する必要のないものなので、

漠然ともやもやしたものを
感じることはあっても、

それが一体なんなのか、
時間をとって感じてみることは
意外と少ないのではないのでしょうか。

あ、いま話し相手がいなくて
自分は寂しいんだな…


このモヤモヤは、「劣等感と嫉妬」だな…

誰かと自分を比べてるんだな…

言葉にしてみると、
一歩引いた視点から
自分を見ることができます。

無理に名前をつけて縛る必要はなくて、
ただ感じたままに表現するだけで
いいんだと思います。

愚痴を言ってスッキリするのも同じで、
言葉にして、共感してもらうプロセスは、

客観的に自分の感情を認知することで、
そこに心理的なスペースを生む効果が
あるのだと思っています。

ある統合失調症の互助グループでは、
各々の症状に自分自身で名前をつけることで、

それぞれの症状の理解を助け、
ストレスを軽減する取り組みを
しているそうです。

こうした言葉にして共感するプロセスは
相手がいなくても、
自分の内側でできることです。

いま感じているモヤモヤは、
焦りなのか、不安なのか、
それともその両方なのか。

たくさんの感情がごちゃ混ぜに
なっていることもよくあります。

今、何を必要と
しているのかを感じる

内観をして見ると、
不安と焦りを感じていた自分は、
やすらぎを必要としていました。

冒険を重視するあまり、
やすらぎのニーズに気づいていなかったのです。

ひとつずつ手にとって、
その感情の一片が何を求めているのか、

どうしたら満足するのかを考えてみると、
自分の価値観に沿って生きる手助けになります。

自分が本当に必要としているニーズを深めていくと、
そのニーズを満たす手段はいくらでもあることに
気がつきます。

複数の手段の中から
主体的に選択することで、

ニーズをもれなく満たし、
満足を感じることにつながります。

何を感じて、何を必要とするか、
そしてどう行動するか、
選択するのは自分自身です。

その選択によって、同じものからでも
得られる体験が違ってきます。

自分が体験する世界は、
自分の内面次第です。

毎日、何を感じているだろう。
毎日、どんなニーズがあるんだろう。
満足しているか、していないか。

たまに立ち止まって、
自分の内側に目を向けてみると、
外側も変わるかもしれません。


▲ http://gudousya810.blog.fc2.com

私の頭の中は相変わらず
未来の心配と過去の不快な記憶で満ちている。
 
気づくと常に苦悩している。
まさに自分で自分を苦しめているのだ。
 
まったくもってムダなことだ。
いい加減にしてほしい。
 
それではどうすれば
この不快な思考から逃れられるのだろうか。
 
これは自分の思考が、「今現在」のことに
フォーカスしていないことが原因なのだろう。
 
目の前のことのみに
意識を集中させよう!

 
未来のことは経験できないし、
過去のことはもう記憶の中でしかない。

つまり、自分が経験できるのは
「今現在」しかないのだ。
 
とにかく、未来と過去の思考が頭の中を流れたら、
こういう思考に切り替える。
 
「今すべきことは何か」
「今やりたいことは何か」
 
こう考えて、「今現在」のことに集中する。
「今、集中することなど何もない」と
思ったとしても必ずあるはずだ。
 
たとえば、目の前の景色や音だ。
景色や音が退屈すぎて
集中できないというなら
呼吸に集中すればよい。
 
呼吸を意識するということは、
自分の内側に深く入り、
意識の目覚めをうながすともいわれる。

また、呼吸を意識的にゆっくり、
深くすることによって精神の平穏を得られる。
 
私は、未来や過去の不快な思考に気づいたら、
とにかく呼吸を意識するようにしている。
 
しかし、常に不快な思考に
客観的に気づくというのは難しいことだ。

この不快な思考に気づかなければ、
無意識のうちに頭の中が思考で
埋め尽くされ続けることになる。
 
これでは毎日が不快だ。
人生そのものが不快なものになってしまう。
 
自分の思考に気づくためには
自分の内側を意識する習慣をつける必要がある。
 
この習慣をつけるにも呼吸が役立つ。
私は、あらゆる不快なことが起きると
呼吸を意識するようにしている。
 
例えば、

犬が吠える
子供が騒ぐ
赤ちゃんが泣く
職場の席の隣の人がうるさい

などが不快と感じたら
呼吸を意識するのだ。
 
日々の生活の中で
不快と感じることなどは山ほどある。

それを感じるたびに呼吸を意識し、
しかもゆっくりと深い呼吸を心掛ける。

そうすることで、
自分の思考にも気づくことができるので、
不快な思考をストップすることができるうえ、
深い呼吸によるリラックス効果もある。
 
今、目の前のことにフォーカスする
呼吸を意識する

これらは自分が苦悩せず生きる上で
非常に重要なことだ。
 
これをさらに極めていくしかあるまい。
これこそが幸福のカギだ。
 

▲ http://www.venus-create.jp

一瞬一瞬はすぐ通り過ぎてしまうため
ついつい過ぎ去った過去や
まだ来ない未来に意識を飛ばしてしまいます。

そこでまだ起こっていない
未来に不安を抱いたり、
過ぎてしまった過去の出来事や
そこでの誰かとのやりとりを悔やみます。

今に意識を向けられていないと
頭の中に沢山の思いや言葉が
溢れついつい考えすぎてしまいますね。

過去や未来は
自分でコントロールできません。
人もコントロールできません。

コントロールできないものに
意識を向けてしまうと
堂々巡りのループにハマってしまいます。

それが頭の中に
沢山の言葉や思いをつくり出します。

あなたがコントロールできるのは
自分だけ。そして今この瞬間だけなのです。

コントロールできないものに
意識を向けるのはもうやめましょう。

自分が望む結果があるとしたら
自分が叶えたいことがあるとしたら

「今」に意識をセットして
「今できることは?」と自分に問いかけましょう。

今に意識を集中させることが大切です。
すると100%のエネルギーで
今を動かすことができます。

過去に50%意識が飛び、
未来に20%意識が飛び

その残りの30%のエネルギーで、
「過去」と「未来」に
エネルギー漏れがある状態で
「今」というこの現実を動かすのと、

「今」に集中した100%のエネルギーで
この現実を動かすのでは
創りだせるものが全く違ってきます。

過去を悔やむことなく
未来を思いわずらうことなく
エネルギーを今に集中していきましょう。

すると天からのサポートも
受けやすくなります。

今できる精一杯をやって
そこをしっかり自分で評価してあげましょう。

それが「今に生きる」こと。
この「今」の連続が
わたしたちの人生そのものです。

今を楽しみ、今を喜んでほがらかに、
たとえマイナスの感情が生まれても、

それを肯定し自分の中に受け入れながら
あなたをまるごと受け止めて

今、できる努力を惜しまず
精一杯生きていきましょう。

それが「今を大切にすること」
「今を生きること」です。

この一瞬一瞬が
あなたの人生を織り上げていきます。

今日も素敵な素敵な
一日でありますように ♪


▲http://pleiadesm45subaru.blog.fc2.com

エネルギーを動かすためには、
意識を向けることが大切です。

しかし、何に意識を向けるかで
エネルギーが創造するものが変わります。

エネルギー自体に、
善悪を判断する基準はありません。

放出されたエネルギーがそのまま現実化していきます。

私達がこれからやらなければいけないことは、
このエネルギーの使い方をマスターすることです。

善なる思い、そして嬉しい思い、
楽しい思いを持ち、意識を向けることです。

楽しむということは、
そこに意識が向いている状態です。

もちろん逆もあります。
苦しい状態は、苦しいことに
意識が向いている状態を言います。

私たちは今この瞬間に
何を創造するかがとても大事なのです。

良いことも悪いことも、
宇宙の法則の中では循環するのです。

法則は法則であって、
判断基準はないのです。

言い換えれば、
全てが許された世界なのです。

宇宙の愛とは許すことです。
自由意志を尊重することです。

でもそこに大きな責任があることに
みんな気づきません。

自由とは、自己責任のもとに
成り立つものだからです。

意識の向け方を学んで下さい。
自分が自分をコントロールするのです。

偏見の中で生きないことです。
すべてをありのままに捉えることです。

そしてより良い創造に
意識を向けることです。


▲ http://ameblo.jp

私たちはいつもいろんな情報を
聞いたり、目でみたり、感じたり
していますよね。

それは
と~ってもすてきなことだったり
とても暗くなるようなことだったり

悲しいニュースだったり
おもしろいことだったり

感動的なものだったり
怒りが湧いてくるようなものだったり

すべて自分の思考を見ているわけですが・・・

えっこんな思考してるの!?と思うのも
全意識の95%をしめる潜在意識が
現実化してくれいているものを見ているからですね。

表層意識が認識していることは
たったの5%程度と考えると、
そりゃそう感じるのも納得です。

100%自分原因説では
「まわりは自分の深層意識を見せてくれている」
と考え、自分のどんな思考が今の現実を創っているか
ということを探すことができます

今回は「思考を探す」という場合ではなくて
日常的考え、楽しく過ごすための方法です。

自分の思考が現実化したことを
十分に納得した人には効果大です。

とっても簡単です♪

どんなものを見ても聞いても・・・
気にしない~!

その出来事にフォーカスしたい?
もっと同じ事現実化したい?

したくない!
と思ったら、やめる(笑)

本当にフォーカスしたいものを
自分で意識的に選ぶだけです。
自分で選ぶことができるんですよ

またふっといやだな~と
思っていたことが浮かんでも

気にしない(笑)
また意識を自分の手に戻します。
そしてまた選び直す。

自分の時間のとれるときは
心のトリップワークや
呼吸を意識してやる

これをやるかやらないかで
かなり違います。

そんな簡単なことで~!
という感じですが、
やってみると分かりますよ。

自分が普段思っていることが
そのまま現実化されています。

だったら、いろんなもの見たって大丈夫!
メッセージはしっかり受け取って
その後は、どこにフォーカスしたいかを決めるだけ。

現実化したい部分に
自分の意識をもっていく習慣をつけるべし。

見たくないものに蓋をする
見ないようにするというより、  

自分でどこにフォーカスしたいか 
どんなもの(現実)を受け取りたいか

「それを選び直す」といった方が
適切かもしれません。

今までの現実が変わっていきます。
とてもシンプルな考えで
そのままむずかしく考えなければ簡単です。
 
でも、いままでやったことがない、
やりなれていないことを
するときと同じように

習慣になるまでは、
意識的にしていきます。

いきなりうまくできるかもしれないし
そうでなくてもOKです。

少しずつやってゆきましょう!

とりあえず、
続けてやってみようという気持ちで

習慣になるころには・・・・
すごい変化を感じてるかもしれません。

今日も楽しいすてきな一日に
なりますように (*^^)v


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2017
09.02

良い記事を読んでも実践しないと宝の持ち腐れになる



自分が過去のブログで転載した記事を読み返して、「なるほどなぁ」と感心することがよくあります。

それは何故かと言うと、紹介したあとは忘れてしまって身についていないからです。

だから、初めて読んだ話のように「なるほどなぁ」と思うのです。

せっかく良い教えを読んでも、実践を通して自分の血肉にしなければ読んだ意味がありません。

同様に、知り合いとの雑談の中で、その人の苦労した経験からのある教訓を聞いたとします。

それを「なるほどねぇ…」と感心しただけで忘れてしまってはとてももったいないことです。

そうした意味で、本日のブログでは昨年2/8に更新した記事を改めて更新して、当面の課題として掲げたいと思います。

人生勉強

私がこんなブログを毎日更新している理由は、モノの見方の選択肢を広げたいからです。

以前の私は、自分の人生を、とても深刻に考えて生きていました。

自分自身に自信が持てないとても気の弱い人間だったからです。

けれども、考えてみれば、一度しかない自分の人生です。

深刻ぶって生きたところで死んじゃえば、それまでの人生で終わります。

同じ事態を、深刻に受け止めるか、面白がって楽しむのか、それは選択肢の問題です。

同じ一度しかない人生なら、そして、どうせえらい目にあう人生なら、面白がって楽しんだ方がトクじゃん!とある時から、ふっと考えるようになりました。

それは、小林正観さんと言う方の話を奈良県の生駒市の研修センターで直接お聴きした時からなのです。

それは、人生に行き詰まりを感じて、私が40歳の時に受講した「真氣光」という生き方教室が主催するセミナーでした。

その時の講師のお一人が、今は亡き小林正観さんでした。

正観さんのお話は、とても合理的で「人生のさまよい人」であった私にはとても納得のゆく教えの数々でした。

それ以来、私は「生き方の勉強をしよう」と思い定めてコツコツといろんな情報を読んできました。

勉強嫌いの私が、苦しさ紛れに生き方の勉強をし始めたのです。

その備忘録がこのブログと言う訳です。

※「備忘録(びぼうろく)」とは、忘れた時にそなえて、要点を書きとめておく手帳やメモ書きのことです。


本日のブログでは、「面白がる勉強中」と題して心に響いたサイト記事を集めて構成しています。

なんとなくでも、こんなブログを続けているおっさんの心情をご理解頂けたら有難い限りです。


▲https://happylifestyle.com

人生の勉強をして変わるのは、知識や知恵の量だけではありません。

姿勢です。

姿勢がどう変わるのかというと「謙虚」になります。

相手の話を受け入れるようになり、謝れるようになり、物腰がよくなります。

それは、「自分はまだまだ勉強不足だ」という気持ちが根底にあるからです。

なぜか勉強した結果、自分の知識に自信がなくなります。

今まで知らなかったことを知るようになり、幅の広さや奥の深さを知ります。

勉強をきちんとできていれば、必ず視野が広くなり、自分は本当に勉強不足だと痛感します。

だから謙虚になってしまいます。

いかに自分が無知であったかが分かり、恥ずかしくなります。

「足りない部分を知る」ということです。

ゆえに、勉強をして本当に変わるのは、「知識の量」や「知恵の量」ではなく姿勢です。

「自分は本当に狭い世界にしか生きていない」

「限られたことしか分かっていない。世間知らずだ」

そういう気持ちが「疑い」から「確信」に変わります。

勉強をすればするほど、自分の知っている知識はほんのごくわずかであるということが痛感できます。

「世の中は分からないことだらけだ」

「もっと人の話を聞こう」という姿勢になります。

本当に勉強ができている人は、夫婦関係でも親子関係でも、親戚づきあいでも職場の人間関係でも喧嘩がなくなります。

物腰が柔らかくなり、謝ることができるようになり、謙虚になります。

がらりと姿勢が変わり、まったく別人になります。そういう人が、最も頭がいい。

「頭がいい」とは、そういう「事実」ではなく「姿勢」のことです。

「勉強をしようとする姿勢」です。勉強をした結果、「謙虚になった姿勢」です。

知識や知恵の量は、宇宙全体の膨大な量から見れば、実に大したことはありません。

人が生きている間に触れる知識の量は、宇宙全体の量からすれば、少なすぎることなのです。



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2017
08.07

気晴らしの方法



落ち込んだ時、気分がクサクサする時、あなたはどうしていますか?

「それは、魂の修行ができていないからだ!と言われたら、「わたしゃ、そんなに偉かねえんだよ!」」と逆ギレしたくなります。

まさに「100%逆ギレ」ですけどねヽ(´∀`)ノ

今宵のブログは、私同様に魂の道場で頑張る白帯のあなたに読んでもらいたい記事です。

転載している記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っています。興味のある方は覗いてみて下さいませ♪


▲neta-life【ネターライフ】

気晴らしの方法!気分が乗らない・冴えない・落ち込んでいる方必見

何もしていないのに毎日が疲れている。気分が乗らない。ぱーっと遊んだのに、余計疲れがたまってしまった。

そんな人には気晴らしが必要です!

しかし、自分に合った気晴らし方法を理解している人ってすごく少ないんです。

間違った気晴らし方法は、ただのストレスとなって自分にのしかかってきます。そんな気晴らし、気晴らしじゃない!

ちゃんと自分にあった気晴らし方法を知っておきたいですよね。確実に気晴らしできる方法をご一緒に見ていきましょう!

気晴らしの方法を探すなら、原因を知るべし!

では、自分にはどのような気晴らし方法があっているのでしょうか?場面別に考えてみましょう(^^

もしあなたが仕事で疲れているのなら、仕事に関係ない気晴らし方法がおすすめです。

たとえば、仕事で毎日のようにパソコンを使っているような人は視覚を常に意識しています。

ですので、視覚を休められる気晴らし方法をためしてみましょう。

視覚を休められる気晴らし方法

・自然を満喫する
・早めに就寝する
・音楽鑑賞をする
・外に出て軽い運動をする

視覚以外の五感を中心に使用することで視覚を休めることができます。

視覚を休めながら、他の五感を使用して気晴らしすることで精神的に落ち着けるのです。

自然の中でバーベキューをしたり、鳥の声を聴きに行くのも良いでしょう。

自然特有の匂いをかぎに行ってもよいでしょう。

普段と違う環境(仕事場以外)に身を置くことで心も体もリフレッシュできます。

感情を前面に出せる気晴らし方法

仕事で接客をしている人やご近所との付き合いなどで、自分の感情を表に出せない人におすすめです。

人と接していると、どうしても一歩引いて相手を立ててしまうのが人間です。仕事だと、特にそれを意識している人は多いのではないでしょうか?

・ひとりカラオケ
・お笑い系の番組を見て思い切り笑う
・感傷的な映画で思い切り泣く


そういう人は感情を爆発させるような気晴らし方法がおすすめです。

一人カラオケは数年前から人気が出てきた遊びです。

現在では1人専用カラオケの施設もありますので気軽に立ち寄れます。

カラオケで大声を出すことで運動効果も期待できます。

1曲全力で歌うと100Mを疾走したのと同じカロリーを消費しているって知っていましたか?

大きな声はお腹から出しますので肺を無意識に使用します。

呼吸法を変えるとダイエットにも良いといわれているので一石二鳥ですね(^^)/

また、歌う行為は精神を安定させるので、精神的にまいっている人にもおすすめです。

他にも、お笑い系や感傷に浸れる系のDVDをレンタルする方法があります。

カラオケに行くより、経済的でお手軽な気晴らし方法です。

笑ったり泣いたりするのって人前だと遠慮してしまってこらえてしまいませんか?

こらえることが日常になってしまうと、感情がない人間になってしまいます。

「周りが笑っているのに、何が面白いのかわからない」なんて人はイエローカードです。

1人の時間を作って、自分が笑える映像やお涙ちょうだいな映像をたくさん見てみましょう。

時間がない人がためせる気晴らし方法

時間がなく切羽詰まっている。それが原因でストレスをためているのはわかってるけど時間がない!そんな人におすすめの方法です。

・いつもと違う道を通ってみる
・家族を増やしてみる
・食べ物を良くしてみる

いつもと違う道を歩くと様々な発見があります。また、同じ道をゆっくり歩くのも様々な発見をします。

コツは「いつもと違う」ことをする。早歩きで去ると、案外知らない店や建物が多いです。

一歩道が違っても雰囲気が異なります。

そのような小さな発見が精神を刺激し、「次ここに寄ってみよう」と行動意欲を掻き立てます。

忙しい人はその場で決断するくせが付いているので、次こうしてみようという思考が薄いと言います。

ですので、気晴らしでは「次」を意識していることで「いつもと違う」ことを演出してみましょう。

家族を増やしてみるのも良いですね。現在はペットブームと言われています。

犬や猫、鳥やハムスターなど、家で待ってくれる家族がいれば、時間がなくても癒し時間を確保できます。

外でストレスをためても、写真を持ち歩けばいつでも癒し時間を作れますし、家に帰るもの楽しみになりますよね。

しかし、ペットは一生の家族です。自分の都合で途中飼えなくなる可能性があるならおすすめできない気晴らし方法になります。

他にも、時間がなくてコンビニ弁当の毎日を送っている人はワンランク上の食べ物を摂取する方法があります。

外食している時間がとれない人は、お弁当を作ってみるのも良いですね。

普段しないことをすると、新しい発見があります。

時間に追われている人は、新しい発見がある気晴らし方法を試しましょう(^^

気晴らしに大切なのは?

気晴らしをするのに大切なのは「自分を非日常に置く」ということです。

いつもと違う場所で、自分を出す行為そのものが気晴らしになります。

ですので、ストレスが溜まっているから気晴らしにぱーっと遊びに行くという方法だとかえって疲れてしまう場合があるのです。

なぜ気晴らしが必要なのか、その原因は何なのかを把握してからストレス解消をするとより効果が高いとされています。

それは「自分を知る」行為にもつながります。

社会人になると、中々「自分分析」なんかできませんよね。

気分が落ち込んだ時や冴えない時は、自分を知るチャンスだと思い、原因を探って自分にとっての非日常を見つけてみましょう!



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2017
08.06

取り越し苦労の処方箋



私は、「取り越し苦労」の名人です。まだ起きてもいないことを悪い方にクヨクヨと思い悩み、不安がってばかりいます。

そんな自分に喝!を入れるために本日の記事を掲載します。

「ケサラセラ」と気楽に生きられる方には実に無用の記事となりますが、ささいなことにクヨクヨと悩んでしまい方には、なんらかの救いになるかも知れません。

さて、まずはあなたに質問があります。

あなたのこれまでの人生の中で、あなたの予想を超える「最悪なこと」って実際に起こったことがありますか?

おそらく「起こっていない」と思います。なぜなら、仮にそう感じることがあったとしても、あなたはそれをなんとか乗り越えてきたからです。



よろしいですか?「最悪なこと」とは、あなたが頑張っても「乗り越えられないこと」であって、「乗り越えられそうにないこと」ではないのです。

「山より大きなイノシシは出ない」と言います。

神様は、あなたが乗り越えられないような試練は与えはしません。



もっと具体的に言えば、あなたの人生に起こる試練(苦労)は、この世に生まれる前にあなたの魂と神様が相談して決めてきた修行のカリキュラムだからです。

「ウソつけ!」と疑う方は、「生きがいの創造(“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫) )」という本を図書館で借りて読んでみて下さい。

だから、もし「ああなったらどうしよう」と最悪の事態を恐れて不安で不安でたまらない人は、「もし、そうなったら受けて立つまでだ!」「かかってきやがれ!」と覚悟を決めることです。

「ああなったらどうしよう…」という不安は、覚悟が決まっていないから怖いのであって、「そうなったら受けて立ってやる!」「死んだ気で乗り越えてやる!」と闘志をむき出しにして睨み返してやれば、すっと消えてしまうものです。

それ以前に、あなたが恐れるほどの「最悪なこと」ってほとんど起こらないのです。

最悪レベルが100とすれば、大抵は50前後で収まって、「ああ、心配して損した!」と安堵してきたのではありませんか?

つまり、最悪の事態に対する不安は、覚悟を決めることで解消するものです。

極端なたとえ話をすれば、「今度の検査でガンだったらどうしよう!」と不安がっている人がいるとします。

でも考えてみて下さい。「やっぱりガンでした」となったら、ジタバタしたって仕方ないでしょう!ガンだったのだから。

そうなったら、その事態を受け入れて、これからどう生きるかが問題であって、それを結果がわかる前に心配してみても始まらない訳です。

「ガンかもしれない」「ガンじゃないかもしれない」と不確定な時点で、「ガンだったらどうしよう」と悪い方にばかり考えることを取り越し苦労といいます。

要は、覚悟の問題です。自分の人生に起こる試練は、自分に乗り越えられないはずがないと信じられるかどうかだと思うのですが、あなたはどう思いますか?

本日のブログは、以前にも取り上げた「取り越し苦労」の続編です。

本日転載した記事のタイトル画像には本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は覗いてみてください。

悩めるあなたの心を癒す記事とたくさん出会えるかもしれません♪

「とても悪いことが起こるのではないか」という不安は、あなたから落ち着きを失わせ、集中力を奪い判断力を狂わせます。

けれども、心配するほど、想定される悪い事態が回避される保証があるのならば心配する価値もありますが、いくら心配してみても、それらの悪いことは回避できるものでしょうか?

そうです!いくら心配してみたって、不測の事態を回避するのに何の役に立たないと思い知りましょう。




▲ストレスフリーナビ

【杞憂】想像し得る最悪の事態は決して起こらない取り越し苦労

「失敗したらどうしよう」「想定外のことが起きたらどうしよう」先々の心配ばかりしてなかなか行動できない。

気がつくと1週間、1ヶ月、半年と時間が経っていた…。あなたにはそんな経験はありませんか?

人生に無用な3つのK

僕の嫌いな言葉の一つに「杞憂」というものがあります。辞書でその意味を調べてみると次のようにあります。



僕はこれに加えて「緊張」「後悔」という言葉を無用3Kと考えています。

これらの3Kは、その概念自体を頭から消したほうが人生はうまくいくんじゃないかと思っています。

想像しているときが一番怖い

起こりもしないことをあれこれ心配して(杞憂)、実際に行動する前から消耗し切ってしまうのはあまりにも勿体ないと思いませんか?

そして多くの場合、その事態は起きません。「こんなことならもっと早く始めていれば」と、ここで2つめのK(後悔)をするわけです。

何か起きたらその時考えればいいんです。リスクマネジメント云々とはまた別の話です。これは「行動のブレーキを外す」ための話です。

モヤモヤが恐怖を掻き立てる

精神的に落ち込んでいたり、自己肯定感が持てないとき何かの行動を起こそうとすると「大丈夫かな」「やめとこうか」というマイナス感情が次々に湧いてくるものです。

それは自然な感情なので、ある意味仕方のないことです。でも、湧き上がるマイナス感情に流されてはいけません。人生のハンドルから手を放してはいけません。

どうしてもソワソワが止まらないときにはその悩みとしっかり向き合う必要があります。

悩みの大半は「モヤモヤした漠然とした不安」です。実態が不明瞭で分からないからこそ、悩みは深くなるし、恐怖感は増すのです。

正体がハッキリしていることなら長くは悩みません。何をすべきか解決策が打てるからです。そうすれば、もう「悩むだけの段階」からは抜けられます。

不安の正体を暴くワーク

ノート見開き1ページを使います。左ページに問題点を「思い込みを排除して客観的に」書き込みます。

右ページに解決策を「実際にできることにフォーカスして」書きます。この自問自答作業を、問題集をこなすようにひたすら続けます。

「考える」そして「書く」という行為によって悩みの具体化と現実的な解決策の大量アウトプットをします。

頭の中では大問題だったことも書いてみると、「そこまででもない」ということに気づくはずです。

自己肯定感が低いと、どんどん悲観的になります。

そして、起こりもしない最悪の事態を勝手に想像してその考えを補強する根拠を集めてしまいます。

だから一歩引いて冷静になるためにも「書く」という行為は効果的なのです。

あなたの悩みは、実は世界的には大したことないと解れば…

もしかすると、あなたは自分の悩みを「自分だけに固有な特殊なもの」だと感じているかもしれません。「誰も自分ほどの深い悩みを抱えている人はいない」と。

でも、あなたが経験することは世界中のいたるところで毎日のように起こっているのです。

あなたが抱える悩みも世界中のいたるところで毎日のように生まれているのです。

言ってみれば、特に珍しくもない悩みなのです。あなたのその悩みも「人類史上初めての悩み」ではない。

今この瞬間、あなたにとっての重大問題でも、一年後にはきっとそれを覚えていないはずです。

「ゲゲっ!こりゃ、えらいことや!」とパクくることでも、多くの先輩たちがすでに経験しクリアしてきたはずのことだと考えれば、超パニくっている自分がふっとアホらしく思えませんか?少し心が軽くなりませんか?

自分で悩みを大きくしないこと!

「大変だと思っていたことでも、やってみたら案外大したことはなかった」そんな経験は、あなたも1度や2度ではないはずです。



案ずるより産むが易し

いかがだったでしょうか?あなたの辞書に「杞憂」の文字はいらない。「案ずるより産むが易し」を座右の銘に。

あなたの今日がほんの少しストレスフリーに近づくことを願って。




▲Life is Fantasy feat



1)深く考えすぎてしまう性格

物事を深く考えすぎてしまう人というのは、世の中に結構いるようです。

という私も、深く考えすぎてしまう人だったと思います。

私はいつも、自分で考えようと思っているわけでもないのに、「もし、ああなってしまったらどうしよう」とか「これが起こったらこうなるのではないか」とか考えてしまう性格でした。

通常、よく考えることは大切ですし、無計画に行動して失敗してしまうとか、失言してしまうといった事がないため、良いことのように思えますが、深く考えすぎる性格だと疲れますし、楽しめなくなったり、気分がだるくなったりしてしまうものです。

どうして、私はこんなにも深く考えすぎてしまう性格なのか、自分なりに分析してみました。

そうしますと、深く考えすぎてしまう理由が2つありました。

1)物事が良くない方向に向かう恐怖心

2)同じ失敗を繰り返す恐怖心


2)物事がよくない方向に向かう恐怖心

私は物事がよくない方向に向かうことを恐れて生きていたのです。

物事がよくない方向にいってしまった時の言い訳をいつも考えてしまっていました。

例えば、朝電車に乗り遅れてしまい遅刻する可能性が出てきたとすると、

「このままだとぎりぎり遅刻する可能性が高いからタクシーで行くべきか?それともぎりぎり間に合うか」

「仮に遅刻したとして、上司になぜ遅刻したかを聞かれた際どういえば1番被害が少なくてすむか?」

などなど、物事がよくない方向に向かった際の言い訳をいつも考えてしまっていたのです。

3)同じ失敗を繰り返す恐怖心

私は同じ失敗を繰り返すことが怖いために、いつも「これがこうなった原因はこれが上手くいかなかったからで、それが今回の失敗を引き起こしたんだ」というような事を考えてしまっていました。

同じ失敗を繰り返さないために、原因を考えることでその問題を解決しようとしていたのです。

これも、失敗することの恐怖心から行っていたと思います。

上記のとおり、深く考えすぎてしまう理由というのは、恐怖心からであるかもしれません。

恐怖心を避けようとするのは、人間としての本能として備わっているそうなので、考えてしまうのも仕方の無いことなのかもしれません。

ですが、考えすぎても仕方がありませんよね。

その理由は2つあります。

1)考えたからといって問題は解決しない

2)レベルの低い考えでは解決策自体が導き出せない


4)考えたからといって問題は解決しない

人間は物事に対する思考力というものがありますが、頭の中で考えたからといって、その物事は解決することはありません。

簡単に言うと、車のガソリンが足りなくなりそうになったら、ガソリンスタンドに行って給油しないとと考えます。

「このままだと給油しないとヤバいぞ!」と考えただけでは燃料切れになりますから、実際にガソリンスタンドに行って給油しないといけません。

ですから、問題を考えるだけでは、そのことを解決することはほぼ不可能であると思います。


さらに、良くないことを考えてしまいますとそれを避けるためのシナリオを考えてしまったりして行動にストップをかけてしまうことになりそうです。

5)レベルの低い考えでは解決策自体が導き出せない

人間が物事を考えるときに、自分の知っていることの中から考えます。

しかし、数十年の人生では、全知全能にはなれませんし、蓄積される知識や経験も限界がありますよね。

そんな経験や知識が少ない状態で考えたところで導き出せる答えというのは、おそらく大したことのないものになってしまうでしょう。

と考えますと、いろいろ考えたとしても意味がなのかもしれません。

考えても、いいアイデアや案が浮かばないですし、浮かんでもレベルが低いですから、考えるだけ無駄かもしれません。

考えすぎる性格を直すには、いろいろ深く考えすぎてもダメなのかもしれません。

考えても、大した答えが浮かばない上に行動力も奪ってしまいますから。

さらに、マイナスのことを考えますと、実際にマイナスのことを引き寄せてしまいます。

ですから、いろいろ考えるのではなく、ただただ行動するというのもいいのかもしれません。なにせ、行動しなければ何もできませんから。

その、行動力を奪ってしまうのが

1)物事が良くない方向に向かう恐怖心

2)同じ失敗を繰り返す恐怖心

という、2つの恐怖心なのかもしれません。ということは、この2つの恐怖心をなくすことができれば、深く考えすぎる性格を直すことができそうですね。

この2つの恐怖心をなくすためには、「諦める」ことが必要になりそうです

「物事はなるようにしかならない」という諦めの気持ち


「同じ失敗を繰り返してもいいや」という諦めの気持ち


これをもつことができますと、自然と恐怖心が減っていきます。

遅刻したら怒られるかもしれないけど、別に怒られてしまってもいいや!と思ったら、恐怖心が減ってしまいますよね。

怒られることへの恐怖心の軽減と、信頼が下がることへの恐怖心の軽減。

要は、恐怖に対して開き直る訳です。

このように、物事に対する恐怖心が軽減されてしまうと、いろいろと楽に生きることができるようになってゆきます。

そのため、考えすぎなくなるのかもしれません。遅刻して良いとか悪いとか言いたいのではありません。

考えすぎてしまうことによって恐怖心をつくってしまうことが危ないですよと言いたいのです。

恐怖心をつくってしまいますと、さらに新しい恐怖が生まれ

キリがなくなってしまいますから、深く考えすぎてしまうのかもしれません。

別にどうなってもいいや!と気楽に生きることができるようになりますと、

そんなことを考えることなく生きていくことができるのかもしれません。

楽しく明るく生きていけるといいですよね。

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2017
08.04

おかげさまでボチボチでんな



「マイナスの反対はプラス」ですが、その間に「0(ゼロ)」があります。プラスではないけれど、決してマイナスではない状態です。

「幸せ」とは何かについて考える時、「決して不幸ではない状態」が「幸せな状態」ではないかと思うようになりました。

「ぼちぼち」「そこそこ」な状態こそが、幸せの真髄ではないのかと思うのです。

私はよく、「幸せ」とは何かを調べる時に、「幸せの条件」「幸せな人の特徴」なんかを検索して探そうとします。

けれども、不幸でないことが幸せの絶対条件だとすれば、「不幸せな人の特徴」を検索して、自分が該当するかどうかをチェックしたほうが早いのではないかと思い始めました。

特別ではなく「ぼちぼち」な幸福感が平均的に続くことこそが一番有難いことなのではないかと思うのです。



なぜ、「すごく幸せ」が一番ではないのか言うと、「少欲知足」と言う課題が最後のボスキャラだからです。

こいつを攻略しないことには、「すごく幸せな心境」には至らないのではないかと思います。

お釈迦さまやイエスさまが、人間界で修行していたとき、金ピカの衣装を身にまとって財宝の山の中で暮らしておられたでしょうか?

同世代の中には、ヘルパーさんの手伝いがなければ食事が出来ない人がいるというのに、自分は好きなものがいつでも食える。

すでに寝たきりになっている人がいるというのに、自分はまだ自在に歩ける。

紙オムツのお世話になっている人がいるというのに、自分はウォッシュレットのトイレで毎回快適に排便が出来ている。

お互いにこの歳になれば、どれだけカネを持っているかは絶対的な幸せの尺度とは言えませんよね。

今の年金だけじゃ、満足な暮らしができないとグチっている方、そのあたり、いかがでしょうか?

本日、「ぼちぼちの幸せ」というキーワードで検索して記事を構成しようと準備に入ったら、いきなり(私にとって)スペシャルな記事に出会えました。

本日は、その記事を転載してご紹介したいと思います。

タイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方はそちらの方も覗いて見て下さい。

ためになりそうな記事がいろいろとありましたよ♪


▲弁護士ブログ「堀井雑感」

「儲かってまっか?!」

「ボチボチでんな!」

大阪ではごく当たり前のフレーズです。どんなイメージですか?

「ボチボチとか言いながら、本当は儲かってんのとちゃうん?」が多いのではないでしょうか?

「ボチボチでんな」と言う時の表情は、ほとんど微笑んでいるイメージです。だから、商売は「エエ感じ」なんでしょうね。

逆に、儲かってないときは、「ボチボチ」とは言わず、「あきまへん!さっぱりワヤや!」なんてシブイ顔して言います。

さて、この「ボチボチ」って、実は、とんでもなく「深い意味」があることを最近知りました。

「儲かってまっか?!」

「おかげさんでボチボチでんな!」

・・・そう「おかげさんで」が本来はセットということです。

この「おかげさん」っていうのは、「御蔭様」つまり「見えない何か」。「見えない何か」って?そう「神様」なんです!

つまり、神様は目に見えないけれど、自分を守り力を貸してくださっている。

その「御蔭様(おかげさま)」の力によってボチボチ商売をさせてもらっているという大阪商人の感謝を込めた挨拶言葉ということです。

「商売をさせてもらって曲がりなりにもゴハン食べさせてもらってます。ありがたいことです」という意味が、「ボチボチでんな!」には、含まれていたのです。

大阪商人は「ガメツイ」なんてイメージがあるかもしれませんが、本当の商人(あきんど)のポリシーに学ぶものがあります。

だから「茶化す」んじゃなく、謙虚に学び、「いつも感謝の気持ちを忘れない」ためにも「御蔭さんでボチボチでんな!」と、感謝の気持ちで元気よく挨拶したいものですね!

ええ勉強でした!




▲京都工芸

「おかげさま」と言う詩です。作者不明と言ってる方が多いですが、作者は「上所重助」さんです。

「おかげさま」 詩:上所重助

夏が来ると「冬がいい」と言う

冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い

痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「暇になりたい」と言い

暇になると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い

自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる

金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満の明け暮れ

隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか

親のおかげ

先生のおかげ

世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて

得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう

「俺が」、「俺が」を捨てて

「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい



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