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2017
08.11

「守護霊」について

Category: 幸せの思考法


私は、守護霊の存在を身近に感じています。

具体的に何か気配を感じるとかというのではないけれど、以前から「そばにいつも、いてくれているんだ」と確信しているのです。

私は自分の守護霊のことを「導師さま」と読んでいます。

だから困った時に、あるいはグチを言いたいときに、守護霊に話しかけます。

「ねぇ、導師さま、聞いてくれる?」

「今日さ、腹立つことがあってさぁ…」

「あれは、あいつの方が悪いよねぇ…」「…そうか、やっぱ俺も大人げなかったかなぁ…」

具体的に声が聞こえる訳ではなく、ふっと返事が意識に浮かぶ感じです。

私の「導師さま」は、私が私でいるために、とても大切で身近な存在なのです。

(彼か彼女かは定かではありませんが、)私の「導師さま」は、どんなことがあっても私の味方なのです。

「お前、ちょっと精神分裂っぽくない?…やばくねぇ?」

そんなことは、要らぬお世話です。

私は、守護霊の存在の有無を議論するより、「いつもそばにいる」と信じた方が安心して生きられます。

だって、辛いときなんかは特に、自分ひとりきりで生きてるって思えば、心細いでしょう?

いつも自分のことを見守り、より良い方向に導いてくれる存在がいると信じた方が、私は安心できるのです。

本日のテーマは、そんな「守護霊」についてです。

記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っています。興味のある方は覗いてみてください。

あなたのお役に立つたくさんの記事と出会うかもしれません♪


▲セレンディピティ

守護霊さまからのメッセージを受け取るために必要なこと

守護霊とは、字のごとく「守護」……私たちを守ってくれる存在です。

とはいえ、霊能者でないかぎり、日頃の生活の中で霊が視えるわけでもないため、何を守護してくれているのかわかりにくい側面があります。

しかし、守護霊さまは、私たち一人一人に必要なメッセージを発信してくださっています。

それでは、どうすれば守護霊さまのメッセージを受け取ることができるのか、お伝えてしていきます。

守護霊さまの役割

まずはじめに、そもそも守護霊さまとは、一体何でしょうか?

たくさんの説がありますが、守護霊さまの役割は、ずばり「人生の道案内」です。

守護霊さまの「道案内」は霊的指導ですので、お金をくれたり、食べ物をくれたり、といった直接指導ではありません。

道に迷わないように、そっとみています。

道はたくさん枝分かれしており、最終的には目的を達成する方向へ行くのですが、大回りするか近道をいくのかは、その人の選択によります。

道によっては、肉体を失ってしまうような事故、事件に巻き込まれる可能性もあるので、その時は大きく道をはずれることがないように、守護霊さまはメッセージを発したり、現象を起こしたりしてくださいます。

なぜ、私たちを守護してくれるの?

では、守護霊さまは、なぜ、私たちをそっとみてくれるのでしょうか? 守護してくれるのでしょうか?

その理由は、私たちは生まれる前から

・今回は3次元の地球に行き、人間として誕生する
・地球に行ったら○○のお役目を果たしてこよう

など目的を明確にし、目標を立てて生まれてきているからです。

肉体を持っていない存在(ここでは、「スピリット」と表現します)は、スピリットとしてたくさんの学習を積み重ねるのですが、途中、学習に限界がやってきます。

スピリットの学習とは、主に肉体を持っている人に憑いて、その人と同じ体験をすることです。

(これが「前世の体験」といわれるものになりますが、前世については別の機会でお伝えすることにします。)

スピリットとして学習をしながら、「人として肉体をもち誕生することで、お役目を果たす」順番待ちをしているのです。

肉体を持つと、脳があり、神経伝達があるので「思考」「感覚」「感情」を学ぶことができます。

スピリットは、それが学習をものすごいスピードで加速させることを知っています。

思考は、脳を使って、いろいろ考えたり、人の言葉を聴いたり、情報を得たりすることで学びます。

感覚は、5感(視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚)を通じて学びます。痛い、しびれ、疲労、だるい等、肉体で感じる感覚すべてです。

感情は、苦しい、悲しい、怒り、楽しい、嬉しいなどを学びます。

人として地球でたくさんの経験をし、学習をすることで、目的や目標を達成することになるのです。

その大きな人生マップの「道案内」が、守護霊さまの役割となります。

守護霊さまからのメッセージを日常生活から受け取る方法

では、守護霊さまからのメッセージを日常生活で受け取れるようになるには、どうすれば良いのでしょうか?

まずは5感を鍛え、第6感を信じることが必要です。

実は、守護霊さまのメッセージは、日常生活の中に「そっと」気づいてもらえたらいいのにな、という程度で発信されていることがあります。

ですので、私たちは、これを見逃さないようにしなければいけません。

しかし、私たちは人間として生まれ、さまざまな学習をし、目的を果たすための能力は十分に備わっているのですが、残念ながら、十分に活用できていません。

ただ、「5感」を鍛えることは、それほど難しいことではありません。

まずは、それぞれの感覚機能を、もっと意識して使ってみることから始めてみれば良いのです。

たとえば、行き帰りの道で目にする景色は、今のあなたの場合は、なんとなく目に映っているだけですよね?

ここで、つきあたりの家の様子に意識を向けてみましょう。

家の壁の色、屋根の色、素材、窓の数等、意識しながら歩いてみるのです。

意識して見る、それだけで今までと違ったたくさんの情報が得られることに気づくことでしょう。

これが、視覚を鍛えらことにつながるのです。

嗅覚も同様です。

季節が違えば咲く花の香りが違います。草の香りも違います。

雨が降ったあとの土の香りや、風が運んでくる自然の香りなどを、もっともっと意識すれば、嗅覚が鍛えられます。

自分の感覚というセンサーを敏感にしておくことが重要で、それができていれば、守護霊さまからのメッセージが受け取りやすくなるのです。

また、第6感を信じるというのは、、「直感やひらめきを大事にする」と言い換えるとわかりやすいかもしれません。

私たちは、5感以外に「直感、ひらめき」という、説明はできないけれど、誰しもが持っている感覚があります。

この直感、ひらめきを大切にすることが、守護霊さまのメッセージを受け取りやすく、見逃しにくくなる秘訣でもあるのです。

日常生活のシンクロに注意を向ける

5感が鍛えられ、6感を信じて生活していくと「シンクロ」が起こりやすくなります。

そして、日常生活の中で、守護霊さまからの隠されたメッセージに気づきやすくなっていきます。

たとえば

・たまたま入った書店なのに、すごく気になる本がある

・お茶を飲むために入った店で、なぜか少し離れた人たちの会話が耳に飛び込んでくる

・流れている音楽がとても心地よく、懐かしく感じる

文字、音、会話など、自分では全く意識していないのに、なぜか情報として飛び込んでくるのです。

あなたにも、このような経験はありませんか?

その場所に偶然に行ったこと、そこで目にしたもの、耳で聴いたもの、感じたことが、守護霊さまからのメッセージかもしれないのです。

ハプニングとして起こる

いきなり現象として起きる時は、緊急メッセージなのかもしれません。

たとえば、空港までの道が大渋滞し、乗る予定だった飛行機に乗り遅れてしまったなどは、「そこにその時間に行かせたくない」緊急メッセージが含まれています。

・その飛行機が墜落してしまった -> 命を守ってくれた

・その飛行機に乗れず、商談を逃してしまった -> もう一方の商談先とより好条件で契約締結できた

などです。これらも、守護霊さまからのメッセージと捉えて良いでしょう。

往々にして、人間は起きたことに対してショックを受けますが、前向きにとらえた方が良いということなのでしょう。

私たちは、社会生活を送っているため、約束の時間や予定していることをきっちりやり遂げように、毎日プログラムされています。

しかし、それが人生という名の大きなマップを広げて眺めた時には、時間通り、思い通りに進むことが良い結果となるのか、悪い結果となるのかはわからないのです。

もし、日常生活で、渋滞や電車の事故による遅延などに巻き込まれた時は、ぜひ、「起きていることはマイナスではない」と考えるようにしてください。

・そこに行けなくする -> 行ったら危ない目にあう

・会うべき人に会えなくする -> わざと逃がす、その人とは会う必要がない

・会うべき人に会いやすくする -> 逃したことで別のチャンスが生まれる


このようなことに気づいて欲しい、という守護霊さまからのメッセージの場合があるのです。

夢からのメッセージを書き留めておく

寝ている間、意識は別世界へ行っています。

寝ている時間は、肉体を休め、脳を休め、今日一日に得た情報を再構築している時間ではありますが、その間も、意識は活動をしています。

そのとき、普段、顔をださない潜在意識の領域とも言えますが、守護霊さまが、夢の中でメッセージを発信してくださることがあります。

しかし、肉体が覚醒していないため、夢を覚えておくことは難しいかもしれません。

ですので、目が覚める間際にみた夢で「これ、もしかしたらメッセージ? 」と感じたことがあれば、起きてすぐに、書き留める習慣をつけると良いでしょう。

起き上がらなくても書き留められるように、枕元にノートとペンを置いておくなど、工夫をしてみてください。

また、「誰かわからないけれど、夢の中で、あなたに何か言っていたような気がする」といった、わかりやすいパターンは少ないかもしれません。

ですから、気になったことなら、小さなことでも、些細なことでも構わないので、書き留めていくようにしてみてください。

そのときは、意味がまったくわからないかもしれませんが、そもそも、そのときに、意味をわかろうとする必要はありません。

小さな事柄でも、いくつか書き留めておき、合わせていくことで、つじつまがあってきたり、日常生活をしていく中で「あ、そういえば」と結びついてくるものもあるからです。

夢の中からの守護霊さまのメッセージの発信を受け止めていきましょう。

聴くこと、祈り、そして感謝する

私たちは、生まれてくる前から、守護霊さまと共にいることをお伝えしてきました。

この地球で、目的を果たすための計画があり、目的、目標があり、それを達成するために、守護霊さまはずっと見守ってくれています。

そして、必要なときには、ちゃんとメッセージを発信してくださります。

もし、悩んだりしたときには、

『○○に対するメッセージを聴かせて下さい』

とお願いしてみるのも良いかもしれません。

お願いした方が、シンクロも起こりやすくなります。

そして、守護霊さまはいると信じ、シンクロで助けられた時には感謝することが大切です。

どんなにへこむことがあっても、現象には意味があるのです。


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2017
08.02

自分の心を変えられるのは自分だけ!

Category: 幸せの思考法


自分の心を変えられるのは自分だけです!

「数ある財宝の中で、最も直接的に私たちを幸福にしてくれるのは”心の平和”である」ショーペンハウエル

「なるほどねぇ…」と感心しました。

ダイヤモンド、ルビー、サファイアなどの高額な宝石類、高級車や高級住宅、一流ブランドのバック、そして数億円の現金…。

そんなものを手に出来たら、さぞやこの世の極楽だろうなぁとボンヤリと思っていたら、どうやら違うようです。

仮に、「金の延べ棒」を100本持っていても、猛暑の外出時は、自販機で130円で買える冷えたお茶の方が幸せに浸れます。

カネ持ち・モノ持ちが幸せの絶対条件ならば、お金持ちのセレブは全員幸せ者のはずです。

でも、私の周りにも大豪邸に住み・高級車に乗っているのに、不機嫌そうなお金持ちは少なからずいます。

やっぱり、最期は心の問題なのでしょうかねぇ…。

「数ある財宝の中で、最も直接的に私たちを幸福にしてくれるのは”心の平和”である」ショーペンハウエル

本日転載してご紹介する記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は是非覗いてみてください。

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▲Let it be(あるがままに)

変えられるのは自分だけ

2013の秋、うつ病(不安障害)を発症しました。メンターの教えと多くのスピリチュアルティーチャーの教えを学ぶことで、自我・エゴの存在に気づき〝いまここ〟に在ることでうつ病を克服しました。すべてを手放し〝あるがまま〟で生きることで人生が変わりました。僕の体験と学んだことをシェアしたいと思います。(・∀・)



いつも仕事をさぼっている同僚…

間違いだらけの日本の政治…

人を騙して儲けている人たち…

不倫をしている芸能人…

家事を手伝わない夫…

人の悪口ばかりいっているご近所さん…


「けしからん!」と怒りやフラストレーションを感じてしまいがちです。

「間違っている!」「その人たちは変わるべきだ」と思ってもそれは無駄なことです。

みなそれぞれが、それぞれの正義をもって、自分は正しいと思って生きているのです。

そして、それぞれがそれぞれの目的を持ってこの世に生まれ、それぞれの学びをしているのです。

あなたが、あるがままに自分らしく生きたいのであれば、他人のあるがままも認めなくてはなりません。

「世界を変えたい」とか「平和な世の中にしたい」と思うのであれば、まず自分自身が幸せに自分の中に平和を作らないと何もはじまりません。

変えられるのは自分だけです。しかも、今この瞬間から変わることができるのです。

世の中や他人への無駄なストレスや思考を手放す。そして自分の人生を生きる。それだけでずっと身軽になれます。

そして、自分があるがままで幸せに生きていると、必ず周囲にもその善き影響が伝播します。

今日という一日、自分のやりたいこと、心地いいこと、そこだけにフォーカスして生きる。

せっかくこの世界に肉体を持って生まれてきたんだから、思いっきり人生を楽しみましょう。


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2017
07.28

人付き合いに疲れた時におススメの本の紹介!

Category: 幸せの思考法


人付き合いに疲れた時におススメの本の紹介!

私は、人並みに愛想が良いつもりでいます。若いときに、周りの人を見て「愛想が良い人はトクをするなぁ」と感じたからです。

しかし、いまだに人と会ったあとは少し疲れます。テンションをムリに上げて、愛想を振りまきすぎるのかも知れません。

とは言っても、もういまさら、こんな人付き合いのやり方は変えられない気もします。そんな中で、こんな本を読みました。


「無愛想のススメ・人間関係が劇的に改善する唯一の方法」

なんとなく面白そうだったので買って読んだのですが、これがなかなか深いことが書いてありました。

本日のブログでは、この本を読んだ方々のブログ記事を集めてみました。人付き合いがちょっと苦手な方にもおススメの本です。

各記事のタイトル画像に本ブログのURLを貼っています。クリックして本ブログも覗いてみてください。

あなたのお役に立つたくさんの記事に出会うかも知れませんよ♪




▲TABI LABO

人間関係が今よりずっとラクになる「無愛想」のススメ

いつも誰にでもニコニコしていて「愛想の良い人」は、一見すごく人付き合いがうまそうに見えます。

でも、その笑顔のウラには「人に嫌われたくない」という恐怖や不安で満たされている場合が多いものです。

そういう人は「無愛想」を身につけることで、人生を一変させることができるかもしれません。

池田潤氏の著書『無愛想のススメ 人間関係が劇的に改善する唯一の方法』を参考に、その効果について見てみよう。

「無愛想になる」とは自分を愛するということ

「愛想の良い人」は基本的に「相手のこと」を考えている。

小さい頃から「他人のことを考えなさい」と言われてきたし、学校でも空気を読むことが大事とされたからだ。

しかし、「愛想の良い人」たちの多くが、こんな悩みを抱えている。

「自分に自信が持てない」
「やりたいことがわからない」
「恋愛がうまくいかない」
「仕事で思うような成果が出せない」


表面上ではこの社会をうまく生きているように見えるが、じつは「いい人」ほど悩んでいるのである。

「愛想の良い人」は本当に他人のことを考えているのだろうか?いや、そうではない。

彼らはただ「他人に嫌われないために愛想を良くしているだけ」なのだ。

いつも他人基準で行動をしているため、

・自分のやりたいことができない
・言いたいことが言えない
・我慢してしまう
・怒れない
・オープンになれない


といった悩みが出てくる。ここでいう「無愛想になる」とは、他人がどう思うかではなく、自分がどうしたいのかを大事にするということだ。

無愛想の「在り方」って?

もちろん、実際に無愛想な表情をするという意味でもあるが、大切なのは無愛想で「在る」ことだ。それは、

・自分の好きなように生きる
・自分基準で生きる
・嫌なものには嫌と言う
・他人からの承認に執着しない
・自分を愛し他人を愛する

ということだ。

無愛想であるという「やり方」と「在り方」両方を身につけることで人生は間違いなく変わる。

人に嫌われないためにはどうすれば良いか。それはいくら愛想を良くしたり、嫌われないために努力をしても無駄なのだ。

なぜか?それは、根本的な自己認識が変わっていないからだ。

「自分は普通にしていたら嫌われる」という自己認識を持っていること自体が、うまくいかない最大の原因なのだ。

世の中の情報の多くは、人のコンプレックスを刺激するものだ。

そしてそのコンプレックスは外の何かで埋まるものではなく、無愛想という「やり方」と「在り方」を身につけ、自己認識を変えることで埋まるものなのだ。

一ヶ月「お人好し」引退宣言

メンタルジムに参加しているある男性が、試しに一ヶ月間ほど「お人好しを演じる」のを辞めてみたところ、周りの自分への扱いに劇的な変化があった。

職場で尊重されるようになり、忙しいときには相手のほうから進んで声をかけてきて、仕事を手伝ってくれるようになったのだ。

これまで周りに気を使い、必死に愛想笑いをして周りのために自分を下げて努力しても、まったく報われることはなかったというのに。

そういった努力をすべて捨て、無理な愛想笑いをやめ、お人好しをやめ、自分を大切にし、周りに気に入ってもらおうとせず、気に入られなくても構わないと思うこと。

周りに大切に扱ってもらいたいなら、まずは自分が自分を大切に扱うことが大事なのだ。

人から軽く扱われるのは、自分が自分を軽く扱っているからだ。

無愛想になることで手に入るもの

無愛想になってみると、面白いことが起こる。試しに、次に挙げることをやってみてほしい。

・軽く扱われたときは、不機嫌になる。
・返信する気がしないメッセージは遠慮なく既読スルーする。
・相手の話が面白くないときは笑わない。
・相手のご機嫌をとるようなことは言わない。
・相手の期待に応えない。
・行きたくないところには行かない。
・「相手に悪いから」という理由でやっていたことをやめる。
・じつは言いたかったことを言う。
・遠慮なく、やりたかったことをやる。
・他人から否定されても、それでもやる。
・媚びない、ペコペコしない、下手に出ない。


これらは「やり方」だが、大事なのはこれらが「内面に変化を起こすアプローチ」であると知っておくことだ。

これをやっているうちに次第に

「自分は自分を大切にできる人間だ」
「普通にしていていいんだ」
「自分の思ったことをやっていいんだ」


という内面感覚が生まれるようになる。

現実に変化を起こすためには、自分の内面の自己認識を変えなくてはいけない。内面の変化を起こすために現実的な行動を変化させていくのだ。




▲木村成実OfficialWEBSITE

「無愛想」と「愛想」って究極は同じってことに気付かされた件

いつもお世話になっている池田潤さんの新刊『無愛想のススメ』を読み終えた。

派手なピンクのカバーが素敵で、ブックカバーもつけずにあちこちで堂々とこの本を出していたら、大抵の人が目をこちらに奪われているっぽい。

今日も、だんなさんとブックカフェに行き、この本を二人して開いていたら、店員さんに

「その本何ですか??すっごく素敵な本ですね!」

って声をかけられ、図らずもこの本を店員さんにリコメンドすることになった。笑

「無愛想のススメ」ってどんな本?

さてさて、この本で主に言われていることは、

「愛想笑いをやめて、無愛想になることで自分を大切にする」ということ。

「愛想がいい」というのは、今、あまりいい意味で捉えられていないように思う。「愛想笑い」なんて典型的。

「愛想」という言葉は他人の機嫌を取るための言葉や振る舞いという言葉として、世間に認識されているように思う。

私も、32年間の人生において、愛想笑いをして生きてきた時間がかなり長かった。

小学2年生を皮切りに、学生時代長くイジメに苦しんだことが大きい原因だと思う。

親・友達・先生に「どうやったら好かれるか」ということを、常に考えていた。

その癖は、年齢を重ねて、大人になっても、私の中に根付いていた。

だから、本の中での著者の体験に心を重ねて泣きそうになったり、共感したりすることがかなり多くて、読み進めるのが大変だったくらい。

「そうだよね〜〜」って思う箇所はたくさんあったけれど、特にお気に入りなのはこの部分。


魅力的であるということは、無愛想に己を活かし続けるということ。

他人がどうこうではなく自分に与えられたものを活かそうとする姿勢それ自体が人を惹きつけるのだ。

他人に愛想を振りまいて卑屈になるのではなく、無愛想になって自分を活かし続けよう。



新しい何かを生み出せる人というのは、人々のニーズを満たそうとする人ではない。

人々の心に新しいニーズを生み出す人だ。

最初は欲しいと思っていなかったけれど、その人の発信する情報や世界観、生き様に触れているうちに、欲しいと思うようになっている。

物もサービスも溢れた今の時代、そういう人が活躍する時代になるのではないかと思う。


他人に目を向けたところで、自分はいつまで経っても魅力的にはなれない。

他人を満たすことで時代を作るのではなく、自分の生き方を貫くことで時代を作る。

私も、そういう生き方をしたいと願っているから、改めてハッとさせられた。

究極、「無愛想」と「愛想」は一緒である

そうは言っても、自分のことを少し振り返ってみると、昔より随分無愛想になれている部分もあるなぁとも感じてる。

私のことを批判してくるだけで何も解決しようとしない人たちがいる集まりの中で愛想を振りまいてい続けていたけれど、そこを辞めた。

自分の生き方、価値観にそぐわないと思って、会社も辞めた。

いい子でいよう、長女の責任を果たそうと愛想良くしていた両親や妹との同居も解消した。

もちろん、正直に言うと、これまでいた環境を「脱する」というのは、私にとって怖かった。

それでも、一旦、周りに対して「どう思われてもいいや」って無愛想になれたからこそ、私は今の自分を手に入れることができた。

そんな自分のプロセスを振り返ってみると、「無愛想」と「愛想」は、究極的には一緒だなぁっていうことに気づいた。

「愛想」って、冒頭にも書いたけれど、「他人の機嫌を取る」っていう意味で使われがち。

けれど、「愛想」という言葉を調べてみると、「人に対する好意・信頼感」という意味もある。

要は、周りに無愛想になり、自分の気持ちを大切にすることは、自分に愛想良くしてあげること。

さらに言うと、自分に愛想良くしたら、一旦自分自身にも無愛想になってみること。

なぜなら、ずっと「他人の機嫌を取ってきた自分」というのは、無意識の領域で他人からの影響を受けたままの状態だから。

この本に書いてある、


過去や未来の扉には、無愛想でいよう。

大事なのは、今だ。


今この瞬間できることは何か?に意識を向けて、できること、やりたいことをする。それだけでいい。



自分に「そこ重要?」と突っ込もう。


というフレーズは、まさに「自分自身」に無愛想になることを書いているんじゃないかなと思う。

他人に無愛想になったつもりでも、「自分自身をストップさせる要素」が自分自身の中にあるということに、気づく過程だから。

私自身、周りに無愛想になり、自分がいる環境を抜け出す時に、そんな自分が「逃げている」ように思えて仕方なかった。

けれど、それって私自身が長年培ってきた私自身の中にある不安や恐怖だったりする。

そんな自分の不安や恐怖そのものにも「無愛想」でいる。

この「愛想笑い」→「無愛想」→「愛想」→「無愛想」…っていうプロセスをそのものが、自分を良くしていく秘訣なんだと、私は思う。

「無愛想のススメ」、奥深し!

この本が書いていることは、

「愛想笑いをやめて、無愛想でいよう」

というアプローチではあるけれど、真実はそんなに単純じゃないと私は思ってる。

他人の機嫌を取る「愛想」をやめて、一旦他人に対して「無愛想」になってみる。

そうすることで、自分を信頼し、愛してあげるという「愛想」を大切にしてあげる。

その過程で、時には自分の内側で自分を妨げる要素に「無愛想」になってみる。

その結果、自分が良くなっていき、自分が本当に大切に思える人に好意を持ち、信頼する「真の愛想」の循環が生まれる。

だから、「愛想と無愛想」、「自分と他人」は違うようだけど、最終的には全部繋がっている。

めっちゃ奥深い♡

愛想笑いをする人って、本当は人が大好きで、人と繋がりたいって思ってるからこそ、愛想笑いするんだと思う。

その場その場で他人の機嫌を取ることは、手っ取り早い手段だよね。

けれど、それでは人間関係を良くしていくことはできない。対処療法だから。

だからこそ、一見遠回りに見える「無愛想」というアプローチこそ、巡り巡って最終的には人間関係が良くなる。

それだけ深く自分自身を見つめる過程を踏んでいるわけだから、原因治療ができてるんだよね。

潤くんも、ブログなどでこの本について

『大事なのは、「ずっと無愛想でいる」っていうことじゃない。

「無愛想でいられる自分」という選択肢を持てるかどうか、ということ。』

って書いてあるけれど、本当にその通りだと思う。

私自身、まだまだ外側に対して無愛想になりきれてない部分もあったりする。

そんな時は無愛想になってみる。

1人でいて、なんかうまくいかないマインドになっているなぁと思う時もある。

そんな時は自分のネガティブな部分にも無愛想になってみる。

これくらいの使い方でいい。

間違った「無愛想」にならないで!

だから、この本を読んで勘違いしないでほしい。決して、「冷たく、無愛想な表情」であることを勧めているわけではない。

余計な愛想笑いはやめて、「真の愛想」からの笑顔に変えていくために。そのために「無愛想」の循環を起こそう、ということ。

私は、この本をそういうメッセージで受け取った。

今の世の中、きっと、無意識に愛想笑いをしている人は多いと思う。

私の銀行員時代なんて、振り返ってみたら愛想笑いの人ばっかりだったし。

だから、この本に救われる人は本当にたくさんいると信じてる。

まだ読んでない人は、ぜひ読んでみてね。




▲星野幸三オフィシャルブログ.

【無愛想のススメ】愛想が良い人は恐れている。

「良い人どまり」の人が必要なのは「無愛想」になること。

「無愛想のススメ」という本を読んで感じたのは、「良い人」だけでモテない人は、相手に合わせようとしすぎているんじゃないかということ。

相手の顔色をみて、愛想よくしている。だから、「良い人」で終わってしまう。。。
  
そんな人ほど「無愛想力」を身につけたら、「自分軸」で生きられる。そう、思います。
 
見開きのところに書かれていた一言が突き刺さりました。

「愛想が良い人は、恐れている。」ということで、「無愛想のススメ 池田潤著」を読んだのでシェアです。

まず、僕自身は一般的には「愛想が良い」という風に分類されると思います。

というのも、第一印象で次のことをよく言われるからです。

「さわやか」
「なんでもできそう」
「頭よさそう」

ただ、中には「腹黒そう」という人もいます。笑

初対面で、「あなた腹黒いよね」と。笑

(僕のことがそう見えるってことは、そう言ってくる人もきっと腹黒いんだと思って「うんうん」と流しています。笑)

で、僕は自分の「さわやかさ」を自覚してますし、「腹黒い」部分があるのも知っています。

ただ、数年前と今とで大きく違うのは、その全てを受け入れて、表に出しているということ。

で、その上でどう思われてもいいと思っています。全部が僕自身なんですよね。

他人から見たら、「さわやか」に見える人もいるし、「腹黒い」風に見える人もいます。

そうやって、「他人軸」で判断してしまう人のことをこの本では「愛想の良い人」と言っているような気がします。

(僕の言葉で話しているので多少ニュアンスは違うかもしれません。)

じゃぁ、「無愛想な人」といのはどういう人か?

一言で言うと、「自分軸」で生きている人です。

見開きにも書いてありますが、「愛想の良い人は恐れている。」この一言が本書を言い表しているなぁと感じました。

無愛想の人は、基準が自分自身にあるから恐れが少ないんですよね。

自分軸で物事を判断し、行動に移せるから、他人を気にしないで(無愛想をつらぬいて)いられる。

この本は「無愛想」というキーワードをもとに、いかに「自分軸」で生きるかを説いた本だと感じました。

著者がいじめられたたった一つの理由

そして、この本で印象に残っている部分が、著者がいじめられていた過去があったとのこと。

そして、そのいじめられていた理由が「なるほど・・・」と、感じたのでシェアしますね。

これは「いじめられる」人だけではなく、

・よくからわかれる人
・よく怒られる人
・よくバカにされる人


にも共通することなんじゃないかと思います。

著者はいじめられている最中は、「愛想よく」していたらしいんです。いつも強気で笑顔だった著者。

なのでいじめっこは、いじめられる著者の気持ちがわからなかった・・。だから、著者はいじめられていたと。

そして、ある時いじめっこの前で、著者がいじめられた時の気持ちを嗚咽しながら話したそうです。

強くいることをやめ、愛想よくいることをやめ、笑顔でいることをやめたんです。

その時の気持ちを素直にいじめっこに言ったそうです。


いじめていた子は、それまでの私の気持ちなどわからなかったのだろう。

なぜなら、私はいつも笑顔だったからだ。しかし、本当は傷ついていた。

彼らは心の底から悲しみを表現している姿を見て、自分たちがやってきたことの重みに初めて気づいたのだと思う。

そのときから、いじめられることは一切なくなった。(本文より、引用)


この文が非常に印象的でした。「愛想よく」いることで、相手に気持ちが伝わらない。そのため、いじめられていた・・・と。

いかに、自分の気持ちに素直にいることが大切か、著者自身の体験を持って話してくれているようでした。

自分自身、「愛想よく」してしまってはいないか。

この本を読みながら、自分自身の生活で相手に合わせすぎている部分がないか考えるようになりました。

「それは本当に心の底から自分が望むことなのか?」ということを、常に自問して次の行動に移すように心がけていく。そう決意させる本です。

「無愛想」をすることで、本来自分がやりたかったこと、自分が好きで力を発揮できることがより鮮明になる。そう感じました。

他にも印象に残っている部分はありますが、詳しくは本を買って読んでくださいね。^^



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2017
07.27

「なんかイイことないかなあ…」という人への処方箋

Category: 幸せの思考法


仕事帰りに街のコンビニで、エロ雑誌を立ち読みをしていたら、おっさんから声をかけられました。

誰かと思ったら、一緒に定年退職した前の職場の同僚Bさんでした。Bさんも今年62歳。現在は、家でのんびりしているそうです。

気は良いのですが無愛想な奴で、あまり好きではないのですが、家が金持ちなので、ちょくちょく飲みに誘ってくれたので知らないふりも出来ません。

「お前、いい年して、まだエロ本なんか見たいのか?」って要らん世話です(`o´)

「ヒマだったら、一杯つきあえよ」というので、

「ハーイ \(^o^)/!」とついてゆきました(#^.^#)。

相変わらずの無愛想で、不機嫌そうな顔で酒を飲みながら、「ああ、毎日がつまらん!つまらんばい!」「なんか、良かことなかね?」とグチばかり。

メンドくせー奴です。

時間と金があるのに、「なんか良いことないかねえ…」って、まるで他力本願!

一体誰の人生なのかしら?

そんなことで、本日は「なんか良いことないかなぁ…」ってため息ついている方に向けた記事の抜粋です。

それぞれの記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、是非クリックしてそちらも覗いてみてください。

あなたのお役に立つ記事とたくさん出会えるかもしれませんよ♪



▲「ウートビ」わたしを、アップデートする。

「最近いいことないな」と嘆くあなたへ ハッピーを逃さない8つの方法

「最近いいことないなあ」
「何かおもしろいことはないの?」


…そんな言葉が口ぐせになっていませんか?いいことがないのはじつは自分自身のせいかも。

そこで、「貴方が出逢う異性」サイトの監修者・早田みず紀さんにハッピーを逃さない8つの方法を教わりました。

1)きっかけをつくる

「なんだかつまらない」と思って生活していませんか?

じつはつまらなくしているのは自分自身!

他力本願ではなく、自分から動かなければ運命は動き出しません。

「月がきれい」「花が咲いていた」など、心に何かが響いたらそれをきっかけに動いてみましょう。

2)早朝に散歩する

人は本来、感覚的に運気を把握し、幸運と不幸を判断できるもの。

その感覚を養うために朝の散歩を。朝の空気の中で体が目覚める感覚はいい運気に乗ったときの感覚と似ています。

3)すぐに答えを出してみる

幸運は躊躇しているとすぐに逃げます。

「一瞬のうちに決断して動き出す」という癖をつけることは人生を切り開くのに重要なこと。

洞察力や判断力を磨きましょう。

4)第六感を鍛える

何かを始めるときと、何かを終わらせるときのタイミングを見極めるために、第六感を鍛えめましょう。

頭ではなく体が納得するような「しっくり感」を探すといいでしょう。

5)「一点集中」で考える

どうしても欲しいものは、一点集中で考えるとチャンスを引き寄せられます。

高くて買えない服はバーゲンを待ったり、ほかの店にあるかをリサーチするように、努力を集中させれば手に入る確率は高くなります。

これは恋愛にも仕事にもいえることです。

6)運だめしをしてみる

欲しいものやチャンスをつかむには、「時を待つ」ことが必要です。

懸賞に応募して時の運を待つ練習をしましょう。

胸をはずませて待つ楽しさを知っておきましょう。

7)「やめどき」を知る

ものごとは始めるより、やめるタイミングの方が難しいもの。

やめどきを知るために、小さなできごとでやめどきを逸してみるのも手。

同じような目にあったときに、そのときのむなしさを思い出して「やめどき」を逸しないよう努力できるでしょう。

8)考えすぎない

あなたの持つこだわりがあなたの視野を狭くしているかもしれません。

時の運に乗るには、柔軟な姿勢が大切。「絶対に違う」というこだわりの裏に真実が隠れているかもしれません。

慣れ親しんだ日常を変えるのは勇気が必要ですが、その一歩を踏み出すきっかけづくりとして、上記の8つの方法を試してみてはいかがですか?




▲TABI LABO

「自分の人生を愛している人」が大切にする10の考え方

「人間は、自分が幸福であるということを知らないから不幸なのである」とは ドストエフスキーの言葉。

幸せは、何気ない日常の中にあります。普段気づいていないだけで、アナタの周りにもたくさん存在しているのです。

問題はそれを見つけられるかどうか。

そのためヒントを起業家でありライターのPaul Hudson氏「Elite Daily」の記事で紹介しています。

1)大切なのは他人の意見より「自分の行動」

しあわせな人たちは「誰かに好かれたい」とか「嫌われたらどうしよう」とか、そんなことは考えません。

他人からの関心に興味もなければ、誰かに認めてもらいたい、という欲求もないのが特徴的。

「自分の行動に責任が持てるのは自分だけ」と考える彼らは、誰かに生き方を決めてもらうようなことはしないのです。

2)誰にも強制されない

彼らには「◯◯しなくてはいけない」といった考え方が存在しません。

何かをしたりどこかへ行くのは、やらなくてはいけないことではなく、やりたいからしているだけ。

3)友人とは、お互いに自立した関係

彼らは、友人を必要以上に頼りません。

人は皆、それぞれ違う生き物だということを知っているので、無理に気持ちを押し付けることなどしないのです。

誰かに頼りすぎると、人間関係は崩壊します。友人とは、お互い自立した「大人同士の関係」を保っているもの。

4)お金のためじゃない「自分」のために働く

「来週から始まる仕事は、どんなプロジェクト?」そう訪ねたとき、彼らは自分が何をして、それがどう役立つのかをしっかりと答えることができます。

仕事は、生活のために必要なお金を稼ぐものではなく、楽しいからやるのです。条件や待遇ではなく、そこで何ができるか、どんなものを得られるかを重視しています。

5)場所に固執しないそれは、国すらも…

彼らは住むところに固執しません。ひとつの場所にとどまって退屈な人生を送るのはもったいないことだと考えています。

旅を通じて多くの人に出会い、自分の価値観をアップデートしています。

街や国といった垣根を越えて、地球全体が自分の家であるように考えているのです。

6)自分の哲学やルールは自分で決めている

彼らは「何が良いことで何が悪いことなのか」自分で判断します。

生きる上でのマニュアル本や指南書は必要ありません。

自分のルールを持ち、他人に指摘されるのではなく、その哲学に従って生きるのです。

7)「人生はいつか終わる」と意識している

命あるもの、いつかは最期を迎える…。彼らはそのことを受け入れ、生きるモチベーションにしています。

やみくもに死を恐れたりせず「死はコントロールできないが、自分の人生はコントロールできる」と考えています。

8)与えられるのではなく自分たちでつくっていく

目の前の現実はこれまで積み重ねてきたことの結果であり、どんな現実も自分たち次第でつくり出すことができると信じています。

誰かに与えられるのではなく、自分たちでつくっていくことが彼らの信条。

9)理想だけを追わず地に足がついている

幸せな人は、常に夢や希望、目標を持っています。

彼らにももちろん憧れはありますが、必要以上にとらわれたり、道を見失うようなことはありません。

10)人は変えられないけどその人への接し方は変えられる

他人を変えようとするのは大変なこと。多くのエネルギーが必要になります。

人が変わることができるのは、その人自身が自分で「変わりたい」と思ったときだけ。

ただ、その人とどのように接すれば良いかはあなた自身がコントロールできることなのです。



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2017
07.25

「取り越し苦労」は時間のムダ!

Category: 幸せの思考法


身近な取り越しの話

取引先の社長Tさん(73歳)が、ポリープの影が大きくなったからと、来週検査入院することになりました。

内視鏡検査でそのポリープの細胞を一部切除して悪性か否かをチェックするらしいのですが、まるで末期の大腸ガン患者にでもなったかのような落ち込みぶりです。

新しい商材の売り込みに行ったのに、ガンの話ばかり聞かされて、すっかり閉口してしまいました。

「ただの検査でしょう?」と言ったら、「他人事だと思って軽口をたたくな!」と、いつもの温厚な人柄とは思えない剣幕で叱られました。

この会社は、取引先にも恵まれ、業績は安定しているのですが、借入金が2億円ほど残っており、「まだまだ死ねんのだよ」とため息まじりにこぼしていました。

「取り越し苦労」を辞書で引くと、こう書いてあります。

『どうなるのか自分ではわからない将来のことを「悪い方向」に考えること。』

商売でも、あるいは健康管理でも、気になることは必要な手を打っておくことは大切です。

そういう意味では「心配」することは悪いことではないと思います。

しかし、「取り越し苦労」というのは、どうなるか分からないことを「悪い方向」にばかり考えることがいけないのだと思います。

私も取り越し苦労をしやすい性格なので、本日はその対処法について、記事を集めてみました。

各記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼ってしますので、本サイトの方も覗いてみてください。

あなたのお役に立つ有益な記事と沢山出会えると思いますよ♪


▲癒しツアー

「良い心配」と「悪い心配」

今日の名言・格言

心配事の98%は取り越し苦労だ!

– 藤村正宏の名言・格言 -

名言の心

どうなるか分からない先のことを、悪い方向に考えることは、無駄な心配となることが多く「取り越し苦労」といいますよね。

例えば、「将来、野球選手なりたなー」と将来の夢をもつことは、目標を持って日々努力していくことでもあり、とても良いことです。

しかし、「待てよ。野球選手になってから、交通事故で怪我をして、プレーができなくなったらどうしよう。。」と心配をはじめるのは、大きな夢に向かって小さな目標を日々達成していく過程においては、ちょっと考えすぎかもしません。

確かに、交通事故で怪我をすることはいつでも起こり得ることなので、危険から身を守るために、今から交通ルールを守って生活していくということは、心配への対策としても有効ですよね。

さらに、「野球選手になってから、交通事故で怪我をして、救急車で運ばれた病院の先生がヤブ医者だったら。。」となると現実的な対策も難しく、いわゆる「取り越し苦労」になるのだと思います。

「心配」というのは、自分や人々に降りかかるかもしれない何か悪いことに対して心に沸き起こる感情です。

そういう意味で、現実的な対応策がある場合には、心配が私たちを守ってくれることもあり『 良い心配 』ですよね。

一方で、どうしようもできないことに対して、心を悩ましてしまうのは、解決策も見えず大変辛いことであり、『 悪い心配 』だと思います。

では、どうすれば悪い心配を解消できるのでしょうか?

「そんなの大丈夫だよ」と心を落ちつけたり、「どうしようもないことを考えても無駄だから、今できることをやらないとな」と悪いイメージを膨らませることをやめて、「もしそれが起きたとしても、なんとかなるもんだよ」と割り切って考えることではないでしょうか。

実際、今日の名言のように、心配事はそうそう起きるものではないのです。

また、勝海舟さんの言葉に、『 人には余裕というものが無くては、とても大事はできないよ 』とあります。

これも起こり得る困難に対して、「きっとなんとかなるさ」と割り切ることで心に余裕ができ、目指すべき道も定まるもの。

だから、「いつまでも心配ばかりしていてはいけないよ」というメッセージがあるのだと思います。


▲4MEEE

今をエンジョイ☆「取り越し苦労」をやめるための4つの心掛け

【取り越し苦労】…どうなるかわからないことを、あれこれと心配すること。

つまり余計な心配です。取り越し苦労している自覚のある人も居ますよね。

ここでは、取り越し苦労をやめられる4つの心掛けを書いていきます☆

その1)ほとんど思い込みなことに気付く

悩みや考え事、悩めば悩む程考えれば考える程、ネガティブなことばかりで頭がいっぱいになりませんか?

でもそれって、自分が作り出したネガティブな発想です。現実で起こっていることではありません。

ほとんど思い込みなことに気付きましょう!

昔真剣に悩んでいたことも、今考えてみると「何であんなことで悩んでたんだ?」なんて思うことありませんか?

まだ昔からの悩みで悩み続けている人も、人との出会いや経験を通して価値感が変わったりして、悩みがちっぽけに思える日が来るはずです。

その2)最悪の状況を考えてみる

逆転の発想で、とことん最悪の状況を考えてみるというのもひとつの手。

『明日○○になったらどうしよう〜』を考えてみて下さい。

最低最悪な状況を考えてみると…

「本当にそんなことになる確率は低くない?」

「とりあえす行ってみたら意外と平気なんじゃない?」

「そんな経験してみてもいいんじゃない?」

と、ポジティブな気持ちになってきませんか?

その3)今日に集中する

悩みや考え事で頭がいっぱいの時って"今"、目の前のことに集中できていないんです。

それって、今がもったいないと思いませんか?毎日毎日、今日に全力で集中してみましょう!

先のことを考えるのも大切ですが、先が必ず来るという保証はありません。

明日だって、一時間後だって、一秒後ですら誰もわからないんです。

そんな先のことばかり考えて、今が来たのに今を楽しまないのはもったいないっ!

その4)85%は起こらない!

ロバート・リーヒ博士が書いた「The Worry Cure」という本によると、心配性の人が抱いていた不安の85%は実際には起きず、最終的には良い結果に終わったそうです。

もし不安が現実になった場合も、79%の人は自分の力で解決することができたそうです。

つまり、解決できないことの方がよっぽど少ない確率なんです。

この話を聞くと、勇気をもらえますよね!

心配せずとも大丈夫なことって、世の中意外とたくさんあります☆

まとめ)

取り越し苦労をやめるための4つの心掛けでした。

取り越し苦労ってこうしてみると、無駄な時間かも…。

その時間を有効的に使って下さい☆


▲斎藤一人・自分と繋がり・神様と繋がり・世間と繋がって生きる御心カウンセラー愛蘭

常に幸せなことを考えよう!神様は「取りこし苦労」と「持越し苦労」が大嫌い

斉藤ひとりさんは、時々私たちにおもしろいクイズを出してくれます

「はい、真由美ちゃん問題です

『コップの一杯の水』と『一粒のダイヤモンド』どっちが大事だと思う?」

「うーん、一粒のダイヤモンドです」

「あはは、さすが、俺のお弟子さんだね。

幸せになる勉強を実践しているだけあるね。

たいていの人は『コップの一杯の水』って答えるんだよ。

『コップの一杯の水』って答えた人は

たぶん、砂漠に行ったら、お水がなければ、「死んじゃうかもしれない。」とか、想像したんだよね。

確かに、砂漠に行ったら、お水がなかったら耐えられないと思うよ。

でもさ、ここは日本だよ。日本に砂漠はないよね。

実際にありもしないことを考えるのが、不幸になっちゃう原因なんだよ。

だいたい、日本でダイヤモンドが一粒あったら、プール何十杯もの水が飲めるよね(笑)

砂漠のない日本にいてなぜ砂漠のことを考えるの?

砂漠のない国に生まれたのに、何故砂漠のことを考えるの?

ありもしないことを想像するのっておかしいよね。

ありもしない事を不安に感じるっておかしいよね。

不幸を考えながら、幸せになんて、絶対になれないんだよ。

つねに最悪の状況を考えちゃうっていう、そのクセが不幸のもとなんだよ。

それって、神様が大っ嫌いなことなんだ。

起きてもいないことや先のことを考えて、不安になることを『取りこし苦労』というんだよ。

過去におきてしまった出来事をいちいち持ち出して、いちいち心配したり、不安になることを『持越し苦労』っていうんだよ。

それってさ、神様が嫌う生き方なんだ。なぜだか分かるかい?

過去に起きたことは、真由美ちゃんが幸せになるための経験なんだよ。

だから、思い出すたびに嫌な思いをする為の苦労ではないんだよ。経験なんだ。

その経験を積んで、進んでいける未来は、今日よりもいいに決まってるんだ。

だから先の事を考えて苦労することではないんだ。

神さまは真由美ちゃんが不幸になることなんか、ひとつも望んでなんだよ。

幸せになって欲しいんだ。幸せにしたいんだよ。

神様の愛ってすごいね。

それなのに『取りこし苦労』や『持越し苦労』をして、不幸なことを考えてるっておかしいよね。

幸せになるって神様が喜ぶ生き方をするということ。

だから、真由美ちゃんができる最高のことは、自分の頭を一秒たりとも自分が不幸になることに使わないってことだよ。

そうすると、神様が喜んでくれるから、人生に奇蹟が起きるよ。


▲「世界一幸せになれる7つの魔法」宮本真由美・著

自分の頭を一秒たりとも、自分が不幸になることに使わないってことだよ。

これは私にとっては本当に難しいことでした。

『取りこし苦労』や『持越し苦労』にほとんどの時間をついやしていました。

過去のここが悪かったから、こうなってしまった。

何故、あんな選択をしてしまったのかと、

自分を責めたり、他人を責めたり、その時はその時点の自分の中の最高の決断で、そうするしかなかったのに、「あの時こうしておけば、こんな辛くはなかったのに」とか過去の決断をした自分を責める。

そんな、失敗をした自分が、決断することに自信がもてず、なにもかも逃げ腰。

優柔不断で、自分の感覚に自信を持てないから、身近な誰かの決断の真似をしようとしたり…。

でも、そんなふうにしていて、人生うまくいくわけはないのです。

自信もなくなり、どうしようもなくなり、困まり果てて、行きついた結果は、自分の今までのやり方や考え方を一度捨てて、上手くいってる人の考えを、実行していきました。

色々学んだことを行動にうつしすこしづつ人生が上向きになりましたが、せっかく良くなっても取りこし苦労、持越し苦労の癖が抜けずに3歩進んで2歩さがる。

そんな感じでした。

でも、ある時期から、心配ごとが解決していない状態でも楽しい時間をもちました。

すると、楽しいことをしている時間は、「取りこし苦労」や「持越し苦労」ができないし、予定を入れると忙しくなって悩んでいる時間が少しづつ減りました。

さらに楽しいことをするので、自然と気持ちが明るくなりました。

そうすると、今まで八方塞がりだと思っていた問題の糸口がみつかったりしました。

波動が上がったのです。

波動が変わると引き寄せる情報も変わるので。

悩みがある時に、楽しいことをするなんて、不謹慎だとか罪悪感などあったのですが、そんな考えは要らなかったんだと今はっきり感じています。

命がなくなり、天に帰ったとき、神様に2つの事を聞かれるそうです。

「人生を楽しみましたか?」

「人に親切にしましたか?」

やっと人生を楽しむことができるようになりました。

幸せな時間を過ごす時間が増えました。

最近楽しみがさらに増えました。

ブログを通して色んな方と繋がれることです。

今日もご訪問感謝します。



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