2015
05.30

スマホの「ライン」デビュー

Category: 雑記つれづれ
 


ケータイ電話の「ガラケー」をお使いになっている方には分かりにくい話ですが、
最近、私も「スマートフォン」に変えました。

高機能のパソコンと同じで、ケータイ電話で通話とメールしかしない私には
「スマートフォン」は全く必要のないものでした。

しかし、以前お話した通り、外国人の若者と仕事をしている関係上、
その場その場で、的確な意思の伝達が出来ない環境にいると、

自分の語学力のなさを情けなくなると同時に
誤解を避けるために、その後にフォローをする必要に迫られます。

私が「スマートフォン」で注目したのは、
「ガラケー」にはない「ライン」という機能です。

しかも、「ライン」はパソコンからも書きこむことができます。



これならば、ネットの英会話翻訳ソフトを駆使して、
自分の意図を英文に直して、十分なフォローができます。

そうした訳で、ケータイ電話を「スマートフォン」に変えた訳ですが、
先日、床屋に行ったおり、私と同世代の60歳台前後の男性3名が
それぞれに、「スマートフォン」で「ライン」をしていたのはびっくりしました。

確かに「ライン」は、メールより数段便利ですが、
なにも、床屋の順番待ちのヒマつぶしに「ライン」をやる必要もあるまいにと
少々呆れてしまいました。

私は、英語の勉強を兼ねて、フェイスブックを通して
ベトナムとフィリピンに「ライン友」を数人作りましたが、

相手の英文を日本語に訳して読み、その上で返事を書くには
「ライン」はあまりに『間』がなさすぎます。

日本人同士の会話でも同じです。

仕事上のやり取りは、相手の「イエス」「ノー」が早いほど便利ですが、
日常会話レベルにまで、あの速度が必要なのかを疑問に思います。

かなり普及しているようですが、

「イエス」と「ノー」の狭間にある、日本人特有の相手の体面をおもんばかる
優しい『間』が失われてゆくようで、気がかりです。

例えは、適切ではありませんが、

クーラーにはクーラーの良さがある半面で、
ウチワにはウチワの味わいもあるように、

便利さ一辺倒で使い過ぎるのではなく
状況に応じて使い分ける『ゆとり』も必要かと思うのですが…


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