2015
07.23

愛と感謝の実践者 その3-2)

Category: 気付き

前日のブログにコメントを頂きました。
我欲を枯らし、執着を解き放つ、…いずれも難しいですね。



コメントに感謝しつつも、
ああ、まだ俺の文章は浅いのだなぁ」と反省しました。

私は昔から、簡単なことを難しく考えるクセがあります。
「バカの利口ぶり」って奴です(苦笑)

私は「立て前」は書きたくありません。
あくまで実践に役立つ手引書を書きたい。
それが私の願いです。

私がこれから、快適なシニア生活を送ってゆくために、
心が疲れ、やる気が萎えてきた時に読み返せば、
ふっと気が軽くなるような、
そうだった!と、自分の思い違いに気付けるような、
そんな実用的な手引書を書き綴ってゆきたい。


自分の実体験やサイト検索を通して察した
自分なりのニュアンスを文章にするのは難しいです。
それも、できるだけ簡易に分かりやすくです。



本日のブログは、同じテーマで書き直します。

だから内容も、
我欲を枯らし執着を解き放つ」という抽象的なものではなく、
もっと具体的に、「気楽に機嫌よく生きるために」へと修正します。

なぜ、書き直すのか分かりますか?

そう、私が手段と目的を履き違えていたと気づいたからです。

我欲を枯らし執着を解き放つ」という行為は手段です。
目的は、あくまで「これからを気楽に機嫌よく過ごす」ことです。

特定の手段にこだわる必要などなくて、

極端な話、どんな事態が私に起ころうとも、
私が指をパチンと鳴らしたならば、
すぐに「気楽に機嫌よくいられる」のだったら、
それで万事解決!なのです。

だって、魂の学びとしては、
それが、これからのシニア人生のテストの答えなのですから。

それが、「角をとって丸くなる」ということでもあります。

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【ネット辞典】
■ 気楽
・気兼ねや心配や苦労がなく、のんびりとしていられること。
・物事にこだわらないで、のんきなさま。
------------------------------

■心は波立つのが当たり前

機嫌が悪い時の心理状態というのは、
ソワソワ、イライラ、ドキドキ、ムカムカ、オドオド…。
穏やかだった心が波立った時に機嫌が悪くなります。



海面の上を風がふくと、小さな波ができます。
心の平穏を海面に例えたら、
機嫌・不機嫌の現象が分かりやすいです。

波が立たない「凪(なぎ)」状態の海面を
心の平穏と考えると、常に不機嫌な状態になります。

だって、波の立たない海など、めったにないからです。

不安・悩み・怒り・心配・恐れと言った風は
いつでも心に吹きます。

心という海には、波が立つことが当たり前なのです。

生きていれば、
不安・悩み・怒り・心配・恐れなどはつきものです。

だから、少々高い波が立っても、
平気でいられるコツを学ぶことが
「心の平穏=ご機嫌」を保つために大切なのです。



このようなことを意識しないまま、これからの人生を過ごしてゆくと、
感情の奴隷となって、いつも不平不満ばかりまき散らす
「嫌われジイさん(バアさん)」になってしまいます。

私は今からこのことを強く意識して、
誰からも愛され大事にされる
いつもニコニコご機嫌ジイさん」を目指します。



不幸な状況の時にも、平気で過ごせる。
幸せな状況の時には、大いに幸せを感じられる。

ふつうの時には、けっこう幸せに暮らせる。
悩みや問題があっても、それなりに幸せに暮らせる。

人生の中には、不幸な時も幸せな時もあり、
悩みや問題を抱えてしまうことはあります。

いかなる場合にも、
できる限り幸せに生きることができるようになれたら、
理想(悟り?)なのかもしれません。

死ぬ間際に、「幸せな人生だった!」と思えたら本望です。
そう思える人生だとしたら、その最中にもたくさん幸せを
感じて生きられたほうがいいのではないでしょうか。



『今がいちばん若い時』

若いうちにやったほうがいいこと、
若いうちだからできること、
始めるのなら早いほうがいいこと、
若いうちに経験しておいたほうがいいこと。

今日という日を基点に、これからの人生を通して考えれば、
今がいちばん若い時」ということになります。
今がいちばんパワーがある時ということになります。

これからの人生の中で、“若いうち”にやりたいことを考えて、
今できることがあれば、やってみるというのも
いいのではないでしょうか。



『至言』

人間は何時死んでもいいと思うのが悟りかと思っておった。
ところがそれは間違いやった。
平気で生きておることが悟りやったと。

平気で生きておることは難しい。

死ぬときが来たら死んだらいいんやし、
平気で生きておれるときは、
平気で生きておったらいいのや。

自然は、立派やね。

わたしは日記をつけておるけれども、
何月何日に花が咲いた。
何月何日に虫が鳴いた。
ほとんど違わない。

真理を黙って実行するということが大自然だ。

誰に褒められるということも思わんし、
これだけのことをしたら、
これだけの報酬がもらえるということもない。

時が来たならば、ちゃんと花が咲き、
そして黙って、褒められても褒められんでも、
すべてのことをして黙って去っていく。

そういうのが実行であり、教えであり、真理だ。


           ※永平寺七十八世 「宮崎奕保」禅師



■「気楽」とは、深刻に受け止めないこと。


気楽」とは、肩肘の「余分な力」が抜けた
心地よい様を表しています。

では、気楽ではないとは、
どのような様なのでしょうか?

それは「気を重くすること」です。

つまり、物事を悪い方に悪い方に
深刻に思い込むこと
です。

なにが起きても「平気で生きる」ためには、
その事態を深刻に受け止めることなく、
さらっと淡々と受け流すこと
です。

「受け」て「止める(溜める)」のではなく、
「受け」て「流す」のです。


必要以上に不快な解釈を増幅させてはイケマセン。



「なんてことだ!」
「ああ、最悪!」
「超ムカつくなぁ!」
「もう、だめだ!」


生きていれば、いろんなことが起こりますが、
いちいち自分が不快になる意味付けを加える必要はないのです。
淡々と受け流して、最善の対処を考えて処理してゆくだけのこと。

自分にとってイヤなこと、苦手なことほど、
逃げないで、一歩前進して向きあいましょう。


「なんてことだ!」
「ああ、最悪!」
「超ムカつくなぁ!」
「もう、だめだ!」

自分の「想い=気」の"周波数"を低下させてはイケマセン。
さらに悪い事態を引き寄せる可能性もあります。



私に起こる事態は、学びたがり屋の魂が、
私に体験させるために引き寄せている単なる「お試し」です。

いらっしゃいませ!」と
一歩前進して笑顔で向きあいましょう。

いちいち不快な意味付けを加えないで、
合気道の要領で淡々と受け流しましょう。

それで、大抵のことは上手く処理できます。

私の魂は、そのことを知って欲しくて、
私にその事態を体験させているのです。

「私は大抵のことは対処できる!」という
自己肯定感を高めましょう。

これが、いつも平気でいられるコツです。

いつも平気でいられれば、
「気楽に機嫌よく」生きることができます。



この合気道のように、自分に起こった出来事を
バッタバッタと小気味よく、
「気楽」に受け流してゆきましょう!

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コメント
わーかっこいい。ほんとうにこの写真のようにやれることさへ、信じられないのに、心の中にわき起こってきた想いに対してこんな風に一瞬に切り返しができるのは達人しか、やれないのじゃないか・・・と私は考えてしまいますが。でもそこのところは、こんなにかみ砕くように教えて、言い聞かせてくださる言葉を読んで、記憶させて、心をその色に染めて、これから先の暮らしをもっと楽しく、もっと気楽に、自己肯定感を高めたいと思います。今が一番若いという言葉も気にいりました。これまでの年月ばかり数えて古い古いと感じていましたが、これから先の年月から見たら今が一番若いのですよね。今が一番新しいのですよね。さあなにしようかな、
いかなる時も平気で生きて、そして死ぬときは死ぬ。That's right, truth.

すみません理解力が浅くて、さっき読んだこともすぐ忘れる状況で。。。
でも何回でも読み返していると、そのうち自分のものになるさと考える私です。
ローズコーンdot 2015.07.23 06:19 | 編集
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