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2015
07.29

いつも「低ハードル」で感謝しながら生きてゆこう!



私は、すごく心がポッコリ凹(へこ)みやすい人間でした。

「心が凹む」とは、「気弱になる」「テンションが下がる」、
気力が萎える」「落ち込む」という、心が低空飛行している状態。

なぜ、凹むのかといえば、
うまくやれると期待する→うまくやれない→凹む
人は期待が叶わないときに最も凹む=気落ちするのです。

だから、凹まないためには、
『自分や相手に対する期待を下げる』こと。
これに尽きます。



■期待値とは、心の中のハードル

人づきあいにおいても、自分や相手に対する期待が高いと、
その期待が叶えられない時に凹んでしまいます。

期待値が高すぎるから、つらくなるのです。

100パーセントの結果が当然だと考えていると、
たとえ90パーセントの結果であっても、
マイナス10パーセントのために満足できません。



■「不完璧主義で生きましょう!60点でハナマル!

期待値を上げようが下げようが、結果は大して変わらないのですから、
精神衛生上は、期待値を下げていた方がお得!なのです。

心が凹んでしまうと、前に進めなくなります。
完璧主義は、実は不効率なのです。

完璧主義は、100点取れて当たり前主義。

不完璧主義は、60点取れてハナマル主義。

完璧主義は、「幸せ減点主義(あそこがダメ、ここもダメ)」。
不完璧主義は、「幸せ加点主義(あそこも良い、ここも良い)」。

私たちは、家庭の躾けでも、学校の教育でも、職場の評価でも、
「減点主義」的な指導をずっと受けてきました。

だから、自分が主役のシニア人生でも、知らずの内に
「減点主義」で自分や相手、物事を見てしまうクセがあるのです

自分や相手の「良いところ」はなかなか発見できず、
悪いところは、拡大して見えてしまう傾向・クセが私たちにはあります。

自分や相手には、欠点よりもはるかに大きな良いところがあるのに、
私たちはそのことになかなか気がつきません。

お互いに良い歳なのですから、もう細かいことはどうでも良いのです。
お互いに魂が未熟な者同士なのですから、完璧にはできないのです。

子どもは、親の言うことを聞く
夫は、進んで家事を手伝う
部下は指示したことは、完璧にこなす
メールしたら、すぐに返信する
贈り物をしたらお返しの品を届ける

それは、あなたにとっての「常識(当たり前)」かもしれません。
しかし、その「当たり前」があなたを凹ませるのです。

常識(当たり前)は、驚くほど人によって違います!
そのことを、あなたはもっと知るべきです。



私の職場にも、挨拶を返さない人がいます。
その人は、口下手で人づきあいが苦手なのです。

私が「おはよう!」といった時、
「やぁ、おはよう!今日もよろしくね!」と、きっと、
その人の魂さんは、笑顔で私に挨拶を返しているのだと思います。

しかし、その人は黙っているのです。
真似しろと言われても、私には出来ないふるまいですが、

おそらく、その人の頭の中では、挨拶の回線が、
1本接触不良になっているのだと思います。

※仕事はとても丁寧で、思いやりもある人です。

お互いに欠点を抱えて生きています。
未熟者同士、それを責め合っても始まりません。

「あそこが良い、ここも良い」と、「加点主義」で
自分や相手と付き合ってゆきましょう。

■ハードルを下げると見えてくるものがある。

自分や相手へのハードル(期待値)の低い人は、
物事に囚われずに「気楽」に生きている人です。


ハードルを下げれば、今まで「当たり前」と受け流していたことが
「当たり前」ではなくなり、「感謝!」の対象になります。

幸せを感じる基準が、
「どれだけ感動したか?」「どれだけ嬉しかったか?」だとしたら、
「当たり前のこと」には、幸せを感じないということになります。



社会インフラの整った衛生的で安全な住居だったり、
熱帯夜の心地よいクーラーだったり、
電車が時間通りに来たり、安価で品ぞろえ豊富なスーパーだったり、
そんなことが「当たり前」になっています。

しかし、それって本当に「当たり前」のことなのでしょうか?
少なくとも、職場で私と一緒に働いている外国人にとっては
「当たり前」のことではなく、とても「すごい!」ことみたいです。


ふん、くだらない!」とあざ笑う人に知って欲しいことがあります。
フィリピン人の日常挨拶の定型句をご存知ですか?

kumain ka na?(クマイン カ ナ?)
(ご飯、食べましたか?)


日本であれば、「いかがお過ごしでしたか?」という、
相手へのご機嫌伺いの枕言葉のところで、
ご飯、食べましたか?」って言うのです。

フィリピンでは、「食事を満足にできる」こと自体が
幸せや豊かさを象徴する出来事なのです。

それでも、「ふん、下らない!それがどうした?」とあざ笑う人には、
私はもはや、返す言葉を持ちません。

日本に生まれたこと、そのこと自体がすでに幸せなのです。

ハードルを下げれば、「当たり前」のことが「当たり前」ではなくなります。
ハードルを下げれば、自分にも相手にも現状にさえ感謝できるようになります。

「感謝」は、幸せへの特効薬です。



■自分や他人に対しては「低ハードル」で向き合う気楽さ

だから、人生や他人には、
期待値を下げて生きていたほうがお得なのです。

人生や他人に対して期待感を高く持たずに生きていると、
人生が上手くいかなかったり、他人から悪い態度をとられても、
まあ、そんなものだ!」と腹が立たなくなります。

人生や他人に対して期待感を高く持たずに生きていると、
人生がちょっと上手くいったり、他人から少し親切をされたくらいでも、
嬉しいなぁ♪」とウキウキします。



■「ハードルを下げる」という生き方

最近読んだ森川陽太郎さんの本に、
大事なことが書いてあったので、ご紹介します。

『ハードルは、限界まで下げろ!』

これは、自分や他人様と接する上での基本です!
自分からハードルを上げるのは損でしかありません。

やみくもに高い水準を求めず、
まず「確実にできること」にまでOKラインを下げましょう!

高いハードルに挑んで転んで諦めるより、
低いハードルを楽々超えて、
次に進んだ方がいいじゃないですか。

「確実にできること」をハードルとして
日々小さな「自分へのOK」をくり返して
自分自身を肯定することが、「モアベター」なのです。




■私は「低ハードル人間」を目指します!

これを受けて、私も自分や他人様に対してのハードルを
とことん下げた「低ハードル人間」を目指して生きてゆきます。

ということで、大した完成度でもない記事ですが、
今日はこれでおしまいです。

私は、自分のブログのアクセス数を見ながら、
毎日こう思うのです。

「このブログは、私にとってはとても大切なことを書いているけれど、
会ったこともない他人様には、果たして役に立つ内容なのだろうか?」

こんな雑文を日々更新させてもらって、
あまつさえ、それを読みに来てくれる方が、
毎日何人かいるというだけで、
もう、「かたじけなくて」泣きそうです。

今日も、ご完読ありがとうございました。

I hope that you have a nice day today.
(今日があなたにとって良い一日になりますように!)


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コメント
昨日実感しました。この記事を読んできて、私は少しづつもっとご機嫌で暮らせるようになってきていると。たとえば小さなことですが、精魂込めて書いたブログが消え去っても、それほど、ため息も涙マークも付けませんでした。、夕食の支度をして、それからまたトライすればいいと心は元気でした。これは確かに
ここのサイトの読書のおかげです。こんな気持ちを生活の中で広げていけばもっともっと幸せになります。私も自分の中では完璧主義で自分を追い詰めるところがありました。でももうお老いてきてその自分の性格が自分の首を絞める気もしていました。
ハードルをさげ、ご機嫌で暮らせます。でも時々は忘れることもあるでしょうから、後半書き留めておきましたがもう少し前からの分も書き留めて、日々目にしたいと思います。何しろ記憶が続きませんのでね。どうもどうも有難うございました。そしてご苦労様でした。たくさんの方々もブタローさんのブログですくわれた思いをなさったでしょう。
ローズコーンdot 2015.07.29 06:38 | 編集
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