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2015
08.17

「アリギリス」という生き方

イソップ寓話『アリとキリギリス』より。


暑い暑い夏日照りの中で、
アリたちは毎日一生懸命に働いていました。

そんな ある日、
一匹のキリギリスが草かげで
楽しそうに歌を歌っていました。

おい、アリくんたち。
そんなに汗をびっしょりかいて、何をしてるんだい?


キリギリスは、アリたちを
小バカにしてそう言いました。



これはキリギリスさん、
わたしたちは食べ物を運んでいるんですよ。


ふーん。だけど、ここには食べ物が
いっぱいあるじゃないか。


せっかくの夏だよ。
好きなことをして楽しまないと
つまらないじゃないか。


俺みたいに、お腹が空いたら
その辺にある食べ物を食べて、
あとは楽しく歌を歌ったり、
遊んだりしていればいいじゃないか。


でもね、キリギリスさん。
今は夏だから食べ物がたくさんあるけど、
冬が来たら、ここも食べ物はなくなってしまいますよ。
今のうちにたくさんの食べ物を
集めておかないと、あとで困りますよ。




アリたちがそう言うと、
キリギリスは呆れた顔を見せて

まだ夏が始まったばかり。
冬のことは、冬が来てから考えればいいのさ。


そう答えると、また歌を歌い始めました。



それからも毎日キリギリスは
陽気に歌って暮らし、

アリたちは
せっせと家に食べ物を運びました。

やがて夏が終わり、秋が来ました。

キリギリスは、
ますます陽気に歌を歌っています。



そしてとうとう、
寒い寒い冬がやって来ました。

野原の草はすっかり枯れ果て、
キリギリスの食べ物は1つもなくなってしまいました。

ああ、お腹が空いたな。困ったな。
どこかに食べ物はないかなあ…


あっ、そうだ!
アリくんたちが、食べ物をたくさん集めていたっけ。
よし、アリくんたちに何か食べさせてもらおう!




キリギリスは急いで
アリたちの家にやって来ました。

窓から一匹のアリが顔を出します。





イソップ寓話「アリとキリギリス」には、
ここまでの展開は同じながら、
その後の結末が数パターンあります。

■パターン1(原版)

やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、
最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、
アリたちは「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」と
食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死んでしまう。

■パターン2(日本版)

しかし、これでは非情すぎて子供たちに読ませられないと
アリたちが慈悲心をもって食べ物を分けてあげる内容に修正。

アリたちは食べ物を恵み、
私たちは、夏にせっせと働いていた時、あなたに笑われたアリです。
あなたは遊び呆けて何の備えもしなかったから、こうなったのですよ
」と
キリギリスを諭して、食事を提供。

それを機にキリギリスは心を入れ替えて
一生懸命に働くようになるという展開に。

■パターン3(現代版)

キリギリスは、食べ物がなく野垂れ死にし、 
アリたちの多くは、働きすぎて過労死した。

■パターン4(共存版)

アリたちがドアを開け、こう言います。

キリギリスさん、
あなたの素晴らしい音楽のおかげで、
私たちは心が癒され、能率よく仕事がはかどりました。

ありがとうございます。

どうか、この冬は私たちの家で、
あなたの素晴らしい歌やバイオリンを聞かせてください。
お礼に住む家と 食べ物をさしあげます。


-------------------------------

その時代時代、あるいは国民性により、
そこの良識者たちによって、
結末は変わっているのですが、

ひとつ気になるセリフがあります。

パターン1の結末で
アリたちに食料提供を拒まれたキリギリスが
吹雪の中で凍えながら死んでゆく刹那に、

ああ、俺は歌いたい歌は歌い尽くした。
もう、思い残すことはない!本望だ
…」

一見、負け惜しみに取れるセリフですが、
「自分の人生を愉しんだか否か」という視点から見れば、

「本当にアリたちは幸せだったのだろうか?」
いう疑問が残ります。

もちろん私も、アリ的な思考の人間であり、
「働かざる者食うべからず」という考えの一人です。



■これからのシニア人生は「アリギリス」的思考で

この寓話の中のアリやキリギリスの生き方は極端すぎます。
アリの生き方は、今をないがしろにしすぎあり、
キリギリスの生き方は、刹那的すぎます。

現在60歳以上の人たちは、どちらかと言えば
アリ的な思考で生きてきた勤勉な人たちばかりです。

自分のことはさておき、家族のため会社のため、
将来のためにがむしゃらに頑張ってきた人たちです。

その生き方は、とても尊い生き方ではありますが、
現役をリタイヤし、「自分が主役」のステージの中では
如何なものでしょうか?

もう、がむしゃらに
頑張る必要はないのではありませんか?

アリとキリギリスを足して2で割った
「アリギリス」的な生き方を心がける必要が
あるのではないでしょうか?

そう思って、試しにインターネットで
「アリギリス」のキーワードで検索してみました。

そしたら、やはりありました。

モノの見方が広がるかもしれません。
是非、お読みください。



https://happylifestyle.com/2550
------------------------------
アリギリスとは、働くばかりでも遊ぶばかりでもなく、
仕事も遊びもする人のこと。

----------------------------

人間ですから、仕事ばかりではストレスがたまり、
やがて燃え尽きてしまう日が来てしまいます。

最近では、そのためにストレスに悩む人が増え、
ウツになる人が多くなりました。

アリの生き方が最も良い訳ではなく、
限界があるのです。

『アリとキリギリス』のお話では、
キリギリスの生き方も出てきます。

働くことはせず、
一生遊び続けて死んでいくという生き方です。

しかし、遊んでばかりだから寒い冬を乗り越えられず、
食べるものにも困ってしまいます。

始めはよくても、後が大変になる生き方です。

アリとキリギリス、どちらの生き方が良いのかというと、
本当のところ、どちらの生き方にも限界があるのです。

では、どんな生き方をすればいいのでしょうか。

これからの時代は、アリとキリギリスが一緒になった
アリギリス」的な生き方が求められます。

一生懸命働き、一生懸命遊ぶという生き方です。
これが、これからの新しい時代の生き方になります。

アリギリスとは、仕事をするときは一生懸命にして、
終われば次は一生懸命遊ぶという生き方です。

このようにオンとオフをしっかり区別していることで、
気持ちの整理がつくようになります。

しかし、せっかくですから、
もう1つレベルの高い生き方を紹介しましょう。

それは「仕事が遊びであり、遊びが仕事である」
という生き方です。

これが「真のアリギリス」という生き方です。

アリギリス的な人生とは、目の前の仕事に対しゲームのように
楽しく働き続け、未来への準備も怠らないという生き方です。

仕事が遊び・遊びが仕事といった姿勢・考え方で生きること。

充実した時間を送ることができ、
ストレスがたまるどころか発散させることができます。

仕事を遊ぶのです。
遊びながら仕事をこなしてしまうのです。

仕事と遊びの融合です。

といっても、シニア人生には会社務めはありません。
私達の仕事とは、ボケずに機嫌よく毎日を過ごすことです。

そして、相手を気分良くすることが仕事です。

どうしたら自分や相手が気分良くなれるか
それを工夫することを愉しむことです。

こうなれば、「仕事」をするのが楽しくなり、
遊んでいる感覚なので楽しく、長続きします。

そうすることで、この上ない充実感を
得ることができます。


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コメント
おはようございます。
3のパターンには思わず笑ってしまいました。特にありさんが過労死とは。
しかし4の形はいいですね。食べ物を分けてやってともに冬を楽しく暮らすという考え。ありさんも冬ごもりを退屈しないですみますね。^-^

アリギリス的生き方したいものですね。私達世代は老老介護これが、これからの課題ですから。先はどうなるかわからないけど、介護の生活をどうやって楽しく、相手の心に添うように、自分もくたびれさせず、よく考えておかなければと思います。
 
今はまだ、私のやりたいことを(制限はあるけれど)やれてますのでキリギリス的ですが、これから先のわかりきっていること、もっと老いた日の生活も考慮に入れつつ今を生きていかないとと思います。

でも取り越し苦労をすることではありません。、これまでの、王子の書かれてきたことを心にとどめておけば、ご機嫌ちゃんまではいけないかもしれないけど、介護する生活だってどんと来いと言えるようにしておきましょう。そのためには、すぐ忘れるから、また読み直さなければです。
ローズコーンdot 2015.08.17 05:41 | 編集
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