最近の私は、とても機嫌が良いのです。

相変わらずの貧乏暮らしで
私が持っている財産といえば、
この健康な小さな体ぐらいです。

短気な経営者からは、よく叱られるし、
自己主張の強い後輩たちや、
ワガママな外人技師たちに、
毎日閉口しながら働いています。

それでも、最近の私は、
とても機嫌がよいのです。

なぜなら私は、
どんな時でも神様が守ってくれている
心底信じているからです。

この確信が、わたしをいつも
恐れや不安から守ってくれます。


なぜ、そんなことが信じられるのか?
それは私が、神様が喜ぶことをしているからです。

神様は、私たちの魂の親です。
子供が親の喜ぶことをするのは当然です。



上図の『』と言う字を見て下さい。

左の部分の「」(示)は、神をまつる祭壇の形を表し、
右の部分は、品物が沢山入っている倉の形
(酒樽に酒をたっぷり満たしたさま)を表しています。

神様にお供えする酒樽の象形、
神様にお酒をお供えして幸せを祈るさまから、
「幸い」を意味する「という漢字が成り立ちました。

神様が喜ぶことをするということは、
神様にお供え物をすることになります。

それは、別の言い方をすれば、
徳を積む」ということになります。

徳を積む」って何かと言えば、
人の得になること」をさせて頂くことです。
それが、神様にお供え物をすることになるのです。



・誰にでも笑顔で、腰を低くして接すること。
・与えられた仕事は、手を抜かないこと。
・一日10回以上、「有難う」と感謝をすること。
・自分が疲れた時ほど、相手の疲れを気づかうこと。
・足元のゴミに気づいたら、迷わず片づけること。

そんな相手や環境が喜ぶことは、
ちょっと考えれば、いっぱい出てきます。



さて、ここからが重要なところです!


神様へのお供え物である「福」のお下がりは、
誰が頂けると思いますか?
そう、お供えした人が頂けるのです。

しかもそれは、
神様の波動をたっぷり浴びた
「幸運のお下がり」です。

ああ、ありがたや♪ ありがたや♪



挨拶を返さない人がいる
お礼を言わない人がいる
気づかない人がいる


そんなことを気にしてはイケマセン!
人を喜ばすためにやる善行に
見返りを求めてイケマセン!


それでは「取引」になります。



神様に自分の善行をお供えしているのだから、
ただ淡々と続けていれば良いのです。

人に気づかれない善行は、「陰徳」といって、
神様がとても喜ぶお供え物なのです。

「なんだか、打算的でイヤだな…」
最初は、そう思うかもしれません。
それでもやらないよりは、はるかに良いのです。

少なくとも、その善行は自分自身が見ています。
私って超いい人ねぇ!」と思えるだけで、
とても気分が良くなります。

足元にゴミが落ちていたら、
ラッキー!」と思ってこっそり掃除をしましょう。



■ごきげんの口角

私は、人に挨拶をしたり話をする時は、
「イー」と意識して、口角を上げるように心がけています。

人は、加齢とともに顔の表情筋が衰えて、
次第に口角が下がった状態になるため、
意識しないと、不機嫌そうな表情になってしまいます。

だから私は、人と向きあう時には出来るだけ、
「イー」と口角を上げるように心がけています。
これも私のひとつの善行です。

※但し、自分の心に余裕のない時には、
 時々、「イ―」を忘れることがありますが…。



こちらが「イー」と笑顔でいると、
相手の目もとがゆるんでくるので
嬉しくなって止められない善行です。

さて、私の善行の最難関は、
相手の存在を否定しないこと」です。
この善行は、なかなかやりがいのある善行です。

誰でも、相手から否定されたら気分が悪くなります。
自分の方が正しい場合でも、相手の気分を傷つけぬよう
やんわりと気づいてもらう配慮が善行です。



そして、私が心がける善行の中での超最難関は、
自分が置かれた状況に、
不平・不満・愚痴を言わないこと。

ため息をついたら、口から「幸運」が逃げてゆきます
その状況をゲームだと思って楽しむようにしています。

このような善行を、1ヶ月、2ヶ月と、
神様へのお供え物だと思って続けていると、
なんとなく気づきます。

「運が良くなり始めたな!」
幸運とは、待つものではなく、こうして呼び込むものです。



至福の人

「福」とは、神様へのお供え物のお下がり。
神様から授かった揺るぎない「しあわせ」。

その「福」を、神様から沢山もらえる人は、「至福の人」です。



最後に、斎藤一人さんの話の中で
私が大好きな話をご紹介して終わります。



ある男性がボンヤリ空を見上げ、
今までの人生を振り返っていました。

砂浜のイメージが浮かびました。

自分が歩んできた砂浜を眺めていたら、
彼には、自分と神様の二人の足跡が見えたのです。
それを見た彼は、とっても感動しました。

あぁ、俺は一人じゃなんだ!いつも神様と
二人で歩いてきたんだなぁ…

と、とても安心したのです。

ところがある日、
彼にとても辛いことが起きました。

彼は、苦しみ、悲しみの中で空を見上げ、
また、あの砂浜のイメージを思い浮かべました。



けれども、その砂浜には
足跡は一人分しか見えませんでした。

彼は、心底ガッカリしました。



あぁ、自分はとうとう一人になってしまった…。
ついに、神様にまで見放されてしまったんだ!


そして、天に向かって彼はこう言ったのです。
神様、なぜ私を見捨てたのですか?



すると、天から神様の声が聞こえてきました。

愛する我が子よ、それは違うよ!
お前が苦しみ、悲しんでいるとき、
私はお前を背負って歩いていたんだよ。
その足跡は、私の足跡なのだよ。

この神様の言葉を聞いたとき、
彼は号泣しました。

神様の深い愛に打たれたのです。

神様という存在を信じられなくなったら、
どうぞこの話を思い出して下さい。

いつも、神様がそばにいます。
あなたと一緒にいるんです。


ご安心下さい。


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コメント

No title

おはようございます。

今日のお話は…ただただ、ありがとうございます、の言葉しかでてきません。

神様ありがとうございます。
このページ ありがとうございます。
書いてくれた人ありがとうございます。

No title

こんばんは。

眠れぬ夜は誰のせい?
自分のせいなんですけど・・・

こころのオアシスでほっこり気分になりました。
すてきな言葉をありがとうございます。

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