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ドラマ: 『この世の天国』に到達した人



私が昨日更新したブログ記事を読んだ
ローズコーンさんからコメントを頂戴しました。

読み終えた時、
良質の人間ドラマを観たかのような
心地よい感慨に浸りました。

本日のブログ記事は、彼女のコメント文です。
タイトルは、「この世の天国に到達した人」

読んで頂ければ分かりますが、
これだけの波乱万丈の人生を送りながら、
彼女のコメント文には、「怒り」や「嘆き」が
まるで感じられません。

喜怒哀楽の「怒」を拭いさった
飄々とした生き方に驚かされます。

数多くの試練を、
お母様と神様の守護を受けながら
愛と感謝で生き抜いてきたローズコーンさんの
生きざまをお読み下さい。

この文章の中には、

人間が生前に描いて来ると言われる
人生シナリオの課題とその解き方が
しっかりと書かれています。



ドラマ: 『この世の天国』に到達した人

夫はウォーキングに行き、
夕食の支度も済んでゆっくりと向かい合いました。

そして、矢印をひとつづつクリックしながら、
ゆっくりと考えつつ読んでいったら、
「あれ、もう済んだの?」って感じでした。

私は何も勉強してないし、
こんなことも知りませんでしたが、

昔からあの世は、
きっと楽しいところだと決めていました。

それを今生きているものが知ったら、
早く死にたがるので、
そう思わせないようにしてあるのではないかと
バカみたいに思ってきました。

私が3歳の時にチブスで(終戦の年)危篤になり、
もう駄目だから、せめて母親に合わせてあげようと、

母は盲腸から腹膜になり、そのころ医師もいなくて
手術はしたけれど、回復が悪く弟1歳の子供を連れて
実家に帰っていました。

そんな体で山道を歩き、汽車に揺られてきた母は
体が弱っていたのかもしれないけど、
すぐに帰るなり、亡くなったのです。

私は何も覚えていないのですが、きっと母は
「私が代わりに死にます」と、
神様にお願いしたのではないかと一人思っています。

だからいつも、朝からお経をあげるとき
母の写真の顔を浮かべて感謝のありがとうを唱えています。

弟には悪いことをしたと思います。
私が死んでいれば、弟は寂しい思いを
しなくて済んだろうにと。

その後、母代わりに育ててくれたのが祖母でした。
だから祖母が亡くなった時の悲しさは、
たとえようがありませんでした。

むかし、我が家の床の間に、
川のそばに座っておられる観音様の
絵の掛け軸がありましたが、あれはきっと
母の姿だと年とってから思いました。

きっと父が私たちが育つように、
観音様の掛け軸をかけてくれたのではないかと。

きっとソウルグループの中で
楽しく暮らしていると思います。

若くして亡くなった母、
とっても勉強が好きだった母、

ノートが一冊残っています。
私が勉強するのは母の分まで
勉強しようと思うからです。

母の着物はたくさん残って
私の手元にあります。

そこに母がいたという事実を知ります。

家族全部の悪口を言っている姉も、
私の母が継母としてきたとき
とても優しくて自分の人生の中で
一番いい時だったと今でも言ってくれるのが
何よりの救いです。

この世は魂の修行の場所、
そのことを心に深く刻んで
残りの人生を過ごしたいと思います。

どうもありがとうございました。
長々と書いてすみません。

















     Bravo!










▲ローズコーンさんのブログ
「老いてこそ勉強」
http://plaza.rakuten.co.jp/hamabira/
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