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2015
11.13

いつも心に「天国」を ♪

 
▲ ブログ:「老いてこそ勉強」

私のソウルメイトであり、ブログ友でもある
ローズコーンさんより、またステキなことを
教わりました。

それは、彼女のブログでシリーズ化している
「ダライ・ラマ14世」の名言集の一節です。

>寺院はいりません。
>複雑な思想もいりません。
>頭と心が私の寺院です。
>やさしさがわたしの思想です。


人によっては「教会」や「神社」かも知れません。
その名称はともかく、いずれにしても、
自分にとって最も崇高な存在とつながる場所を
自分の心の中に置いて生きてゆこうという提言です。

私は、こんな素晴らしい名言があるのかと、
とても感銘を受けました。

またローズコーンさんは、昨日のコメントで
>生きとし生けるものには、
>成熟の種が宿っています。
>ですが、思いやりの心をもたなければ、
>心に備わっている種は目を出しません。


そんな名言もあることを教えてくれました。

そこで私は今日のブログテーマを
「いつも心に「寺院」を ♪」
書いてみたのですが、
どうもピンときませんでした (*´v`)

だから、多少アレンジして、
「いつも心に「天国」を ♪」
書き直しました。

天国

それは、神様と最もつながることが
出来る場所だからという意味です。

「内神様(魂)」を悲しませる生き方

エゴ(自我)的な生き方とは、
自分の利益・都合・立場・欲望などを
優先させてゆく生き方です。

心の中に「天国」をもって生きると言うことは、
エゴに支配されず、「内神様」が喜ぶ生き方を
日々心がけてゆくことです。

では逆に、「内神様」を悲しませる生き方とは
どんな生き方でしょうか?

そのことに詳しいサイト記事から
抜粋転載してみます。


http://spi-con.com/
※原文では 「ハイヤーセルフ(高次元の自己)」と
 表記されている箇所を本稿では「内神様」と
 書き換えて転載させて頂いております。
 ※どちらも「ピュアな魂」のことで同じ意味です。
 

ネガティブな感情

あなたの気持ちが妬みや不満、
過去の後悔などでいっぱいになっている時や、

惨めさで自分を受け入れることが
できない時などは、

「内神様(魂)」は、あなたが気持ちを切り替えるまで
そっと見守っています。

世間一般の常識やマスコミの報道、
親に教え込まれた偏見的な思想など、
ネガティブな見方・考え方の材料になるものが
日常に溢れています。

それらはあくまでも参考程度にとどめ、
あなたはあなたの価値観に従って、
物事を判断したり評価したりしましょう。

違和感のある行動

自分のしていることに対して
後ろめたい気持ちのある行動のことです。

自分の行動に対して違和感や
疑問などが起こるのは、「内神様(魂)」からの
「やめなさい!」というメッセージです。

できる限りの努力をして、
その行動を断ち切りましょう。

あなたが「内神様(魂)」からのメッセージを
受け取ることができているのは、
それを断ち切ることができるという証明です。

あなたの意識が自分の感情や欲を
満たすことばかりに向かって、

心ときちんと向き合っていないとき、
心に隙間が生まれます。

自分の心に自分のものではない、
とんでもないものが入り込むことで、
気が付いたら取り返しのつかない状況に
追い込まれていることがあるのです。

代表的なものに、
何かの依存症やいじめなどがあります。

物欲などの依存症

アルコール、ギャンブル、
買い物などの依存症です。

人間なら誰しも、多かれ少なかれ
何かに依存して生きています。

しかしこの状態が度を超すと、
意識レベルはどんどん低下し、

行動が「欲望」や「エゴ」だけに
支配されるようになります。

そこは理性すらも機能しない、
とても危険な領域です。

心がどんなに「もうやめようよ!」と叫んでいても、
欲望の奴隷になってしまった意識は聞く耳を持ちません。

弱いものへの攻撃

例えばいじめグループへの加担です。
学校や職場などの集団生活で
陥りやすいパターンです。

最初はそのつもりは全くなかったのに、
いつの間にかいじめ集団の中で
役割を分担していることがあります。

いじめは、人間のもつ最低レベルの意識同士が、
集団の作用によって寄せ集められ、
巨大化した結果起こる現象です。

低レベルの意識の塊は、
すさまじいマイナスのエネルギーを発します。

ここでは長くなってしまうので触れませんが、
さまざまな犯罪も加害者が
このような状態にある時に起こります。。

自分の心と行動が相反する状態が長く続くと、
魂はどんどん擦り減っていき、
人生の目標を達成するどころではなくなってしまいます。

ここまで来ると、もはや
「内神様(魂)」のメッセージは全く届かなくなるでしょう。

最終的に、自分以外の周りの人の人生も巻き込み、
破滅への道を辿ることになります。

まとめ

「内神様(魂)」とつながっている時のあなたは
不安や恐れのない充実した人生を送れています。

「内神様(魂)」の存在を肯定し、
不安のない満たされた人生を自分らしく歩いていくのか、

自分だけを頼りに不安や孤独に耐えながら、
人生という波に揉まれていくのか、

どちらにするかは個人の選択に委ねられています。

「内神様」の存在を心の奥底から受け入れるのか
否定するかは、あなたが決めることです。

それは、「内神様」からのメッセージを
受け取りながら心穏やかに生きてゆくのか、

「エゴ」に支配されながら
良心の呵責や違和感のなかで生きてゆくのか
その選択になります。



人に親切にする。人を思いやる。
その理由や動機は実は何でも良いと思います。

自分が食べるパンを少し
相手にも分けてあげる。

確かにそんなことをしたら
自分が食べる分が少し減ってしまいます。

けれども、相手と一緒に
そのパンを美味しく食べる幸せを
共感することができます。

※ここで言う「パン」とは、
 自分の楽しみだったり、睡眠時間だったり、
 イヤなこと・面倒くさいことなども含みます。
 
内神様が喜ぶからという理由で
人に親切にしたり、思いやりを持っても
別に良いのではないかと思います。

動機が不純?
やらないよりは、よほどましです

思いやりの基本は、見返りを求めないこと。
親切にした相手が喜ばないからと
不満を持つのは親切とは言えません。

その点、内神様に喜んでもらうために
人に親切にしたり、思いやるのだと割り切れば、
相手に見返りを求めなくてすみます。

何より、内神様が喜べば、
あなたはとても気分がよくなります

内神様を喜ばせているのは、
自分を喜ばせているのと同じだからです

日々の暮らしのなかで、
自分のエゴを上手く手なずけながら、
相手を思いやる訓練をしてゆくと、
いずれパートナーの認知症介護に役立ちます

在宅介護のストレスの主なものは、
暴言・暴力・徘徊・服薬拒否などです。

自分の自由時間のほとんどを
介護に費やしているのに、
心ない暴言・暴力を受けたら
ストレスがたまり、嫌気がさすのも当然です。

また夜にどこかを徘徊するかもと案じたら
ゆっくり眠ることさえできません。

相手のために薬を呑ませているのに
服薬拒否をされたらイラっともきます。

けれども、相手から
なにを言われても、
なにをされても、
それは病気がさせているのであり、

私のかけがえのない人であることに
変わりはないとやさしく向き合い続けるためには

心の中に「天国」を持って、
内神様に寄り添うような生き方を
今のうちから身につけてゆく必要が
絶対にあると思っています。



自分の心に余裕がない時は、
相手を思いやる気持ちになれないと思います。

そのことについて、
他の人はどう考えているのか?
「Yahoo!知恵袋」を覗いてみました。


  ↓↓↓
かなり近い最近まで、
そんなものの存在を意識したこともなかったです。

で、そういうものの大切さを
感じるようになって、観察しています。

そういう思いやりのある人を。

で、多分、

「自分とその人の間に距離がなくなる」ことが
思いやりかなと思いだしてます。

瞬間のものなんですが、

「他人のことを自分のことのように見てしまう、感じてしまう」
そんな能力なのではないかなと。


では、どうやったらそんな能力が身につくのと聞かれても、
正直わかりません。余裕も大事だとは思います。

でも、そういうのって、
「たくさん持ってるから、少し分けてやるぞ」という感覚で、
「思いやり」ということになるのか、すこし自信がありません。

私なりの結論は、「共感」ではないかな、と。
どんなに自分と違う人にも、何か共通点がありますよね。

たとえば、電車の中のお婆ちゃん。
その電車に乗り合わせるというだけで、
ものすごくたくさんの共通点があるんですよ。

日本語が通じる、
同じ時代に日本で、
その地方に暮している、
自分のお婆ちゃんに少し似ている、
同じ人間で嫌なこと、嬉しいことが似ている・・・。

そういう共通点を見つけて、
「他人をすごく近くに感じる能力」が共感というもので、
思いやりの源かな、と思います。

そうやって、距離がちぢまると
「この人、辛そうだな、つらそうだな」という気持ちが
湧くようになるのではないかなと。

実験中なので偉そうには言えませんが・・・。

小さな虫一匹でも、よーく観察すると、
なんか一生懸命だったり、慌ててたりして、

「おっ、大変そうだな」とも思うし、
そうなると、可愛く見えてきます。

絶対、殺そうなんて思わなくなりますよ。

ヒントになったかは分かりませんが、
ぼちぼち見につけていこうと思っています。

あなたもがんばってください。


▲ http://matome.naver.jp

人に優しくありたいと思っていても、
どうしてか優しくなれない時ってありますよね。

後で後悔してしまうことも・・・。

できるなら、
いつでも人に優しい人間でありたいものです。

最近、人に優しくなれない・・・と
思った時の心の持ち方をまとめてみました ^^

そもそも
「本当の優しさ」って何だろう?


『本当の優しさ』は、自分が傷つけられても
なーんのメリットもなくても
人に優しく出来ること。


誰かに対して、純粋に「してあげたい」と
思う瞬間はあると思うのです。
それが「本当の優しさ」

本当の優しさは、困った人に
手を差しのべる温かさと、
時には突き放す勇気のこと。

人に優しくなれなくて、
あとで後悔することも多い。


「優しくなりたい」と願いつつも
イライラに負け、余裕のない行動や
対応をしてしまうことが多い。

職場や家庭で、相手にきつくあたってしまい、
一人になった時に、「今日の自分は大人げなかった」と
ため息ついてしまうことが多い。

「もっと優しくできたのに」と
あなたが後悔しているということは、
本来のあなたは“優しい人”

人に優しくしていれば、
自分も幸せになれる!


あなたが優しく接すれば、
その人も優しくしてくれます。

他人への愛情、善意、情けは、
必ず自分に返ってきます。

相手から直接感謝されなくても、
巡り巡って、ほかの誰かが
返してくれるものです。

人に優しく接していると、
うつ病になる危険性が減ると
言われています。

優しさや寛容さは、ストレスをつかさどる
ホルモン「セロトニン」の生成を促すからだそう。

基本はコレ!
まずは自分に優しくなりましょう。


まずは、自分に優しくしてみる。
そうすると、他人にも優しくなっていき、
他人へのイライラはいつしか減っていく。

自分に対するやさしさも忘れてはならない。

人に優しく出来ないときは、
それは自分へのSOSのサイレンが
鳴っていると思ってみてください。

自分に優しくしてー!という
内なるところからくる叫び。

見返りを求めない。

見返りは求めない。
無償の愛情を与える気持ちがあれば、
他人には思いやりを持って
接することができる。

「言わないでも」自分のことを
考えてくれたと思ったとき、

そこで初めて理性も本能も
「やさしさ」を感じる。

こうしたらきっとこんなふうに
返ってくると思っての行為は愛の賄賂です。


▲ http://karapaia.livedoor.biz

思いやりとは、純粋に
親切な心から出る行動のひとつで、
その形や大きさはさまざまだ。

相手の息災を気にしてひと言声をかける、
なんの見返りも期待せずに
自分が持っているものを分かち合う、
こうした礼節の精神から思いやりが生まれる。

人を思いやる行為は、
巡りめぐって必ず自分に帰ってくる。

ここでは思いやりをもって
行動するための7つの習慣法をあげてみる。

1)相手の気持ちになってみる

思いやりのある人というのは、
相手の立場になって考えることができるし、

自分のことよりまず
人のことを心配しようとする。

他人に手を差し伸べ、
相手の手を取って気持ちをくもうとする。

こうした無私のやりとりに
楽しみや満足を見出すことができるのだ。

2)笑顔で接する

笑顔でいるほうが、
その人自身の気分は言うまでもなく、

他人が見たその人の印象にも
重要な影響を与えるというのは本当だ。

人は笑うのに42の違う小さな筋肉を使っているという。
あえて笑顔を習慣づけることは良い練習になる。

鏡を覗き込んで顔が笑顔か
しかめっ面かでは大きく違う。

それを心に留めることだ。

3)相手の様子を気遣う

他人に共感できる人は、まわりの人の感情を
思いやって行動することができる。

ただ相手にどうしてる?と訊いてあげるだけで、
相手の気分や自尊心に、驚くべき効果を
もたらすことができるかもしれない。

こうした場合の思いやりのポイントは、
相手の答えの内容ではなく、
相手を気にかけているというその態度なのだ。

4) 自分のマナーに気を配る

マナーとは、他人の気持ちへの
細やかな心遣いのことだ。

それさえわきまえていれば、
よいマナーを心得ていることになる。

箸の持ち方や食べ方など問題ではない。
また、「ありがとう、どういたしまして。」という
言葉を連発することでもない。

相手の感情を理解し、それに従って行動する。
自分がそう接してもらいたいと
思うように人に対して接する。

相手の時間を尊重して約束の時間を守る。

自分ばかりがしゃべらないで、聞き上手になる。
そんなことも大切だ。

相手の話にきちんと耳を傾けなければ、
思いやりがあるとはいえない。

真摯に相手に向き合って情報を取り込み、
それに基づいて理性的に行動する。

5)自分のことを大切にしながら
 他人のことを優先する


自分のことを気にかけない人間は、
他人のことも気にかけない。

無私というのは、
思いやりのある人たちにとって諸刃の剣だ。

自分より他人の要求を優先すると、
満足感はあるかもしれないが、
いざというときにノーと言えなくなってしまう。

思いやりの優先バランスをうまくとらないと、
人を喜ばせるだけの人生になってしまい、
生産性がなくなってしまう。

ときにはノーということも必要だがこれが難しい。

まずは重大な場面ではなく、
ささやかな場面でノーと言ってみる練習をする。

一番いいのは、他人を思いやるときと、
自分のことを考えるときの
タイミングを見極めることだ。

6)イライラしていても、
 その感情を表にださない


誰にだってカチンときたり、イラっとすることはある。
ストレスを感じたり、圧倒されたり、

せっつかれているときに
ぐっと我慢するのは難しいが、
だからこそ取り組む価値がある。

自分が最悪なときに、どうして他人に
思いやりを示さなくてはならないのか?と
思うこともある。

確かに誰かに親切にしても、
その見返りがあるわけではない。

だが、結局はまわり巡って
自分に好ましい影響が戻ってくるのだ。

あなたが自分で
この好ましい影響を与える側になれば、

前向きな方向で他人とよりよい関係を
つくろうという動機になる。

7)正当な理由があるときだけ謝る

相手を怒らせたくないがゆえに、
やたらごめんなさいと謝る人がいる。

謝られたほうはあまりに
ごめんなさいを連発されると、
その言葉に無感覚になってしまう。

やたら人を喜ばせようとする人にも
同じことが言えるが、
謝罪にもバランスが必要だ。

あまりにも人を喜ばせたり、
謝ってばかりいると、
自分自身を傷つけるだけだ。



いつもながら無駄に長い
私のブログ記事を

本日も最後まで読んで頂いて
本当に有難うございました。

本日お読み頂いた記事の内容よりも
それを読んであなたが何を感じたのか
そのことを大切して頂けたら嬉しいです。

いつも心に「天国」を ♪

心の中に「天国」があれば、
雨の日だって、真夜中だって

いつでもどこでも
今日一日の自分のふるまいを懺悔したり、
思い切り愚痴を聞いてもらって
自分をリフレッシュすることもできます。

どんな天国を心の中に築くのか
それはあなた自身が楽しみながら
工夫なさってくださいませ。

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コメント
いいフレーズですね。なんか節をつけて歌いたくなるような。

いつでも心に天国を~♪
作って楽しく生きましょう。
ハッピハッピ ルンルン ランランラン

いつでも心に天国を~♪
描いて楽しくすごしましょ
ハッピハッピ ルンルン らんらんらん

あれあれあの人悲しそう
天国教えてあげましょう
ハッピハッピ 天国らんらんらん
ハッピハッピ天国ランランラン

雨雨ふれふれのメロディにあわせてに歌ってみました。
歌詞の内容が少ないですね。^-^;

ローズコーンdot 2015.11.13 17:05 | 編集
ブタローちゃん

昨日は訪ねそこなって今伺いました。

「うん・うん」と納得のこともあれば、「う~ん」と思うこともあるけど、私が間違っていないことを確認できた気がします。

こんな神様のような気持ちになれない凡人だけど、勉強させていただきました。

心に天国、いい言葉ですね。
たくちゃんdot 2015.11.14 04:20 | 編集
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