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2015
11.24

受けて立つ覚悟 「今」を生きる



今日は職場でちょっとしたトラブルがあり、
自分が矢面に立たされるという場面がありました。

「げげっ、マジかよ!」と
一瞬めげそうになったのですが、

「意識のスイッチを入れ替えるだけで
これは簡単に乗り越えられるからやってみろ!」

そんな衝動にも似た強い想いが湧き上がる中で、

今、目の前に起こった事態に
四の五の言っても始まらないので、

「かかってこいや!」と受け立つ覚悟を決めた途端、
あっけなくクリア出来てしまいました。

「ふ~ん、そういうことですかぁ…」
合点した私。

ブログのテーマを教えてくれるなら
こんなドギマギしない方法がいいのにと
神様のご厚意をちょっと恨めしく思ったものです。

そういう訳で本日のブログのテーマは、
受けて立つ覚悟:今に生きる」です。

「今に生きる」とは、過去に失敗したことでも
今度は上手く行くハズだと心新たに向かう信念や
姿勢のことです。

もっと具体的にいえば、
「失敗は成功の母」のことわざ通りに、

前々回と前回に確かに自分は失敗したけれど、
その失敗から何かを学んだ今の自分に対して

「だから今度は上手くやれるはずだ」
心から信じて、余計なプレッシャーなく
真っ向から取り組むことです。

あの点さえ気をつければ、
今度は上手くやれるハズだと

自分の底力を信じて
その事態をパワー全開で
受けて立つことです。

自分にクリアできない事態は
起こらないハズなのです。

何故なら、そうでなければ
自分が潰れてしまって
魂の学びにならないからです。

どんな事態に遭遇しても、
あなたに起こった事態ならば、
きっと今のあなたなら乗り越えられます。

ここまで読んで、私が何を言いたいのか
ピンと来ない方もおられると思いますが、
私はこんな説明しかできません。

それでは、お読み下さる方に申し訳ないので、
本日のブログは、「今に生きる」というキーワードで
検索した中から、共感できる記事を転載して、

私が今感じているニュアンスをお伝えしたいと
思っています。では、始めます。


▲ http://www.tamano.or.jp

人に喜んでもらえる生き方が
「幸せになる道」


人がこの世に生まれてきた目的は、
「人を幸せにするために生まれてきた」
のではないかと最近思っています。

人を幸せにするというと
大変おこがましく感じますが、

人を幸せにするということは、
簡単にいうと「人に喜ばれる生き方」を
することだと思うのです。

親は子供を、健康でいい子に
育てるために一生懸命働く。

働くとは「はたを楽にすることである」
という意味です。

事業もお客さんを幸せにするためにある。

ところが、

自分や会社の欲を優先した生き方をすると、
人間関係が上手くいかなかったり、
トラブルがおきたり、
会社が倒産したりしているケースが多くあります。

家族・ご縁をもつ人々を大切にし、
みんなに喜んでもらえることを
モットーにするべきだと思います。

成長している企業は利益追求を最優先とせず、
お客に喜んでもらえることを最優先にしています。

人に喜ばれる生き方は、
神仏を味方にする生き方であると思います。

私も60年生きてきて
天の助け、天罰はこの世に必ず存在すると思っています。

自分の決めた人生、この神仏から喜んでもらえ、
味方してもらえる生き方をしないと

人として「幸せを感じて」
生きていけないと思っています。

人に喜ばれると、自分も幸せを感じる。
人に喜んでもらえる生き方が、
「 幸せになる道 」 である。

今のこの人生は
生前に自分が書いたシナリオ


私たちは、生まれる前に、
自分で人生のシナリオを書いて生まれ、
そのシナリオどおりの人生を歩んでいます。

こう言われても、私たちは、
自分が自由意志で道を選んでいると思われるでしょう。

しかし、完璧に見事に100%、
本人が生まれる前に書いたシナリオどおりに
選んでいるのです。

なぜでしょう。

「なぜ、選択したことすべてが、
常に生まれる前のシナリオどおりなのか」

それは
「シナリオを書いた魂が、
『私』の体の中にいるからです」

このシナリオは、自分が
「幸せを感じる心をつくるために
生前に決めた最良の シナリオ」
です。

そして、そのシナリオに、乗り越えられないものは無く、
すべて心を成長させるための教えがあり、
心を豊かに成長させるための
「心のトレーニング」が用意されています。

心が豊かに成長すれば、
どんな出来事も感謝の心で受けいれることができ、
いつでも幸せを感じて生きていけます。

ハードなトレーニングの時は、
大きな教えがあり「幸せへの近道」です。
ラッキーな時です。

念を入れて生きる

人に喜ばれる生き方とは
「念を入れて生きる」ことです。

念を入れて生きるということは
過去を悔やむことなく、
未来を心配することもなく、

現在のこの瞬間を
大事に正しく生きると言うことです。



念という漢字の意味を
「念じなさい。そうすれば思いが叶う」というように
使っていますが、念という文字を分解すると
「今」の「心」と書いてあります。

今、目の前にいる人、目の前にあること
を大事にする心のことです。

自分と接する人に優しい言葉をかけ、
やさしく接し不平不満・愚痴、
泣き言・悪口・文句を言わず、
非難、攻撃、中傷をしない。



いつもニコニコしていて、
自分が喜ばれる存在でありたいと
思いながら生きていくことが

一番理想的で人に喜んでもらえる
生き方だと思います。

この生き方が相手に喜んでもらえると同時に、
常に幸せを感じる「健康で豊かな心」を
つくる上でも、とても大切な生き方だと思います。

心が疲れていたり、病んでしまうと
何事も悲観的に考えたり、
不足の心がでてきたりして、
とても「幸福感」を味わうことは出来ません。

 天の世界への貯金と借金

人に喜んでもらえる生き方は、
目に見えない世界からとても喜んでもらえます。
と同時に、「天の世界への貯金」になります。

逆に愚痴を言ったり、不足の心、「欲な心」、
「執着心 =思う通りにしようという心」をとても嫌います。

その他 正しくない行いも、
「天の世界への借金」になり、
いつかは利息がついて返済を求められます。

我々は、神仏の世界に貯金することで、
己の魂が生前に書いた最良のシナリオ通りの人生を、
幸せを感じて生きていくことが出来ます。

同じマラソンをして、苦しい中にも
ゴールまで完走できたこと、

レース中も楽しかったと喜ぶ人もいれば、
完走したが地獄の苦しみだったと感じる人もいます。

人に喜ばれる生き方は 徳 を積むことになり、
天の助け=神様からのご褒美を授かります。

天の助けを受けながら、
「人生」 というマラソンを楽しく完走したい。

但し、悪い行いは
ブーメランの法則で辛い人生になります。

お釈迦様の教えは感謝だった

相手に喜んでもらえることをいっぱいして、
神様からのご褒美をもらい

時には苦しい「幸せを感じる心」を
つくるための修行もありますが、

そんな時こそ、
人として大きく成長するラッキーな時なのです。

「この出来事は何を自分に
教えてくれているのか」と受けとめ、

その教えに気づくことで
「感謝・感謝」の日々を送りたいと思います。

お釈迦様は、
「この世の悩み・苦しみの根元は
「思い通りにならいこと」
と見抜きました。


だから、
「思い通りにしようとしないで、
感謝の心で受け容れなさい」
と言いました。

その最高の形は
「ありがとう!」と感謝することだったのです。

「自分のしたことが、人様のお役に立ち、
喜んでもらえた時はとても嬉しい」

自分の方こそ喜ぶような生き方をしましょう。


▲ http://bincosan.blog.fc2.com

今に生きる

私は以前まで、強烈なネガティブ人間でした。
取り越し苦労や過ぎ越し苦労、劣等感や嫉妬や
怒りで朝から晩までずっと何かに悩んでいました。

「あんなこと言わなきゃよかった」
「私はダメ人間だ」
「私は嫌われている」
「アイツ許せない」
「もしかして病気かも」
「なんで私だけ」
「怖い、不安だ……」


このようなマイナス思考に対して、
よく「過ぎたことは忘れろ」とか
「もっと前向きに生きろ」とか言いますが、
頭でわかっていてもできないのが人間ですよね。

しかし私はある方法を知ってから、
こうしたネガティブな感情を
すぐに抑えることができるようになりました。

それはあまりにも画期的な方法だったので、
その日のことは今でも鮮明に覚えています。

その頃の私は不安症や対人恐怖症を抱えていて、
四六時中、何かに怯えながら生活していました。

ほとんど発狂寸前で、
毎日自殺を考えるほど苦しい精神状態でした。

その日も、私は不安と恐怖に
押しつぶされそうになりながら、
ようやく学校に出かけて行きました。

息も絶え絶えで教室に入り、
震えながら席につきました。

……と、

いつもの私ならここで全く
勉強が手につかないような状態になるのですが、
その日の私は違いました。

ある本に書いてあった一説が、
ふと頭に蘇ったからです。

それは「今に生きる」という言葉でした。

「今に生きる」とは、
「過去や未来、不安や恐怖、
嫉妬や劣等感などあらゆる事情を捨てて、

「今できること」に全神経を集中するという
精神状態のことです。

「今できること」に意識を集中すれば、
恐怖や不安、その他ネガティブなことを
考える暇はありません。


考えそうになったら、
すぐに“今やるべきこと”に意識を戻せば良いのです。

私の場合、「今できること」は、
先生の話を一字一句漏らさず真剣に聞くことでした。

ただ聞くだけではなく、聞く時の態度も大事です。

先生が話しやすいように、ちゃんと姿勢を正して、
目を見て、的確な所で相槌を打つことも必要です。

普段は余計なことをアレコレ考えて、
授業の内容もろくすっぽ聞いてない私ですが、

その日は先生の言うことがとてもよく頭に入り、
とても充実した時間をすごすことができました。

いつものように、不安や恐怖で
押しつぶされそうになることはありませんでした。

そういった感情が湧き上がりそうになったとき、
即座に思考を“今できること”に集中させたからです。

私は授業を受けながら
ワクワクしている自分に気が付きました。

普段は授業を聴きたくても集中力がなくて
全然聴くことができなかったのに、
その日は苦もなく授業に集中し続けることが
できたからです。

「今に生きる」ことは
ものすごいパワーを生み出します。


不安や恐怖、あらゆるマイナス感情を
「ヤル気」に変えることで、
とてつもない行動力を発揮できるようになります。

私の人生は、
「今」に生き始めてから劇的に変わりました。

不安、恐怖、怒り……、
あらゆるネガティブな感情から解放されました。

それらの感情を逆に利用することで
強烈な集中力を生み出し、
ついに私は大学の特待生にまでなってしまいました。

さらには一部上場の有名企業に
デザイナーとして内定をもらうという
超ミラクルまで起こしてしまいました。

以前のネガティブな私だったら
絶対にありえないことです。

人は何かに苦悩しているとき、
まず間違いなく「今」がおろそかになっています。

その代わりに「過去」や「未来」のことを
考えて気に病んでいます。

冷静に考えてみるとわかると思いますが、
不安も恐怖も怒りも自己嫌悪も、
すべて「過去」か「未来」かのどちらかのものです。

人間の苦しみはすべて
過去か未来、どちらかのものなのです。

なぜなら、人の苦しみはすべて、
脳が勝手につくりだした“妄想”にすぎないからです。

過去と未来は、
脳のなかだけにある“空想・妄想”です。

現実には存在しません。
現実に存在するのは『今』だけです。

確かに存在するのは
「今」というこの一点だけなのです。

「もし失敗したらどうしよう」
「もし○○になったらどうしよう」

「もし~」と不安になる人は、
未来の妄想の中で生きています。

「学校に行きたくないな」
「会社にいきたくないな」とウツになる人も、
未来の妄想の中で生活しています。

「あの人は私にあんなことをした!」
「あいつ許せない」と怒っている人は
過去の妄想の中に生きています。

過去の失敗を思い出して
「私はダメ人間だ」
「私は人見知りだ」などと

自己嫌悪している人も、
過去の妄想の中で生きています。

人見知りの自分も、口下手の自分も、
うつ病の自分も、すべて過去の妄想です。

「今」には存在できません。

すべての悩み苦しみは、過去か未来の妄想です。
妄想の中で生きるよりも、「今」に生きてください。

妄想を消すには、「今」に生きるしかありません。
「今」を生きることは、探せばいくらでも見つかります。

家事、掃除、将来のための勉強、
心を強くする読書、今目の前いる人に親切にするetc……

とにかく「過去」や「未来」を気に病むのはやめて、
全力で「今」に生きてみてください。

きっと心が楽になるどころか
“ワクワク”し始めると思いますよ!

ギャンブル、食べ物、過度の娯楽に
集中することはおすすめできません。


それらの行為は、続けているうちに、
どうしても自己嫌悪が止められなくなるからです。

集中するのは、なるべく“発展的”な行為にしましょう。


▲ http://kojirase.com



さとりは特別なことではない。

さとりって聞くと、
何か「特別な人」ってイメージがありますよね。

僕もそうで、えら〜いお坊さんしか
できないことだと思っていました。

でも、上図の著書「降参のススメ」では、
全体を通して「さとりとは特別なことではないんだよ」と
実に分かりやすい説明がされています。
読み進めるうちにワクワクしてくる本です。

僕が「ああ、そうか」と思ったのは、こちらの説明。

>じゃあ今度「さとり」って何かと言ったら、
>「いまのあるがままの自分」に降参して、
>その「あるがままの自分」を認めて、
>そして、そこにくつろぐ。
>そこから始まるものだよね。


「ああなったら、こうなったら」という
未来の自分でもなく、

「ああしていたら、こうしていたら」という
過去の自分でもなく、

いまこうして存在する自分を「大丈夫なんだぁ〜」って
言ってあげること。そういうことかなと思います。

降参するとは?

降参するとは、思考とか自我で
あれこれ考えてきた部分を「わたしにはお手上げです」って
手放して、大きな愛にゆだねてみるということです。

こちらの説明が分かりやすいです。

>あなたのすべきことは、全てを手放し、
>ただ明け渡していくこと


>もし、あなたが何かのイメージを追い、
>それを得ようとしたならば、
>あなたは今ここにあるものを
>逃してしまうでしょう

>ただ受動的になって、感じていくこと

>明け渡すということは、降参するということです
>あなた方は今まで、自分で積み上げてきた何かで、
>どうにかしようと、もがいてきました

>その積み上げてきた何かで、何かを得ようと、
>手探りで、何かを掴もうと、手を伸ばしてきました

>降参するということは、
>もう自分には何もできることがないと、
>知るということです


ただただ、あるがまま。
起こったことをただ起こったんだと認識し、
感情があればそれを感じていくことです。

さて。

もう思考でいろいろやっているのが苦しくて、
降参したいってなったとき、

「降参したい」って思っているのも
やっぱり自我だから、自我は自我を
手放せないわけです。

そこで心の持ち方として、
僕が重要だと思うのが「信頼すること」。

>「パイプの詰まりをなくす」っていうのは、
>あらゆるガードを下ろして、
>100%自分を開くってこと。
>100%信頼するってことじゃん。

愛、神、命、…言い方はいろいろありますが、
僕らって、そういうものと常に
つながっているんですよね。

それを気づけないでいるのは、
パイプの詰まり、観念とか思い込みだったりするわけです。

「自分は守られてるから大丈夫だ」と分かると、
手放せるのだと思います。

信頼することと、降参することはセットです。

自分の中に「愛がある」という
事実に降参する。


>全部開いちゃえよ、
>降参しちゃえよ。

このへんのところを読んでいて、
あるイメージが浮かびました。

自分がすごく愛している人がいるとします。
で、今だれかを愛しているってことは、
確実に自分のなかに「愛がある」ってことですよね?

その事実にサレンダー(降参)する。

こんなイメージです。
なんだかよく分かりませんね(笑)

自分のなかに、愛や優しさ、思いやり、
感謝などを発見すれば、

「ああ、自分は神とつながってるんだな」と
思えるんじゃないか、とふと思ったんです。

そのつながりを妨げているのは、
自分の方なんだと。

さいごに

さとりには興味がなかった僕ですが、
ここに書いたよりももっと
大事なことを教えてもらった気がします。

アタマが追いついていない。
でも、根っこはちゃんと分かっているであろうと
信じています(笑)

いま、気づけたのはこれらのことです。

いま、幸せになる。
いま、幸せになることを自分に許す。
100%信頼していまにくつろぐ。

すべて「いま」ですね。
これからもどんどん気づいていきたい。

今日はそんな感じです。



突然訪れる予期せぬ出来事は
心の準備が出来てないだけに
本当にテンパるものです。

焦りでいっぱいいっぱいになり、
心に余裕がなくなります。

けれども、そんな時こそ、
にやぁ~と笑ってみることです。

大阪弁には、
「泣いている暇があったら、
笑ろてこまして生きようやないか」
という
たくましい言葉があるそうです。

テンパった時のニタリ笑いは
心にゆとりを呼び戻すスイッチになります。

すでにわが身に起こってしまったことは
見方を変えれば、「過去の出来事」です。

起こってしまった「過去の出来事」に
怨み・つらみを吐きまくったところで
事態は一向に進展しません。

それよりも、ニタリと笑って
自分自身を「今」に呼び戻して、

「じゃぁ、これからどうすんべぇ」と余裕をカマして
最善の対策を練った方が健全であることは
言うまでもありません。



これから、あなたの人生に、
どんなことが起ころうと、

あなたさえテンパらなければ、
最悪の事態になんかなりません。

これまでの人生の中で起こった修羅場を
なんとか必死に頑張って切り抜けて来た
すごい底力があなたの中にはあるのです。

自分に起こった厳しい出来事は、
魂磨きのために起こる試練だと言い聞かせながら
受けて立つ覚悟を決めることです。

かかってきんしゃい!

覚悟さえ決まれば、
あとはなんとかなるものです。

どんな展開になろうと
覚悟さえ決まっていれば、
受けて立てる気がします。




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コメント
そうですね。読んでいてよくわかります。

でも私の中でまだ今を生きていない部分がたくさんあるような気がします。
そしてつい何週間か前も、テンパらないで、ニヤッと笑えばよかったこともありました。尚且つ昔のことをいまだに頭の隅に置いている件もあります。
反省します。

今幸せになることに身をゆだねたいと思います。私凡人はなかなか難しいところがありますが、ここを読んでいると、自分の姿の悪いところが見えてきます。

しかし、そのトラブルが考え方で逆転したこと、すごいなあと思いました。これまで、たくさんの心のありようを学んできたブタローさんの力を感じました。
私もそうのようになりたいです。でもまだまだ、遠い道ですが、毎日のここのページへの訪問で近づいていけるかもしれません。ありがとうございました。
ローズコーンdot 2015.11.24 06:56 | 編集
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