2015
11.25

諸行無常 人生は心をきれいにする一人旅



「幸福感」とは、「幸せだなぁ」と感じる
満たされた気持ちのことだと思います。

そんな「気持ち」の強弱が幸福感の強弱ならば
別にお金持ちではなくても、健康ですらなくても
幸せには、誰でもなれることになります。

なのに何故、私の心はどこか乾いているのか?
なのに何故、「100%幸せ!」と思えないのか?

そんな疑問の答えは、
意外にも「感謝」でした。

今のわが身の現状、つまり、

家計のやりくり、お金の問題
家族との人間関係
職場での人間関係
自分の体の健康状態
自分の心の健康状態…

それらの現状に対して
「こんなんじゃぁ、ダメだ!」と不満を持つのか
「ああ、有難いなぁ」と心底感謝するのか

その違いが、私の幸福感を
大きく左右しているようです。

そういう意味で、本日のブログは
「当たり前のことに感謝するメリット」です。

何故、当たり前のことに感謝すべきなのか?
感謝できれば、どんな良いことがあるのか?

メリットがなければその気になれない
未熟な私が検索して選んだサイト記事を
ご紹介します。

あなたの幸福感アップにつながる
数行があれば、嬉しい限りです。

では、始めます。


▲ https://happylifestyle.com

人生とは、心をきれいにするための一人旅です。
私たちは、たった一人でこの世に誕生してきました。

何が目的でこの世に誕生したかというと、
人という存在として心をきれいに磨くために、
生まれてきたのです。

優しさや愛、情熱や感動に気づくために、
あらためてこの世に命を授かったのです。

この世は、私たちの人生そのものが
心をきれいにするための大きな磨き石に
なっているようなものです。

大変でつらいことばかりの人生です。

何もしなければ食べてはいけず、
死んでしまいます。

この世で生きていくために、
汗を流して働いて仕事をします。

1人で生きるには寂しいから、
友人を作ります。

愛する人がいないと愛が感じられないから、
愛する人と結婚します。

こうして私たちは、
生きるためにせっせと「動く」のです。

しかし、動けば動くほど、
つらいことも出てきます。

友人と仲良くなるばかりではなく、
時には喧嘩もしてしまいます。

結婚すればしたで、
一緒に生活するために夫婦で協力して
「家庭」という世界を
より良い状態にしていかねばなりません。

子供が生まれれば、今度は子育てです。

ハードルを乗り越えれば、
次のハードルがあり、

そのハードルを越えれば、
さらにまたハードルが待ち構えています。

いつまで経っても、ハードルが次から次へと出てきて、
この世で楽になれることなんてないようです。
この世こそ、地獄ではないかと思えるほどです。

しかし、考え方を変えましょう。

つらいことがあるのは、
あなたの心をきれいに磨くために存在するのです。

仕事でつらいことがあったりするのは、
仕事を通して自分を磨くためです。

人間関係でもめてしまうのは、
人を通して、人とのやりとりを勉強するためです。

恋人と喧嘩をしてしまうのは、
愛について考えるためです。

子育てで苦労することがあっても、
子供を通して愛を学ぶためです。

何かトラブルがあるのは、
その大切さに気づいてもらうためです。


▲ http://holistic-mentalhealth.com/1743.html

当たり前と思うと、
幸せを遠ざける




こんにちは!
ホリスティック精神科医の浜野ゆりです。

私はよく、カウンセリングの
クライアントさんたちに、
「感謝日記をつける」
という課題を出すことがあります。

あなたも子供時代、親から、あるいは
先生をはじめとする大人たちから
「『ありがとう』といいなさい」
といわれたきたことと思います。

また、様々なスピリチュアル関係の本でも
「感謝すること」を勧めています。

では、感謝することで
どんな良いことがあるのでしょうか?

「良いことも何も、まずは
社会で生きていく上でのルールでしょう」

「人としての礼儀でしょう」

「要するに、しつけ?」

などと思われるかもしれません。

これらの理由も大事ではありますが、
本質ではありません。

なぜ感謝した方が良いかというと、
それは結局、自分自身にとっての
最強の「精神安定剤」になるからです。


これまでの記事の中でも
何度か書いたことですが、

感謝しようとすると
その物事や人の長所を探すので、

そのプロセスで自分が現状に対して
既にいかに恵まれているかに
意識を向けることになります。

すると、感謝する前は
どうしようもなく不運で
絶望的に思えていた現状の中にも、


「不幸中の幸い」というか、
他よりも良い点を見つけることができ、


その結果、気持ちが落ち着いたり
希望の入り口を見いだせたりします。


気持ちが落ち着くと思考力、
判断力も向上
するので、

焦っていたときには
見えなかった視点や可能な対処法を
思いつけることもしばしばあります。


このように、「感謝すること」は
とても実用的なメリットのあることなのです。


これとは逆に、希望や幸せ感を遠ざける
典型的な考え方が「当たり前」という考え方です。


・現在大病も大けがもしておらず
 一人で身の回りのことができる

・食欲がある、そこそこ眠れる

・家族がいる

・所属する学校や会社がある etc.

これらは、失うか、失いかけるまで
その貴重さがなかなかわからない
ものです。

そして、

「もっと○○だったら良かったのに」
「あの人が理解してくれない」
「子供の成績が悪い」

といったことを、
これ以上の不幸がないほどに
感じてしまいがちです。

しかし一旦もっとピンチになると
初めて、かつての自分が
いかに恵まれていたかに気づくのです。

例えば、私の友人のホスピス医は、
母親のたっての望みで
進行がんの本人を最後まで介護し、
自宅で看取りました。


その間、約2年間も休職し、
ほとんど外出もできない中での暮らし。

親がどんどん弱っていくのを見守る心身の疲弊で、
友人自身が気持ちが塞ぎがちになったため、

一時的に他の兄弟の協力を得て
数か月ぶりに近所に気ままな
買い物に出たそうです。

そうしたら、

普通のスーパーの食材や100円ショップの雑貨さえ
「宝石のように輝いて見えた」といいます。


また、別の男性作家は、
自身のこんな例を挙げていました。

ある年の健診で、がんの疑いがあるといわれ、
精密検査を受けに病院に行った。

結果が出るまでの期間、
「もしガンだったら」と動揺し、

万一のときには仕事や家族への対処を
どうするかも必死で考えた。

結果的には検査結果は「良性」。

その日病院からの帰途は
世の中が光り輝いて見え、
人の笑顔がいとおしく、

道端の草の花でさえ
これまでにない鮮やかな美しさに見えた

とのことです。

ただ残念なことに、

この感動、
「ただ生きていられるだけで素晴らしい」
という謙虚な感謝の気持ちは
数週間もすると薄れてしまい、


「もっと仕事がこうなったら良いのに」
「あの人がもっとこうしてくれたら・・・」
「もっと昔みたいに無理の利く体力があればいいのに」

などと、ちょっとしたことにも
不満を並べてしまう元の自分に
戻ってしまったそうです。

これほどまでに、毎日
ささいなことにも感謝できる、そして

それを続けることはなかなか
難しいといえます。


ただし、それは
「自分でそうしようという意志を持たなければ」
難しいという意味です。


逆にいえば、常に
「何事も当たり前と思わず、感謝する」を
意識するとそれがやがて習慣化し、

生活の中でストレスな出来事が起きても
それによる不安、落ち込み、イライラ、
焦燥感といったものが生じにくくなります。

考え方一つで、あなたは
自分を幸せで強い人にできるのです。



▲ http://life.searchai.jp/1804

感謝する心を持つ

私も忘れてしまいがちなのですが、
人は人の支えなしでは生きていけません。

人に感謝するということを、
常に忘れないようにしたいものです。

感謝する心は運を引き寄せる

人を憎んでばかりいたり、
他人を妬んで悪口ばかり言っているようでは、
自分にとってもよくありません。

いつしか自分にしっぺ返しを
受けるかもしれないというのもありますが、
自分の心が穏やかでなくなってしまうからです。

私もニュースを観て政治家や、
他人の言動に腹を立ててしまうこともあるのですが、
やはりそういった気持ちは心を乱してしまいます。

どんなに頼りない政治家であっても、
自分にはできない政治をやってくれているわけですから、
少しは感謝しなければならないものなのかと思います。

こういった感謝の気持ちは、
心を穏やかにし、心に少し余裕を持たせてくれます。

また、常に感謝の気持ちを忘れないようにすれば、
運を引き寄せることができるかもしれません。

私の場合は、常に運が悪いようなのですが、
感謝の気持ちを忘れて他人に腹を立ててしまうと、
余計に不運が重なるようになります。

しかし、感謝の気持ちを持つことで、
少しは不運を回避できるようなことがあります。

人間には調子の善し悪しがあり、
運についても良い時もあれば悪い時もあるものですが、

少しでも運の良い状態を保ちたい場合は、
他人に感謝することを忘れないようにして、
他人に腹を立てたりしないようにすると良いかもしれません。

人の反応が変わる

人は鏡のようなもので、
誰かに厳しく当たれば厳しい対応が返ってきますが、
優しく接すれば優しい反応が返ってくるものです。

もちろん、
必ずそうなるわけではないですが、

もし他人が自分に対して厳しいとか、
対応が悪いというのがあれば、
自分がその人に対してそうしているからかもしれません。

もし、そういったことがあれば、
自分から優しく接してみましょう。

人によっては無駄な場合もありますが、
諦めずに続けていれば、
優しく接してくれるようになるかもしれません。

これはビジネスでも同様です。

社内の人や、取引先の人などと接する時、
厳しい対応を続けていれば、
相手も厳しい対応をしてくる可能性は高いです。

打ち合わせや電話対応などでは優しいのに、
メールだと厳しくなるという人もいるかもしれませんが、

もしそういった人がいたら、
自分から相手へのメールで
感謝の気持ちを伝えるなどを続ければ、
メールの対応も優しくなるかもしれません。

他人への感謝の気持ちを忘れずに
人に接するようにすれば、
自分にもそのように返ってくる可能性が高いのです。
常に感謝の気持ちを忘れないようにしましょう。

苦手な人にも感謝してみる

自分の周りに、
どうしても好きになれないような
苦手な人が何人かいるということは、
よくあると思います。

苦手な人とどう接すれば
良いかは難しい問題です。

その人との人間関係によっても
対応が変わってくるからです。

もし、友達とか近所の人が苦手というのであれば、
あまり接しないようにすれば良いだけですが、

仕事でどうしても一緒に
やらなければならないというのであれば、
そうもいきません。

仕事上やむを得ず接する人で、
そういった苦手な人がいる場合は、
その人に少し感謝の気持ちを持ってみましょう。

何に感謝するのかと言われれば難しいですが、
「厳しく接するのは自分の成長のためなんだ」とか、

「この人がいてくれるお陰で
 会社も運営できているのだな」

などのように考えることで、
感謝できるようになるかもしれません。

苦手とする理由も色々とあるので、
必ずしも感謝できる部分があるとは限りませんが、

強引にでもそのように思うことで、
少し苦手な面も解消されるかもしれないのです。

また、それを考えることは、
その人の長所を探すことでもあるので、
人間関係にも良い影響を与えてくれる可能性があります。

人間には相性というものがあるので、
全員と仲良くというのはなかなか難しいとは思いますが、

感謝の気持ちを持つことで、
苦手な人を少しでも克服できれば幸いです。

人の支えを知る

人間は一人では生きていけない生き物です。
よほど一人で山の中で仙人のように
生きているなら別ですが、

普通の人は、色々な人に
支えられて生きています。

例えば、身の回りのもので、
机、イス、PC、服など、どれを一つとってみても、

たくさんの人がそれを作り、運び、管理した結果、
あなたの手元にあります。

資源を採る人、資源から色々な部品を作る人。
部品を組み合わせて商品を作る人、
商品や部品を運ぶ人、商品を販売する人、
それらに関わる工場やお店を管理する人・・・。

一つとっても、様々な人ががんばって
それを生成してくれたことが分かります。

食材の場合、例えば農作物なら
農家の人たちが大変な努力をしています。

そういった人たちに加え、食材自体は生物ですので、
魚を食べれば魚が、パンを食べれば植物の一部が
犠牲になっています。

日頃からこういったことに感謝できる人は、
バカ食いなどは決してしないと思います。

太っている人を非難するわけではありませんが、
あまりにバカ食いするような行為は感心できません。

食べる前に「いただきます」と言う
日本の習慣があると思いますが、これは本来、
食事を作ってくれた人に対して言っている言葉でありません。

目の前の犠牲になってしまった食材に対して、
「あなたのお命をいただききます」という意味です。

手を合わせて、感謝の心を忘れないようにしましょう。

水道の蛇口をひねれば、
飲めるきれいな水が出てくるのは当たり前かもしれませんが、

これもたくさんの人たちの努力があり、
いつでも水が出てくるようにしてあるのです。

決して当たり前ではありませんし、
とてもありがたいことなのです。

どんなに一人暮らしをしていて、
一人で生きていると思っていても、
そういったたくさんの人たちの支えがあります。

自分は生かしていただいているということです。

一つ一つの物事に、どんな人たちが
努力してきたものなのかを想像してみると良いでしょう。
そのありがたさが身にしみて分かってくるかと思います。

人は一人では生きられないということを忘れず、
感謝の気持ちを持つようにしましょう。


▲ http://meaning.main.jp

なぜ幸せは続かないのか?
「人生けっこう楽しいよ」という人もあります。

あなたもそう思いませんか?

苦しみがやってきていないのは、
大変幸せなことです。

しかし、たとえ今は楽しくとも、
そう長くは続きません。

将来必ず、失う時がやってきます。

いい学校の合格した、
いい仕事につくことができたといっても、
喜びは一時的で、すぐにまた元通りです。

時代の寵児ともてはやされたIT社長も、
不正が見つかれば、あわれ獄中の人となるのです。

今しばらくけっこう楽しいだけで満足なら、
それでもいいのですが、
やがて必ず崩れる時がやってくる。

諸行無常

「諸行無常」聞いたことありますか?
仏教では、これを『諸行無常』と教えられます。

『諸行無常』とは
『諸行』とは、すべてのもの。
『無常』とは、常がない。続かない。

だから『諸行無常』とは、
すべてのものは常がなく、
続かないということです。

すべてのものは、続かない。
仏教の大切なコンセプトですが、

たいていは学校で習ったことのある言葉です。
どこにでてくるかご存じでしょうか?

軍記物語の最高傑作、平家物語の冒頭に、
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』
と出てきます。

祇園精舎というのは、
沢山の仏弟子が修行している所で

その仏弟子がなくなった時に、
無常堂という場所の鐘を
鳴らしたところから来ています。

すべてのものは、続かないんだ。
これは当たり前ではありません。

このウェブサイトも、パソコンも続きません。
このブログも、作った当初からすれば、
かなり充実しまして、だいぶ変わりました。

また、やがて必ず閉鎖になる時がやってきます。
諸行無常。すべてのものは続かない。
こんなの当たり前だと思いませんか?

ところが、これが
「このブログも続かない」なら、
「ふ~ん」ですが、

「あなたのお肌も続かない」となると、
「なに~!」となります。

自分にとって大事なものになると、
「なにー!」となるのです。

だけど、これは勝ち目のなか戦いです。
皮膚の細胞が、昔はぴんぴんにはっていたのが、
だんだんかさぶたのようになってきます。

お肌のピークは、
女性は18。
男性は20。
一番きれいなんだそうです。

女性は、18から下り坂。
男性は、20から下り坂。

このたとえをこれ以上書くと
苦情のお問い合わせを頂きそうなので
ここで終わりますが、

自分の大事なものだと、
諸行無常が、当たり前だと思えません。

「やだー!」となります。

もしこれが、あなたの大切な人だったら
どうでしょうか。

それが大事なものなら、とたんに
この諸行無常の真実がつらくなります。

しかも、すべてのものは続かないのですが、

中でも続かないものは、心だと言われます。

心というのは、盆の上の卵のように、
コロコロ動くからココロと言われるとも言われます。

こんなのは当たり前じゃないかと
思うかも知れませんが、

自分の大切に思っている人の心が、
ちょっとしたきっかけで
変わってしまうのではないかと思うと

あなたも不安になるのではないでしょうか。
自分の大切にしているものが、諸行無常だから、

まだ崩れていないうちから、
いつか崩れるのではないかという不安が常にある。

実はお釈迦様が出家されたのも、同じ理由でした。
それは、約2600年前のインドにさかのぼります。

カピラ城に住んでいた、
浄飯王という王様にシッダールタという太子が生まれました。
この太子こそ、後に仏のさとりを開くお釈迦様です。

幼い頃から、学問も武芸も卓越した才を持ち、
将来の地位も名誉も約束されていました。

しかも、やがて国一番の美女と結婚し、
かけているものは何もないはずでした。

それなのに、ただ一つ、
手に入らなかったものがありました。

それこそ、科学の進歩により、
豊かな生活を送っている現代の私たちも同様に
手に入れることができない、心からの安心と満足だったのです。

一体なぜでしょうか。それは、

健康
財産
地位
名誉
妻子
才能

などに恵まれても、
やがてすべてに見捨てられる時がくる。

どんな幸福も続かないことを知っていたお釈迦様は、
そんな人間存在の本質を知るにつけ、

まだ崩れていないうちから、
心からの安心も満足もできなかったのです。

そしてついに、
「どうすれば、崩れない、本当の幸せになれるのか」

29才の2月8日、夜中ひそかに城を抜け出し、
山奥深くに入り、そのこと一つを探求し続けたのです。

そして、6年間の、
想像を絶する厳しい修行の末、

『仏』という最高のさとりを開き、
この解決を見いだしたのです。


▲ https://m.facebook.com

今の生活も
今の幸せも

今の嫌な事も
今の悲しい事も

今隣にいる人も
今の見ている景色も
今考えている将来の夢も

これからもずっと
隣りにいてくれる
「空気」や「環境」じゃない。

これからも包んでくれる
「空気」や「環境」じゃない。

これからもずっと
会えるわけじゃない。

これからもずっと
愛し合えるわけじゃない。

これからもずっと
喧嘩できるわけじゃない。

これからもずっと
一緒に泣けるわけじゃない。

これからもずっと
一緒に笑いあえるわけじゃない。

だから
話せる時にいっぱい話して
泣ける時にいっぱい甘えて

会いたい人には
会えるときに会って

笑えるときに
思いっきり笑い合って

好きって伝える事ができる時に
たくさん伝えて

愛してるって伝える事ができる時に
いっぱい伝えておかなきゃ。

今がずっと続くわけじゃないって気づけば
毎日を大切にできる。

人には期限がある事を
忘れてはいけない。

人には当たり前なんて存在しない。

いつ何が起きるか
分からない事を忘れちゃいけない。

「絶対」なんてあり得ない事を
普段の生活で忘れちゃいけない。

今出来る事を、
一生懸命やろう。

今伝えれる事を、
一生懸命相手に伝えよう。


▲ http://www.counselingservice.jp

「ありがとう」と心から言えた時は、
私たちの心はあったかくなり
気持ちがいいものです。

あったかい気持ちになれる時間は幸せですね。

そんな感謝する機会が増えると、
心があったかくなる幸せな時間も増えるはず。

「ありがとう」と感謝をする機会を
積極的に増やすことで、

あったかさや、嬉しさや、感動と言った
幸せな気持ちを感じる時間を増やしていきませんか?

その為に感謝する機会を
減らしてしまう捉え方を手放してみましょう。

「ありがとう」という言葉は、
感謝の言葉だけでなく、
受け取る言葉、癒しの言葉、
承認の言葉でもあります。

愛を受け取ったり、心を癒したり、
関係性を良くするのに、
「ありがとう」という言葉を使っていきましょう。

幸せを感じる瞬間を
意図的に増やす


「ありがとう」と心から言えた時、
私たちの心はあったかくなり気持ちがいいものですね。
あったかい気持ちになれた時は幸せです。

この感謝をする機会を増やすことができれば、
心があったかくなる機会も増えるはず!

感謝できることを探すことで
幸せを感じられる瞬間を積極的に増やせます。

もし、人生の目的が幸せになることであるとすれば、
感謝は幸せを感じる瞬間を作るのに、
とても役に立つのではないかと思います。

感謝を阻むもの

感謝をする機会が増えれば増えるほど、
心があったかくなり
良い気持ちでいられる機会も増えるはずですが、

その機会を少なくしてしまうものがあります。
それは、「当たり前」という捉え方です。

「○○してくれていて当たり前」
「○○するのが当然!」
「やって当たり前!」

と思うと、感謝ができる機会が減りますね。

最初から与えてくれていたもの

最初から与えてくれていたものなどは
貰えている状態が当たり前ということもあり、
ついついありがたみを忘れがちです。

ありがたいことだと
捉えていないこともあるでしょう。

例えば、一人暮らしをして
自炊や掃除や洗濯を自分でするようになって、

ご飯を作ってくれていたことや
掃除や洗濯をしてくれていたことの、
ありがたみを実感したというのは、よく聞く話です。

赤ちゃんの頃から、ご飯を作ってくれてたり
掃除や洗濯をしてくれているなど、

めんどうをみてくれている状態が
初めから当たり前のようにあるので、
ありがたみに気づかないことがあります。

最初から与えてくれているものって、
ありがたみに気づきにくいものです。

このような初めから当たり前のように
与えてくれていたものというのは、
探せばたくさん見つかるのではないでしょうか?

人によって違うというのが前提ですが、
例えば親子関係だと下記のようなものが
見つかるかもしれません。

・ご飯を作ってくれて当たり前
・遊びにつれていってくれて当たり前
・進路や、習い事についてのお金を出してくれて当たり前
・仕送りをしてくれて当たり前
・めんどうをみてくれて当たり前

こちらも人によって違うというのが前提ですが、
男女関係だと下記のようなものが見つかるかもしれません。

・連絡をくれて当たり前
・時間を作ってくれて当たり前
・機嫌をとってくれて当たり前
・話を聞いてくれて当たり前
・私の為に努力してくれて当たり前

職場や、職場の人に対して、友人に対しても、
このような当たり前と思っていたことを
見つけられるかもしれませんね。

当たり前を手放して

当たり前と捉えてもいいのですが、
当たり前という捉え方を手放すと感謝ができます。

感謝ができて心があったかくなるのであれば、
当たり前という捉え方を手放すほうが
プラスに作用することが多くなるのではないかと思います。

当たり前という捉え方を手放すと、お母さんに
「美味しくないとか、食べたくないと言っても、
毎日私の健康を考えながら
ご飯を作ってくれてありがとう」と
思うことができるかもしれません。

パートナーに
「忙しくても私との時間を
作ろうとしてくれてありがとう」と
思うことができるかもしれません。

「ありがとう」と感謝することで、
与えてくれていた人の想いや、
愛を受け取れると、あったかい気持ちになれますね。

-----------------------
最初は嬉しく思ったものや、
ありがたく思ったものでさえ、

長い間与えてもらっていると、
気付かない間にそれが与えてくれていて
当たり前になることが多々あります。

感謝できることは無いだろうか?と
意識的に探して見ることで、
嬉しさや、感動を取り戻せます。

フラストレーションを作りやすくなる
当たり前という捉え方を手放して、
感謝できることを探しましょう!
---------------------------


いつのまにか当たり前に

最初は嬉しく思ったものや、
ありがたく思ったことでさえ、

長い間与えてもらっていると
それが与えてくれていて当たり前になりがちです。

つきあった当初は、
パートナーのちょっとした気遣いなどが
とても嬉しかったりします。

例えば、風邪気味の時に
「大丈夫?」と声をかけてくれたことが
『気遣ってくれてるんだ、なんて優しい人なの!』と
感動したりします。

しかし、つきあいが長くなる内に
「大丈夫?」と声をかけてくれることも
当初ほどの感動を無くしてしまい

『気遣ってくれてるんだ』ということにも
感謝の気持ちを忘れてしまったりします。

デートの帰りに車で送ってくれたことが、
とても嬉しく思えたのですが、

毎々送ってくれている内に感動が薄れ、
いつのまにか送ってくれて
当たり前になってしまうこともあるかもしれません。

結婚して朝、目が覚めたら
朝食の良い香りがしたことに感動をしていたのが、
その内当たり前になってしまっているかもしれません。

熱を出した時に看病してくれたことに
「ありがとう」と思えてたのが、

何度か熱を出すのをことを経験する内に
病気の時はやさしくしてもらって当たり前と
思うようになっていることがあるかもしれません。

長い間与えてくれていると、
いつのまにか最初の感動が薄れ、
感謝をつい忘れてしまうことがあるのですが、

私たちは『感謝できることはないだろうか?』と
意識的に探してみると、
「ありがとう」と思えることを見つけ出せます。

そうすると

『気遣ってくれてありがとう』
『想ってくれてありがとう』
『大事にしてくれてありがとう』など、
感謝を通じて嬉しさや、感動が戻ってきます。

当たり前とすると
不満を作りやすい


「○○してくれるのは当たり前」
「○○するのが当たり前」などの

当たり前と捉えているものは、
してくれるのが当たり前というのが前提になりますので、

「○○してくれてない」
「○○していない」という不満や、
怒りを感じやすくなります。

「○○してくれるのは当たり前」という
捉え方をしてはいけないということではなく、

当たり前という捉え方を手放したほうが
不満や怒りという感情が発生しにくくなるのです。

当たり前という捉え方を手放したほうが
フラストレーションを作りにくくなり心には良いのです。

当たり前を手放して、
今ある当たり前になっているものの
ありがたみに気付ければ、
幸せと感じる瞬間が増えるはず。

幸せを感じる瞬間を増やす捉え方に
チャレンジしてはいかがでしょうか?






▲ https://happylifestyle.com/14

幸せに気づくことができる、
魔法の言葉があります。
 
「ありがとう」です。
 
あなたの周りは、
すでに豊かさであふれています。

にもかかわらず、
なかなか気づくことができません。

そこで、魔法の言葉
「ありがとう」を言ってみましょう。

すると、見えなかった
「ありがとう」に気づくことができます。

友人の存在に、ありがとう。
親の優しさに、ありがとう。

蛇口をひねれば、
水が出てくることに、ありがとう。

火が使えることに、ありがとう。

感謝すべきことは、たくさんあります。
本来、人はとても幸せなのです。

ただし、なかなか皆、
それに気づいていません。
世界は今、資本主義社会です。

物が少なかった時代は、
物を手に入れることに貪欲になりました。

それはよかったのですが、
その欲が今でも大きいことが心配です。

今は、物があふれる時代です。
物質的に豊かな時代になりました。

物があふれすぎていて、
精神的豊かさが埋もれてしまっています。

もちろん物があることは、幸せなことです。
しかし、所有が一番の豊かさとは限りません。

幸せに必要なのは、
物質的豊かさではなく、精神的豊かさです。

物の所有ばかりに偏りすぎず、
精神面の重要性に気づきましょう。

今自分がお世話になっていることすべてに
「ありがとう」と言ってみましょう。

「すべてに対して」と言って
差し支えないほど、実は恵まれています。

すべての最後を
「ありがとう」で締めくくってみましょう。

あなたが感謝の気持ちを持てば、
周りの様子が違って見えてきます。

幸せは、なるものではなく、
気づくものなのです。


▲ https://www.astellas.com

毎日忙しい中お見舞いに来てくれた
母の帰る姿を、病室の窓から
見えなくなるまで見ていた。

「感謝」とは、誰かに何かをしてもらった時に
発する言葉だとばかり思っていた。

「喜び」とは、自分に何か得をした時に
感じるモノだとばかり思っていた。

「強さ」とは、他の誰かに弱さを
見せない事だとばかり思っていた。

「弱さ」とは、恥ずかしい
事なんだとばかり思っていた。

「涙」は、自分が悲しい時に
出るものだと思い込んでいた。

でも、どれも全部違っていた。

何もしてもらえてなくても、
そこにいてくれるだけで「感謝」した。

何も手に入れていなくても
話しが出来るだけで「嬉しかった」。

誰かの前で涙を見せて、
弱音を吐ける自分は「強い」んだと気づいた。

涙を見せて辛いと言う事は
恥ずかしい事なんかじゃないと思えた。

自分の為に頑張ってくれている人を見たら
「感謝」や「嬉しさ」で涙が溢れた。

あの日から毎日当たり前にしている事、
全てに感謝した。

食べる、眠る、歩く、話す…
どれも全て毎日当たり前過ぎて、
感謝をする事なんて一度もなかった。

それどころか不満を口にして
全てを否定していた気がする。

あの時、入院をして
「どうして自分が病気になったんだろう」と
嘆いてばかりいた。

でも、病気にならなければ
気づけなかった想いが沢山ある。

それでも、また
同じ毎日を繰り返して来て、
忘れかけてしまっていた。

これからも、私はこの病気と
戦っていかなければならない。

いつの日か、完治する方法が見付かれば良い。
でも、今は戦っていると言うよりも
共に歩んでいると言う感じがする。

だから、このまま病気が完治しなくても
良いかなと思える自分が現れ始めた。

この病気の自分の限り、
私は「想い」を忘れる事はないから。



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コメント
おはようございます。
私は今日のページを読みつつ、このページを読めるようになった幸せを感じました。なにかのご縁から、こうしてブタローさんの書かれているページを読むことができるのは、今の、まず第一の幸せだなあと。

そして順々に、あ、そうそう私もそう思う・・・とい言いながら読みました。パソコンが続けられる状況が長く続いて
時折芽を出してくるバオバブみたいな、悪い心に占領されないように、それが出てきたら、素早く、抜きとるようにしたいと思いました。
ありがとうございました。
ローズコーンdot 2015.11.26 06:22 | 編集
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