2015
11.27

期待値を下げて生きるメリット



昨日のブログのテーマは
「当たり前のことに感謝するメリット」でした。

その検索過程の中で、
「感謝は幸せの特効薬」という
意味深いフレーズに出会いました。

本日は、日常の暮らしの中での
幸福感を高める方法として、

「期待値を下げて生きるメリット」
情報検索してブログ記事を構成してみたいと思います。

では、始めます。


▲http://dejimablog.blog39.fc2.com

まずは、私のこのブログで
7/29に更新した記事を転載致します。

いつも低ハードルで
感謝して生きて行こう!

これがブログのタイトルでした。

4ヶ月の前の記事なんて
書いた私自身が忘れていますので、
改めて読み返したいと思います。
 ↓↓↓↓


いつも低ハードルで
感謝しながら生きて行こう!


私は、すごく心がポッコリ凹(へこ)みやすい人間でした。

「心が凹む」とは、「気弱になる」「テンションが下がる」、
気力が萎える」「落ち込む」という、心が低空飛行している状態。

なぜ、凹むのかといえば、
うまくやれると期待する→うまくやれない→凹む
人は期待が叶わないときに最も凹む=気落ちするのです。

だから、凹まないためには、
『自分や相手に対する期待を下げる』こと。
これに尽きます。



■期待値とは、心の中のハードル

人づきあいにおいても、自分や相手に対する期待が高いと、
その期待が叶えられない時に凹んでしまいます。

期待値が高すぎるから、つらくなるのです。

100パーセントの結果が当然だと考えていると、
たとえ90パーセントの結果であっても、
マイナス10パーセントのために満足できません。



■「不完璧主義で生きましょう!60点でハナマル!

期待値を上げようが下げようが、結果は大して変わらないのですから、
精神衛生上は、期待値を下げていた方がお得!なのです。

心が凹んでしまうと、前に進めなくなります。
完璧主義は、実は不効率なのです。

完璧主義は、100点取れて当たり前主義。

不完璧主義は、60点取れてハナマル主義。

完璧主義は、「幸せ減点主義(あそこがダメ、ここもダメ)」。
不完璧主義は、「幸せ加点主義(あそこも良い、ここも良い)」。

私たちは、家庭の躾けでも、学校の教育でも、職場の評価でも、
「減点主義」的な指導をずっと受けてきました。

だから、自分が主役のシニア人生でも、知らずの内に
「減点主義」で自分や相手、物事を見てしまうクセがあるのです

自分や相手の「良いところ」はなかなか発見できず、
悪いところは、拡大して見えてしまう傾向・クセが私たちにはあります。

自分や相手には、欠点よりもはるかに大きな良いところがあるのに、
私たちはそのことになかなか気がつきません。

お互いに良い歳なのですから、もう細かいことはどうでも良いのです。
お互いに魂が未熟な者同士なのですから、完璧にはできないのです。

子どもは、親の言うことを聞く
夫は、進んで家事を手伝う
部下は指示したことは、完璧にこなす
メールしたら、すぐに返信する
贈り物をしたらお返しの品を届ける

それは、あなたにとっての「常識(当たり前)」かもしれません。
しかし、その「当たり前」があなたを凹ませるのです。

常識(当たり前)は、驚くほど人によって違います!
そのことを、あなたはもっと知るべきです。



私の職場にも、挨拶を返さない人がいます。
その人は、口下手で人づきあいが苦手なのです。

私が「おはよう!」といった時、
「やぁ、おはよう!今日もよろしくね!」と、きっと、
その人の魂さんは、笑顔で私に挨拶を返しているのだと思います。

しかし、その人は黙っているのです。
真似しろと言われても、私には出来ないふるまいですが、

おそらく、その人の頭の中では、挨拶の回線が、
1本接触不良になっているのだと思います。

※仕事はとても丁寧で、思いやりもある人です。

お互いに欠点を抱えて生きています。
未熟者同士、それを責め合っても始まりません。

「あそこが良い、ここも良い」と、「加点主義」で
自分や相手と付き合ってゆきましょう。

■ハードルを下げると見えてくるものがある。

自分や相手へのハードル(期待値)の低い人は、
物事に囚われずに「気楽」に生きている人です。


ハードルを下げれば、今まで「当たり前」と受け流していたことが
「当たり前」ではなくなり、「感謝!」の対象になります。

幸せを感じる基準が、
「どれだけ感動したか?」「どれだけ嬉しかったか?」だとしたら、
「当たり前のこと」には、幸せを感じないということになります。



社会インフラの整った衛生的で安全な住居だったり、
熱帯夜の心地よいクーラーだったり、
電車が時間通りに来たり、安価で品ぞろえ豊富なスーパーだったり、
そんなことが「当たり前」になっています。

しかし、それって本当に「当たり前」のことなのでしょうか?
少なくとも、職場で私と一緒に働いている外国人にとっては
「当たり前」のことではなく、とても「すごい!」ことみたいです。


ふん、くだらない!」とあざ笑う人に知って欲しいことがあります。
フィリピン人の日常挨拶の定型句をご存知ですか?

kumain ka na?(クマイン カ ナ?)
(ご飯、食べましたか?)


日本であれば、「いかがお過ごしでしたか?」という、
相手へのご機嫌伺いの枕言葉のところで、
ご飯、食べましたか?」って言うのです。

フィリピンでは、「食事を満足にできる」こと自体が
幸せや豊かさを象徴する出来事なのです。

それでも、「ふん、下らない!それがどうした?」とあざ笑う人には、
私はもはや、返す言葉を持ちません。

日本に生まれたこと、そのこと自体がすでに幸せなのです。

ハードルを下げれば、「当たり前」のことが「当たり前」ではなくなります。
ハードルを下げれば、自分にも相手にも現状にさえ感謝できるようになります。

「感謝」は、幸せへの特効薬です。



■自分や他人に対しては「低ハードル」で向き合う気楽さ

だから、人生や他人には、
期待値を下げて生きていたほうがお得なのです。

人生や他人に対して期待感を高く持たずに生きていると、
人生が上手くいかなかったり、他人から悪い態度をとられても、
まあ、そんなものだ!」と腹が立たなくなります。

人生や他人に対して期待感を高く持たずに生きていると、
人生がちょっと上手くいったり、他人から少し親切をされたくらいでも、
嬉しいなぁ♪」とウキウキします。



■「ハードルを下げる」という生き方

最近読んだ森川陽太郎さんの本に、
大事なことが書いてあったので、ご紹介します。

『ハードルは、限界まで下げろ!』

これは、自分や他人様と接する上での基本です!
自分からハードルを上げるのは損でしかありません。

やみくもに高い水準を求めず、
まず「確実にできること」にまでOKラインを下げましょう!

高いハードルに挑んで転んで諦めるより、
低いハードルを楽々超えて、
次に進んだ方がいいじゃないですか。

「確実にできること」をハードルとして
日々小さな「自分へのOK」をくり返して
自分自身を肯定することが、「モアベター」なのです。





▲ http://www.counselingservice.jp



依存心が強いときは
不満を感じがちに。


相手に依存的になっているときは、
自分の欲求を満たしてもらおうと
求める気持ちが強くなります。

例えば、夫婦の場合でも、相手に
自分の面倒をみてもらおう、
救ってもらおう、満たしてもらおうとするわけです。

そして相手に対して、
ああしてほしい。こうして欲しいという
欲求が強くでてきます。

相手に自分を満たしてもらおうと
期待しているので、

自分が満たされるかどうかは、
相手次第という要素が大きくなります。

夫婦の場合だと、幸せになるのは自分次第というよりも、
相手次第の要素が大きくなるわけです。

相手がその欲求どおり満たしてくれる時はいいのですが、
欲求が強いときはその通りにしてくれないと
不満を感じるんですね。

依存的になっている時は
ストレスを感じやすいわけです。

また、依存心が強いときは
被害者的な感覚をおちいりやすくなります。

『○○してくれなかった』
『○○やってくれない』
と自分の欲求を
満たしくれないと不満をもつのです。

この被害者的な感覚も強いストレスになります。
依存心が強いことが原因で不満になりやすいときは、

不満をたまりにくくするために
強い依存心を手放していくことが課題になります。

その前にお断りしておきたいことがあります。
依存心や欲求を持つことが悪いわけではなく、

依存心が強く成りすぎると、
不足感・不満を感じやすくなるので
「強くなっている」のを手放す必要がある訳です。

依存的なモードからの脱出

依存的になっているときは、
ああしてほしい、こうして欲しいと
駄々っ子みたいになり、

その通りにしてくれることが
自分を大切にしてくれているように
感じがちになるようです。

それが愛してる証拠だし、
大切にしている証拠のように感じがちになります。

しかし欲求を満たしてくれことが
必ずしも大切にしてくれてるとは限りませんよね?

例えば、相手に「日曜日ぐらいは家庭のために使ってほしい。
家事もこまめに手伝って欲しい」と強く思っていたとします。

でも、その通りにしてくれないからといって
あなたを愛していないとは限りませんよね?

相手なりに愛してるんだけど、
忙しかったり、疲れていたりして
その通りにはできないかもしれません。

しかし、欲求過多になっている時は
相手の都合や状態よりも、自分のニーズをみているので、
そのことに気付かないんですね。

そして不満が募りがちになりやすくなります。

依存心からの不満感から脱出していく
コツのひとつとして
「理解」と「感謝」があるかと思います。

自分が依存的になっていることや、
自分のニーズを中心にものごとを見ていることを
理解することや、相手の都合や状態を理解しようと
意識を傾けていくことを心がけてみるんですね。

自分のニーズを満たしてくれないからといって
必ずしも愛してくれていない、
大切にしてくれていないとは限らないという
視点を持ってみるのも大切です。

そうやって理解の目を持つことができると、
自分の望む形以外でも愛を受け取れる
心の準備ができてきます。

その心の準備ができてくると
次は感謝することにチャレンジしてみるんです。

感謝をするということは、
相手なりの愛し方や、好意や、努力などを認めて、
それを受け取ることをしていきますよね?

自分の望む形で与えてくれてはいないけど、
相手なりの愛し方や、好意や、努力などを
理解して認めていくのに感謝は良い方法なんですね。

そして感謝して相手なりの愛や、好意や、努力を
受け取れると心に何かが入ってきます。

また、依存的になっている時は
与えることを学ぼうと意識することも
良いことかと思います。

自分なりに相手を満たしてあげようと
チャレンジしてみるんですね。

すると喜んでくれることもあれば、
自分なりに良かれと思ってやったことが不評だったり、
思ったより反応がよくなかったりなどの経験もします。

そのような経験をすることで
『相手もこんな気持ちでしてくれてたのかもしれないな』と
体感的に学べるし、そう実感できると相手なりに
愛してくれていたことをまた一つ
深いレベルで受け取れるようになるんですね。



今あるものに目を向ける

依存心が強くなっている時は
不満を感じやすいという話を書かせて頂きましたが、

ほかにも不満を感じやすい時は
どんな時かを考えてみたいと思います。

不満を感じやすい物の見方、
とらえ方、考え方、もしくは
不満を感じやすい時があるとしたら
どんな見方、とらえ方、考え方があるでしょう?

その一つとして、
あるものではなく、ないものに意識が向いている時は、
不満を感じやすいと言えるかと思います。

例えば、

相手が積極的にコミュニケションをとろうとしない。
相手がねぎらってくれない。

などです。

ないものに意識が向いている時は、
感じることは「ない」ですから
心に供給、補給、入ってきてる、
満ちてくる感じはしませんよね?

ですので、心は不満を感じやすくなります。

実際に不満感を解消していく
カウンセリングを行っていると、

今ある物よりも、ないものほうに
心の焦点があいやすくなっていた
という例が多々あります。

不満を感じているとストレスになるので
不満を感じることを少なくしていくための
カウンセリングをすることがあります。

しかし、「ない」と感じているものを
無理やり「ある」ことにするのは無理がありますね。

ですので、
そんな時は、心の焦点を変えていくことを
取りくんでいったりします。

まずは不満からくるストレス、
フラストレーションを十分はき出してもらって
ガス抜きをしていくんですね。

そうやって、ガス抜きをしていくと
心が楽になっていくんです。

心が楽になってから、ないものから、あるものに
焦点を移していけるように取り組んでいきます。

具体的には、今相手がしてくれていることや、
今あるものを探していくんですね。

「ある」ものよりも、
「ない」ものの方に意識が傾いているときは、
心に不満が残やすいので

「ある」ものに意識を
傾けられるようにしていきます。

「ある」というのは、
「これがある」「あれもある」という
言葉遣いをしますね。

今の状態に
「これがある」「あれもある」というのは
加点方式な考え方なわけですから、

持っているものが増えていき
心を満たしやすくなります。

そして、見つけた今あるものに
感謝をしてみるんです。

感謝ができると今してくれることや、
今あるものへの有難みを実感しやすいですよね。

今あるものを受け取る考えかたと
言い換えることもできます。

相手に足りてないと感じてるけど、
今相手がしてくれてることや、

相手が持っているいいところはないだろうか?と
考えていき、そして感謝をしてみるんですね。

もちろん言うがやすし実際に行うは難しなのですが、
こうやってあるものに意識を向けて感謝していけると

「ある」を感じられるので
心を満たしてやりやすくなるんですね。

自分の足らなさを見ていると
他人の足らなさが目につく


自分の「足らない」ところとか
「できていない」ところばかりをみていると、

他人や社会の「足らない」ところとか
「できていない」ところに
目がつきやすくなってしまうんです。

バランスよく、良いところや、
できているところも見れているときはいいのですが、

それよりも足らないところ、できてないところに
目がつきやすくなってしまうと不満を感じやすくなります。

「ある」ものよりも、「ない」ものの方に
意識が傾いていると、心は不満を感じやすくなります。

ですから、こういう時は「ある」ものに
意識を傾けられるようにしていくことがいるわけです。

その方法の一つが、自分のいいとろや、
できているところなどの今「ある」価値に
焦点をあわすクセをつけとくことなんですね。

自分の今「ある」価値に
焦点をあわすクセがないときは、

自分の良いところを見つけて認めてあげたり、
できているところを見つけるのは
少々エネルギーがいることかもしれませんが、

コツコツ忍耐強く
自分を認めてあげることを続けていくと

今「ある」価値に焦点をあわす
クセがついてくるんですね。

そうすると、他人や社会にもいいところや、
できているところにも焦点が
あいやすくなってくるんですね。

そしてそれに感謝をしやすくもなってきます。
そうすると不満がたまりにくい心に変化をしていきます。

ご自身の今「ある」価値に意識を向けてみてくださいね。


▲ http://coaching.livedoor.biz

ここでは、人が主体的になるのを阻むものについて
考えてみたいと思います。

主体的な生き方の対極として
「被害者的な(受け身な)生き方」があります。

主体的な生き方が
心理的な「自立」状態だとすると、

被害者的な生き方は、
心理的な「依存」状態であると言えます。

相手に「依存」しているので、
相手が自分の思い通りにならないと、

相手に腹が立ったり、相手への不満が湧いてきます。
そして相手を変えようとします。

もちろん相手は、
自分の思い通りに変わってくれません。

そして、

「相手が・・・してくれない」
「相手のせいで、私は・・・」と、
自分を被害者に仕立ててしまうのです。

心理学では、
この依存(=甘え)のことを
『母子一体感』と言います。

母子一体感は、子どもが育つ過程で持つ
健全な甘え(依存)であり、

これをしっかり満たしてやることは、
人格形成上とても重要と言えます。

次のように子どもが親に甘える例は、
よく見られることだと思います。

子「お母さん、のどが渇いた!」
母「ちょっと後にして、今、掃除してるんだから。」
子「(怒って)今すぐじゃないとイヤ!今すぐちょうだい!」
母「はい、どうぞ」(水の入ったグラスを子に渡す)
子「(怒って)どうして水なの!僕が好きなのは牛乳でしょ!」
母「はいはい。はい、牛乳」(牛乳の入ったグラスを子に渡す)
子「なんでアンパンマンのコップじゃないの?
 僕がアンパンマンのコップが好きだって知っているでしょ!」


これが『母子一体感』という甘えです。

「お母さんは、僕のことを、
言わなくても分かってくれているはず」

という甘えです。

子ども時代に、この甘えを
上手に満たしてやることは、
とても大切なことと言われています。

つまり、「母子一体感」とは、
相手が自分の思い通りになることを
期待する心理なのですが、


この期待を、大人になって他人に対して持つと、
いろいろなトラブルの種になってしまいます。


身近な例として、夫が妻に対して
「母子一体感」を持ってしまった例を挙げて
みましょう。

(夫と妻の会話A)

夫「(帰宅して)例の郵便、出しておいてくれたか?」
妻「あっ!ごめん!忘れてた!」
夫「(怒りながら)なにー?
 今日の消印が締め切りだったんだぞ!
 楽しみにしていた懸賞だったのに、
 どうしてくれる?(=母子一体感)」


(夫と妻の会話B)

夫「ただいま~」
妻「お帰りなさい」
夫「腹減った~。晩ご飯できてる?」
妻「ごめん、あと30分待ってくれる?
 今日は友達と話が盛り上がっちゃてね。
 友達、ついさっき帰ったのよ。」

夫「(怒りながら)何だって?
 いつもだったら食べ始めてる時間じゃないか!
 俺と友達と、どっちが大事なんだ!(=母子一体感)」


以上の例で分かりますように、
「母子一体感モード」の時は、
相手の立場や価値観や事情をまったく
無視しているわけです。

「僕の立場を分かってよ」
「僕の価値観を理解してよ」
という、
一方的な依存(=甘え)の心理です。

そして、自分がご機嫌な状態を
保てるかどうかが相手次第、
つまり相手に依存した状態なのです。

会話Aの場合でしたら、主体的に考えれば、
次のように考えることもできます。

「郵便を締切日に頼んだのがまずかったな。
 次からは、もっと早めの時期に頼もう。」
「妻に頼まずに、自分で郵便を出せばよかったな。」
「何かいい解決策はないだろうか?
 そうだ!今から夜間窓口が開いてる郵便局に行こう!」


会話Bの場合でしたら、

「よほど大切な友達だったのかもしれないな。」
「よほど重要な話だったのかな?」
「妻は友達との関係を大切にするタイプだもんな。」
「腹が減ってるから、
 ピーナッツでもつまみながら待ってようか。」
「腹が減ってて、30分は待てないから、
 近所のラーメン屋に行こうって妻に提案してみようか?」


『母子一体感』は、
「特別意識」とも言われます。

相手のことを、「まるで神様のように、
自分のすべてを満たしてくれる存在として
特別視してしまう状態」のこと
です。

現実的には、あり得ないことを
期待していることになります。

心理学で、
「自立する」「大人になる」とは、

「相手には相手の考え方や事情がある。
相手は、私の思い通りになる存在ではない。
おたがいの違いを受け入れあっていこう。」

という心理状態になることです。

「私ももっと主体的に考える訓練をしなければ」と、
今日の記事を書きながら反省した私でした。


▲ http://selfcompass.jp

「期待をしない」というと、
夢もへったくれもないような気になるかもしれません。

低レベルの生活や今の苦しい人生に
甘んじるような気がするかもしれません。

期待をしなければ、希望が持てなくて、
もっと苦しくなるような気がするかもしれません。

また、期待をしなければ、
自分が成長しないような気がするかもしれません。

しかし、ボクは
「期待をしないこと」こそ、
幸せへのカギだと思っています。

期待値が高すぎると、
その水準に満たない状態のとき、
必ず不平があります。

期待値が高すぎる人こそ、
完璧主義の人です。

何でも、自分への要求水準が高いので、
いまの自分を肯定できません。

ボクたちは得てして期待値が高すぎます。
もっと、もっと期待値を下げていいと思います。

では、どんな期待値を下げればいいかというと、
喜びの期待値を下げるのです。

ちょっと時間を取って
「こうなったらうれしい」というのを
簡単に挙げていってください。

実際にやってみてください。
そして、それをよく見てみてください。

うれしくなるような
「自分への要求」って高くないですか?

それは一日に何度もあることでしょうか?
もしかしたら、一カ月単位で叶うことかもしれません。

あるいは年単位。
場合によっては一生で叶うか叶わないか
というようなものかもしれません。

ということは、喜びはそれだけ
ハードルが高いということなのです。

そして、そのハードルをつくっているのは
まぎれもなく「あなた自身」です。
誰かが決めたわけではないです。

そのハードルを下げてみましょう。

「どうやって下げるの?」という
疑問があるかもしれませんが、ただ下げるだけです。

新たな喜びの基準を自分で作って、
それに従うだけです。

習慣にすれば、自然にハードルは下がります。

ひとつ、喜びのハードルを自動的に下げる
とっておきの方法を教えましょう。

それは「感謝」です。

当たり前のことに感謝してみてください。
パートナーの存在、
友達の存在、
仕事の存在、
今生きていること、
目が見えること、
五感を感じられること、
食事が食べられること、
自由があること、
ベッドで寝られること、
家で生活できていること、
ネットが見られること、
ペットがいること、
呼吸ができること、
太陽があること、
緑があること…
挙げればキリがありません。

感謝をすれば、
当たり前のことが当たり前ではなくなります。
それこそ「期待値を下げる」ことです。

だから、感謝は『幸せへの特効薬』なんです。

感謝リストを作るのはとてもよい方法ですよ。
リストを作って、気づいたらどんどん
追加していき、見返しましょう。

今日から「期待をしないこと」をやってみてください。
特に自分への要求を徹底的に下げてくださいね。

それができれば、ありのままでOKになります。


▲ https://happylifestyle.com


妻が料理を作って当たり前。
夫が仕事をして当たり前。

人間は慣れるのが早い生き物です。

愛し合った2人が結婚し、
一緒に暮らすようになると、
慣れるのもあっと言う間です。

夫婦の間で慣れてくると、
さまざまなメリットがあります。

ざっくばらんな話ができ、
悩みを共有しやすくなります。

熟年夫婦ともなれば、
言葉がなくても意思の疎通が
できるようにさえなるから驚きです。

しかし、慣れてしまった結果、
残念な点もあります。

「してくれて当たり前」と
思い始めてしまうことです。

新婚時代は、妻の食事に感動していたのに、
作ってくれて当たり前と思ってしまうようになる。

おいしいはずの妻の食事でさえ、
おいしくて当たり前と思ってしまうようになる。

夫が生活費を稼いでくれるのが
当たり前だと思ってしまうようになる。

こうなり始めたら、要注意です。

夫婦生活における、
あらゆる感動が薄れてしまいます。

自分の心の中で
「してくれて当たり前」という
気持ちはありませんか。

それはよくありません。

してくれて当たり前と思い始めると、
お礼を言うことがなくなります。

「いつもしてくれることに対して、
今さらどんな感謝を言えばいいんだ」
難しく考える必要はありません。

「いつもありがとう」と
言えばいいだけです。

いつもしてくれていますから、
ストレートに「いつもありがとう」という
表現が適切です。

お礼とは「嬉しいことがあったから」という
基準でするのはよくありません。

その場合だと、慣れてくればくるほど、
嬉しいことへの感動が鈍感になり、
お礼を言うことが減ってしまいます。

お礼とは、むしろ
「してくれて当たり前」と
思っていることに対して述べることです。

相手は何の愚痴もこぼさず、
今日もあなたのためにしてくれました。

たとえば、今日の今から
「してくれて当たり前」と思っていることに対して、
伴侶に感謝の言葉を伝えましょう。

絶対に夫婦生活はうまくいきます。

お礼を伝えるチャンスは、
常にあふれていることに気づくことでしょう。

確実に、お互いを尊重し合える関係を
維持できるのです。


▲ http://www.skincare-univ.com/daily

見方の習慣が
幸せになれるかどうかの分かれ道


山を登りながら足元の花を楽しめる人もいれば、
頂上だけを目指して足元の花に気づかない人もいます。

同じ道を通っても見える景色が違うように、
日常の生活の中に潜んでいる喜びの種に
敏感になるか鈍感になるかが、
幸せになれるかどうかの分かれ道なのです。

私たちは一日一日、
与えられている命の時間が減っているのですから、

今は無意識にできていることでも、
意識しないとできなくなる日が来るのです。

歩けること、笑えること、食べられること、
眠れることも、当たり前ではありませんし
感謝し喜ぶべきことですよね。

当たり前のことが当たり前にできているときは、
なかなか喜べず感謝もしないで、

何も良いことが起こらないとか、
毎日がつまらないとか、
不平不満ばかりをつぶやいている人は、
幸せのハードルがどんどん上がっていくことでしょう。

幸福とは、驚くようなことが起こる日々ではなく、
小さな喜びが真珠のネックレスのように
一粒一粒連続して輝いている日々のことなのです。

小さな喜びという真珠を増やしていくためには、
すべてのことに感謝できる見方を
身に付けていく必要があるのです。

幸せのハードルを
下げる見方をするには
皮肉な感情を追い出すこと

私たちは、一人一人が違う存在として
この世に誕生させられたのですから、

人によっては多く与えられているものや
少なく与えられているものもあるでしょうが、

人のものを欲しがって妬んだり、
見栄を張ったりしないようにすることが大切です。

人のものを欲しがる心は、
自分と他人を比べることから始まるものですが、

テレビのCMなどは欲しがる心を
大きくすることを目的として作られているのです。

そして、

「あれも足りない、これも足りない」などと、
不足感を高めることで購買意欲を掻き立てるのです。

※幸せのハードルを下げた見方をするには、
自分にないものではなく

自分に備えられているものに
目を向けていくことです。

ないものに目を向けている人の心は
いつも満たされませんし、

欲しいものを手に入れても、
また他のものが欲しくなってしまうのです。

自分には不足していて
他人に多く与えられているものを欲しがる習慣は、

欲しがる心をどんどん大きくしていき
皮肉な感情を生んでいきます。

そうなると幸せのハードルは上がるでしょうし、
今までは感謝できたことにも
感謝できなくなってしまうのです。

自分の感情はコントロールできる

日々の暮らしの中で遭遇する光景に対して、
どのような感情を生み出すかは、

私たちそれぞれの選択に任されていますが、
自己中心的な人ほど意識していないと、
否定的な感情が湧きやすいという特徴があるのです。

美に関するテクニックやノウハウに関する情報も
たくさん入ってくるでしょうが、

自分を見る目が否定的な状態で努力しても、
真の幸せは得られないのです。

自分とは一生付き合って
いかなければならないのですから、
自分に対する自分の見方も大切な要素なのです。

肯定的な感情が生まれる過程には、
セルフイメージの健全度も大きな影響を与えています。

与えられているものに感謝し、
今を喜べる満ち足りた心を養わない限り、

勝ち組・負け組などという
人との比較に心を奪われたりして、
不健全なセルフイメージになるでしょう。

見えるものではなく
見えないものにこそ目を留めましょう。

見えるものは一時的ですが、
見えないものはいつまでも続くからです。

心の柔軟さや視野の広さ、
人を裁き評価する心、

そのようなものは目に見えませんが、
感情をコントロールするには大事な要素なのです。

幸せのハードルを下げる暮らし方

ごはんを食べることが出来て幸せ。
のんびり読書が出来て幸せ。
無事に一日を終えられたことが幸せ。

日々の些細なことを幸せと思えたら、
幸せ度が増します。

もし、幸せのハードルが高いと、

大きな家に住めないと幸せじゃない。
高級料理を食べないと幸せじゃない。
毎年海外旅行に行けないと幸せじゃない。

幸せになれなさそうですよね。

「幸せのハードルを下げる。」こと、
つまり日常の些細なことに感謝することが出来たら、
幸せいっぱいの毎日を過ごせます。
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コメント
この記事、ブルドッグの写真と共によく覚えています。(記事の内容より写真でかな?)すみません。
でも今朝また読み直して、自分の心に刻みつけました。
また、メモ紙に書いて、机の前に張り付けました。

日常生活の中で、一番忘れやすいことであり、でも一番重要なことですね。

幸せのハードルを下げ、日常の些細なことに感謝する。
勉強に置いては、コツコツ忍耐強く続け、今ある価値に
焦点を合わせることなど。
。さあ今日の暮らしもハードルを高くせず、感謝しつつ過ごしたいと思います。ありがとうございました。

煩悩は日々沸き上がり、不満を作ろうとします。
でもこうして、繰り返し読み、学ぶことは、こころに刻み付ける意味で、たいへんありがたいです。
これからも、何度でも、ほかのこともリピートをお願いします。
ローズコーンdot 2015.11.27 06:25 | 編集
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