2015
12.05

自我(エゴ)の本質を学ぶ

 

「幸せのあり方」とか「ごきげんちゃん」とか、
このブログで意識的に取り上げているのに、

一日をふり返ってみれば
イラっときたり、
ガクンと凹んだり、
有頂天になったり、
不安になったり、

時間にすれば短時間でも
不安定な心理に揺すぶられる毎日です。

どうして自分は
いつもごきげんちゃんでいられないのか?

こんなやっかいな自我(エゴ)を
神様は何故、人間にまとわせているのか?

それが知りたくて本日は、
「自我・エゴ」でキーワード検索して読んだ
いろんなサイト記事の中から、
なるほどと思った記事を転載して
ご紹介いたします。

ご一緒に、自我(エゴ)の本質について
学ぶことが出来たら幸いです。

では、始めます。


▲ http://members.jcom.home.ne.jp

それから、イエスは
再び群集を呼び寄せて言われた。

「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい」

「外から人の体に入るもので
人を汚すことのできるものは何もなく、
人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」

イエスが群集と別れて家に入られると、
弟子たちはこのたとえについて尋ねた。

イエスは言われた。

「あなたがたも、そんなに物分りが悪いのか。
すべて外から人の体に入るものは、
人を汚すことができないことが分からないのか。

それは人の心の中に入るのではなく、
腹の中に入り、そして外に出される。
こうして、すべての食べ物は清められる」

更に次のように言われた。

「人から出て来るものこそ、人を汚す。
中から、つまり人間の心から、
悪い思いが出て来るからである。

みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、
詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、

これらの悪はみな中から出て来て、
人を汚すのである」

日本聖書協会 新共同訳聖書 
マルコによる福音書7章14-22節




きょうはエゴについての話です。
 
冒頭の聖書の文章の意味自体には
何も難しいところはないと思います。

人の心の中から悪いものが
出てくるのであると言われても、

「そうだ、そうだ」としか
言いようがありません。

そして、

この悪いものを生み出しているのが、
人間の心に巣くうエゴであることも
お分かりと思います。

けれども、重要なのはその先です。

「だからエゴというのは悪い奴だ」と
いくら思っても、問題の解決にはなりません。

エゴというのは私たち自身の一部なのです。
しかも実は重要な一部なのです。

エゴというのは、
人間にとって不必要なものが寄生虫のように
人間に取りついているわけではありません。

エゴをいくら憎んでも
私たちはエゴを捨てることはできないのです。
ではエゴというのはいったい何なのでしょうか。
 
もともと霊的な存在であった人間は、
物質世界の体験を得るために、

あるとき肉体を作り、
物質世界の中に入り込みました。

霊的な存在と物質的な存在の
最も違うところは、生命の永遠性にあります。

霊的な存在は、傷つくことも、
壊れることも、死ぬこともありません。

そのため、ある伝説によれば、
はじめ人間はあまり肉体のことを
心にかけていませんでした。

ところが、肉体という物質の構築物はもろく、
壊れやすく、傷つきやすいものです。

絶えず心にかけて面倒を見てやらないと
すぐに死んでしまいます。

ひところ世界中にはやった
「たまごっち」という電子ペットのようなものです。
 
霊的存在としての人間は、
直接肉体の面倒を見ているとそれだけで
手一杯になってしまうので、

肉体が自分で自分の面倒をみるように、
肉体に自動操縦装置を取り付けました。

それがエゴです。

自動操縦装置は、
私たちの日常生活にも
広く入り込んでいます。たとえば、

どこの家庭にもあるエアコンは、
一度温度を設定しておけば

絶えず自分でスイッチを入れたり切ったりして、
その温度を守るように働いてくれます。

このため、私たちはいちいち
エアコンの状態に気を取られることなく、
他の仕事をすることができます。

エゴの役目も同じです。

エゴは、肉体をもった人間の
最も基礎的な必需品である肉体の快適さと

個人的人格の快適さを維持するために、
自動的に最大限の努力をします。

それがエゴの本来の役目だからです。
 
冒頭の聖書にあげられている
「悪」をよく見てください。

ここにあげられている悪は
四つに分類することができます。

・物欲:  盗み、貪欲、詐欺、ねたみ
・性欲:  みだらな行い、姦淫、好色
・攻撃性: 殺意、悪意、悪口(冒涜)、傲慢
・その他: 無分別(愚かさ)

これらは、最後の一つを除けば、
すべて人間にとって必要なもので
あることがわかるはずです。

肉体を維持するためには、
食料、住まい、衣類、道具など
さまざまな「物」が必要です。

もし人間に物欲がなかったら、
人間は原始の生活のなかで
すぐに飢え死にしたでしょう。

もし人間に性欲がなかったら、
人類は種としてたちまち滅亡してしまいます。

攻撃性というのは、
障害物を排除して目的を
達成しようとするチャレンジ精神です。

もし攻撃性がなかったら、
狩で獲物を捕らえることもできず、

幾多の困難を乗りこえて、
畑に作物をつくったり、
社会を形成したり、
していくこともできなかったのです。

つまり、ここに並べられている
悪の大部分は、本来は個人および種族としての
肉体人間を維持していくために
必要な精神の働きなのです。

それがなぜ悪に変わったかというと、
それは人間が社会を形成するにつれて、

環境が自然環境から社会環境へと
変わっていったからです。

たとえば、盗みという行為は、
狩猟や採集という原始経済の
手法と同じ行為です。

ただ、手つかずの自然が残っていた時代に
自然の森から果物を取ってくるのと、
隣の八百屋の店先から取ってくるのとは違います。

つまり、社会というものが形成され、
社会のルールというものが
出来上がっていったときに、

もともとの自然的な機能そのままでは
そのルールにぶつかってしまうということが
起きているのです。

いわばエゴ同士のニアミスです。

このような社会的ルールにもとづく
悪というものは、社会によって
異なる場合もあります。

だからといって、このような悪の問題が
人為的な問題であるから、宗教的な重要性がないと
言っているのではありません。

それは、エゴに対しての
高次のコントロールが必要な時代に
変わってくるという、霊性回復への
道筋に乗っているのです。
 
自動操縦装置は飛行機にもついていますが、
飛行機の自動操縦装置は、操縦士が介入すると
自動的に切断されるようになっています。

人間の自動操縦装置に対しても、
必要な場合には「操縦士」が
介入しなければなりません。

もし他の飛行機とニアミスを起こしているのに
自動操縦装置に任せっぱなしにして
衝突したとしたら、悪いのは自動操縦装置ではなく、
介入を怠った操縦士のほうです。

人間の場合にも、エゴが悪いのではなく、
介入しないで放置している「操縦士」が悪いのです。
 
では人間の場合、
「操縦士」とは何でしょうか。

それは、エゴよりも高次の意識です。

私たちは、心の中にエゴより
レベルの高い意識の部分を
発達させなければなりません。

実はそれはすでにあるのですが、
私たちは、そちらのほうとの接続を
断ち切ってしまっているのです。

そしてうまくいかないと
「自動操縦装置が悪い」と言います。
 
人間が霊性を回復する過程では、

エゴを取り除くのではなく、
エゴを自分の意識の一部として
統合し、
全体が調和の取れた総合的意識

なっていかなければなりません。

単にエゴというものを「悪い、悪い」といって
罪をなすりつけるだけでは済まない
ということだけ理解して頂きたいと思います。
 
エゴは、悪者扱いして
排除すればするほど強くなり、
手におえなくなります。

エゴの本来の役目を理解し、
エゴに人間存在の高い目的を教えてください。

もともとエゴは、
あなたの存在目的の達成に協力するために
つくられた自動操縦装置なのです。

エゴに人間の高い存在目的を
繰り返し教えてください。

そうすれば、エゴは喜んでそれに
協力するようになります。

そのことを信じてください。

エゴの協力が得られるようになれば、
霊性回復への道は効率的で楽なものになります。

愛と感謝をもって、
エゴを統合することに取り組んでください。


▲ http://idel-realization.jp

エゴって何だと思いますか?

「自我」とも「自意識」とも言いますね。
エゴとは「自分を守るため」という意味です。

心の防衛システムのひとつということです。

私のプライドを守るため
私の居場所を守るため
私の価値観を守るため
私の時間を守るため
私の立場を守るため
私のお金を守るため
私のイメージを守るため
私の存在を守るため


この「私の○○」が失われそうになったとき、
私たちは「恐れ」を感じてしまいます。

怖いのです。
私たちは「恐れ」から逃げたいと思うのです。

自分を守るために、他人の悪口を言ったり、
キレたり、テンションが下がったり、

私たちはホントに守ることに
必死になって毎日を生きています。

よく「自己チュー」なんて言葉がありますね。

自己中心的な人というのは、
人一倍「私の○○」にたいして敏感な人なのです。

それが過剰に防衛になってしまうと、
他人に壁をつくったり、自分を見失ってしまいます。

そうなると、

悪気のない人に警戒するようになり、
猜疑心(疑う)を持つようになります。

嫉妬心や敵対心がフツフツと沸いてきて、
自分をコントロール不能になってしまいます。

それは何を隠そう、
私自身が強く抱いてきたエゴでした。

人への警戒が人一倍強く、
常に疑いの目で日常を送って
毎日イライラしていました。

THE エゴのカタマリ

まさしくエゴが強くなり過ぎた傾向に
ドップリと使った20代を送っていました。
そんな経験からエゴを捨てる技術をご紹介します。

苦手と感じる人への
エゴを捨てる


あなたは自分が肯定している人と、
否定している人とどちらから多く学べますか?

もちろん自分が肯定している人からですね。

とてもシンプルなことですが、
僕たちは自分の受け入れた人や
ものの方がたくさん吸収できます。

人は例え相手のことが嫌いであったとしても
100%嫌いになることはありません。

なので、

必ず嫌いな人でも肯定している部分が
僅かながらでもあるのが事実です。

嫌いな人には自分にはないと
感じてしまう部分があり長所がある、

それを認めると何だか自分を下げてしまいそう
・・・これがエゴの意味です。

このエゴがどうしても
捨てられない人が多いと思います。

なぜなら、
今まで保ってきた自分を失いそうになるから。

そんなとき、
このことを覚えておいてください。

自分に備わっていない能力なら、
そもそも相手の長所なんて見えない。

自分が認識していなければ、
そこに気づくことさえありません。

「相手は自分の写し鏡」と言われますが、
相手の長所が自分には見える場合、

相手を通してうまく自分の能力を
引き出すよう考えてみると面白いと思います。

自分の心の
不要な感情を手放す


今を生きる現代人は、
ストレスに常に悩まされます。

ストレス社会と言われるように
ホントにたくさんの悩みがありますね。

特に人間関係の悩みが
その大半を占めていると言われています。

そして、その主な原因は、
エゴによる過剰な防衛システムなのかもしれません。

つまり、自分が傷つきたくないからです。

ですが本来のエゴの意味は、
自分を守ってくれているだけなのです。

エゴが苦しみを生み出す元になるので
悪のように扱われてしまいがちですが、

エゴの意味は、自分に優しくしようと
しているだけなのです。

だけど、
腹八分目が丁度良いと言われるように
行き過ぎは良くありません。

体内の免疫力も高ければ良い
というものでもなく
適切なバランスが大切なはずです。

エゴも同じように
適切なバランスを取る必要があるのです。

苦しみを感じてしまう場合、
過剰な防衛システムになっているのです。

この治安が良いと言われる日本で、
SPを雇って街を歩くようなものです。

不要な防衛システムが
作動してしまっているので
苦しくなってしまいます。

あなたが怒りや焦りの感情を感じたとき、
よく観察してみてください。

その奥にある自分を
守っているものの正体が分かったとき、

それは、はたしてそこまでして
防衛システムを作動させる必要の
あることなのか?

そのことが自然と
分かってくるようになるでしょう。

そうすると、不要な感情を手放すことができます。
恐れるものがなくなってしまうので、
防衛する必要がなくなるのです。

エゴに気づいて
自分を取り戻す技術


ではどうやってエゴに気づいて
冷静になることができるのでしょうか。

それは、

「私は今、何をそんなに
守っているのだろうか?」


そう自分に問い掛けることです。
とてもシンプルです。

そして、

「そんなに自分を守る必要って
ないんじゃないか?」


そう自分の抱く感情に
疑問を持ってみることです。

自分を信じることは大事ですが、
自分を疑うことも必要です。

なぜなら、
自分を再確認するためです。

エゴの意味とは
自分を守ろうとしているだけでなく、

苦しさを生む感覚を通して
本当はどうすれば一番良いのかを
教えてくれているのかもしれません。

二次的な感情に振り回されず、
今感じている感情に本当に正しいか
疑いを持ってみるのも、

今の僕たちは
問われているのかもしれません。

エゴを通して自分が
見えることを祈っています。


▲ http://www.counselingservice.jp

自己嫌悪と
エゴの声との付き合い方


私達の中には
「分かっちゃいるけどできないなあ」とか
「つい、やっちゃうんだよなあ」という
ことがたくさんありますね。

例えば、言わなきゃいいって
分かってるのに“余計な一言”を言ってしまったり、

やらなきゃいいって思うのに
つい“意地悪”をしてしまったり。

それがお酒やギャンブルなどの
依存性のあるものに対しても同じです
(飲まなきゃいいのに・・・みたいな)。



それはまるで
心の中に小悪魔ちゃんがいて

あなたに悪さをしているように
捉えることができます。

そんな小悪魔ちゃんが騒ぎ出した後、
私達は必ずといっていいほど

「一人反省会」を開き、
猛省と称した自己攻撃を始めます。

それは自分を取調室に連れ込んで
くどくどと説教するような感じだったり、

竹刀でビシバシ引っぱたく
鬼軍曹のようだったり、あるいは、

便所裏に呼び出してカツアゲする
不良グループのように、

傷に塩を塗りこむようなことを
してしまうんです。

でも、そうして小悪魔ちゃんを
攻撃すればするほど、

奴は反省して大人しくなるどころか、
むしろ存在感を増し、ますます
「またやってしまった・・・」ということが
多くなってしまうのです。

小悪魔ちゃんの
正体を理解しよう


私達は小悪魔ちゃんを
「悪いもの」としてどこかで決め付けています。

皆さんの職場やご近所にも
「嫌われ者」はいませんか?

その人が通っただけで嫌な気分になるように、
私達の内面にもそうした部分があるんですね。

私達の中には必ず
「自分では愛せない私」が存在します。

それが自己嫌悪であり、
小悪魔ちゃんとして
活躍している奴の正体なのです。

そして、私達は反省会や自己攻撃を通じて
小悪魔ちゃんを追い出そうと努力するんです。

それは必死に自分の欠点を
直そうとすることだったり、

自分を好きになろうと一生懸命になったり、
あるいは、ルールをたくさん作って
自分の行動を戒めたりします。

でも、それに成功することって
あったでしょうか?

そこで今回は、
目の付け所を変えてみることを提案したいんです。

いかに小悪魔ちゃんに
出て行ってもらうかではなく、

いかに奴と
仲良しになるかというアプローチです。

追い出そうとして無理なら、
ちょっとの間はしんどくても
最後は仲良くなった方が
後々楽だと思いませんか?

その小悪魔ちゃんの存在感は、
今あなたが傷ついている分だけ大きくなります。

逆に過去に傷ついた経験があったとしても、
その後癒された度合いだけ
小悪魔ちゃんの存在は少なくなっていきます。

いわば、小悪魔ちゃんが
活躍する回数が多いということは、
あなたの心が苦しんでいる証拠なんですね。

小悪魔ちゃんがあなたにささやく声は
「エゴの声」と呼ばれることもあります。

私達は体の痛みには敏感に反応しても、
心の痛みは無視したり、

気にしなかったりすることが多いので、
放っておけば置くほどその声は大きくなります。

さて、追い出すのではなく、
そんな小悪魔ちゃんと向き合ってみましょう。

小悪魔ちゃんと
サヨナラする方法
~仲良くなる~


もし皆さんの友人や家族が傷ついて、
酷く落ち込んでいるとしたら
どんな気持ちになるでしょうか?

慰めてあげたいな・・・
励ましてあげたいな・・・

何もできないけれど、楽になって欲しいな・・・
そんな気持ちになるのではないでしょうか?

でも、私達は自分に対しては
まったく逆の行動をとることが多いようです。

傷ついた自分を許せなくなり、
それを酷く責めてしまうのです。

もし、皆さんが傷ついている友人に
「そんなことで傷ついて、馬鹿じゃないの?」って
言ったとしたら、その友人はあなたに対して
どんな気持ちになり、どんな態度を取るでしょうか?

「おぉ、ありがとう!元気になったわ!」
って言う人はまずいませんよね。

まるで傷に塩を塗り込められたように
更に落ち込み、時にはそう言ったあなたに対して
恨みや憎しみを持つ事だってあると思うんです。

でも、自分自身に対しては
平気でそんな言葉をかけてませんか?

とはいえ、自分自身を
友人のように扱うのは難しいです。

私達は普通、周りの誰よりも
自分に対しては厳しく扱います。

だから、そうした痛みを「小悪魔ちゃん」と
擬人化してみるとまだ少し扱いやすく
なるのではないでしょうか?

例えば、あなたがダイエットのために
我慢しているケーキを小悪魔ちゃんが
「食べたい、食べたい」
言ってると思ってください。

それはお腹を空かせた子どもが
ねだっているように感じるかもしれません。

そしたら、きっと
「ダメ!我慢しなさい!
また太るでしょ!」

厳しくののしる代わりに

「もうちょっと我慢してね。
痩せてキレイになったら、
もっといいことがあるからね」

優しく諭してあげることもできるようになります。

彼につい嫌味な一言を言ってしまうのも、
あなたの心の中に住まう小悪魔ちゃんの
仕業だと思ってみましょう。

奴は不安になったり、
過去の傷が疼いて嫌味な態度を
とってしまうわけです。

だから、その不安を諌めてあげるのも
あなたの大切な仕事になるんです。

これは一重には難しいチャレンジです。

一回でできるわけでなく、
何度も何度もチャレンジする必要があります。

でも、それはあなたの心の痛みを
手放す大きなステップになりますし、

また、自分に自信を持ち、
自分をより深く愛することができる
アプローチなのです。

------------
応用編
------------


心の中の小悪魔ちゃんと
仲良くなるアプローチは、

あなたの周りにいる「嫌な奴」と
関係性を改善していくアプローチに
応用することができます。

小悪魔ちゃんを「経理のお局様」に置き換えると、
分かりやすいかもしれません。

また、彼氏の中にある「困った部分」とか、
お母さんの嫌なところなどを受け入れ、
理解してあげるためにも有効ですね。

こうした心の小悪魔ちゃんと
仲良くなろうとするチャレンジは

自分の心を成熟させ、
器を広げてくれる効果があります。

小悪魔ちゃんと
サヨナラする方法
~誰かに差し出す~


さて、今度はまた違う
アプローチをご紹介しましょう。

私達の多くは自分ではどうしようもない
自己嫌悪は周りの人に隠しています。

つまり、小悪魔ちゃんの部分は表に出さず、
一人密かに持ち続けるんですね。

だから、あっけらかんと
「アタシ、結構嫌味な奴なんだよね」って言える人は、
実際はそれほど嫌味な奴ではありません。

思春期時代「むっつりスケベ」という
言葉はありませんでした?(今もあるのかな?)

いつも下ネタを連発している人よりも、
そういう話を煙たがったりする人の方が
実はスケベなんて言われます。

でも、この隠れた小悪魔ちゃんを
誰かに差し出し、愛してもらうというのが
解決の一つのアプローチなのです。

私達は恋愛で、自分の長所を褒められても
なかなか素直に受け取れません。

「本当の私を見たら、きっとあなたは逃げ出すわ」
と思っているからです。

その本当の私って思ってるのが
私の“小悪魔ちゃん”なんですね。

だから、本当はその自分でも愛せない
小悪魔ちゃんを誰かに愛して欲しいと
いつも思っています。

でも、自分でも愛せないんだから、
彼が愛してくれるわけが無いと
思い込んでしまうのです(投影の法則)。

でも、そこは相手を信頼する
いいチャレンジになりますね。

でも、すごく怖いです。
嫌ってるだけ、傷ついた分だけ。

だから、本当に相手を見つめ、
信頼することが求められます。

カウンセリング/セラピーの中で
こうしたトレーニングをしていくこともできます。

簡単な方法をご紹介しましょう。

* * *

ちょっと想像してみてくださいね。

あなたのすぐ後ろに、
小悪魔な私がいると思ってください。

あなたはずーっとその存在を隠し続け、
まるで居ないように扱ってきました。

でも、その小悪魔ちゃんは
いつもあなたの傍にいて、あなたを困らせます。

何度放り出そうとしても、
何度逃げ出そうとしても無理でした。

まるであなたの影のようにいつも一緒にいます。

そして、周りの人からも、
大好きな彼からも、大切な誰かからも
それを隠してきました。

きっとそんな部分を見せたら
嫌われる、そう思って。

でも、今日、その小悪魔ちゃんを
勇気を持って差し出してみましょう。

目の前にあなたの大切な人が
いると思ってください。

その人は、あなたが大切に思う分だけ、
あなたのことを大切に思ってくれてます。

あなたがその人の悪いところを
受け入れてあげようと思っている分だけ、
あなたのことを思ってくれています。

だから、ゆっくり、
その小悪魔ちゃんをその相手に
見せてあげましょう。

そして、愛してもらいたいこと、
受け入れて欲しいことを伝えてみてください。

そして、ゆっくりその小悪魔ちゃんを
その相手に受け入れてもらいましょう。

* * *

いかがでしたか?

ちょっと心がホッとしたり、
スーッとしませんでしたか?

あるいは、色んな感情が出て来て
大変だったでしょうか?

今回は二つの方法を紹介しました。

後者は他の人が介在しますので、
すぐには難しいと思います。

けれど、誰かを本当に信頼するチャンスですので、
ぜひ、いつかチャレンジしてみて下さいね。

あなたが誰かを受け入れた分だけ、
きっとあなたも受け入れてもらえます。


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コメント
おはようございます。ブタローさん。

エゴというものの正体がよくわかりました。それは一つには自分自身を守ることなんですね。その自動操縦装置に任せてばかりいては、自分の生き方が嫌になってきます。
それで、エゴよりレベルの高い意識の部分を発達させなければならない。エゴに人間の高い存在目的を繰り返し、繰り返し、教え込む。そして不必要な感情を手放して、毎日をご機嫌ちゃんに暮らし、勉強にいそしみ、集中する。
そうすれば自分の生きたい生き方ができる・・・。

こんなことを学びました。まだ読み取れていないところもあるかもしれないですけど。

小悪魔ちゃんが私の中にもたくさんいて・・。
ここのところはもう少し理解が不十分です。おいおいと、ここを読んでいけばわかってくるでしょう。
では、Thank you very much.Your blog is good
medicine for me.
ローズコーンdot 2015.12.05 06:34 | 編集
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