2015
12.14

円満夫婦に学ぶ人づきあいの秘訣

 

仕事から帰って自宅で一杯やる。
それが私の至福のひと時。

さあ、酒も飲んだし飯も食った。
ブログも書いて更新したし、

シャワーを浴びて
爆睡しようかと浴室に入ったあとで、

「げっ、ボディーソープが空じゃん」と
イラっとする未熟な私です。

日用品の買い置きや補充は
妻がやって当たり前と思い込んでいた
身勝手な自分に気づいてがっかりします。

日々のブログでいろんなことを
調べて学んでいるつもりだったのに、

こんな身近なことすら、
なんも出来ていない自分が情けないです。

本日は、久しぶりに
「夫婦の良好な関係」に学び直します。

夫婦関係がうまくいっている方は、
文中の相手の対象を、お子さんや親・兄弟、
あるいは、縁ある方々との人づきあいに
置き換えて読んで頂ければ幸いです。

本日も検索したいろんなサイト記事の中から
なるほどと納得した記事を転載して
ご紹介させて頂きます。


▲ http://tensei.nanaki.biz/kknaka.html

結婚生活が破綻するのは、
主に以下の4つのことが原因のようです。

そのため、以下の4つを気をつけることが、
夫婦円満の秘訣と言えそうです。

【結婚生活が破たんする原因】

①相手に求めすぎる
②相手を信頼しない
③相手をほめない
④礼儀を忘れる

①相手に求めすぎる

相手への期待と現実のギャップが
相手への失望や不満に発展するようです。

旦那や妻に対する期待が大きく、
相手に理想を求めすぎると、

期待と現実のギャップが生じ、ついつい、
「妻は、~であるべきじゃない?」
「夫は、~であって欲しいんだけど?」と
不満をもち、小言を言うことになりそうです。

そして小言を言っても、
相手は変わらないようです。

伴侶に注意されたくらいで変わるなら、
既に今までの人生のどこかで反省して、
変わっていることでしょう。

逆に、小言を言われた相手(妻や夫)は、
相手に対して不満やストレスを溜めていくだけ
ともなりそうです。

それは、愛が冷めていくことにも繋がりそうです。

つまり、小言が導く結果は、
変わらない相手にプラスして
「夫婦仲の悪化」なのかもしれません。

相手に小言を言い続ければ
相手は変わらず、嫌われ愛が冷めるだけ。

ですから小言は、100害あって一利なし
なのかもしれません。

小言を言えば、自分もイライラしますし、
相手もイライラするだけで、
何1つ変わらないのかもしれません。

「小言を言い続けていたら、いつか伴侶は
反省して変わるんじゃないか?」と思いがちですが、

小言を言い続けた先にあるのは
離婚か仮面夫婦なのかもしれません。

離婚する夫婦の原因の1つは、

「相手の小言や不平不満に
耐えられなくなったから」のようです。

小言を言わなくて済むように、
相手に対する期待を、
最初から下げておくのも良さそうですよね。

言い換えると、
「相手に幸せにしてもらおう!」と
期待するのではなく、

「相手を幸せにしてあげよう!」と
思うのも良さそうですよね。

さらに言い換えると、
自分の人生の幸せを過度・過剰なほどに、
相手に依存しないようにするのも
良さそうですよね。

相手に自分の幸せを依存すればするほど、
相手に対して「求めるもの」が
大きくなっていくようです。

依存しているのであれば、
自分の幸せは相手次第ですので、

自分が幸せになりたいから、
相手に対する要求が厳しくなる訳ですね。

人間は、生まれてくるときも独りで、
死ぬときも独りで死んでいくことになります。

確かに、相手の影響は大きいですが、それでも、
まずは自分が精進することで、

周りの人や環境は関係なく、
毎日をご機嫌に幸せに生きていける自分を確立し、

そのうえで、
人生を共に歩んでくれる伴侶に感謝しながら、

自分が伴侶を幸せにしていく!という姿勢で
生きていけるのも良さそうですよね。

そのような心のあり方でいれば、
相手に求める期待も低くなり、

小言を言う回数も
自然と減ることになりそうです。

②相手を信頼しない

相手を信頼しなければ、
ついつい携帯電話を勝手にチェックしたり、
過剰な束縛をしてしまったり
することになるかもしれません。

そして大人でも子供でも、
「自分は相手から
信用してもらえていない」と感じると、

自分のことを信用してくれていない
相手に対して不満をもつようになるようです。

妻に信用してもらえていない夫が
どうして妻のことを
「可愛いな」
「愛おしいな」
「大切な存在だ!」と感じるでしょうか。

その逆の同じです。

一度でも信頼関係が崩れると、
その後の修復は、困難をきたす場合もあるようです。

ですから、疑われるようなことを、
一度でもしないことが大切ですよね。

そして、相手を疑わないことが大切。
疑い始めると、それは離婚や仮面夫婦への
第一歩となってしまうのかもしれません。

また私達は、
自分のことを信頼してくれる相手に対して、
信頼感を感じるようになり、

自分のことを
信用してくれない相手に対しては、

同じく自分も
相手を信用しない傾向にあるようです。

つまり「相手を信頼することは、
相手からも信頼されることに繋がる」とも言えるし、

「相手を信用しないことは、
相手からも信用されないことに繋がる」
とも言えそうです。

ですから、相手から無条件にて
絶対的に信頼されたい場合は、

まずは自分から、相手のことを
無条件にて絶対的に信頼する!

そうすることも、大切となってきそうです。

③相手をほめない

私達人間にとって、
食欲や性欲も大きな欲求ではありますが、

それと同じくらい

「認められたい!」
「褒められたい!」という承認欲求も
大きな欲求のようです。

多かれ少なかれ、
相手から認められたい、喜ばれる自分でありたい。

そう願いながら、
毎日頑張っているわけです。

だからこそ、頑張っている自分のことを、
相手から認められたいのです。ホメられたいのです。

その頑張りに対して
「自分のために、いつもありがとう。」と
相手から言ってもらいたいのです。

だからこそ、相手から認められたり、
ホメられたりされなければ

心が満たされず不満が蓄積されていき、
小言や喧嘩が増え、夫婦仲が悪化するかもしれません。

相手をホメ、
「自分のために、いつもありがとう。」と感謝すれば、
その一言を言ってもらえただけで、

相手も、日々頑張っている苦労も報われた気がして、
「あなたのためにもっと頑張ろう!と思えるようになり、

不満もストレスも溜まらずに、
夫婦円満の生活が送れることになりそうです。

小言を言いたくなったら、
相手の悪い面ではなく、素敵な面を探し、

素敵な面をホメたり感謝するのが、
夫婦円満のコツ/秘訣とも言えそうです。

④礼儀を忘れる

「親しい仲にも礼儀あり」の諺のとおり、
親しい仲にも礼儀が必要なのかもしれません。

妻や夫、子供は、己の所有物では
ないのかもしれません。

ですからたとえ家族だとしても、
相手のことを一人の人間として捉え、

礼儀をもって、
大切に接する必要があるのかもしれません。

夫婦間では、相手のことを
「空気みたいな存在」と表す場合もありますが、

「空気みたいな存在」だからと言って、
礼儀を忘れ、言いたい放題、やりたい放題、

お互いが自分勝手に振舞うようになれば、
お互いが相手に不満をもち始め、
小言や夫婦喧嘩が増えることにもなりそうです。

また、礼儀を忘れると、
軽はずみで相手のプライバシーも
簡単に侵害してしまったりもしそうです。

たとえ夫婦だとしても、相手から簡単に
踏み込んでもらいたくない心の領域に、
礼儀なく踏み込まれてたことで、
嫌悪感を抱くこともありそうです。

たとえ夫婦間だとしても、相手を尊重し、
感謝する礼儀を忘れずにしたいものですよね。

付き合っている時は、
性格面の不一致がなかったから、もしくは、
気にならなかったから結婚を決めたのに

離婚原因で「性格の不一致」が多いのは、
どうしてでしょうか。

その理由は様々でしょうが、
1つは「結婚前は礼儀があったから」
なのかもしれません。

他人であれば、接する時に、
最低限の「思いやり/気遣い/礼儀」を意識しますが、

夫婦となると「思いやり/気遣い/礼儀」を忘れ、
「言わなければ良いような発言」
「思っても、口に出すべきではない発言」

「表現方法を柔らかくすべきなのに、
直接的に言ってしまう発言」

「言うタイミングを考えず、
思ったことをすぐ口に出す」などを
ついついしてしまい

そのせいで、互いにイライラし合い、
傷つけ合うことになってしまう場合も
あるのかもしれません。

子供も、相手も、
自分の所有物ではないのかもしれません。

伴侶は、自分の側にいて下さる、
尊敬すべき、敬意をもって接すべき一人の人間であり、
ありがたい存在なのかもしれません。

人生は、お金であろうと、伴侶であろうと、
仕事であろうと、人との出会いであろうと
人生の全てを感謝しつつ

ありのまま享受し、心の中では何も所有せず
自由でいなさい。
自然体でいなさい。

「自分にとっての幸せ」を大切にしなさい。
幸せな人生を生きなさい。

そういうことなのかもしれません。


▲ http://xn--zbsx4fes9d1lf.net

「夫婦なら誰でも喧嘩をする」といっても、
それが原因で離婚に至ってしまうのでは
元も子もありません。

かりに夫婦喧嘩をしたとしても、そこから
別居や離婚といった悪い展開を回避するために
「夫婦の境界線」としての
夫婦間の暗黙のルールを紹介していきます。

夫婦の喧嘩にも
ルールあり


よく「子供の喧嘩にはルールが必要」といいますが、
実は夫婦の喧嘩にもルールはあります。

夫婦の喧嘩で「忘れてはいけないルール」は
次のようなものです。

相手の人格を
攻撃してはならない


夫婦喧嘩で相手がしてしまったことを
責めるのは仕方ありませんが、
相手の人格そのものを攻撃するのはルール違反です。

相手の身内の
悪口を言わない


配偶者そのものを責めるのは
構わないというわけではありませんが、

それ以上にタブーなのは、
相手の両親や兄弟、姉妹などの
悪口を言うことです。

口喧嘩の勢いで
相手の身内を攻撃するのは止めましょう。

黙り込まない
逃げない


相手の勢いに負けて黙り込んでしまう、
喧嘩に耐えられなくなって逃げるという
気持ちはよく理解できます。

しかし、それをやってしまうと
夫婦仲が冷え込んで危機的な状況を
招いてしまいます。

決定的な言葉を
言ってはいけない


夫婦であれば
相手に致命傷を与えるような
「決定的な言葉」が何なのかは
分かっているはずです。

それがどんな言葉であれ、
夫婦喧嘩の勢いで口にしてはいけません。

それを言ってしまうと
すべてが終わる可能性があるからです。

カッときて感情的になっても
相手は世界に一人しかいない
すごく大切な存在です。

そのことさえ忘れないようにしていれば、
越えてはいけない境界線は
自ずと見えてくるハズですね。


▲ http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

どうすれば
相手に依存しない
生き方ができますか?


家族・恋人・職場の人…など、
相手にイライラするのは

その人に依存しているからだと
本に書いてありました。

私は神経質ですぐイライラします。
根に持ちますし、いつまでも
そのことを考えてしまいます。

依存しないとは、どういうことなのですか?
相手に興味を持たないということですか?
一定の距離を置くということですか?

分かり合えなくても
他人だから仕方ないと割り切ることですか?

もしそうだった場合、
すぐその考えにシフトするのは難しいです。

どういったことから始めればいいですか?

どなたかアドバイスを下さい。
よろしくお願いします。



「自分のことは自分で考える」
ということではないでしょうか?

そして、「結果に責任を取る」
ということです。

結果が良くても悪くても
人のせいにせず、ちゃんと自分で責任を取る
ということだと考えます。

他人のプライバシーを
尊重することも大切でしょうね。

一言で表現するなら、
お互いに「自立」した関係だと
いうことではないでしょうか?

「割り切る」という言葉は
少し適切ではないように感じます。

「自立」が難しい時は、
「離れる」ということも
効果的なのではないでしょうか?

そうですね。

「相談する」ということが、
責任転嫁にならなければいいとは思いますが、
たぶんそうなっているのではありませんかね?

「相談もできないような状況」に
自分を置いてみるということも
必要かもしれませんよ。

私は、そうやって
自分を追い込むことで、
自立したように考えています。

自立はしてみると、
なかなか心地よいものではあります (*^^)v


▲ http://matome.naver.jp

つらいことから
逃げるから「依存」する


誰かに依存してしまう原因として、
辛いことから逃げている
=辛いことと向き合っていない
ということが考えられます。

依存は「つらいこと」から少しでも
気をそらすために、安心できる人に
心身を委ねようとすることからはじまります。

そこで得た安堵感に喜びを感じると、
脳内ではその喜びに対して抑制する作用が働き、
以前に感じた安堵感では満足できなくなります。

そして「もっと強い安心がほしい」と、
さらに依存をエスカレートさせ、

安心を得るために他人を
コントロールしようとさえしてしまいます。

依存は、相手への『執着』であり
『愛情』ではありません。

依存すると
ストレスが溜まりやすい


依存してしまうと、
相手にああして欲しい、
こうして欲しいというニーズが強くなります。

ニーズが強くなる一方、
相手がそれに答えてくれないと、
なんで答えてくれないの?と
イライラしたり、ストレスになってしまいます。

「依存」というのは
とてもイヤな感情を引き起こします。

不安、恐れ、惨め、寂しさ、
自己嫌悪、執着、喪失感等々。

パートナーシップの場合だと、
相手に自分の面倒をみてもらおう、
救ってもらおう、
満たしてもらおうとするわけです。

そして相手に対して、
ああしてほしい
こうして欲しいというニーズが強くでてきます。

相手がその欲求どおり
満たしてくれる時はいいのですが、

ニーズが強いときは
そのとおりしてくれないと
不満を感じるんですね。

依存的になっている時は
ストレスを感じやすいわけです。

他者に依存しない方法

①依存している自分を認める

その行為を、もはや楽しみのためではなく、
「そうしていないと不安だから」という理由で
行うようになってしまえば、それは依存症。

依存症を治す第一歩は、まずはっきりと
「依存している自分」を自覚し、

「いくら依存を深めても、
絶対に不安は解消されない」という
事実を認識すること

②自分に自信を持つ

「自信」とは
「自分で自分を頼りにすることができること」、
「自分の命を自分に預けられること」

自分で自分を頼れるからこそ、
自分のすることに不安を持つことがない、

あるいは

不安があってもそれを乗り越えて
進むことができるのだと思います。

③趣味を見つける

打ち込むものを持っていることで、
気持ちが分散されます。

夢中になれるものを探すといいです。
趣味や習い事などは

時間をかければかけるほど
上達し知識も増えていきますから、
自分にとっても喜びになります。

④相手に合わせすぎない

もともと入っていた予定もキャンセルして
相手との予定を最優先していませんか?

その行動が自分と相手以外の
他の世界を遮断してしまうことになります。

周りとの関係を遮断してしまうと、
自分や彼を客観的に見る場を失ってしまいます。

⑤相手の気持ちを確認し尊重する

「自分の都合だけではなく、
相手の人生を優先する」という気持ちを
持って接するだけで、

依存的な押しつけからは
卒業することができます。

依存的な人は、相手の都合や
相手の気持ちなどを考えず、
「私がしたいからする」と考えがちです。

しかし、

「私が話したいから話す」
「私が心細いからかまってほしい」
「私が寂しいから一緒にいてほしい」…

といった行動を取ってしまうと、
「相手の気持ちを考えずに
押しつけてくる人だ」と敬遠されてしまいます。

相手に何かお願いしたいときは、
相手の都合や気持ちを確認して、

了承を得てから行動することを
意識してみてください。

「いま大丈夫?」という一言や、
「あなたはどう思っている?」という
ちょっとした質問だけでもOKです。

⑥相手に「与えること」を意識する


自分が思っている以上に、相手の態度次第で、
自分の態度が決まっていることも、
多いのかもしれません。

例えば、「彼にもっとやさしい言葉を
かけてもらいたいな」と思っている時には、

自分の方から彼にやさしい言葉を
かけてあげたりといったように、

「こうしてもらいたい」と思っていることを
相手にしてあげるということに
チャレンジしていきましょう。

実際にそれができると、
それだけでも自分に自信が持てますし、

与える喜びや与えることの難しさなどの、
新たな発見を手にすることができるでしょう。

⑦あなたの人生は「あなた」がつくる

「誰かにやってほしい」
「こんなふうにならないかな」
「どうしてしてくれないの?」

これらすべてが
「自分の力で生きるのではなく、
相手の行動によって生かされる」という状態、

つまり、自分を放棄している状態です。

依存的になってしまう人は、
自分の人生の責任を自分で持つというよりも、

他人に何とかしてもらいたいと考え、
自分の人生に対して積極性を欠いてしまっています。

まずは
「私は私の人生を自分で生きる」
「私は私の人生を自分でつくっていく」といように、
強い意志を持ってみてください。

そして、そこに軸を置きながら、
自分が歩みたい方向へと
自分の足でまずは歩むようにしてみましょう。

------

誰かに頼らなければ
生きていけない人生をまだ続けますか?

周りに左右されず、あなたらしく生きることで、
あなたの人生がきっともっと輝くはずです。



感謝して生きることの
本当の意味


自分が置かれている現状や
関わる相手に対して

「ああ、有難いなぁ…」
感謝して生きる。

そんなことを言われても、
どこかの高僧の説法みたいで、
私はなんかピンと来ていませんでした。

けれどもやっと
私のなかで合点出来たのです。



現状や相手に感謝するというのは、
そうした対象への期待値やハードルを
引き下げるための「思考のスイッチ」だったのです。

たとえば、毎日食事を作ってくれる妻に対して、
「そんなの奥さんだから当たり前!」
思い込んでいるから、

「こんなおかず嫌い!」なんて
罰当たりな愚痴を言ってしまいます。

ではどうすれば、
相手に感謝できるのかと言えば、

相手が自分にしてくれていることを
毎日してあげる側に回ってみることです。

どれだけ有り難いことを
自分はしてもらっていたのか

その事に気づけたら、
「いつもありがとう🎵おいしいよ
「お茶碗は、あとで俺が洗うからね

ぐらいの優しい言葉が
口をついて出ないと人間ではありません。

畜生です。

振り返れば、私は妻に対して
「畜生」まがいのふるまいを
たくさんしてきたのかも知れません。

本日のブログの締めを書く今、
そんな大事なことに気づけました。

神様とこの記事を読んでくださっている
あなたに感謝致します。

ありがとうございます。
とても良いことに気付けました。

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コメント
おはようございます。ブタローさん。
また一週間が始まりましたね。週末までにやっておかなけらばならないことで、私とても、忙しさを感じる週です。
でもそれを喜びとして、わくわくとした心で過ごしたいと思います。

今はもう夫婦というより、家族。お世話し、健康を維持させ
ぼけない工夫をしてあげて、楽しく過ごせるように考えてあげること。もう言い争いをすることもありません。
時々私の愚痴はだまってきいてくれます、それをありがたいと、彼の私へのやさしさはそこだけかな。

いつもありがとう、おいしいよなんて、言ってもらったことないし、本当はそう言ってもらったらどんなにうれしいだろうと思いますけど、もう要求もしません。
お茶椀はあとで洗っとくからね・・・なんて夢の夢。

それでも平穏に暮らしていますので、現状でいいのです。
私の時間を取られて、いらいらすることもないし、極めていい時間を過ごしていると思っています。

ブタローさんはこれだけ勉強していらっしゃるから、奥様は幸せですね。たとえ実行できなくても、もうこんなことを書いただけでも、素晴らしいことです。だって、心の中にこんな思いがあふれているのですから。最高です。

これまでも、いろいろとありましたが、終始自分の人生を自分で生きてきたとおもっています。(生かされてきたとも言えますが)たとえ家族により、その方向転換をしなければならないときでも、また、転換した先で自分の新しい生き方を見つけ、それに向かって、いそいそとわくわくと暮らしてきたように思います。
だから、死ぬときは満足して、「ああ楽しかった」と言って棺桶にはいれるでしょう。


ローズコーンdot 2015.12.14 06:38 | 編集
コトタマ学
井上dot 2015.12.15 18:44 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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