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いつも「お気楽」であるコツ

 

私の職場の後輩F君(56歳)は、
仕事面では頼りになるベテランですが、

気分の浮沈みが激しくて、
楽しい出来事に反応して
気分が明るくなるのなら良いのですが、

気分が落ち込むことの方が多く、
突然ショボンとしていたり
自己嫌悪の愚痴を言い出したりします。

「おいF君、ここ変じゃない?」と
仕事上の確認をしただけなのに、

ひどく落ち込んでしまったり、
プンプン怒りだす場合もたまにあります。
典型的な「プチうつ」の症状です。

こんど飲みに誘って
ゆっくり話を聞いてみたいと
思っています。

本日のブログテーマは
プチうつの話ではなく、
「お気楽に生きる」です。

「お気楽に生きる」とは
楽しいことをするという
狭い範囲ではなく

自分の「今」を愉しむための
考え方やコツについてです。

本日はその第1ページです。


▲ http://karapaia.livedoor.biz

「人生は複雑じゃない」
「私たちの方が複雑なのだ」

「人生はシンプルで、
シンプルなことが正しいことなんだ」

これはオスカー・ワイルドの言葉である。

若いときの方が、人生はもっと
簡単だと思えることはないだろうか?

でも本当は、人生はいつだって
簡単なのだし、いつでも簡単になれるのに、

それがどこかで違ってしまうのは、
年をとるにつれ、自ら物事を
複雑にしてしまっているからだ。

若いころは、
世の中に希望をもって見ていた。

自分の欲しいものがはっきりしていて、
それほど偏見もなかった。

笑顔の人を好きになり、
しかめっ面の人は避け、

腹が減れば食べ、
喉が渇けば飲み、
疲れたら眠る。
いたって簡単だ。

私たちは年をとるにつれ、
次第に外界のネガティブな影響に
迷わされていき、

あるとき自分の本能にためらいを感じ、
疑問を持ち始める。

そして、新たな障害や苦しみが生じると、
すぐにつまずいて失敗してしまう。

こういうことが何度か起こると、
最終的には、失敗の問題を解決せずに、
すべてを避けようとする。

その結果、何かに依存し、
つらいことを感じないようにして

空虚な気持ちを埋めようとしたり、
わざと夜遅くまで残業して、

家庭内の問題を
未解決のまま放っておいたり、

悪意を抱いて心理戦を仕掛け、
他人や自分をだまして
出世しようとしたりする。

それがうまくいかないと、
身分不相応な暮らしをするようになり、

嘘に嘘を塗り重ね、
気分をハイにするためだけに
暴飲暴食して現実逃避する。

そうこうしているうちに、
ますます人生が辛くなり、

本当の自分や
自分にとって本当に必要なものと
離れていくことになる。

少しでも思い当たるふしがある人の為に、
海外サイトにて、

自分の人生を必要以上に
難しくしている例と、

物事をもっと簡単にするための
解決法が特集されていたので
見ていくことにしよう。



他人の答えを当てにする。

人生の大半、特に始まりで、
わたしたちはなにをするべきか、

どう考えるか、
よく見られるためにどうするか、

成功とはということを吹き込まれる。
そんなことは、これ以上
受け入れる必要はない。

自分で考え、
自分の声に耳を傾け、

型を破ること。

他人があなたに望むことに
従うのをやめ、

自分の直観に素直になれば、
探しているものは必ず見つかる。

自分の人生を
正直に生きることに
罪の意識を感じている


誰かを傷つけない限り、
自分のやり方で自分の人生を
生きればいい。

誰かのために生きようと、
他人の期待に応えようとしたり、
感心してもらおうとしたりすることもあるが、

ちょっとだけ立ち止まって考えて欲しい。
自分は本当にそれを
信じてやっているのだろうかと。

自分の本当の目的を思い出して欲しい。
自分のために生きて、行動して、
愛すれば、幸せになれる。

他人との関係は一瞬かもしれないが、
あなたは残りの人生を
最後まで自分と共に生きていくのだから。

毒をもつ人に
自分を牛耳らせてしまう


害を及ぼす人を自分の人生から
排除することをためらってはいけない。

親戚でも、恋愛の対象でも、
同僚でも、子供時代の友人でも、
知り合ったばかりの人でも関係ない。

あなたに苦しみを与え、
卑屈な思いを抱かせる人に
つけ入るすきを与えてはいけない。

思い当たるふしがあるなら、
そんな状況を変えるよう
努力をすること。

あなたの感情を考えずに、
境界線を無視して入り込んできて、
害を与えるような相手は

誰であろうと
排除しなくてはならない。

自分がドラマの
一部になっている


ドラマやゴシップ、誹謗中傷の世界から
抜け出すこと出来れば、どんなに人生が違うだろう。

今日という日を
相手の良い面を探す日にしよう。

あなたを支えてくれない人のことなど
無視していい。とても簡単なことだ。

負の要素やそれを生み出す人から
距離をおけば、思いがけないことが起こる。

ドラマにとらわれてはいけない。
自分の足で歩み続けるのだ。

ネガティブな意識を
他人の行動のせいにする


別の車に割り込みされた。
友人がメールを返信してこない。
ランチに誘われない。

誰にでも日々ムカつく理由は
いろいろある。

でもどうしてそんなに怒っているのか? 

ネガティブな意識を
他人のなんの気なしの行動のせいにして
いないだろうか? 

些細なことを、平手打ちされたように、
自分への侮辱ととっていないだろうか。

そんな風に考えてはいけない。
自分の不愉快な気分を
人のせいにしてはいけない。

今日という日を、
会った相手のいいところを
探す日にしようではないか。

あらゆる人と
張り合おうとする


すべての人と競争しようとしたら大変だ。

そうではなく、
かつての自分と張り合ってみよう。
もっと向上できる。簡単なことだ。

あまりに
受け身になりすぎる


ボランティアなど、他人のために
なにかをするのに熱中するのは、
ストレスや喪失感と折り合うひとつの方法だ。

そんなに大きなことをする必要はない。
自分の生活の中でできる範囲のことで十分だ。

世の中には、与える人と受ける人の
2種類のタイプがあるが、
実は与える人のほうが幸せなのだ。

受けるだけの人は、それが自分にとって
なんの意味があるのか疑問に思い始め、
却って惨めな気持ちになるものだ。

手抜きしてばかりで、
安易な道に進みすぎる


楽なことではなく、正しいことをしよう。
ほかの誰も知られなくても、
正しいことをしよう。

本当は自分でもわかっているはずだ。
どうすることが自分にとって
正しくて何が間違っているかを。

現在以外の時点を
気にしすぎる


昨日のことはもう変えられないが、
明日のことに心を砕いて、
今日を変えることはできる。

現在に腰を据えれば、
明日のあるべき姿勢がはっきりと
見えてくる。

昨日がそうであったように。

自分の過ちに
こだわりすぎる


犯した過ちを大目にみることは
時には大切なことだ。

失敗から学び、前へ進んで
いかなくてならないから。

今日の自分と結託して、
昨日の自分に縛られないようにしよう。

成功した幸せな人生とは結局、
まったく問題のない人生ではなく、

問題を乗り越えて
立ち上がることのできる人生なのだ。

人生で白か黒かを
決めつけすぎる


完璧な成功もない代わりに、
完全な失敗もない。

だから、物事に全部かゼロか、
成功か失敗かといった
両極端なレッテルを
貼るのはむだなことだ。

そこにあるのは、
無限の可能性と
チャンスでいっぱいの
不完全な瞬間の連続。

両極端の間のグレイゾーンを評価し、
成功や失敗にあまり固執しないことだ。

人生はいつも
ハッピーであるべきと
思いたがる

世間とは、苦しみや悲観や敗北を
必ず経験する難しい場所。

こうした経験は、確かにあなたの幸せを
大きく崩してしまう。

でも、希望を失うことはない。

中国の哲学、
陰と陽について考えてみよう。

これは互いに
つながっている相反する力のこと。

苦しんでいるとき、
みなぎる力を感じ、

打ちひしがれているとき、
跳ね返す力を感じ、

敗北したとき、
人生への新たな感謝を感じる。

人生には常に光と影があるもの。
このふたつは互いに依存し、
互いに結びついている。

どちらか一方だけを
完全に排除することはできないのだ。

最悪のケースの
シナリオばかり考える


必要もないのに、
起こりそうもないことを
あれこれ悩むことはある。

喉が痛いだけなのに、
命が危険だと思ったり、

運転免許証をなくしたら、
悪者に盗まれたと思い込んだりする。

しかし、悲観的な考えは、
さらに不愉快な感情を生むだけ。

幸せを求める心の葛藤ではあるが、
それはあなたを岸から遠ざけ、
水底に引きずり込む。

つまりは、世の中を
疑いと絶望のレンズを通して見るか、
希望と興奮のレンズを通して見るか
どちらを選ぶかはあなた次第
だ。

いずれにしても、いつかは
同じ目的地に到着する。

問題は眉をひそめて到着したいか、
笑顔で到着したいかの違いだ。

喪失感に苛まれる

幸せになるために、
懸命に取り組まなくてはいけないこともある。

人生のハードルをクリアするには、
前向きな心構えでいるだけでは
難しいこともある。

誰かを許さなくてはならないのか?
壊れた関係を忘れる必要はあるだろうか?

愛する人の死と折り合いを
つけなくてはいけないのだろうか?

人生はたくさんの喪失であふれている。

でもある意味、真の幸せは
喪失なしではありえない。

失うものがあるからこそ、
良かった頃に感謝することができ、
成長できる。

光を見つけようとあがいているなら、
あなたはひとりではない。

理解してくれる人を見つけて、
話しかけてみよう。

支えを求めて手を伸ばしてみよう。
喪失感に苛まれてはいけない。

真実に
向き合うのを避ける


いくら無視しようとしても、
真実は変わらない。

真実を避けていては、
平和は訪れない。

非情な真実を癒すために、
あえて真実を感じとること。

恐怖や弱さを真ん中にもってきて、
スポットライト当てて
しっかり目に焼きつける。

克服するにはこの方法しかない。

真実に向き合う痛みは、
長い目で見れば必ず価値があることだから。

決断を先延ばしにする

悪い決断は、
なにも決断しないよりまし。

優柔不断な態度は、
悪い決断から良い決断が
生まれることを学ぶのが遅れるだけ。

最後はたいてい、
決心するのを先延ばしにして、

チャンスをつかみ損ねたことを
後悔することになる。

------------------

最後に

自分でわざわざ人生を
難しくしてしまってはいないだろうか? 

物事を簡単にするために、
さて今日はなにをしただろうか?


▲ http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp

誰しも多かれ少なかれ、
傷付いたり悲しくなったり、
悩んだり考え込んだり、

そんな苦境を味わった事は
あるでしょう。

けれど、災難ばかりを経験して、
良い事はひとつも起きない人などいません。

おそらく、災難つまりつらく苦しい事は、
今生きている全ての人間に、
同じ割合で与えられているのだと思います。

それでは、何故
苦しみを乗り越えて進んでいける人、
苦しみに囚われて身動きが取れなくなる人、
といった「違い」が生じるのでしょうか。

それは、その「災難」をどう捉えるか、
その「重み」なのだと思います。

「私は毎日がつらくて苦しくて仕方がない」

そう思っている限りは、
「幸運」に気付けずに通り過ぎ、
「幸福」にも気づく事が出来ません。

夕日の美しさ、
道端に咲く可愛い花、
夜風の気持ち良さ、
食事を「美味しい」と思って食べる事、
大切な存在が居る事・・・etc.

これらは、多くの人が「当たり前」と認識し、
その有難みに気付けずに、

忙しい心を胸に、
日々を生きているのかもしれません。

ところが、もしこれら「当たり前」の物事が、
全く無くなるとしたら、どうでしょう。

明日からは日が昇る事も、
沈む事も永遠に無くなり、

大切な存在が
目の前から消え失せるとしたら、

私達は暗闇の中で、
独り日々を生きていかなくてはなりません。
それこそが「不幸」なのだと思います。

そして、その時になって初めて、
「恵まれていた自分」に気付かされる
のではないでしょうか。

少しでも、
「後ろ向きな生き方を止めて前向きに生きたい」
「今の自分を良い方向へと変えたい」

あなたがそう思うならば、以下に述べていく
「心を軽くする」
「楽な気持ちで生きる」ための方法を、
ぜひ実践してみて欲しいと思います。

短所から長所を見出す

「長所」と「短所」は、
いつの時も背中合わせです。

つまり、「自分には短所しかない」と
思い込んでいる人は、
物事の裏面しか見ていないという事です。

裏を返すと、
「長所」を発見することが
出来るのかもしれないのに、

裏返しすら諦めているのです。
それこそ「宝の持ち腐れ」と言えるでしょう。

例えば、

「何年レッスンを受けても、バレエが上達しない」
「周りにもからかわれる。つらい。もう止めたい」
「私なんか、きっと何をやってもダメなんだ」

そう自信を失くし、
自分を責めている人がいるとします。

けれど、それは裏を返せば
「辛抱強く、忍耐力と継続力がある」という
長所があるという事です。

また、「短気な自分が嫌い」と
嘆く人がいるとします。

けれども、それも裏を返せば
「決断するのが早い」という
立派な長所になります。

何故この人達は、
この素晴らしい長所に
気付けないのでしょうか。

それは、この人は「成果を出す事」に固執し、
周りと自分を比べては自信を失くし、

プレッシャーから
「焦り」が生み出されている
からなのかもしれません。

この様な時には、
一度心を落ち着かせ、

自分のしている事を
別の視点から眺めてみると良いでしょう。

自分を客観視する事は難しい事ですが、
自分の行いの結果を客観視する事は、
さほど難しくはありません。

それは、自分自身
=自分の心と身体ではないからです。

自分は鏡に映して見ることしか出来ません。
哲学的に言うと、それが真の姿かどうかは
分からないのです。

鏡に映る自分と、
自分以外の人の目に映る自分が
同じかは誰にも分からないからです。

けれど、行った結果は
目で見れなくても、実態として
理解する事は出来るでしょう。

長所を伸ばす

「短所を治したい」
「苦手な事を克服したい」
という言葉をよく耳にしますが、

それを成し遂げるには、
想像以上の多大な努力が必要とされます。

人間の得意・不得意、性格・人格は、
児童期の頃にほぼ出来上がります。

それを変える=短所を治す・苦手分野を克服する
という事は、今までの自分から変身する
という事であり、はっきり言って一苦労です。

けれども、

持って生まれたものを
もっと「いいもの」に変えるのは簡単です。

なぜなら、それは既に身に付けているものを、
ほんの少し磨いてあげればいいだけだからです。

特に、「特技」なのであれば事は早いです。
元々得意なのですから、磨く事に取り組むのに、
おそらくはほぼ苦痛を要しませんし、
成果も早く表れ易いと思います。

ダイヤモンドは、原石のままでは輝きません。
しっかりと磨き上げることで、
素晴らしく光り輝くのです。

また、ダイヤモンドを「石ころ」と
思い込んで磨かなければ、本当に「石ころ」同然です。

それと同じで、

自分自身を否定し、過小評価をし続けていると、
せっかくの「原石」を磨く事も出来ない、

もしくは、
その存在にすら気付く事が出来ません。

人間は皆、必ず
「原石」を持って産まれてきます。

「私なんかこんなにブスだし・・
きっと、恋愛も結婚も出来ないんだろうな」

「俺なんか、勉強もスポーツも
大して出来ないから、ダメ人間なんだ」

そう思い込む事は、
ダイヤモンドを「石ころ」と
思い込んでいる事と同じ事です。

誰しも短所を持っています。
自分の短所ばかり眺め、自分で自分を
否定し続けていると、

おそらくほとんどの人が
自分自身をまるで「石ころ」のように思い、
落ち込むことでしょう。

『暗示効果』

つまり、
「自己暗示」=自分で思い込んでいる事が、
事実とは関係なく真実であると
思い込む事が働くからです。

「お前なんかいらない」と
言われ続けて育った子供が、

自分が存在する事に
罪悪感を抱いてしまう事も
暗示効果による結果です。

マイナスに考える事が癖になっていると、
特にその様な状況に陥りやすく、

「私なんか」という言葉ばかりが心の中を制覇し、
「私だって」と立ち上がる事が出来ずに、
どんどん落ち込んでいきます。

その様な考え方を変えるのは
容易い事ではないでしょう。

けれど、はっきりしているのは、
他人には変えられないという事です。

あなた自身が、自分の力で
意識しなければ変わりません。

あなたの心は
あなたにしか分かりません。

その心を持つ事が出来るのも、
あなた自身に他なりません。

嫌な所が見えてきたからと、
すぐに落胆するのは止めましょう。

短所を見つけたのなら、悩まずに、
今度は自分の長所を探してみるのも、

マイナス思考のスパイラルに
ハマるのを防ぐのに効果的です。

もし、短所が10個見つかったのなら、
長所を20個、30個、40個・・・
思い付く限りあげてみましょう。

さらに、自分の長所を紙に書き出し、
自信が無くなる度にその紙を読んでみると、

意外な程に、
「なんだ、こんなにイイトコあるじゃん」
「大丈夫!何とかなるよ!」と

楽観的に物事を眺める事が
出来るようになって行くのです。

先の事を考えるのを
止める!


「明日は明日の風が吹く」という言葉の通り、
明日何が起きるのかなど、考えた所で
分かるはずがありません。

明日は、「今日」の段階では
まだ訪れていないからです。

また、それは明後日、
来週、来月、来年に関しても同様です。
このような話を、本で読んだ事があります。

100%起こり得る事は別ですが、
「もし、ああなったら・・・」
「もし、こんな事になってしまったら・・・」と、

起こるかも分からない事まで
心配していたら、脳も神経も疲れ果てます。

その様な場合、考えるのを止めるのがベストなのですが、
日々この様な悩みばかりを考えている人は、
もはや「被害妄想の達人」なのです。

実際、過労死で亡くなる人は、
仕事そのものよりも、

仕事に対する不安などの
精神的な疲労が原因で
死に至る割合が多いそうです。

これでは、
「見えない敵に怯えている」のと同じ事です。

どうすれば不安や恐怖心に駆られずに
日々を生きれるのか、私自身が実践し、
効果があった事を述べようと思います。

まず、「不安に思う事」を
紙に書き出してみるのです。

そして、それを眺めてみます。
その時、貴方はどう思うでしょうか。

「何だ、こんなことか」と思えたなら、
あなたは心が健康である証拠です。

けれども、もし

「やっぱり不安だな。怖いなぁ」と思ったなら、
自分自身と、こう約束してみて下さい。

「今日は考えずに過ごして寝て、
明日もう1度見てみよう」

もし、次の日になっても
不安で仕方ないのでしたら、
来週、再来週・・・と延ばしていきます。

すると、いつの間にか忘れていたり、
不安だった事が現実に起きたとしても、

「あの時から不安に思う必要はなかったな」
などと思うのです。

心配事は
一晩寝かせる


最初のこの意識は、
難しい事かも知れませんが、
非常に大切な意識です。

なぜなら、
人は何かを心配に思っている時には、
周囲の恵み、チャンス、幸福までをも
見過ごしてしまうからです。

失望感のどん底に落ちたときには、
人は人生を諦めたくなったりもします。

それでも、
踏ん張って生き抜いた後になれば、
大きな失敗や挫折が笑い話に
変わったりもするものです。

「何事も早まってはいけない」
「先の事を心配した所で、答えなどない」
これらの意識は薬よりもよく効きます。

1秒先ですら、何が起きるかは
「今」の段階では、誰にも分かりません。

要するに、先の事を心配する、
つまりマイナスな面を想像した所で、

現在を生きているあなたが、
未来の貴方を助けることは不可能であり、

未来があなたの想像通りなる事など
有り得ないのです。

最近では、占いが流行しているらしいですが、
未来が分かってしまったとしたら、

あなたの手の中から、
『希望』という2文字は消え失せます。

誰しも、「今」より後には
何が起きるか分からないからこそ
『希望』があるのです。

あなたの生きる道は、
貴方自身が切り開くもの。

他人に出来るはずも無く、
予測が付いてしまうのなら、
「生きる意味」などありません。

ただ、一つだけジンクスがあります。
実際やるかどうかは自分次第ですが、

どんな状況であれ、
「きっと、最高の笑顔を手にしてやる!」
と胸に誓う事です。

願い続ければ、きっと得られるでしょう。
そう信じ、日々を生きる事が出来たなら、
マイナスな考えばかりを考える時間は減るだろうし、

最高とまではいかなくても、
自然と笑える日が訪れると思います。

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きっと最高の笑顔を手にしてやる!

おはようございます。ブタローさん。
今朝の英語勉強の中で素敵な言葉を見つけましたので
使ってみます。
この単語は、福山雅治の結婚をつたえるニュースの時使われた言葉です。
A jamanese heartthrob has stanned female fans across Asia by snnouncing his surprise marriage.

この中に使われている heartthrob が気に入りましたので、私も使ってみました。

I have s heratthrob man who writer of spiritual on blog evry morning.

この気持ちは、認知や学習機能を向上させる神経成長因子の分泌が促進されると・・・・
ありがたい効能です。

昨日は正直言って、読み返しができませんでした。マイナンバー用の写真を作ったり、年賀状を書き上げたりしましたので、お許しください。今日はゆとりがあるでしょう。今度はぜひ読みなおします。

今日のブログ記事で心に残った不レースは
”真の幸せは喪失なしではありえない”
”きっと最高の笑顔を手にしてやる。”でした。
すみません短くて。

プロフィール

ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
シニア初心者の
悩める求道ブログです。
当サイトはリンクフリー、
転載フリーです。
相互リンクも大歓迎♪

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