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2015
12.25

しなやかに強く生きるコツ

 

最近、私がたまに利用する
和風スナックのホステスさんに
「めぐみ」さん(36歳)という女性がいます。

彼女は今年7月に
協議離婚をしたそうです。

女遊びが激しく、家庭への愛情と甲斐性の足りない
元・旦那さんからの慰謝料は20万円ぽっきり。

小学2年生の娘と二人きりの
小さな暮らしを支えて行く為に

朝9時から昼3時までは、
近くのクリーニング店のパート店員

夜7時から深夜1時までは、
繁華街のスナックでホステスをして
家計を支えています。

「娘のためなら、なんてことないですぅ」と
そんな過酷な暮らしをもう4ヶ月も
続けているみたいです。

そんなめぐみさんは、驚くほどに明るく
柔らかな人あたりでファンを増やしています。

私も彼女を応援したくて
何人そのスナックを紹介したか
覚えていないくらいです。

私は生来、気が弱いところがあり、
鋼(はがね)のような強い心を持ちたいと

何十年も前から、心理学や精神世界の本を
読みあさってきました。

けれども、そんな世界には無頓着な
めぐみさんの方が、よほど強い心を持っています。

絶対に守りたいものがある人には
底知れぬ強さがあります。

少々のことでは折れない
「しなやかな強さ」があります。

本日のブログのテーマを
「しなやかに強く生きるコツ」と決めた時に
トップ画像として浮かんだのは「竹林」でした。

芯のある姿、そして
「しなる」ことのできる弾力さも
併せ持っている竹。

強くもしなやかであるその様は
凛としてとても美しいです。

しなやかに強く生きるためには
どういうことを心がけたら良いのか

検索した記事の中から
なるほどと思った記事を
転載してご紹介します。


▲ http://www.counselingservice.jp

折れない強さを手に入れる
柳のような柔軟さを手に入れる

自己承認や、自分を許すということは、
心の柔軟さという強さを作っていきます。

それは、ストレスを受けても
折れない強さです。
そんな強さを手に入れてみませんか?

鍛えて強くなる術

私たちは、子供から大人になる上で、
自立という成長の術を覚えていきます。

自立は、成長する過程で
とっても大切なこと!

上手にできないことを、
上手くできるようになろうと

弱点を克服しようとしたり、
落ちこんだり、へこんでしまう自分や、

弱音や、甘えがでる自分を
律するなどの術も覚えていきます。

そして少々のことでは落ち込まない強さや
弱音を吐きたいシーンでも頑張れる強さを
身につけていきます。

それは、鍛冶屋さんが、
柔らかい鉄を叩いて鍛えることによって、

丈夫な鋼を生み出す術と
似ていると感じがします。

鍛冶屋さんが、鉄を叩くシーンは、
テレビなんかで見たことがあるのでは
ないでしょうか?



あのハンマーで真っ赤になった鉄を
トン、テン、カンと叩くのは、
鍛造(たんぞう)と言うそうです。

鍛造とは、『鍛=きたえて』
物を『造=つくる』という意味だそうです。

それと同じように、
私たちは、自分を鍛えて、成長させていきます。
それは、とっても大切なことです。

ただし、鍛えすぎには要注意なんです!

鍛えすぎに要注意

鍛えて成長していくことは、
とっても良いことのはず!
なのに、なぜ、要注意かと言いますと、

トン、テン、カンと自分を叩いて
鍛えてばかりだと、

鍛えて強くするというよりも、
自分を責めすぎたり、自分を責めすぎて
自己嫌悪に陥る面が目立つように
なってくるからなんです。

つまり、叩きすぎちゃうんですね。

私たちは、自立をして成長していく上で、
自分を律して強くなっていきます。

そうすると、
自分のできていないところや、
劣っているところを見つけて、

その部分を治していこうとする方法を
身につけます。

それを続けていくうちに、
自分を律する傾向が強くなってくると、

自分のできていないところ、
劣っているところばかりを
見つけてしまようになります。

それは、癖のようなものになっていき、
自分のできているところや、
優れているところに目を向けず、
ついついできていないところ、
劣っているところなどの弱点を
見つけ出してしまいます。

学校の通信簿に例えるなら、
5段階評価で、

国語が3 算数が2 理科が4 
社会が3の通信簿をもらった時に、

得意な理科の4を5に
伸ばそうと発想せずに、

苦手な算数の2を3にしなければと、
つい意識が向いてしまう感じです。

良いところに心の目を向けず、
弱点を見つけ出そうと

あら探しばかりになってしまうと、
自ずと自己評価が低くなってしまいます。

また、自分を叩く癖がつくと、
自己嫌悪に陥りやすいという面も持ちます。

硬くて打たれてもへこまないような、
強さを求めるあまり、自分を叩きすぎて
しまうわけです。

鉄は硬いだけだと折れやすくなります。

たしかに、硬いと折れにくいのですが、
その硬さ以上の圧力が加わると、
ポッキリと折れてしまいます。

自分を叩いて、律して、
何事もはねのけるような強さを
身につけた時も、同じようなことが
言えると思います。

その強さは、落ち込まない、
へこまないというような、
硬い鋼のような強さです。

しかし、その硬さで
耐えられる強度以上のストレスが加わったり、

強く自分を責めすぎることがあると、
ポッキリと折れてしまうと思いませんか?

打たれてもへこまない自分を求めて、
自分を叩きすぎてしまっていれば、

今度は、叩くのを辞めていくことが
テーマとして求められます。

それは、次の強さを身につけていく為に
必要なことなのです。

折れない強さ

日本の刀鍛冶職人が作る「日本刀」は、
折れにくい優れた刀という評価があり、
日本が世界に誇れる技術だそうです。

なぜ日本刀は折れにくいかと言うと、
日本刀は柔らかい軟鉄が芯のほうにあり、
しなる性質を持っているからだそうです。

柳や竹などのしなるものって
折れにくいですよね。

強い力が加わっても、
しなって外からの圧力を
受けながすからなんです。

それって、すごい強さだと思いませんか?

私たちも同じで、折れずに、
しなるような強さを持つことができます。

それは、自分を律しすぎず、
今の自分を認めてあげることや、

できない自分を許してあげることで
身に付く強さです。

それができると、
ストレスに強い柔軟な心を
作っていくことができます。

柔軟さは、硬さとは、
また違うタイプの強さです。

この強さは、ストレスに対して、
ものすごい強さを持ちます。

自分を認めてあげる強さや、
自分を許す強さを持つことで、

落ち込んだり、へこんだり、
自信を失ったり、などに強くなります。

自立度が強いタイプの方は、
自分を律しすぎず、
今の自分を認めてあげることや、

できない自分を許してあげる柔軟さを
持つことは、自分が弱くなるような
イメージを持つ方も少なくありません。

しかし、それは逆で、
より精神的な強さを身につけられるんですね。

柳のように
しなる強さを手に入れる


自分を律しすぎている時、
自分を戒めすぎている時は、

今の自分を認めてあげる、
できない自分を許してみる、
今の自分を受け入れてみる勇気を
持とうと思ってみることが
大切なテーマになります。

自立度が強すぎているから、
自立度を緩めることがテーマになるんですね。

逆に、依存度が高い場合は、
時には自分を律して頑張ってみることが
テーマになります。

多くの大人は、自立をする方法で
頑張ってきていますから、

今の自分を認めてあげる、
できない自分を許してみる、
今の自分を受け入れてみるということが
テーマになることが多いです。

自分で自分の嫌っているところや、
戒めているところを、認めてあげる、
許してあげる、受け入れてあげると言うのは、
意外と難しいものだと思います。

難しいところから始めずに、
最初は自分が認めやすいような
自分の良い部分を見つけて、

自分を認めてあげるとか、
「まぁ、こんな部分があってもいいかぁー」
と軽く自分を許せるところから
取り組んでみたら良いかと思います。

スタートして、それを続けていくと徐々に、
自分を認めてあげたり、自分を許したり、
自分を受け入れることができるマインドが
育ってきます。

そのマインドが育ってくると、

自分で自分の嫌っているところや、
戒めているところを、認めてあげる、
許してあげる、受け入れてあげることが
できるようになっていきます。

そうなれていくと、
ストレスが加わっても、まるで、
柳がしなるかのように柔軟に
ストレスに対応できようになります。

それは、とても強い自分を
手に入れていることでしょう。

その強さを手に入れる為に、
スタートしやすいところから、

少しずつ自分を認め、許し、
受け入れてみることを始めてみませんか?


▲ http://sanmarie.me/note-13/

よく言われることですが、
「気が強い」と「心が強い」は違いますし、

「心が強いから、傷つかない」
というものでもありません。

失敗して落ち込んだり、
前向きになれない時、

人はよく
「もっと強くならなきゃダメだよ」
と言いますし、本人も

「もっと強くなりたい」
「強くなって、傷ついたり、動揺したり、
苦しみのない人生を送りたい」と
願ったりするものですが、

人間の心における『強さ』とは、
「Power」ではなく、
「accept」や「take」に近いと思います。

あなたは、「強い人」というと、
どんなキャラクターをイメージしますか?

嫌なことを言われても、
ズバっと言い返せる人?

理不尽なことを要求されても、
堂々とNoが言える人?

難しいことを請け負っても、
弱音を吐かず、最後までやり遂げる人?

見るからに
「負けない」「挫けない」「落ち込まない」、

いつも堂々として、
言いたいこともハッキリ口にする
タイプの人は強そうでいいなと思うでしょうね。

そして実際、
そういう人は「心が強い」のかもしれません。

でも、本当の「心の強さ」は、
負けないことや落ち込まないことでは
ないのだと思います。

その本質は、
自分にとって都合の悪いことも
「受け入れる力」のことです。

自分自身はもちろん、
周囲の人間、現在の立ち位置、
恋愛、仕事、人間関係…、

全てにおけるイヤなこと、
認めたくないこと、
価値観の違うこと、

モロモロのマイナス要因も
人生の現実として受け入れ、

噛み砕いてゆけるのが
本当の心の強さです。

たとえば、職場の人に
イヤなことを言われて傷ついた。

いつもビクビク、
おどおどしている自分を変えたい。
強くなりたい──。

そんな時、相手に
「そんなこと言わないで!」と反論すれば、
あなたは強い人間になれるでしょうか。

相手より仕事で抜き出て、
周囲にも称賛されるような人間になれば、
望む強さを手に入れられるでしょうか。

恐らく「強くなったような気がする」だけで、
本質的なものは変わらないと思います。

たとえ相手を言い負かし、
皆が仰ぎ見るような地位を手に入れたところで、

あなたは自分の脆さや繊細さを恐れ続け、
むしろそれを認めまいとして、

ますます根っこのグラグラした人間に
なってしまうのではないでしょうか。

それよりも、人の言葉に
過敏に反応してしまう自分自身を
受け入れましょう。

「こんなことで
ビクビクするようではいけない」

「もっと堂々とした強い人間になるべきだ」
という思い込みを捨てましょう。

ビクビクするからダメではなく、

「私にはこういう事でビクビクする部分がある」
「そして、こういう性質は、多分一生変わらない」

「だったら、私のビクビクと仲良く付き合おう」
「どうしてこういう事でビクビクするのかを
ちょっと考えてみよう」と、自分の弱い部分と
しっかり向き合うことです。

ビクビクするのはダメと思い込んでいると、
ビクビクする度に自分が嫌いになり、

それを攻撃する人間を憎み、
世の中みんなが自分のビクビクを
嘲笑っているような気分になるでしょう。

でも、ビクビクする部分も
自分という人間の一部分なんだ、

ビクビクすることが悪いんじゃなくて、
それを否定する気持ちが間違いなんだ

そう考えれば、ちょっと違ってきます。

ビクビクちゃんには、
ビクビクちゃんの生き方があり、
幸せがある。

ビクビクちゃんには、
ビクビクちゃんに適った人がいて、
そういう相手を探せばいい。

そんな風に気持ちを切り替えれば、
たとえ相手に対して強い態度に出られなくても、

自分自身に対して
気持ちがラクになるのではないかと思います。

「ビクビクするのはダメだ」
「ビクビクする自分に気付かれたくない」
「知られたらもっとイジメられる」
と思い込んでいると、

かえって周囲に対して攻撃的になったり、
過剰なガンバリズムに走ることがあります。

そして世間では、
それを「気の強い人」と言います。

「気の強い人」は、自分が負かされる前に
相手を負かそうとするので、
自分も周囲も疲れてしまうのです。

人が「強くなりたい」と願う時、
自分を傷つけたり、苦しめたりするものから
心を防御し、相手よりパワーで優位に立ちたいと
思い描いていることが少なくありません。

でも、本当の強さは、
自分を傷つけるものにさえ寛容で、
自分自身を恐れないものです。

イヤなことでも、認めたくないことでも、
受け入れられる器が大きいほど、
心の安定感は確かなものになってゆくのです。


▲ http://www.n-seiryo.ac.jp

腕に自信のある剣豪が修業の旅へ。

荒々しく、力強く、
ばったばったと強敵を打ち倒していく。

と、そんなある日、
いかにも弱々しそうな老人が登場。

ところがこの人、
剣豪を少しも恐れない、
ひょうひょうとしている。

えい!やあ!と、
老人に切りかかったところ、

ひょいと、真剣白羽取り~とか、
鍋のフタでポンと、かわされてしまった。

おお、この老人はすごく強いんだあ。

何かドラマでありそうな話。

主人公は自分を上回るすご腕と立ち向かい、
初めて恐怖を覚えたりするが、
師匠となった老人を通し、
本当の強さを身に付けていく。

弱いイヌほどよく吠えるなどと申しますが、
強がっている人ほど、心の底に
劣等感を抱えた弱い人だったりします。

酒に飲まれ、
ニコチン中毒になっている人ほど、

いつでもその気になれば、
酒もタバコもやめられるさ
なんて思っています。

AAという断酒会は、
まず自分が酒に負けてしまい、

自分だけの力では酒をやめられないと
自覚するところからスタートします。

自分の弱さを知ったとき、
酒をやめる強さを身に付け始めるのです。

無知の知という言葉がありますが、
弱さも同じかな。

自分の弱さを知ることが、
強さの始まりなのでしょう。

しかし弱さを自覚することは、
自信を失うことではありません。

心理学の研究によると、禁煙するときに、
どうせ自分は禁煙なんかできないだろうと
思ってしまうと、実際に禁煙に
失敗してしまうことがわかっています。

自分の弱さを知る。

しかし、だからといって
希望を失うのではなくて、だからこそ、
いたわりあい、愛し合い、助け合う。

弱さの中に強さがあることを知る。
自信をもって歩む。自分を知る。
そして肯定的に受け入れる。

これが、心理的に健康な人間です。

マザーテレサという
もう亡くなったおばあちゃん。

どう見ても
弱々しそうなおばあちゃんでしたが、

記録映画とかを見ると、
彼女の意志の強さには驚かされます。

恵まれた家庭で育ち、貧民街に飛び込み、
自分の無力さを知ります。

お前なんかに何ができる、
そんなことそしても無駄だ。

いろんな声が聞こえます。
それでも彼女は希望を失わず、
使命感をもって、目の前の一人を助けます。

有名になった後も、
彼女の思いは変わりませんでした。

目の前の一人を助ける。
それが、20世紀の奇跡を生み、
マザーの働きは世界に広がっていったのです。

「私は弱いときこそ強い。」聖書


▲ http://www.tjsaga.co.jp

メンタルクリニックである
当院の患者さんの中には、

病気になった原因を
「心が弱いから」「気持ちが弱いから」と
言われて傷付いている人が沢山います。

心や気持ちが弱いとは、
どういうことでしょうか。

多くの人が漠然と使っていて、
明確に定義できる人はいないと思います。

弱いとは、そもそも誰かと比べて
弱いということであり、誰と比べるのかも
はっきりしてません。

平均と比べるにしても、
心や気持ちの弱さの平均とは
どのぐらいなのか誰にも分かりません。

だから、気にする必要はないんです。
それでも、心や気持ちが弱いと言われてしまうと、
気にしてしまうのが人間なのかもしれません。

一方で、心や気持ちを
強くしたいと言う人も大勢います。

どの程度を強いというのか難しいのですが、
これは前向きな考えであり、
素晴らしいことだと思います。

でも、心や気持ちを強くしたいという時に
気を付けないといけないことがあります。

強くしたいと思っている時には、
自分の心や気持ちの弱さにばかり
注目してしまう場合もあります。

弱さにばかり注目してしまうと、
自分を責めてしまう危険性があります。

「こんなに自分は弱いから強くしたい」
「ここが弱いから強くしたい」などと
思ってしまうのです。

心や気持ちを強くしたいという向上心は
必要だと思います。

でも自分の弱さを責める自責感は
必要ないのです。

自責感のない向上心というのは、
実は非常に重要なことなのです。

私が思う心や気持ちの強さとは、
「しなやかな強さ」だと思います。

屈強に鍛え上げた強さではなく、
柳が風にそよぐように、

逆らわないで折れない強さが
必要なんだと思います。

硬く屈強に鍛え上げた心は、
ある程度まではビクともしませんが、
限界になるとポキッと折れてしまいます。

しかし、風にそよぐように
しなやかな強さを持っていると、
折れることも壊れることもないのです。

では、例えばどんな心が
しなやかな強さを持つ心なのでしょうか。

他人の意見に耳を貸し、
時には自分の意見を曲げてでも、
意固地にならない強さ。

疲れても疲れても
我慢ばかりしているのではなく、
疲れたら自分を守るために休める強さ。

弱い自分を人に見せることを
恥ずかしいと思うのではなく、
たまには愚痴も言い、自分の弱さを認める強さ。

人間とは不完全なものだから、
完璧を求め過ぎないという強さ。

どんなに苦しくても、自分を信じて、
自分を否定しない強さ。

これらの「心の強さ」を持つことができれば、
自分の心は強いんだと言っても
いいのかもしれないと思います。
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コメント
おはようございます。
今朝は離婚され、スナックでも働いている方への応援にまず、感じ入りました。ブタローさんは、自分の周りの方にとっても優しいですね。しかも、弱い立場の人々に。
そして、ご自分ではご自分のことを弱い、神経が細いみたいなことを言っておられいますが。これまでのブログを読んできて
実は竹のようにしなやかな幹を持ち、竹の葉のように繊細な心で、世の中の流れの風の中で、その葉っぱが風にチラチラと動くように、みなさんの心にそっておられるのではないかと・・・・そんな感想を私は今朝持ちました。あったっていると思います。

私はきっと強くてでもぽきっと折れる人間ではないかと思います。これも当って居るなあと自分を反省しました。反省したら次に進まなければ意味ないですね。努力してみます。

別にお世辞を言っているわけではありません。いつも感じたままに、書かせていただいています。
ローズコーンdot 2015.12.25 06:18 | 編集
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