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2016
01.12

それは相手の問題です!

 

たまの休みに家族で
郊外のショッピングセンターまで
車を運転してゆく訳ですが、

先行車であれ対向車であれ
そして通行人であれ、

まあ、周りの状況を考えずに
自分中心の行動をする奴の多いこと。

交通マナーを守って気分よく
運転をしているつもりのこちらまで
機嫌が悪くなります。

これを人間関係に置き換えれば
とても大切なことに気づけます。

何でもかんでも、
自分のせいではないのです。
相手が悪いこともたくさんあります。

すぐに凹みやすい思考クセが
最近少し治ってきたのは
そのことに気づいたからです。

「それは相手の問題です。」
これが本日のテーマです。


▲http://suminotiger.hatenadiary.jp

家族の不機嫌に見える様子と
それに対してどう感じるかということを
見ながら色々と考えたりしました。

確かに家族が不機嫌な様子だったら嫌だろうなぁと
想像がつきます。でも嫌だなぁと思いつつ

まぁ何かの事情があるのかなと
そう受け取る方が多いのかもしれません。

そう思えずに、そこに何かしらの軋轢や
もめごとが起こってしまうのには、

双方それぞれの問題点を
切り離して考える必要があるのではないか
と考えるに至りました。

私の側の問題

でもそのちょっと嫌、とかではなく
私は実はそんなときに落ち着かない気持ちに
なってしまった経験が何度もあります。

原因がどこにあるのかは
いまいちわからないのだけれど、

配偶者や職場の同僚など身近な存在の人が
明らかに不機嫌そうなとき、
私はなんとも落ち着かない気持ちになるのです。

そわそわして、この場をなんとかしなくては、
機嫌を直さねば、と思ってしまう。

そのために相手に「怒ってる?」と
聴いてしまったこともあるし

「どうしたら機嫌を直してくれるんだろう」と
あれこれ考えたり、何か差し入れたり、

必要以上に気を遣って
とりなそうとしてしまったり。

理由について様々な憶測が
頭の中を飛び交うのだけど、

どうして良いかわからず
ただ機嫌を取りなそうとあれこれやってみる。

それでも相手が機嫌を直してくれないことに
悲しくなったり、時に「機嫌を直して欲しい」と頼んだり、

「あれこれやってみてるのに
機嫌を直してくれない」と怒ってしまったり
したこともありました。

色々と考えていくうちに、この感覚はもしかしたら
「不機嫌な人がその場に居る状況に耐えられない」
というなにか特別な理由が

「私の中に」あるんじゃないだろうか
と思うに至りました。

自分のせいと思ってしまう

思い返せば、過去に自分が空気を読まずに
やってしまったことで人を不機嫌にしてしまって、

後からそれに気づいたけど
どうしていいかわからずあたふたした
過去もありました。

それも原因の一つかもしれません。

自分のせいで相手が
不機嫌になっているのかもしれない、

その原因に自分が
気づけていないのかもしれないと
思って落ち着かなくなっているのかなぁと。

過去のトラウマから察するための
センサーを強めに作動させて
生活しているがゆえに

その「察するセンサー」を過剰に働かせてしまい、
結果的に必要以上に察し過ぎて
本人を突き抜けてしまっているのかもしれない。

母という反面教師

私の母は逆に、完全に自分に問題があることで
周りが怒ったり苦情を言ったりしているときも

「何か外で嫌なことでもあって
私に当たり散らしているんだろう」と変換して
自分を守る人でした。

そんな母を見て育ってきたことが
反面教師となってしまっているのかも、とも。

無用な介入

また、他のケースでも経験があることですが
自分が解決できそうに感じられることについて

相手がそれを必要としているか
していないかに関わらず介入しようとしてしまう、

不機嫌ならそれをなんとかしたいと
つい思ってしまう、その奢りみたいなものが
あったのかもしれません。

過去のトラウマ

ここに書きながら気づきました。
そして多分これが、
最も大きな要素ではないかとも思います。

父は不機嫌で周りを振り回す人でした。
それは年老いた今もあまり変わりません。

母が上記のように自分を守る方向に
シフトしてしまっていったのも、

そんな不機嫌で人を動かそうとする
父の影響は強いんだろうなと思います。

父が不機嫌になったら、
それを取りなすのは小さい頃から
末っ子である私の役目でした。

父の機嫌の波を観察しながら
声をかけたりすり寄ったりして
父のご機嫌をとる、

父の機嫌が直ったら母も機嫌よく
私を可愛がってくれる、

それが小さい頃に何度も何度も
繰り返されて来たこと。

記憶の蓋を開けることで
今思い出しました。

こんなふうに自分の中に潜んでいる
トリガーとなりそうなことを色々と
分析していくうちに、

あぁこれは自分の問題なんだなぁと
思うことが少しずつですが
出来るようになってきました。

最後の1つはさっき気づいたので、
パンドラの箱を開けてしまった動揺がややある反面、
さらに自分に対する理解が進んだような気もしています。

自己分析、もしくは
ひっかかりの意識


こんなふうに自分を分析していくことで
相手の不機嫌な様子に直面したときに

自分が穏やかでいられらないことの要因が
全て相手にある訳ではないということを
理解しておくだけで、

相手に無用な要求をせずに済んで
関係が良好に保てるかもしれないと思います。

自分の過去を細かく言語化していくのは
簡単ではないかもしれません。

時に辛い過去であるなら専門家の手を
必要とすることもあるのかもしれませんが

「自分の中に何か問題があるのかもしれない」
「ひっかかったのはなんかあったのかも」
ということを意識するだけでも違うんじゃないかなと。

相手の側の問題として

不機嫌に見えてしまう、という状況に
相手が陥っているとき、相手が

「本当に不機嫌なのか」
「それは何故か」は

自分の問題があるなしにかかわらず
ある程度は気になるところだろうと思います。

気になったり、私のように不安のあまり
おかしな行動に繋げたりしてしまう方にとっては
切実な問題なので、

そこは身近な人には
理解をお願いしてもいいのかなと思います。

自分はこんなふうに不安になりやすいから、
自分のことで何か気分を壊すことがあったら

態度で示さずに
具体的に指摘してほしい、とか、
事前に申告してくれたら物理的に
離れるようにするから教えて欲しいとか。

そこで相手の不機嫌に触れずに
適当な距離を置いたり、具体的な言葉で
安心を与えてくれたりすることで
解決に至れるケースもあると思う。

でも本人に不機嫌の自覚が無いケースも
希にあるのではないかな、と。

おわりに

配偶者や同僚など身近な人が
不機嫌なように見えるとき、

それは不安や不快を
生むかもしれないのだけれど、
改善が難しいケースもあるということ、

そして

どうにも気になってしまって仕方が無いのは
自分の中にも何かしらのひっかかる要素が
あるのかもしれないということ、

それらを記憶のどこかにとどめておくだけでも、
相手に求めすぎる適度な距離を
保ちやすくなるのではないかな、と
考えたりしています。

どんなに頑張っても人を変えることは出来ないから、
変えられるのは自分の考え方や意識の持ち方や
環境、相手へ求めること。

関係性の中になにかしらのしんどさがあるなら、
見直すべきはそこなんじゃないかなと自戒も込めて。




▲http://nemotohiroyuki.jp

何か問題が起きたときに
どうしても「相手のせい」に見えてしまう私たち。

しかし、それを解決するためには
「自分自身」に意識を向ける必要があります。

そうすると
「その問題が起きたお陰で○○」という
恩恵がたくさん受け取れるのです。

何か問題が起きたときに
私たちがどうしても捉われてしまうものに
「被害者意識」があります。

「上司が無能ですごく迷惑を受けている」

「彼氏が約束を破ったり、
嘘を付いたりして振り回されている」

「旦那が別れ話をしてきて、
これから先のことがすごく不安になってしまう」

「父親がものすごく支配的で自由が無い」

「母親がすごく感情的で『自分』を持てなかった」

そうなんです。

それは無理ないことで、
確かにそう感じてしまうものなんです。
だから、そういう思いは自然なことだと思います。

特に相手が悪いことをしている、
不当なことをしていると思えば、

俄然私たちの被害者意識は強まって
「相手が悪い!」と主張したくなります。
それもまた、自然なことです。

だから、そう思ってしまうことは
悪いことではないんですね。

しかし、残念なことが一つ、
そこからは生まれてきます。

それはあなたが被害者で居続ける限り、
その問題を解決するのは相手に委ねられるため、

あなたはずっとその感情に捉われ、
苦しみ続けなければならなくなるということです。

すなわち、相手が悪いと思って、
相手が変わるのを待つしかないのであれば、
あなたはずっと相手に振り回されることになるのです。

だから私は

その問題に主体性を持って向き合えるように、
その依存心を切り離すことを目指します。

しかし、そう思ってしまうことが
不自然なことではないだけに、
なかなかその提案は難しく、

またクライアントさん自身も
それを受け入れることにすごく抵抗があり葛藤します。

「私が悪いわけではないのに、
なぜ、自分が変わらなければならないのか?」

「悪いことをしている彼が何もせずに、
なぜ、私ばかりが頑張らなければらないのか?」

そう思ってしまいますものね。
無理ないことだろうと思います。

そして、問題が起きてしばらくは
その思いに捉われてしまっても
仕方がないと思うんです。

しかし、もし、

あなたがその問題を前向きに解決したいと思う時、
また、その問題を機にまた成長したいと思う時、
その思いを捨て去る必要があります。

「この問題は自ら望んで引き寄せたもの」

「自分をより成長させたくて、
相手に“裏切りというボランティア”を
してもらってるんだ」

「頑固な自分が変わるためには、
相手がそこまでひどいことを
してもらわなければならなかったんだ」

「今回の問題もまた自分を成長させるために必要なこと」

そういう風な思いを“半ば無理やりでも
”持つことを提案したいのです。

このプロセスを「問題の切り離し」と呼びます。

相手の問題として捉えるのではなく、
自分自身の問題として捉える、、、

すなわち、

「この問題で相手は関係ない。
私個人の問題である」という風に。

それはあらゆる問題に共通します。
私はカウンセリングやセミナーでこう表現しています。

>相手は関係ないんです。相手がどんな態度を取ろうが、
>何をしようが全然関係ないのです。


>もし、そこに影響を受けるとしたら
>あなたの中にまだ依存心が根付いていたり、


>相手をコントロールしようとする思いが
>はびこっているだけなのです。


>この問題の切り離しができていないうちは、
>心のどこかで相手を責める、
>相手のせいにするので、

>問題解決のスピードは
>とても鈍ってしまうでしょう。


「私はなぜ、この問題が
今起きることを望んだのだろう?」

「私はこの状況から何を学び、
何を成長させようとしてるのだろう?」

「もし、この問題を解決できる私がいるとしたら、
それはどんな私だろう?」


問題の切り離しができたとき、
私たちは自然とこんな発想を受け取ることができます。

相手が起こした問題も
「自分が望んで相手に起こさせた問題」のように
受け取ることができ、

その状況を積極的に前向きに
解決していけるようになります。

もし私が

>その発想が出来たときには
>すでにあなたが一歩も二歩も成長していて、


>その問題を解決するだけの力を
>すでに手に入れている

と言ったら信じられるでしょうか?

問題を切り離す力と問題を解決する力は
実は同じなのです。

だから、問題を相手から切り離し、
自分自身のモノとした時点で

その問題を解決する準備(下ごしらえ)は
すっかり整ったと言ってもいいんですね。

じゃあ、どうしたら
問題の切り離しができるのだろうと
思われるでしょう?

そのためには多くの人にとって、すなわち、
この考え方が習慣付いていない方は
「意志の力」を使う必要が出て来るでしょう。

先ほどの

「私はなぜ、この問題が
今起きることを望んだのだろう?」


「私はこの状況から何を学び、
何を成長させようとしてるのだろう?」

「もし、この問題を解決できる私がいるとしたら、
それはどんな私だろう?」


という視点を持つことなのです。

もちろん、すぐには難しく感じるでしょう。
感情も抵抗しますし、何よりもあなたの中にある
「正しさ」が邪魔する可能性も高いです。

だから、じっくりと
「自分と向き合う」ことが大事なのです。

自分と向き合う時、相手は関係なくなるので、
もうこのプロセスに入った瞬間から、
問題の切り離しは始まっているのです。

そうして相手の問題ではなく、
自分の問題であることが受け入れられると

あなたは変化し、成長し、そして、
感謝の思いを持つことができます。

「上司が無能なお陰で私は
ビジネスマンとして
必要なスキルを学ぶことができた」


「彼氏が約束を破ったり、
嘘を付いたりしてくれたおかげで
私は自分に自信が持てるようになった」


「旦那が別れ話をしてきてくれたおかげで
自分がどんな生き方をしたいのかが
明確になってきた」


「父親がものすごく支配的で、
自由が無かったお陰で、
人の心を大切にし、
尊重することを学ぶことができた」


「母親がすごく感情的で
『自分』を持てなかったお陰で、
私は今、自分らしいと言える人生を
送ることができている」


そんな風に感じることができるのです。
「問題が起きてくれたおかげで・・・」
そんな意識を持っていたいですね。

もちろん、かくいう私もまだまだ未熟です。
日々、そこに向き合いたいと思って、実践中です。




▲http://ameblo.jp/everything-is-all-right

今日からしばらく
「他人シリーズ」に入りたいと思います。

引き寄せの練習
=よい気分になる考えを選択する練習を始めると、

自分だけの思考に集中しているときっていうのは、
それほど難しくありません。

練習していけば、どんどんできるようになります。

でも、そこに他人がからんでくると、
少し難しくなってくるんですね。

私も、最初の頃は、自分でいい気分になっているのに、
ダンナに邪魔される~、とかありました(笑)

ですので、他人とはどういう存在か、
また他人が自分に関わってきたときにどう対処するのか、
基本を抑えておくことが大事なんですね。

では、本題いきます。

あなたの思考はあなただけのものです。
同じように他人の思考はその人のものであって、
あなたは入り込むことはできません。

よって、あなたは、他人に影響を与えることはできても、
他人をコントロールすることは絶対にできないのです。

その人の現実は
その人の思考のみがつくるからです。

そして、その人の思考を
あなたが無理やり変えることはできません。

つまり、他人を変えようという試みは、
できないことをしようとしているわけで、

ただ無駄な労力を使い、
ストレスを溜めることになります。

他人を変えたい、というのは、
その方が自分がいい思いができるからというのが
裏にある場合がほとんどですが、

他人は、あなたを喜ばせるために
存在しているのではないんですね。

他人はその人自身の現実をつくるために
存在しているんです。

思考は自由です。

あなたが何を考えようと、
あの人が何を考えようとかまわないのです。

あなたの思考が正しいということもなければ、
あの人の思考が間違っているということもありません。

それぞれが、それぞれの世界を
作り上げているのです。

すべてはひとつだ、宇宙にはあなたしかいない、
というような事も聞いたことがあるかと思いますが、
これは他人が存在しないという意味ではないのです。

他人は存在していますが、あなたはそれとは関係なく、
あなただけの思考によってあなたの現実を
創ることができるということなのです。

また、自分の思考が
現実化するという事を実感しはじめ、
自分の幸せは自分の思考の選択のみに
かかっているとわかってくると、

他人があなたに悪い影響を
及ぼすことはないこともわかってくるでしょう。

どんなことが起こっても、
自分の思考は自分で選択できるからです。

これらの事を誰もが心から理解すれば、
争い事はなくなるでしょう。

本当に多くの人が、引き寄せを、
そして自分がいい気分でいる事の大切さと、
他人はコントロールできないということを
理解し始めると、争い事が減っていきます。

家庭内でもそうなんですよ。

うちは、旦那もサラとソロモンを読んでいて、
引き寄せ実践中なんですが、

お互いが何が起こっても
ポジティブな面を探すようになりますし、

他人はコントロールできないし、
自由だということが本当にわかると、
争う要素がないんですね。

旦那は、まだ始めたばっかりなので、
たまにネガティブな方向へ
行っちゃうこともあるんですけどね。

でも、以前だったらちょっとした
ケンカの種になっていたような事が、

今は難なくスルーできるように、
お互いなってきているんです。

これが本当に多くの人に拡がっていけば、
最後には戦争もなくなるでしょう。

引き寄せというのは、
そんな素晴らしい可能性をも秘めているのですね。




▲http://venus-create.jp

無意識に相手に期待してしまっている
態度や選択や行動があるとき

自分の前提が崩されて
最終的に相手が自分の期待とは
違う選択をしたとき

相手が自分の思い通りの反応や
態度でなかったとき

がっかりしてしまったり

時に怒りや悲しみという
様々な感情がでてきます。

あなたはそんな経験はありませんか?

どうしても最初に期待があると
前提の結果以外のものは
なかなか受け入れ難いものです。

このとき、怒りや悲しみ、
裏切られた、傷ついた!という
感情が湧いてきたとしても

相手はあなたを
傷つけようとしていたわけでもなく
あなたを裏切ったわけでもありません。

期待という自分の都合の中で
それが覆されただけで
実は相手は全く関係していません。

これは自作自演のトリックの中で
感じている感情なのです。

自分が勝手に期待して
受け取れなかった結果に失望してしまっただけ。

相手は悪くないのです。

私たちは誰もが自分の都合や
自分の価値感の中で生きています。

そして、様々な場面で
この自分の都合を相手に押し付けて
思い通りにいかないと苦しみが生まれます。

ここでは自分の都合が
相手の都合とは一致しなかったという
結果を受け取ったにすぎません。

私たちはこのギャップの中で
様々な悩みを作り出します。

誰もが自分の価値感の中で
その人なりの正論を持っています。

それは唯一無二の正論ではなく
人の数だけ正しさは存在し
誰もがその人の世界では正しいと言えます。

どう考えても道理にかなっていないと
思えることさえも

その道理は時代によっても不変ではなく
人によって解釈の仕方も様々です。

誰もが誰からも侵されることのない
自由意思を持っています。

そして、誰もがその自由意思のもとで
選択した考えや行動に応じた
結果を受け取ります。

考え方はその人のもの。
選択もその人のもの。


ここにあなたは介在できません。

ここであなたが反応し感情が生まれた場合
これはもうあなたの問題です。

それはあなたにとっても
同じことが言えます。

あなたの考えはあなたのもの。
あなたの選択はあなたのもの。

あなたの考えや選択に
他者は介在できないのです。

誰の考えも尊重され
誰の選択も尊重されるのです。

そしてあなたの選択や考えに対して
相手が反応しさまざまな感情をぶつけてきた場合、
それはもう相手の問題です。

あなたに責任はありません。

ネガティブな感情も
自分がそう感じる捉え方によって
生まれてくるもので

自分の物事の捉え方や
モノの見方が変わるだけで、
まったく違った感情を作り出すことも可能です。

ある人から言われた一言に
怒りを感じたとき

あなたがその一言に怒りを感じたのではなく
自分のもともとの捉え方や考え方が
自分を怒らせていたことに気づけるでしょう。

その感情を引き起こしたのは
出来事(一言)に対して
原因となる自分の捉え方が
先にあったからなのです。

その捉え方を変えることで
自分の反応を変えていくことができます。

自分を傷つけられるのは自分だけ。
相手を傷つけられるのは相手だけ。


自分以外の人によって傷つけられることはありません。

相手に向けていた矛先を
愛をもって自分に向けてみると
そこには、あなたの魂からの
メッセージに気づけるかもしれません。

相手に傷つけられた!
相手に○○された!
相手が○○してくれなかった!

すべて相手の問題のように感じますが
これはすべて自分の問題なのです。

そこで感じるネガティブな感情は
あなたのパワーを弱めます。

もともとあなたは
素晴らしいパワーを持っているのです。

自分で弱めない限り、
誰かに弱められることはありません。

そしてあなたは
誰からも侵されることがない
素晴らしいあなたの王国の主(あるじ)なのです。

自分の王国の平和は自分でしか守れません。

あなたがあらゆることに
どう反応するかが
あなたの王国の平和を左右します。

あなたの王国にいつも平和をもたらす選択や
考え方をしてください。

あなたが責任を持つべきは
自分の中だけなのです。

安心して自分にエネルギーを注いでください。

あなたがどんなときも
真の心の平和のために
愛と喜びの選択をしていかれますように。

あなたがあなたのままで
ますます沢山の愛と祝福に
満たされていきますように。

今日もあなたが沢山の優しさと喜びに包まれる
素晴らしい一日でありますように☆

心より願っています。




▲ http://thinking.shiawasehp.net

相手の行動は「相手の問題」

自分が人に何かをした際に、
相手の反応や応対によって

イヤな思いをしてしまうことが
あるのではないでしょうか。

たとえば、人に何かをしてあげたのに
「ありがとうの一言もない」などと
腹を立てたりイライラしたり。

人から親切にされても
素直に感謝できない人も、
感謝を表せない人もいます。

また、事によって、相手によって、
時によって、状況によっては、
誰でも感謝できない時が
あるのではないでしょうか。

いずれにしても
「相手の問題」です。

「相手の問題」のために、
自分がそんなにイヤな思いをするのは、
もったいないのではないでしょうか。

他にも同様なことは
いろいろあると思います。

たとえば、相手が
あいさつを返してくれなくても、

「自分はしたのだからそれでいい」
「あとは、相手の問題だ」

そう考えばいいのです。

たとえば、自分が出したメールに返事が来なくても、
「返事を出すか出さないかは、相手の問題」
「いろんな(慣習/性格/事情などの)人がいる」
のです。

相手の問題で返事が来ないからと言って、
それに心を振り回されないほうがいいでしょう。

たとえば、自分が誰かを誘った場合に
ことわられることもあります。

当然です。
それは「相手の問題」であり、
自分はそれでいいんです。

だから、ことわられても気にすることはないし、
ことわられることを恐れずに誘ってみればいいのです。

人の行動にイライラした時などには、
まず、
「これは誰の問題か?」
考え直してみるといいでしょう。

「相手の問題」とわかれば、
少しは落ちついて対応できるのではないでしょうか?

人の悪事は「相手の問題」

世の中には、人の悪口を言ったり、
意地悪をする人もいます。

人の悪口は、
それを言っている「相手の問題」です。

その裏には嫉妬心や欲求不満が
あるのかもしれません。

人の悪口を言うことで、質の悪い優越感や
安心感を得ているのかもしれません。

いずれにしても、

相手に問題があるのですから、
そのことで自分があまり
苦しまないほうがいいでしょう。


嫉妬するのも、誤解するのも、
悪いクセも、深い事情があるのも、
機嫌が悪いのも、「相手の問題」です。


「相手の問題」ですから、
自分を責めることなんてありません。

その場ではただ、「こんな人もいるのだから、
イヤな気もちになるのはしかたがない」などと、

そういう現実と自分の心を
受け入れるように心がけましょう。

でも、これは「相手の問題だ」

「こんな人のためにイヤな思いをするのは損だ」

「(悪口は)まともに相手をするのはよそう」

「(意地悪されて)傷つくのは相手の思うツボ」

などと考えられるといいのではないでしょうか。

あとは、いっしょにいない時には
「イヤな人のことを考えるのはよそう」と、
できるだけ相手のことは考えないように
心がけましょう。


できることなら、自分の生活を楽しむこと
幸せに暮らすことを心がけましょう。
それがイヤなことを早く忘れるためにもなるのです。

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コメント
いつも素敵な記事をありがとうございます(^^♪

他人が気分が悪いと、自分のせいだと自分の機嫌が悪くなってしまいます。

斉藤一人さんの本に「自分の機嫌は自分でとる」
と書いてありました。

自分なりにどうしたら、周りの機嫌に影響されずに自分の機嫌を取れるか考えた結果、歩きながら、ハミングをすることが最高に自分が幸せになれる方法だとわかりました。

今まで、自分の機嫌を取るために、たくさんの買い物をしたり、他人に好かれようと頑張ったりしていたんです。

歩きながらハミングすることを知って最高の幸せを手にすることができました。
伊藤 さやかdot 2016.01.12 20:07 | 編集
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