与えよ、さらば与えられん

新約聖書におけるこの言葉に
前から違和感がありました。

「自分の方から与えたら損するじゃん!」
とまでは言いませんが、

毎日、自分のことで手一杯で
家族や周りの人のことに対して、

「自分のことのように」は、
想いやるゆとりがなかったというのが
正直なところです。

だから、人に親切にするにしても
自分に好意的な人限定でしか
やっていませんでした。

精神世界に生きる「道」を求めながら
その実、自分にご利益があることしか
興味がありませんでした。

しかし、最近この相反する二つのことが
自分の中でひとつにつながったのです。

「与える」ということは
「自分の中に喜びのタネをまく」
ということ
だったのです。

相手に与えたものは、
笑顔だったり、優しい励ましだったり、
具体的な手助けだったりしますが、

それは、自分の中に喜びのタネを
まいていることなのです。

タネをまいている場所は
相手ではなく自分の中ですから
その喜びの花が咲くのはどこかと言ったら
当然、自分の心の中に咲くのです。

だから、「人のためは自分のため」ではなくて
「自分のために人のためにやる」と言うのが
正しい表現なのだと思います。

人間の幸せ感は、相対的なことで際立ちます。
心理学で言う「自己肯定感」というものです。

人にやさしくできる自分を確認できた時
心がほんわか温かくなります。

それは自分の中にまいたタネが
さっそく花咲いた瞬間なのです。

本日は、昨日のブログテーマである
「想い方を変えれば自分が変わる」の続編として

「先に与える」をキーワードに
検索した記事の中からブログを構成致します。


▲http://revaivalroad.com

昔々あるところに
年老いた平民の元に生まれた
双子の兄弟がいました。

しかしとても悲しいことに
平民が馬車で家族と旅行をしている時に
架け橋が崩れて

家族は全員命を落としてしまいました。

この一部始終をたまたま見ていた神様が

まだ生まれたての双子なので
もう一度この世に生まれ変わる
チャンスをさずけようと

双子の魂を呼び寄せ
双子に問いかけました。

お前たち双子はまだ世の中のことを
何も知らずこの世を去ることになってしまった

なのでもう一度この世に戻り
生きるチャンスをさずけよう!

そこでお前たちには
次に生まれ変わったときには
それぞれに才能を授けよう!
そのための環境もこちらで用意しよう!

ただひたすらに「与え続ける」才能と
ただひたすらに「もらい続ける」才能と
どちらかを選ぶが良い。

すると双子の兄の方が

神様、私は生まれてまもなく
命を奪われるというとんでもない目に会いました。
もうこんな想いは二度としたくありません。

なので次は「もらい続ける」才能を開花させ
人生を謳歌させていただきます。


その話を聞いた弟は

神様、まだボクは
何も世の中のことを知りません。

しかし一度命を両親からいただきました。
この恩を両親はおろかまだ誰にも返していないのが
唯一の心残りです。

なので次はもう一度もらった命で
与え続けて恩を返して行くことで
両親にできなかったことをしていこうと思います。


二人の話を聞いた神様は

わかった。では次の人生では
それぞれの才能を開花させるが良い。


と二人に次の命と才能と環境をさずけました。


それから数十年後


「もらい続ける」才能を開花させた
兄の方は立派な物乞いとして

最期の最期まで
人から物をもらい続けました。

弟の方は
最も人に与え続ける存在

王家の元に生まれ
父の背中を見続けながら学び続け

王国史上最も国民に与え続けた王として
永遠に国民から尊敬される存在となりました。

そんな王が街に出かけたとき
偶然物乞いに出会いました。

その時ふたりの前世の記憶がよみがえり
少しの間二人で話す時間を
もうけることになりました。

物乞いの兄は

俺は馬鹿だった。

自分のことしか考えず
もらうことしか考えなかった。

それで結局このザマだ。

その話を聞いた王の弟は

兄さん。それは違う。

あの時兄さんが最初にもらう才能を
選んでくれたおかげで今の僕がいるんだ。

兄さんは僕の代わりに
この世のすべての業を引き受けてくれたんだ。

あの時点で兄さんは、
ボクに与えてくれたのさ。


その言葉を聞いた物乞いの兄は

やっぱりお前は与える側の天才だなあ

俺は「もらう」ことしか知らず
「もらう」ことが当たり前だったので
心からこの言葉を言うことができなかった

しかしお前の言葉を聞いてやっと
この世で心からこの言葉を誰かにいう事ができる

「ありがとう」


++++++++++

今回はわかりやすく「王様と物乞い」という形に
設定させていただきましたが

「王がよくて物乞いが悪い」という話を
したいのではありません

ただ与えるって行為は
もらう側よりずっと楽しい行為
なんだ
ということを知って欲しかったんです。

僕の知る「人たらし」は、誰かに何かを与え続ける
それはそれは魅力的な「人たらし」な人たちです。





そしてそんな魅力的な「人たらし」は
誰かに何かを全力で見返りなしで
与えられるからこそ

その分相手からもお返しをもらえるし
受け取ることができるのです

相手に送るという行為に対して
「ありがとう」と相手が受け取ってくれると
まるで天国に行ったかのような気分になります。

逆に、与えたけれど
相手に受け取れませんと言われると

表面上には出さずとも
地獄の8町目くらいまで行ってしまうくらい
最悪な気分になります。

このように素直に
受け取とってもらうということは

とても気持ちのいいことだということを
与え上手が一番わかっています

なので与え上手は
受け取り上手でもあるのです

いかがでしたでしたでしょうか?
誰かに何かを与え続ける行為って
最高に楽しく面白いと思いませんか?


▲http://ameblo.jp

疑い深い人は、
何を受け取れるのかよく分からないから

ボランティアや募金となると
二の足をふんでしまったりします。

ガールスカウトが募金活動をやっているのを
罪悪感を抱えながらそそくさ通り過ぎたります。

やった方がいいのは分かっているけど
ついつい『自己犠牲』が必要とされるものに

自分が稼いだお金とかかる時間を
天秤に掛けてしまうからです。

じゃ、何が受け取れると思います?

それはね、『自己肯定感』なのです。
募金したり、ボランティアすると

「自分は自分のままで価値がある」
「生きている意味がある」

と感じる事ができるんです。

いろんな自己啓発本には
お金やラッキーを引き寄せるために
「与えろ与えろ!」と書いてありますが

とどのつまり、

自己肯定感がなければ
人はネガティブになるし
チャンスが来ても掴む勇気が出ないんです。

奇跡は向こうからやってくるようで
そのタネは自分がまかないとダメなんです。

昨日、私がわずかばかりサポートしている
エチオピアの女の子から写真と手紙が届きました。

「ペンとノートを頂いて
ますます勉強を頑張ろうと思います!」
と泣かせる事を書いてくれます。

ペンとノートなんて山ほど送ってあげるがなー!
と思うのですが、送るものは1回につき
50gと限られているのでお菓子用の計量器を使って
いつも少しばかり送っています。

この子の手紙から

「こんな私でも、将来の可能性を
たくさん秘めている子供たちの役に立てているのね!」
「ありがとうって言ってくれるのね!?」

等々、お金じゃ買えない嬉しさや喜びを
与えてもらっているんですよ。

こういう感情の時は
世の中パステルカラーになって
何でもうまく行く様に感じます。

騙されたと思って
一日一善してみましょう。


▲ http://jinsei-life.greater.jp/henpousei/

私はあることをして、
上司にとても感謝され喜んでもらえました。
そのことをあなたと共有したいと思います。

何をしたかというと、
『まず自分が先に与えた』のです。

受動と能動の大きな違い

私の会社の別の部署から、
とあるレポートを提出するように
上司にメールがありました。

この内容は私もCCでメール内容を見れます。
このときあなたならどうしますか?

普通、上司は忙しいので、
部下のあなたにその報告書を作ってくれと
依頼というより指示をします。

「嫌です」なんてことは、
絶対に言えないのが普通の職場だと思います。

あなたは上から仕事を与えられる立場です。
つまり受け身の立場だといえます。

たいていの人が
上司に言われて動くと思います。

でもそれを、

「あのメールの件ですが、
私が原案的なものを作りましょうか?」

と先に言っちゃって下さい。
受け身じゃなく自分から行動する。
つまり能動的に動くということです。

上司も自分から部下に命令するよりも、
言われた方が嬉しいし
頼みやすいのは当然ですよね。

大事なことは、指示される前にやるのも
指示されてから遣るのも、客観的な結果は
全く同じだということです。

『レポートを仕上げて提出』です。

でも、あなたが能動的にやることで
上司との感情や信頼関係などが
全然違ってくるのは明らかですよね。

ぜひ実践しましょう。
目先の損得勘定で動いてはダメです。
それは自分自身への投資なのです。

近い将来に
それ以上にリターンが返ってきますから。
打算的になる必要はないですが、これは事実です。

これは職場の人間関係に限りません。
ご主人に対しても、子供たちに対しても
ご近所さんに対しても同じです。

まず相手に与えると何が起こるのか?

実は、あなたから能動的に、
周りに対して積極的に動くことによって、
周りの人達からあなたへの感謝が増えます。

あなたが感謝されて、そのあとなんと、
周りがあなたをどんどん助けてくれたり、
協力してくれたりします。

これを「返報性の法則」と言います。

そして、
この『受けた感謝の数』は、
『豊かさ』に比例します。

実を言うと真の成功者達は、
この受けた感謝の数がめちゃくちゃ多いんです。

あなたも自分の人生を
豊かなものにしたいと思っているはずです。

そのためには受動的な仕事ではなく、
能動的な仕事を増やしていってください。


▲http://xn--o9j0bk9502aznas31

仕事がデキる人は、
「人が嫌がることを進んで引き受ける」
という特徴があります。

これはよく言われていることですから
ご存じの方も多いのではないでしょうか。

ただ、それが分かっていても、
実践するのが難しい。

人が嫌がるようなことは、
自分もイヤですよね。

それを進んで引き受けるには、
どうすればいいのでしょうか?

本当にイヤなのか、よく考えてみよう!

まず、みんなが嫌がることを、
同じように嫌がっている自分を疑ってみましょう。

みんなが嫌がるような面倒な仕事、
それって本当にそんなにイヤですか?

面倒な仕事というのは、
たしかに引き受けたあとに後悔することはあります。

「やるって言うんじゃなかった~」と、
私もしょっちゅう言っています。

でも、面倒な仕事も
悪いことばかりではないんです。

面倒なことを引き受けることで
享受できるメリットもあるんです。

たとえば、普段は絶対に接点がないような
重役の人と話す機会に恵まれるとか、

役得でおいしいものを食べられたり、
何かのサービスを無料で受けられたり。

こういったメリットは、
けっこう大きいものです。

そして何よりも、面倒な仕事というのは、
ただ引き受けただけで、たちまち
ヒーロー(ヒロイン)になれるのです。

みんなが嫌がる中、「私がやります」と
一言言うだけでみんなに感謝されます。

そんな仕事って、他にありますか?

そう思えば、みんなが嫌がる仕事って
そこまで悪くないと思いませんか?

引き受けたあとの世界を想像しよう!

みんなが嫌がる仕事を引き受けたら、
周りの人に感謝されます。

それだけでも十分気持ちがいいことなのですが、
そのことは今後もいい影響を及ぼします。

みんなが嫌がることを引き受けたということで
あなたは周りから尊敬され、感謝され、
そして応援してもらうことができます。

そのために一気に仕事がやりやすくなり、
仕事をする上で有利な立場に立つことができます。

また、その仕事の内容にもよりますが、
普段会わないような偉い人との交流を
持てることもあります。

そしてそれが新しい仕事に
つながることもあります。

仕事がデキる人、成功する人というのは
そうやって、他の人が知らないところで
どんどんステップアップしていくのです。

非難されるのが怖い人は

でも、みんなが嫌がる仕事を
自分から引き受けることによって、

逆に周りから非難されるのではと
不安に思っている人もいるのではないでしょうか。

「目立ちたがり」とか
「上司に気に入られようとしている」なんて
言われるのではないかと。

そういうことももちろん、
たまにはあります。

いい職場ならそんなことはないのですが、
嫌な人が混じっている職場では
たまに起こることです。

ただ、勇気を出して引き受けてしまえば
ハードな生活が待っていますので、
そういった外野の声は耳に入りにくくなります。

また、そうやってくだらないことを言う人は
今後一緒にいい仕事ができる可能性は低いので、

別にこちらからフォローしたりして
いい関係を築く必要もありません。

かえって、「嫌な人だと分かってよかった」と
思えるのではないでしょうか。

嫌な仕事を引き受けると、
今まで見ていた世界とは違う世界が
開けてくるものです。

これは実際やってみなければわからないもの。
あなたもぜひ、機会があれば手を挙げてみてくださいね。


▲ http://idel-realization.jp/shelly

本当に大切なことは
すごくシンプルと言います。

人生はシンプルで
僕たちが複雑に考えてしまっているだけ。

うまくいかないことばかり
考えていることの半分もできていない
想定していたことより結果が悪い
やろうと思っても邪魔が入る

気がつくと、ゴミ箱が山になるように、
頭の中がメチャクチャで
いっぱいになりそうな時ってありませんか?

「今やっていることは
未来につながっているのだろうか・・・」

このようにやる気も段々と低下してしまい、
ただただ中身のない行動をくり返してしまう。

だけど何かをしなければ、
自分が取り残されてしまいそうで・・・

焦るけど結果が出ない、
でもなにをしたらいいのか、なにが原因なのか。

そんなときには、シンプルに
ただ与えることに徹する思考にシフトするだけです。

情報発信も、リアルでの行動もすべて、
目の前の人に与えることに
徹することで人生を変えることができます。

このように考えると
人生はシンプルでクリアに見えるのかもしれません。

今回は、与えることについてのマインドをお伝えします。

1)自己主張と与えることは違う

自己主張での発信のしかたと、
与えることの発信のしかたは根本的に違います。
やはり受け手の人の感じ方が変わってくるのです。

・自己主張は自分を見てほしい
・与えることは自分のこだわりを手放している

大きくこの2つの違いではないでしょうか。

まずは自分を見つめ、
こだわりを手放すことで自分がどう感じるのか。

清々しさや心が清められる感じがあれば、
未来は輝かしいでしょう。

やはり言葉にのせて
伝わってくるものがあるのです。

自分の発信したものが、受け手にどう伝わるのか。
それを先回りして考えることが大切です。

2)目の前にいる人に与える

リアルでの行動も、ネットでの情報発信も、
目の前の人に与える姿勢がいつだって大切です。

リアルでの行動なら今関わってくれている人に、
ネットでの情報発信なら目の前の人に語りかけるように、
身近に関わっている人に向けて与えていくことです。

あなたに興味をもってくれている人は誰でしょうか?
目の前にいる人とはそんな人たちではないでしょうか。
その方が実際の行動もイメージがしやすいと思います。

3)伝えたかではなく、
 どう伝わったか


すべての人間関係の基本でもありますが、
僕たちはこのことをつい忘れてしまいます。

そして、与えることよりも、
与えてもらうことばかり考えてしまいます。

他人のことを批判してしまう心もまた、
相手との価値観の違いを、
認めることができていないからかもしれません。

つい与えてもらうことを
期待してしまうのではないでしょうか。

もちろん、期待することがいけないわけではなくて、

少しだけ、どう伝わったかを
考える習慣をつくってみる。

自分に共感してくれる人に
どう伝わっているかを考えることで、

次第に生き方そのものも、
そこに集中していくのかもしれません。

4)与えはじめると自慢しなくなる

与えることと言うのは、
自分の心の執着を手放すことでもあります。

そうすると、自分を大きく見せようとする
必要がなくなってきます。

また自分を小さく見せる必要も
なくなってくるのです。

心を常にニュートラルに、
感じたことをありのままに。

そんな等身大の自分でいようとするからこそ、
そこに集まってくれる人たちが
現れてくるのかもしれません。

5)大切なことは目には見えない

与える姿勢で大切なことは、
目には見えていない動きを
信じられるかどうか。

僕たちは結果が目に見えこないと、
つい感情的になったり、
あきらめそうになったりします。

結果が出てくるまでは、
水面下では成長し続けています。

あともう少しで結果が出ていたのに・・・

このように途中であきらめてしまう人の多くは、
目には見えない大切なことに
意識がなかったからかもしれません。

とは言っても、やはり
見えないことは信じられないものですね。

そんなときは、結果を忘れて
今を淡々とこなすことも大切です。

できるだけシンプルに考えて、
余計なことは考えないように
工夫することではないでしょうか。

6)すべてを言葉で
 表現できるわけじゃない


誰かに言葉で伝えるとき、
文章にして相手に伝えるとき、
言葉に意識を向けすぎていませんか?

本当に大切なことは言葉ではなく、
その背景に伝わってくる生き方や姿勢です。

潜在意識での成長は目には見えないので、
ある日、なにかが変わったかのように
雰囲気で伝わったりします。

7)物がほしいから
 集まってくるわけじゃない


たとえば洋服を売っている場合、
常連になってくれるお客さんは
洋服がほしくて通うのではなく、

その人の人柄に惹かれるからこそ
常連になります。

飾らない等身大の自分で、
自然体でいるからこそ、

そんな人柄に惹かれて
集まってくれるのかもしれません。

まさしく人生はシンプルだと思います。

大切なことはシンプル

僕自身、与えることが
完璧できるわけではありません。

できるかぎり自分の執着を手放して、
自分のできることを行動にしようと意識してます。

完璧にはできないけど、
そこに向かって行こうとすることはできます。

この向かって行こうとするプロセスの中で、
小さな変化を認めて、

「自分って、よくここまで頑張ったなぁ・・・」
としっかりと自分を認めてあげながら、

また与えることに徹していく姿勢が
大切なのだと思います。

人生はシンプルです。

理想の自分に変われることを祈っています。


▲http://wind.ap.teacup.com

「受け取るには、先に与えること」だと、
引き寄せのブログ関連やスピリチュアル系では
よく書かれてあることですね。

私たちは、集合意識体でつながっていますから、
「受け取るには、先に与える」ということは、

みずからの放ったものが、めぐりめぐって、
みずからに戻るという「波動の法則」を指しています。

原則的には、
「出したエネルギーと同じものを受け取る」ので、

人から温かさが欲しければ、自分が先に
温かさを与えられる人になれば良い訳です。

もらうことだけを考えて、欲しがってばかりいると、
そういう類の波動を放ち、同じように、
もらうだけの態勢の人にばかりと出逢うことになります。

かつて、私は見返りを期待して人に与えていました。

「与えれば与えるほど豊かになれる」という言葉を、
エゴの都合の良いように解釈して、

与えたものと同じものを、
返してもらえるのだと思い込んでいました。

でも、私が期待していたようになることは、
ほとんどありませんでした。

ある人からのメールの返信を期待して、
せっせと送り続けていました。

返事もないのに、無視されているのに、
「忙しいのかもしれない」
「メールが届かなかったのかもしれない」と、

これでもかとばかりに、
ほんとうは傷ついていることを隠して、

相手をねぎらう振りを装って、
自分の想いばかり押しつけていたのでした。

私を見放さないでほしい、
安心させてほしい、
そんな自分の想いばかりを・・・。

しかし、与えてもその人からは返ってこないことに、
私はすっかり傷つきました。

そりゃそうです。

私が与えていたのは、
私が自分を愛せないゆえの
不安だったのですから。

自分で埋められない空虚感を、
他人に何とかしてもらおうと、

「欲しい、欲しい、ちょうだい、ちょうだい」と、
相手からエネルギーを奪い取ろうと、
すがりついていただけだったのです。

私がほんとうに、相手に対して、
真実の思いやりを持っていたのなら、

向こうがこちらともう関わりを持ちたくないと、
態度で示しているのですから、
その気持ちをくんであげることでした。

相手のことを想っているようでいて、
実は自分の欲を押しつけていたのですから、

「与えたものを受け取る」法則が、
ちゃんと働いていたわけです。

では、「与えましょう」と言うけれど、
何を与えればいいのでしょうか。

私たちは物質界で暮らしているため、
つい、物のことを考えます。
でも、物だけではありません。

そして、与えたその人から
返してもらえると期待しがちですが、

必ずその人から、
返ってくるわけではありません。

ちょっとした挨拶でも、
すれ違いざまの笑顔でも、
道端に落ちている空き缶を拾うことでも、
誰かの荷物を数メートル持ってあげるだけでも、

行為・言葉にもエネルギーがありますから、
そういった目に見えないものでもいいのです。

そして同じく、
自分も受け取れるのは物とは限りません。

物事のタイミングの良さや、
会いたいと思っていた人とのシンクロかもしれません。

「先に感謝をしておくといい」というのは、
すなわち、「先に良いものを与えておくと、
あとで同じく、良いものが返ってくる」
という、
この法則のことを指しています。

何かをしてもらったことへの感謝はむろんのこと、
何もなくても、たとえば私もふだんから、
空に向かって「ありがとう」って、つぶやいたりします。

そのほか、不満が出そうになったら、
受けている恩恵を探して、
先に感謝することをお薦めします

また、人に「華」を持たせてあげること、
他人を喜ばせて楽しませること、
それを「気配り」といいます。

良い「氣」をくばることであり、
お世辞や媚びてへりくだることや、

不愉快にさせないように気を遣う
ということとは、異なります。

こうして先に、「良いタネ」をあちこちに、
あらかじめ蒔いておくと、かならず芽が出て、
良い実を受け取ることができますよ。


▲http://sekainomad.com/?p=2455

本日のテーマは『与える仕組み』です。

うまくいっている人は、
周りに「与えて」それが何倍にもなって、
返ってきてます。

ギブ&テイクと言いますが、
まず最初に「ギブ」があるから、
「テイク」があるわけですよね。( ´ ▽ ` )ノ

「与える仕組み」をつくるには、

具体的になにをするか?以前に、
「与えるってなんなんだろう?」
ということを、考える必要があります。

これはいわば「ステップ0」ですね。( ´ ▽ ` )ノ
具体的に与える行動をする前に、
そもそも論として、押さえておくべきことです。

まずは自分なりに、
「与える」ってなんなんだろう??
ってことを考えてみるといいですね。

いろんな答えが浮かびます。

「ご飯を食べさせてあげる」
「役に立つ情報を伝える」
「励ましてあげる」etc…


いろんなバリエーションが
あったんじゃないでしょうか。

これら、すべて素晴らしいことです。( ´ ▽ ` )ノ

心も経済も豊かになりたい!と思う人は、
どんどんこういうことを
自分発信でやっていきましょう。( ´ ▽ ` )ノ

与え上手は受け取り上手

「与える」というテーマの奥深さは、
実はこの先にあります。

実は「与える」を極めると、
『受け取るという与え方』が出てくるんですね。
この究極系が、「赤ちゃん」です。( ´ ▽ ` )ノ

赤ちゃんって、アクションとしては、
周りになにも与えてないですよねぇ。

ただただ周りに面倒を見てもらっている。
それなのに、赤ちゃんって、
「いるだけ」で周りを幸せにします。

こっちが世話をしてあげてるのに、
幸せを感じたりするわけです。( ´ ▽ ` )ノ

これってつまり、人間は、
「与えたい」と思っているってことです。

だから、「受け取ってあげる」というのは、
実は『与えてる』ってことになるんですね。
( ´ ▽ ` )ノ

豊かに成功している人は、
これをよく理解しています。

彼らは、与え上手なのはもちろん、
『受け取り上手』でもあるんですね。( ´ ▽ ` )ノ

これ、意外とミソです。
『受け取り上手』になりましょう♪


みなさんが思っている以上に、
『受け取るのが下手な人』って、多いです。

なにかよくしてもらった時に、
遠慮して拒否してしまったり、

「お返しをしなきゃ」って思ったり。
プレゼントをもらったら、必ずお返しをする。

もしまたその人からもらったら、
またお返しをする。

最後に自分があげて終わらないと
悪い気がする。


そういう人は、「受け取りベタな人」の
可能性が高いですね。(^^;;笑

「与える」のも「受け取る」のも
自在にできるようになれるように
すこしずつ、自分を変えていってくださいね。


▲http://www.counselingservice.jp

与えることで満たされる思いになれる。
そんなことができたら素敵と思いませんか?

与えたいけど傷つくのが恐い

私たちは、基本的に人を愛したい、
役に立ちたい、助けたいというような
人に何かを与えたい気持ちを持っています。

それにもかかわらず、与えることを
出し惜しみしてしまいます。

なぜでしょう?
それは、傷つきたくないという気持ちが
働いているようです。

例えば、横断歩道ですっごく重い荷物を持った
おばあちゃんを見つけたとしましょう。

青信号中には渡りきれそうに見えないくらい、
ヨロヨロと歩いてるようなおばあちゃんです。

「ああ・・・ヨロヨロ歩いてあぶないなー」
「あんな重い荷物無理やちゅうねん」
「ああ・・・引かれそう、あっ・・・」

そう思ったとしても、
「おばあちゃん、危ないから
横断歩道渡るまで持ってあげるよ。」と
スムーズに声をかけれるでしょうか?

これは結構難しいし勇気がいるかもしれませんね。

せっかく声をかけても
「結構です」と言われるのが
恐い感じがすると思いませんか?

そうなんです。

私たちは親切な気持ち、優しい気持ち、
人を愛したいという気持ちがあるにもかかわず、

その気持ちを受け取ってもらえない時に
拒絶されたような感じがしてしまい傷つくので、
与えることにびびってしまっているのです。

この傾向は大なり小なり人にはあるようです。

「結構です。」

これは、ただ、お断わりをしてるだけなんですが、
人によっては拒絶されたような感覚がしてしまいます。

過去に拒絶によって、
傷ついた経験が多い度合いだけ、
この反応に敏感になってしまうようです。

拒絶に関して傷つきやすい方は、
自分が傷つかない為にも、

①過去の経験が
拒絶されてるというような誤解を作るんだな。


②これはお断わりで
拒絶じゃないんだなということ。


この2つを常に
意識されておくといいと思います。

意識ししていても、
どうしても拒絶されている感覚に
おちいってしまう時は、

過去の傷と向き合って癒すことが
いるのかもしれません。

与えて傷ついた時は
貰おうとしてた時


相手の為にと思い何かを与えてきたことを
相手に認めて貰えない時や、
受け取ってもらえない時は、

「せっかく、してあげたのに」とか、
「今まで一生懸命してきたのに」という気分に
なってしまい傷ついてしまいます。
拒絶された感覚になる時もあるでしょう。

しかし、与えて傷ついた時は、
相手から何かを貰おうとしてた心理が
隠れている場合があります。

これをしたら、相手からこれが貰えるという
心理が隠れているのです。

例えば、

・相手にこれだけしてあげたら、愛して貰える
・相手にこれだけしてあげたら、褒めて貰える
・相手にこえだけしてあげたら、認めて貰える
・これを与えたら、感謝の言葉を貰える


というような感じの心理が
心の中に隠れている時があります。

貰おうとするのは気持ちと言うのは、
ニーズ(欲求)というものです。

知らず知らずの内に
相手に突きつけていたニーズに対して、

思いどうりに答えて貰っていない感じがする時、
拒絶された感じがしてしまいます。

ニーズに対してまるで
裏切られたような感じがしてしまうのです。

何かを貰おうとせず、純粋に愛情や
与えたいという気持ちから与えようとした時は、

ニーズに対してまるで
裏切られたような感じはしないので、
拒絶された感じはしなくなるでしょう。

与える時には、ただ純粋に
愛情から与えようと思うことが
与える時のコツなんでしょうね。

与える喜びを見つけよう

私たちは人に与えること、
愛することに関して、
出し惜しみをすることは多いです。

もちろん、出し惜しみをする理由は
あると思います。

しかし、私たちは自分が
人に与えてないにも関わらず、

与えてくれていない、
愛してくれないということに
不満を持つことには敏感です。

「全然、私のこと考えてくれてない(怒)」
このようなセリフどっかで聞いたことありませんか?

あなたも、あなたの知っている人も
こんな感じの不満をいうことはないでしょうか?

不満をがある時は、相手があなたのことを
大切にしてくれていないと感じてる訳ですよね。

ちょと考えてみてくださいね。

・あなたはその不満を言っている時は、
相手のことを大切にできていますか?

・私は十分大切にしているのにもかかわらず
相手は私のことを大切にしていないのでしょうか?

・それとも、あなたも相手と同じように
相手のことを大切にできてないのでしょうか?


自分を振り返って
考えてみる価値があるかもしれませんね。

「~して頂戴」と求めていて
満たされないことってありませんか?

求めているにもかかわらず、
満たされないというのは不満となってしまいます。

しんどいです。苦しいです。

してもらうことを求めて満たされない時は、
そんな時こそ私たちは与えることを
学ぶ時なのかもしれません。

与える喜びを学び、人に与えることで
心が満たされることができるとしたら
素敵なことと思いませんか?

「この人を愛している」という
与える気持ちで心が満たされれば素敵だと
思いませんか?

また、与えることにチャレンジした時
あなたはその難しさを学ぶと思います。

この難しさを体験することが大切なんですね。
難しさを知った時、今まで満たされないと
思いながらしてもらっていたことが

どれだけ、大変でありがたいことなのか
感謝として感じれるようになりますから。

上手く与えれることができなくてもいいんです、
まずチャレンジしてみることが大切なんですね。

与えてみよう!

孤児院で育ったある女性の話です。

その女性は物心ついた時には
親はいませんでした。だから彼女には
親に抱いてもらった記憶がありませんでした。

その彼女が結婚をして赤ちゃんを産みました。

しかし、彼女は自分の赤ちゃんをどう愛していいのか、
どう抱いてあげればいいのか戸惑ったそうです。

なぜなら、彼女は親に愛して貰った記憶も、
抱いてもらったことも記憶もなかったので、
どう愛していいか戸惑ったそうです。

でも、彼女は自分の赤ちゃんを
一生懸命愛して、そして抱いてあげました。
その時自分のことを誇らしく思ったそうです。

彼女は実の親に愛してもらったことも、
抱いてもらったこともなかったにもかかわらず、

自分の子供に愛を与えようとしました。
抱いてあげました。

してもらったことがないにも関わらず、
自分発で与えようと思えたとしたら、
それは愛以外なにものでもないでしょう。

「愛してくれない」
「大事にしてくれない」と
相手に不満があるにも関わらず

相手のことを愛してあげることができれば、
相手のことを大事にしてあげれることができれば、
それは愛なんでしょうね。

それにチャレンジできた時に
自分のことを誇らしく思えると思いませんか?

そう思えた時に与えることで満たされる喜びが
そこにはあるんでしょうね。

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