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嫌いな人に感謝する・前編



毎日こんな魂の学び的なブログ記事を
調べて更新している関係で、

嫌いなヤローや面倒くせーヤロー、
ウザいヤローや「こいつムリ!」的なヤローは
かなり減ってきましたが、

まだまだ十分に、そんなヤローは
私の周りに生息していやがります。
なかなか絶滅してくれませんねぇ(笑)

って言うか、自分自身に対しても
「イヤなヤローだなぁ!」
「トロいヤローだなぁ!」
「情けねぇヤローだなぁ!」
侮蔑してしまう時もあり、

「もしかしたら、自分の判断基準自体が
間違っているのかも…」

やっと気付けるようになりました。

そんなこんなで、本日のブログは、
「嫌いな人に感謝する」をテーマにしました。


▲http://i-kibun.com

あなたには「嫌いな人」はいますか?

あなたは「好きな人」とつき合えばいいのであって、
「嫌いな人」とのつき合いに悩まされる必要はありません。

仕事場が同じだから、
家族だから、
親戚だから、
ご近所の人だから、
あの人ににらまれるとやっかいだから、


つき合わない訳にはいかないからという理由で、
嫌いな人に対して好きなふりをする必要はありません。


あなたが自分の中の「嫌なこだわり」を捨て、
あなたの「嫌いな人」とは異った
ポジティブな心理状況になることによって、

あなたに不利益を与えている人間関係には
終止符をうつことができるようになります。


しかし、そこで「嫌いな人」を避けようとしたり、
「私はあなたが嫌いだ」と告げて
突き放したりしようとすれば、うまくいかないでしょう。

あなたの「嫌いな人」と
穏やかに距離をおくようにするためには、
いったいどのようにすればよいのでしょうか。

ここで少し考えてみましょう。
あなたにとって、以下の3種類の人物がいるとします。

1. 好きな人
2. 嫌いな人
3. なんとも思っていない人


あなたは、この3種類の人物と、
普段どのように接しているかということを
よく考えてみてください。

「3.なんとも思っていない人」というのは、
よく顔を合わしてはいても、あなたにとって

ほとんどつき合いのない人、
あまりよく知らない人、
すれ違った程度の人、
たまたまそこに居合わせた人

などのことです。

特に、この「なんとも思っていない人」と
接するときの自分の状態が、
どんなふうであるのかを思い出してみてくださいね。

さて、それではあなたの「嫌いな人」と
さようならをする方法をお伝えしましょう。

それは、あなたが「嫌いな人」に対して、
「なんとも思っていない人」に接するときと
同じ意識になり、同じ態度をとることで実現します。

これは、あなたにとって難しいことでしょうか?

あなたが嫌いな人に対して
「嫌いだ」という意識を向けることなく、

ケンカを売ることも買うこともなく、
必要以上につき合う気もなく、

相手がどうであろうと
まったく関心をもたなければ、

あなたの「嫌いな人」は、あなたにとって
「なんとも思っていない人」に変わります。


普段、あなたは、
「なんとも思っていない人」のことについて
気をとられている時間などほとんどないはずです。

あなたが本当にその人のことを嫌いなら、
あなたは本来、その人に気をとられている時間など、
なくしたいはずなのです。

なのに、

どうして「なんとも思っていない人」よりも
はるかに多くの時間を、

「嫌いな人」に悩まされることに
費やす必要があるのでしょうか?


「嫌いな人」には、
あなたの人生から消えてもらいましょう。

あなたの人生から消えてもらうということは、
単にあなたの「思考」の中から消えてもらう
ということなのです。

あなたが、あなたの嫌いな人を
本当に人生の中から追い出したいならば、
その人に対して徹底的に『無関心』になってください。

まず大切なことは、

その人がそこに存在し、
これからもその人が好きなように
生きていくという権利を
しっかり認めてあげること。

それからあなたとの関係性を一切、
その人に感じないようにすることです。

あなたがその人に対してまったくの『無関心』
つまり『空っぽ』の状態になっていれば、
その人は必ずあなたの前から消えていきます。

これまでそんなふうにはできなかった相手に対して、
そのように意識を変え、態度を変えるというのは、
最初は少し難しく感じるかもしれません。

あなたの意識が変わったことがわかるまでは、
相手はいつものようにあなたと
ネガティブなやりとりをすることに
慣れ親しんでやってくるかもしれません。

あなたは嫌いな人に出会ったら、
意識を自分の内側に向けて、

自分の心臓のまわりの「感情」を感じながら、
その人に対しては『空っぽ』の『無関心』に
なって
通り過ぎてみてください。

そうしながら、自分の「感情」を見つめていましょう。
「あ、ちょっと怖がっている」とか
「思ったより平気だな」とか感じている
心の動きを見ていましょう。

嫌いな人がそこにいるのはわかっているけれど、
まるで知らない人、自分とは全然関係のない人と
同じ意識でいてください。

相手があなたに気づき、
ネガティブな態度をとったとしても、

「なんでしたっけ?」
「なんだかヘンな態度をする人だなぁ」というような、
おとぼけた感じでいればいいでしょう。

対話する場面になっても、
その態度を変えずに接してみてください。

相手が敵意をむき出しにしてきても、
その挑発にはのらないでください。

すべての関心を自分の内側に向け、
落ち着いた態度で必要なことだけを話し、
できるだけ早くその場を立ち去ることを目標にしましょう。


『無関心』のふりをしているだけでは意味がありません。
心の底から『無関心』になろうとすることが大切です。

しばらくすると、相手の態度が変わりはじめます。
あなたはそうしているうちに、いつの間にか

嫌いな人々が、大して気にもならない存在に
なっていくことに気づくでしょう。

あなたがその人に対して抱いている「感情」が、
「嫌悪感」といった軽いものであれば、
それは比較的簡単に実行できます。

しかし、「怒り」や「怨み」をともなった
重いものであるほど、『無関心』でいることは
難しく感じることでしょう。

次項では、あなたにとって
「許せない人」について、詳しく考えてみましょう。


▲http://i-kibun.com

「許せない人」についての記憶を
心に抱き続けていることは、

あなたにとって、
マイナス以外の何ものでもありません。

「許せない人」について考え続ける
ネガティブな「思考」は、

たとえそれが過去のことであっても、
現在の自分に非常に大きな影響を与え、
現実をつらいものにする最大の要因となるでしょう。

あなたがもしも
「許せない人」に対する怒りや
怨みの「感情」に苦しんでいるならば、

あなた自身のために、
いますぐその人に対する「思考」を
捨て去ろう!と決意してください。


それが難しいことだと感じるのはよくわかりますが、
そのような「感情」があなたの中に
生まれ続けることを決して放っておいてはいけません。

あなたは、怒りや怨みといった「感情」が、
誰よりもまず、自分自身を壊してしまうということを、
きちんと理解しなければなりません。


ブッダの根本の教えを説いている
アルボムッレ・スマナサーラは、

著書「怒らないこと」の中で、
以下のように語っています。

++++++++++

もしも怒って誰かに何かを言ったなら、
最初に自分の心を破壊して、
すごく不幸な感じを味わっているはずです。

怒るということは、
自分で自分を燃やし始めたということです。

いずれ細胞が破壊されて、
グチャグチャになってしまいます。

怒りを甘くみてはいけません。
怒りが生まれた瞬間に、
からだには猛毒が入ってしまうのです。

たとえわずかでも、
怒るのはからだに良くないと
しっかり覚えておいてください。

本当に良いのは、
怒らない方法を探すのではなくて、
ただ怒らないことです。

努力して怒りを抑えこむのではなく、
自分の心の怒りに気づくこと。

からだに怒りが生まれたら、
それを蛇の猛毒のように考えて、
すぐ薬で消してしまうこと。

蛇が古い皮を脱皮するように、
怒りを脱皮してください。

+++++++++


あなたが「許せない人」のことを
考えないようにするためには、

その人のことを許さなくてはならないなどと
考える必要はありません。

なにもかも許せるような広い心をもつことを
目標にできるならそれはすばらしいことですが、

あなたがそうしたくないのであれば、
あなたはこれからもその人のことを
許さなくてもかまいません。

ただし、あなたがその人のことを
「許さない」ということと、

その人への怒りや怨みを
感じ続けるということとは全然別のこと。


あなたがその人とのネガティブなやりとりを
頭の中で繰り返すたびに、あなたは、

あなたが本来望んでいることと、
全く正反対のことをしてしまっている
ということをきちんと理解する必要があるのです。


本当にその人のことを許すことができず、
その人よりもずっと優位な立場で
幸せに生きることを望むなら、

あなたのエネルギーを
その人に向けるのをやめましょう。


あなたが「許せない人」を
こらしめてやりたいと考えるとき、

あなたはまず、
自分を苦しめることから出発してしまうのです。

あなたが本当にその人のことを許せないのならば、
苦しむのはその人だけであって欲しいはずです。

ですから、あなたの「思考」が
「許せない人」のことをののしりはじめ、

あなたの「気分」が悪くなりはじめたらすぐに、
必ずその「思考」をストップすべきであることを
思い出してください。

「許せない人」に対しては、
あなたが手をくだすまでもありません。

その人は、必ずその人にふさわしい
学びを受けることでしょう。

裁きは、神様や「宇宙の法則」におまかせして、
あなたのエネルギーは、あなたがこれから
望んでいる目標に振り向けましょう。


あなたがそれほど許したくないと
感じていることには、理由があります。

そこにはあなたが欲している、
大切な望みが隠れているはずです。

そうでなければ、あなたはそれほどの
執着を感じることはないはずなのです。

あなたの望んでいることはなんでしょう?

どうかあなたのエネルギーを、
「許せない人」に対してなどではなく、

あなたが本当に望んでいることに対して
向けはじめてください。

「許せない人」には、あなたの人生の中から、
つまり、あなたの「思考」の中から、
できるだけ早く消えてもらいましょう。

「自分のこと」そして「他人のこと」についての
真理がきちんと理解できていれば、

対人関係についての悩みは、
必要ではないことに気づきはじめるでしょう。

次項で詳しく説明していきましょう。


▲http://i-kibun.com

あなたが誰かのことを
「苦手な人」だと感じるとき、

あなたはその人のことを、
『自分にとって、やっかいな存在』だと

判断しているということが、
自覚できることでしょう。

つまり、たとえ
今日会ったばかりの人であっても、

昨日まで愛していたはずの人さえも、
あなたに不快な「感情」を与えようとする人こそが、

今後あなたにとって「苦手な人」という立場に
なり得るということです。

しかし、あなたにとって
「苦手な人」という判断をくだす前に、

まずは、自分の中にある
「嫌なこだわり」を捨てようとすること。


そして、あなたに不快な「感情」を
与えるような態度をする人は、

「単にその人自身が不快だから」だと
いうことを忘れないでください。

誰かの態度や機嫌が悪いのは、
あなたのせいではありません。

あなたと相手との間にある、
真理を客観的に眺めてみましょう。


相手は勝手に不快感を感じさせる
態度をかもしだしており、

あなたは勝手に相手を
「苦手な人だ」と感じはじめます。

そしてその意識は
黙っていても相手に伝わり、

あなたと相手の
ネガティブな心理状況が同調して、
悪循環が起こりはじめます。

しかし、忘れないでください。

相手はあなたと同じように、
自分自身の「感情」に対処することだけで
精一杯なのです。


相手の態度を変えさせようとしたり、
「正しさ」や「優劣」を争って
勝とうとしたりすることで、
人間関係が改善することはあり得ません。

あなたが目指すべきなのは、

どのような人が、どこにいようとも、
どうであろうとも、あなたがつねにラクで
「いい気分」でいられるようになることです。


そのためにあなたが気をつけるべきことは、
つねに「相手の心理状況に影響されないようにする」
そのことだけでいいのです。

たとえ相手がどんな人であったとしても、
あなたについての決定権は、つねにあなたにあります。

人と話をするときには、
あなたにとって重要なこと、

あなたが「いい気分」になるために
必要なことに思考を向けましょう。

相手の考えや、
ネガティブな言葉にひきずられないこと。


もしも誰かからの
ネガティブな一撃を受けたなら、

あなたは下記のことを
思い出さなければなりません。

●相手の言うことに従う必要はない
●相手の言動を変えようとする必要はない
●自分の正しさを証明する必要はない
●相手がどう思っているのかは重要ではない
●相手が選択すべき領域に踏み込むことはできない
●相手がネガティブであることは自分には関係ない


相手に対して、反発したり口論になったりという
ネガティブな反応を選択しそうになったら、

すぐさまこのことを思い出すことが
できるようになりましょう。

ほとんどの場合、誰かがネガティブなときには、
あなたがそこに焦点をあてないでいることによって、
出来事は流れていくでしょう。

しかし相手があなたに
何かを要求しているならば、

まずは相手が自分に対して、
何を必要としているのかということを、
穏やかな気持ちで確認してみましょう。

理解できないところを質問して、
相手の考えをよく理解しようと努め、

それに対してどのように対応するのかは、
あなたが判断して決めるのです。

相手のペースにまきこまれそうに
なっている自分を感じたら、

何をどのように対応するかということを、
あなたが決めるための時間が
どのくらいあるのかを確認し、
早急に答えを出すのを控えましょう。


もしもあなたに余裕があり、
可能であると判断するならば、
相手が望んでいるものを渡してあげましょう。

あなたがポジティブな状態を維持していて、
その意思が揺るがないものであり、

すべての人に愛をもって接する余裕があったなら、
相手の言葉にまどわされず、
相手が最も必要としているものを、
その場で与えることさえできるようになるでしょう。

あなたの先行的な目標が、
いつも「いい気分でいること」であるならば、

相手がネガティブな状況であることを察知すれば
素早く意識を高め、ネガティブな心理状況に
決して同調するまいとリラックスし、

災難からひょいと身をかわすことを
選択することができるのです。



▲http://i-kibun.com

あなたにとって「他人」とは、
自分を映す鏡のような存在です。

あなたは「他人」を見ながら、
いつもそこに自分の姿を見ています。

なぜなら、あなたが理解できることは、
「他人」のことではなく、
つねに自分のことだけだからです。

あなたは、「他人」という鏡に映された
自分の姿をみることによって、

いま現在の自分のあり方を
よく理解することができるでしょう。

あなたが「他人」を眺めながら行うどんな「思考」も、
完全にあなたの主観的な判断によって行っているものです。

ある人物をみて、
「あの人は○○な人だ」と話すとき、

あなたは自分自身がいま何について
こだわっているかということを語っているにすぎません。

ですから、あなたが誰かに対して
ネガティブな「感情」を覚えたなら、

そのときに行ったその「思考」は、
実は自分自身がこだわっていることなのだと
理解してください。

「あの人は○○だから嫌だ」と考えたなら、
「じつは自分が○○なのではないか?」

「自分が○○になりたくないということに
こだわっているのではないか?」と考えてみてください。

彼らは彼らの好きに生きているだけなのであり、
その中で何がどうであるのかと定義づけているのは、
いつでもあなた自身なのです。

あなたの目標が
いつも「いい気分」でいることだとするならば、

他人についてネガティブな「感情」を覚えたとき、
変更すべきなのはつねに他人の言動ではなく、
あなたの「思考」のほうです。

なぜなら、そのときあなたが
理解できている絶対的な事実とは、

「あなた自身がどのような思考をしているか」
ということだけだからです。

他人についての、何かの真実が
どうであるのかということは、

実際のところ、
あなたにはほとんど何も理解できていません。

あなたが他人についての
ネガティブな面について語るとき、

あなたは、実際には
自分の「思考」の歪みについて語っています。

あなたがどのような歪んだ「思考」で
世界を見ているかを語り、

あなたの現在の内側の意識を、
まるで鏡のように見せられて
苦しんでいることに気づいていません。

あなたは他人の中にいつも、
自分を投影させています。

他人の中に、自分の中のこだわっている部分を
勝手に見出しているだけなのです。

もしもあなたの苦手な人が、
あなたの周りから消えてくれないと
感じているならば、

それはあなたがその人に対して
「嫌だ」という抵抗の意識を
向けているために起こっています。

そしてあなたが
「嫌だ」とこだわっていることは、

本当のところは自分自身の中にある
こだわりの部分への抵抗です。

あなたはそれを、
鏡のように見せられているのが
とても嫌なのです。

不思議なことに、

相手に対するあなたの抵抗の気持ちや
軽視するような考えは、まるで鏡のように
反射してあなたのほうに返ってきます。

ですから、あなたの苦手な人を、
自分から遠ざけたいと思うならば、

その「他人」のことを
どうにかしようとするのをやめて、

「他人」をみている自分の「思考」に
変化を起こさなければなりません。

苦手な人から自分を遠ざけることが、
なかなか難しいと感じる理由は、

「苦手だ」と感じているこだわりが、
「他人」の中にあるからではなく、
自分の中にあるからなのです。


あなたが、本当にあなたの苦手な人に
さよならをしたいなら、

あなたには以下のことが
必要であると理解してください。

1)苦手な人との関係を招いてしまったのは、
そのときの自分の状態が良くないということを
理解するためだったのだということを悟り、

自分がいまこだわっている嫌なものが
何であるのかを理解する。


2)自分はもっと明るくて
いい気分になれる考え方を選択し、

もっと明るくていい気分になれる人間関係を
築きたいということがわかったので、
そのようなこだわりを捨てようと決意しはじめる。


3)あなたの苦手な人に対して、
そのこだわりを投影することで
あなたに大切なことを気づかせてくれた
ということに感謝する。


そして自分には、
もうその人は必要ないと選択し直し、
苦手な人に対して無関心になる。

あなたが上記のことを理解でき、
あなた自身のこだわりを捨てはじめれば、

それまで気になっていた他人の態度や
言葉についても以前ほど気にならなくなります。

あなたはその相手とは違った周波数に
チャンネルを合わせはじめることになりますので、
自然と距離ができはじめるでしょう。

ネガティブな周波数を発している人から
遠ざかりたいと思うならば、

あなたはつねに自分を
ポジティブな周波数に
固定する意思をもっていましょう。


▲http://i-kibun.com

「他人」に対して
ネガティブな「感情」を覚えるときには、

「他人」を眺めながら、実は自分自身が
そのときにこだわっていることについて
「思考」しています。

ネガティブな周波数に固定されているときには、
自分が「他人」の中に、自分自身の
現在のこだわりを投影させて、

「勝手に苦しんでいる」ということに
気づいていません。

あなたに対して怒っていたり、
何かしらつっかかってくる人が現れたなら、
このことをしっかりと思い出しましょう。

ネガティブな感情を
むき出しにしている人物からの攻撃に対して、
あなたはどのように反応するでしょうか?

彼らはもっともらしくあなたの悪い点を並べ立て、
あなたが彼らを憤慨させていることについて
納得させようとするかもしれません。

しかし、実のところ彼らは、
あなたの中に自分の中のこだわりの部分を
勝手に投影させて苦しんでいるだけです。

冷静に彼らの言葉を聞いてみれば、
それが現れていることがわかります。

彼らは、あなたの何が気に入らないかを語りながら、
同時に自分自身に何が不足しているのかを
語っていることでしょう。

さて、もしもあなたがこのことを理解しておらず、
彼らの言葉や態度に反応すれば、どうなるでしょうか。

あなたは誰かにつっかかられ、
ネガティブな言葉を吐きつけられると

すぐさまその相手の挑発にのって
ネガティブな「思考」にのっとられ、

自分のどこに非があったのかを
理解しようとしたり、

自分が間違っていないことを
証明しようとしたりするかもしれません。

しかし、彼らがいったいあなたの何を理解して、
そのような攻撃をしかけてきたのだと思うのでしょう?

彼らは、なにも理解できていません。

ただ、自分の力では自分自身に必要なものを
受けとることができないと信じているため、

誰かにその不足を
補ってもらおうとしているだけなのです。

彼らは、無意識にあなたの弱いところや
耳が痛いようなことを題材にして、

あなたが彼らのネガティブの原因であることを
証明しようとするでしょう。

しかし、たとえあなたがいま、自分について
どのようなコンプレックスをもっているとしても、

彼らの言わんとすることの中に
耳が痛いと感じることが混じっていたとしても、

彼らの非難を彼らの言葉のままに
受け入れる必要はまったくないのだ
ということを決して忘れないでください。

あなたのネガティブの原因が、
あなただけの問題であるように、

彼らのネガティブの原因もまた、
彼らだけの問題なのです。

あなたが彼らを相手にしないことを選択すれば、
彼らはターゲットを別の人間に移すでしょう。

もしもあなたが、「彼らが自分を非難するのは、
自分のコンプレックスや、日頃の態度や人格のせいだ」と理解し、

自分の非を認め、彼らの言うことに
同意することを選択したならば、どうなるのでしょう?

彼らはあなたという
「ネガティブのはけ口」を見つけだしたことにより、
つかの間の満足感をおぼえはじめます。

しかし、しばらくすると彼らは
自分の中の空虚感がちっとも満たされていないことに
気づくでしょう。それもそのはず。

彼らのネガティブの原因は、
あなたにあるのではなく、
彼らの歪んだ「思考」の中にあるのですから。

彼らは歪んだ「思考」で再び考えるでしょう。

自分がこんな気持ちになるのは、
あなたのせいだと。

そうなると彼らにとって、
あなたは空虚感を満たしてもらうための
恰好のターゲットとなるのがおわかりでしょうか。

あなたへの言動はエスカレートされていくことになり、
事態は悪化するばかりで抜け道が見えなくなります。

つまり、彼らの意見に同意することで、
お互いに良いことはなにもないのです。

これは、立場が逆であっても同じことです。

自分のネガティブを
他人のせいだと判断しようとすれば、

悪循環が繰り返されるばかりで、
解決することはなくなります。

あなたが普段から意識して明るくて
「いい気分」でいることを心がけていたならば、

そのような相手の状況に
簡単に影響を受けて一緒に嫌な「気分」になり、

彼らの勝手な歪んだ「思考」を
自分自身のコンプレックスのせいだと
間違えることもありません。

あなたの中で自分自身への愛情が
不足しているときには、そのような人物を
自分の経験に招いてしまいやすくなるのです。

よく覚えておきましょう。

その人がネガティブを感じているということと、
あなたがその人の意見に対して

どのように対応するかということは、
まったく別のことです。

あなたにとって不快な言葉を
並べられる意見を聞くときには、

そのネガティブな感情にまどわされずに、
慎重に対応を選択する必要がある
ということを忘れないでください。

その人の意見を受け入れるかどうか、
またはどの程度受け入れ、
どの部分を拒否することにするか、

などということについての
すべての決定権は、あなたにあるのです。


あなたがそのことを理解し、
意識を自分の内側に向けたなら、

あなたの嫌いな人は、
あなたの前からいなくなるのです。


▲http://i-kibun.com

あなたが本来のあなたらしさをもって、
あなたの人生を充実させ、心地よい人間関係を
つくりだすためには、

あなたの好きな人との関係が
もっと良好なものになり、

嫌いな人とのつき合いが
必要以上にはなくなるというのが理想的ですね。

現実にはこのような単純で明快な
人間関係を築くことは、難しいと感じるかもしれません。

好きなはずの人とは始終ケンカになるし、
嫌いなはずの人は、頼んでもいないのにまとわりついてくる。

たとえあなたが現在そのように感じていたとしても、
これからその関係を飛躍的に改善していくのは可能なことです。

問題は、その方法をあなたが
理解できていないということだけです。

そしてあなたが、本当に現在の人間関係について
改善したいと思っているのかどうかということを
確認する必要があるでしょう。

もしもあなたが、
「いまの人間関係がうまくいっておらず、
自分のまわりに気に入らない人がたくさんいる」と
感じているならば、何よりもまず、

あなた自身の心理状況が良くないのだということを、
しっかりと理解しなければなりません。


あなたのまわりには、いまのあなたの心理状況に
ふさわしい人間が集まってくるものです。

あなたが人間関係において、これまでにない
改善の効果を得ることを本当に望むなら、

あなたはまず「賢者の選択」というものが
どのようなものであるかを理解する必要があるでしょう。

人間関係における「賢者の選択」とは、

●ほかの人を「コントロールしよう」とする
一切の気持ちを捨てること。


●「自分が正しい」ことを
主張しようとするのをやめること。


●ほかの人を批判したり
非難したりすることをやめること。


●ほかの人と「争う」ことを
自分のほうから放棄すること。


あなたが「賢者の選択」と
正反対の行為を続けることによって、
あなたの得になることは何ひとつありません。

そればかりか、その行為は、
あなたに大変な不利益を招き寄せている
最大の要因となっています。

あなたはただ、あなたや、
あなたが大切だと思う人に優しく接しながら、

自分自身の興味や計画にしっかりエネルギーを注ぎ、
ほかの人がしたいことについては、
邪魔しないでおきましょう。

もしもあなたが
「賢者の選択」をおこなうならば、

あなたの人間関係には、
必ず驚くべき変化がおとずれます。

あなたが誰かから純粋な愛情を得たいのならば、
いかなる期待も抱かずに、ただ相手を純粋に愛すること。

あなたがほかの人から
必要なものを得たいのならば、
先に相手にそれを与えてあげること。

そして何よりもまず、
相手が必要としているものが
何であるのかを理解しましょう。

あなたが話したいことを
相手にきちんと聞いてもらうためには、

相手を否定するのをやめて、
相手が述べることに同意し、

自分の見解を、
ただ穏やかに話すだけでいいのです。

あなたが「賢者の選択」をおこなうにしたがって、
これまでのあなたが、いかにあなたの損害に向かって
エネルギーを発していたかということが、
理解できるようになります。

そうなると、あなたの心理状況は、
現在あなたが苦手だと感じている人々とは
あまりにも異なるものに変わっていきますので、

おのずとあなたの「嫌いな人」とも
疎遠になる準備が整うことになります。


▲http://anisum.daynight.jp

死んだ祖母がよく言っていた。
「悪気がないのが一番わるい」と

確かにそうかもしれない。
理由はふたつ…かな。

悪気がないのは自覚がないから

「悪気がない」というのは、
たぶん「自覚がない」ということなのだと思う。
自分の言動に対して。

ちょっと前に人に嫌われた
思い出について書いたけれど、

あの時のわたしの何が悪かったって、
「悪気がなかった」のがよくなかった。

そのコミュニティにいる人たちに対して
何がOKで、NGかを自覚していなかったので
自分に正直に発言しすぎて嫌われてしまった。

要するに無神経だったということだ。

悪意があったわけではないし、
意地悪をしたかったわけでもない。
すすんで嫌われたかったわけでもない。

でも、無邪気すぎ、正直すぎるから
ズバッと言えてしまうことはある。

その言葉が何を指し、
相手にどう響くのか自覚がないから
無邪気であればあるほど、

遠慮なくストレートに
相手の痛いところにぶち込んでしまう。
しかも自分には痛覚がない部分に、無神経に。

だから一番悪いんだと思う。

正直で悪気がなかったからといって、あとで
「すみません、悪気はなかったんですぅ…」
「ごめんなさい!」と謝っても、
特に許してもらえるわけではない。

悪気がなくていいのは、たぶん小学生くらいまで?
少なくとも分別がついた年齢になってから

謝罪のシーンで
「悪気はなかったんですぅ」と言われても
言い訳にはならないだろう。
言わないほうがマシだと言いたくなる。

「あ、じゃあ、しょうがないね」
「今から自覚してくださいね」
って言われるだろうなと思う。

私だったら言うなー。言いたいなー。

悪気のあるなしにもレベルがある。

ちょっとしたことで、
「お互い様だよね」って言える悪気のなさ、

「悪気ないですぅ」って言われて
余計にアウト!になる悪気のなさ。

いろいろ。

悪気がないことで叱られることの多い人は
すでに「あの人って悪気はないんだけどねぇ…」
「いつも、ああなのよ…」とか言われてる可能性も高い。

かなり呆れ気味な感じで…。

悪気のなさが修正可能な場合は
ちょっとずつ気をつければいいと思うけど、

どうしてもダメな人は、
もう「悪気がない人キャラ」として
認めてもらうしかないと思う。

「悪気がないのが一番悪い」の
もう一つの理由は

たぶん人によっては
「治らない」からだと思うのだ。

でも、悪気のなさは
素直さや正直さや無邪気さとも
くっついているから、

いつもいつも悪いわけではない。

最初は呆れられるし、怒られるし、
いろいろ大変だと思うが

周りも一度慣れてしまえば
「もう、こういう人なんだ」と思って
あきらめるか、向こうから避けるかしてくれる…はず。

あるいは、面倒を見てくれるような天使が
現れるとも限らない。

その代わり、
仕事とかほかの思いやりとか真面目さとか
他のことでバランスとって挽回するしかない。

悪気がなくてさんざん言いっぱなしで
そのうえ、何もしません、できませんだったら
ただの嫌われ者になってしまう。

人間としてそれは結構きついだろう。
悪気のなさは一種の「鈍感力」でもあるので

過剰・過敏な今の世の中には
多少はあったほうがいいパワーなのかもしれない。

全部空気を読んで、
相手に誤解されないようにだけ気を使っていたら
何もできなくなってしまう。

私も、いくらか自分の
「悪気のなさ」に助けられているところもあり、
同時にリスクも負っている。

「悪気のなさは確かにわるい」かもしれないが
自分の「悪気のなさ」パワーを自覚すれば
ほかのことに使えるのかもしれない。

悪気がなくて相手にいやなことをしてしまっても
悪気がなかったことは、言い訳にならない。

普通に丁寧に謝ったほうがいい。

でも、悪気のなさは一種のパワーであり
諸刃の剣かもしれないのだ。

「悪気はなかったんです」の一点張りで
終わらないようにほかのところを工夫し、
頑張っていけばいいのかもね。

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怒りは毒薬。

まだボーっとしている頭で読んで、
いかりは自分お体にとって、毒薬だったんだと初めて知りました。ある意味怒りは自分を擁護し癒してくれるものと思っていましたがそうではなかったのですね。

若いころはいろんなものに怒りましたね。そしてそれが何日も続いて自分の体を確かに痛めていましたよ。
思い返してそう思いました。

現在は人の中にいないし、個人的な暮らしだけですので
そうたいしたことはなく、一部分ありますが、今はこうした心の勉強でその怒りも続きませんので大変ありがたいです。
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ナガサキブタロー

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