2016
02.06

気にしない



なにか失敗をした時、
自分の発言で相手が機嫌を悪くした時、

「やっちまった!自分はダメなぁ…」
「ああ、嫌われたかもなぁ…」
なんて凹んでしまうことがあります。

けれども、それが過剰反応になりすぎると
何かをする時に、緊張をするようになります。
人と接する時に、オドオドするようになります。

相手の思惑を気にし過ぎると
自分のごきげんは相手次第ということになります。

といいながら、相手は意外と
そこまで気にしていない場合が多いものです。

なぜなら、自分もそうだからです。
たしかに、相手が何かを失敗したら
イラっと来ます。

気に障ることを言われたら
ムカっとは来ます。

けれども、そんなに相手のことばかり
ずっと考えている訳ではありません。

意外とその場だけのこととして
気にしていないことが多いのです。

だから、いろんなことを気にし過ぎる人は
「大したことないさ!」
「自分は自分、人は人!」と
開き直ることも必要ではないかと思います。

本日のブログでは、そんなことを学ぶために
関連するサイト記事を集めてみました。

ドジな自分、ダメな自分ではないのです。

ドジな時もあるし、
すごい時もある自分なのです。

ダメな時もあるし、
上手く対処できる時もある自分なのです。

減点主義による自己評価は、
自分の人生をつまらなくします。

いつでも自分の味方でいるために、
「気にしない」という記事を一緒に
読んでおきたいと思います。


▲http://life.searchai.jp

気にしない性格というのは、
ある意味、得な性格と言えます。

大きな失敗をしたり、
重い責任のある仕事を任されても、

気にしない性格であれば
プレッシャーを感じないかもしれません。

ではどうすれば、
気にしない性格になれるのでしょうか。

ネガティブな事を考えない

気にしない性格というのは、
ポジティブな性格とは違います。

ポジティブな人は、自分から色々と挑戦をしたり、
失敗を糧に次を頑張るような性格の人です。

気にしない人は、人に何を言われようが、
怒られようが、気にせずに反省をしないような性格で、

悪く言えば無責任な性格とも言えます。

それでも、ネガティブに自分を責めたり、
いつまでもくよくよと失敗を気にするような性格よりは、
その人にとっては都合の良い性格なのかもしれません。

気にしない性格になるには、
ネガティブな考えを捨てることです。

失敗をしたり、人から怒られたりしたら、
反省は必要ですが、あまりくよくよと
そのことばかりを考えてはいけません。

なるべく頭を切り替えて、
別の事を考えるようにしましょう。

頭から離れない場合は、仕事や趣味など、
別の作業に集中して忘れるようにしましょう。

そうやってネガティブな考えを振り切ることで、
頭を切り替えて次に進むことができるようになります。

また、「ポジティブな性格と気にしない性格は違う」
と申しましたが、ポジティブな事を考えることも、
気にしない性格になるには有効です。

責任のある仕事を任された時などに、
「こうすれば大丈夫だろう」と思うのは、
ボジティブな考え方ではありますが、

ある意味気にしない性格でもあります。

自分の弱さを受け入れる

生きていれば誰しも失敗したり、
悩んだりするのは、当然あることです。

そういった時に、無理にポジティブに
考えようとするのは難しいかもしれません。

頭を切り替えるのが難しい場合は、
とにかく自分の弱さを認め、
一度きちんと受け入れることです。

「自分は弱い人間だ」と思い、
失敗や悩みを受け入れることで、
気持ちも楽になるかもしれません。

人間であれば、誰でも一つや二つ、
あるいはもっと悩みがあるものですし、
何事にも失敗しない完璧な人間など存在しません。

自分も弱い人間であることを認め、
受け入れることで、気持ちは楽になります。

その上で、頭を切り替えて、
次の行動を取るようにしましょう。

失敗をフォローするのか、謝罪するのかや、
悩みであれば、解決策を探すのか、
人に相談するのかなど、
ポジティブに考えると良いと思います。

ポジティブに考えるのが難しいようであれば、
別の作業に集中するなどして
失敗や悩みを忘れるようにしましょう。

一度、自分の弱さを受け入れていれば、
頭も切り替えやすいと思います。

人を干渉しすぎない

日本人の性格として、人の行動や言動を
気にしすぎるという傾向があります。

これは、日本の歴史や文化が
影響していると言えます。

昔から日本は、自分より身分の高い人の
機嫌が悪くないかを伺ったり、

身近な人たちがどんな悩みを抱えているかを
顔色で判断してきたりしました。

そのため、口で言わなくても分かる
というのが当たり前になっていたりします。

欧米人などには、体調不良や悩みなどは、
自分の口で言わなければ他人にほとんど伝わりません。

しかし、日本人が相手の場合、
口に出さなくても、ちょっとした仕草や顔色で、
何を伝えたいかが分かる場合があるのです。

これは、日本人の相手を思いやることができる文化
というのが大きく影響していると思われます。

ただ、この性格が逆に、相手に重荷になったり、
ありがた迷惑になってしまう場合もあります。

人に干渉しすぎてしまうこともあるのです。

気にしない性格というのは、
こういった相手に重荷になるようなことを
しないということでもあります。

あまり自分のことを
気にしてほしくないという人には、
干渉しない方が良いでしょう。

自分は気にしていないつもりでも、
ちょっと声をかけただけで、

相手としては干渉されていると思い込んで、
プレッシャーとなってしまう場合もあります。

あなたが気にしない性格で、
干渉されてないとその人が思えば、
その人も安心して物事に集中できるかもしれません。

気にしない性格になるには、
自分はアメリカ人と思い込むのも有効かと思います。

アメリカ人は、他人や家族にもあまり干渉せず、
当人の自由にさせている人がほとんどです。

もちろん、助けが必要であれば手を貸しますが、
基本的にはその人の自由にさせて、
干渉しすぎないというのが良い距離感になると思います。

「自分は自分」
「他人は他人」だと思う


自分が失敗して、人から怒られた時も、
反省は必要ですが、あまり気にしすぎないというのも
とても必要なことです。

原因は自分にあったとしても、
「他人は他人」と思い込むことで、
あまりくよくよせずに済むかもしれません。

人が怒っている時、
「この人は怒りたいから怒っているのだ」と思うと、
気が楽になります。

もちろん、反省して同じ過ちを
繰り返さないようにする努力は必要ですが、

失敗を引きずっていると
前に進めなくなりますので、
こういった考え方をするのも有効かと思います。

このように、気にしない性格というのは、
何かと得な性格であると思われます。

しかし、全く気にしない性格というのも、
無責任な人になってしまいますし、

無関心すぎてつまらない人だと
捉えられてしまうかもしれません。

ですので、気にしないのも
ほどほどにする必要があります。

もともと気にしない性格の人は、
そういう性格の人という認識なので良いですが、

これから気にしない性格を
目指すという人は、注意して下さいませね。


▲https://happylifestyle.com

「間違えないように」と思っていると、
間違えやすくなります。

「失敗しないように」と考えていることほど、
失敗しやすい状態はありません。

「緊張しないように」と考えるほど、
緊張してしまいます。

「自信がない」と考えていると、
もっと自信がなくなります。

人間は、気にしないように思っても、
実際は気にしているのです。

「気にしないように」と考えているのは、
気にしているからです。

集中しているということです。

「気にしない」ということを
気にしているのですから、
気にしていることには変わりありません。

人生は、あなたが思っているような
毎日になります。

気にしないようにと考えていることは、
気にしていることに変わりありませんから、
気にしていることが現実になります。

「今日は嫌な日にならなければいいな」
と思っていると、嫌なことを気にしているのですから、
嫌な日になります。

自分でそうした出来事を引き寄せているのです。

心のどこかで嫌なことが起こることを期待し、
実際に嫌なことが起こると

「やっぱり……」と思ってしまう自分がいます。

「間違えないようにしよう」と思えば思うほど、
間違ってしまいます。

「間違える」ということを気にしているからです。

「間違えませんように」の「ません」の部分が抜け
「間違えるように」と、頭の中では解釈されています。

ネガティブな考えは、まったくそのとおりに
あなたの人生を傾けます。

考えている通りの人生になるのは、
そういうことを考えて、
自分が引き寄せているからです。

気にしていることは、全部現実となって
表れてしまう法則があるのです。

考えることはネガティブではなく、
ポジティブに考えることです。

「嫌なことが起こりませんように」とは考えず
「いいことが起こりますように」と考えましょう。

「間違えませんように」ではなく
「うまくいきますように」と考えましょう。

「失敗しないように」ではなく
「成功するように」と願うのです。

いいことを考えていると、
いいことを自分から引き寄せることになります。

先ほどもお話ししたとおりに、
気にしないように考えていても、
気にしていることには変わりありません。

どうせ気にするのであれば、
ポジティブなことを気にしたほうがいいのです。



「気にしない」というテーマで
ここまで関連記事をお読み頂いた訳ですが、

「でも、やっぱり気にしちゃうんだよなぁ…」と
私は思ってしまいます。

良い意味でも悪い意味でも
気配りが出来る人というのは、

相手を不快にさせないように
配慮というアンテナを
人よりたくさん立てていますから、

自分が余計なひと言を言っちゃった時とか、
相手が急に不機嫌になった瞬間とか
見逃さない訳です。

だからどうしても
気にしちゃう訳です。

別に相手から、良い人に思われたいとか
そんな下心はないのだけれど、
気づいてしまうから、どうしようもないのです。

神経質すぎるのかもしれません。
もっと「鈍感」になるべきなのかもしれません。

だからこれからの記事は、
「気にしてしまう」ことを前提にして、

『気にしても引きずらない』

これをテーマとして
関連記事を掲載したいと思います。

本日のブログテーマの第二部として
お読みくださいませ。


▲https://happylifestyle.com

嫌なことがあったときは、
反省さえすればさっと忘れてもかまいません。

反省をして「今後は気をつけよう」と
心に誓うことさえできれば、
失敗にこだわる必要はないのです。

くよくよすることはあっても、
長引かせるのはよくありません。

くよくよしてしまうくらいなら、
さっと忘れて頭の中を
切り替える力を持つことです。

くよくよするより、
気持ちを切り替えましょう。

この「切り替え力」さえ持つことができれば、
どんな嫌なことがあっても、
乗り越えていけるようになります。

と言うより、

さっと頭の中の切り替えができれば、
乗り越えたうえに忘れることもできてしまいます。

いつまでも、くよくよするのが
乗り越えることではありません。

反省したら、さっと忘れて、
頭の中を切り替える。

これが、「乗り越えていく力」
ということなのです。

私はいつも嫌なことがあったときは、
すぐ寝ることにしています。

自分なりに、頭を切り替える方法を
身につけておきましょう。

友人と電話で話す、
お風呂に入る、
カラオケにいくなど、
頭の中を切り替える方法も人それぞれです。

自分に合った方法を見つけ、
嫌なことがあったときには
頭の中を切り替える手段を使いましょう。

つらいことがあっても、
乗り越えやすくなるのです。


▲http://president.jp/articles

人は同時に、「前向きのこと」と
「後ろ向きのこと」を考えることはできません。

そして、人間である以上、
後ろ向きに考えないというのは難しいものです。

そうであれば、

後ろ向きの感情が起こったときに、
そのマイナス感情をいかに早く終わらせるか
ということが大切なのです。



そのための自分のアイデアが輪ゴムでした。

私の人生の師匠は禅寺のお坊さんでした。
修行を積んだお坊さんは、

感情の起伏がないというわけではなく、
むしろ感情はとても豊かで、
ときに厳しく叱ることもありました。

ただ、凡人と異なるのは、
すぐに元の穏やかな表情に戻られることです。

修行により、感情の切り替えができるのです。

「ぱちん」と弾くとちょっと痛い輪ゴムは、
当時、私にとって感情を断ち切る
プチ修行となったのです。

さらには、前向きというのは、
起きていることを素直に受け入れることが
大前提だと思います。

起こったこと、過去のことは変えられません。

それを批判的に考えずに、
素直に受け入れれば、
対処するための良い知恵も浮かんできます。

否定的に考えていては、
良い知恵どころか、心も暗くなり、
負のスパイラルに陥ります。

自分にとって都合の悪いことを
受け入れないということは、
結局、周りの環境を非難しているのと同じです。

自分は悪くなくて、
周りが悪いということになると、

自分から何かをしようとか、
自分のどこかを変えようという
気持ちにはなれません。

環境や周りの人に変わることを
期待してしまいます。

すべてを受け入れる
究極の「素直さ」


一方、起こったことや環境を受け入れると、
自分でできることを探すこととなります。

そうすると、対応が前向きになり、
新たな展開が始まると思います。

松下幸之助さんは

「逆境も、順境もそれを素直に受け入れ、
逆境のときは卑屈にならず、
順境のときにはうぬぼれないことが大切だ」と
おっしゃっていますが、

どんなときにも、素直でいることが大切です。
そして、環境を前向きに受け入れられれば、

感謝の気持ちが生まれ、
それが「利他心」にもつながりますね。


▲http://www.h5.dion.ne.jp

他人に傷つけられても、
はっきりと自我に目覚め、

意志をもって生きている人は、
まだ幸福だといえます。

もっとも不幸な人生とは、
他人のご機嫌をうかがい、気を遣うばかりで、

自分が何をしたいのかが判らない
虚しさの中で生きることです。

恋人からひどい暴力を受けたり、
浮気を繰り返されたりと、

明らかに悪意をもっておとしめられているのに、
「きっと本当は優しい人なのだ」と
相手を美化して、けな気に耐えている人がいます。

相手の悪意さえも受け止めるだけの
寛容さがあればよいのですが、

それほどの意志も覚悟もなく、

「いったい、いつになったら私の気持ちを
判ってくれるのか」と相手にからみ続け、

結局裏切られては、人間不信と
自己嫌悪にさいなまれるという繰り返しなのです。

他人の欠点に目をつぶるということは、
相手の人間性を尊重する気持ちがあってはじめて
成立することであって、

「本当は文句を言いたいが、
嫌われるのが怖いから我慢する」というのでは、
被害者意識と無力感に悩まされるだけです。

単に自分が傷つけられているという現実を
認めたくないために、怒りを抑圧してしまう人は、

悪意に満ちた人の恰好の標的となり、
ますます傷つけられることになります。

怒りは不快な感情ですが、
「他人を憎むことは許されない」と怒りを抑圧することは、
かえって精神の健康に害をおよぼす結果となります。

怒りをはっきりと自覚するほうが、
むしろ精神にはよいことなのです。

自覚しなければ、解決もできません。

怒りを抑圧してしまうという心の働きは、
たいてい、幼いころの親との関係によって
つくり出されます。

未熟な親からの非難と憎悪を感じても、

子供は、「私の親は本当は優しく、
私を愛してくれているに違いない」と
信じて疑いません。

幼い子供にとって、親は保護者であり、
目標であり、命そのものです。

偉大な存在である親を責めることは、
多大な罪悪感をともなうものです。

子供は親を通して自分の価値をはかりますから、
親の人間性を否定するということは、
自分自身を否定することにほかなりません。

親を冷たい人間だと認めてしまえば、

そんな親に依存し、愛情を求めて
生きていかなければならない自分が
あまりにも惨めです。

無力な子供は、現実から目をそらす以外に
なすすべがないのです。

恋人を内心では非難しながらも、
感情にふたをして、ごまかしながら生きている人も、

同じように、恋人に自分を
投影してしまっているのでしょう。

自分で自分を認められず、
他人にどう思われるかが自分の価値のすべてだと
思い込んでいるので、いい加減な人の
上っ面の優しさを信じ、それに依存してしまいます。

そして、自分が本当は
愛されていないということに気づいた後も、

なかなか現実を受け入れることができず、
ずるずると解決を先延ばしにしてしまうのです。

子供はひとりでは生きていけない弱い存在ですから、
自分をごまかすのもやむをえませんでした。

しかし、大人になっても
それを引きずってはいけません。



人間に飼われている象は、
足につながれた鎖を引きちぎって

逃げようと思えば逃げられるのに、
そうしようとはしません。

小さいころから鎖につながれて育てられたので、
成長してからも、鎖は切れないものと
思い込んでしまっているのです。

子供のころにひどい心の傷を受けた人も、
それはそれとして、やはり大人になれば、

鎖を断ち切り、自分で人生を切りひらいて
いかなければなりません。

自分が傷ついたのは、
他人の未熟さのせいであって、
自分のせいではなかった。

まず、そうはっきり自分に
言い聞かせることから始めましょう。

だからといって、

いつまでも人のせいにし、人を恨みながら
生きていくということではありません。

自分の傷ついた心を受け止めるということは、
人を許すための第一歩なのです。

世の中にまったく欠点のない人はいません。

自分が迷い悩みながら生きているのと同じように、
他人も皆、迷い悩みながら生きています。

自分を傷つけた人もまた、
大きな傷を抱えて生きてきた弱い人間です。

傷ついた人間は、意識的に、
また無意識のうちに、他人を傷つけてしまうものです。

価値ある人間としての尊厳にかけて、
大いなる誇りをもって、その悲しみの連鎖を
自分のところで止めなければなりません。

自分を傷つけた人を
すぐに許すことはできないでしょう。

「時間がたてば、いつかは許せるときがくるだろうが、
今はまだ許せずにいる。こんなにも傷ついたのだから、
それは仕方のないことだ」と自分を慰めるだけでも、
心はずいぶん落ち着くはずです。

他人としっかり向き合うということは、
相手に対する自分の感情と
向き合うということでもあります。

嫌いな人を嫌いだとはっきり自覚してこそ、
愛すべき人をしっかり愛することができるのです。

しっかり人を愛することができれば、
やがて、嫌いな人のことを認める
心の余裕も生まれることでしょう。

怒ってもよいのです。
ただし、いつまでも根にもたないように
しなければなりません。

傷ついてもよいのです。
ただし、傷口を自分で広げないように
しなければなりません。

怒りをため込んでいる自分、
傷ついている自分を認め、

「自分のせいではなかった」と
はっきり認めたなら、

その殻を脱ぎ捨てて、
新しい人生をつくり上げていきましょう。


▲http://googirl.jp/lifestyle

仕事で大失敗したり、
手ひどく失恋したり

「もうダメ…」
「身も心もズタズタ」
「一生立ち直れない」なんて考えたこと、

誰でも一度くらいは
あるんじゃないでしょうか?

落ち込んだときに
心をリセットする方法を2つご紹介します。

クセをつけておけば、
ちょっとやそっとじゃへこたれない
自分になりますよ!

1)リフレイミング法

「塞翁が馬」という言葉は
聞いたことがあると思います。

幸不幸は予測しがたいことだから、
安易に喜んだり悲しんだり
するべきではないというたとえです。

リフレイミング法はこれに似ている心理療法です。

何かマイナスな出来事が起こったとき、
その起こったこと自体は、どうあがいても
変わりようがありません。

でも、視点を変えることならできます。

マイナスのフレイムに入っているものを、
プラスのフレイムに移し替えてあげるんです。

例えば、誰かに悪口を言われてしまったとき。
これをただ悲しい事実として受け取るのではなく、

「私に注目しているんだ」と
プラスの見方に変えることができます。

また、失恋したときも
「新しい出会いを得るチャンス」と
プラスに転換できます。

人間の記憶は思っているよりも曖昧なもの。

マイナスなことがあったら、
プラスに置き換えて、
そっちで上書きしてしまいましょう。

2)ドメイン(領域)法

人生は仕事だけ?
人生は恋愛だけ?

そんなことはありませんね!

私たちの日常を形作っているものは
たくさんあるはずです。

手始めに、縦3つ、横3つのグリッドを書いて、
9つのマスに、好きなこと、大切にしていることなど、

日常をとりまくものを1つずつ
書き込んでいってみてください。

「仕事」
「恋愛」
「家族」
「ならいごと」
「友達」
「オシャレ」
「おいしい食事」など、

思いついたものから書き出して、
マスが足りないようなら遠慮なく増やして!

嫌なことがあったときって、
頭も心もそのことだけに支配されて
しまいがちなんですよね。

そんなときに、
今書き出したものを思い出してみて下さい。

たとえ1つがダメでも、
残りの8つが大丈夫なら自分は大丈夫!

思えてくるはずです。

残りをもっといいものにしようと
意識を向けたら、ダメになったところも
それに引っ張られて回復してくるものです。

人生、いろんなことがあって当たり前!

泣いても笑っても時間は
同じ早さで流れていきますから、
できるだけ笑顔で過ごしましょう!


▲http://lealta.jp

学生の頃、「ドンマイ」という言葉が
“don’t mind”の略であること、

そして和製英語なので、
英語では“don’t mind”ではなく、

“don’t worry”や”never mind”という表現が
正しいと知った時、目からウロコが落ちました。

最近では聞くことも使うことも
ほとんどなくなりましたが、

「大丈夫、次がんばっていこう!」という
優しさが感じられる、温かみのある言葉だと思います。

元々あがり症の私は
初デートなどでの失敗も多いのですが、

いまだに忘れられないのが、
大学生の頃好きだった人にデートに誘われた時、

緊張のあまり飲み物を派手にこぼし、
その後うっかり男性トイレに入って

慌てて出てくるところを彼に見られ、
挙句の果てに自分から「見たい」とリクエストした

究極にロマンチックな映画『タイタニック』の最中に
爆睡してしまうという、まるでコントのようなハプニング。

でもデートの最後にひたすら謝る私を見て、
彼が笑いながら言ってくれたのが、

「完璧なファーストデートでは
なかったかもしれないけれど、

ハプニングのおかげで
思い出に残るデートになって
とても楽しかったよ」という言葉。

彼とはその後しばらく付き合いましたが、
「ドンマイ」の優しさを感じられる言葉を
たくさんかけてもらい、

彼に刺激を受けて私も
大きな優しさを人に与えられる人間に
なりたいと思いました。

別れて大分たった今でも、
当時のことを思い出すと
心がじんわり温かく幸せな気持ちになります。

「1度のデートで失敗すると、2度目はまずない」
なんて話をどこかで聞いたことがありますが、

よほど非常識なことをしない限り、
失敗をしても2度目、3度目のデート、
そして長い付き合いに繋がることも多いと思います。

同じようなことが、恋愛だけでなく、
あらゆる人間関係において言えると思います。

自分のものさしや先入観で
人を判断してしまうことは、
誰にでもありますよね。

でもそんな一方的な考えは
相手の反発や嫌悪を招いてしまうだけ。

だから思わずそうしてしまいそうになった時、
難しくても一歩ゆずって

相手の立場に立ってみること、
他人の失敗を笑って許してみること、

そんなことを意識し続けることが、
心の余裕や思いやりの心に繋がっていきますし、

「ドンマイ!」
「次がんばっていこう!」と
2度目のチャンスをあげる
ことで、

相手からも同じような優しさが
返ってくると思います。

思いやりの心は連鎖するもの。
だから、そんな連鎖を
自分が起こせるようになれたらいいですね。



その日のブログ記事を更新して
改めて読み返す時、私は最初の読者になります。

本日のブログ記事は、人の目を気にし過ぎて
小さな失敗をいつまでも引きずる自分への
処方箋を得たい一心で集めた記事たちです。

読み返した後の感想としては、

「ドンマイ!」
「次、がんばっていこうぜ!」と
2度目のチャンスを
人にも自分にもあげる。


そんな考え方と出会えたことが
一番の収穫だったと思います。

Just shrug it off.
いつまでも気にするなよ!

There's always next time.
  いつだって次があるさ! 

やっちまったことは仕方ない。
「いつだって次があるさ!」

このフレーズを口グセにして
凹んだ自分を励ますことにします。

---------------

「気にしない性格になるには」という記事の中で

>自分の弱さを受け入れる

>「自分は弱い人間だ」と思い、
>失敗や悩みを受け入れることで、
>気持ちも楽になるかもしれません。


という記事は参考になりました。

「自分はどうせ、弱い人間だ」
「凹んじゃ悪いか、落ち込んじゃ悪か!」
完璧主義の自分自身に開き直ることも
面白い考え方かなと思います。

「すべてを完璧にやれないとダメ人間!」という
そんな自分の減点主義に楯突きましょう!
反旗を翻しましょう!


減点主義で生きるなんて
私はまっぴら御免!です。


私はそんな完璧な人間ではありません。
私はそんな上等の人間ではありません。

だから私は、60点の出来で合格なのです。
これからは、そんな価値観で生きることにしたのです。

対人関係でも、自分の仕事でも
夫婦関係でも、親子関係でも、

その時々に
精いっぱいには、取り組むけれども、
上手く行くこと、行かないことがあります。

それはその時次第、相手次第です。
もっと言えば、「その時の相手次第」という側面も
確かにあるのです。

自分なりに頑張っても
思う成果が得られないこともあります。

だから、精一杯やったあとの結果は、
「60点採れたら恩の字」という自己評価で
自分なりにボチボチ生きてゆくことにしたのです。

私は自転車で良いのです。
スポーツカーのような馬力もありません。
カッコよくもありません。

けれども今更、私は私としてしか
生きることができないことを悟りました。

私は絶対にキムタクのように
カッコ良くはなれないし、

大企業の社長のように
偉くもなれません。

ただの61歳のおっさんです。

けれども、神様は私に
私として生きなさいとチャンスをくれました。

その有難さに感謝しながら
自分なりに生きてゆくことに決めたのです。

上手く出来ないこともあります。
人を不快にしてしまうこともあります。

けれどもそれは、
現在の私の実力だから仕方ないのです。

精一杯やってもその程度です。

「だから何じゃい!文句あっか!」
開き直って生きることにしたのです。

開き直れば、
怖いものなんてありません!


気が弱い人、些細なことでクヨクヨしてしまう人は
どうか、開き直って下さい。

「だから何じゃい!文句あっか!」
「殺せるもんなら、殺してみろ!」
「自分なりに頑張っているんじゃい!」


そこまで自分の味方が出来たら、
なんだか新しいチカラが湧いて来る気がします。


※大丈夫です!
※あなたは絶対に殺されません (笑)!
※何故かって?
※あなたには、神様がついているから
です  \(^o^)/

文中にも書きましたが、
ダメなだけの自分ではないのです。

ダメな時もあるし、
すごく良い時もあるのが自分です。

総合点で60点以上ならOK!的な生き方を
してゆきませんか!

いつでも私は、
自分の味方でありたいです。

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コメント
そのお年で、これだけの人間としての在り方を学んでいらっしゃる人はそうざらにはいないのではないでしょうか。
大体60歳代というのは、人生の荒波をほとんどくぐりぬけててきて、自分自身に過剰な自信を持った人が多いと思うのですよ。そしてその上に更なる独りよがりの思いを持つようになり、嫌われる人はなおさら嫌われていくものではないかと。
その点これほどの勉強をして心の在り方を学び人に対してもものすごく気を使い人をいい気分にもさせてそのためにかなりなエネルギーを使い自分が疲弊することもおありかと察しています。
ここに書かれている思いをもってどうぞ健康で楽しく過ごしていただくようにお祈りします。
ローズコーンdot 2016.02.06 18:51 | 編集
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