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2016
02.08

毎日を面白がる勉強中



こんな内容のブログを
毎日更新し続ける暮らしが、
もう200日間近くも続いています。

こんな熱病にも似た求道ブログを
どうして毎日更新し続けているのか?と
自分に問いかけてみたところ、

「自分がラクになるための勉強」

という答えがくっきりと
意識の中に跳ね返ってきました。

「勉強だって?」

学生時代に、あれほど勉強嫌いだった自分が
自分がトクをする勉強なら、こんなにも熱心に
続けることができるのかと、半分呆れています。

まったく私って奴は、我ながら
ビビるぐらいにゲンキンな奴みたいです (´∀`*;)ゞ

人生勉強

私がこんなブログを
毎日更新している理由は、
モノの見方の選択肢を広げたいからです。

以前の私は、自分の人生を、
とても深刻に考えて生きていました。

自分自身に自信が持てない
とても気の弱い人間だったからです。

けれども、考えてみれば
一度しかない自分の人生です。

深刻ぶって生きたところで
死んじゃえば、それまでの人生で終わります。

同じ事態を、深刻に受け止めるか
面白がって楽しむのか
それは選択肢の問題です。

同じ一度しかない人生なら、
そして、どうせえらい目にあうのなら、
それを面白がって楽しんだ方がトクじゃん!

ある時から、ふっと考えるようになりました。

それは、小林正観さんと言う方の話を
奈良県生駒市にある研修センターで
直接お聴きした時からなのです。

それは、人生に行き詰まりを感じて、
私が40歳の時に受講した「真氣光」という
生き方教室が主催するセミナーでした。

その時の講師のお一人が、
今は亡き小林正観さんでした。

正観さんのお話は、とても合理的で
「人生のさまよい人」であった私には
とても納得のゆく教えの数々でした。

それ以来、私は
「生き方の勉強をしよう」と思い定めて
コツコツといろんな情報を読んできました。

勉強嫌いの私が、苦しさ紛れに
生き方の勉強をし始めたのです。

その備忘録がこのブログと言う訳です。

※「備忘録(びぼうろく)」とは、
忘れた時にそなえて、要点を書きとめておく
手帳やメモ書きのことです。


本日のブログでは、「面白がる勉強中」と題して
心に響いたサイト記事を集めて構成しています。

なんとなくでも、
こんなブログを続けているおっさんの
心情をご理解頂けたら有難い限りです。


▲http://blog.goo.ne.jp/mg2sanmai

「すべきことがたくさんある」という
女性の発言に対して、

「少し哲学的になりますが」と正観さん。
すべきことが30あろうが40あろうが

今、すべき仕事というのものは
今の目の前の事だけなんですよ。

自分の体はひとつしかない。

30も40もあるように見えるけれども、
実は、今目の前にある仕事というのは、

「常にひとつだけです」

同じように
私の目の前に居る人は常に一人だと。

私は講演会で話をしながら

視線が、あっち・こっち・そっちと
瞬間瞬間に動きますが、

私の目の前の人というのは
その瞬間ごとに
視線がいったその人なんです。

実は目の前でなすべきことはひとつだけ。
そのひとつの後ろには、ふたつめがあるだけ。

紙が100枚重なって束ねられているとして
目の前で見えるのは一枚目の紙だけです。

100枚あると思うとつらくなりますが
私が出来るのは、この一枚だけですよね

例えば 主婦の人でやることたくさん。
掃除・炊事・洗濯・洗濯取り込みなど

別に一週間洗濯しなくても良いですよね。
掃除も2週間放っておいてもいいですよね。

そう考えると、

やるべきことがすごく忙しく 
ぎっしり詰まっているように感じても、

自分が勝手に、用事を熊手で
かき集めてきているに過ぎないと気づけます。

だから目の前にあることは
実は一つ一つが実態なのです。

更に質問者への答えをば。

世のため人のために
喜ばれる存在になること!

どうすれば良いか?
それを具体的に言うと

どんなことがあっても
つらい・悲しい・つまらないを口にしない。

そして、不平不満・悪口文句を口にしない。
非難中傷を口にしないという事だけです。

私が「実践的に生きる」という意味は
たったそれだけなのです。

本当に、それだけでいんですか? 
本当に、それだけでいいんです!

私は、そういう生き方をしています。
もうひとつ お願いがあるとすれば
 
愚痴泣き言・怒りの言葉など出てこないで
愛の言葉があるともっといいなと思います。

そのように生きているだけで 
周りの人はみんな笑顔になる。

それで100%です。これが
「実践」のすべてです。

実践とは、どんなことがあっても
どんな状況でも、どんな人がいても
どんなでき事が来ても、

腹を立てない。怒らない。
いからない。怒鳴らない。
イライラしない。声を荒げない

という事をやり続けるんです。

不平不満・愚痴泣き言・悪口文句を口にしない

その現象の中から、常に

「嬉しい」
「楽しい」
「幸せ」


という言葉を引っ張り出して
言えるような日常を組み立てる事。

決して難しいことではありません。
そういう言葉しか出てこない人がそばにいると、

周りの人はすごく温かく
居心地がいいという状態になります。

それが「実践」ということ。
だるまストーブになることです。

あったかく光を投げかける。
そうすると人が寄ってくる。
それを「実践」といいます。

今回もありがとうございました。
すべての魂が、幸せでありますように。


▲https://happylifestyle.com

人生の勉強をして変わるのは、
知識や知恵の量だけではありません。

姿勢です。

姿勢がどう変わるのかというと
「謙虚」になります。

相手の話を受け入れるようになり、
謝れるようになり、物腰がよくなります。

それは、「自分はまだまだ勉強不足だ」
という気持ちが根底にあるからです。

なぜか勉強した結果、
自分の知識に自信がなくなります。

今まで知らなかったことを知るようになり、
幅の広さや奥の深さを知ります。

勉強をきちんとできていれば、
必ず視野が広くなり、自分は本当に
勉強不足だと痛感します。

だから謙虚になってしまいます。

いかに自分が無知であったかが分かり、
恥ずかしくなります。

「足りない部分を知る」ということです。
ゆえに、勉強をして本当に変わるのは
「知識の量」や「知恵の量」ではなく姿勢です。

「自分は本当に狭い世界にしか生きていない」
「限られたことしか分かっていない。世間知らずだ」

そういう気持ちが「疑い」から「確信」に変わります。

勉強をすればするほど、
自分の知っている知識はほんのごくわずかである
ということが痛感できます。

「世の中は分からないことだらけだ」
「もっと人の話を聞こう」という姿勢になります。

本当に勉強ができている人は、
夫婦関係でも親子関係でも
親戚づきあいでも職場の人間関係でも
喧嘩がなくなります。

物腰が柔らかくなり、
謝ることができるようになり、
謙虚になります。


がらりと姿勢が変わり、
まったく別人になります。

そういう人が、最も頭がいい。

「頭がいい」とは、
そういう「事実」ではなく「姿勢」のことです。
「勉強をしようとする姿勢」です。
 
勉強をした結果
「謙虚になった姿勢」です。

知識や知恵の量は、
宇宙全体の膨大な量から見れば、
実に大したことはありません。

人が生きている間に触れる知識の量は、
宇宙全体の量からすれば、
少なすぎることなのです。


▲http://ameblo.jp

人生をいちいち面白くする

最近、私は「面白がる力」を鍛えています。
なので、日々いろいろと面白いです。

そんな今日の記事は、
人生をいちいち面白くしたい人
に向けて書こうと思います。

まずこの、

「面白がる力」とは、一体何なのか?

説明しますね。


「面白がる力」とは、
目の前の出来事に対して、
「いちいち面白がれる力」

のことです。笑


まるで、M-1を優勝した時の、
チュートリアル徳井のように、

どうでもいいような事にも、
いちいちリアクションして、
面白がってしまえる力です。



そんな感じで最近は、

ご飯を食べたら、

オーバーリアクション気味に、

「うまっっ!!!」

と言ってみたりしてます。笑


そしたら、
いつもよりご飯が美味しく味わえたりします。笑


私は、
最高に美味しいご飯を食べる方法
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
には、2通りあると思っています。

一つは、
「高級レストランに行って、
高級料理を食べる」という方法。

もう一つは、
「美味しさを最大限に感じれる自分になる」
という方法です。

この「面白がる」というのは、後者の方法です。

こうやって、

「うまっっ!!!」と
最高にリアクションすることにより、
楽しくなってくるので、

素材の味以上に、
美味しさを味わうことができる

のです。

要は、

「自分が反応した分だけ、
受け取れるものがある」


ということです。


同じく、

人生を面白くする方法
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
にも、2通りあると思っています。


それは、自分の

「外側」をコントロールする方法と、
「内側」をコントロールする方法です。

ご飯の例で言うなら、
最高に美味しいご飯を食べる為に、

お金を稼いだり、高級店に行ったりして、
いつも美味しい料理を食べれるようにするのが、

自分の「外側」をコントロールする方法で、


「美味しさを味わえるような自分」に
常に自分自身をチューニングするのが、

自分の「内側」をコントロールする方法です。


どちらも大事ですが、

私は、「内側」をコントロールする方法を
まず磨くことをオススメしています。

なぜなら、自分の「外側」のものは、
自分ではコントロールできないものが多いからです。


分かりやすいところで言うと、天気なんて、
自分の力ではどうすることもできませんよね。


例えば、多くの人が
憂うつな気分になるとされる、雨。

見方次第で、その雨が降ってるのを見て、

気を滅入らせることも出来るし、

逆に、

雨を面白がって、楽しむ
ことだって出来るわけです。


つまり、

「目の前に起きている
出来事そのもの」


よりも、

「自分がそれにどう反応するか」

の方が、

" 自分の心を決めている "

ということです。


要するに、「面白がる力」とは、

人生の主導権を、
目の前の出来事に奪われずに、


人生を、

『自ら主体的に面白くする力』

なのです。そして、

こうやってアホになって
「面白がる力」を鍛えていくと、

どうなるかというと、、


起こる出来事に対して、
肯定的に反応できるように
なっていきます。

つまり、
「肯定的なものの見方」が身に付くのです。

こうなると、

「自分」に対しても、肯定的な見方ができる
ようになってきますし、

「人」に対しても、肯定的な見方ができる
ようになってきます。

そして、
「人生」に対しても、肯定的に見方ができる
ようになってきます。


何も、ポジティブ一辺倒が
良いというわけではありませんが、

起こる出来事に対して、
基本的にポジティブに反応できると、

たとえネガティブな出来事が起こったとしても、
前向きに向き合っていくことが出来るのです。


なので私は、

「今この瞬間」の素材の旨味を
最大限に味わうためにも、

「面白がる力」を磨き中なのです。

それに、いちいち反応が良いと、
自分も人も、いちいち楽しくなってきますからね。


自分の人生、

面白いことが起こるのを
受け身で待つよりも、

自ら主体的に面白くしていく。

もっとアホになって、
人生を、そして自分を面白がっていこうと思います。笑


▲https://happylifestyle.com

若返りの薬はありますか?

肉体的に若返る不老不死の薬は知りませんが、
精神的に若返る薬であれば、知っています。
ここだけの話です。
 
「わくわく」です。
 
わくわくする経験は、
必ずあなたの心を若返らせます。

若返りの薬は、病院にいかなくても、
日常にたくさん存在しています。

恋愛をする
話したこともない人に話しかける
新しい習い事を始める
好きな本を読む
海外旅行をする

わくわくする経験は、日常にたくさんあります。
ただ私たちは、恥ずかしがったり、
怖がったりして、手にしていないだけです。

すべては、自分しだいです。

「怖くてできない」という人は、それまでです。
だんだん精神的に衰えていきます。

わくわくする経験を自分から求めていく人は、
いつまでも老いることはありません。

肉体的に衰えることはあっても、
精神的に衰えないのです。

年を取っても初体験をしようとする人を、
私たちは「お年寄り」とは呼べません。

「まだまだお若い」と感じます。

そういう人は、
事実、精神的に若いのです。

新しい刺激が脳を活性化させ、
若返らせる薬になるのです。


▲http://business.nikkeibp.co.jp

「楽しむ」ことの
何がいけないのか?


日本では、戦後から高度経済成長期にかけて、
特に仕事の場やスポーツの場で、

根性論や「会社のため」という
価値観が幅を利かせていました。

ところがバブル期が始まる1980年代頃から、
一転して「楽しむ」という考え方が
もてはやされるようになりました。

この「楽しむ」という考え方は、
あるニュース番組でキャスターが、

オリンピックに行く選手たちに
「楽しんできてください」と言ったのが
発端だったとも言われています。

確かに「楽しむ」というのは、
その当時には新しい発想でした。

それまでオリンピックに参加する選手は、
「お国のために」「国民のため」に

死に物狂いで頑張らなければならないという
戦中的な価値観を持たされてきたわけです。

金メダルを期待された選手が、
もしもメダルを取れなければ、

「恥を知れ」「頭を丸めろ」などと
言われたことすらありました。

それが、「楽しんできてください」
という言い方に転換されたわけです。

当初は、この考え方はとても新しかったのです。

しかし、どんなことでも
「楽しむ」という言い方をするうちに、

今ではかえって「楽しむ」に
縛られるようになってきました。

発想の転換は、転換したその時には
誰かを楽にするものですが、

やがて手垢がつき、
曲解され、劣化するものです。

「楽しむ」ももはや、スポーツ選手、芸能人だけでなく、
ビジネスパーソンも普通に使うようになり、

職場でも、「この仕事を楽しみます!」
「このプロジェクトを楽しめればいいと思います」
といったセリフが、連発されるようになりました。

「楽しむ」の何がいけないのか?
と思う人も多いでしょう。

しかし、「楽しむ」ことを目標にするのも、
行き過ぎて、「楽しまねばならない」に
縛られるようになると疲れてしまいます。

楽しくないことまで楽しもうとするのは、
やはり無理があります。

そこでお勧めしたいのは、
「楽しむ」のではなく「面白がる」です。


▲https://happylifestyle.com

どんな夫婦も、結婚してから、
必ず思うことがあります。

「離婚したほうがいいのか」
という迷いです。

最高だと思って
結婚したはずのカップルが夫婦になり、

一緒に暮らし始めると、
後から変わることがあります。

態度が変わったり、言葉遣いが変化したり、
新しい癖や習慣ができたりなどです。

夫婦前は仲良かったのに、
夫婦になってしばらく経つと、
なぜか対立や衝突が増えてしまいます。

なぜでしょうか。

成長をすれば、人は必ず変わるからです。

昨日のあなたと今日のあなたは、
わずかに違うはずです。

去年と今年とで比較すれば、
差はもっと大きくなるでしょう。

それは相手も同じです。

「こんな人より、
もっといい人が世の中にいるに違いない」

そういうことを考え始めていると、
キリがありません。

理想だと思って結婚した当初は、
たしかに趣味も考え方も一緒であった。

そのときは、たしかにそうだったのでしょう。

しかし、結婚後、成長するにつれて
次第に違いが生まれてきます。

これは、誰と結婚しても同じです。
成長によって、あなたも変わるし、
伴侶も変わります。

すれ違いはあって当然。

時間が経ち、経験を積めば、
わずかな違いは増えていきます。

昔とは変わったから、
腹を立てるばかりでは仕方ありません。

結婚後に大切なのは、そうしたお互いの
成長による違いを楽しむことです。

「変わったことしているね。面白いね」
「なんだか変だよ。珍しいね」
「おかしいよ。でもいいかもしれない」

そういう受け入れる心があれば、
逆に夫婦の仲はよくなります。

夫婦とは一緒に
受け入れる器を広げていくことです。

成長して、違いが生まれ、
それを楽しむ姿勢があれば、

寛大になって受け入れることが
できるようになります。

それが円満な夫婦生活になるのです。


▲http://plaza.rakuten.co.jp

日々、退屈している人は、
まわりを退屈させてしまうもの。

だから、
自分が退屈しないようにすることが、
人間関係では鍵になってくる。

退屈しないためのポイントは、
違いを楽しめる、面白がれるかどうか。

自分と人との間には、
山ほどの違いがある。

そもそも、

顔や体型が違うわけだから、
考え方や感じ方は、もっと違うのが当たり前だ。

にもかかわらず、

目に見えない部分に関しては、
なかなか違いが認められない。

俺と顔が違うから許せない!
という人はいないのに、

考え方が違うと言っては
喧嘩になっているわけで、
そんなのはおかしな話だ。

違いに対してイライラするのではなく、
違いを楽しめるようにする。

こんな考え方もあるのだと、
面白がってみる。

違いにイライラする人は、
イライラしたくないという力が働くから、
人のつながりにふたをしがち。

孤立してしまう。

孤立している人間というのは、
自分も退屈するし、はたらから見ると
すごく退屈な人間。

違いを面白がっている人は、
すごくオープンで、自分も退屈しないし、
まわりを退屈させることもない。

人間関係がとてもスムーズに運んでいく。

夫のやることに対して、「理解できない!」と、
あきれたり、怒ったりするのではなく、

「こんなこと考えているんだ」と、
面白がってみる。

テレビで「ダーウィンが来た!」を
見て楽しむ感覚。

そんなふうに人を見れば、
毎日、退屈しないし、相手を退屈させない。
とてもいい人間関係が築けるはずだ。

うちの家内は、
今日も、せかせかと出かける準備。

立ったまま朝ごはんを食べ、
台所と居間を小走りに行ったり来たり。

あれで、何分、節約できるのだろうか。

あんまり意味ないと思うけど、
一生懸命だから、何も言わないようにしよう。

そして、両手に
荷物をいっぱいぶる下げて出ていく。

妖怪セカセカボンと名付けよう。
そんな感じかな。



人生楽勝

これ、なんて読むか分かりますか? 私には、
人生しんだ者」と読めます。

人生の目的は「成功する」ことではありません。
楽しむ」ことです。

「人生山あり谷あり」と言いますが、
「谷」すらも人生の彩り。
それも、楽しむためのものです。

「うまくいかないこと、辛いこと」
それすらも、見方を変えて楽しんでしまいましょう。

私達は、この人生を楽しむために生まれてきたのですから。



私は、以前のブログでこう書きました。

今生の人生のシナリオは、
生前の自分が描いた"魂磨き"のシナリオです
。」

その前提に立つならな、
今生の人生を楽しく満喫していること。
それこそが「成功」なのです。

物欲に執着して、
「人をだまし押しのけても金持ちになる。」
「金持ちにならなければ、自分は幸せではない。」
そう思い込んでること自体が、「不成功」なのです。

もっと、今の人生を楽しみましょう!

魂的には、「人生を楽しむこと」
それが「成功」なのです。

今いる環境の中で、どれだけ楽しく過ごせるか?

それが、あなたに出題された「今生での最難関のテスト」です。



アフリカのある部族は、人生は楽しむためにあると言い切ります。
あの世で退屈したから、この世に遊びに来たのだと言います。
だから思いっきり人生を楽しんで幸せに死んでいくのです。

--------------------------------------

人生楽勝!
人生は楽しんだ者勝ち!

この新たなフレーム(解釈法)で、毎日をとらえ直してみませんか。



対戦ゲームみたいに、悩みや苦しみを「ボスキャラ」に置き換えれば
攻略する過程を楽しめるゲームに変わります。


以下は、「人生 楽しむ」というキーワードで出会ったサイトからの引用文です。

^^^^^^^^^^^^^^^^
楽しむ
http://www.copywriter-copy.com/d/5.html
^^^^^^^^^^^^^^^^



楽しく疲れよう!


子供の幸せは、楽しく遊んで、ぐっすりと寝ることです。
大人の幸せは、楽しく働いて、ぐっすりと寝ることです。
子供も大人も、楽しく疲れるほど、幸せなことはありません。

人生を2倍生きるコツ

人生を2倍生きるコツは、2倍苦しんで2倍楽しむことです。
人生=時間ではありません。人生=経験なのです。

予想外を楽しもう!

簡単だろうと思っていたことが、
始めてみたら意外に難しかった。
よくあることです。

難しいだろうと思っていたことが、
始めてみたら意外に簡単だった。
よくあることです。

予想外なことがあるから、世の中面白いのです。



人間関係でも、趣味や仕事の場面でも、
予想外に手強かったら、余裕をカマして
その状況に対して、こう言ってやりましょう。

ほー、若いの。おぬし、少しは出来るな!」

人生のベテランが、ひるんではイケマセン!
あくまで余裕コイて、迎え撃つ余裕をカマすのです。

かかってきんしゃい!

時間はたっぷりあるのです。
アドレナリン全開で、攻略する過程をじっくり堪能しましょう。

楽しむのが一番ラク

手抜きをして仕事をすれば、肉体的にラクはできます。
その仕事は、手抜きをするぐらい楽しくないということです。

仕事を楽しんでいる人は、手抜きをしません。
手抜きをしたら楽しみが減るからです。

究極の手抜きは、仕事を楽しむことです。
楽しんで仕事をするほど、ラクなことはないのです。


工夫次第で楽しくなる

同じ仕事も、道具と場所を変えるだけで楽しくなります。

文房具をお洒落にしてみる。
音楽を流してみる。
壁に絵や写真を飾ってみる。

工夫次第で仕事は楽しくなっていきます。

上手くなると楽しくなる

デジカメやガーデニングなども、
上手く出来ないうちは楽しくありません。

コツがわかって、上手く出来るようになると、
どんどん楽しくなります。

趣味に限った話ではありません。
どんなことでも同じです。

楽しくなるまで続けるのも、
続けるコツなのです。

ユーモアを楽しもう!



頭の固い人は、ユーモアがありません。
人は、ユーモアのある人に惹かれます。

新しい情報を入れない、
考えの合わない人を避ける、
新しい事に挑まないなどをしていると、
視野が狭くなり、ユーモアでなくなります。

勉強するほど頭は柔軟になり、
ユーモアも自然と生まれてくるのです。

最近あった面白い話をしよう!

「最近、面白いことあった?」
と訊かれて即答できますか?

日常に刺激のない人は、この質問に即答できません。
些細なことでいいのです。

「映画が面白かった」でも
「子供がこんな面白い行動をした」でもいいのです。

些細な出来事を面白いと感じられなくなったとき、
世の中は面白くなくなるのです。

"面倒くさい“を楽しもう!



この世に「面倒くさいこと」などありません。
あなたが「面倒くさそうー!」と
決めてつけているだけなのです。

私は片づけが苦手で、面倒臭いと思う方ですが、
片づけを生きがいにしているキレイ好きの方もいます。

「メンドクサイ」というのは
「メンドクサソー」というイメージなのです。

やろうと決めたことは、そんなイメージを脇に置いて
とにかく取り組んでみることです。

たとえば、朝のウォーキングもそうですが、
「今日は休もうかな…。なんかメンドクサイ!」と思っても、

玄関のドアを開け、いったん外に出て歩き出せば
「うわぁー、気持ちの良い朝だなぁ!」と
喜びを感じた経験もあるはず。

先延ばしにしないで、とにかく行動するすること。
やり始めたら、面倒臭さは薄れてゆきます。

まして、まわりの誰もが「面倒臭い」と思っていることにこそ
あなたがやる価値があります。

そこは、あなたの独擅場です。

上手くやれなかったとしても、誰も責めたりしません。
責めたら、自分がやらなきゃならないからです。

そんな場面があったら、ラッキーと喜んで取り組みましょう。

「不快な気分にならないゲーム」を楽しもう

この世の中には、自分の感情任せでモノをいう人間もいます。
そんな「バカヤロー」とかかわりを持たねばならないひと時は、



こいつは、傍若無人キャラをウリにしたお笑い芸人だ」と思って
そいつの芸風を観客として満喫させてもらいましょう。



やたらとこちらの落ち度ばかりをあげつらう上司や趣味仲間にも
よっ!"ツッコミ名人"!今日もキレてるねぇ!」と、
観客として向かいあえば、結構ウケます。

あとで思い返せば、爆笑できるほどの滑稽さが
あなたを2度も楽しませてくれるはずです。

人生の目的は、「成功する」ことではなく「楽しむ」こと。



悩み、不安、絶望…、

あなたを包む闇がどれだけ深くても、
マッチ一本の炎にはかなわない。


感謝」というマッチを擦って、
希望」という火を灯せば、道が見えてくる!


そのことさえ知っていれば、
どんな現象にも負けはしない。

それはあなたが、病の床にあっても同じこと。
家族の介護に自分を責めるより、感謝の笑顔を向けよう!

そのことさえ忘れなければ、あなたの人生は、

いつまでも楽勝です!



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コメント
今日はコメントが難しいです。
久しぶりに外に出て、街を歩いてきたのだけれど、
気が晴れない部分があるからです。そんな時はいろいろ
思いの方向を別の楽しいことに向けていけばいいのだともわかっています。

でも人間の気分て本当に暗くなったり明るくなったり。
だからそんな自分をじっと見つめて、ああ面白いなあと
自分を観察するのもいいのかもしれない。

ワクワクするものはたくさん持ってるし、それらに一つ一つ向き合っていけばいつの間にか暗い気分も飛んでいくでしょう。でもこんな時はCDと一緒に歌を歌うことも近道ですね。

すみませんまとまりのないコメントです。
ローズコーンdot 2016.02.08 16:52 | 編集
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