自他共に優しく



昨日のブログでは、「気弱な善人」というテーマで
そういう人の特徴や改善法をご紹介しました。

本日は、私なりの結論をタイトルにしました。
それは、「自他共に優しく」です。

「気弱」な人は、私自身もまさにそうですが、
相手の反応を気にし過ぎるのです。

そんな自分がイヤになって
「相手の反応を気にしすぎないようにしよう!」と
頑張ってみても、それでは問題解決にはならないのです。

なぜなら、本当の問題はそこではないからです。

本当の問題とは、
「相手の反応を気にし過ぎる」ことではなくて
「自分の反応を気にしすぎない」ことなのです。

例えば、お腹が空いている場合を
例にとると分かりやすいです。

まずは、自分の食べる分を確保してから、
相手に分けてあげる順番が大切なのです。

自分の食べる分まで
相手にあげてしまったら、
自分の空腹はおさまるハズがありません。

なによりも、自分が先なのです。
「気弱」な人は、最も大切なそのことを
分かっていないのです。

人一倍、気弱な自分を持て余して来た私が
やっと気付いた結論を、
本日のブログテーマにしています。

「自他共に優しく」

自分に優しくするのが先なのです。
まず自分を満たすことが先なのです。

相手が我が子や親の場合なら、
自己犠牲が喜びになり得ることは分かります。

しかし、相手が伴侶や親戚、あるいは親友、
まして他人である仲間や友人・知人である場合は、
まず先に、自分の気持ちを満たすことが先なのです。

自分のことをさておいて
相手に親切にするなんて、凡人にはムリなのです。

ガマンしてはいけないと思います。
自己犠牲が伴う親切は偽善になります。

反論したい方も多いかと思いますが、
自分の人生では、まず自分ありきです。

ガマンしながら相手に優しくするのは
本物ではないと私は思います。

本日のブログでは、そうした思いを込めて
「自他共に優しく」をテーマにブログ記事を
構成したいと思います。

読み終えたあなたの中に、

「それは違うだろう!」とか
「そうかも知れない…」とか
「ここが合点できない!」とか


いろんな化学反応が起こることを
期待しています。

それが本日のブログ記事の狙いでもあります。


▲http://mahonoai.exblog.jp

私を育ててくれるもの

最近、自分自身の将来について
よく思うことがあります

病気にならなければ
ひとりよがりな
頑固な「ばあさん」に
なっていたに違いないって

だって、

元気で自分が動けたら
動けない人の気持ちなんか
わからないでしょう?

たとえ、考えたとしても
自分が体験していないなら
机上の知識でしかないでしょう?

そんな風に思えば
つらく苦しい体験だとしても
人生の「肥やし」になっていると
思えてくるのです。

たしかに、誰でもつらいことは
みずから希望しないけれど

「ラク」ばかりの人生だとしたら
本当にそれで満足なんでしょうか?
幸せなんでしょうか?

最後の最期に
心から「ありがとう」と
笑って言えるのでしょうか?

目の前のことに
追われれば追われるほど、

本当に大切なことをする時間は
失われてゆきます

そして恐ろしいことに、
その大切な時間が失われていることに
まったく気付かないのです。


▲http://za-sh.com/

人間の魅力とはいったいどのような所から
生まれてくるでしょうか。

見た目の美しさや言葉の端々から
感じる知性など人によって回答は違うでしょう。

特に内面からの魅力として
「優しさ」を挙げる人は
かなり多いのではと思います。

しかし、言葉や行動からあふれ出る優しさを
感じる人への憧れはあるけれど

どういう風に目指せば
いいのかわからない人も多いですよね。

そこで

「優しい人になりたい人がやるべきこと」について
ポイントを押さえてご紹介していきます。

自他ともに認める優しい人を目指しましょう。

1)人への手助けを積極的に

人は誰かに助けてもらえると
とてつもない優しさを感じますよね。

困っている人がいたら
自ら声をかけて手助けをします。

そんな時は自分がされたら
嬉しかったと思えるような姿勢で行いましょう。

「やってあげている」と考えてしまうと
それが雰囲気にどうしても出てしまうので
相手の印象には逆効果。

心から善意を持つということを
目指してください。

2)相手を優先させる

日常生活の中で
人は自分のことを中心に考えてしまいがちです。

「会話で自分のことをもっと話したい」
「自分の意見を通したい」といった気持ちを
グッと抑えて、

相手がしたいともっていることを
優先させてあげましょう。

自分も話したいと思うのであれば
相手もきっとそう考えているはずです。

会話以外でもいろいろな場面で
譲り合いの気持ちを持てるというのは
素敵なことですよね。

人間関係の中で
相手を優先できるという点は
とても大きな魅力です。

そんな人には相手も好感を抱き、
頼れる存在だと認識してくれるでしょう。

3)ギブギブ精神を
当たり前にする


優しい人になりたいのであれば、
見返りを求めるのを止めましょう。

優しさとはボランティア精神だと考えてください。

よくいるのが、

「この間、~してやったのに
何の恩返しもしないなんて常識知らずだ」

「あいつの仕事のミスを庇ってやったのに
感謝の気持ちも無いのか」など、
この様に愚痴を言う人がいますが、

優しさや親切心とはそもそも
見返りを求めてするものではありません。

人間関係を円滑にするための要素でしかありません。
そこに、見返りを求める事が間違えなのです。

何事に対してもあいてに
見返りを求める様な考え方の人は
優しい人には向いていないでしょう。

見返りを求める考え方の人が
優しい人になろうとしたら、

見返りが全くない事の方が
多い事を知っておかないと、
ストレスで体調を崩してしまうかもしれません。

あなたの周囲で
優しい人と言われる人を思い出してください。
見返りを求めてきた事はありますか?

むしろ優しくされたら、今は何もできないが、
次に何かあった時にその人の力になろうと
考えるものではないでしょうか。

4)心に余裕を持つ

いくら「優しい人」を目指すために
他人のことを考えてもそればかりでは
自分が苦しくなってしまいます。

結果として相手に
優しくする余裕がなくなってしまいます。

いくら優しい人になりたくても
あまり攻撃的な人を無理に
受け入れていく必要はありません。

受け入れるだけでは
本当に優しい人にはなりきれないでしょう。

自分に余裕をもって相手が望んでいることを
上手く察するようになれれば、

それが厳しい一言を言うことになっても
相手にとって本当の優しさになるのです。

自分に優しくすることは、
他人からも認められる優しい人間に
なるための最初の一歩と考えてください。

5)他人と適度な距離を保つ

クールに心情面で
他人とドーンと距離をおけば優しくなれますよ。

人間って距離が近くなればなるほど
厚かましく、思いやりを忘れがちでしょう?

これは「親しさ」だとか
「リラックスできる関係」だとかの証拠でもあり、

それだけに厄介で
横暴な性質でもあるんですよね。

例えば、家族とはいえ
他人には変わりないのにみんなどこかで

「わかってくれるはず」
「わかりあえて当然」てことを前提としている。

わかってもらうには
相応のプロセスを踏まなくてはならないのに

家族ってだけですっ飛ばして
欲求を押し付けたりしてしまう。

そんなこんながあるから
近しい人間とのトラブルは根が深くなる。

家族だけではなく、距離が近くなれば、
どうしてもその傾向がでてしまうのだと思います。

そこで自分の中で
他人を思い切り突き放して接すると
驚くほど寛大になれます。

6)理想の人物を作る

演じてみてはいかがですか。
一種の自己暗示です。

自分のなりたい理想像に
なったつもりで過ごすんです。

この場面ではきっとこう、
あの場面ではきっとこうする。

と、最初は繰り返して考えて
行動しているうちにある程度
その思考が身につきます。

一種の自己暗示です。

「反論を理解する」
→「言い返す」の間に

「反応を考える」というプロセスが入りますので、
反射的に言い返す暇がありません。

優しさといっても色々な形がありますよね。

人のそばで癒しを与えるような存在、
厳しい言葉で前を向かせる存在など
様々な優しさの表現があります。

優しい人になりたいと思ったら
それがどんな形なのか
はっきりイメージさせましょう。

そのイメージをする時には身近な人、
有名人など理想的な優しさを持つ
ひとを探すと良いです。

その人のまねでも良いので
同じ行動をしていくと自然と
その優しさを身に付けていけるでしょう。

それがいつの間にかあなたを
優しい人に仕上げてくれるのです。

まとめ

「優しい人になりたい人がやるべきこと」
についてポイントを押さえてお話をしました。

人に優しくするのは意外と
身近な事柄から始めることができます。

難しく考えず、まずは自分や近くの人に対して
これらのポイントを実践しながら
優しくしていくことを意識してください。

それが周りにどんどん広がっていけば
自他ともに認められる「優しい人」に
あなたがなっているはずですから。


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「嫌いな人との関係」を
克服しなくても良い!


私は、嫌いな人との人間関係を
克服せねばならない!という
考え方を諦めたのです。

嫌いな人に過度・過剰に関心を向けたり、
無理して接したりすると、

自分も嫌いな相手も、
両方ともが嫌な思いをすることになると
気がついたからです。

嫌いな人がいなくなる

己の信念に基づき、
自分が「良かれ」と思う生き方をしていくだけです。

するとおもしろいもので、
「この人、嫌いだ。苦手だ」と感じる人が、
自分の現実には現れなくなっていきました。

自分が関心を向けるものが、
この現実世界に現れます。

「嫌いな人」に関心を向ければ、
「嫌いな人」が現実世界に現れ続けるのです。

不幸は不幸を呼び、
幸福は幸福を呼ぶ


もしあなたのまわりの他人が、
「ムカツク」人間ばかりなのだとしたら、

それはおそらく、あなた自身が不幸だから、
同じように不幸な人間ばかりが寄ってくるのです。

不幸な人間同士で、互いに傷口に触れ合い、
「不幸なのは、自分だけではない」という
安心感を得ているのです。

子供のころ、人間関係において
つらい経験をした人は、

皮肉にも、大人になってからも、
繰り返し「不幸の追体験」をしてしまうものです。

わざと心の冷たい人間を友人や恋人に選び、
傷つき、苦しめられながらも、

「どうせ人間なんて皆、冷たいんだ」と、
心の片隅では安心しているのです。

自分が愛されなかったのは、
自分にその価値がなかったからではない、

すべて他人が悪いのだということを
何度も何度も確認しなければ
気がすまないのです。

こうした不幸の悪循環から脱するには、
なるべく不幸な人を避け、

幸福な人を選んで
付き合うようにするほかありません。

不幸な人、避けるべき人の特徴

① いつも他人の悪口を言っている。

②悪いことは何でも他人のせいにしようとする。

③仕事でも恋愛でも、
「別に好きでやっているわけではない」
という態度を見せる。

自分の意志や喜びにもとづいて行動していない。

嫌いな人に労力を割かない

「つまらないことに
腹を立てるのをやめること」から
心の安定を図っていってください

「つまらないこと」で心の容量が
いっぱいになっていては、
幸福が入り込む余地がありません

人生を楽しくしたいなら

ゴルフも人生も
「誰と一緒にまわるか?」によって
楽しさが決まります。

素敵な良い人たちに囲まれた
幸せな人生を歩みたいのであれば、

自分自身が素敵な良い人である必要が
あるのかもしれませんね。

自分自身が
素敵な人間になること


あなた自身も
人間に対する愛に基づいた行動を
日頃からとるべきなのだと思います。

・基本的に人を尊敬する
・安易に他人の悪口を言わない
・善意には善意で返す
・他人の善意に感謝する心を持つ
・優しい人 = 相手の都合や立場まで考えて、
 自他ともに幸せになれるよう判断し行動する人


嫌いな人と
接しなければいけない時は

嫌いな人に出会ったら、意識を自分の内側に向けて、
自分の心臓のまわりの「感情」を感じながら、

その人に対しては『空っぽ』の
『無関心』になって通り過ぎてみてください。

①肯定する(批判しない)
②駄目な部分も受け入れる


自分自身の駄目な部分を
受け入れてあげれるようになれば、

自然と、他人の駄目な部分を見ても
「まあ、私も含め誰だって、駄目な部分はあるよね。」と、

他人の駄目な部分も愛をもって
受け入れてあげることが出来やすくなるようです。

③相手の立場も考慮する

④完ぺきな実相を見る

「許せない人」に対する
怒りで苦しまないこと


怒りや怨みといった「感情」が、誰よりもまず、
自分自身を壊してしまうということを、
きちんと理解しなければなりません。

「許せない人」には、あなたの人生の中から、
つまり、あなたの「思考」の中から、
できるだけ早く消えてもらいましょう。

本当にいいのは、
怒らない方法を探すのではなくて、
ただ怒らないことです。

努力して怒りを抑えこむのではなく、
自分の心の怒りに気づくことです。

「許せない人」に対しては、
あなたが手をくだすまでもありません。

裁きは、神様や「宇宙の法則」におまかせして、
あなたのエネルギーは、あなたがこれから
望んでいる目標に振り向けましょう。


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「自分に厳しく、他人に優しく」はタテマエです。
自分に優しくしないと息苦しくて生きていけません。

自分に優しく
他人に厳しく生きる


この言葉の中にこそ、
ストレス解消法の真髄が凝縮しているのです。

誰もが生まれついて以来、
親や教師、周りの大人たちから、

この逆のこと、
「自分に厳しく他人に優しく生きなさい」と

人としてのあるべき姿として
教え込まれてきたのではないでしょうか。

確かにそれは間違ってはいません。

しかし、その通りやっていたら、
とても身が持たないということも、

大人になるにしたがって、
だんだんと分かってくるものです。

「自分に厳しく他人に優しく」は
タテマエであって、

自分に優しくしないと、
息苦しくて生きていけないのです。

一方、

「自我の形成過程」を考えた場合、
特に日本人はそうなのですが、

「他人からどう見られるか」が重要な働きをします。

他人から良く見られるように
無理して自分をつくっていくのです。

他人からの評価の中で最も重要なのが
「あの人は自分に厳しい人だ」というものなのです。

なので、

ポーズだけでも「自分に厳しく」
振る舞わなければなりません。

これがつらいところです。

いつもいつも自分に厳しく、
「自分の責任だ」
「君のせいではない」と言っていたら
身が持たないので、

心の中では

「お前のミスのせいじゃないか」
「お前が悪いんだ」と

他人のせいにするというワザも、
ときには使わなければなりません。

ストレス状況というのは、この典型です。

多くの場合、他人から良く見られたいばかりに、
我慢したり、心にもなく同調してみせたり、
感情を押し殺すといったことをやっているのです。

そしてストレスを感じるようになるのです。

思ったまま、感じたままを相手にぶつけたり、
行動できたりすれば、ストレスなど
感じることはなくなってしまいます。

しかし、そうはいかないのが世の中なのです。

「他人に厳しく自分に優しく」を
そのまま実行すると社会的評価は必ず落ちます。
人間として失格のレッテルを貼られるでしょう。

大事なのは、普段は
「自分に優しく他人に厳しく」生きていいんだと
自分を許すということです。

本音の自分を認めてやることです。

問題は、どんなときに本音で
「自分に厳しく他人に優しく」
できるかということなのです。

こちらも本音でできるかどうか
というところが肝心なのです。

そのことが自他ともに真の評価を決めるのです。
ですから、いつもは「自分に優しく」でいいのです。


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私は、昔々その昔、
自分に対して相当厳しい人でした。

何をやっても、「まだまだやれる」とか、

他人から見て、キッチリこなしているように
見えるようなことでも、

「全然ダメ。もっとちゃんとできるし」とか、
自分を肯定してあげることがありませんでした。

さらに悪いことに、
「なんで出来ないの?」とか
「どうしてそういう性格なの?」とか

本当に自分を責め、いじめるのが癖だったんです。

心理学的には、自分に対して抱く感情と、
他人に対して抱く感情は、一致する傾向にある
と言われています。

つまり、自分を大事にする傾向の人は、
他の人をも大事にする傾向があり、

他の人を非難する傾向のある人は、
自分をも非難する傾向にある。

そういうことからすると、
やはり私は、人にも厳しい人だったんだろうなと
今、振り返ってみてそんな感じがしました。

もちろん、面と向かって他人様に、

「それじゃあ、ダメだ」とか
「ちゃんとやってよ」とか
「普通はこうじゃない?」とか

自分の基準を押し付けることまでは
しませんでしたが、

頭の中でそういうことをいつも思っていて
イライラもすごかったように思います。
他人が自分の思うように動かなかったので。

そうなるとこういう図式ができあがる。

自分に厳しく、他人にも厳しく。
自分に甘く、他人にも甘い。

さて、どちらがいいか?

一応自己啓発という観点から
書かせていただきますと、

人間関係を円滑にしていくためと、
自分が心地よい環境を作っていくには、

自分に甘く、他人にも甘い人のほうが
豊かで楽しい人生を送れるんじゃないかと
思うわけです。

キーワードは「ゆるさ」

「なんでもあり」ちゃん

・・・みたいなの。

この「ゆるさ」を最初に他人にしようとしても、
これがなかなか難しかったりしますので、

まずは、

自分を大事に扱ってみる
自分に優しくしてみる
自分を許してみる
自分を愛してみる
自分を褒めてみる


どんな行動も、
どんな感情が芽生えようとも、
どんな思考になろうとも・・・

例えそれが
悪感情であろうとも。

全部許してみて、
まずは自分を「可愛がってみる」


これからはじめると、いつの間にか、
他人の言動にもイライラしなくなる方向に
向かうことができます。

・・・って人は違うので
断定は出来かねますので、

たぶん・・・ね?(^^;)

視点を変えて、

いつもがんばっている自分を
上から横から色んな方向から
眺めてみてください。

必死じゃない?
すごくない?
がんばっていない?


・・・てか、

がんばりすぎていない?

大抵がんばりすぎていて、
そして、究極を言えば、

自殺者が毎年増える中で、
生きているだけで、超偉いし。自分!

ということで、まずは、
自分に優しくしてみる。
そうすると、他人にも優しくなっていき、

他人へのイライラは
いつしか減っていくかも。

最後に聖書の言葉

「あなたの隣人を
あなた自身のように愛せよ」


隣人を愛する前に、
自分自身の愛し方が分からないと
他の人をも愛せないので、


まずは自分の愛し方に
フォーカスしてみるといいかもね。


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聖書の言葉。

最後に聖書の言葉が出てくるとは思いませんでした。なるほど、そこにつながるのかと・・・。

私は今日の文章を自分のことに引き込んで考えながら読みました。自分に厳しくしているつもりが実は人に厳しいことだったこと。自分には意外に甘くしていたこと。
人には厳しさを求めていたこと…これは家族親戚の中でのことですが。

よく反省し、自分にはもう少し厳しく、他人にはたくさん甘くしなければと思いました。自分に甘く、ゆるくというのが
大事なのかもしれないけど、そう思いました。
よくわかっていないのかもしれません。まだまだ人間として成長途中。
プロフィール

ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
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悩める求道ブログです。
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