私はよく人様のブログを読みます。
同じ風景をみても
同じ体験をしても
人それぞれで反応が違うところが面白いです。

もっと本音を言えば、
そこに書いてあることよりも

それを読んで自分が何を感じ
何を考えたのかを知りたいからです。

だから、私のブログ記事を
読んで下さる方に対しては、

書いてあることよりも
それを読んで、その人が何を感じたのか、

もちろん、反論で良いのです。

どこがどう、気に入らないのか、
あいまいにせず、言葉に出して
ご自分に聞かせて欲しいのです。

そうした心がけを習慣化すると、

「ああ、自分はそんな価値観を持っているのか!」
「ああ、自分はそんなことは嫌いなんだぁ」と

自分と向き合う良い機会が得られます。

どうぞ、当ブログを読む時は
ご自分の感想を声に発して、
ご自身に聞かせてあげて下さい。

「つまらない記事だ!」でも構いません。
「私ならこんな風に展開する!」と
「俺ならこんな補足をいれる!」と
「自分ならこの数行はカットするけど…」と

何でも良いのです。
それがご自分との対話というものです。

本日のブログでは、お読み下さるあなたに
そんなことをご提案したくて、

サイト上のいくつかの
「Q&A」コーナーから質問と回答の記事を
セットで掲載致します。

テーマは「自分に優しく」です。

昨日のブログでは、
「自他共に優しく」をテーマとしました。

しかし、ご自分に厳しい方ほど、
「自分に優しく」というフレーズを毛嫌いすることを
私はなんとなくわかる気がするのです。

フムフムフム…



だいぶん、芋焼酎「黒霧島」の酔いが
脳みそまで回ってきたので、
支離滅裂になる前に結論だけ書きます。

「自分に優しく」と「自分に甘く」とは、
北極と南極ほどの違いがあります。
朝日と夕日ほどの違いがあります。

自分に甘くしてはイケマセン。
ひたすらダメ人間になるだけです!

私が言いたいことは
そんなことではないのです。

こんなブログをお読みになる方は
ほとんど、ご自分に厳しい方なのです。

自分に甘い方は、そもそも
こんなブログは読むはずがないからです。

数行でも良いから
自分を磨くフレーズに出会いたいという

魂磨きの大切さに目覚めた人しか
こんなブログは読むハズがありません。

そんな志を同じくする方のための
研究ブログとして毎日更新しているつもりです。

私は、本日のブログ記事は
とても面白いと思います。

なぜなら、質問者に対して
それぞれの回答者が自分の価値観を
リアルに投げ返しているからです。

本日のブログでは、
結論らしい結論はありませんが、

読んで頂いたあなたの心に残った
数行を大切にして頂きたいと思います。

あるいは、あなたが読みながら
「それは違うだろう」と反論した
その思いを大切にして頂きたいと思います。

本日のブログは、そんな風に
楽しんで頂ければ嬉しいです。


▲http://okwave.jp/qa/q5853194.html



「優しい」「弱い」
「甘い」の違いは何だと思いますか?




優しいとは、
物事を長期的な目線で考え、
相手の立場に立って想い、行動できる人

弱いとは、
物事そのものから逃げる人

甘いとは、
物事を短期的な目線で考え、
自分の立場で想い行動する人

優しさとは、自分には常に厳しくし、
時に相手にも厳しくしなければならないこと。

弱さとは、常に自分に甘く、
相手の事は考えていないこと。

甘さとは、
厳しくしなければならない時に
厳しくできないこと。



優しい人は、人を思いやって
人のためになることであるし、
自分を犠牲にすることを厭わない。

弱い人は、人には厳しく自分に甘い。
人を自分のために徹底的に利用して
犠牲にするがそれだけ。

甘い人は、まるで人を
思いやっているように見えるが、

実のところ自分のために利用してるだけ。
最終的には人を犠牲にするだけ。



人間性と仮定して

優しい=「他人に対して」思いやりがあること
弱い=「あらゆる事象に対して」臆病なこと
甘い=「自分に対して」生ぬるい様。芯が無い



「いい人」はダメ人間ですか?
生き方に自信を失っています。
教えてください。

自分は「いい人」と言われます。

職場でも友人関係でも、
これまでずっと「いい人」と
言われ続けてきました。

でも、必ずしも「いい人」は
評判がいいとは言えないですよね?

今日も「いい人だけど…」と
言われフラれました。

過去フラれる原因は
いつも「いい人」であることらしいです。

自分も好きで
「いい人」になった訳ではありません。

なまじっか人より少し勉強ができたので、
小さいころから、学校では学級委員や
生徒会をやらされてきました。

そんなわけで、
先生からはクラスをまとめろと言われ、

周りからは学級委員だから何とかしろと言われ、
いつも自分のことより周りのことを
優先させていたような気がします。

家でも、他の兄弟はみな反抗期が激しく、
親も他の兄弟のことで手いっぱい。

自分が反抗する間もないまま、
そのまま思春期が過ぎて行きました。

就職してからは、どういう訳か、
配属される職場が問題のある職場ばかり。

崩壊寸前で配属され、
それを立て直すような仕事ばかりです。

放置されたトラブルだらけの仕事を
ひたすら片付ける毎日。

そして、それを片付けるたびに
自分の「いい人」評価が上がっていきます。

自分の中では、小さいころから、
いろいろと我慢してきたことが多かったから、

なかなか自己主張ができず、
「いい人」になってしまったのかなと思っています。

そして何だか、
ずっと我慢して生きてきて、

それがダメなことだったと思うと、
自分のこれまでの人生は何だったのか、
途方に暮れています。

逆に、昔ヤンキーで
更生したっていう方の方が、
断然評価高いですよね?

そんな話を聞くと、

あの時子ども時代に、あんなに苦労して、
自分を殺して周りに気を遣って、

クラスや部活をまとめたりしていたことって
いったい何だったんだろうと虚しくなります。

これから先、自分はどのように
生きていけばいいのでしょうか?

このまま「いい人」であることは
ダメ人間であり続けることなのでしょうか?

でも、こういう生き方以外に
どうやって生きていけばいいのか分かりません。

異性からも一生「いい人」で恋人もできずに、
独りで生きていくしかないのでしょうか?

愚痴ですね。すいません。



人間は、本当の自分で
本当の人生を生きてこそ幸せなのだと思います。

そして「本当の自分とは」と考え出すこと
それが本当の自分からのメッセージだと思います。

満ち足りた人生を送る為には
「これが自分です」という
確固たる感覚を持つことが大切です。

自分について悩むことは大いに結構なことです。

「違和感」を悲観的に受け取らず
人生からの貴重なメッセージだと
思ってみてはどうでしょうか。



あなたは責任感があり、
他人のためには自分を犠牲にしてでも
頑張ってしまうタイプのようですね。

自己中な人間が多いなか、
あなたのような方に恋人ができないのは残念です。

「いい人」の何がいけないのか、
私にはわかりません。

決してダメ人間などと思わないでください。

「昔ヤンキーで更生した」という人の方が
いいとも思いません。

少々言い方は悪いですが、
美化しているだけです。

「昔悪かった人がいい人になった」のと、
「昔からいい人で今もいい人」だったら、
後者の方が良いですよね?

それから、あなたの今までの人生を
否定するような考えはもたないでください。

過去は変えることはできませんし、
決して無駄なことではありません。

あなたはそのまま、「いい人」で
ありつつければいいと思います。

そんなあなたのことを
理解してくれる人はいます。

でも、あまり頑張りすぎないでください。
ときには気を抜くことも必要です。



アナタは誰にも迷惑をかけてないから、
『いい人』なんです。

更正しようが、
他人に迷惑かけたヤンキーとは雲泥の差です。

恋愛相談について…

『いい人』ってことは
迷惑をかけないように行動してしまう為、

悪く言えば
相手が喜ぶかもしれない行動さえも
『迷惑かける』と考え『何もしない』

本当に好きなら
自分に自信を持って行動して下さい。

好かれる時は好かれ、
振られる時は振られます。

そうしなければ『いい人』止まりです。



「自分に厳しく人にも厳しい人」
「自分に甘く人にも甘い人」

どちらが良いですか?
私はどちらかというと
「自分に厳しく人にも厳しい」タイプです。

自分では、「自分に厳しく他人に優しく」に
なれたら良いなと思いますがなかなか難しいです。

日ごろ生活をしていて
「大人だなぁ」「寛大だなぁ」と感じる人は
人に優しい代わりに自分にも甘い人が多いです。

例えば・・

未成年の飲酒喫煙を
「周りに迷惑かけなきゃ良いでしょ」と
思ってる成人が居ても、
その人は過去に同じ事をしている。

簡単にいえば、自分がしてきた悪い事や
自分が普段してしまう事には甘いという感じ。

私は、例えばポイ捨てしませんし
ポイ捨てする人にはかなり嫌悪感を覚えます。

特に固い缶のコーヒーが転がってると
異常に腹が立ちます。

もし落ちてるのを知らない人が踏んだらどうするんだ。
固い缶は踏んでも潰れないからその缶を踏んだら
滑って後ろに勢いよく倒れて後頭部を打つかもしれない。

そんな事になったら打ち所が悪ければ死んでしまう。

ポイ捨てをするやつはもっと事の重大さに気付いてほしい。
とか思います。

周りには、「ポイ捨てはいけないけど
どっちでも良いじゃん」という感じの人が多いので、

私も人に寛大にならなきゃと思うんですが、
些細なマナー違反が大きな事故に繋がったら
被害者は救われないとか思うと、何とも収まりません。

究極の選択にはなりますが

「自分に厳しく人に厳しい人」か
「自分に甘く人にも甘い人」の
どちらが良いと思いますか?



自分にも甘く、人にも甘い人の周りは
大体犯罪とか不祥事が多いですよ。
そして周りを危機に巻き込みます。

ゴミポイ捨てには
「落としましたよ」といってあげると良いです。

>「大人だなぁ」「寛大だなぁ」と感じる人は
>人に優しい代わりに自分にも甘い人が多いです。

それは、だらしないだけ。許すとは違います。
寛大で大人という人はそれを何とも思わず
「べっつにいいんじゃないの~」という人ではありません。

無頓着でだらしない気にならないだけ。

寛大ではなく、自分にとって
煩わしいからやりたくないとか、そんな程度のこと。

責任をとりたくないだけです。

大人で寛大な人は、その落ちている缶や、
ポイ捨てされた缶をイチイチムカつかず

黙って缶を拾ってゴミ箱に入れるか、
持ち帰って自宅で廃棄する人です。

私はちょっとムカつきながら、
しかも気分でゴミやペットボトルを
拾って捨てていますが、

随分昔になくなった祖母は、
墓参りの行き帰りに道のタバコの吸い殻や
ゴミを拾ってました。

そのころは
「ばあちゃん偉いなあ~」という気持ちと
「自分の敷地のゴミではないのに…」と思っていましたが

歳を重ねて、少しだけ
祖母の気持ちがわかるようになってきました。

徳をつむとか、そういうことではなくて
説明しづらいですが、それが感覚としてわかります。

なんというか
腹をイチイチ立てるくらいなら
自分で拾っちゃった方がいいんですよね。

多分、年齢を重ねて怒るのが疲れるというか…
負担になってくるし。

捨てるな!拾え!と怒るのもいいけど、
この場合拾っちゃった方が「あ、すいません…」と
なることが多い(笑)

さて究極の選択ですが、

私は「自分に厳しく人に厳しい人」のほうに
まだ人としての将来を感じられます。

歳を重ねれば、
人に優しくなっていったという方が
周りに多かった。

そして、責任はとりますよ。

自分に落ち度があった場合は、
追求されても仕方がないと私は覚悟します。

必要以上に厳しいというのは、
それは別の問題ですが。



私は圧倒的に
「自分に厳しく人にも厳しい人」が好きです。

厳しくするって、
相手のことをちゃんと思っていなかったら
できないと思うんですよね。

飲酒や喫煙だって、
周りに迷惑かけるということもありますが、
一番は本人にとって良くないですよね。

私なんかは、
その人が喫煙や飲酒で健康を害しようが
「自業自得」だと思うだけなのですが、

それを怒る人って
本当に心配しているんだろうなと感じます。

仕事にしたって、甘やかされて
仕事がちゃんとできなかったら
最終的に一番困るのは本人です。

もちろん優しさは必要ですが、
「甘さ」というのは本人のために
ならないんじゃないでしょうか。

自分なら、甘くされるよりは
厳しくされたいって思います。

そうは言いながらも、自分自身は
「自分に厳しく他人に甘い」タイプです。

寛大と言えば聞こえはいいですが、

単純に「自分以外の他人がどうなろうが
知ったこっちゃない」からです。

ポイ捨てなんかは同じく腹立ちますが、
怒るのも面倒なのでたぶん自分で拾います。

飲酒喫煙に関しても、私は自分が大事だし
体に悪いと思っているからやりませんが、

他の人のことなら周囲に迷惑かけない限り
「好きにすれば」と思います。

未成年が飲酒や喫煙で体悪くしようが
自分には関係のないことですから。
冷たい人間だな~って自分で思いますよ(笑

要するに自分のことしか考えてないから
「自分に厳しく他人に甘い(どうでもいい)」だけです。

ちゃんと注意できる人って
私はすごくいい人なんだと思います。



私は、本来自分に甘いタイプですが、
それだと苦労にぶつかると
逃げてしまう癖が着いてしまいます。

そんな自分が嫌になり、
先ず自分に厳しくなりました。

それが出来ると人にも
厳しく言わなきゃ行けない事は
言えるようになりました。

過去自分がやった間違いを
他の人に注意する時は、
その事もきちんと説明した上で注意します。

完璧に自分に厳しくなる事は難しいです。

どこかで甘えが出てしまいます。

でもそれが悪い事なら
それに気付き反省する事が大事です。

仕事でもそうですしね。

会社のルール、方針てのがあります。

それを守ってないのを見ると注意します。
守らなかった事により会社の業績が
下がったんじゃ責任取れませんからね。

やる事やってなら仕方無いですが。

学校の勉強サボるのは自分に返って来るだけですが、
会社は皆に迷惑かけてしまいます。

よって私は「自分に厳しく
人にも厳しい人」を選びます。



今のありのままの自分を認めると、
とても楽になれますよね。

僕もそれをなるべく実行するようにしています。

おかげで昨日友達と喧嘩したんですが、
極度に不安になったり、
投げやりにならずにすみました。

けれど

僕の満足できる程度に
優しくできているとは
ぜんぜん思っていません。

悩みの無い人など皆無でしょう。
悩みをなくしたいとは思っていません。

今より少なくしたいのです。
でも、その具体的な方法がよくわかりません。

1)自分が凹んでいる時や
後ろ向きになっている時などでは、
主観的になり、視野がせまくなります
だから、認める対象の自分自体が見えなくなります。

2)たとえ自分の事がわかっても、
気分次第で優しくなれない時が多いです。

先日、自分の評価の度合を検査してみたら、
自分は自他を厳しく評価する性格だとわかりました。

「やっぱりなー」とはわかったけれど、
その上でどうすればよいのか?

意識して、やっぱり10年や20年かけて
直していくしかないのでしょうか?

ちょっとした裏技とかでも大歓迎です。
とにかく具体的なアドバイスをお願いしたいです。

野球でたとえば・・・

「良いバッターになりたい?ならまず
スイングを体で覚える事が大事だから、

球が来るのをイメージしながら、
一日100回水平に素振りしなさい。」

こんなアドバイスだと、とてもわかりやすいです。
注文が多い客で申し訳ないですが(苦笑)

よろしくおねがいします。



どれくらいの限界があるのかを
素直に認めてあげる事も含まれる
のではないかと思います。

とても主観的な問題なので
わかりにくいかもしれませんが、

例えば「辛いときに認知療法・論理療法で
学ばれた事を実践するのが厳しいと
感じるのであれば、

その時自分に優しくするには、
本当に体がムリだと感じていることを

一時的に求めないことも
自分に優しくすることではないかと思います。
厳しい見方をすると、

自分を甘やかすことだと
言われてしまいそうですが、

体の訴えを正直に聞いたうえで
情状酌量の余地が有るなら、

その時点では普段どうりのことを求めるより、
甘えでは無く、自分に優しくする為の
現実的な方法かもしれません。

ハウツー方式に何でも
解決できれば良いですが、

人間は十人十色。

皆が同じではありません。

どこが自分の限界なのかという一線も、
当然他の人とは異なるはずです。

あくまでも自分に正直に。

自分に厳しくなりすぎていると感じる時は
基準をゆるめる勇気も必要かもしれません。

またご自分に優しくできない、
何らかの原因がもし過去におありなら

調子の良い時期に専門家の助けを得て
追及してみるのも助けになるかもしれません。

不調が続くとめいりやすくなりますが、
決してあきらめずにいきましょう!

自分に厳しいという事は、

裏を返せば、まじめでしっかりした理想を
もたれているという事です。

目標を持つ事は良い事ですので、
今の時点でどの程度が現実的かを探りつつ、
努力を続けられると良いかと思います。


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コメント

今日は頭の回転が悪いようです。いつものことですが。

こんにちわ。温かいようで少し寒い。でも温かいのか蝶を今年初めてみました。

読んできましたけど、なかなかここを書きたいというところが浮かびません。すみません。

こんなにたくさんの皆さんが自分の生き方について深く考えどうあらねばならないかを真剣に考えていらっしゃるのですね。それもお若い方が多いようで、素晴らしいことですね。

私ももっと若い時からこんなこと読んでいたら、もう少しましな人間になったかなあと思います。まあ人生やり直しはできないですから、死んだあと、お葬式の席でどんなこと言われているのかなあと思うときがありますよ。

よく文通している姪がいますが、その子だけは(わが子をのぞいて)すごく泣いてくれるよねと思うときがあります。そんな人を一人でももてたら幸せとしようと思います。

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