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2016
02.27

不良に生きる



昨日、「心の老化」というキーワードで
記事検索をしている中で、
とても興味深いキーワードに出会いました。

それはなんだと思いますか?
おそらくそれは、あなたがこれまで
忌み嫌ってきた言葉だと思います。

それは…



「不良」です。


不良の反対は「真面目」だと思いますが、
その真面目さが本当に正しいのか、

シニア時代を快適に生きてゆく上で、
一度疑ってみる必要があります。

社会常識や世間体を
人より過剰に意識し過ぎてはいないか?

心の老化を加速させるのは
言うまでもなく「ストレス」です。

せっかく、職場の上司の目を気にしないで
自由に生きられるようになったシニア人生なのに

自分への縛りがきつすぎると
自分らしい生き方に
余分なブレーキがかかってしまいます。

「人間はこうあらねばならない」という
自分の判定基準自体が本当に適正なのか、
疑い、見直して見る必要があります。

もう、世間体なんてどうでも良いのです。

定年退職した時点で、
社会人としての責務は終わりです。

そんなご主人を立派に支えてきた
奥さんの責務も終わりです。

子供も所帯を持って独立しました。
親としての責務も終わりです。

なのになぜ、ことさらに
世間体を気にして生きる必要が
あるというのでしょうか?

このブログでは、「不良」という意味を、
「非・真面目」というニュアンスで使っていますが、

その「真面目さ」が過剰に
自分らしい生き方を抑制する縛りならば
自分自身でそれを緩める権利もあるハズです。

それを「不良」と呼ぶのなら、
「不良老人になってやろうじゃないの!」と
開き直って言いたいです。

これからの人生は、これまで仕事や子育てを
自分の都合は脇に置いて頑張ってきた
自分への「ごほうび」であるべきです。

そういう意味で、本日のブログでは
「不良」について考えてみたいと思います。

とても興味深い、二つの記事を掲載します。
あなたがステキな「不良」になるために

「なるほどなぁ!」と感じ入るフレーズと
出会えることを祈りながら、掲載させて頂きます。


▲http://aienka.jp



「不良」必ずしも長寿ならず

一昨年、『「不良」長寿のすすめ』
という本を出しましたが、



前もって、「不良」が短命な場合もある
という例もあげておきましょう。


昨年は六月の終わりから大変な猛暑で、
7、8月の2ヵ月間に千葉県内のゴルフ場で
30人くらい亡くなっているんです。

救急医学会が調べたところ、
その8割方が「前夜に深酒」なんですね。

午前2~3時までお酒を飲んで、
暑い中ゴルフ場に出れば
確実に脱水を起こします。

年齢は45〜50歳あたりで、
60歳以上の人はいないというのは、

年寄りは無理をしませんが、
若い人はたぶん賭けてやっているから、
がんばってしまう。

だから、お酒はせいぜい十二時までにして、
どうしても飲まないといけないときは、
とにかく水を飲むこと。

そうすれば血が濃くなりすぎず、
脳梗塞や心臓病を起こす危険はうんと下がります。

トイレに起きるのが嫌だからと、
水を控えるのが一番よくない。

人の死因の20〜30%は、
脳梗塞などのアクシデンタルな要因なんです。

たとえば有名な元野球選手が倒れたときは、
治療まで3時間以上かかってしまったといわれております。

治療には、ゴールデンタイムというのがあって、
脳梗塞は発病から3時間以内なら
かなり積極的な治療もできる。

オシムさんは自宅の浦安から順天堂に運び込まれ、
3時間以内に治療が開始できたおかげか、
見事に回復されましたね。

ですから、60歳を越えたら、
そばに電話のできる人間を置いておくこと。

その人は籍が入っているかどうかは、
どうだっていい(笑)。

それと、日頃から救急体制の整った病院を
調べておけば万全です。

そうすれば救急車は迷わず一発で行けますし、
無線で患者の症状をやり取りして、
運ぶ間に病院は専門医を揃えられる。

病院というのは本来、
救急体制が充実しているかどうかが
一番大事なんですね。

娘というのは父親そのもの

専門外のトピックをもう一つ。

動物の世界では、オスがメスの許しなしに
セックスすることはありません。

ヒトだけはちょっと例外的ですが、
基本的にはメスがオスを選ぶ。

では、メスは何を基準に選んでいるのか、
それがずっとわからなかった。

性染色体というのは、
個体の性を決定する染色体です。

お母さんのXに、
お父さんのXがくっつけばメス(XX)、
Yがくっつけばオス(XY)が生まれる。

従来、メスのXXは、
母と父のXが半々で発現するとされてきたんですが、

最新の遺伝子解析によると、
父のXだけが生きていて、
母のXは父のXに消されて発現しない。

すなわちメスというのは
親父そのものなんですね。

だから本来、親父が一緒にいて
一番居心地がいい女性は娘なんです。

性染色体がかかわるのは、においや味の好みなどで、
いわば動物の本能的な部分で似通っている。

それ以外の染色体がかかわる髪の毛、
顔の色、鼻の高さなどは、
父母を混ぜた形で出てくる。

オスというのは、社会性をもつ生き物ですから、
娘は親父からその社会性も受け継ぎます。

だから小学校くらいまでは、
知能指数を調べると、女の子のほうが高い。

男はナイーブで女の子より低い、
女のほうが利口なんです。

小児喘息や自閉症なども、
ナイーブな男の子に多く、女の子は少ない。

で、放っておくとメスは
親父と近いようなオスを連れてくるんです。

どこか親父と共通点があって、
なおかつ親父よりちょっと優秀なやつを選ぶ。

そして親父よりも少しいい子供を産む。
これが進化の原則。

親父よりダメなやつとばかり
セックスしていると、その種が滅んでしまう。

親父の遺伝子というのは進化上、
重要な役割を果たしているんですね。

こうした知見は、
DNA解析だけでは説明できない、

DNAの次のステップの遺伝学として、
エピジェネティクス(epigenetics)と呼ばれています。

不老のサイエンス、長寿のサイエンス

「不老長寿」というのは、東アジア独特の言葉でして、
中国、朝鮮、日本くらいしか使いません。

アメリカでは不老=アンチエイジング、
すなわち歳に逆らうこと。
不老と長寿が別なんですね。

今、世界中の学者を呼んできて
長生き競争をやるとすると、

まず身体に入れるエネルギーを少なくして
代謝を減らし、体温を下げ、
微量の栄養を与えながら冬眠させてしまう。

そうすると計算上は

150歳まではいくだろうといわれている。
それが長寿=ロングライフのサイエンスです。

一方、アンチエイジングは、
30歳を20歳に、70歳を30歳に
返そうというサイエンス。

これは時にロングライフと一致せず、
若返るけれど寿命は短くなるということも多い。

そのアンチエイジングとロングライフのサイエンスを
なんとか一致させようというのが、
私たち生命科学者の試みでもある。

歴史的にアンチエイジングの試みは、
ホルモン療法です。

これは最初、
女性の更年期障害の治療でした。

高齢の女性に大量の女性ホルモンを与えると、
もう一度生理が来たり、シミが減ったりぐんと若返る。

しかし、女性ホルモンを使うと、
乳ガンになる確率が百倍も上がる。

だから、日本では
一部の治療目的以外は許可していない。

アメリカでは「私は命が短くてもいいから
彼氏を引き留めたい」というような方が
たくさんいらっしゃるようで、
無制限に女性ホルモンを出す。

ドーピングに近いですね。

そこで最近注目されているのが、
「成長ホルモン」です。

こちらは副作用があまりない。

脳の真ん中の脳下垂体でできるホルモンで、
この出来が悪いと、小人症といって
子供が大きくならない。

それを防ぐため、早期に異常を見つけて、
成長ホルモン薬を与えると背が伸びる。

実はこのホルモンは、大人になっても大事で、
年を取るのを止めているということがわかってきた。

たとえばガンなどの治療で、
40歳の人の脳下垂体を取ると、

白内障になるは、髪はなくなってしまうは、
一気に浦島太郎になる。

数年前に行われた実験で、
70〜75歳の男性を二つのグループに分け、

片方にだけ成長ホルモンを与えたところ、
肉体的にも精神的にもぐんぐん若返った。

それに加えて運動もさせると、
筋肉がついて脂肪が減り、
非常に若々しいからだになる。

ホルモンはホルモンを呼び起こすといいまして、
成長ホルモンを与えると、βエンドルフィンが出る。

これは脳内麻薬ともいわれる、
要するにスケベホルモンです。

これが70歳の人にもバンバン出てきて、
精神的にも明るくなって
ギラッと若返るわけです。

アメリカのシニアプロゴルファーなどは
ほとんどこれを使っている。

アメリカの成長ホルモンの使用量は
日本の7000倍。

実はこれを一番使っているのは畜産業です。
アメリカやオーストラリアから来る牛肉、豚肉は
すべて成長ホルモンを使っている。

これを使うと早く大きくなり、
しかも日本の牛みたいに

脂の入った病的な肉ではなく、
赤々として、軟らかくておいしい。

ところが日本の農水省は、
使用を許可しないんですね。

成長ホルモンを使った輸入肉は売っているのに、
おかしな話です。

コレステロールの抑制は危険

さて私が、「不良長寿」を考えたのは、
生命保険会社のあるデータがきっかけでした。

一部上場の会社の部長さんが、
定年退職して何年生きるかというもので、
だいたい7~8年なんです。

ものすごく短い。

取締役や社長は長生きだし、
部長まで行かなかった人、

それから

二部上場以下の企業や自営業の人は
普通に長生きなんです。

考えるに、一部上場会社の部長というのは
まじめな日本人の典型なのではないか。

そんな話をしたらある企業の人が
「部長で辞めるというのは、
部長になかなかなれないのを、

辞める前に部長にしてやるので、
一番真面目で面白くないやつ。
それ以外はみんな〝悪い〟やつだ」と。

もう一つ、10年ほど前に
フィンランドの調査が話題になりました。

フィンランドは年金制度の充実した国で、
会社を辞めても何もしないで食っていけるので、
健康管理がよくない。

アル中や膵臓疾患も多く、寿命も短い。

それで厚労省が大学の先生に依頼して
1974年から15年がかりで大規模な実験を行った。

生活環境の似ている
40〜45歳の男性1200人を半分に分け、

片方は年に二回は健康診断をさせ、
酒もたばこも制限し、

きちんとした生活リズムと
健康状態を保つよう指導した。

もう片方は、酒もたばこも食事も一切自由。

それを5年やって
10年間の観察期間を置き、

15年後に蓋を開けたら、
前者の健康管理グループは
600人中17人が死んでいた。

一方のほったらかしグループは
一人も死んでない。

これはまずい!

これを知るとますます国民の生活が乱れると、
厚労省は情報を隠してしまう。

ところが、調査を統括した先生が
公開するんです。

なぜ健康管理をしたグループの方だけ
何人も死んでいるのか、
原因を調べるのが大事だろうと。

そしてその指導方法について
2つの問題点を指摘した。

一つは、コレステロールの数値を
徹底的に管理したこと。

当時はコレステロールは低いほど良い!
という観念があった。

もう一つは、

あまりストイックな生活をさせたために、
免疫の働きが弱ったのではないかと。

この二つは、今となると見事に正しい。

日本はコレステロールの正常値を
220㎎/㎗以下という、
ものすごく低いところに設定している。

欧米で問題視される基準は
だいたい300以上なんですね。

新聞報道もされましたが
日本脂質栄養学会が行った調査によれば、

最も長生きの人たちのコレステロール値は
260~280。

しかも通説とは逆に、
ここからコレステロール値が低くなればなるほど、
病気などによる死亡率が高くなるという結果だった。

コレステロールは肝臓と脳でつくられます。
全体の20%は脳の細胞でつくられ、
脳で使われている。

だからコレステロールが低い人は
脳の回転が悪いかもしれません。

また、すべてのホルモンは
コレステロールからできている。

セックスに関するホルモンもそうですから、
コレステロールが高い人はスケベです。

スケベなやつは頭の回転が速く、
仕事もできる。それは確実に比例します。

コレステロールは
強い血管をつくるのにも大事です。

かつて秋田や山形は脳出血の人が多くて、
脳外科の医者は手術によく行ったものでした。

秋田や山形の人は漬け物ばかり食べて、
牛乳や卵はよそに売ってしまって自分は食べない。

だから血管が弱く、
ちょっとトイレに行くくらいですぐ
脳出血を起こしていた。

今は牛乳も卵もよく食べるようになって、
脳出血は減リました。

医者に行くと、220以上で異常だといって
コレステロール降下薬を飲まされる。

すると、まずいことにウツになるんですね。

非常に多弁だった人が無口になったりする。
そういう人が電車に飛び込むんだという話をしていたら、

実際に帝京大学の
精神科の先生とJR東日本が協力して、
JR中央線で自殺した人を調べたんです。

その結果、9割が55〜60歳で、
ほとんどが男だった。

それが見事に全員、
コレステロール降下薬を飲んでいたという。

コレステロール降下薬の年間売り上げは
3000〜4000億円ともいわれている。
その7割は女性が飲まされている。

女性は閉経後に必ず
コレステロールが上がるからです。

もしコレステロール降下薬を処方されても、
安易に従わず、捨ててしまうようお勤めします。

たばこ=肺ガン説のウソ

なぜ、たばこをじゃんじゃん吸っていたグループが
一人も死ななかったのか。

僕は大学院のときに、病理学の先輩と
たばこが肺ガンを引き起こすというので、
ある実験をさせられました。

ラットをたくさん飼って、
当時一番安かった「しんせい」というたばこを使って、

煙づけにしてガンをつくろうとしたんですけど、
結局一つもできなかった。

それで「たばこを吸ってもガンにならない」
という報告を書いたんです。

たばこは、確かに咽頭ガンとは因果関係があって、
たばこを吸う人は40倍、咽頭ガンになりやすい。

ただ、咽頭ガンで死ぬ人は年間5000程度。
一方、肺ガンは年間65000人以上が死んでいて、

その発ガン物質として
最も大きいのは自動車の排気ガスです。

排気ガスを100とすれば、
たばこは0.1以下でしょう。

その0.1を狂ったように攻撃していますけれど、
本当に肺ガンを減らしたいなら、
自動車を止めるしかありません。

しかも肺ガンには、空気を運ぶ管の部分と、
空気が入る風船の部分にできる2種類があって、

東洋人は管の肺ガンが圧倒的に多い。

そこにできるガンは
たばことまったく関係ないんです。

一方で、たばこはからだにいい点がいろいろある。

たとえば、人の脳の細胞は
毎日数十万、数百万という単位で減っていく。

といっても問題はなくて、
脳細胞はお互いびっしりつながって
ネットワークを形成している。

ある部分がスポンと抜けても、
それを迂回したネットワークに回すことができる。

物忘れをしても、しばらくして思い出すのは、
ほかの回路が働くわけですね。

脳に刺激を与えると、
この回路がどんどん増えて記憶がよくなる。
脳が若返るんです。

そのネットワークづくりを
促進するのがニコチンです。

だから、たばこを吸うと記憶がよくなるし、
たばこを吸う人はボケが少ない。

それから、

たばこは気管支に悪いというのはウソで、
むしろたばこを吸う人は風邪を引きにくい。

たばこが適当な刺激になって、
免疫が上がっているんです。

もっと重要なのは、日本人は年に32000人が自殺する。

そのうちの2000人くらいを調べたところ、
たばこを吸う人が一人もいなかった。
たばこは自殺防止にも役立つのではないか。

ある心理学者に聞いたところ、
たばこを吸っているときは、
いわば頭が「白く」なるという。

ずっと同じ刺激のある状態より、
ストレスをときどきぽっぽっと解放してやる。

リズムをもって生活している人のほうが
脳的には健康だというんですね。

こういうことを言うと、
今は医学界から放り出される。

それはファシズムでしょう。

病院の中に吸い殼が一つでもあると、
厚労省は病院の格付けを落とすんですよ。

たばこを吸って良いタクシーを
待たせるだけでも減点なんです。

そんなにたばこを遠ざけたいなら、
たばこ特区をつくったらどうでしょうか。

たばこ好きの人ばかり集めて、
そこがいかに長寿かということを示してやればいい。

嬉しいことに最近
喫煙者専用の喫茶店が出来て大人気だそうです。

私はたばこの経験があるような方が
安心して付き合えて好きです。

免疫の利口な面、バカな面

健康を保つには、
何より免疫力を保つことが大事。

ただし、実は免疫にも
利口な面とバカな面があるんです。

ウイルスのような小さいものに対しては、
免疫は利口です。

毎年11月ごろになると
渡り鳥がインフルエンザウイルスをもってきて、

それが日本中にばらまかれ、
日本人全体がウイルスの攻撃にさらされる。

でも翌年3ごろには、
そのウイルスは日本にはいられなくなる。
免疫の働きでからだに抗体ができるからです。

人は病気にはならなくても、
常にウイルスにさらされては
抗体をつくるというのを繰り返している。

新型インフルエンザも同様で、

一昨年メキシコではたまたま
医療設備が悪くて死者が出たけれども、

日本のように医療の整った国で
人が死ぬような危険性はほとんどない。

そうした免疫の仕組みを知らない
厚労省の役人や政治家が大騒ぎしてしまった。

昨春の口蹄疫騒ぎも同様。
口蹄疫の病原体は、ピコルナウイルスという
ヒトの小児麻痺、ポリオに近いウイルスで、

いまやポリオというのは
ワクチンでほとんど駆逐されつつある。

そのくらい免疫が有効なんですね。

だから4月に宮崎で口蹄疫が発覚したときも、
すぐワクチンを打っておけば問題なかったのに、
ぐずぐずして拡大してしまった。

やっと6月になってワクチンを打ったら、
ぴたっと終息した。

畜産集会には、
抗体陽性の家畜が出たら

その国から畜産物輸出ができない
という法律がありますが、

あんなのナンセンスですよ。

口蹄疫のウイルスなんて
たいしたことないんですから、

抗体陽性の牛を食べたって何ともないし、
治った牛は生かしておいても問題ない。

それを何十万頭も殺してしまったわけです。

逆に、相手が大きくなると
免疫はバカになって役に立ちません。

たとえば、結核菌は
ウイルスの何億倍も大きいので、
ワクチンは効かない。

BCGが結核のワクチンだなんていうのは大ウソでして、
ツベルクリン陽性でも、結核の人がコホンコホン
やっているそばにいれば簡単に飛沫感染してしまう。

日本のBCG接種は戦後、占領軍が持ち込んで
実験的に接種したことから始まったんですが、

当のアメリカはその結果を見て、
意味がないと判断したから
BCGは一切やっていない。

それをなぜ日本でやり続けているかといえば、
そこにはお役人の天下り先とかの
利権があるのでしょう。

もう一つ、免疫のバカな面はアレルギーです。
免疫のメカニズムが変なふうに働くとアレルギーになる。

スギ花粉症、アトピー性皮膚炎、リューマチなど
いろんな疾患がありますが、

ただ、アレルギー疾患で死ぬ人はいない。
これもたいした病気じゃないんです。

たとえばスギ花粉症というのは、
非常に精神・神経状態の影響を
受けやすいんですよ。

重罪犯の刑務所の医師に、
花粉症はいないだろうと聞いてみたら、

「受刑者には少ない。
でも看守にはたくさんいます」と。

政治家にも花粉症は少ない。
冗談ですが、きっと悪いやつは
花粉症なんかなりません。

スギ花粉症の季節に、
国会中継で鼻水を出して
くしゃみをしている代議士はいません。

あれはテレビに映ると
アドレナリンが出るんです。

そうすると鼻水もくしゃみも
ぴたっと止まってしまう。

重罪犯というのも、
アドレナリンが出やすい人たちなんです。

子供はちょっと小突くとぎゃっと言うでしょう。
子供もアドレナリンが出やすいんですね。

気合いが入っていたら、
あんなものはぶっとばせるんです。

ゴルフでも、ドライバーを打つ最中は
くしゃみは出ないでしょう。
あれはホルモンがわっと出るんですね。

セックスをしている最中も同じ。
要するに、人間のからだというのは
ホルモンで自由自在に操られているという話なんです。

よく笑い、よく遊び、
NK活性を上げよう!


私たちのからだで一番の心配事といえば、
やはりガンでしょう。

それは人間が長生きすると
どうしても出てくる問題です。

ハエや蚊がガンになるというのは
聞いたことがありませんが、

もしハエを長生きさせたら
ガンもできるに違いない。

ハエの寿命は1〜2週間しかありませんが、
ハエにも老化遺伝子がある。

この働きを止めると、今の技術なら
ハエの寿命を一年くらいに延ばすことができる。

人間も理論上では300歳くらいまで
生かせるといわれています。

人間のからだでは、
一日で一兆個の細胞が生まれています。
そのうち6000個がガン細胞です。

人間みな等しく、
毎日6000個のガン細胞をつくっている。

とはいえ、

一兆のうちの6000ですから、
きわめて少ない。

その6000個を体中から隈なく見つけ出して、
叩いているのがNK(ナチュラルキラー)細胞です。

同じリンパ球でも、T細胞は
マクロファージから情報を受け取って

初めて作動するのに対し、NK細胞は
自ずからガン細胞やウイルスなどを攻撃する。

いわば交番のお巡りさんみたいなもので、
T細胞やB細胞が軍隊だとすると、

軍隊が出動しない平和なときも、
お巡りさんはしっかり見張りをして
不良を叩いてくれる。

しかし、年を取るとNK細胞は弱くなってくる。
お巡りさんが居眠りをする。
その隙に不良が徒党を組んで暴力団になる。

そこでお巡りさんが目を覚ましても、
もう遅い。それがガンなんですね。

NK細胞の活動は、
一日のホルモンのリズムに支配されていて、

日内変動が大きい。日中は高く、
夜寝るときは低くなっている。

だから、

生活リズムをでたらめにすると
活性がドスンと落ちる。

長距離トラックの運転手さんなどは、
NK活性が低い人が多い。また、
ちょっとした精神的なストレスにも弱い。

ちょっと憂鬱になったり、
悲しいことがあったりするだけで活性が下がる。

動物実験で、子育てをしているメスから
子供を取り上げると、NK活性がドンと下がります。

その隣に元気な動物を置いておくと、
その動物のNK活性も下がってしまう。

すなわち、
暗い人のそばにいると自分も暗くなる。

精神病というのは、うつるのかも知れません。
だから明るい人のそばにいるほうがいい。

ストレスという言葉は誤解があって、
問題なのは悲しいストレスです。

ゴルフでOBを打ったってストレスにはならない。
それはかえって刺激になってNK活性が上がるんです。

笑うだけでもNK活性は上がるんですよ。
テレビ番組で、丹波哲郎さんが笑うと
どのくらいNK活性が上がるかという実験を
したことがあります。

丹波さんはもうお年で
NK活性は低かったんですが、

20分くらいゲラゲラ笑うだけで、
ぐんと上がった。

「不良」がなぜNK活性が高いかというと、
ストレスを引きずらないからです。

不良には親友がいますから、
酒を飲んだり、カラオケをやったりして
ストレスを解消できる。

「不良」というのは
なにも「悪い」という意味ではなくて、
やんちゃな人ですね。

そういう一見些細なことが、
われわれの人生にいかに大事かを伝えたくて、
『「不良」長寿のすすめ』を書いたんです。


▲http://iyasi-tokimeki.ddo.jp



筆者は元NHKアナウンサーであり、
老いてもなかなか魅力的な女性である。



そんな筆者は少女の頃から
不良に憧れていたという。

素敵だと思う男性はみな
不良っぽかったという。

そんな筆者が老年期に入って、
いろいろなしがらみから
ようやく解放されたので、

これからは規制に反発しながら
精一杯自由に生きたいと言う。

孤になり個にかえって、恋もしたい。

権力や名誉ではなく、
自分らしく生きたいというのが
筆者の願いである。

もう残された人生は
そんなに多くはない。
死は突然訪れる。

せめてその瞬間まで
生を謳歌したいという気持ちには
大いに賛同する。

この本は特に中高年女性に
お勧めの本である。

目次をご紹介するので機会があれば、
図書館か、古本屋さんでも手にとって
是非お読み頂きたい。

++++++++++++++++++

第1章 
恋をしよう

男も女もいつまでも
異性を愛する気持ちを失ってはいけない。

言葉を換えると色気である。
不良老年の軸になる条件といえる。

いい気になる才能も才能だと
常日頃思っている。
いい気になって自分を伸ばす。

異性への興味、恋心と呼んでもいいが、
それがあるうちは老人ではない。

できることなら最後まで
忙しくて死ぬ暇もない一生を送りたい。

男は女に恋心を、女も男に恋心を。
男が男、女が女に恋心を持ったってかまわない。

老人ホームでは、
ポーイフレンド、ガールフレンドばやり、

そのため老人ホームに入る人も増えているという。
単に心情的ボーイフレンド、ガールフレンドではなく、
ずばり性的な関係も意味するという。

老いての性は、日本においては
どちらかというとみっともない、
醜いと受け取られてきた。

しかしよく考えると、
先が短くなってからの性ほど
真剣で大切なものはないのかもしれない。

枯れることが年老いての美
という考え方はとんでもない。
老いてこそつややかで好奇心にあふれていたい。

年を重ねれば重ねるほど、
年齢の若い人に興味が移っていく、

こちらが老いた分、若さに触れ、
取り戻したがっているのだろう。

第2章 
せめて恋愛気分を楽しむ

いつまでも覚めることのない夢を見、
そのまま目覚めぬ時に死を迎える。

その時がくるまでせいぜい夢の続きを追って、
結末のない夢に耽っていたい。

誰かが好き、誰かに憧れる気分は
人を幸せにする。

それは若い人だけの特権ではない。
年をとったらおおいに憧れを持とう。

第3章 
名刺から肩書きをはずせ

いまの自分を語れる人であること。
位を去ってはじめてその人の値打ちがわかる。

定年になった男たちがわびしく見えるのは、
過去に執着するからだ。

これでは不良老年にはなれない。

不良老年の条件は、生き生きと、
いまの自分を生きることだ。

不良老年の条件は、
名刺に肩書きをなくすことからはじまる。

それに耐えられるかどうか、
耐えられる人だけが粋なのだ。

不良老年は粋でなければいけない。
肩書きではなく本人の名前だけで勝負といきたい。

六十歳を過ぎたら中味が物を言う。
自分の内面の積み重ねが光り輝くのだ。

ハンドルの遊び、ゆとりのある
自由な心をとりもどしてこそ愉しいのだ。

職業でなく自分の生き方を
語れる人はすばらしい。

不良老年はロマンを持ち続けていること。

見栄や肩書きに頼るのではなく、
自分の腕一本で立つ爽やかさ、
そこに男の色気を感じる。

自分の生き方を見つけた男は美しく、
いつまでも若々しい。

第4章 
おばあちゃんなんて
呼ばせない


不良と名がつくからには、
パターンにはまらず、

規格化しようとするものに
反発する気概を持たなければならない。

他から排除されようとも、
「毅然として我ゆかん」の気概である。

あちらこちらを見まわして
気を使いすぎるのもよくない。

不良老年は決していい人を演じてはならない。
何かの役割を演じてはいけない。

個でなければならないのだ。

おじいちゃん、おばあちゃんの役割でもない。
自分自身の顔を持ち、自分の名で呼ばれる。

決して楽なことではない。

楽なのは長いものに巻かれ、
パターンの中で生きることだ。

個で生きるということは、
自分の目で物を見、自分の頭で物を考え、
自分で選び、自分で責任を持つ。

孤独を恐れては、
個をつくることはできない。

いつも人と連なったり、
つるんだりして、自分を考えず、
自分で判断せず、自分で責任をとらない。

人生の最期にいたるまで、
自分で責任をとれずに終わる。

野たれ死にしようとも、
自分の生き方で人生を終えたい。

第5章
電車の中で席をゆずろう

いつも席をゆずられるものと思うな。
座りたそうな顔をして席を探すのをやめて、
たまには席をゆずってみたらどうだろう。

若いと思っていても、
一番年が出るのが写真である。
写真には年が写る。

第6章
年がいもなく何かに狂おう

もはや若い頃のように
試行錯誤は許されない。

人まねをしてあれもいいか、
これもいいか、と試してみる余裕はない。

ほんとうにやらねばならないことと、
ほんとうにやりたいことにとりかからねば、

一生すべきことややりたいこともせずに
終わることになりかねない。

あちこちに手を出している暇はない。
決めたことに突進するしかない。

自分のやるべきこと、やりたいことを
やるから否応なしに個性的になるのだ。
年を取ることは個性的になること。

自分の好きなことをする。

運動でも何でも、人がやっているからと
まねをしている暇はもうない。

そんなことをしていると
全員でゲートボールだ。

年をとったらゲートボール
という図式は気持ち悪い。

もっとも個性的に生きるべき
老後になぜ同じことをするのか。

好きな人がやるのは個性的だが、
気の進まぬ人がなぜやるのか。

試合になるといじめも発生するという
ゲートボールを私はやらない。

自分の時間は精いっぱい
自分のために好きなことをしたい。

何でもいい、自分が昔やりたかった夢を追う。

たくさんは無理だから一つか二つ、
できる範囲で選びたい。

他人から見たら、
「なにそれ?」といわれるようなことでもいい。
本人とって価値があればいい。

中年になって狂うと恐ろしいという。
若い頃遊んでいなかった人が、

中年になって何かに懲りだすと、
とことん凝って手が付けられなくなる
ということだろう。

中年から狂うと恐ろしいというのは、
中年から老年を淋しく過ごさざるを
得なかった人の羨望の裏返しかもしれない。

「女が男にほれる一瞬」は、私の場合は
男の中に可愛げを見つけた時である。

どんな時にそれを見つけるか。
男が何かに夢中になっている時、
夢を追っている時の眼だ。

男にはマニアやコレクターが多いのに、
女には少ないというのはなぜだろう。

女の置かれた社会的状況が、
最近まで夢を持ちにくくさせていただけで、

これからは女にもマニアやコレクターが
増えてくることだろう。

子供が大きくなった。
夫婦二人きり、誰にも気を使わずに
好きなことが出来る。

自分を賭けて、最後の好きなことをしよう。

元気で動けるうちは
ちょっとした冒険もいいではないか。

冒険しなくなったらおしまいである。

ちょっと危険なことも、
体を張ってやってみる。

つれあいを亡くした知人友人を見ていると、
一年間は辛そうだが、
そこを乗り切るとがぜん元気になる。

時に女は
自分で身の回りのことができるから強い。

男も、自分一人のことぐらいできなくては、
せっかく不良老年の時期到来というのに
落ち込むことになる。

不良老年の条件は、自立できることだ。

精神的にも経済的に、実生活の上でも。

実生活の上では、
若い時から家事をものにすることで、
男も老後の自由を獲得できる。

女は夫が死ぬと元気になる。
男は妻が死ぬとしょげる。

つれあいの死後、
平均男は2年、女は20年生きるといわれる。

男はくやしくないか。

老後の輝ける日を
自分のものにしないでなんとする。

独りを恐れてはならない。
独りとは自由の代名詞。

孤独と自由は背中合わせである。

孤独を恐れ、人に頼って、
安全にばかり生きていたのでは、
自由を得ることができない。

第7章
週に一度は外食を

外食を週に一度は心がけよう。
できれば異性と出かけよう。

夫でも兄弟でも、友達でも、
不倫の相手でもいい。

異性といるのは、
女同士とは違う会話や気取りを生む。

それが大切だ。

最近、女の人同士で美味しいものの
食べ歩きをしている人が多いが、
客観的に見るとだらしない。

女ばかりという安心感からか、
自分のいる空間を忘れ、
大声で笑ったり、話し、他人が見えていない。

自分達のグループにしか目がなく、
全体を見ることが不得意な女性が多い。

老人ホームでの性の問題を調べた
ノンフィクション作家の小林輝幸さんによると、

異性と出会うことができるので、
老人ホームへ入りたがる人も
増えているという。

そこでは食事の時、集会の時、

自然にカップルができたり、
嫉妬したりと、いくつになっても、

この世に男と女がいる限り、
異性を意識するもののようだ。

第8章
鏡ばりの部屋をつくれ

家のリビングに鏡を張っておくと、
自分の姿がわかる。

キッチンから料理を持って出てきた
黄色いおばさんが誰かと思ったら、
自分だったと。

思わず姿勢を正す。
知らず知らずのうちに背を丸め、

足を曲げて歩いていることが
誰でもよくある。

特に家の中ではリラックスしているから、
だらしない格好になっている。

気付かずにやっていることが
いかに恐ろしいか。

鏡はそれを教えてくれる。

第9章
民芸調の暮らしは要注意

和風のごちゃごちゃしたものの中に
埋没して住まないで欲しい。

座っている人がいかにもおじさん、おばさん然とした
服装だと悲しすぎる。

年よりもはるかに
老けて見えること請け合いである。

シンプルな家具を主にして、
無駄なものを置かないことである。

私はコタツを廃止することにした。

コタツは楽だが
何もしたくなくなるし、美しくない。

ホットカーペットの上等なものを敷き、
ひざ掛けでもかければ、コタツ代わりになる。

それでいてだらしなくならない。

安住は年を取った証拠。

ラクなことしか選ばなくなったら、
精神が老いたことだ。

老いた心では不良にはなれない。
不良とは世俗や常識に反することなのだ。

自分をしばるものと
毅然と戦っていきたい。

第10章
花柄は着ない

日本人は、特に中年以上のおばさん族は
集団が好き、個で行動することが少ない。

自分達の仲間うちのことしか頭になく、
第三者になって自分を見ることができない。

若い時はそれぞれ気取りもあるから、
多かれ少なかれ他人の目を意識する。

年輩になると気取りも
恥もなくなってしまうのは淋しい。

一人で歩けば、
否応なく第三者の目を意識する。

年を取ったら、誇りを持って
年を取った分だけ美しいのだと胸を張って、
人に頼らずに歩きたい。

不良とは遊び心を指す。

若い頃なぜ
ちょっと不良っぽい男性に心動いたか。
それは遊び心を感じたからだ。

遊び心のあるおしゃれが
不良老年の必須条件でもある。

第11章
着物で過ごそう

着物は七難隠すといわれる。
日本の女性は着物が似合う。
男の着物姿はなかなかいい。

今までにない魅力がでる。
やせた人はやせたなりに、
太った人は太ったなりに。

書生っぽいのは可愛いし、
ヤクザっぽいのは粋である。

年を取ったら着物は落ち着く。
女の場合も、若い頃とちがって、

しっとりとした雰囲気があるし、
体型のくずれもカヴァーしてくれる。

渡辺淳一氏の小説には、
着物姿の女性がよく登場する。
描写も美しい。

渡辺作品の魅力は着物によって増す。

第12章
早寝早起きの
努力をやめる。


年を取ったら規則正しくといっても、
自分にとっての規則正しさでいい。
人まねはよくない。

体の条件もひとそれぞれ、
人まねばかりしているようでは、
不良老年にはならない。

老人性ウツ病も多いが、よく気がついて、
人に気を使う人の方がなるようだ。

神経が細かい人の方がなりやすい。
私の知る限り、男の方が多い。

神経がそれだけ細いせいかもしれない。

適当に図太い神経を持っていることも、
不良老年には大切な要素かもしれない。

人を気にせず
くよくよせずマイペース。

私はつれあいから
唯我独尊といわれるくらい
B型マイペース人間なので、
大丈夫かもしれない。

第13章 
喧嘩のすすめ

不良とは体制から一歩離れて
つねに批判精神を失わない人のことである。

体制内で生きた人は、老けるのが早い。

アウトサイダーで、離れたところから
物を見続けてきた人の精神は老いていない。

世の中のできごとに
批判の目を持たなくなったら、

その時は終わりだ。
精神が死んでいるのだ。

肉体は丈夫でも生ける屍にはなりたくない。

病気の場合は別として、
最後まで自分の頭で考えられるように
自分を持っていきたい。

それには、自分にできる方法を
たえず続けておくこと。

新聞を読み、本を読み、
自分の頭で考え、考えた意見を発表する。

年を取って丸くなる必要はない。
おおいに角張って、
若い時には言えなかったことも
言えるようになりたい。

憎まれっ子世にはばかる。

いいではないか。
みんなに好かれたいと
卑屈な年寄りになる必要はない。

好きな人に好かれるだけでいい。

こちらが嫌いな人は、
向こうも嫌いなことが多い。

嫌な人には近づくだけで、
くたびれるから、年を取ったら、

体力を温存するためにも
付き合わないですめばその方がいい。

わかり合える人とは、
おおいに自分の意見を言って
喧嘩もしよう。

喧嘩には体力が必要である。

第14章 
毎日必ず新聞を読もう

年を取ると思考能力が鈍ってくる。
それを防ぐためにも新聞を読むこと。
それもよく読むこと。

隅々まで目を通すこと。

その上で雑誌や本を読むのが大切だが、
新聞だけでもよく読んでいれば
時代に置いていかれない。

新聞の読み方としては、
ともかく継続して読むことである。

毎日読んでいると、
政治・経済・事件の流れがわかる。

流れの中でニュースを捉えることができる。

生きることは自己表現することだ。
何も表現しないのは死んでいるに等しい。

最後まで自分にできる手段を使って
自己表現を続ける。

それこそが生きる証であり、
死はその延長線上にある。

第15章
若い人とどんどん遊べ

年を重ねたことを誇りに思って、
正直に自分の考えをぶつけよう。

恥ずかしいとは何に対して
恥ずかしいのか。

誰かが何かいわないかが
気になるだろうが、
誰も気にしていない。

若い人たちは
他に興味のあることがいっぱいある。

自分のしたいことに
いまさら何を恥じることがあろう。

残された時間と体力、
お金を使ってやることは
精いっぱい胸を張って。

何歳から何をやっても
自分の人生だ。

若い頃やりたかったことを
思いっきりやろう!

第16章 
街に出て、買い物をしよう

欲しいものがなくなったら
年をとった証拠だ。

大人は若い人より
たくさんのものを見てきているから、
目がこえているはずだ。

自分に似合うもの、自分らしいもの、
これがいいと即座に
判断できること大事である。

第17章
 
お金のことでケチケチするな

年をとることはすべて
が減ってくることを意味する。

まず時間、体力、そしてお金である。

持ち時間や体力は目に見えないが、
お金は目に見える。

老後のことを考えると、
お金は大切だし無駄に使うことはできない。

上手に使う方法を身に付けたい。
そのためにメリハリをつけること。

どーんと使うところは使う。
節約するところは節約する。

これからのお金は子供のためではなく、
自分自身のために使えることだ。

好きなことにお金をかけて、
どうでもいい部分はカットする。

そのあたりを大胆にしたい。

人まねをやめて、我慢するところは我慢し、
自分にとって大事と思えることのために
お金をとっておく。

不良老年の生き方としては、
身銭を切って生を楽しんで
すっぱり終わりというふうにいきたいのだ。

未練がましくお金を残して
争いのもとなど残さぬにこしたことはない。

子供をあてにしてはいけない。

老後は自分たちで身を始末する。

精神的な意味では、
子供の存在は大きかろうが、

大きくなったら、別の人。
自分の子供だからと
頼る気持ちはなくしたい。

年を取ることは、
節約から一つずつ解放されることであり、

自分をしばるものから解放されて
のびのびと楽しむことだ。

世間のしがらみ、親類縁者とのつきあいなどの
面倒なものは、無理につきあわぬ方がいい。

友だちだってそうだ。

不愉快の人には近づかない。
気分よく暮らすためには
しがらみを減らすしかない。

特に金銭上のしがらみは作らぬこと。

ケチケチしてお金を残す
必要などどこにあろうか。

生きている今を大切に、
そのために有益ならお金をケチらず、
さばさばと拘泥しないよう、
自分をしむける。

「なんとかなるさ」と思っていると
なんとかなるものである。

第18章
不良には
不良の死に方がある。


自分がどうしたいかという意志を
はっきり伝え、

残された人間で醜い争いなどが
起きないように、最低限の遺言は必要である。

いつも気になったり、
心にひっかかったりしていると、

せっかくの老後を、
思う存分自分らしく不良になって
過ごすことができない。

悔いのない不良人生のために、
しておかねばならない義務もあるのだ。

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コメント
おはようございます。
今朝は特別長かったけど、集中して読みましたよ。
書き取りましたよ。
大変良かったです。わたしもB型人間です。
でも育だった環境にもよるのでしょうが、子供のころから常に人には気を使ってきたと思っています。

今はもう、人に気を遣わず、今日のブログに書いてあるようによく笑いよく遊び、自己表現をしてナチュラルキラーを増やして、できるだけ多くの時間を元気で楽しく過ごしたいと思います。不良老人、不良婆さん大いに結構ですね。

有意義な記事を読ませていただいて、本当にありがとうございました。
ローズコーンdot 2016.02.27 07:34 | 編集
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