平凡に暮らせる有難み



今年89歳になる我が母に
そのうちに読んで聞かせたいと思った
有難いサイト記事があります。

まずはお読みくださいませ。


▲https://happylifestyle.com

「今日も朝、目が覚めた」
これだけで、ラッキーです。

朝に目が覚めるのは
当たり前のことと思いますが、違います。

90代にとって、
普通に朝を迎えられることは、喜びです。

夜に目を閉じて、
そのまま亡くなっていたかもしれません。

老衰して、二度と目を開けることが
なかったかもしれません。

寝ている最中に、なんらかの発作で、
亡くなっていたかもしれません。

しかし、今日も無事、
朝を迎えることができました。

偶然ではありません。

普通に朝を迎えるだけで幸運です。

「今日も頑張りなさい」

それは神様からのメッセージです。
あなたにはまだ、この世で
すべき仕事が残っているから、
今日という一日を与えられました。

90代まで生きることができています。

朝起きた後は、まず天に向かって
「ありがとうございます」と感謝しましょう。

与えられた一日は無駄にせず、
有意義に使いましょう。

畑仕事や部屋の掃除です。
趣味を楽しんだり、ウォーキングをしたりです。

仕事は、与えられるのではなく、
自分で作りましょう。

まだまだ、命は続きます。

命が続くかぎり、神様から期待されています。
長生きしている人の使命は、
長生きすることの素晴らしさを伝えることです。

一生懸命、人生を楽しみましょう。
朝を無事に迎えられたのは、幸せなことなのです。

++++++++

私はこの記事を読んだ時、
なんて有難い記事だろうと感動しました。

是非、老いた母に読み聞かせたいと
心から思いました。

そうした中で昨夕、
昨年3月に定年退職をした
我が同僚のHさん(61歳)から電話ありました。

「楽隠居を決め込んでいたが、
どうにも毎日が退屈でたまらん!」

愚痴っていました。

それを聞いた私は正直、

「なんとバチ当たりな奴!」
かなりイラっとしました。

たかだか61歳の若造が、
「人生退屈などと、かたはら痛し!」と、
怒りがこみあげてきました。

勿論、そんなことは口には出さず、
「まあ、せいぜい楽しんでくれよ」
穏便に電話をきりました。

80代・90代の人生の大先輩たちが
毎日を有難いと謙虚に生きているというのに、

61歳ごときの若造が
「毎日が退屈だ」などと、よく言えたもんだと
呆れ果ててしまいました。

本日は、「心の免疫力を高める2」と題して
「ストレス耐性」の関連記事を更新しようと
ネット検索をし始めた矢先でしたが、
すっかりその気が萎えてしまいました。

そうした事情から、本日のブログは、
「平凡に暮らせる有難み」というテーマで
関連記事を集めて更新したいと思います。


▲http://nayami.shiawasehp.net

「自分の平凡な生活に疑問を感じる」
「平凡な生活に嫌気がさしている」という人がいます。

「平凡な生き方はしたくない」と思いつつも、
「自分には平凡な生き方しかできない」と
思っている人もいます。

「平凡な生活/生き方」について
考えてみることにします。

いろんな幸せな生き方がある

「平凡な生き方はしたくない」というのは
分かりますし、悪いことではありません。

自分の考えをもって、
その通りに生きられればいいのだと思います。

でも、平凡な生き方では幸せになれないと
思い込んでしまうのはよくないと思います。

また、平凡な生き方をしていると思う人を
バカにするのもよくありません。

平凡な生き方でも幸せになれるし、
ふつうの人がなかなかできない生き方でも
幸せになれるのだと思います。

「○○もよし、□□もよし」と
考えられたほうがいいでしょう。

その上で、自分が望む生き方を
選択していけばいいのではないでしょうか。

幸せな生き方はいろいろあるのだと思います。

みんな違う人生、
大して変わらない生活


「平凡な人生なんてない」と私は思います。
人生はみんな違うのです。
人それぞれに違うのです。

生まれも、育ちも、家庭環境も、
学校も、仕事も、人との出会いも、

考え方も、価値観も、習慣も、
みんな違うのですから。

人の人生を「平凡」だなんて決めつけるのは、
間違っていると思います。

一人ひとりの人間とそれぞれの人生を
もっと尊重したほうがいいと思います。

人をバカにすることは、自分に返ってきます。

「平凡な人生」などと決めつけるから、
その言葉に自分が苦しむことに
なってしまうのではないでしょうか。

「人の生活はそんなに変わらない」と
私は思います。

朝起きて、朝ご飯を食べて、仕事をして、
帰宅して晩ご飯を食べて、風呂に入って寝る。

していることは大して変わらないと
私は思うのです。

「幸不幸は人によってずいぶん違う」と思います。

それは、その人の仕事や地位や財産などによるよりも、
その人個人の心による違いが大きいと思います。

平凡そうに思われる人でも、
幸せに暮らせる人はたくさんいます。

成功者や地位が高い人や金持ちでも、
不幸な人はたくさんいます。

幸せならばいいのではないでしょうか。
平凡とかは関係なく。

そういう私は、
平凡そうな生き方はしていませんが、

生活は至って地味で平凡かもしれません。
でも、すごく幸せです。

やりたいことをやる生き方

「平凡な生き方はしたくない」
「人と違った生き方をしたい」というような
考えはわかりますが、まだ具体性がありません。

「成功したい」
「大金持ちになりたい」
「ビッグになりたい」なども同様です。
「(人生の中で)○○をやりたい」と
考えることが大切です。

そのやりたいことが、
多くの人がやっていることであっても、
少数の人しかやっていないことであっても、
誰もやっていないことであっても
いいのではないでしょうか。

自分がやりたいことをやっているのなら、
それが平凡でも非凡でもいいということです。

やりたいことがいっぱいあって、
その中から選択する際に、

人がやっていることか、
あまりやっていないことかを
判断材料の一つにすることはありだと思います。

また、自分のやりたいことを探す時に、
「人があまりやらないこと」をヒントに
探すというのもありだと思います。

自分がやりたいことを、
夢や目標にして生きている人は、

「平凡な生き方はしたくない」などと
考えなくてすむのではないでしょうか。

やりたいことをやる生活

「やりたいことをやる」というのが、
いちばんわかりやすい
幸せになる方法かもしれません。

自分がやりたいことを、一つでも二つでも
やれて生活できていれば、幸せだろうし、
「平凡な生活」などと考えてしまうこともないでしょう。

「やりたいことをやれる」ように
努力することも大切だと思います。

今自分にできるやりたいことを、
とりあえず一つ見つけてやり始めればいいのです。

同じように、一つ一つ、
生活の中でのやりたいことを
増やしていけばいいのです。

やりたいことが、一日に一つ、週に一つ、
年に数回でもやれればいいのではないでしょうか。
 
「人生の中でやりたいこと」が一つでもやれていたり、
「生きがいを感じられること」が一つでもあれば、
幸せなのではないでしょうか。

自分がやりたいことが、
平凡なことであっても非凡なことであっても、
自分のやりたい気もちが強ければいいのです。

やりたいことを(少しでも)やれていると
思える生活を心がけてみてはどうでしょうか。


▲https://happylifestyle.com

「毎日何もなくて、つまらない」
「同じ毎日の繰り返しで、退屈だ」

いつの間にか、
こんな愚痴をこぼしていませんか。

何もなかった日というのは
「その日一日が、大きな問題もなく過ごせた」
という素晴らしいことです。

事故もなく、叱られることもなく、
嫌なこともなく、無事に1日を過ごせた証拠です。

私の祖父は生前、毎日仏壇の前に座って
「事故も災難もなく、みなが健康で
長生きできますように」とお祈りしていました。

ありふれたお祈りごとかもしれませんが、
まさに何もなく健康で長生きできるというのは、
恵まれたことなのです。

退屈な毎日だとか、つまらない毎日だとか
言って愚痴ってしまうのは、罰当たりなのです。

何もない毎日が嫌だというのなら、
交通事故にでもあって大けがをしたいとでも
言うのでしょうか。

何もなかった一日というのは、
事故もなく、平和に一日を
送ることができた証拠なのです。

平凡な毎日にも、幸せがあります。

平凡な毎日とは、何も事故がなく、
無事に今日という日を
送ることができたという幸せなことなのです。

平凡な毎日こそ、幸せの塊なのです。


▲https://happylifestyle.com

私はこれまで、
落ち込みやすい人と接することが
何度もありました。

落ち込みやすい人と接していると、
共通してある特徴を持っていることに気づきました。

「不足ばかりを考える」という癖です。

いつも「ない、ない」が
口癖になっています。

「お金がない」
「彼氏がいない」
「愛が足りない」
「私は恵まれていない」

私はこういう人のことを
「ないない星人」と呼んでいます。

ないない星からやってきて、
口にする宇宙言葉は「ないない」という言葉です。

意味が分かりませんが、

いつも「ない」「ない」と
不足ばかりを口にしているので、元気がありません。

しかし、いつも元気がない割に
「ないない」という言葉だけは、
元気よく口にすることが特徴です。

足りないことばかりを考えているから、
落ち込みやすくなるのは当然です。

現実をマイナスへと受け止めているからです。
あなたも同じことになっていませんか。

考えることは「不足」ではなく
「満たされていること」です。

実際に不足していることがあっても、
あえてそちらには目を向けてはなりません。
見ようと思っても見ないようにしましょう。

では、どこを見るのかというと、
満たされていることを見るのです。

「友人がいる」
「家がある」
「家族がいる」
「健康である」
「五体満足だ」
「まだまだ時間はある」
「今日がだめなら、明日がある」

すでに手にしている幸せを考えるとき、
元気が出てきます。

現実をプラスへ受け止めようとするからです。

落ち込みやすい人は、
今すでに手にしている幸せに目を向けません。

不足ばかりを見ようとしています。
そこがいけないのです。

本当は、満たされていることを見ないといけない。

普段当たり前だと思っていることを
「ありがたい」という言葉で
感謝に気づくことが大切なのです。


▲http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp



本当だと思いますよ☆

幸せは身近にあるものだと思います。
また、幸せは当たり前のようで
当たり前ではないものにあると思います☆

私が幸せだなぁって感じることは。
美味しい食事を食べて入るときに感じます。

また、綺麗な水を使っているとき、
友達がいるとき、家族と話している時。

好きな音楽を聴いているとき、
好きな景色をみているとき、
自然と触れあっているとき☆

また、好きな人とメールをしたり
話をしたりしているときも幸せを感じます。
好きな人と近くにいるときも幸せに感じますネ☆

幸せだなぁって思います☆

また、光、風、鳥、花、木々たちなど
自然と触れあっているときにも幸せを感じます☆
外を散歩をしているときにも幸せを感じます☆

夜寝ているとき、温かいお風呂に入っているとき、
スポーツをしているときも幸せに感じます☆

こうして知恵袋をしているときも感じます☆
何より生きていることを実感しているときに
幸せだなぁと感じます☆

こうして無事でいられるだけでも
大いに幸せだと感じますネ☆

手があること、足があること、耳が聞こえること、
目が見えることにも幸せを感じます☆

人の喜ぶことが出来ること、
人の幸せを願うことができること、
人の助かることが出来るときにも感じます☆

本当に幸せだなぁ、
ありがたいなぁと感じますネ

人の幸せを心から祈っているときも、
幸せに感じますネ☆

私が幸せだなと思うときを紹介させて頂きました、
あなたのお役に立ちます様に…☆



本当だと思います。

だって、病気したら
平凡も何もあったものじゃないと思うから。




大病してみれば解ります。

息が出来る・歩ける、
たったそれだけがどれだけ有り難いか

その日一日が無事に過ごせれば、
幸せで良いことなんです。

末期ガンで
余命10日の宣告受けて御覧なさい!

絶望の淵に立たされて、
未練を残さぬ様に努力だけです。

幸か不幸か生き残りましたが、
こんな体験しなければ解らないかも知れませんね。




結果的にはそうだと思います。

ただ、毎日平凡な日々を送っていると
その事には気づけません。

時々非凡な出来事が起こるから、
平凡な日常のありがたみが分かるのです。

人によっては、波乱に満ちた人生が
好きな人も居るでしょう。

命を掛けても
刺激が欲しいという人がいるのも確かです。

ただ、多くの人は現実的な希望として
平凡な日々を望んでいます。

逆に言えば多くの人が望む
現実的で幸せな生活、それが平凡と呼ばれるのかも…。



▲http://shinkokyubiyori.com

退屈な人生。
いつもと同じ繰り返しの毎日。

そうやって時間だけを浪費していく。
失ってから気づくのでは遅いのです。

退屈な人生なんてありません。
繰り返しに毎日なんてありません。

あるのは「退屈で平凡な毎日」ではなく
「平凡だけど幸せな毎日」です。

退屈な人生なんてない

代わり映えのしない退屈な日々。
繰り返しの毎日に虚しさを感じる。

こんなはずじゃなかったと嘆いてみたり。
何か楽しいことはないかなあと、
いつもと違う刺激を求めてばかり。

今あるものから目を逸らしていても
何も変わりません。

ありのままを
受け入れることが必要なのです。

同じようでいても、同じ日はありません。
今日という日は二度と戻らないのですから。

失って初めて気づくこともあります。

当たり前の日々がいかに尊いものだったのかを。
退屈な人生なんてありません。

大切なものはすぐそこに

人はここではない、
遠くにあるものばかりを見ようとします。

近くにあるものほど、
見えにくくなってしまいます。

あなたの周りにも視線を向けてみてください。

きっと見落としていた大切なものに
気づけるはずです。

代わり映えのないと思っていた景色に
四季に移ろいがあることに。

見慣れた通り道の片隅に
きれいな花が咲いていることに。

人生は新しい発見に満ちている。
人生を退屈にしているのはあなた自身。

どんな一日も、等しく
かけがえのない一日なのです。

日日是好日

大抵のものには良い面も
悪い面も持ち合わせているものです。

どちらに意識を向けるかで、
同じものでも違う印象を抱きます。

悪いところばかりを
探さないようにしてみましょう。
良いところに目を向けてみましょう。

「退屈で平凡な毎日」ではなく
「平凡だけど幸せな毎日」です。

いつもと違う特別な一日よりも、
なんでもない普通の毎日こそが
私たちの生きる日常なのです。

淡々と進む日常だからこそ、
当たり前の中に特別を見出してみましょう。

「今」を見つめ、
今日という日に感謝することで
毎日を有意義に暮らしていけるのです。


▲https://happylifestyle.com

ときどき、ため息をつきながら、
こんなことを考えていませんか?

「今日も平凡な1日だったなぁ…」と。

大きな変化も刺激もなく、
無駄な一日のように感じますが、
それは大きな誤解です。

平凡な一日と言いますが、
実は奇跡の一日だったのです。

交通事故に遭わずに済みました。
仕事で大失敗せずに済みました。
突然の下痢に襲われずに済みました。
置き引きやスリに遭わずに済みました。
鳩に糞を落とされずに済みました。
人と喧嘩をせずに済みました。
大切な家族や友人を失わずに済みました。
家が火事にならずに済みました。


まだまだたくさんあります。
書いていると、一冊の本ができそうです。

平凡な一日と言いますが、

「あらゆる災いをすべて
避けることができた一日」と
言い換えることができます。

だから、奇跡の1日です。

災いがなかった幸せを、
素直に喜ぶことです。

だから、今日は幸せなのです。

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おはようございます。

私も今は何の行事もいらない、特別の旅行もしなくていい、
着飾って街を歩かなくてもいい、友達と集まって騒いでおしゃべりしなくてもいい、そんな毎日です。
 
朝に目覚めて、勉強して、ブタローさんのブログで人生や生き方を考えて、朝食を作って、掃除をして洗濯物をたくさんほして、夕飯の買い物に出かけて、途中でブログの写真を撮りながら、世間を眺めて、本屋をのぞいて、お昼には帰ってきて、お昼をすぐ用意して、昼寝してすぐ起きてブログを書いて、洗濯物を取り込んでしまって夕飯の支度をして、ちょっとブログをして歌を歌って、本格的に夕飯のテーブルを作って食べて片付けて9時を待ち切れずに寝て・・・・・ああなんて平凡な生活ですけど、ありがたく
楽しく、興味は尽きなく。でもこんな暮らしだってすぐに壊れることも間違いなくやってきますからね。
一日一日を大事に暮らしたいと思います。

すみませんだらだらと書いてしまいました。
プロフィール

ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
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