自分なんか存在していなかったと気づいたあの日、

すべてを動かしている全体の力を感じました。

それを昔から人は「神」と呼んできたこともわかりました。


それまではこの世で上手く生きるために、
あれこれと策を巡らし、

なるべく失敗することが無いように慎重に生きてきていました。

いつも緊張し、深刻さを抱えながらの毎日だったと思います。

自分が抜かりないから、ここまで生き残ってきたと思っていたんです。

ところが、そんな自分は存在していなかった。

自分がコントロールしながら危険を避けてきたつもりでいたのに、

そんな自分は存在せず、事はただ起きていたのでした。


なんってこった。


すべては神(?)の仕業だったんだ。

どこかで知っていたような気がする。

それなのに僕は、

神よりももっと上手く生きられると思っていた。

任せてしまうと、気まぐれな風に翻弄されて、
どこに飛ばされていくような気がしていたんだ。


まてよ?

どこに飛ばされたっていいじゃないか。

この宇宙の摂理が完璧ならば、
個々に与えられている宿命も完璧なはずだ。


もしこの先、住む家も仲間もなくして、
路上で野垂死していくとしても、
それが神の思し召しならばそれでいいじゃないか。


そう思った日から、
流れ流れていまの生活があります。

あの時の勇気はいまも失われていません。


この先、人生がどこに向かっていくのか、
思召すまま、流れのままにです。


それは、何も考えないのとは違います。

その時その時の思考も、衝動も、

神という源泉から沸き起こってきていることを
知っているということです。

自分が考え、自分がやっていたという感覚から、
すべては起きているという感覚になっただけです。


考えは湧くけれど、考える自分は存在しません。


そしていまも、起きることが起きているのです。


あなたも同じだよ。


気楽に行こうね。


気楽に悩んで、気楽に落ち込んで、

気楽に傷つこう(^^)/


大丈夫、神は神様だから、任せてごらん。


いつも支えてくれてありがとう。
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