2016
10.24

任せてみるか



自分なんか存在していなかったと気づいたあの日、

すべてを動かしている全体の力を感じました。

それを昔から人は「神」と呼んできたこともわかりました。


それまではこの世で上手く生きるために、
あれこれと策を巡らし、

なるべく失敗することが無いように慎重に生きてきていました。

いつも緊張し、深刻さを抱えながらの毎日だったと思います。

自分が抜かりないから、ここまで生き残ってきたと思っていたんです。

ところが、そんな自分は存在していなかった。

自分がコントロールしながら危険を避けてきたつもりでいたのに、

そんな自分は存在せず、事はただ起きていたのでした。


なんってこった。


すべては神(?)の仕業だったんだ。

どこかで知っていたような気がする。

それなのに僕は、

神よりももっと上手く生きられると思っていた。

任せてしまうと、気まぐれな風に翻弄されて、
どこに飛ばされていくような気がしていたんだ。


まてよ?

どこに飛ばされたっていいじゃないか。

この宇宙の摂理が完璧ならば、
個々に与えられている宿命も完璧なはずだ。


もしこの先、住む家も仲間もなくして、
路上で野垂死していくとしても、
それが神の思し召しならばそれでいいじゃないか。


そう思った日から、
流れ流れていまの生活があります。

あの時の勇気はいまも失われていません。


この先、人生がどこに向かっていくのか、
思召すまま、流れのままにです。


それは、何も考えないのとは違います。

その時その時の思考も、衝動も、

神という源泉から沸き起こってきていることを
知っているということです。

自分が考え、自分がやっていたという感覚から、
すべては起きているという感覚になっただけです。


考えは湧くけれど、考える自分は存在しません。


そしていまも、起きることが起きているのです。


あなたも同じだよ。


気楽に行こうね。


気楽に悩んで、気楽に落ち込んで、

気楽に傷つこう(^^)/


大丈夫、神は神様だから、任せてごらん。


いつも支えてくれてありがとう。
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