2016
11.10

おかげさま

 

おかげさま



夏が来ると「冬がいい」と言う

冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い

痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「ヒマになりたい」と言い

ヒマになると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い

自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う



借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる

金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる



衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満の明け暮れ

隣を見て愚痴ばかり



どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか



親のおかげ

先生のおかげ

世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて

得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう



「俺が」、「俺が」を捨てて

「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


作者不明ですが・・・と紹介されていました。

そんなふうに、感謝とともに暮らせたら

日々はとても穏やかに、優しく過ぎていくのでしょう。

大部分の人たちがそうやって暮らしたら、

地球は優しさのあふれる、素敵な星になるでしょう。




▲https://happylifestyle.com/11524

「神様」と言えば、どのようなイメージがありますか。

やはり「神秘的な力を持つ存在」という
イメージを持つ人が多いのではないでしょうか。

運をよくしたり、奇跡を起こしたりする
神秘的な力を連想します。

ところで、神様はいると思いますか。

現在のところ、神様の証明は、されていません。
神様の存在は、個人の考え方しだいです。

なかには「神様は存在しない」と
主張する人もいるでしょう。

証明されていないわけですから、
一理ある考えですが、少しもったいない気がします。

神様を否定することは、
神秘的なことすべてを否定することになるからです。

つまり、運も奇跡も、
存在しないと言っているのと同じです。

それは自分の人生において、損です。

「だめなものはだめ。やっても、どうせ無駄だ」
という考えになります。

神様を否定しているので、
運や奇跡も起こりえないと思えてくるのです。
神様は、いると信じたほうがいいのです。

少なくとも、いると思うほうが、ポジティブです。
神様を信じる人には、運や奇跡が、起こりやすくなります。

神様の存在を信じることは、
神秘的な運や奇跡も存在すると、認めることになります。

神秘的な運や奇跡ある人生のほうが、前向きになれます。
努力をすれば、報われるだろうと思えてきます。

勇気を出せば、きっとうまくいくだろうと思えてきます。
人生に対して、希望が持てるようになります。

神様はいると信じる人には、神秘的な力が宿るのです。


▲新まにあリュージョン

歴史好きな女の人をさして「歴女」とかがありましたが、
神社仏閣にはまりつつある男はなんていうのでしょうかね。

やはりシンプルにスピオタですかね。

私は有神論者の無宗教で、
神様はいないわけないと思っていますが、

特定の宗教を信じなければ救われないとかの
こだわりは少ないと思っています。

でも逆に、宗教なんてバカバカしい
とも思えません。

いいところはどんどん
自分の中に取り入れていけばいいと思います。

自分を変なヤツとも思えるし、
典型的な日本人的発想だとも思えます。

宗教かどうかの線引きというのは結構、
難しいのですね。ヨガとか、瞑想とか座禅とか、

気功、少林寺拳法とか、どこまでが
宗教ではないと言えるのでしょう。

本当に自分の中に神様がいると信じられるなら、
特定の宗教宗派は必要ないとは思います。

だけど、それは考えようによっては
世界地図とコンパスを与えられて
世界を旅するようなものなのかなとも思えます。

自分が世界のどこにいるのかを知ることは大切ですが、
実社会では、今いる街の中の今日泊まる場所とかの
地図が必要なんですね。

そしてもちろん地図だけではなく、
道を聞いたり、ホテルの予約を取ったり、
旅費を稼いだりと、人とつながることが必要です。

つながるというか、
他人の世話にならないと何もできないんですね。

さらに、自分の中の神様を信じて
大切にするということは覆すつもりはないのですが、

これだけだと、なんだか
自分の力でなんでもできちゃうという
「おごり」の意識も育ててしまう気もします。

かたや、自分の内側の神様と同じか、
それ以上に大切な神様がいます。

それは日本人なら誰でも知っている、
「おかげさま」という神様です。

ややこしいですが、
私が一人で何かを成し遂げた訳ではありません。

おかげ様のおかげさまで
成し遂げることができましたという気持ちも
願望達成には必要だと思います。

特に、大きな願いになればなる程
この気持ちを大切にしないと達成できないと思います。

ここがすごく矛盾する部分で、
自力本願と他力本願の両方とも大事だということです。

私には、これのイメージがまさにタオ思想の太極図なんです。

タオは宗教なのか、その程度の知識すらなくて書いちゃってますが。



金子みすずさんの有名な詩もありますよね。


『蜂と神様』      金子みすゞ

  蜂は お花の中に
  お花は お庭の中に
  お庭は 土塀の中に
  土塀は 町の中に
  町は 日本の中に
  日本は 世界の中に
  世界は 神様の中に

  さうして さうして 神様は
  小ちやな 蜂の中に。


ちょっと今回は、話がいろんな方向に飛んで
一貫性がないかもしれませんね。

もっと飛びそうになるので、

このくらいでやめておきます。


自力本願には落とし穴があり、
他力本願もないがしろにはできないと思うのが、
ここ最近の神社めぐりの興味の原動力かなと思っています


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コメント
昨日はコメントありがとうございました。いつもブタローさんの言葉には心がこもりそして、心を成長させてくれるお薬が入っているように思います。

今日のブログ内容も、あまり高いところからの教えなどではなく、凡人として悩み深いものにはひどく親しみの持てる内容でした。わたくしも、ブタローさんの記事を読むようになってから、だんだん有神論者に近くなってきたと思います。以前はそこまで考えませんでしたから。
そして、何事か起きたときでも、あわてず騒がず、やっていこう、私の中にはあめのみなかぬしさまがついていてくださり、助けてくださるのですから、その証拠に、ここまでこの年まで生かしていただき、いろんなことをくぐり抜けて、いろんな喜びもいただいてきているのだからと・・・

まだまだこれからが私の正念場だとおもっていますのでしっかり読ませていただきます。ありがとうございました。。
ローズコーンdot 2016.11.11 07:06 | 編集
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