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2017
06.20

エゴの衝動!毎日が実践訓練

Category: 雑記つれづれ
 

「マイナス感情を
 ボヤのまま鎮火させるコツ」


私は以前このブログのどこかでこんなテーマで記事を掲載しました。

自分で調べて書いたぐらいですから、十分に理解しているつもりでした。



しかしながら、いまだに自分に対して、相手に対してイラっときたり、凹んだりする毎日。

いくら勉強をしても、実践の現場で自分の感情をコントロールできなければ学んだ意味がないとブルーな気分に陥っていました。

けれども、それは私の間違いでした。マイナス感情の発信源は「エゴ=自我」なのです。

「エゴ」は私たち人間のDNAに刻まれている根本的なものなので、消滅させようとしてもムリなのです。

どんなに精進しようとエゴによるマイナス感情は衝動的に湧き上がって来るのです。

そのマイナス感情をうまく受け流して心を支配させないようにするのが、実践の現場での心がけなのでした。

「エゴ」は不滅です。

「エゴ」とは死ぬまでの付き合いです。

ポジティブ思考の人というのは、「エゴ」によるマイナス感情を、その都度、上手く受け流す習慣が出来ているのだと思うのです。

本日のブログでは、もう一度「エゴ」と上手く付き合う術を学び直しておきたいと思います。

そのマイナスの感情が衝動的に湧き上がった時が実践のタイミングです。

「エゴとの上手な付き合い方」の記事を読んで、なるほどと思ったぐらいでマイナス感情がなくなるほどエゴはやわな存在ではありません。

特に自分の体調が悪いとき、何か悩み事があるときなどは、一日に、いや時には一時間の間に何度も何度も湧き上がってきます。

そのときに、「こんな感情は要らない!」と、「こんな気分は必要ない!」と、ふっと口から吹き出してしまう。

それを習慣にしてゆけばよいのだと思います。

要は、その感情に支配されるか拒否するかの問題です。

すぐにはうまくいかないでしょうが、何度も何度も飲み込まれながら少しずつかわせるようになれば良い。

それくらい気楽なつもりで精進してゆきたいと思っています。


▲ http://cli-max.net/blog/2175

最近の僕は、かなり弱気になっちゃってて、ハタから見たら「なんでそんなことにびびってんの?」ってことに弱気になってんですよ。

で、自分でも変だなぁって思ってたんだけど、結局、そこにあるのは僕のエゴなんですよ。

僕が握りしめてるエゴが不安や畏れを僕にもたらして、びびらせてるんですよ。

どんなに過去に頑張ってきても、気力をあげても、一つのエゴでヘナヘナになるんですよ。

エゴ恐るべしですよ

僕はエゴがあっても平気な自分になろうと思ってたんだけど、はっきり言ってこれはもうムリですね。

エゴと同化しちゃったらおしまい

「そのことに気づいてるだけましだよ」
「普通の人はそっから振り回されるから」って言ってくれる人はいるけどさ。

尊敬するその人もやっぱりエゴと同化しちゃうと同じようになるんだってさ。

エゴすごい、ホントにすごい

で、今思うのはエゴに関して自分にできることは、日頃からエゴと同化しないようにすることと、エゴに振り回されないようにすることぐらいなんだよね。

僕は何か勘違いしていた気がする。

気力をあげたり、いろんな面で強くなれば、エゴが平気になるんじゃないかって思ってたし、そのための行だと思ってたけど違うんだね。

今更だよね、こんな気付きだけど、よくよく考えると本にはそんなこと書いてあるし、マトリックスでもそういうこと描かれてるよね。

だけどね、この数日の記事にも書いたけど、しんどいときの方が学びが多いのも事実だから、このしんどさは生きてるって証拠で、僕らがエゴを持つのは、そのエゴから何かを得るためなんだろうと思う。

エゴがなかったから何も行動が起こらないし、そして、悟ろうが何しようが、人間として生きている以上、エゴは無くならないからね。

この気付きは僕には衝撃的で、その衝撃度合いは伝わらないかも知れないけど、やっぱりどこまでも「いまここ」なんだなぁって思った。

今回の気付きでいろんなことがわかったというか、パラダイムシフトが起こった行に取り組む目的というか、理由というか、その視点も大きく変わった。

なので、心機一転、また新しい気持ちで呼吸法でエゴをうまく手なずける実践を心がけてゆきたいと思います。


▲http://www.6rou.net/envi_syumi07.html

ここでは、エゴに取りつかれた人が
一体どういう風に振舞うのか、
私なりに書いていきます。

ここでいうエゴとは、
「偽の自分」
「自分自身に対する(誤った)思い込み」
こんな感じです。

要するに、自分自身の中にある
「性質の悪い思い込み」のことです。

今の日本では、以下のパターンに
当てはまる人が殆どでしょうし、

かくいう私も、下記のパターン通りの
生き方をしていて非常に苦しみました。

それではいってみましょう。

外の条件が大好き

外見、お金、モノ、肩書き、思考、感情…
エゴに取りつかれた人間は、
自分の外にある条件が大好きです。

何はともあれ、まずは外の条件で判断を下し
「良い悪い」のレッテルを貼ってしまいます。

美人は良くてブスは害悪、
金持ちは良くて貧乏は害悪、

良い気分でいることは良いことで、
マイナスの感情は害悪…

一事が万事この調子です。

外にあるものが好きでも良いじゃないかと
思われるかもしれませんが、

モノに限らず、肉体やお金、思考など
外にあるものは全て移り変わる「無常」なものです。

無常なものに対して一々レッテルを貼っていると、
心が全く落ち着きません。

私の場合、いちいちレッテルを貼って
良し悪しの判断をする度に、

ハイになったりローになったりして、
全く落ち着きませんでした。

同一化が大好き

さらに問題なのは、
エゴに取りつかれた人間は

外の条件を「本当の自分」だと
思い込んでしまうことです。

例えば、大金を手に入ると
「俺は偉大な人間だ」と思い、
一文無しになると「俺はクズだ」となります。

「本当の自分=お金の量」と
思い込んでいるので、

お金のあるなしに比例して、
自分の価値も決まると 思い込んでいるのです。

要するに、お金と自分自身とを「同一化」させ、
「オイラのアイデンティティはお金」と
思っているわけです。

また、自分の外見を保とうと
整形手術を繰り返す人間、

会社に依存し過労死するまで
働き続ける人間など、

エゴによって
同一化させる対象は様々です。

移り変わるものに対して
自分自身を同一化させていると、

必ず終わりがくるので、
大きな挫折を生むことは確実です。

その挫折からまた立ち上がれれば良いのですが、

同一化の対象が
肉体だったり家族だったり
お金だったりすると

挫折の度合いが大きく、
酷い場合は自殺してしまいます。

だからといって、
「よし、俺はもう外面的なことと
自分を同一化しないぞ!」

「 俺はスピリチュアルに生きるんだ!」 と決心しても、
「スピリチュアルに生きること」と自分とを
同一化させてしまうので、

ただ同一化の対象が変わっただけ、
実際は何も変わらずということになります。

この同一化こそが、現代の日本人を
生き辛くさせている最大の理由ではないでしょうか。

過去と未来が大好き

自分と外の条件とを同一化させ、
外の条件に振り回されて生きていると、
一日のうち少なくない時間を

「あれが起きていれば…」
「これが起きなかったら…」
「あれが起きろ」
「これは起きるな」 などと、

過去や未来のことについて
考えて過ごすことになります。

要するに「今ここで」「今この瞬間」に
意識を向けることを嫌い、

過ぎ去った過去、不安な未来、
根拠の無い期待にについて
ず~~っと考えているわけです。

「家が貧乏だったからこんな目に遭っている」
「親に虐待されたからこんな目に遭っている」

「この仕事が終われば明日は休みだ」
「ああ~明日からまた仕事が始まる」

「理想の人と結婚すれば幸せになれるだろう」

「子供が五体満足で生まれれば幸せになれるだろう」
「子供が希望通りの学校に入学できれば幸せになれるだろう」

「子供が独り立ちすれば幸せになれるだろう」

「ローンを払い終えたら…」
「定年退職すれば…」

こんな風に、過去や未来に意識を向けて、
気付いた時にはもう老い先短い老人になっています。

で、
「俺の人生何だったんだ!」
「政治が悪い社会が悪いアイツが…」 と
周囲のせいにして一生を終えるのです。

傍から見たら
自作自演のコメディそのものですが、
本人からしたら立派なトラジディ(悲劇)です。

思考が大好き

エゴに取りつかれた人は
「思考こそが私そのものである」 と考えています。

所謂「我思う、ゆえに我在り」が
真実だと思い込んでいます。

そのため、頭を鍛えに鍛え上げ、
思考を洗練させれば 「真理」に近づき、
幸せになれると思っています。

しかし、思考は思考でしかありません。
思考に依存すればするほど、
頭の中の雑音は激しさを増します。

ある時は自分を厳しく罰し、
あるときは自分を誘惑し、
思考を自分自身と考えていると、
思考のお喋りに振り回される ことに
なってしまいます。

振り回された結果、
ストレスで身体を損ねたり

他人や状況といさかいを生じさせたりと、
様々な問題が起こります。

以上、エゴに取りつかれた人々の特徴は
こんな感じです。

エゴに取りつかれて生きると大変ですね。
他にも「自分と他との分離」なんていう
特徴もあるのですが、

現時点では言葉で表現するのが難しいので、
省きました。 それはまた次の機会に。

<追記in2015>

最後の「分離」については、
エゴにとらわれていると、
「大いなる力」の力が使えないということ。


▲http://love-skill.net/tomori

地球上に存在する生き物で
人間だけが想念を具現化する能力を
持っているって知ってた?

でね。

もっと言うと、ある意味、
自分が生き、存在している
この世界・現実というのは、

自分の想念が顕現させている
ものだったりするわけ。

その想念を生み出す源・力。
それが《想像力》なわけ。

つまりは想像力いかんで
自分の生きている世界・現実は
変わってくるということなのだ。

と、まずは、一応、この前提話を
含んでもらった上で、、、

ここまで話してきた人間関係における
アンフェア感問題に話を戻すよ。

『相手の立場になって考えましょう♪』
というヤツ。

コレにも《想像力》って必要でしょ?

でね、そもそも、本質的に
相手の立場になって考えるというのは

人が生きていく上で、皆がほぼ
半強制的に課せられる
“自身の想像力を磨くトレーニング”
だと思うのだ。

で、つまりは《相手の立場になって考える》
というのは、相手のためというより、

他ならぬ自分自身のためなんじゃないのか
という具合に捉えてみたいわけ。

—–

STEP1:
自身の想像力がUPする

STEP2:
自身が生み出す
想念の自由度が上がる


STEP3:
自身の生きる世界や
現実の居心地がよくなる


—–

という流れ・メカニズムになっている と。

まぁ、コレはちょっと極端な
言い方かもしれないけれど

《相手の立場になって考える》

というのは

自分にとって都合のいい、
自身が居心地良く感じる世界・現実を
自分自身のために創りだす

ためにやっているコトなのだ。

でね。

こういう視点を取り入れてみると

なんであんなクソ野郎の
立場になって考えなきゃいけねぇんだ!

と、反応・反発して暴れていたエゴ君も

ん?そういうことなら、まぁいいぜ

( ̄ー ̄)ニヤリ

と、邪魔をしなくなる?!
かもしれないし。。。

002

《相手の立場になって考える》

半強制的に課せられたこのトレーニング

どうせなら、積極的に取り組んで
自分自身の想像力にどんどん磨きをかけ

自分自身が生きやすくて、居心地がいい
世界・現実を自由に創造していこう。


▲http://blog.livedoor.jp

私達人間誰もが持っている
能力のひとつである「選択するという事」、

そしてその中でも、
「思考を選択するという事」について
本日はお伝えしたいと思います。

あるひとつの物事には、
幾つもの側面があるのですが、

たいていの場合、
私達は見慣れた方向からしか見ていません。

物事をいろいろな側面から見ることが出来て、
さらにその中でも良い側面を見られる人は、
とても幸せだと思います。

しかし一方で、
どうしても物事の悪い側面を見てしまう人もいます。

これには生まれ育った環境も関係していますし、
似たような事で傷ついた経験があると、

また同じ事で傷つきたくないと構えてしまって、
わかっていてもついつい良い面よりも、
悪い面を探してしまいます。

最初良い面を見ていて、良い感じだったのに、
結局悪い面を探して、やっぱり悪い面がある~と、
さらにそこをクローズアップしてしまいます。

落ち込みやすいと感じる人は、
おそらく、物事の良い面より悪い面を探す
→そこをクローズアップする
→自分が想像したネガティブな世界に浸る
という事を繰り返していると思われます。

私も以前は、
どれだけ想像力が豊かなんだろう!と思うほど、

悪い面をクローズアップしては、
私自身が想像したネガティブな世界に
浸るのが得意でした

もしこのクローズアップが良い面に働けば、
楽しい想像になると思われませんか?

ワクワクする楽しい想像とは、
引き寄せの法則でいう【創造する】事と
同じだと思います。

【創造する】事が出来ると、
望んでいる現実に近付く事が出来ます。

※正確には、理想の現実が
自分に引き寄せられて来ます。

 
今までネガティブな想像をしていた時間を
楽しい想像に変える事は、自分で選択出来ます。

ネガティブな思考に陥っているとき、
エゴや思い込みから、そう思い込んでいるだけ!
という可能性は非常に高いです。

自分が考えている思考以外に
選べる思考はあるという事に
気付いて欲しいと思います。

自分がネガティブな方向に向かっているとき、
また陥っているときは、その度に

『あっ、今またネガティブな方向に向かってる、
私の癖なんだなぁ、気付いて良かった、良かった』

という感じで、決してネガティブな方向に
向かっていた事を責めずに、そこからゆっくり
軌道修正していってください。

これを繰り返していると、
ネガティブ方向に向かう事が少なくなってきます。

いつでもどこでも、
どんなに自分が不幸だと思えるときでも、
軌道修正出来ます

ただ、あくまでもネガティブ思考を
完全に消す事を目指しているのではなく、

自分がネガティブ思考に向かってる事に
気付く事の方が大切です。

完全なポジティブ思考になる事は不可能ですし、
自然な状態ではないと私は思います。

ネガティブな思いは、私達に
気付きや自分の思い込みを教えてくれるサイン
ですし、

ネガティブな状況があるからこそ、
私達は目標や希望を持つのだと思います。

私も今でも時々やってしまいますが、
どうかネガティブな思いや状況を
悪者扱いしないで下さいね~

自分がネガティブな思考に陥っている事に
気付けるようになると、


思考や環境が
勝手に自分を襲うのではなく、

自分が思考や環境を
コントロール出来るという力強さを
感じられると思います。

「思考は選択出来る」というのは
こういう事なのです。

私たちは皆、
この能力を持っています

思考はとめどなく
溢れてくる


溢れ出てきたあるひとつの思考が
気に入らなければ、

「信じない」という選択が私達には出来る
信じなかった思考は、そのうち必ず消えていく

瞑想などで意識的に
思考を止めようとしない限り、
私達の頭には常に思考が溢れて来ます。

明るいもの、暗いもの、
軽いもの、重いもの、
様々な種類の思考がありますが、

私達がついつい気を留めてしまう思考は
「~しなければならない」ではないでしょうか?

「~しなければならない」 または
「~してはいけない)」という思考は

とても真実味があり、
たいてい信じてしまいます。

その理由は、私達が生まれて物心ついてから
一番最初に接するであろう親から
言われる言葉にとても近いからです。

ですので私達は
「~しなければいけない(~してはいけない)」
という思考が出てきた途端、その思考に飛び付き、

自分がそうしたいかどうかはそっちのけで、
その思考に従ってしまいがちです。

仮にその思考に従わなかったとしても
「従わなかった自分はダメだ」とか
「従わなかったから、良くない方向に行くのでは」という
自己否定や罪悪感に引っ張られてしまう事が多いです。

しかし、ある思考が自分にとって
心地よいものでないならば、
「信じない」という選択が出来ます。

そして、それに伴い心地よくない思考が
生み出す苦しい感情が出てくる事も
格段に減りますので、

心に新たなスペースが出来て、
快適さを感じられる瞬間が増えてくることでしょう

一般にポジティブ思考だと言われている方にも、
ネガティブ思考の方と同じように
不安も押し寄せて来ますが、

ただその不安に基づく思考を
信じない選択をしているのです。

そしてその不安が去り、
新たな別の思考が出てきたとき、

その思考が自分にとって
心地よい思考なら信じ、
そうでないなら「信じない」選択をしているのです。

思考は抵抗しなければ、
波のように引いていき、

そしてまた
次の思考が波のようにやってくる
その繰り返しです

是非一度自分の思考を
観察してみて下さい。

次々出てくる思考に
感情が支配されなくなったとき、

私達の周りに出現する世界は
自分主導でコントロール出来るのだ
という事がはっきりお分かり頂けると思います

心踊るワクワク思考を選んでいきませんか?


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