2017
07.24

神様が応援したくなるような生き方をしよう!



神様が応援したくなるような生き方をしよう!

本日のブログのタイトルは、

「神様が応援したくなるような生き方をしよう!」です。

こんなことを書くと、必ず「神様って、本当にいると思っているの?」なんて、皮肉な笑みを見せる人がいます。

でもそんな議論、私にはどーでも良いのです。

「ワタシは神様はいると思っている!

「アンタは神様はいないと思っている!」

「それでいいじゃん!」

「ワタシがなにを信じていようが、アンタには関係ないじゃん!」

ホントーは、マジな議論をしても、あまり頭が良くない私は、勝つ自信がないので~す。ガハハ…。

「神様は絶対いる!」

「神様はいつも私のことを見守ってくれている!」

なぜ私が、そう信じているかといえば、(そう信じた方が)安心して生きていられるからです。

ただそれだけの理由です。

だから、AさんやBさんが、「神様なんているもんか!」と言おうが何しようが、私の知ったこっちゃないのです。

私がより幸せに生きてくために、私には拠り所が要るっていうだけの話です。

おそまつさまです m(-_-)m スマヌ

本日のブログのタイトルは、

「神様が応援したくなるような生き方をしよう!」です。

そんなキーワードで検索して読んだブログ記事の中から、心に響いた記事を転載してご紹介します。

ちょっと長いかもしれませんが、それぞれのタイトル画像にURLを貼っています。

気になった記事があれば、クリックして是非、本ブログの方も是非ご覧下さい。

あなたのお役に立つ記事に沢山出会えるかも知れませんよ♪



私の心の師「小林正観」さんの言葉より

感謝していると、「ああ、そこまでわかっているんだったら、もっとしてあげようかな」という気持ちに神仏はなるようです。

ですから、感謝している人ほど、どんどん恵まれ、もっともっと恵まれていきます。

逆に、「あれが足りない、これが足りない」と言っている人ほど、ぜんぜん神仏が聞いてくれないがゆえに、より足りないものが増えていって何も満たされない。

『心の貧富の差』はどんどん広がっていくのです。



▲HappyLifeStyle

神様は、誰でも応援してくれるわけではありません。

世の中には、数え切れないほど、大勢の人がいます。

神様は、すべての人に、配慮する余裕はありません。

神様も、忙しいのです。

神様は、やはり目につく人を優先して、応援したくなります。

目につく人とは、勇気を出して行動している人です。

勇気を出して行動している人は、天から見ると、よく目立ちます。

活発に動いているので、目立つのです。

神様は、勇気を出して行動している人を、応援したくなります。

勇気を出す人ではありません。

勇気を出して行動している人です。

きちんと行動が伴っていないと、目立つことができません。

「おや。頑張っているな」という人には、うまくいくような流れを作ってくれます。

神様が、幸せに導いてくれるのです。


▲人の心に灯をともす

神様はどういう人を応援したくなるか?

スポーツは、とくに「さわやかさ」が要求されるものです。

ところが、勝負にこだわるあまり、「美しさ」や「さわやかさ」を忘れてしまうことがあります。

基本的な「さわやかさ」を失ってしまう人がいます。

勝ち負けに固執して、美しくない、さわやかでない行為を見せてしまうことがあります。

神様はどうもそういう人をあまり応援したくないようなのです。


ある強い力士がいました。

その力士は「相撲は喧嘩だ」と言い、土俵を割って力を抜いた相手の力士を土俵下に突き飛ばすという事例がよく見られました。

印象としては、さわやかなものではありません。

強いには強かったのですが、あまり美しい土俵態度とは言えませんでした。

ある事件が起き、もっとも本人は、「理不尽な」と思っているでしょうが、その結果として力士を辞めることになってしまいます。

土俵とは関係のないことで問題を起こし、辞めざるを得ないような形になったのでした。

スポーツの世界では勝ち負けよりも「さわやかさ」というものを実現させなくてはいけません。

それを見せることがスポーツの選手に課せられた課題なのです。


勝つために選択した手段があまり美しいものではなかった、さわやかなものではなかったという場合には、神様は味方をしないようです。

その人を応援するということをしたがらないようです。

ルールに則り、鍛錬した肉体や技術を駆使して勝敗を競うゲーム、それを「スポーツ」と呼ぶのですから、そこで勝敗を争って当然ですが、勝敗にこだわるあまり、あまりにも美しくない姿を見せると、それはかえってマイナスになります。

スポーツ選手は、さわやかであること、勝敗を競っているけれども、勝敗にこだわらない美しい姿を見せることが重要です。


さて、わかりやすいようにスポーツを例にとりましたが、実は人間すべてにその「さわやかさ」が関わってくるのです。

仕事や商売も同じこと。

お金や売上にこだわるあまり、人が眉をひそめるようなやり方を宇宙は好まないようです。


阪神大震災のときに一杯5000円のラーメンを出したラーメン店がありました。

大震災のあとはお店もなく食べる物もないので、多くの人がそのラーメン店に並びました。

ところが、半年経ったあとは誰一人として行かなくなったといいます。


しばらくしてその店は倒産し、店をたたんだということでした。

たしかに店がなくて食べるものがなければ、一杯5000円でもお客さんは来たでしょう。

しかし、そういうときほど人間性を問われます。


そこでお金を稼ごう、仕事を成功させようと思った結果、人間としての基本的な「さわやかさ」というものが忘れ去られていたのかもしれません。

美しい商いの行為ではなかったように思います。

そういう状況を神や宇宙は応援しないように思います。


日頃の態度や行動が「美しい」「さわやか」と思われる人は、謙虚さ・人のせいにしない・言い訳をしないという、つまり、卑怯なことをしないというような資質を持っている。

反対に、「見苦しい」「あさましい」「カッコ悪い」と思われる人は、ゴーマン・偉そー、人のせいにする・言い訳が多いという卑しさがある。


「国家の品格」を書いた藤原正彦氏は、日本の国柄には、「私より公を尊重する」「惻隠(そくいん)の情を持つ」「卑怯なことはしない」「恥を知る」というような価値観があるという。

惻隠の情とは、弱者、敗者に対する涙であり、卑怯を憎む心とは、どんな理由があろうとも大勢で一人の人をやっつけては駄目だということである。

つまり、同情、共感、思いやりの心、そして凛(りん)とした美しさ。


神様が応援したくなるような人…

美しく、さわやかな生き方をしたい。


▲社員へのメッセージ

神様が応援したくなる生き方をしよう!

あなたが応援したくなる人ってどんな人ですか?

「いつも一生懸命」「コツコツ何かを積み重ねている」「いつも前向き」「大変なことでも挑戦している」などなど。

表現は違いますが、基本にあるのは、「その人らしいか?」「ベストを尽くしているか?」ということです。

神様がいるとしたら、そんな人が困っていたら助けてあげたくなるでしょう。

何か災いが起きそうだったら、何か逃れるヒントをくれるでしょう。

直感とかひらめきに素直に従うと物事はうまく進みます。それは神様から発信されたヒントだからかもしれません。

いつでもどんな時でもいいヒントがもらえるように、神様が応援したくなるような生き方をしていきましょう。


▲今すぐ使える新時代の心理学講座

神様は、より多くの人を豊かにする人を応援する

「神様は、より多くの人を豊かにする人を応援する」ということについて、解説していきます。

この世界には、鏡の法則が流れておりますので、多くの人を豊かにすれば、その分、自分にも返ってきて、自分自身も豊かになっていきます。

また神様は、この地球上が豊かな人で溢れ返ってほしいと考えていますので、より多くの人を豊かにする人を応援してくれます。

したがいまして、事業をおこなったり活動をおこなう上で、いつも他者を豊かにしているかどうか、これを見直す必要があります。

もちろん、物質的な豊かさと精神的な豊かさのどちらについても言えることです。

もし、チェックした時に、他者を物質的に豊かにする活動、他者を精神的に豊かにする活動であることに間違いなければ、思う存分活動すればいいのです。

そうすれば、神様が応援し、味方してくれます。

なぜなら、神様の意志に沿った活動だからです。

事業を始める場合もそうです。

その事業は、他者を豊かにするのか、これを何度も見直してください。

もし、誰をも豊かにできない事業なら、早々につぶれてしまいますし、多くの人を豊かにできる事業なら、神様の応援のもとでどんどん成功していきます。


▲魂のステージアップ&苦悩の解放『心の健康教室』観童のブログ

人に好かれるために生きるのではない

少しくらい人に好かれなくてもいい。

ひたすら仕事に向き合い、真摯な気持ちで努力をする姿は自分を成長させます。

そして、そういう仕事をしていれば必ず人が寄ってくるものです。

いくら人当たりが良くても、仕事に取り組む姿勢が本気でなければ、雑談の相手にしかされないでしょう。

人の足しになること、役に立てるように仕事をしないでいて、ひたすら人に好かれることばかり意識したり、願ったり、人付き合いのハウツーばかり工夫しているようでは本末転倒である。


▲本当の自分を愛する暮らし方|大阪西区立売堀ReBorn(リボーン)

神様が応援したくなる人

先日、家の近くの図書館から5冊本を借りて来ました。

最近は毎回返却期限を過ぎてしまって、図書館の職員さんから電話がかかってくる始末あせる

ごめんなさい(´□`。)

そのなかの一冊、小林正観さんの「ごえんの法則」に書かれていた素晴らしい言葉をここで紹介しますね。

「般若心経」は、大乗仏教の初期の「空」の思想体系を凝縮した、二二六文字からなる短い経典です。

その最後の一節「般若心経」の前は「菩提薩婆訶」(ぼじそわか)と締めくくられます。

この「薩婆訶」とは「事が成る」「事が成就する」という意味です。

神様が人間がする行いの中で好きなものは、「そわか」の三文字に隠されています。


「掃除」の「そ」、

「笑い」の「わ」、

「感謝」の「か」、

の三文字です。


この三つの行為を続けている人間を、神様が応援しているように思えます。



神様は「きれい好き」らしい。

「姿かたち」がきれいな人、心がきれいな人、「水回り」や「身の回り」をきれいにしている人を神様は応援します。



「笑い」とは肯定すること、受け入れること、共鳴、共感することです。

「笑顔」や「笑い声」は、宇宙や地球が神様の行いを「肯定的」に受け止めたということ。

笑える人は肯定的な人、受け入れられる人だということです。



「感謝」

「ありがとう」の言葉を言っているだけでいろんな奇跡が実際に起こってきます。


「ありがとう」という言葉は、神様を褒め称える言葉、神様に対しての感謝の言葉だったのです。

人に対して使われるようになったのは室町時代以降です。

「ありがとう」を言われ続けたら、神様もその人に対して好意的になるのではないでしょうか。

「明るい人」とは、特にこの「そ・わ・か」の実践をしている人です。



人生の目的とは、「人生を楽しむこと」だと言いますね。

人生の楽しみ方とは…

まわりの人に「あなたがこの世にいてくれて嬉しい」と言ってもらえることで、それが喜びであり、楽しみであり、幸せだと感じる日々を送ることだそうです。



「そ・わ・か」を実践していたら、まわりの人に喜ばれ、自分も楽しくなり、神様が応援したくなる人間にいつの間にかなっているのでしょうね。


神様に応援されるからと言って、悲しみや苦しみがないわけではなく、それさえも自分の魂を成長させてくれるものだと心から受け入れられるようになるのでしょうね。


そしたらね、


それを続けてたらね、


自分の周りには素敵な人がたくさんいて、


「自分の人生は最高だったなぁ」って最期の瞬間に笑えるんじゃないかな。。。




神様に応援される人間を目指して。




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