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2017
08.03

Do your best, and let it be(人事を尽くして天命を待つ)



なにげに鼻歌でメロディーを口ずさんでいたとき、「あれ、これビートルズの「レット・イット・ビー」だよなぁ…」と気づき、どんな意味なのか調べてみました。

「あるがままに」という意味であることを今まで知りませんでした。恥ずかしい限りです。

その和訳の例文に下記のフレーズがありました。

Do your best, and let it be.

これは、日本のことわざにある「人事を尽くして天命を待つ」 のニュアンスに近いそうです。

本日は、「人事を尽くして天命を待つ」で検索して読んだ記事の一部を転載してご紹介します。

各記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、本サイトの別の記事も覗いてみてください。

あなたにとってお役に立つ記事と出会うかもしれません♪




▲Yahoo!知恵袋

「人事を尽くして天命を待つ」の「天命」とはなんでしょうか?

どうも解釈が二通りあるらしいのです。

1.人事を尽くして天命を待つ、を因果応報という意味で解釈する場合。天命とは、努力にふさわしい良い結果のこと。

2.人事を尽くしても、天命は天命なのだから良い結果もあるし悪い結果もある。天命とは、人間の力の及ぶ範囲外からやってくるものなので、良かろうが悪かろうが人間はそれを受け入れるしかない。

みなさんはどちらですか。また、自分が思っていた解釈とはちがう解釈があることを知っていましたか。



「天命」の私の解釈としては、あなたが示された2の解釈です。

「予め定まった天による天の決断」という意味で捉えていました。

人事を尽くし切った結果として、上述の「予め」が消えるのかどうか、しかしそういうことに期待も何も抱かず、ただただ人事を尽くすことが人間の使命であるとの自覚に至った者としての、凄みがこの言葉にはありますね。

そういう思いでこそ生きるべきと思います。



人事を尽くし続ければいいのでは。

天命を待つという言葉は、人々に隙間を与え受け入れやすくするための言葉に感じます。

天命とは、当人以外の人々、また事柄での現象ではと思います。

そして当の本人は、熱中し続けているか、亡くなっているのではないでしょうか?

人事を尽くし続ける人は天命を待ちません。

尽くす前の人が天命を望んでしまうため、この言葉が広がったのではないかと思います。



もし2の意味が、「人事を尽くしても・人事を尽くさなくても、天命なんだから結局は同じじゃん!」という意味なら、私は、多少2に近いですが、1.2.のどちらでもありません。

たとえば大学受験で、人事を尽くさずに落ちた場合では、不勉強のせいで落ちたのか?それとも最初から受からなかったのか?

手抜きのせいで、自分の人生がよくわからなくなります。

しかし人事を尽くして落ちた場合は、その人はたぶんその大学以外に行くべきところがあるという天命なのだと考えるかもしれません。それがこの格言なのだと思います。

「人事を尽くした結果の悪い結果とは、実はその人にとって良いことであり、本当にやるべきことを教えてくれている」と考えることが天命なのかと思います。

良い結果ならそのまま受け取ればいい。もし2がそういう意味なら、私は2ですね。

解釈というのは、その人の持っている人生哲学が反映しているものですから、人によって違って当然だと思っていますし、またどれが正しいというよりは、「この人はこういう風に考えてるんだ」と教えてくれるものですね。



私も、2だと思いますわ。運勢って誰でも波があると思っています。

天命を受けた後の対処の仕方で自身の成長、アイデンティテーを見つけるのが人生かなぁと最近は考えるようにして「受け入れるしかない」と解釈せずに「何かを学んだ」と前向きに対処をやっと出来るようになりました。


▲子供でも分かることわざ格言辞典と慣用句の意味

「人事を尽くして天命を待つ」にはこんな深い意味があります

人事を尽くして天命を待つ

これは、好き嫌いが別れそうですが、私はよいことわざだと思います。ちょっと聞いただけでは、何を言いたいのか分かりにくいですが、よく考えると奥が深いスルメみたいな言葉です。

直接の意味はこれだけですが…

「人事を尽くして天命を待つ」とはできることはすべてやり、そのあとの結果は運命にまかせる、ということです。

分かりにくいですか。

ようするに、やるだけやったら、あとは運にまかせる、という意味です。

だからなんだって?

そうなんです、このことわざのは急がば回れや猿も木から落ちるのように、「分かりやすく何かを教えてくれている」というものではありません。

天命とは、天に与えられた命令、神さまが「おまえはこうなるのだ」と決めたこと、というような意味です。

したがって、これだけでは、どうするべきなのか分かりにくいばかりか

「どうせいくら頑張っても神さまにダメと言われたらそれまで、あーがんばるのやめやめ」みたいな、たいへんよくない意味にとられかねません。

もちろんそんなことないですよ。そんなことわざなわけないじゃないですか。

ではどういう意味なのか?もう少し考えてみることにします。

人事をつくせば、こんな変化が!

私が「人事を尽くして天命を待つ」ということわざが好きな理由のひとつは、

「やるだけのことをやり尽くせば、結果がどうなろうとも悔いが残らないものだ」

このことわざは、それをあらわしているように感じるからです。



以前見た、ドキュメンタリー番組でこんな話がありました。

ふたりの男が、雪山登山をしますが、そのうちのひとりが、ガケから落ちて動けなくなってしまいます。

そこで、もうひとりの男が助けに行くのですが、そのままふたりとも道に迷ってしまいます。

雪山で右も左も分からず、どうにもならない状況なのですが、「こんなところで死にたくない」「絶対に帰る!」と、

骨折して動けない仲間を背負いながら一生懸命に山を降りようとします。

しかし、深い雪にはまりこんだり、穴に落ちたりして、なかなか進めません。

次第に体力がなくなっていき、そのうち歩くこともできなくなりますが、それでも斜面を転がり落ちながら少しでも下にいこうとします。

そして最後には、広い場所に転がりついて完全に動けなくなります。

「もう、やれるだけのことはやった」

あとは雪に囲まれたまま、あお向けになって空を眺めているしかありません。

ここまで担いできた仲間となすすべもなく時間がたつのを待つのみ、しかしそこに、空から捜索にきていたヘリコプターに発見されて助かります。

人事を尽くして天命を待つとはこういうことではないかと思います。

この男たちは最初、「こんなところで死ぬのはイヤだ」みたいな感じで、必死になっていましたが、最終的には、「やれるだけのことはやった」という心境に変化しています。

最終的にヘリコプターが来てくれるかどうかは、自分たちではどうしようもできないことですが、少しでも発見されやすい場所に移動するのは自分たちでできることです。

そして、力のかぎり動いたからこそ、「できるだけのことをやったのだから、これで助からなかったらしょうがない」という覚悟ができたのだと思います。

うまくいく、いかないは最終的には運しだい、つまり天命という部分もありますが、結果はなんであれ、悔いを残さないという点でも、やれるだけのことはやる、つまり、人事を尽くすというのは大事な意味があるんじゃないかと思います。

不安から解き放たれるために

もうひとつ、人事を尽くして天命を待つ、これを実行する意味として、しっかりと出来ることをやれば、それが自信になって、あわてないというのがあると思います。

どんなことでも、やっていることが中途半端だと「出来るかな? 大丈夫かな?」と、オロオロしがちです。

しかし、たいていの場合、不安にかられた行動というのはロクなことがありません。

それ以上やっても無意味なのに、あせって無茶な練習をしてケガをしたとか、心配しすぎて眠れなくなって試験の当日寝不足で失敗したとか、恋愛でも、そのままでうまくいくのに不安だから相手の浮気をかんぐりすぎて嫌われたとか。

不安が原因で失敗した例は、いくらでもあげられそうです。

なんでそんなに失敗の例が、スラスラと出てくるのかは聞かないでくださいね。

失敗は成功のもと、ということにしておいてくださいね。

まあとにかく、そういった失敗をしないため、「しっかりと勉強したのだから、大丈夫」「これだけきっちり練習してうまくいかなかったら、もうしょうがない」というところまで、やれることをやるのは自信をつける意味でも大事だと思います。

それでも大丈夫かな? というときに「人事を尽くして天命を待つ」ということわざを思い出すといいでしょう。

こんな解釈はおかしいのでは?

このことわざが嫌いという人は、「人事を尽くして天命を待つ」の天命を待つ、という部分がいかにも運まかせで、やる気がないように感じるからじゃないかと思います。

たしかに、かならず成功してみせる!という意味ではありませんからね。

しかし、そもそもがんばれば、かならず成功するようなことにこのことわざを使うべきではないと思います。

もちろんこのことわざの意味はあくまでやれるだけのことをやって運命をまつというものなので、それをどう解釈するかは自由かもしれません。

が、合格が確実な受験や、必ず勝てる試合などは「天命を待つ」なんてこと言ってないで油断せずに気合いいれとけよという話です。

しかし、何をどうやっても大丈夫かどうか分からないというケースが人生にはあるもの。

雪山で遭難したなどという極端なケースでなくても、自分にとってレベルの高い受験、あきらかに相手が強い場合の試合、大勢の前でやる舞台演技など、いくらがんばっても成功できるかどうか分からない、それでもやらねばならん、という局面があります。

こういうのはかっこいいですね。まあ恋愛なんかも、多くの場合そうですね。

でも、見た目にはかっこよくても、いざやるとなったら不安でひざがガクガクしたりするものです。

そんなときは、ともかくやれるだけのことはやっておく。

そうすれば、あとの結果は覚悟を決めて受け入れられる、

それが、「人事を尽くして天命を待つ」ということの本当の意味ではないかと思います。

まとめ

ということで、「人事を尽くして天命を待つ」とは、やるだけのことはやって、あとは運命にまかせるという意味です。

考えてみると、ああだこうだと心配したりオロオロするときって、たいてい大したことをやっていなかったです。

そういうときは、できることを、できる限りやってみるというのが大事なんでしょうね。

そうすれば、不思議と腹がすわってきてあんまり動じなくなります。

まあ、過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)といいますし、

むやみやたらと頑張ればいいというものでもないですが、それでも、そういったことを含めて

「これでベストをつくした」と自分がとことん納得できるまでやっていくと、「天は自ら助くる者を助く」と言うように、なんとかなるもの、

また万が一、思うようにいかなくても自分が「これ以上はもうできん」というところまでやりぬいた記憶は未来の自分に、大きな自信を与えてくれることでしょう。


『「幸せ」とは、感謝の気持ちに満ち、心が平穏で充実感にあふれ、自分をも愛することができる心の状態をいいます』 R・カールソン


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