2017
08.06

取り越し苦労の処方箋



私は、「取り越し苦労」の名人です。まだ起きてもいないことを悪い方にクヨクヨと思い悩み、不安がってばかりいます。

そんな自分に喝!を入れるために本日の記事を掲載します。

「ケサラセラ」と気楽に生きられる方には実に無用の記事となりますが、ささいなことにクヨクヨと悩んでしまい方には、なんらかの救いになるかも知れません。

さて、まずはあなたに質問があります。

あなたのこれまでの人生の中で、あなたの予想を超える「最悪なこと」って実際に起こったことがありますか?

おそらく「起こっていない」と思います。なぜなら、仮にそう感じることがあったとしても、あなたはそれをなんとか乗り越えてきたからです。



よろしいですか?「最悪なこと」とは、あなたが頑張っても「乗り越えられないこと」であって、「乗り越えられそうにないこと」ではないのです。

「山より大きなイノシシは出ない」と言います。

神様は、あなたが乗り越えられないような試練は与えはしません。



もっと具体的に言えば、あなたの人生に起こる試練(苦労)は、この世に生まれる前にあなたの魂と神様が相談して決めてきた修行のカリキュラムだからです。

「ウソつけ!」と疑う方は、「生きがいの創造(“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫) )」という本を図書館で借りて読んでみて下さい。

だから、もし「ああなったらどうしよう」と最悪の事態を恐れて不安で不安でたまらない人は、「もし、そうなったら受けて立つまでだ!」「かかってきやがれ!」と覚悟を決めることです。

「ああなったらどうしよう…」という不安は、覚悟が決まっていないから怖いのであって、「そうなったら受けて立ってやる!」「死んだ気で乗り越えてやる!」と闘志をむき出しにして睨み返してやれば、すっと消えてしまうものです。

それ以前に、あなたが恐れるほどの「最悪なこと」ってほとんど起こらないのです。

最悪レベルが100とすれば、大抵は50前後で収まって、「ああ、心配して損した!」と安堵してきたのではありませんか?

つまり、最悪の事態に対する不安は、覚悟を決めることで解消するものです。

極端なたとえ話をすれば、「今度の検査でガンだったらどうしよう!」と不安がっている人がいるとします。

でも考えてみて下さい。「やっぱりガンでした」となったら、ジタバタしたって仕方ないでしょう!ガンだったのだから。

そうなったら、その事態を受け入れて、これからどう生きるかが問題であって、それを結果がわかる前に心配してみても始まらない訳です。

「ガンかもしれない」「ガンじゃないかもしれない」と不確定な時点で、「ガンだったらどうしよう」と悪い方にばかり考えることを取り越し苦労といいます。

要は、覚悟の問題です。自分の人生に起こる試練は、自分に乗り越えられないはずがないと信じられるかどうかだと思うのですが、あなたはどう思いますか?

本日のブログは、以前にも取り上げた「取り越し苦労」の続編です。

本日転載した記事のタイトル画像には本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は覗いてみてください。

悩めるあなたの心を癒す記事とたくさん出会えるかもしれません♪

「とても悪いことが起こるのではないか」という不安は、あなたから落ち着きを失わせ、集中力を奪い判断力を狂わせます。

けれども、心配するほど、想定される悪い事態が回避される保証があるのならば心配する価値もありますが、いくら心配してみても、それらの悪いことは回避できるものでしょうか?

そうです!いくら心配してみたって、不測の事態を回避するのに何の役に立たないと思い知りましょう。




▲ストレスフリーナビ

【杞憂】想像し得る最悪の事態は決して起こらない取り越し苦労

「失敗したらどうしよう」「想定外のことが起きたらどうしよう」先々の心配ばかりしてなかなか行動できない。

気がつくと1週間、1ヶ月、半年と時間が経っていた…。あなたにはそんな経験はありませんか?

人生に無用な3つのK

僕の嫌いな言葉の一つに「杞憂」というものがあります。辞書でその意味を調べてみると次のようにあります。



僕はこれに加えて「緊張」「後悔」という言葉を無用3Kと考えています。

これらの3Kは、その概念自体を頭から消したほうが人生はうまくいくんじゃないかと思っています。

想像しているときが一番怖い

起こりもしないことをあれこれ心配して(杞憂)、実際に行動する前から消耗し切ってしまうのはあまりにも勿体ないと思いませんか?

そして多くの場合、その事態は起きません。「こんなことならもっと早く始めていれば」と、ここで2つめのK(後悔)をするわけです。

何か起きたらその時考えればいいんです。リスクマネジメント云々とはまた別の話です。これは「行動のブレーキを外す」ための話です。

モヤモヤが恐怖を掻き立てる

精神的に落ち込んでいたり、自己肯定感が持てないとき何かの行動を起こそうとすると「大丈夫かな」「やめとこうか」というマイナス感情が次々に湧いてくるものです。

それは自然な感情なので、ある意味仕方のないことです。でも、湧き上がるマイナス感情に流されてはいけません。人生のハンドルから手を放してはいけません。

どうしてもソワソワが止まらないときにはその悩みとしっかり向き合う必要があります。

悩みの大半は「モヤモヤした漠然とした不安」です。実態が不明瞭で分からないからこそ、悩みは深くなるし、恐怖感は増すのです。

正体がハッキリしていることなら長くは悩みません。何をすべきか解決策が打てるからです。そうすれば、もう「悩むだけの段階」からは抜けられます。

不安の正体を暴くワーク

ノート見開き1ページを使います。左ページに問題点を「思い込みを排除して客観的に」書き込みます。

右ページに解決策を「実際にできることにフォーカスして」書きます。この自問自答作業を、問題集をこなすようにひたすら続けます。

「考える」そして「書く」という行為によって悩みの具体化と現実的な解決策の大量アウトプットをします。

頭の中では大問題だったことも書いてみると、「そこまででもない」ということに気づくはずです。

自己肯定感が低いと、どんどん悲観的になります。

そして、起こりもしない最悪の事態を勝手に想像してその考えを補強する根拠を集めてしまいます。

だから一歩引いて冷静になるためにも「書く」という行為は効果的なのです。

あなたの悩みは、実は世界的には大したことないと解れば…

もしかすると、あなたは自分の悩みを「自分だけに固有な特殊なもの」だと感じているかもしれません。「誰も自分ほどの深い悩みを抱えている人はいない」と。

でも、あなたが経験することは世界中のいたるところで毎日のように起こっているのです。

あなたが抱える悩みも世界中のいたるところで毎日のように生まれているのです。

言ってみれば、特に珍しくもない悩みなのです。あなたのその悩みも「人類史上初めての悩み」ではない。

今この瞬間、あなたにとっての重大問題でも、一年後にはきっとそれを覚えていないはずです。

「ゲゲっ!こりゃ、えらいことや!」とパクくることでも、多くの先輩たちがすでに経験しクリアしてきたはずのことだと考えれば、超パニくっている自分がふっとアホらしく思えませんか?少し心が軽くなりませんか?

自分で悩みを大きくしないこと!

「大変だと思っていたことでも、やってみたら案外大したことはなかった」そんな経験は、あなたも1度や2度ではないはずです。



案ずるより産むが易し

いかがだったでしょうか?あなたの辞書に「杞憂」の文字はいらない。「案ずるより産むが易し」を座右の銘に。

あなたの今日がほんの少しストレスフリーに近づくことを願って。




▲Life is Fantasy feat



1)深く考えすぎてしまう性格

物事を深く考えすぎてしまう人というのは、世の中に結構いるようです。

という私も、深く考えすぎてしまう人だったと思います。

私はいつも、自分で考えようと思っているわけでもないのに、「もし、ああなってしまったらどうしよう」とか「これが起こったらこうなるのではないか」とか考えてしまう性格でした。

通常、よく考えることは大切ですし、無計画に行動して失敗してしまうとか、失言してしまうといった事がないため、良いことのように思えますが、深く考えすぎる性格だと疲れますし、楽しめなくなったり、気分がだるくなったりしてしまうものです。

どうして、私はこんなにも深く考えすぎてしまう性格なのか、自分なりに分析してみました。

そうしますと、深く考えすぎてしまう理由が2つありました。

1)物事が良くない方向に向かう恐怖心

2)同じ失敗を繰り返す恐怖心


2)物事がよくない方向に向かう恐怖心

私は物事がよくない方向に向かうことを恐れて生きていたのです。

物事がよくない方向にいってしまった時の言い訳をいつも考えてしまっていました。

例えば、朝電車に乗り遅れてしまい遅刻する可能性が出てきたとすると、

「このままだとぎりぎり遅刻する可能性が高いからタクシーで行くべきか?それともぎりぎり間に合うか」

「仮に遅刻したとして、上司になぜ遅刻したかを聞かれた際どういえば1番被害が少なくてすむか?」

などなど、物事がよくない方向に向かった際の言い訳をいつも考えてしまっていたのです。

3)同じ失敗を繰り返す恐怖心

私は同じ失敗を繰り返すことが怖いために、いつも「これがこうなった原因はこれが上手くいかなかったからで、それが今回の失敗を引き起こしたんだ」というような事を考えてしまっていました。

同じ失敗を繰り返さないために、原因を考えることでその問題を解決しようとしていたのです。

これも、失敗することの恐怖心から行っていたと思います。

上記のとおり、深く考えすぎてしまう理由というのは、恐怖心からであるかもしれません。

恐怖心を避けようとするのは、人間としての本能として備わっているそうなので、考えてしまうのも仕方の無いことなのかもしれません。

ですが、考えすぎても仕方がありませんよね。

その理由は2つあります。

1)考えたからといって問題は解決しない

2)レベルの低い考えでは解決策自体が導き出せない


4)考えたからといって問題は解決しない

人間は物事に対する思考力というものがありますが、頭の中で考えたからといって、その物事は解決することはありません。

簡単に言うと、車のガソリンが足りなくなりそうになったら、ガソリンスタンドに行って給油しないとと考えます。

「このままだと給油しないとヤバいぞ!」と考えただけでは燃料切れになりますから、実際にガソリンスタンドに行って給油しないといけません。

ですから、問題を考えるだけでは、そのことを解決することはほぼ不可能であると思います。


さらに、良くないことを考えてしまいますとそれを避けるためのシナリオを考えてしまったりして行動にストップをかけてしまうことになりそうです。

5)レベルの低い考えでは解決策自体が導き出せない

人間が物事を考えるときに、自分の知っていることの中から考えます。

しかし、数十年の人生では、全知全能にはなれませんし、蓄積される知識や経験も限界がありますよね。

そんな経験や知識が少ない状態で考えたところで導き出せる答えというのは、おそらく大したことのないものになってしまうでしょう。

と考えますと、いろいろ考えたとしても意味がなのかもしれません。

考えても、いいアイデアや案が浮かばないですし、浮かんでもレベルが低いですから、考えるだけ無駄かもしれません。

考えすぎる性格を直すには、いろいろ深く考えすぎてもダメなのかもしれません。

考えても、大した答えが浮かばない上に行動力も奪ってしまいますから。

さらに、マイナスのことを考えますと、実際にマイナスのことを引き寄せてしまいます。

ですから、いろいろ考えるのではなく、ただただ行動するというのもいいのかもしれません。なにせ、行動しなければ何もできませんから。

その、行動力を奪ってしまうのが

1)物事が良くない方向に向かう恐怖心

2)同じ失敗を繰り返す恐怖心

という、2つの恐怖心なのかもしれません。ということは、この2つの恐怖心をなくすことができれば、深く考えすぎる性格を直すことができそうですね。

この2つの恐怖心をなくすためには、「諦める」ことが必要になりそうです

「物事はなるようにしかならない」という諦めの気持ち


「同じ失敗を繰り返してもいいや」という諦めの気持ち


これをもつことができますと、自然と恐怖心が減っていきます。

遅刻したら怒られるかもしれないけど、別に怒られてしまってもいいや!と思ったら、恐怖心が減ってしまいますよね。

怒られることへの恐怖心の軽減と、信頼が下がることへの恐怖心の軽減。

要は、恐怖に対して開き直る訳です。

このように、物事に対する恐怖心が軽減されてしまうと、いろいろと楽に生きることができるようになってゆきます。

そのため、考えすぎなくなるのかもしれません。遅刻して良いとか悪いとか言いたいのではありません。

考えすぎてしまうことによって恐怖心をつくってしまうことが危ないですよと言いたいのです。

恐怖心をつくってしまいますと、さらに新しい恐怖が生まれ

キリがなくなってしまいますから、深く考えすぎてしまうのかもしれません。

別にどうなってもいいや!と気楽に生きることができるようになりますと、

そんなことを考えることなく生きていくことができるのかもしれません。

楽しく明るく生きていけるといいですよね。
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