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ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
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人生のその後の世界

   


前回の更新記事の最後に「死ぬことを前提に生きる」というサイト記事を紹介しました。

「自分の人生は、いつか終わりが来る」と言うことを強く意識して、その日その日を満喫しようという提案です。

今回のテーマは「人生のその後の世界」です。



昨年暮れに、ガン治療で入院している先輩Aさんを見舞いました。

Aさんは、私の手を強く握りながら「俺、死ぬのが怖いんだよぉ」と泣きそうな声で言いました。

私は、死ぬのが全く怖くありません。

死んだ後の世界があることを知っているからです。

以前、友人の一人が「幽霊が見えるって不自由なモンだよ」と嘆くのを聞いた時に、私は死後の世界の存在を確信したのです。



小学六年生は、3月に控えた卒業式を怖がったりしません。

4月からは、中学生と言う新たなステージが始まることを知っているからです。

上述したAさんも、「人生のその後の世界」を知っていれば、「死」を恐れる必要はなくなります。

勿論、死を目前にした人が、死後の世界の存在を急に受け入れられるかどうかは、とてもデリケートな問題です。

しかし、太古の昔より、もう何万回も転生を繰り返している、あなたや私の魂さんにとっては、この人生における「死」も、"いつもの研修期間の終了"ぐらいの感覚でしかないようです。

今回のテーマは「人生のその後の世界」です。

「死んだあとの世界」への理解を深めることで、私たちシニアも「この人生の最後の3学期」を有意義に過ごす新たなる意味を見出せるのではないかと思います。



ネット検索をすると、死後の世界に関する情報には、恐怖をあおるだけの下劣な記事がたくさんあります。

さらには、自分たちの宗教への勧誘目的の都合のよい記事が多いのも事実です。

けれども、これから転載する「死んだ後の世界」に関する記事には違和感を感じません。

20数年間、いろんな精神世界の本をずっと読んできた私でも「フムフム、なるほど!」と思った記事です。

読む人によっては、「全くのデタラメだ!」と拒否反応を示す人もいるかも知れませんが、個人的は、納得のゆく内容だったので紹介することにします。

出来るだけ距離を置いて、面白いフィクションとして読んで下さい。

真に受けないで下さい。

しかし、そんなこともあるのかもと思えば、今の環境や状況に合点がいくことも個人的には少なくありません。

では、早速、転載します。


臨死体験者の共通した体験

ネット上で書き込まれていた「臨死体験談」を掲載します。

信じる信じないは、あなた次第です。

1)医師が「ご臨終です」などと家族に言っている「自分の死の宣告」を聞いている。 

2)自分自身の身体を少し高いところから見下ろしている。周囲の人の動きも見え、話し声も聞こえている。 

3)突如、暗闇の中に突入する。トンネルのような暗闇である。 



4)暗闇のトンネルを抜けると急に明るくなり、楽園のような世界に降り立つ。 

5)そこで、すでに亡くなっている家族や友人たちと出会う。 

6)光の精ともいうべき、何か輝く存在が現れ、生か死か選択を迫られる。 

7)一生の出来事が次々思い出され、生涯を振り返る。 

8)このまま死の世界へ行くか、現世に戻るかを決定する。

※中には、生前親しかった人から「帰れ」「来てはいけない」などと言われて戻る決意をする人もいる。


●引用サイト:NAVER


▲2015年11月の更新記事より

例えば、あなたが今、ある一冊の面白い小説を読んでいるとします。

ハラハラ・ドキドキ・ワクワクの連続で、

心ときめいたその物語も終盤にさしかかり、あと数ページで終わろうとしているとします。

なんだか、とても寂しい気分になります。

しかしあなたには、他に読みたくて仕方ない、いろんな小説があと1万冊以上もあると思い出せたら、その残り数ページしかない寂しさは薄らぎます。

「死」とは、怖いものではありません。

「死」とは、生きるステージが変わるだけのことです。

「死んだあとも終わらない」と知ることで、残された一日一日を安心して暮らせます。



縁あって家族となった者同士。

「そうか、私が自分の未熟さに気づくための悪役を演じてくれていたのか!」と気づくことで、

お互いに肩肘張って不仲になった関係も、自分の方から歩み寄って、

「絆を結び直そう!」

そんな気になれるかも知れません。

正月三が日に10時間以上も費やして、いろんなサイト記事から優良な情報を厳選しました。

「人は死んだらどうなるのか?」

それは終わりではないことを、あなたに知って欲しくて今回のテーマに取り上げました。

是非、読んでおいて下さい。


▲引用先:ガジェット通信

末期患者と接するなかで、彼らが口にする後悔の言葉をまとめた『死ぬ時に後悔する5つのこと』

ある看護師が書いたこの本に掲載されたリストが、webメディア「Collective Evolution」で紹介されていました。

人が死を前にして本気で後悔することとは?

そこには、生きる上でのヒントが隠されています。

1)期待に応えるよりも自分らしく生きればよかった

これは、最もよく聞く後悔の言葉。

人は、人生が終わりに近づいていることを悟った時、「もっと自分らしく生きていたかった」と考えるようです。

叶わずに過ぎ去っていった幾つもの夢があれど、ほとんどの人は、そのうちの半分にも全力を尽くせずに時間を費やしてしまいます。

そして、それが自分の決断次第だったということに気づくようです。

健康は人を盲目にします。

それがもう長く続かないとわかるその時まで、自由を見えづらくしてしまうのです。

2)あんなにがむしゃらに働かなくてもよかった

これは、男性のほとんどが語っていたこと。

彼らの多くは、自分の子どもたちの幼い頃や、パートナーとの関係を懐かしみます。

もちろん女性も同じようなことを語りますが、その多くは男性でした。

昔は、男性が家計を支えるのが当たり前だった時代だったせいもあるでしょう。

とくに高齢の男性たちは、馬車馬のように働き続けて人生の時間を無駄にしたことに深く後悔していました。

3)言いたいことを我慢せず、はっきりと口に出せばよかった

多くの人が周囲との人間関係を円満に保つために、言いたいことを我慢しています。

その結果、どうでもいいような関係を続け、本音のやりとりがないまま時間が刻々と過ぎていく…。

いろんな思いに腹を立てて、溜め込んで、泣いて、怒って、その結果として病気になってしまう人がどんなに多かったことか。

4)もっと友達と連絡をとればよかった

付き合いの長い友達の大切さに死ぬ直前まで気づかない人はたくさんいます。

関係を続けることよりも、自分の生活で手一杯になって、年々大切な友達と疎遠になってしまうこともあるでしょう。

なぜもっと、友達関係に時間と努力を費やさなかったのか、みんな死の間際になってはじめて後悔するのです。

5)もっと自分の幸せを追求すればよかった

これも驚くほどよく聞く意見。

死ぬ寸前まで、幸福が選択肢であることに気づけないのです。

古いパターンや習慣にとらわれて、慣れ親しんだ快適さや身体的な条件の前に情熱を忘れてしまう。

あるいは、変化に臆病になって、他人の真似やいつも通りの自分のままで生きてしまう。

そして、いつの間にか自然に笑って生きることができなくなっている…。

笑ってしまうような無邪気な人生を取り戻したいと、最期になって心から後悔するのです。


▲幸せを呼ぶ青い鳥たち


上記の「末期患者たちが死を前にして本気で後悔する5つのこと」を読んで、あなたはどんな感想をお持ちですか?

私もきっと、5つの中のいくつかを死ぬときに後悔するだろうなぁと思いました。

この本に登場する末期患者たちは、「もし、やり直す時間があれば…」と悔やみながら死んで逝ったのです。

Today is the first day of the rest of your life.

(今日という日は、残りの人生の最初の一日。)

しかし、私たちには、やり直す時間が沢山あります。

死ぬときに後悔しそうなことを思い浮かべて、少しでもそれを減らせるように心がけてゆきたいものです。


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