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ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
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惜しみなく与える。

   


スピリチュアルな視点から言えば、私たちがこの世に生まれてきた目的は、いろんな体験を通して魂を磨くためです。

そして、魂磨きの大半は、人間関係を通して行われます。

その魂磨きの「道場」は、現役時代は「職場の人間関係」が中心でしたが、定年退職後のシニア人生では、当然「家庭内での人間関係」が中心になります。

・夫婦仲がギクシャクしている…。

・家族との折り合いが悪い…。


他人には優しくできるのに、連れ合いや家族が相手だと、甘えや自我(エゴ)が出てしまい、優しくできない、または冷たくされてしまう。

私なんか、そんな体験をしょっちゅうしていますが、



こんなブログを日々更新しているおかげで、「自分の人生は、いつか終わりが来る」と言うことを強く意識するようになり、夫婦や家族との関係も、自分の向き合い方を工夫することで、より良い方向に改善してみようという気になっています。

…なんて、カッコ良いことを書いていますが、実は自分が死んだ時に「良いダンナだったのに…」「良いお父さんだったのに…」と、惜しまれながらあの世に旅立ちたいという下心満々の企みだったりします(笑)

本日のテーマは、「惜しみなく与える」です。



惜しみなく与える

最近、ネット検索の途中で「惜しみなく与える」というキーワードを目にしました。

「惜しみなく」というレベルでは、私なんかまだまだですが、

私のように、家庭や身近な人間関係に苦戦しておられる方の参考になればと、今回のテーマにしました。



投げかけたものが返ってくる

宇宙の法則は、至ってシンプルです。

自分が出したエネルギーは、必ず自分の元に返ってきます。

愛のエネルギーを循環させるほど、神様は喜ぶのです。

与えることが先。

お金でも、

習得した知識や技術でも、

体力でも、

手間でも、

あなたが授かっているものは、人のために循環させて下さい。

周りに投げかけた愛は、いつか形を変えてあなたの元へ返ってくる仕組みになっています。

あまり難しく考えないで、「自分も気分が良くなるから、人に親切にしているだけ」と言うつもりで始まれば良いのです。

※参照サイト:スピリチュアル・ライフ


その気があれば、今からでも家族の絆は結び直せる
▲2015年11月の更新記事から

夫婦や家族との関係に苦戦しているあなたの中にも、素晴らしい資源が眠っています。

・相手のことを思いやれる優しい気持ち

・相手の未熟さを赦せる許容力

・相手のことを否定しない謙虚さ

それは、神様からの授かり物です。

その授かり物を惜しまずに使いこなして、家族の絆を日々慈しんでゆきましょう。


想いは言葉にしないと伝わらない

相手への愛とか感謝とか、そんな目に見えないものは、言葉や行為など形に表さないと相手には届きません。

「今更そんなこと、いちいち言わなくても分かるだろう!」

ダンナさん、それはあなたの単なるごう慢であり、甘えであり依存心ですよ。

愛や感謝は、形に表してこそ相手に届きます。

もっと家族に気を使って下さいませ。

「ありがとう!」って、その都度相手を見ながら笑顔で言って下さいませ。

たまには、部屋やお風呂の掃除なんかをして奥さんを喜ばせて下さいませ。

最初は相手にされなくても、神様にお供えしているつもりで、ただ黙々と続けて下さいませ。

ドンドン与えて下さいませ。

出し惜しみせずに与えて下さいませ。

与えれば与えるほど、相手から喜ばれるんです。

相手が喜んでくれると、心が豊かになっていくんです。

心が豊かになっていくと、良いコトがいっぱいやってくるんです。

ですが、見返りは期待しないようにしてくださいませね。

与える時は出し惜しみせず、与えることに専念するコトです ♪

…と、私は自分にそう言い聞かせています(苦笑)


私の善行の難関

さて、私が「神様へのお供え」として心がけている中でも、難易度の高い善行は、

「相手の存在を否定しないこと」

です。

この善行は、なかなかやりがいのある善行です。

誰でも、相手から否定されたら気分が悪くなります。

自分の方が正しい場合でも、相手の気分を傷つけぬようやんわりと気づいてもらう配慮が工夫のしどころです。

それ以上に手こずるのは、

自分が置かれた状況に「不平・不満・愚痴」を言わないこと。

これは、自分に対する善行です。

ため息をついたら、口から「幸運」が逃げてゆきます。

その状況をゲームだと思って楽しむようにしています。

このような善行を、1ヶ月、2ヶ月と、神様へのお供え物だと思って続けていると、なんとなく気づきます。

「運が良くなり始めたなぁ…」

幸運とは、待つものではなく、こうして呼び込むものです。



▲漢字/漢和/語源辞典より

上図の『福』と言う字を見て下さい。

左の部分の「ネ」(示)は、神をまつる祭壇の形を表しています。

右の部分は、品物が沢山入っている倉の形(酒樽に酒をたっぷり満たしたさま)を表しています。

「福」という文字は、神様にお酒をお供えして幸せを祈るさまから成り立っているのです。



神様が喜ぶことをするということは、神様にお供え物をすることになります。

別の言い方をすれば、「徳を積む」ということになります。

「徳を積む」って何かと言えば、「人の得になること」をさせて頂くことです。

それが、神様にお供え物をすることになるのです。


▲2015年9月の当ブログ更新記事

私が普段から心がけている徳積み

・誰にでも笑顔で、腰を低くして接すること。

・家族から頼まれた仕事は、手を抜かないこと。

・一日10回以上、「有難う」と感謝をすること。

・自分が疲れた時ほど、相手の疲れを気づかうこと。

上記のようなことを普段から心がけています。

それでも相手によっては、

・挨拶を返さない。

・お礼を言わない人。

など、こちらの配慮を気づかない・気にしない人も確かにいます。

だけど、そんなことを気にしてはイケマセン!

人を喜ばすためにやる善行に見返りを求めてイケマセン!

それでは「取引」になります。



感謝されなければ止める好意など「善行」ではありません。

誰からも感謝されなくても構いません。

その好意を、神様にお供え物をするつもりでやれば良いのです。



さあ、ここからが重要なところです!

神様へのお供え物である「福」のお下がりは、誰が頂けると思いますか?

そう、お供えした人が頂けるのです。

しかもそれは、神様の波動をたっぷり浴びた「幸運のお下がり」です。

「福」とは、神様へのお供え物のお下がり。

神様から授かった揺るぎない「しあわせ」。

その「福」を、神様から沢山もらえる人は「至福の人」です。

ああ、ありがたや♪ ありがたや♪


善行は続けることに価値がある

その善行を続けること自体に価値があります。

その動機は不純でも、その善行の尊さは同じです。

・この寒空の下で、自分のパンツを干してくれる奥さんに感謝する。

・バス停で並んでいる時に足元に落ちているゴミをさっと拾って後でゴミ箱に捨てる。

・通りがかりの駐輪場で、子供の自転車が倒れていたら、ひょいと起こしてあげる。

・集まりがあれば、自分の方が年上でも真っ先に挨拶をする。

・向きあった相手には、いつもにこやかな笑顔を心掛ける。

・スーパーのレジに行列が出来ている時にこそ、係の女性に「いつもありがとうね」と声をかける。

善行とは呼べないほどの、何気ない心遣いでも意識して続けることに意味があり、価値が生まれます。

情けは人のためならず

「情けは人のためになるだけでなく、巡り巡って自分への報いとしてかえってくる。だから、惜しまず親切にしましょう。」

というのが本来の意味。

動機が不純であっても、いつもニコニコ出来て、人に優しく出来るのなら、神様は大目に見てくれるに違いありません。

いつも、自分や他人に対して温かく柔らかくありましょう。

それで、自分自身がいつも機嫌良くいれたら何よりです。



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