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お互いに未熟な魂のクラスメイト



あなたが「自分の本質は魂」であり、

愛と感謝の実践を「楽しむ」ために、今生を選んで来た存在であることを受け入れようとする私の同志であるならば、

もうひとつ、受け入れて欲しいことがあります。

あなたが笑顔をかわす隣の人も、

あなたが顔をそむける向かいの人も、

あなたが気になるあの人も、

あなたと同じように、自分の魂の未熟な部分を磨くために、今生に生まれてきたクラスメイトであるのです。



あなたの親も、あなたの夫(妻)も、

あなたの子供も、

あなたのご近所さんも、

あなたの趣味仲間も、

あなたの職場の人たちも、

みんな同じです。

自分の魂の未熟な部分を磨くために、今生に生まれてきています。



研磨とは
ある固体の表面を、別の固体の角や表面と断続的に磨り合わせることによって表面の突起を削り、平滑にしていく作業のこと。

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魂の研磨とは

あなたの魂の表面の我欲を、相手の魂の表面の我欲と断続的に磨り合わせることによって表面の突起を削り、魂の光が増すように学んでゆく体験のこと。



無愛想な人は、それを思い知る体験をし、それをクリアするための気づきを得ます。

傲慢で思いやりのない人は、それを思い知る体験をし、それをクリアするための気づきを得ます。

卑屈で愚痴っぽい人は、それを思い知る体験をし、それをクリアするための気づきを得ます。

誰もがみんな、あなたのクラスメイト。

だから、どこか未熟なのです。



「あの人は、本当に自己チューだ!」

「あの人は、感謝が足りない!」

「あの人は、すぐに感情的になる!」

それくらい未熟な者同士があなたの周りで学び合っているのです。

「ちゃんとやれ!」と怒鳴ったところで、本人がそのことを思い知り、気づかなければ、「ちゃんと」はできないのです。



だから、

腹が立ったり、イライラしたり、

悩んだり、傷ついたりするのは、

あなただけが未熟だからではないのです。

みんなが未熟なのです。

だから、お互いさまなのです。

あなたが上手くできないことがあるように、

相手にも上手くできないことがあるのです。

そのことで落ち込んで、自分の人生を悲観してはイケないのです。

自分をいじめてはイケないのです。



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自分や相手を「許す」ということ
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お釈迦様もイエス・キリスト様も、「許せば心が救われる」みたいことを言われていますが、

私は、どうもそのことが理解できませんでした。

「なぜ、自分だけがガマンしなくちゃいけないの?」

私は、「許すこと」=「ガマンすること」と解釈していました。

しかし、そうではなかったのです。

「許すこと」=「受け入れること」だったのです。

その前提となるのが、「おたがいに未熟なのだ」と知ることだったのです。

自分も相手も、未熟だからちゃんと出来ないのです。

そのことさえ分かってしまえば、見方が変わります。

大抵のことは「許容」できるようになります。

自分の未熟さも相手の未熟さも「許容」できるようになります。

だからと言って、

相手を傷つけてはいけないし、傷つけられてもいけません、



人間関係というのは、信号機のない道路を、運転技術が未熟な者同士が、それぞれの判断で走っているようなものです。

自分はちゃんと走っているのに、

傲慢な相手のクラクションにカチンとくることもあるし、衝突することもあれば、巻き込み事故にあうこともあります。

しかし、その事故自体が魂の体験なのです。

その体験の中から、何かを思い知り、何かを気づいて学ぶのです。



その接触事故は、相手の不注意が原因だったかも知れないし、

避けてくれるだろうという相手への甘えが原因だったかも知れません。

そうした体験を通して、

「次から、もっとこんな点を注意しよう!」とか

「次から、もっとこんな風にしてみよう!」とかいう教訓を得たり、工夫をしてゆきます。

それが魂の成長と言われるものです。



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【デジタル辞典】

大目に見る

人の過失や悪いところなどを厳しくとがめず寛大に扱う。

大目に見るの目は、篩(ふるい)の目です。

あの小麦粉や砂をふるい落とす網目状のものです。

網の目が大きいと、「ふるい」を通過する(パスする=合格する)ものが多くなるということです。

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大目に見る」という言葉があります。

相手の未熟さも、少々「大目に見て」受け入れれば、相手への理解も深まってゆくものです。

「嫌いだ!」「苦手だ!」と全面拒否するのではなく、「なんだ、相手も未熟なんだ!」と気づくことで、

萎えていたあなたの気力が満ちてきて、冷静さを保ちながら、その人と接することができるようになります。

未熟な相手に過剰期待をしていた自分に気づきましょう。

相手の不完全さや未熟さを認識することから始めましょう。

それは、「未熟者めが!」と相手を見下すことではありません。

ただただ、そのことを許容することです。

その上で、自分が出来るだけ傷つかないように、適度の距離感を保ちながら、淡々と接してゆけば良いだけです。

相手の良い面を中心に見るようにして、

相手の悪い面は、反面教師として見て、

自分が他の人に同じことをしていないかの反省材料として

活用してゆけば良いのだと思います。

「~であらねばならない」という色眼鏡で見ると、自分自身や人間関係を窮屈なものにしてしまいます。

「良い」「悪い」「正しい」「間違っている」

そんな「評価」をすることなく、相手をありのまま受け入れること。

「自分とは違う」ことを受け入れる、

そのままの相手を受け止めるところから、まずは始めてみたらどうかと思います。



太陽の方を向いて咲くひまわり。

人間関係をより良く保ち、向上させてゆくためには、相手の未熟さを受け入れることが大事なんだと思うのです。

私もあなたも、ひまわりになりましょう。

お互いに未熟者同士、相手の良い面ばかり見てゆきましょう。

ひまわりは、明るい太陽の方を向いて咲く花。

私達も、できるだけ相手の良いところを見るようにしましょう。


相手の言うことをまずよく聞く。

すぐに自分の意見を言ったり反論したりバカにしたりしない。

できれば、相手の感情も受け入れる。

相手の気持ちを思いやる。

たとえそれが、間違った考えと感じても、今そう考えてしまうという現実を受け入れる。

相手には相手なりの理由や事情があることを察する

相手の弱さや未熟さを受け入れる。

急に強くも立派にもなれない。

お互いに、今はそこから始めるしかないのです。

相手の考えも知る努力をする。

それが大切なのだと思います。

このようなことができれば、きっと良い関係を築くことができると思います。

相手を受け入れようとするあなたの姿勢が伝われば、きっと相手の心も近づいてくると思うのです。





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ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
今年63歳になる「迷えるデブなおっさん」の雑記帳です。運が良くなるための生き方を調べて書いています。