--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2017
07.23

日々是好日

『日々是好日』



「大安」「仏滅」「友引」などの「六曜」が、たいていのカレンダーに記載されているのは、それだけ日の善悪を気にする人が多い表れでしょう。

中には、引っ越し、納車、宝くじを買うのも、大安の日をわざわざ選ぶという人もあります。

縁起のいい日、厄日など、日の吉凶善悪を論じる信仰は、日本だけでなく世界中に沢山あります。

仏教にも『日々是好日(にちにちこれこうじつ)』という言葉があります。

「日々を好い日にしなさい」という意味です。

私たちの運命の一切は、行いによって生じると説く仏教では、善因善果・悪因悪果・自因自果。つまり、

「幸せになりたければ、幸せになるタネをまきなさい。」

「不幸になりたくなければ、不幸のタネをまかないようにしなさい。」

「己に起きる一切の運命は、己の行いによるのですよ。」


と説かれています。だから仏教では、

良い種まきができた日は良い日であり、悪い種まきをしてしまった日は悪い日なのです。

最初から良い日、悪い日が決まっているのではないのです。

今日一日の行いの善し悪しで、良い日になるか?悪い日になるか?が決まると説かれているのが、『日々是好日』です。

************

仏教講師・菊谷隆太氏が、幸せ感を高めるための分かりやすい無料20回メール講座を開催しています。

おもしろそうだなと思われた方はこちらから登録できます(無料・解除自由)。

フリーアドレスで構いませんので、一度登録して読まれてみたらいかがですか?



▲仏教講師・菊谷隆太氏の仏教を学べる無料メール講座


Comment:0  Trackback:0
2017
07.23

気が重い時の対処法



気が重くなった時の対処法

「なんとなく気が重い」

そんな時ってありませんか?

でも、なにかのきっかけで

ふっと気が軽くなることもあります。

「気」って「重くなったり」「軽くなったり」

するものなんですねぇ…。

そんな妙なことに気づいたものですから、本日は検索して読んだ記事の中からいくつか転載してご紹介します。

それぞれのタイトル画像に本ブログのリンクを貼っていますから、どうぞ本ブログの方も覗いて見て下さい。

もっと有益な記事と出会うかもしれませんよ♪



▲CrystalChildrenBlog光の道

気軽な気持ちこそ「気(エネルギー)」が軽い

今降りたインスピレーションです。

「 気軽に 」って言葉が耳に入って強く残りました。

そして、判りました。


気軽な気持ちで行動すること。


これこそ、「気」つまり、エネルギーが「軽い」つまり 波動が高い・周波数が軽いという事。

先ほど奄美大島に移住した元芸能人の方が気軽な気持ちで移住を決めたとテレビのナレーションが耳に残りました。

気軽な気持ちを持っている方だからこそ、すぐに移住を決め、実行出来たのだと思います。

気軽の反対は、「気が重い」。

つまり「気」エネルギーが、重い、波動が低い、つまり周波数が重い。

気が重くなる気持ちでいると、中々色々な行動がすぐに取れなくなり、動きも腰も重く、なかなか現実化しません。

気軽な気持ちでいると、色々なハッピーに繋がりますね?(^o^)/


▲スピリチュアリズム

あなたの気持ちを重くする、心の闇をぬぐい去る9つの方法

気持ちが晴れない…そう自覚した時には、もう既にあなたの心に闇がはびこっています。

闇はその深さと暗さを増し、あなたの気持ちをどんどん重くしていきます。

今回は、あなた自身を覆い尽くす心の闇との闘い方を考えることにしましょう。

気持ちの重さに完全に伏してしまわぬうちに、内なる闇を支配しコントロールする9つの方法です。

あなたの気持ちを重くする、心の闇をぬぐい去る9つの方法

①猜疑心にとらわれた心を解放しよう。

②自己を肯定しよう

③孤独を恐れない。

④自信過剰にならない。

⑤失くしたものを数えない

⑥自分と比べない

⑦ネガティブとはポジティブのために存在することを知ろう。

⑧トラウマに囚われずその先へ踏み出そう

⑨体調を整えよう


①猜疑心にとらわれた心を解放しよう。

私はダマされているのではないか?

あの人が私に向けた笑顔には裏があるのではないか?

ちらっと視線があったあの人は、私に悪い感情を持っているのではないかしら?


そんな猜疑心の塊は一度捨ててしまいましょう。

方法は簡単です。

思い切って誰かに話してごらんなさい。

それは疑惑の相手、本人でもかまいません。

「私をダマしてる?」

「ウソをついてる?」


きっと相手は笑って否定します。

人との会話には心の闇をぬぐい去るパワーがあります。

気持ちの重さを言葉という形で一度外に解放してあげて心の荷物を軽くしてみてください。

必ずや闇に光がさしてきます。

②自己を肯定しよう。

どうせ自分なんて…そう思いがちなあなたは、心の闇を抱えています。

それは自己否定という名の闇です。

自己を肯定することは、実は簡単な訓練や習慣で身につけることができます。

毎日1回、自分のいいところを5つ、言葉に出してください。

誰も聞いていないのですから、正直に、時には甘すぎる評価で構わないのです。

その時、必ず「私は」と頭につけてください。


私は可愛い、

私は歌がうまい、

私は繊細だ、

私は愛嬌がある、

私は正しい、


…なんでもいいのです。

5つ肯定して声に出してみましょう。

私たち日本人は謙遜を美徳とするところがありますから、こういったことには多少の抵抗を感じます。

しかし、あなたの気持ちを軽くするため、その心の闇をぬぐい去るために、そろそろ殻を破る時です。

その時、あなたの心には一筋の光が射し、重い気持ちはその重力を失っていくことでしょう。

③孤独を恐れない。

なぜ、他人からの評判を気にするのですか?

なぜ、顔に無理矢理な笑顔をはりつけて、うなずいて見せるのでしょうか?


それは、あなたが孤独を恐れているからです。

では、自分の気持ちを押し殺してまで人に合わせ、仲間と集うことであなたの孤独は解消されますか?

いいえ、おそらく解消されないでしょう。

それどころかさらに大きな孤独に苦しめられるかもしれません。

なぜならば無理な笑顔や無理だ同意は自分自身という唯一無二の味方さえも存在しなくなるからです。

孤独を必要以上に恐れてはいけません。

自分自身という絶対的な味方さえいれば、あなたは決して孤独ではないはずです。

顔をあげ、堂々と自分自身で居続けてください。

そこに心の闇などつけいるスキはありません。

④自信過剰にならない

今まで述べたことと相反するようにも聞こえますが、そうではありません。

自意識過剰になると、

「自分がどうありたいか」ではなく

「自分は他から見てどうあるべきなのか」や

「他から何を求められているのか」が

思考のベースになってしまいます。


厳しいことを言いますが、他人はあなたをそう真剣には見ていません。

ですからそんなに「他人から見た自分」にこだわる必要はないのです。

あなたはあなた。自然な姿のまま、あなた自身の人生を生きているのです。

自分自身を摩耗していくような言動は今すぐ断ち切ることをお勧めします。

心の闇のカーテンを開け、外から覗いている人間などいないのだと自覚しましょう。

あなた自身をとりもどすことで、心の重さを感じなくなることでしょう。

⑤失くしたものを数えない

失ったものは元には戻りません。失うことは悲しいでしょう。悔しいでしょう。

しかし、どん底まで沈んだら、その次はジャンプです。勢いをつけて浮上するのみです。

失くしたものを数えるより、これから手に入れるものを数えます。

心の中の闇が一番深く暗くなったら、そこからは明るさを求める方向に一気に力がはたらくのです。

闇を抜け、心の重さを捨てる方法…それは失くしたものを数えないということです。

いつまでも嘆いていると心の闇はどこまでも深くなっていく一方です。

⑥自分と比べない

幼いころから「人間は平等です」と教えられて育つ私たちですが、実際のところ、人間は平等ではありません。

しかしそれは嘆くことでもありません。自分に課された試練は自分が乗り越えていく。それだけです。

隣の人にどれだけのものが課されているのか、そんなことはどうでもいいことです。

隣の人の人生は、あなたの人生ではありません。あなたは、あなたの荷物のことだけを考えましょう。

人と自分を比べ始めると心の闇はどんどん広がる一方です。

⑦ネガティブとはポジティブのために存在することを知ろう。

忙しいという字は心を亡くすと書く…そういわれていますが、心を亡くすのはネガディブなことでしょうか。

必ずしもそうではないのです。どうしても乗り越えられないほどのつらさを抱えてしまった時、あなたの心は緊急避難先として心を亡くすための忙しさを求めます。

ダイレクトな衝撃を受けずに済むように、時間というクッションを使うのです。

たとえば身内が亡くなったとき、近親者にとっては通夜から葬儀と忙しく過ごす日々が続き、その一番つらい数日間を忙しさに助けてもらいます。

心に抱えきれないほどの闇は、上手にやり過ごすことが賢明です。

そのためにはネガティブなことでもなんでも、使えるものはすべて使ってやろうという気持ちが大切になってきます。

⑧トラウマに囚われずその先へ踏み出そう

幼い時の親子関係や悲惨な体験がもとで何らかのトラウマを抱えてしまった人はいるでしょう。

しかし、何か壁にぶち当たった時、「私は○○のトラウマがあるからこうなってしかたがないんだ」という地点がゴールでいいのでしょうか。

トラウマがはっきりしているのなら、まずはそこを避けて通る知恵を持つことです。

それでも向き合わなければならない場面では、自分のために、乗り越え、その先へ踏み出してみてはどうでしょう。

自分が親に愛された記憶がないから子につらくあたってしまう。

その時は「トラウマだから」と立ち止まらず、トラウマを認識したうえで抗ってやるという気概をもつのです。

心の闇の中でじっとしていては、これからの人生がずっと闇の中です。

気持ちを軽くするためには、あなた自身の意思による最初の一歩が肝心なのです。

⑨体調を整えよう

朝、早く起き、三食きちんと食べ、夜はたっぷり眠る。

現代人は忙しく、なかなかこういった規則正しい生活が送れるわけではありません。

それでもあえて言います。自分の体を労わってください。強く健康な肉体に、明るい精神は宿ります。

そして心の闇はそこに居座ることができず、あなたの中から逃げ出すことになるでしょう。

栄養はサプリメントで取るのではなく、極力食事で取るよう心がけてください。

しっかり噛んで食べましょう。噛むという行為があなたの脳を刺激し、活性化させ、健全な心身を構築します。

強い心と肉体に、もはや、闇の存在する隙などないでしょう。

最後に

いかがですか?

あなたを悩ます心の闇をぬぐい去るヒントがいくつか見つかったでしょうか。人は弱いものです。

しかし、その弱さを見せたら、たちまち心の闇という不幸が貴女に巣くってしまいます。

今日から不幸癖をなくし、顔をあげて暮らしてみませんか。闇は一気に晴れるものではありません。

しかし必ずやあなた自身の高い意識がそこに灯りをともすことでしょう。



▲ガジェット通信

暴走する不安をコントロールして気持ちが軽くなる! 脳科学から導きだされた「魔法の言葉」って?

スピリチュアルな情報を得ても、鍛錬を積んでも、日常生活を送るうちに自然発生してしまう感情「不安」。

不安という感情は、1度生まれると新たな不安がそこから生まれて、勝手に膨大になっていくものです。

この感情のコントロールができないと、次第に強い不安感に長期間悩まされることになり、あげく不眠や動悸などの身体症状を引き起こすことも。

これがいわゆる「不安病」と言われるものです。

この不安に対して、先日放映されたNHK『ためしてガッテン』では、こんな衝撃的に簡単な対処法を紹介していました。

同番組によると、上記のように不安感情が暴走するメカニズムには、脳の「背内側前頭前野(はいないそくぜんとうぜんや)」と呼ばれる部分が鍵を握っているのだとか。

この背内側前頭前野は、人や他人の心を客観的に見る機能を持っている場所なのだそうです。

そして驚くことに、研究の結果、長年「座禅」などの瞑想を続けた人の脳は、通常の人に比べ、この背内側前頭前野などが分厚くなっているということが明らかになってきたとのこと!

つまり、瞑想などを行うことで神経細胞が増え、この部分が司る「客観視する」能力が強化された……ということですね。

ということは、座禅や瞑想は「心に効く」ということが科学的にも明かになりつつあるということですよね。

が、しかし、私などがそうなのですが、平常心や客観視を養うために座禅や瞑想をしようとすればするほど、雑念が湧いてきて、あげくの果てには不安そのものがちらつき、結局うまくいかなかったりするんですよねえ……。

でも、この「不安をちゃんと見つめる」行為が実はもっとも重要なこと、とも同番組。

そして、誰でも簡単にこの背内側前頭前野を鍛えることができる1日10〜15分程度のエクササイズが紹介されました

それでも「どうしても不安から抜け出せない」……そんな時には「このおまじないが効果的」と、ある言葉を紹介していました。

例えば「自分はなんてダメな人間なんだろうか」とか「このまま恋人ができないまま一生を終えるのかな」という不安が沸き上がってきた場合。

その不安をいったん思い浮かべ、次の言葉を追加するのです。

「……と、思った」

「自分はなんてダメな人間なんだろうか、と、思った」

「このまま恋人ができないまま一生を終えるのかな、と、思った」。

そう心の中でつぶやいてみるといいとのこと。

……と、思った、

と付け加えるだけで「この件についてはちゃんと客観視しているよ」と脳に刷り込んむ……というわけですね。これは超がつくほど簡単。

私も番組放送直後より、このエクササイズを毎日実践中。相変わらず不安は生まれますが、実践4日目くらいから「不安が勝手に暴走して膨大になる」ことはなくなりました!(笑)

なんというか……「考えてもしかたがない、か」と思考のシフトチェンジに成功しています。

これは、結構すごいです。

みなさんもぜひ、この簡単トレーニングにトライして、客観視脳を鍛えてみてください。

暴走しがちな不安が、いい具合に「どうでもよく」なりますよ!



Comment:0  Trackback:0
2017
07.22

気分転換のコツ

2016/01/07更新記事


本日のブログテーマは
「気持ちを切り替えるコツ」です。

日々生活をしている中で
いろんな問題が起こります。

うまく対処できた時は
「ああ、よかった・よかった」となりますが、

うまく対処できなかった時は
どうしても自分の不甲斐なさを
責めてしまいます。

私は常々、
自分だけは自分の味方でいようと
ブログで決意表明しているにもかかわらず
やっぱり自分を責めてしまっています。

そして、それでまた
「ああ、なんて情けないんだ…」と
さらに自分に追い打ちをかけてしまいます。

こうした自責の念をコントロールできたら、
どんなにか良いだろうと思います。

そんなことを考えていると
「気持ちを切り替える」という
キーワードが浮かびました。

「はは~ん、今日のブログはこれで書け」という
神様からのアドバイスだなと思いました。

気持ちを切り替える

そのキーワード検索をして
関連記事を読んでみた感想を先に書きます。



例えば、近くの町工場の煙突の煙が
あなたにとってとても不快だとします。

だからといって、その煙突の先端に
フタをしたからといっても、
根本的な原因は解消していない訳です。

どっぷりと落ち込む自分、
マイナスの感情を引きずる自分を
「頑張れ・頑張れ!」と叱咤激励することは、

ハタ迷惑な町工場の煙突の先端に
フタをしようとするのと同じではないのか

それより以前に、その煙が発生する原因を
解消することの方が重要ではないかと思うのです。

具体的に言うと、自分を落ち込ませる
思考パターン自体を書き換えなければ、
同じことの繰り返しになります。

大小さまざまな問題に対して
不快な感情を生みだしている
その思考パターン自体を変えない限り、
根本的な解消はできないと感じました。

本日のブログでは、
不快な感情に襲われた時の
単純な気分転換のコツを紹介するだけに
終わることなく、もっと掘り下げて、

不快な感情に襲われた時にこそ
どうすれば自分の味方ができるのかを
探ってゆきたいと考えました。

自分なりの結論を書きます。

問題が起きた時は
終わりではなくスタートだと
解釈し直せば良いのだと思います。


たとえば、

乗る予定の電車に乗り遅れてしまったとします。
このままでは約束の時間に遅刻してしまいます。

「ああ、どうしよう」
「自分はなんてだらしない人間だ」
「どうして余裕を持って家を出なかったんだ…」

今さら考えてもどうしようもない
終わってしまった過去について
グダグダと自問自答し続けます。

問題が起きたことは事実です。
起きしてしまったことはどうにもなりません。

なぜそんな問題がおきたのかと
そんな解決できないことに
想いを巡らせて貴重な時間を割くよりも、

その対処をどうするかという
解決できる問題に
意識を切り替えることが大切です。

起こった問題は
あくまでスタートなのです。
終わりではありません。

失恋
失業
病気
口げんか

終わった、失ったと思うから
気分が塞ぐ訳で、

さあ、この問題を
どう料理してくれよう!と
腕まくりして考えれば良いのです。

起こった問題は
ゲームの始まりなのだと
捉え直すようにしよう。

本日のブログの下書きを読み返して
そんなことを考えました。

では、さっそくあなたにも
読んで頂くことに致します。

本日のブログは、「気持ちを切り替える」を
キーワードに検索した中からの記事紹介です。


▲http://nicodigoku.com

気持ちをごまかすことの危険性

「あーあ、面倒だなあ」
「私は悪くないのになあ」
「何もかも嫌だ…」

物事が上手くいかない時は、
ついつい愚痴をこぼしたくなる時があります。

気分が塞ぎ込んでいるときは、
自分でも驚くような言葉や考えが、
心の中に浮かぶこともあります。

こんな風に自然とネガティブな考えが浮かんだ時、
その感情に「フタ」をしていませんか?

「こんな風に思っちゃダメだ」
「もっとこういう風に考えないとダメだ」
「こんなの私らしくない」…

ワガママを言ってはいけない、
意地悪な事や自分勝手なことを考えてはいけない

・・・そんな風に言われて育った私たちは、
自分の気持ちにフタをすることが、
ほとんど癖になっているようです。



バタンとフタをして
ネガティブな考えをシャットアウトすれば、

一時的にでも、ネガティブな感情を
追い払う事に成功しますから、

こういう人間になりたい!
こういう人でありたい!という理想を
胸に描いている人ほど、

ついつい自分に厳しくなり、
フタを閉めまくっています。

でも、実はこの「フタ」、
想像以上に私たちの心に負担がかかっている
ってご存知でしたか?

感情の「フタ」が私たちの心にとって
危険である理由をまとめてみます。


▲ https://cotree.jp/columns/46

気持ちの切り替えは、慣れないと
なかなかうまくできないものですよね。

振られた彼のことをいつまでも
ひきずってしまっていたり、

怒られたことをいつまでも
根に持ってしまったり、
失敗をひきずってしまったり……

なかなかうまく気持ちを
切り替えられない人も
多いのではないでしょうか。

※なぜ気持ちを引きずってしまうの?

頭では早く切り替えなければと思っていても、
いざ切り替えようとするとなぜか切り替えられない、
それにはいくつかの理由があります。

1)納得がいかないことが残っている

あれは絶対にあっちが悪い!
なんであんなことになったんだろう……など、

頭で理解できないことがあると、
ずっとそのことについて
考え続けてしまうことになります。

2)後悔がある

あのときこうしていれば……と
後悔が残っているときにも、
気持ちの切り替えは難しくなります。

こんなときには自分自身を
責め続けてしまうことにもなりますから、
辛い気持ちが続くことになりますね。

3)切り替えようと思うだけで
行動につなげていない


ネガティブな感情や失敗について
考え続けているだけでは、
気持ちの切り替えはできません。

「切り替えなきゃ」という気持ちを
実際の行動につなげることが大切です。

人生には、考え続けても
なんともならないことがあります。

「どうしても理解できないこと」や
「考えても変えられない過去」は存在するものです。

これはいくら考えても
何も生み出さないなぁと思ったときには、

早く切り替える決意をして、
次のフェーズに移りたいものですね。

なかなか気持ちの切り替えができない方のために、
ここでは気持ちの切り替えを楽にする方法を紹介します。

気持ちを切り替えるための
スイッチを作る


気持ちの切り替えをスムーズにするためには、
一番手っ取りばやいのは、気持ちを切り替える
きっかけを作るようにすることです。

そういうきっかけがあれば、
自然とそれがスイッチになっていき、
嫌なことがあっても脳が勝手にスイッチを
切り替えてくれるようになります。

昔は失恋したら
髪をきるという風習があったのですが、
それもこのスイッチの心理から来ているのでしょう。

髪を切ることがスイッチになり、
忘れることができる、
気持ちの切り替えができるようになっていたから、

昔の人たちは振られたら
髪を切るようにしていたのでしょう。

髪を切るのではなくても、落ち込んだり、
気持ちの切り替えがしたいと思ったら、

自分なりのスイッチの「ルール」を
つくっていきましょう。

次第にそれをするだけで簡単に
気持ちの切り替えができるようになっていきます。

以下に、いくつかの「スイッチ」を挙げてみます。
自分にあいそうなものがあれば、試してみてください。

1)深呼吸をする

実は一番簡単なスイッチは、深呼吸です。
目を閉じて、1.2.3で息を吸い、4で止め、
5.6.7.8.9.10で息を吐き切ります。

これを1分間ほど繰り返して目を開けると、
少し意識がはっきりして、
新しいことに取り組む意欲が湧いてきます。

深呼吸を終えたら気持ちを切り替えると
自分のなかでルールをつくってしまいましょう。

2)違うことをしてみる

なにかでミスをしたりした場合は、
思い切ってそれ以外の事をして
気分転換してみましょう。

なるべくリラックスできるような
楽しいことをすれば、気持ちも切り替わります。

3)紙に気持ちを書く


今あなたが感じている気持ちを
正直に紙に書き出してみましょう。

自分の気持ちを正直に書くと、
自分を客観視することができます。

嫌な気持ちを書き出すのは
少しツライかもしれませんが、効果は抜群です。

4)「まぁ、いいか」とつぶやく

起こったこと自体を悔んでも意味のないことです。
いっそ、気にしないようにします。

楽観主義でいると、
気持ちが落ち込むこともありません。

そこで、嫌なことがあった気持ちが落ち込んだら
「まぁ、いいか」とぼそっとでもいいので、
つぶやけば少し気持ちが晴れます。

「まぁ、いいか」を口癖にして
気にしないようにするといいかもしれません!

5)自分を客観化する

気持ちが落ち込んでしまった自分を
客観視してみましょう。

そのためには今の気持ちを言葉にし、
口に出します。

「とても辛い気分になってきた」と
声に出すのです。

人がいたって気にしない。
こうすることで、今自分がどんな感情に
支配されているのか確認できます。

「辛いんだ、でも今回は仕方ないから
次に挽回してね、自分」という風に、

外の視点に立って
自分を動かせるようになるのです。

自分そのものではなく
自分を操作する役になること、

これがセルフコントロールです。

+++++++++

どれだけ普段明るい性格だったとしても、
気持ちが落ち込んだりして
沈んでしまう事があると思います。

上手に気持ちを切り替えるには、
ある程度テクニックでカバーすることができます。


Comment:0  Trackback:0
2017
07.14

幸せの自覚

2015/11/6更新記事



本日のブログのテーマは、
「幸せの自覚」

簡単にいえば、幸せとは
あなたが「私は今、幸せだ!」と
実感・自覚出来た時が「幸せな時」という結論です。

高校中退だろうが、
バツイチだろうが、
失業中だろうが、
1億円の借金があろうが、

「私は今幸せだ!」
「私って意外と恵まれているじゃん!」
そう実感・自覚出来た時が
その人にとって「幸せな時」です。



どこかのサイト記事の中で、
「幸せとは、探すものではなくて気づくこと」
そんな一行があって、「なるほどなぁ」と
とても合点したことがありました。

今日のブログでは、
今、夫婦仲がうまくいっていないあなたと一緒に、

今、体調が思わしくなくて
病院通いが続いているあなたと一緒に、

今、親や夫の介護や看護で
ストレスまみれのあなたと一緒に

「幸せ」について
考えてゆきたいと考えています。

これから転載するいろんな方の
「幸せ」の捉え方に何かひとつでも
今のあなたを幸せにするヒントがあれば、
嬉しい限りです。

では、始めます。



▲ http://oshiete.goo.ne.jp/qa

「幸せとは何か?」と聞かれても
大抵の人は即答できないんじゃないでしょうか。

答えられるのは、
今考えれば幸せだったと思う瞬間の記憶や、
せいぜい満足感。

これは、「幸せを自覚することは出来ない」ということを
意味していないでしょうか?



No.1 回答者

こんにちは(^-^)

夜、布団に入ったときに
”今日も何事もなくって良かった、幸せだー♪”
と、私は毎晩思うのですが、
これじゃぁ「自覚」にはならないのかな・・・(^^;

ちなみに「○○(私)の幸せって何?」と
先日、たまたま聞かれたのですが
「気持ちを荒立てる出来事が無い、という事かなっ」
って即答しました(^-^)

求められている回答と違ったらごめんなさい。

+++++++++++++

この回答へのお礼

>今日も何事もなくって良かった、幸せだー
やっぱり過去形ですよね。

即答できるということは立派です。

ご回答ありがとうございました。



No.2 回答者

>これは、幸せを自覚することは出来ない
>ということを意味していないでしょうか。

幸せは健康と同じです。
普通のことがいかに大事だったか
失って初めてわかるのです。
そのときあなたは幸せを自覚できます。
しかし、もうそこにはありません。

++++++++++++

この回答へのお礼

>失って初めてわかるのです

つまり、過去形としか語ることが出来ないもの
ということでよろしいでしょうか。

ご回答ありがとうございます。



No.3 回答者

個人的な価値観になりますが参考までに。

まずはじめに、幸せの定義ですが、
人それぞれだと思います。

例えば、好きな人と付き合うこと。
これは自覚できますよね?

好きな食べ物を食べること。
これも自覚できるんじゃないでしょうか。

つまり、喜びと同意義であれば
自覚することは簡単だと思います。
多少刹那的ではありますが。

ただ、日々の生活、
当たり前な日常の中にある幸せは
「自覚しよう」と心掛けることなしには
自覚することは難しいのではないかと思います。

自覚しようと心掛けること、
当然のことにしないで感謝を忘れないこと、

祖父母に言わせると
当たり前の価値観だそうですが、
宗教に関心の薄い私には難しいことです。

日本はとても幸せな国なのだと聞かされます。
実感はありませんが、日常的に感謝することに
慣れれば幸せを自覚することに
繋がるのではないかと、私は考えています。

+++++++++++

この回答へのお礼

>幸せの定義ですが、人それぞれだと思います

幸せの定義が人それぞれなのは
どうしてだと思いますか。

私はそれ(幸せ)を
定義できないからだと思うのですが。

日々の感謝の話は耳が痛いです。
普通に生きることは
奇跡的なことなのかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。



No.4 回答者

私には、具体的な説明ができませんが、
脳の状態で、説明できるのではないでしょうか。

たとえば、ドーパミンが出てる状態、とか。
なにか私の知らない、幸せホルモンが
あるのではないでしょうか。

一見、不幸そうな状態の好きな人もいて、
それはそれで、その人にとっては快楽の状態
という不思議な幸せもアリだと思います。

失恋で泣いているのに、本人は、
それが快感だったりするような脳の状態。

無意識に、その人が選んでしまうもの。

その欲求通りの状態って、
人から見て不幸そうであろうと、
幸せなのではないかと思います。

たとえば、汚い部屋。
どうしようもない結婚相手。
お金のない生活。

けれでも、もし、
本人が自由に選んだ結果であるなら、
脳内的には幸せかもしれません。

++++++++++

この回答へのお礼

快楽は幸せなのでしょうか。
幸せホルモン、そのうちコンビニで
売るかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。



No.5 回答者

幸せというのは、少なくとも
不幸であると自覚する事柄がないこと
じゃないでしょうか。

安全とは、危険がないこと。
平和は争いがないこと。

そういう意味では自覚できます。

ラッキー、
金持ち、
高い地位、
酒池肉林などが常に無いと

不幸なら、ほとんどの人が
ご不幸な境遇ということでしょうね。

++++++++


この回答へのお礼

>安全とは、危険がないこと。
>平和は、争いがないこと

言い換えると、
不幸は実在するが、幸福は実在しない
といえるのでしょうか。

不幸あっての幸福ですかね。

ご回答ありがとうございました



No.6 回答者

>幸せとは何かと聞かれても
>大抵の人は、即答できないんじゃないでしょうか。

個人的には、納得できることと捉えています。

誰しも、幸の部分と不幸の部分の織り成す縞模様で
人生は彩られていると思いますが、

全体的に俯瞰してみれば、
わずかながらも幸模様と言えないことはないだろうと
感覚できること。

似たような人生を歩んでいても
幸せと感じる人もいれば、
不幸と感じる人もいるでしょう。

幸せは、それを感じる対象にではなく、
感じる側の心象にあると考えることが
できるように思います。

++++++++++++++

この回答へのお礼

>幸せは、それを感じる対象にではなく、
>感じる側の心象にあると考えることが
>できるように思います

確かにそのようですね。
幸せが、お金では買えない理由は
ここにあるようです。

しかし、幸福には記憶、思い出、経験が
必要なのはなぜでしょう。

幸の部分と不幸の部分の織り成す
縞模様をつくるには時間と経験がひつようです。

なぜ、今の幸福が感じられないのでしょう。
なぜ、幸福を語るときに過去形になるのでしょうか。

ご回答ありがとうございました。



No.7 回答者

>幸福には記憶、思い出、経験が
>必要なのはなぜでしょう。

確かにそれらを必要とする幸福もあるでしょう。
しかし、「幸福と感じる(自覚する)瞬間」
というものもあると思われます。

もっとも、たとえば、
失われた(過ぎ去った)何気ない日々が、
振り返ってみれば幸福な日々だった
というような場合もあるでしょう。

さらには、あれほど辛いと当時感じていたことが
今思えば幸福な時期だったのだと
気づくこともあるでしょう。

その真逆もあることと思います。

どの時点での幸福が本物だったのか
ということは幸福の定義によって違ってくるでしょうが、
一概にどちらということは難しいような気もします。

いずれにしても、
自覚できるものとできないものがある
ということになるのかもしれません。

>なぜ、今の幸福が感じられないのでしょう。

私たち誰もが陥りやすい陥穽ではありますが、
求めるものが多いからではないでしょうか。
 
++++++++++++

この回答へのお礼

>「幸福と感じる(自覚する)瞬間」という
>ものもあると思われます

最近これを感じることがないため
ピンとこないのです。

実体験があったら
教えてもらえないでしょうか。

それにしてもこれは
幸福の中でも少数派ではないかと思います。

>求めるものが多いからではないでしょうか

目の前にある幸福を見ようとしない
という感じでしょうか。

だとしたら、幸福は私たちが思っているより
ずっと小さいかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。



No.8 回答者

>それにしてもこれは
>幸福の中でも少数派ではないかと思います

そうかもしれませんね。
「>実体験」としては、単純な私の感覚では
参考にはならないでしょうが、

・素直な人間の感情に触れることができた時
・新しい視点に気づけた時
・たとえば恋をした時
・外が猛吹雪の日に暖かい部屋で
 湯豆腐をつつきながら熱燗で一杯やっている時。

などでしょうか。
幸せなんだなと自覚できます。

その瞬間の力は持続するでしょう、ある程度
もしくは永遠に・・・。

記憶として持続するわけですが、これらの例は、
だからといって、その時点で

自覚できていなかったわけではない幸せ
ということになりそうです。

指折り数えてみれば、
幸せでないことの方が多いとしても、

幸せ色の糸がほんの数本あることで
全体が幸せ色になることもあるでしょう。

その瞬間から記憶となるものですが、
その時点では紛れもなく「心象」であったものです。

>(求めるものが多いというのは)目の前にある幸福を
>見ようとしない、という感じでしょうか。

というか、どうしても
求めることに貪欲になってしまうので・・・、
という感じでしょうか。

幸福を得た瞬間、次の幸福を探している。
だから、幸福であったものはすぐに幸福でなくなる。

厳密に言うと、「幸福を自覚しない」のではなく、
「幸福を(瞬時に)忘れてしまう」ということ
なのかなあという気もしてきます。

「慣れ」という要素も
関係してくるのかもしれませんね。
 
+++++++++++

この回答へのお礼

ん~わかります。思い出しました。
例えるなら感動に近いものですね。

>幸福を得た瞬間、次の幸福を探している
>「慣れ」という要素

足るを知るということが
大事なのかもしれません。

幸せというのはラッキー、感動的な出会い、
満足感、などの総称でもあり、

一つ一つは、些細でそのときは気づきにくい
ものであっても、時間が経つとそれが大きな
幸福感に育っていく、そんな感じでしょうか。

雨のひと雫と川の流れの様なものかなと思います。

ご回答ありがとうございました。





今回ご紹介する著書は、ポジティブ心理学の
研究のもとに編み出された、単純明快かつ
パワフルな『バケツとひしゃくの理論』について
解説してある本です。

-------------------------------------------------------
 心のなかの幸福のバケツ 
著者:トム・ラス  ドナルド・O・クリフトン
-------------------------------------------------------
▲ http://ameblo.jp/flinder25

ドナルド・O・クリフトン氏のベストセラー
「さあ、才能に目覚めよう」の著者として
ご存知の方も多いかと思います。

クリフトン氏は、全米心理学会から、
その研究の功績を認められ

「ポジティブ心理学の祖父」
「強みの心理学の父」という称号まで
贈られた人物です。

著書「心のなかの幸福のバケツ」は、
進行性の末期癌に侵されたクリフトン氏が、
残された最後の数ヶ月を費やし、
彼の孫にあたるトム・ラス氏と共に
書き上げた本です。

「バケツとひしゃくの理論」は要約すると、
人は誰しも心にバケツを持っていて、

このバケツが水で満たされていれば幸せであり、
そうでない時は不幸せだというものです。

そして、人はひしゃくも持っており、
それを使って相手のバケツに水を注げば、
自分のバケツも水がたまり、

相手のバケツから水をくみ出せば、
自分のバケツの水も減ることも指摘しています。

ここで言う、相手のバケツに水を注ぐ行為とは、
相手を褒めたり感謝したりして、
相手の気持ちを明るく前向きにする行為です。

逆に、水を汲み取る行為とは、
相手を非難中傷したりして、
相手の気持ちを暗く沈んだものにする行為です。

つまり、人に幸せを与える人は
自分もより幸せになり、

人に不幸せを与える人は
自分もより不幸せになるということです。

この理論は、一見すごくシンプルで
当たり前のことに聞こえますよね。

けれども、日々の自己を振り返り、
実際にどれだけ自分のひしゃくを使って
相手に水を注げているかと考えると、
この理論の持つ意味合いの深さが分かると思います。

相手に対して、何か言葉が口をついて出る前に
「この言葉は相手のバケツに水を注ぐのか、
それとも、くみ出すことになるのか?」と
考えてみてください。

そして、後者に当たる言動を控えてみる。

それだけで、人間関係の質、しいては
人生の質が変わっていくことは
間違いありません。

私たちが1日に体験する「瞬間」の数は
2万個だといわれます。

そして、2~3秒という短い「瞬間」の出来事が、
私たちの人生に非常に大きなインパクトを
持つことがあります。

例えば、親子関係で行き詰まりを感じている時に、
奥さんが何気にかけてくれた

「あなたの気持は、子供たちも
いつか分かってくれるわよ」という
たったその一言、その一瞬のおかげで、

残りの1日ずーっと励まされたという
経験はないでしょうか?

ほんの一言、ほんの一瞬の出来事が
周りの人を、そして自分をも
幸せな気持ちで満たしてくれる。

私たちは、自分が思う以上に
『パワフルな存在』だということを肝に銘じて、

相手のバケツにいつも
水を注ぐことの出来る人間でありたいものですね。

「こんな私に何が出来るんだろう?」と
自分を卑下してしまうという方に、
ぜひ読んでいただきたい1冊です。


Comment:0  Trackback:0
2017
06.20

くよくよしないぞ!



ガビーン!
今日、職場でうっかりミスをしてしまい、
今チョー凹んでいます。

単なる不注意による凡ミスだっただけに
悔やんでも悔やみきれません。

はぁ…。

本日のブログのテーマは、
自分を励ますのために「くよくよしない」を
テーマに選びました。

凹んでいる自分を元気づける情報を得て、
ごきげんちゃんな自分を取り戻そうと思います。




▲ http://d.hatena.ne.jp

明日に怯えるムダ!
過去を悔やむムダ!


明日起きることなど
誰にもわからない。

終わったことを悔やんでも
何も変わりはしない。

そんなことより、
今やれることをやれ!



▲ http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

失敗を悔やむのは
時間とエネルギーの無駄だ。

過去は変えられない。
だが、未来は変えられる。

過去を悔やんでるヒマがあったら、
未来を変える努力をしろ。

全ては自分次第だ。
だけど、今は思う存分泣くんだ。

一度ものすごく辛いことを
経験して泣いたとしても、
これからの人生もう泣くことはないだろう。

なぜなら、それ以上に
辛いことを経験しているから
耐性ができているんだ。

こんなのあのときに比べれば・・・と。

人間は失敗の数だけ
強くなれるってことさ。

この失敗でお前はまた強くなった。
それだけの話だ。


▲ https://happylifestyle.com

人生では、後になって
過去の行為を悔やむことがあります。

後悔です。

後悔はない方が
良いに決まっています。

人生で1つも後悔がなければ、
どれほど素晴らしいことでしょう。

しかし、後悔をしないように気をつけても、
生きていれば、どこかで後悔してしまうものです。

物事の善悪や成否は、
その瞬間は分からないものです。

しばらくしてから「こうしておくべきだった」と、
後悔することが多いものです。

完璧な人間はいません。

誰でも、1つは、後悔があります。
後悔は、否定しません。

大切なことは、出来事そのものではなく、
どう受け止めるかです。

無駄のように思える後悔ですが、
これからへの活かし方次第です。

後悔を悔やむばかりでなく、
その後の人生に活かせばいいのです。

今後のより良い人生の役に立てられれば、
後悔も無駄にはなりません。

役立つように生かすことが、
ポジティブ思考です。

「こうしておくべきだった」と
後悔したことがあれば、
次から気をつけましょう。

後悔を活かすことができれば、
人生に無駄はなくなるのです。


▲ http://affikatsu.com

諺に「後悔先に立たず」
というのがありますよね?

これは、済んでしまったことを
悔やんでも取り返しがつかない
という意味なんだけど、

僕はこれを、

「後悔したってことは、
済んでしまったそのこと以外に、

もっと良い方法があるということを学べた」
ということだと捉えています。

当たり前のことなのですが、
要は、後悔をしたっていうことは、

それだけ自分が更に成長する
「のりしろ」がまだまだあるということなんだ、
と捉えています。

だから、後悔をしなくなった時点で、
その人の成長は止まってしまうのでは
ないでしょうか?

もちろん、気持ちの中では
後悔なんて絶対しない、
っていつも思っていますけどね!!


▲http://www.counselingservice.jp

私達が何かの問題にぶつかるとき、
その裏側には過去の失敗感が
影響している場合が少なくありません。

仕事でも、男女関係でも、対人関係でも、
過去に「これやって失敗してしまった」
という経験は私達に二の足を踏ませます。

彼に喜んでもらおうと思って
プレゼントしたネクタイを

「ふん。これ、俺の好みじゃねーよ」と
あっさり言われたら、

おそらく違う人と付き合ったとしても、
ネクタイはプレゼント出来なくなるかもしれません。

また、一生懸命頑張って勉強したのに
試験に合格しなかったとしたら、
頑張った自分や自分自身の能力をも
否定するようになり、

何かに夢中になれなくなったり、
一生懸命頑張ってる人を
嘲笑してしまうようになるかもしれません。

特に失敗感は惨めさや屈辱感、恥ずかしさなど、
とても感じたくない感情を伴うことが多いですから、

私達にとっては見たくない
過去の痛みとして封印されることも多いでしょう。

でも、幼い子どもが立って歩こうとするとき、
自転車に初めて乗るとき、
失敗しても失敗しても何度でも立ち上がろうとします。

そして、失敗を繰り返しつつも、
やがては上手に歩き、
自転車に乗れるようになっていきますね。

何度も何度もチャレンジし、失敗するたびに、
何か新しいことを学び、成長することで
手にしたものとも言えるんです。

誰でも大人になれば大きな失敗の
一つや二つは持っているものかと思いますし、

中には

「失敗の連続でやんなっちゃう・・・」と
溜め息混じりにお話される方も
いらっしゃるものですが、

改めてこの痛みを見つめていくことで、
新たに得るもの、今の自分にとって
糧になるものが見つかることが
少なくないと思います。

失敗とは?

失敗感は私達を
絶望の淵に落とすものです。

頭をハンマーで殴られたよう
なショックを受け、茫然自失に
なってしまうこともあるでしょう。

そして、強い後悔の念を呼び寄せ、
酷く自分自身を責めるようになります。

そして、その自分を責める度合いが
強ければ強いほどトラウマとなって、
あなたを押さえ込む負のエネルギーに
なっていきます。

そのうちあなたは
どんどん自信を失っていき、
やがては諦めの境地へと至るかもしれません。

「もう期待しない、もう欲しがらない」
という気持ちになったとき、

あなたはどれくらいの痛みを背負い、
失敗を重ねてきたのでしょう?

でも、実は何を
どんな風に失敗したかよりも、

あなたがどう自分を責めたかの方が
心の痛みは大きくなります。

「失敗」というのは
あなた自身がそう感じたときに生まれます。

だから、多くの偉人が
「失敗というものはない」と断言するのは、
それを決めるのが自分自身だからなのです。

あなたが諦めたときに、
その出来事は失敗となります。

逆にいえば、周りが
「それは失敗だろう」と思っていても、

自分が諦めなければ
あなたの内面では失敗にはなりません。

逆に、成功になってしまうことも
あるでしょう。

有名なエジソンの逸話。

彼は電灯のフィラメントに相応しい
素材を探すため6000種類もの材料を
試したそうです。

逆に言えば、

それだけ適した素材が
見つからなかったわけで、

そんなエジソンにある記者が
「これだけ失敗してもまだ探すのですか?」と
インタビューしました。

その時彼は
「私は今まで失敗したことはありません。

フィラメントに相応しくない素材を
見つけたのです」と答えたそうです。

私達は失敗したと思えばそこで終わり、
もう諦めるしかないように感じてしまいます。

でも、本当に大切なことは、
その失敗と感じる出来事から何を学び、
何を今後に生かしていくかの
教訓を得る事だと思うのです。

もちろん、時には
謙虚に失敗を受け入れる姿勢も必要です。

強がってばかりでは
周りの人はあなたの元を
去っていくかもしれません。

でも、私達は失敗するのが怖い故に、
早めに結果を出そうとして焦り、
失敗感に付きまとわれることも
少なくありません。

あなたが「これは失敗した」と
思うことをもう一度見つめてみることで、
新しい学びや気付きがきっと出てくるはずです。

失敗を繰り返すのは何故?

特に何かで失敗した経験が
クセになってしまうことが少なくありません。

「いつもこれで失敗する」というパターン、
皆さんの中にはないでしょうか?

実は「失敗」という経験は、
あなたへのメッセージであり、
学びがたくさんあるものです。

従って、あなたが何かで失敗したとき、
そこから何かを学ばない限り
同じ失敗を繰り返すようになってしまいます。

それは仕事での些細なミスから、
恋愛での失態、夫婦関係のこじれなど
様々な場面で出てきます。

ですから、あなたが
何かに失敗したように感じたとしたら、
そこから何かを学ぼうとする姿勢が大切です。

その失敗があなたに何を与えてくれたのかを
謙虚に受け取るのです。

そこで何を受け取るかはあなた次第。

何が答えかも
あなた自身に決める権利があります。

学ぼうと思えば、
その一つの失敗から多くのことが吸収できます。

それが人生において
最大の悲劇と言える出来事からだとしても。

そして、何を学ぶか?で
今後のあなたの方向性や流れが決まっていきます。

この態度は、とても勇気が要りますから、
失敗した自分を責めるよりも
遥かに偉大なことなのです。

失敗感を見つめる
エクササイズ


ちょっと勇気が要りますが、
あなたのした失敗を見つめなおす
機会を作ってみましょう。

今の自分をより高めるために、
より魅力的になるために
とても役立つアプローチになるはずです。

まずはあなたが思いつく失敗談を
いくつか書き出してみます。

詳しく書かなくても、あなたがその出来事を
想起させられる範囲で構いません。

思い出すのも嫌な記憶も
いくつかあるかもしれませんし、
忘れてしまっているものもあるかもしれません。

すぐに思いつくもので十分です。

その失敗談を書いてみて、
どのような気持ちがするのかを
じっと感じて見ます。

恥ずかしくなったり、痛かったり、
嫌悪感が出てきたり、怒りや憎しみが
出てくるかもしれません。

その気持ちをただ感じてみましょう。

そして、その感情の波が収まって
心が静かになったら、

その経験があなたに
何を教えてくれたのかを見つめてみましょう。

どんなメッセージやどんな学びが得られたのか?
また、今のあなたがその経験から
学ぶことはないかも一緒に考えてみましょう。

もし感情が沸き続けるのであれば、
今もまだそこは痛みが強く残っている証拠です。

そこから学ぶには
まだまだ準備に時間がかかるものかもしれません。

誰かに支えてもらったりしながら
痛みを癒していきましょう。

失敗感を乗り越える秘訣

「学ぶ」という態度は
体力と気力を要するものですよね。

もし、今のあなたにそれだけの要素がなかったら、
無理に頑張ろうとしてしまって、

「失敗から学ぶ事を失敗してしまう」ことに
なりかねません。

だから、まずは自分の状態を
きちんとチェックしてみる事が大事です。

疲れていたり、失敗感や自己嫌悪、
無力感などがあまりに大きくて
自信を失っている状態ならば、

まずはじっくりと自分の心に意識を傾け、
心を解放してあげることが大切。

頭は「先に進まなきゃ、学ばなきゃ」と
あなたを焦らせるかもしれませんが、

その声に惑わされることなく、
ある意味“堂々と”休みを取ったり、

自分の心を自由にしてあげたり、
誰かに頼ったりしてみましょう。

そうして心に余裕が生まれてきたら、
本格的に次のステップに進みます。

最近のことよりも
過去の出来事の方が学びやすいし、
向き合いやすいと思います。

だから、もし学ぼうと思っても
心が付いてこなかったら

「まだ学ぶには体力が足りない」か
「一人では難しい」かのどちらかだと
思っていいかもしれません。

※ついついここで
自分を責めてしまいがちなのでご注意を!

また、「時間がない」というのも
あなたを焦らそうとする失敗感の罠の一つです。

その上で、そこから何を学ぶのか?
これが何よりも大切なことなのです。

失敗したとき、私達は自分を責めます。
周りの人の何倍、何十倍も自分を責め、
辱めてしまいます。

そして、時にはその力に打ちのめされ、
まるで再起不能のようになってしまう
ことだってありますね。

「結婚に失敗して離婚した」と
思っている方の中には

「もう二度と結婚はゴメンだ」と
思っていらっしゃる方も少なくありません。

でも、そこで自分を見つめなおし、
そして学ぶべきものをきちんと学び
成長できたとき、

きっともう一度
チャレンジしてみたくなるでしょう。

そして、一度失敗し、
そこと向き合い乗り越えた分だけ、

きっと同じ失敗は
繰り返さずに済むようになります。

そうすれば二度目の結婚で
最高の幸せを手に入れられるでしょう。

もし、あなたが
その器の広さを受け入れたとき、

他人に対してもますます
寛容になって行くことができるでしょう。

そして、その失敗談は
“笑える”出来事に変わって行きます。

失敗感を乗り越えたとき、
それは芸人風に言えば「ネタ」になります。

多くの芸人が自分の失敗談を
ネタにしているのはご存知ですよね?

「俺さー、こんなアホなことしてしまってさー」と
笑いを取るわけです。

失敗感に打ちのめされているとき、
私達は深刻にはなれど、決して笑えません。

でも、それを乗り越えたとき、
「俺、こんなことしててん(^^)」って
笑えるようになります。

「エゴ(自我)は笑わない」という
格言があります。

笑えるというのは、その失敗が癒され、
必要な学びをあなたが受け取り、
そして、成長した証拠でもあるんです。

あなたの失敗を笑い飛ばせるように、
そのエッセンスを全て学び取ってしまいましょう。



「後悔」と「反省」は違います。

後悔は、終わってしまったことをウジウジと悔やむ
「後ろ向き」の自己否定のスタンスです。

反省は、その失敗の原因から
対策を立てて次回に活かそうとする
「前向き」の自己肯定のスタンスです。

自分に起こる出来事には
偶然はありません。

うっかりミスでさえも、
自分への「要注意」の警告としての必然です。

後悔は先に立たず。

もちろん、失敗しようとして
失敗する人はいません。

けれども、失敗は失敗。

その程度の失敗で
すんで良かったのです。

極端な事例として、
車の運転で一旦停止忘れが発覚して
罰金を科せられたとします。

その時はツイていないと
嘆きたくなりますが、

もしかしたら、そのぼんやり運転で
衝突事故か人身事故に発展していたかも
しれないのです。

その程度で済んで良かったのです。

だから、せっかく失敗したのだから
そのミスから前向きな反省をして
次回への教訓やマイルールの修正を
しなければ、勿体ないのです。

「凹み損」「悔み損」になるのです。

ああ、そのことに気付けて
本当に良かったです。

私は今回、自分がしでかした
うっかりミスに感謝します。

自己否定の視点を手放すだけで
同じ失敗から素直に教訓が得られます。

このテーマで記事を書いて良かった。
記事を書きながら気づくことがあるのですねぇ。

神様とハイヤーセルフ(内神)様、
そして読んで下さるあなたにも
感謝申し上げます ♪


Comment:0  Trackback:0
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。