2017
07.31

幸せのセルフ・イメージ



本日は、昨日のテーマ「自灯明」を灯すための方法論です。では、始めます。

人とのかかわりの中で、いきなりキレたり、いじけたりする人って周りにいませんか?

「ええっ!なんで?」みたいな…。「なんで、そこでキレるの?イジけるの?」みたいな…。

そんなお子ちゃまのような、おっさんやおばさんがいませんか?

そういう自分だって、相手の振る舞いでカッと来たり、傷ついたりすることがありませんか?

私なんかしょっちゅうあります。

「げげっ!俺、今、イジけてるぞ!」と情けなくなるときがあります。62歳にもなって、恥ずかしいことです。

このように、相手の言動やふるまいで、心が揺すぶられてしまうのは自己重要感が低いからなんです。

といっても、自己重要感って、強気すぎるのも「ごう慢」につながりやすいのであまり良くはないのですが、相手の都合を配慮し過ぎるのも、自分自身に過剰な負荷がかかってしまうのも事実です。

本日は特に、昨日の記事「自灯明」という教えに共感してくれた方で、人の良さと気弱の狭間で心を痛めている方に読んで頂きたい内容です。

そのお題は「セルフイメージ」です。

自分が苦しい時ほど、自灯明をあかあかと灯すためには、「セルフイメージ」を高める工夫がいるのです。

これは、私も調べて知ったことです。

各記事のタイトル画像には本ブログのURLを貼っています。興味のある方は、本ブログを覗いてください。

あなたのためになる記事ともっと出会えるかも知れませんよ♪


▲http://mindsymphony.seesaa.ne

セルフイメージとは、潜在意識が、「自分はこのような人間だ」と思い込んでいる自己像”です。

それまでの人生で蓄積された情報や考え方、行動からセルフイメージは形成されていきます。

セルフイメージが高まると、自分の能力に自信を持ち、自身が本来もっている能力を自然と使いこなし向上させていきます。

一方、セルフイメージが低くなると、自分自身の能力を過小評価して物事に限界を設けてしまいます。

そして、潜在意識はセルフイメージ通りの自分であり続けることを第一優先として動き続ける性質があるのです。

なりたい自分になれる最善の方法とは?

「潜在意識が答えを探しに行く」と書きましたが、その答えこそが「セルフイメージ」なのです。

セルフイメージが高ければ高いほど、大きな願望も実現しやすくなります。

まずは、この言葉をしっかり認識してくださいこれこそが全てといっても過言ではありませんから。

では早速、セルフイメージについてお話しましょう。

ナポレオン・ヒル博士は「思考は現実化する」の著書のなかで「人は考えている通りの人間になる」と述べています。

考えているとおりの人間になるんだったら、成功するためにあなたは成功者のように考え、思えばよいという結論になります。

しかし、そんなシンプルな事がなかなか上手くはいきません。なぜなら、自分の経験の中に答えを見つけに行くため、「自分が考えた以上の人になれない」のです。

答えとはつまり、セルフイメージのことでしたよね?

セルフイメージとは、自分自身が自分のことをどう思っているのかについてのイメージのことを言います。

そして、

そのセルフイメージこそが、自分の行動や思考を無意識に決める大きな鍵となります。

セルフイメージは、あなたが自分の経験に基づき、決めた実現可能な「枠」なのです。

だから、経験や体験から得た感情を格納している「枠」より大きな願望や目標は本気で「できる」と思えないのです。

「できたら、いいな~」とまでは思えますが、いまひとつ確信がもてないのもセルフイメージのせいです。

そもそもセルフイメージは、あなたの幼少期からの経験や体験、親からの刷り込みにより形成され、あなたの中に埋め込まれました。

そしてその後、日頃、「やっぱり~は苦手なんだ」とか「やっぱり私は~できなかった」という繰り返しの経験によって強化されたのです。

これがセルフイメージです。

仮にあなたが小さい頃から、「贅沢はよくない、堅実こそ素晴らしい」という教えで育ったとします。

「お前は堅実だからいいね」「必ず誰かが見ているものだからね」「いつか大器晩成するよ」と。この教え自体は素晴らしい事です。但し、こういうことが起こります。

このように言われて育った人は、大器晩成するつまり、いつか人が認めてくれる事をひたすら待つわけです。

人が言う言葉に一喜一憂し、他人による評価次第で気持ちが左右されます。

そして「人の目」「人の評価」にフォーカスして、自分の人生なのに、自分で選ぶことをやめるわけです。

わかりますか?

ですから、セルフイメージが低いのに、無理やりポジティブ思考を自らに強要しても、苦しいだけでなかなか上手くいかないということになる訳です。成功本には思ったことが現実になるから、

とにかく目標を高くもち、いつも声に出して読み、目に付くところに貼っておく事!と書いてあります。

さらに、感情を伴わせて「~した」というように過去形にし、既に達成したイメージを持つ事がとても大切だといっています。

なぜなら、潜在意識は「過去も未来」も「妄想も現実」も認識しないからです。

ですが、「私は成功した」「私は成功する価値がある」と無理やり思おうとしても、自分の経験に基づくセルフイメージを変えない限り、絶対あなたに根付かないのです。

「私は成功した」といったすぐそこで、成功していない事を自分自身がよく知っているので「いやいや、成功なんてしてないし…」という声が、或いは思いが頭の中を駆け巡ります。

例えば、「私は年収1000万円稼ぐぞ」と目標を立てたとしても、

「そんなに簡単に変わるなら皆苦労しない」「世の中そんなに甘くないことを知っている」「絶対無理!」 などなど。という声がするはずです。

つまり、セルフイメージを変えずに目標を設定しても、あるいは毎日成功イメージを唱えても、あまり意味がないということです。

「絶対成功する!」と思っている直ぐそこで、「どうせ無理だろうけど」という考えがあなたを支配しているからです。

あなたの今までの経験や知識を基にした常識や理性があなたをそう思わせているのです。

ですから、そのセルフイメージを変える、高める必要があるのです。必要があるというより、高めないと意味がないのです。

成功をおさめた人の多くは、セルフイメージを高める事を必ずしています。

なぜなら、お金が入ってきたら「いつか失敗するんじゃないかな?」なんて思った瞬間、潜在意識がそれを認識し、現実にしようとするのを知っているからです。

潜在意識は未来へレールをひきます。それが成功へのレールなのか、失敗へのレールなのかは、あなたのセルフイメージ次第なのです。

潜在意識は、あなたの感情とおりに実現しようとします。もう一度言います。

あなたの感情通りに実現しようとします。その感情がよいものであっても、悪いものであっても、潜在意識には関係ありません。

つまり、あなたが「無理」というセルフイメージを持っていたとして、そのように思ったその時点で、「絶対無理な未来を作ろう」と頑張るわけです。

潜在意識は、妄想も現実も、過去も未来も認識しないということを理解し、あなたの感情通りに実現しようとするということを覚えておいてください。

まずは、あなたがどんなセルフイメージを持っているのかを知る必要があります。知らないと改善もできませんし、当然高める事もできませんから。

しつこく言いますが、必ずセルフイメージを高めてから次のステージに進むよう気をつけてください。

何故なら、先ほどいったように、仮にセルフイメージを高めずして思いがけず成功したとしましょう。

あなたの中の「大丈夫かな?」という“悪魔のささやき”があなたを元に戻そうとするからです。

潜在意識のリバウンドはひどいものです。ですから、セルフイメージを高める事こそが最重要課題なのです。


▲http://mindsymphony.seesaa.net

いつも当ブログをご覧頂き、どうも有難うございます。心の花嫁学校・マリアージュスクールの斎藤芳乃です。

今回は、より心の深い部分を改善するための「自己承認することで、幸せの許可を出す」=自分で自分にかけている制限を外す方法についてお伝えしていきたいと思います。



自尊心を持てば、幸せに許可が出る!
日常生活で幸せを自動的に引き寄せる女性になるための法則


私たちは実は幸せになりたいと願いながらも、一方で、「どうせ私なんて幸せになれない」と制限をかけていることがとても多いんですね。

幸せになれないという心の制限は、自分を否定する自信のなさだけではなく、「私は幸せにふさわしい女性ではない」という「自分から幸せに対して身を引く」という制限でもあるからです。

例えば、「他の女性とくらべて、私は綺麗ではないし、年齢もいっているから…」ということを無意識に考えてしまっている場合、それを直接的に否定する人がいなかったとしても、「私は幸せにはふさわしくない」と自分で決めて、潜在意識のレベルで幸せを遠ざけるということをしてしまうのです。



自分を大切にしていないから自分に自信を持てない!

自分の良いところを見たり、自分の素晴らしいところを見もしないで、他人から否定されたところばかりを見て、自分を他者目線で裁いているからこそ、「どう せ私なんて」と思い、それが潜在意識のレベルで「私は幸せにふさわしい女性ではない」という
思い込みに結びついているのです。

これらはすべて、「他人の意見」とは関係なく、「自分がダメ出しをしている」というところにポイントがあります。

他人がいくら自分を肯定してくれたとしても、ホメてくれたとしても、「でもどうせそんなこと…」というように、自分を差し引いてマイナス査定することで、自分から「幸せになれない女」を演じてしまうようになるんですね。

この場合、現実を見なくなり、さらに思い込みの世界に入り込み、「本当の自分の価値を見ない」ということを積極的にするようになり、さらに「自分には価値がない」ということを考え続けてしまうのです。



こうした場合は、実は自分をホメたり、わざわざ価値を見いだすことから始めるのではなく、自分のことを「マイナス査定せずに承認する」ということがファーストステップになっていきます。

他人目線で見て素晴らしい自分になろうとするのではなく、

「他人からどう思われたとしても、私はとてもよく頑張っているよね!」

「他人がどういう基準を持っていたとしても、私を評価しなかったとしても、それでも私は努力したり誠実な私を知っているよね!」というように、あなたがあなたを「承認する=認めてあげる」という自己承認が必要になります。



自分自身に対する安心感を!

自己承認というのは、自分を頑張って高めてホメるということとは違います。

自己承認はただ、「自分が持っているものやしてきたことをありのままに認める」ということです。

つまり、他者の評価ではなく、「ありのままに自分のことを認めてあげる」という行為なんですね。

私は確かに、持っていないこともできないこともあるけれども、こういう良いところも持っている。

私は確かに、あの人みたいに優れていないし、この分野での才能がなかったとしても、それとは別の優しさや誠実な面を持っている。

このように、人と比べて素晴らしい自分になる人から評価される素晴らしい自分になるということではなく、自分で自分のことを認めたり、肯定することができると、人は「自分自身に対する安心感」を持てるようになります。

これが、「自分という存在をありのままに大切にする=自分の存在に自尊心を持つということなんですね。



常に、他者の目線から見て、自分の持っていることまで否定していたとしたら、いつまでも自分を「他人との比較で苦しめる」という虐待を続けることになります。

けれども、他人の目線ではなく、ありのままに懸命に生きている自分をあなた自身が認めることが出来たとしたら、
あなたの存在を無条件にとても慈しみ、大切にすることができるようになるんですね。

必ずしも、他人の目から見て、あなたが素晴らしい人である必要はありません。

それよりも、あなたというかけがえのない存在が精一杯生きているということをありのままに認めてあげられたとしたら、

「あなたという世界にたったひとつの命」のことも大切にしてあげることができるのです。

こうして、自分を大切に慈しみ、「私って本当は大事な、とても頑張っている存在だったんだな」と心から自分を抱き締められたとき…「他人からの目線で推し量る自分」や、「他者の評価にこだわり、自分をマイナス査定する自分」から離れられたとき、

「私は本当は頑張っていて、幸せになっていい人間だったんだ」というように、あなたという存在の本当の価値を受け容れることができるのです。



あなたは普段、どんな目線で自分のことを見ていますか?

自分で社会の基準を取り入れ、わざわざ自分に対してダメ出しをして、「私なんてダメな人間だ」という自己洗脳を繰り返していませんか?そして、どんな基準を用いて、あなた自身のことをマイナス査定しているでしょうか?

太っているという基準ですか?

それとも年齢ですか?

それとも、容姿のことでしょうか?

それとも仕事の能力ですか?


あなたが「社会的な基準や他の人との比較」を使って自分を否定し、ダメ出しをしていることに気づけば気づくほど、あなたが自分にかけている「私はダメだから幸せになってはいけない」という制限を外すことが出来ます。

自分の価値を高めるとは、決して「素晴らしい自分になる」ということではありません。

それよりも「あえて自分に対してダメ出しをせず、自分のことを認めてあげる」だけで、結果的にあなたの価値を高める行為になるのです。



人はマイナス査定をすることを好みます。それがまるで美徳のように、ずっと自分を否定し続ける人もいます。

けれども、もうその癖があること自体が、あなたの人生を不幸にしていることに気づいてあげてくださいね。

あなたが他者の目線を取り入れることをやめる=自分を否定することをやめるだけで、それが自然に幸せへの許可に変わっていくことでしょう。


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2017
07.23

日々是好日

『日々是好日』



「大安」「仏滅」「友引」などの「六曜」が、たいていのカレンダーに記載されているのは、それだけ日の善悪を気にする人が多い表れでしょう。

中には、引っ越し、納車、宝くじを買うのも、大安の日をわざわざ選ぶという人もあります。

縁起のいい日、厄日など、日の吉凶善悪を論じる信仰は、日本だけでなく世界中に沢山あります。

仏教にも『日々是好日(にちにちこれこうじつ)』という言葉があります。

「日々を好い日にしなさい」という意味です。

私たちの運命の一切は、行いによって生じると説く仏教では、善因善果・悪因悪果・自因自果。つまり、

「幸せになりたければ、幸せになるタネをまきなさい。」

「不幸になりたくなければ、不幸のタネをまかないようにしなさい。」

「己に起きる一切の運命は、己の行いによるのですよ。」


と説かれています。だから仏教では、

良い種まきができた日は良い日であり、悪い種まきをしてしまった日は悪い日なのです。

最初から良い日、悪い日が決まっているのではないのです。

今日一日の行いの善し悪しで、良い日になるか?悪い日になるか?が決まると説かれているのが、『日々是好日』です。

************

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2017
07.23

気が重い時の対処法



気が重くなった時の対処法

「なんとなく気が重い」

そんな時ってありませんか?

でも、なにかのきっかけで

ふっと気が軽くなることもあります。

「気」って「重くなったり」「軽くなったり」

するものなんですねぇ…。

そんな妙なことに気づいたものですから、本日は検索して読んだ記事の中からいくつか転載してご紹介します。

それぞれのタイトル画像に本ブログのリンクを貼っていますから、どうぞ本ブログの方も覗いて見て下さい。

もっと有益な記事と出会うかもしれませんよ♪



▲CrystalChildrenBlog光の道

気軽な気持ちこそ「気(エネルギー)」が軽い

今降りたインスピレーションです。

「 気軽に 」って言葉が耳に入って強く残りました。

そして、判りました。


気軽な気持ちで行動すること。


これこそ、「気」つまり、エネルギーが「軽い」つまり 波動が高い・周波数が軽いという事。

先ほど奄美大島に移住した元芸能人の方が気軽な気持ちで移住を決めたとテレビのナレーションが耳に残りました。

気軽な気持ちを持っている方だからこそ、すぐに移住を決め、実行出来たのだと思います。

気軽の反対は、「気が重い」。

つまり「気」エネルギーが、重い、波動が低い、つまり周波数が重い。

気が重くなる気持ちでいると、中々色々な行動がすぐに取れなくなり、動きも腰も重く、なかなか現実化しません。

気軽な気持ちでいると、色々なハッピーに繋がりますね?(^o^)/


▲スピリチュアリズム

あなたの気持ちを重くする、心の闇をぬぐい去る9つの方法

気持ちが晴れない…そう自覚した時には、もう既にあなたの心に闇がはびこっています。

闇はその深さと暗さを増し、あなたの気持ちをどんどん重くしていきます。

今回は、あなた自身を覆い尽くす心の闇との闘い方を考えることにしましょう。

気持ちの重さに完全に伏してしまわぬうちに、内なる闇を支配しコントロールする9つの方法です。

あなたの気持ちを重くする、心の闇をぬぐい去る9つの方法

①猜疑心にとらわれた心を解放しよう。

②自己を肯定しよう

③孤独を恐れない。

④自信過剰にならない。

⑤失くしたものを数えない

⑥自分と比べない

⑦ネガティブとはポジティブのために存在することを知ろう。

⑧トラウマに囚われずその先へ踏み出そう

⑨体調を整えよう


①猜疑心にとらわれた心を解放しよう。

私はダマされているのではないか?

あの人が私に向けた笑顔には裏があるのではないか?

ちらっと視線があったあの人は、私に悪い感情を持っているのではないかしら?


そんな猜疑心の塊は一度捨ててしまいましょう。

方法は簡単です。

思い切って誰かに話してごらんなさい。

それは疑惑の相手、本人でもかまいません。

「私をダマしてる?」

「ウソをついてる?」


きっと相手は笑って否定します。

人との会話には心の闇をぬぐい去るパワーがあります。

気持ちの重さを言葉という形で一度外に解放してあげて心の荷物を軽くしてみてください。

必ずや闇に光がさしてきます。

②自己を肯定しよう。

どうせ自分なんて…そう思いがちなあなたは、心の闇を抱えています。

それは自己否定という名の闇です。

自己を肯定することは、実は簡単な訓練や習慣で身につけることができます。

毎日1回、自分のいいところを5つ、言葉に出してください。

誰も聞いていないのですから、正直に、時には甘すぎる評価で構わないのです。

その時、必ず「私は」と頭につけてください。


私は可愛い、

私は歌がうまい、

私は繊細だ、

私は愛嬌がある、

私は正しい、


…なんでもいいのです。

5つ肯定して声に出してみましょう。

私たち日本人は謙遜を美徳とするところがありますから、こういったことには多少の抵抗を感じます。

しかし、あなたの気持ちを軽くするため、その心の闇をぬぐい去るために、そろそろ殻を破る時です。

その時、あなたの心には一筋の光が射し、重い気持ちはその重力を失っていくことでしょう。

③孤独を恐れない。

なぜ、他人からの評判を気にするのですか?

なぜ、顔に無理矢理な笑顔をはりつけて、うなずいて見せるのでしょうか?


それは、あなたが孤独を恐れているからです。

では、自分の気持ちを押し殺してまで人に合わせ、仲間と集うことであなたの孤独は解消されますか?

いいえ、おそらく解消されないでしょう。

それどころかさらに大きな孤独に苦しめられるかもしれません。

なぜならば無理な笑顔や無理だ同意は自分自身という唯一無二の味方さえも存在しなくなるからです。

孤独を必要以上に恐れてはいけません。

自分自身という絶対的な味方さえいれば、あなたは決して孤独ではないはずです。

顔をあげ、堂々と自分自身で居続けてください。

そこに心の闇などつけいるスキはありません。

④自信過剰にならない

今まで述べたことと相反するようにも聞こえますが、そうではありません。

自意識過剰になると、

「自分がどうありたいか」ではなく

「自分は他から見てどうあるべきなのか」や

「他から何を求められているのか」が

思考のベースになってしまいます。


厳しいことを言いますが、他人はあなたをそう真剣には見ていません。

ですからそんなに「他人から見た自分」にこだわる必要はないのです。

あなたはあなた。自然な姿のまま、あなた自身の人生を生きているのです。

自分自身を摩耗していくような言動は今すぐ断ち切ることをお勧めします。

心の闇のカーテンを開け、外から覗いている人間などいないのだと自覚しましょう。

あなた自身をとりもどすことで、心の重さを感じなくなることでしょう。

⑤失くしたものを数えない

失ったものは元には戻りません。失うことは悲しいでしょう。悔しいでしょう。

しかし、どん底まで沈んだら、その次はジャンプです。勢いをつけて浮上するのみです。

失くしたものを数えるより、これから手に入れるものを数えます。

心の中の闇が一番深く暗くなったら、そこからは明るさを求める方向に一気に力がはたらくのです。

闇を抜け、心の重さを捨てる方法…それは失くしたものを数えないということです。

いつまでも嘆いていると心の闇はどこまでも深くなっていく一方です。

⑥自分と比べない

幼いころから「人間は平等です」と教えられて育つ私たちですが、実際のところ、人間は平等ではありません。

しかしそれは嘆くことでもありません。自分に課された試練は自分が乗り越えていく。それだけです。

隣の人にどれだけのものが課されているのか、そんなことはどうでもいいことです。

隣の人の人生は、あなたの人生ではありません。あなたは、あなたの荷物のことだけを考えましょう。

人と自分を比べ始めると心の闇はどんどん広がる一方です。

⑦ネガティブとはポジティブのために存在することを知ろう。

忙しいという字は心を亡くすと書く…そういわれていますが、心を亡くすのはネガディブなことでしょうか。

必ずしもそうではないのです。どうしても乗り越えられないほどのつらさを抱えてしまった時、あなたの心は緊急避難先として心を亡くすための忙しさを求めます。

ダイレクトな衝撃を受けずに済むように、時間というクッションを使うのです。

たとえば身内が亡くなったとき、近親者にとっては通夜から葬儀と忙しく過ごす日々が続き、その一番つらい数日間を忙しさに助けてもらいます。

心に抱えきれないほどの闇は、上手にやり過ごすことが賢明です。

そのためにはネガティブなことでもなんでも、使えるものはすべて使ってやろうという気持ちが大切になってきます。

⑧トラウマに囚われずその先へ踏み出そう

幼い時の親子関係や悲惨な体験がもとで何らかのトラウマを抱えてしまった人はいるでしょう。

しかし、何か壁にぶち当たった時、「私は○○のトラウマがあるからこうなってしかたがないんだ」という地点がゴールでいいのでしょうか。

トラウマがはっきりしているのなら、まずはそこを避けて通る知恵を持つことです。

それでも向き合わなければならない場面では、自分のために、乗り越え、その先へ踏み出してみてはどうでしょう。

自分が親に愛された記憶がないから子につらくあたってしまう。

その時は「トラウマだから」と立ち止まらず、トラウマを認識したうえで抗ってやるという気概をもつのです。

心の闇の中でじっとしていては、これからの人生がずっと闇の中です。

気持ちを軽くするためには、あなた自身の意思による最初の一歩が肝心なのです。

⑨体調を整えよう

朝、早く起き、三食きちんと食べ、夜はたっぷり眠る。

現代人は忙しく、なかなかこういった規則正しい生活が送れるわけではありません。

それでもあえて言います。自分の体を労わってください。強く健康な肉体に、明るい精神は宿ります。

そして心の闇はそこに居座ることができず、あなたの中から逃げ出すことになるでしょう。

栄養はサプリメントで取るのではなく、極力食事で取るよう心がけてください。

しっかり噛んで食べましょう。噛むという行為があなたの脳を刺激し、活性化させ、健全な心身を構築します。

強い心と肉体に、もはや、闇の存在する隙などないでしょう。

最後に

いかがですか?

あなたを悩ます心の闇をぬぐい去るヒントがいくつか見つかったでしょうか。人は弱いものです。

しかし、その弱さを見せたら、たちまち心の闇という不幸が貴女に巣くってしまいます。

今日から不幸癖をなくし、顔をあげて暮らしてみませんか。闇は一気に晴れるものではありません。

しかし必ずやあなた自身の高い意識がそこに灯りをともすことでしょう。



▲ガジェット通信

暴走する不安をコントロールして気持ちが軽くなる! 脳科学から導きだされた「魔法の言葉」って?

スピリチュアルな情報を得ても、鍛錬を積んでも、日常生活を送るうちに自然発生してしまう感情「不安」。

不安という感情は、1度生まれると新たな不安がそこから生まれて、勝手に膨大になっていくものです。

この感情のコントロールができないと、次第に強い不安感に長期間悩まされることになり、あげく不眠や動悸などの身体症状を引き起こすことも。

これがいわゆる「不安病」と言われるものです。

この不安に対して、先日放映されたNHK『ためしてガッテン』では、こんな衝撃的に簡単な対処法を紹介していました。

同番組によると、上記のように不安感情が暴走するメカニズムには、脳の「背内側前頭前野(はいないそくぜんとうぜんや)」と呼ばれる部分が鍵を握っているのだとか。

この背内側前頭前野は、人や他人の心を客観的に見る機能を持っている場所なのだそうです。

そして驚くことに、研究の結果、長年「座禅」などの瞑想を続けた人の脳は、通常の人に比べ、この背内側前頭前野などが分厚くなっているということが明らかになってきたとのこと!

つまり、瞑想などを行うことで神経細胞が増え、この部分が司る「客観視する」能力が強化された……ということですね。

ということは、座禅や瞑想は「心に効く」ということが科学的にも明かになりつつあるということですよね。

が、しかし、私などがそうなのですが、平常心や客観視を養うために座禅や瞑想をしようとすればするほど、雑念が湧いてきて、あげくの果てには不安そのものがちらつき、結局うまくいかなかったりするんですよねえ……。

でも、この「不安をちゃんと見つめる」行為が実はもっとも重要なこと、とも同番組。

そして、誰でも簡単にこの背内側前頭前野を鍛えることができる1日10〜15分程度のエクササイズが紹介されました

それでも「どうしても不安から抜け出せない」……そんな時には「このおまじないが効果的」と、ある言葉を紹介していました。

例えば「自分はなんてダメな人間なんだろうか」とか「このまま恋人ができないまま一生を終えるのかな」という不安が沸き上がってきた場合。

その不安をいったん思い浮かべ、次の言葉を追加するのです。

「……と、思った」

「自分はなんてダメな人間なんだろうか、と、思った」

「このまま恋人ができないまま一生を終えるのかな、と、思った」。

そう心の中でつぶやいてみるといいとのこと。

……と、思った、

と付け加えるだけで「この件についてはちゃんと客観視しているよ」と脳に刷り込んむ……というわけですね。これは超がつくほど簡単。

私も番組放送直後より、このエクササイズを毎日実践中。相変わらず不安は生まれますが、実践4日目くらいから「不安が勝手に暴走して膨大になる」ことはなくなりました!(笑)

なんというか……「考えてもしかたがない、か」と思考のシフトチェンジに成功しています。

これは、結構すごいです。

みなさんもぜひ、この簡単トレーニングにトライして、客観視脳を鍛えてみてください。

暴走しがちな不安が、いい具合に「どうでもよく」なりますよ!



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2017
07.22

気分転換のコツ

2016/01/07更新記事


本日のブログテーマは
「気持ちを切り替えるコツ」です。

日々生活をしている中で
いろんな問題が起こります。

うまく対処できた時は
「ああ、よかった・よかった」となりますが、

うまく対処できなかった時は
どうしても自分の不甲斐なさを
責めてしまいます。

私は常々、
自分だけは自分の味方でいようと
ブログで決意表明しているにもかかわらず
やっぱり自分を責めてしまっています。

そして、それでまた
「ああ、なんて情けないんだ…」と
さらに自分に追い打ちをかけてしまいます。

こうした自責の念をコントロールできたら、
どんなにか良いだろうと思います。

そんなことを考えていると
「気持ちを切り替える」という
キーワードが浮かびました。

「はは~ん、今日のブログはこれで書け」という
神様からのアドバイスだなと思いました。

気持ちを切り替える

そのキーワード検索をして
関連記事を読んでみた感想を先に書きます。



例えば、近くの町工場の煙突の煙が
あなたにとってとても不快だとします。

だからといって、その煙突の先端に
フタをしたからといっても、
根本的な原因は解消していない訳です。

どっぷりと落ち込む自分、
マイナスの感情を引きずる自分を
「頑張れ・頑張れ!」と叱咤激励することは、

ハタ迷惑な町工場の煙突の先端に
フタをしようとするのと同じではないのか

それより以前に、その煙が発生する原因を
解消することの方が重要ではないかと思うのです。

具体的に言うと、自分を落ち込ませる
思考パターン自体を書き換えなければ、
同じことの繰り返しになります。

大小さまざまな問題に対して
不快な感情を生みだしている
その思考パターン自体を変えない限り、
根本的な解消はできないと感じました。

本日のブログでは、
不快な感情に襲われた時の
単純な気分転換のコツを紹介するだけに
終わることなく、もっと掘り下げて、

不快な感情に襲われた時にこそ
どうすれば自分の味方ができるのかを
探ってゆきたいと考えました。

自分なりの結論を書きます。

問題が起きた時は
終わりではなくスタートだと
解釈し直せば良いのだと思います。


たとえば、

乗る予定の電車に乗り遅れてしまったとします。
このままでは約束の時間に遅刻してしまいます。

「ああ、どうしよう」
「自分はなんてだらしない人間だ」
「どうして余裕を持って家を出なかったんだ…」

今さら考えてもどうしようもない
終わってしまった過去について
グダグダと自問自答し続けます。

問題が起きたことは事実です。
起きしてしまったことはどうにもなりません。

なぜそんな問題がおきたのかと
そんな解決できないことに
想いを巡らせて貴重な時間を割くよりも、

その対処をどうするかという
解決できる問題に
意識を切り替えることが大切です。

起こった問題は
あくまでスタートなのです。
終わりではありません。

失恋
失業
病気
口げんか

終わった、失ったと思うから
気分が塞ぐ訳で、

さあ、この問題を
どう料理してくれよう!と
腕まくりして考えれば良いのです。

起こった問題は
ゲームの始まりなのだと
捉え直すようにしよう。

本日のブログの下書きを読み返して
そんなことを考えました。

では、さっそくあなたにも
読んで頂くことに致します。

本日のブログは、「気持ちを切り替える」を
キーワードに検索した中からの記事紹介です。


▲http://nicodigoku.com

気持ちをごまかすことの危険性

「あーあ、面倒だなあ」
「私は悪くないのになあ」
「何もかも嫌だ…」

物事が上手くいかない時は、
ついつい愚痴をこぼしたくなる時があります。

気分が塞ぎ込んでいるときは、
自分でも驚くような言葉や考えが、
心の中に浮かぶこともあります。

こんな風に自然とネガティブな考えが浮かんだ時、
その感情に「フタ」をしていませんか?

「こんな風に思っちゃダメだ」
「もっとこういう風に考えないとダメだ」
「こんなの私らしくない」…

ワガママを言ってはいけない、
意地悪な事や自分勝手なことを考えてはいけない

・・・そんな風に言われて育った私たちは、
自分の気持ちにフタをすることが、
ほとんど癖になっているようです。



バタンとフタをして
ネガティブな考えをシャットアウトすれば、

一時的にでも、ネガティブな感情を
追い払う事に成功しますから、

こういう人間になりたい!
こういう人でありたい!という理想を
胸に描いている人ほど、

ついつい自分に厳しくなり、
フタを閉めまくっています。

でも、実はこの「フタ」、
想像以上に私たちの心に負担がかかっている
ってご存知でしたか?

感情の「フタ」が私たちの心にとって
危険である理由をまとめてみます。


▲ https://cotree.jp/columns/46

気持ちの切り替えは、慣れないと
なかなかうまくできないものですよね。

振られた彼のことをいつまでも
ひきずってしまっていたり、

怒られたことをいつまでも
根に持ってしまったり、
失敗をひきずってしまったり……

なかなかうまく気持ちを
切り替えられない人も
多いのではないでしょうか。

※なぜ気持ちを引きずってしまうの?

頭では早く切り替えなければと思っていても、
いざ切り替えようとするとなぜか切り替えられない、
それにはいくつかの理由があります。

1)納得がいかないことが残っている

あれは絶対にあっちが悪い!
なんであんなことになったんだろう……など、

頭で理解できないことがあると、
ずっとそのことについて
考え続けてしまうことになります。

2)後悔がある

あのときこうしていれば……と
後悔が残っているときにも、
気持ちの切り替えは難しくなります。

こんなときには自分自身を
責め続けてしまうことにもなりますから、
辛い気持ちが続くことになりますね。

3)切り替えようと思うだけで
行動につなげていない


ネガティブな感情や失敗について
考え続けているだけでは、
気持ちの切り替えはできません。

「切り替えなきゃ」という気持ちを
実際の行動につなげることが大切です。

人生には、考え続けても
なんともならないことがあります。

「どうしても理解できないこと」や
「考えても変えられない過去」は存在するものです。

これはいくら考えても
何も生み出さないなぁと思ったときには、

早く切り替える決意をして、
次のフェーズに移りたいものですね。

なかなか気持ちの切り替えができない方のために、
ここでは気持ちの切り替えを楽にする方法を紹介します。

気持ちを切り替えるための
スイッチを作る


気持ちの切り替えをスムーズにするためには、
一番手っ取りばやいのは、気持ちを切り替える
きっかけを作るようにすることです。

そういうきっかけがあれば、
自然とそれがスイッチになっていき、
嫌なことがあっても脳が勝手にスイッチを
切り替えてくれるようになります。

昔は失恋したら
髪をきるという風習があったのですが、
それもこのスイッチの心理から来ているのでしょう。

髪を切ることがスイッチになり、
忘れることができる、
気持ちの切り替えができるようになっていたから、

昔の人たちは振られたら
髪を切るようにしていたのでしょう。

髪を切るのではなくても、落ち込んだり、
気持ちの切り替えがしたいと思ったら、

自分なりのスイッチの「ルール」を
つくっていきましょう。

次第にそれをするだけで簡単に
気持ちの切り替えができるようになっていきます。

以下に、いくつかの「スイッチ」を挙げてみます。
自分にあいそうなものがあれば、試してみてください。

1)深呼吸をする

実は一番簡単なスイッチは、深呼吸です。
目を閉じて、1.2.3で息を吸い、4で止め、
5.6.7.8.9.10で息を吐き切ります。

これを1分間ほど繰り返して目を開けると、
少し意識がはっきりして、
新しいことに取り組む意欲が湧いてきます。

深呼吸を終えたら気持ちを切り替えると
自分のなかでルールをつくってしまいましょう。

2)違うことをしてみる

なにかでミスをしたりした場合は、
思い切ってそれ以外の事をして
気分転換してみましょう。

なるべくリラックスできるような
楽しいことをすれば、気持ちも切り替わります。

3)紙に気持ちを書く


今あなたが感じている気持ちを
正直に紙に書き出してみましょう。

自分の気持ちを正直に書くと、
自分を客観視することができます。

嫌な気持ちを書き出すのは
少しツライかもしれませんが、効果は抜群です。

4)「まぁ、いいか」とつぶやく

起こったこと自体を悔んでも意味のないことです。
いっそ、気にしないようにします。

楽観主義でいると、
気持ちが落ち込むこともありません。

そこで、嫌なことがあった気持ちが落ち込んだら
「まぁ、いいか」とぼそっとでもいいので、
つぶやけば少し気持ちが晴れます。

「まぁ、いいか」を口癖にして
気にしないようにするといいかもしれません!

5)自分を客観化する

気持ちが落ち込んでしまった自分を
客観視してみましょう。

そのためには今の気持ちを言葉にし、
口に出します。

「とても辛い気分になってきた」と
声に出すのです。

人がいたって気にしない。
こうすることで、今自分がどんな感情に
支配されているのか確認できます。

「辛いんだ、でも今回は仕方ないから
次に挽回してね、自分」という風に、

外の視点に立って
自分を動かせるようになるのです。

自分そのものではなく
自分を操作する役になること、

これがセルフコントロールです。

+++++++++

どれだけ普段明るい性格だったとしても、
気持ちが落ち込んだりして
沈んでしまう事があると思います。

上手に気持ちを切り替えるには、
ある程度テクニックでカバーすることができます。


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2017
07.14

幸せの自覚

2015/11/6更新記事



本日のブログのテーマは、
「幸せの自覚」

簡単にいえば、幸せとは
あなたが「私は今、幸せだ!」と
実感・自覚出来た時が「幸せな時」という結論です。

高校中退だろうが、
バツイチだろうが、
失業中だろうが、
1億円の借金があろうが、

「私は今幸せだ!」
「私って意外と恵まれているじゃん!」
そう実感・自覚出来た時が
その人にとって「幸せな時」です。



どこかのサイト記事の中で、
「幸せとは、探すものではなくて気づくこと」
そんな一行があって、「なるほどなぁ」と
とても合点したことがありました。

今日のブログでは、
今、夫婦仲がうまくいっていないあなたと一緒に、

今、体調が思わしくなくて
病院通いが続いているあなたと一緒に、

今、親や夫の介護や看護で
ストレスまみれのあなたと一緒に

「幸せ」について
考えてゆきたいと考えています。

これから転載するいろんな方の
「幸せ」の捉え方に何かひとつでも
今のあなたを幸せにするヒントがあれば、
嬉しい限りです。

では、始めます。



▲ http://oshiete.goo.ne.jp/qa

「幸せとは何か?」と聞かれても
大抵の人は即答できないんじゃないでしょうか。

答えられるのは、
今考えれば幸せだったと思う瞬間の記憶や、
せいぜい満足感。

これは、「幸せを自覚することは出来ない」ということを
意味していないでしょうか?



No.1 回答者

こんにちは(^-^)

夜、布団に入ったときに
”今日も何事もなくって良かった、幸せだー♪”
と、私は毎晩思うのですが、
これじゃぁ「自覚」にはならないのかな・・・(^^;

ちなみに「○○(私)の幸せって何?」と
先日、たまたま聞かれたのですが
「気持ちを荒立てる出来事が無い、という事かなっ」
って即答しました(^-^)

求められている回答と違ったらごめんなさい。

+++++++++++++

この回答へのお礼

>今日も何事もなくって良かった、幸せだー
やっぱり過去形ですよね。

即答できるということは立派です。

ご回答ありがとうございました。



No.2 回答者

>これは、幸せを自覚することは出来ない
>ということを意味していないでしょうか。

幸せは健康と同じです。
普通のことがいかに大事だったか
失って初めてわかるのです。
そのときあなたは幸せを自覚できます。
しかし、もうそこにはありません。

++++++++++++

この回答へのお礼

>失って初めてわかるのです

つまり、過去形としか語ることが出来ないもの
ということでよろしいでしょうか。

ご回答ありがとうございます。



No.3 回答者

個人的な価値観になりますが参考までに。

まずはじめに、幸せの定義ですが、
人それぞれだと思います。

例えば、好きな人と付き合うこと。
これは自覚できますよね?

好きな食べ物を食べること。
これも自覚できるんじゃないでしょうか。

つまり、喜びと同意義であれば
自覚することは簡単だと思います。
多少刹那的ではありますが。

ただ、日々の生活、
当たり前な日常の中にある幸せは
「自覚しよう」と心掛けることなしには
自覚することは難しいのではないかと思います。

自覚しようと心掛けること、
当然のことにしないで感謝を忘れないこと、

祖父母に言わせると
当たり前の価値観だそうですが、
宗教に関心の薄い私には難しいことです。

日本はとても幸せな国なのだと聞かされます。
実感はありませんが、日常的に感謝することに
慣れれば幸せを自覚することに
繋がるのではないかと、私は考えています。

+++++++++++

この回答へのお礼

>幸せの定義ですが、人それぞれだと思います

幸せの定義が人それぞれなのは
どうしてだと思いますか。

私はそれ(幸せ)を
定義できないからだと思うのですが。

日々の感謝の話は耳が痛いです。
普通に生きることは
奇跡的なことなのかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。



No.4 回答者

私には、具体的な説明ができませんが、
脳の状態で、説明できるのではないでしょうか。

たとえば、ドーパミンが出てる状態、とか。
なにか私の知らない、幸せホルモンが
あるのではないでしょうか。

一見、不幸そうな状態の好きな人もいて、
それはそれで、その人にとっては快楽の状態
という不思議な幸せもアリだと思います。

失恋で泣いているのに、本人は、
それが快感だったりするような脳の状態。

無意識に、その人が選んでしまうもの。

その欲求通りの状態って、
人から見て不幸そうであろうと、
幸せなのではないかと思います。

たとえば、汚い部屋。
どうしようもない結婚相手。
お金のない生活。

けれでも、もし、
本人が自由に選んだ結果であるなら、
脳内的には幸せかもしれません。

++++++++++

この回答へのお礼

快楽は幸せなのでしょうか。
幸せホルモン、そのうちコンビニで
売るかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。



No.5 回答者

幸せというのは、少なくとも
不幸であると自覚する事柄がないこと
じゃないでしょうか。

安全とは、危険がないこと。
平和は争いがないこと。

そういう意味では自覚できます。

ラッキー、
金持ち、
高い地位、
酒池肉林などが常に無いと

不幸なら、ほとんどの人が
ご不幸な境遇ということでしょうね。

++++++++


この回答へのお礼

>安全とは、危険がないこと。
>平和は、争いがないこと

言い換えると、
不幸は実在するが、幸福は実在しない
といえるのでしょうか。

不幸あっての幸福ですかね。

ご回答ありがとうございました



No.6 回答者

>幸せとは何かと聞かれても
>大抵の人は、即答できないんじゃないでしょうか。

個人的には、納得できることと捉えています。

誰しも、幸の部分と不幸の部分の織り成す縞模様で
人生は彩られていると思いますが、

全体的に俯瞰してみれば、
わずかながらも幸模様と言えないことはないだろうと
感覚できること。

似たような人生を歩んでいても
幸せと感じる人もいれば、
不幸と感じる人もいるでしょう。

幸せは、それを感じる対象にではなく、
感じる側の心象にあると考えることが
できるように思います。

++++++++++++++

この回答へのお礼

>幸せは、それを感じる対象にではなく、
>感じる側の心象にあると考えることが
>できるように思います

確かにそのようですね。
幸せが、お金では買えない理由は
ここにあるようです。

しかし、幸福には記憶、思い出、経験が
必要なのはなぜでしょう。

幸の部分と不幸の部分の織り成す
縞模様をつくるには時間と経験がひつようです。

なぜ、今の幸福が感じられないのでしょう。
なぜ、幸福を語るときに過去形になるのでしょうか。

ご回答ありがとうございました。



No.7 回答者

>幸福には記憶、思い出、経験が
>必要なのはなぜでしょう。

確かにそれらを必要とする幸福もあるでしょう。
しかし、「幸福と感じる(自覚する)瞬間」
というものもあると思われます。

もっとも、たとえば、
失われた(過ぎ去った)何気ない日々が、
振り返ってみれば幸福な日々だった
というような場合もあるでしょう。

さらには、あれほど辛いと当時感じていたことが
今思えば幸福な時期だったのだと
気づくこともあるでしょう。

その真逆もあることと思います。

どの時点での幸福が本物だったのか
ということは幸福の定義によって違ってくるでしょうが、
一概にどちらということは難しいような気もします。

いずれにしても、
自覚できるものとできないものがある
ということになるのかもしれません。

>なぜ、今の幸福が感じられないのでしょう。

私たち誰もが陥りやすい陥穽ではありますが、
求めるものが多いからではないでしょうか。
 
++++++++++++

この回答へのお礼

>「幸福と感じる(自覚する)瞬間」という
>ものもあると思われます

最近これを感じることがないため
ピンとこないのです。

実体験があったら
教えてもらえないでしょうか。

それにしてもこれは
幸福の中でも少数派ではないかと思います。

>求めるものが多いからではないでしょうか

目の前にある幸福を見ようとしない
という感じでしょうか。

だとしたら、幸福は私たちが思っているより
ずっと小さいかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。



No.8 回答者

>それにしてもこれは
>幸福の中でも少数派ではないかと思います

そうかもしれませんね。
「>実体験」としては、単純な私の感覚では
参考にはならないでしょうが、

・素直な人間の感情に触れることができた時
・新しい視点に気づけた時
・たとえば恋をした時
・外が猛吹雪の日に暖かい部屋で
 湯豆腐をつつきながら熱燗で一杯やっている時。

などでしょうか。
幸せなんだなと自覚できます。

その瞬間の力は持続するでしょう、ある程度
もしくは永遠に・・・。

記憶として持続するわけですが、これらの例は、
だからといって、その時点で

自覚できていなかったわけではない幸せ
ということになりそうです。

指折り数えてみれば、
幸せでないことの方が多いとしても、

幸せ色の糸がほんの数本あることで
全体が幸せ色になることもあるでしょう。

その瞬間から記憶となるものですが、
その時点では紛れもなく「心象」であったものです。

>(求めるものが多いというのは)目の前にある幸福を
>見ようとしない、という感じでしょうか。

というか、どうしても
求めることに貪欲になってしまうので・・・、
という感じでしょうか。

幸福を得た瞬間、次の幸福を探している。
だから、幸福であったものはすぐに幸福でなくなる。

厳密に言うと、「幸福を自覚しない」のではなく、
「幸福を(瞬時に)忘れてしまう」ということ
なのかなあという気もしてきます。

「慣れ」という要素も
関係してくるのかもしれませんね。
 
+++++++++++

この回答へのお礼

ん~わかります。思い出しました。
例えるなら感動に近いものですね。

>幸福を得た瞬間、次の幸福を探している
>「慣れ」という要素

足るを知るということが
大事なのかもしれません。

幸せというのはラッキー、感動的な出会い、
満足感、などの総称でもあり、

一つ一つは、些細でそのときは気づきにくい
ものであっても、時間が経つとそれが大きな
幸福感に育っていく、そんな感じでしょうか。

雨のひと雫と川の流れの様なものかなと思います。

ご回答ありがとうございました。





今回ご紹介する著書は、ポジティブ心理学の
研究のもとに編み出された、単純明快かつ
パワフルな『バケツとひしゃくの理論』について
解説してある本です。

-------------------------------------------------------
 心のなかの幸福のバケツ 
著者:トム・ラス  ドナルド・O・クリフトン
-------------------------------------------------------
▲ http://ameblo.jp/flinder25

ドナルド・O・クリフトン氏のベストセラー
「さあ、才能に目覚めよう」の著者として
ご存知の方も多いかと思います。

クリフトン氏は、全米心理学会から、
その研究の功績を認められ

「ポジティブ心理学の祖父」
「強みの心理学の父」という称号まで
贈られた人物です。

著書「心のなかの幸福のバケツ」は、
進行性の末期癌に侵されたクリフトン氏が、
残された最後の数ヶ月を費やし、
彼の孫にあたるトム・ラス氏と共に
書き上げた本です。

「バケツとひしゃくの理論」は要約すると、
人は誰しも心にバケツを持っていて、

このバケツが水で満たされていれば幸せであり、
そうでない時は不幸せだというものです。

そして、人はひしゃくも持っており、
それを使って相手のバケツに水を注げば、
自分のバケツも水がたまり、

相手のバケツから水をくみ出せば、
自分のバケツの水も減ることも指摘しています。

ここで言う、相手のバケツに水を注ぐ行為とは、
相手を褒めたり感謝したりして、
相手の気持ちを明るく前向きにする行為です。

逆に、水を汲み取る行為とは、
相手を非難中傷したりして、
相手の気持ちを暗く沈んだものにする行為です。

つまり、人に幸せを与える人は
自分もより幸せになり、

人に不幸せを与える人は
自分もより不幸せになるということです。

この理論は、一見すごくシンプルで
当たり前のことに聞こえますよね。

けれども、日々の自己を振り返り、
実際にどれだけ自分のひしゃくを使って
相手に水を注げているかと考えると、
この理論の持つ意味合いの深さが分かると思います。

相手に対して、何か言葉が口をついて出る前に
「この言葉は相手のバケツに水を注ぐのか、
それとも、くみ出すことになるのか?」と
考えてみてください。

そして、後者に当たる言動を控えてみる。

それだけで、人間関係の質、しいては
人生の質が変わっていくことは
間違いありません。

私たちが1日に体験する「瞬間」の数は
2万個だといわれます。

そして、2~3秒という短い「瞬間」の出来事が、
私たちの人生に非常に大きなインパクトを
持つことがあります。

例えば、親子関係で行き詰まりを感じている時に、
奥さんが何気にかけてくれた

「あなたの気持は、子供たちも
いつか分かってくれるわよ」という
たったその一言、その一瞬のおかげで、

残りの1日ずーっと励まされたという
経験はないでしょうか?

ほんの一言、ほんの一瞬の出来事が
周りの人を、そして自分をも
幸せな気持ちで満たしてくれる。

私たちは、自分が思う以上に
『パワフルな存在』だということを肝に銘じて、

相手のバケツにいつも
水を注ぐことの出来る人間でありたいものですね。

「こんな私に何が出来るんだろう?」と
自分を卑下してしまうという方に、
ぜひ読んでいただきたい1冊です。


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