2018
02.06

気にしすぎないで生きるための処方箋



感情のままに生きている人がいます。

気分が悪いと周りにあたり散らし、気分が良いと笑えない冗談や皮肉を連発する。

そんな人といると、本当に疲れてしまいます。

でも、嫌がっているばかりでは、問題は解決しません。

では、このような対人関係の問題をどうすれば良いのでしょうか?



「柳に風」みたいに、どうすれば上手く受け流すことができるのでしょうか?

そのヒントは、「無神経」「鈍感」「自己チュー」と揶揄される人たちの生き方の中にありそうです。

上述のように、人を疲れさせる人がいる一方で、誰といても飄々(ひょうひょう)と気にもせず、マイペースで生きている人たちもいます。

人とのかかわりに翻弄されない彼らの特徴の中に、対人関係に過剰に気疲れしてしまう人に有効な方法があるのではないでしょうか?

本日のブログテーマは、「対人関係を気にせずに生きている人の特徴」についてです。

人とのかかわりの中で、似たような状況の中で悩まれている方の参考になれば幸いです。

下記に転載したサイトには、他にも読んで役立つ記事がたくさん掲載されていました。

下図のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、ぜひ、そちらへもアクセスしてみてくださいね。



皆様の周りには「物事を気にしない人」はいらっしゃいますか?

「物事を気にしない」というのはメリットと同時にデメリットもあります。

そんな「物事を気にしない人」になるにはどうすればいいかご紹介していきます。

ぜひ読んでみてください。


物事を気にしない人の心理・特徴とは?

物事を気にしない人は「マイペースである」

物事を気にしない人は、マイペースな人であることが多いです。

自分の都合やタイミングが行動の基準であり、周りに合わせるということを嫌います。

周りがどんな状況であろうと、自分のやるべきことを優先し、淡々と行動します。

しかしこれは、自己中心的であるとも言えます。

あまりに周囲を見ずに行動するため、反感を買ってしまうことも多いでしょう。

しかし、マイペースな人は、そうした周囲の反応も気にしないのです。

周囲に左右されずに動けるということは、常に自分の行動に自信をもっているということなのでしょう。

物事を気にしない人は「他人に興味を示さない」

気にしない性格の人は、あまり他人に興味をもっていません。

そのため、他人が何を言ってきても、それほど深刻なダメージを受けずに済みます。

自分が興味のないことは、すぐ忘れてしまいますよ。

それと同じことで、他人に興味がないと、その人が言ったこともすぐに忘れてしまうのです。

また、あまりに興味がなさすぎて、悪口や陰口に気づかないという場合もあります。

先述したように、周囲から反感を買っても気にしないのは、こうした理由からです。

周囲の人の反応に興味がないのです。

これは、人の話に共感したり、心情を汲むといったことも少ないということです。

そのため、物事を気にしない人は、冷たい性格であるという印象を与えることもあります。

※ブタロー

なるほどねぇ!

自分が大切に思っている人から、誤解を受けたり、失望されたりするのは確かにキツかけど、どうでもええ人から悪口やイヤミを言われても、「それはアンタがバカだから分かっとらんだけやろ?」「相変わらずウザか奴やねぇ、この嫌われモンが!」「はい。はい。」と軽く受け流すことも出来る訳ですよねぇ。


物事を気にしない人は「執着心がない」

物事を気にしないということは、物事に執着しないことでもあります。

例えば、とても欲しいものがあって、それを手に入れることができなかったとします。

普通は悔しくてたまらないでしょう。ショックを長く引きずるかもしれません。

しかし気にしない人は、手に入らなかった時は、きっぱりと忘れるのです。

どうにもならないことには、いつまでもこだわりません。

これは人間関係も同じで、気が合う友人と離れることになったとしても、実はそれほど気にしていません。

他人にも執着しないのです。

これは、物事をありのままに受け入れ、それに合わせて柔軟に切り替えられるということなのです。

※ブタロー

自分なりに頑張ったのに、望みが叶わなかったときのガッカリ感、特に自分の落ち度で失敗したとき。

「はぁー、やらかしたばい!」と自分をいくら責めても事態は改善できませんね。

そんな時は確かに、これからどうするかに意識を切り替えるのが一番かも。


物事を気にしない人は「自分に自信がある」

気にしない人は、他人に興味がないだけでなく、自分に自信をもっています。

常に自分の行動に自信をもてるのは、自分自身を信じる強い心があるからです。

だからこそ、他人の悪口や陰口も気になりません。


また、気にしない人は、その自信ゆえに常に余裕があります。

そのため、悪口や陰口を、ひとつの意見として冷静に受け止める広い心をもっています。

たとえ悪意をもって投げかけられたものでも、それを貴重な意見と捉えることができるのです。

つまり、物事を気にしない人にとっては、悪口や陰口などは存在しないとも言えるでしょう。

このように、気にしないということは、自分を信じて前向きに生きるということでもあるのです。

物事を気にしない人は「失敗も気にならない」

物事を気にしない人は、失敗も気にすることはありません。

例え失敗しても、それを次につなげる糧として捉えているのです。


これは、悪口を意見として受け入れることとも共通しています。

マイナスの要素をプラスに変えるポジティブな思考をもっています。


このため、失敗しても、自分のことを愚かだとか、情けないと思ったりはしません。

自分を哀れむということがないのです。

また、失敗を他人のせいにするようなこともありません。


失敗は、あくまで成功するための通過点として考え、決して不必要な悲観はしないのです。

失敗に対するこうした考え方から、物事を気にしない人は、「失敗は成功の基」という言葉を正しく理解している人と言えるでしょう。

※ブタロー

失敗した時って、そこになんらかの原因があったからですよね。

うまくやる方法をよく分かっていなかったからだとか、面倒臭くてテキトーにやっちゃったからだとか…。

だから、漠然と失敗した自分全部を責めるのではなく、「なんで上手く出来んかったとやろ?」と、その原因を分析することに意識を向ければ、次回はうまくクリアできる教訓や攻略法が見出せるかもです。

その原因が失敗を招いただけな訳で、決して自分が無能だったからではないことを忘れるべからず!ざんす。

物事を気にしない人は「どうにもならないことは考えない」

物事を気にしない人ほど、自分の手に負えないようなことは深く考えません。

例えば、天候は自分ではどうやっても変えることはできないものです。

気にしない人というのは、大雨で楽しみにしていた予定が台無しになったとしても、それをいつまでも悔やんでいることはありません。

それならそれで、室内での過ごし方を充実させることを考えます。

また、交通渋滞なども、同様に個人の力ではどうすることもできません。

そうした場合にも、気にしない人はイライラせず、その状況をありのまま受け止めているものです。

このように、気に病んでも決して変わらないことは、早々に諦めるのが気にしない人の特徴です。


無駄なことにはエネルギーを使わず、素早く切り替えができる人なのです。

※ブタロー

不可抗力。自分では手に負えないことに出くわしたとき。

私は自分にこう言い聞かせるようにしています。

「ラッキー!この程度で済んで良かったばい!」

物事を気にしない人は「ひとりの時間が苦にならない」

気にしない性格の人は、ひとりきりの時間がまったく苦にならない人が多いものです。

誰かと一緒にいないと気が済まないという人もいますが、物事を気にしない人は、ひとりの時間を嫌うどころか、むしろ大切にしています。

気にしない人というのは、他人に依存しすぎることがなく、あくまでも適度な距離感を保っています。

そうすると、他人のために割く時間は少なくなり、必然的に自分の自由な時間が増えていきます。

このため、自分の時間を有意義に使うことを心得ているわけです。


気にしない性格の人ほど、他人といる時の沈黙が気にならないという人が多いのはこのためです。

ひとりの時間に慣れているのです。

※ブタロー

結局、その日その日の出来事って、自分の世界の中で起こっている訳でしょ?

今年62歳の私としては、あと20数年の限られた人生の一日一日な訳だから、一人きりでヒマならヒマなりに、自分が楽しめることを考えてやるようにしています。

同じように、病気で入院したらしたで、「今楽しめることは何だろうか?」と考えられる自分でいたいです。

あの可愛い看護師さん、また来ないかなぁ…とか(笑)

物事を気にしない人は「結果を急がない」

マイペースであることとも共通しますが、物事が気にならない人は、何かの結果を急ぐということがありません。

どんなことにも大きく構えて、自然体で結果を待つのです。

これは、自分に自信をもっていることもありますが、もし失敗しても、他の人よりはダメージが少ないことも大きいでしょう。

気にしない性格の人は、物事に執着しないため、切り替えが早いことが特徴です。

何かに失敗しても、必ずそれを糧にして、別の方法を考えます。


結果を待っている時点で、すでに次の一手を考えている場合もあるかもしれません。

結果を急ぐ人は、あまりに急ぎすぎて、安易な近道や楽な方法に流れてしまうこともあります。


しかし、結果を過度に気にすることがなければ、そのようなこともありません。

常に自然体であることが、気にしないことのコツなのです。

※ブタロー

なかなか思うような結果が出ない時は、私は自分にこう言い聞かせます。

「俺って特別な才能なんてない普通のおっさんやから、最短コースでは進めないのも当然かもね」

「今回の成果は55点だったな。次は60点を目指そう!そんうち目標に到達するスキルが身につくさ!」


実は、失敗から学べることも多く、そこから生涯使える財産を得られたりもします。

物事を気にしない人は「他人を羨まない」

物事を気にしないということは、他人を羨んだりすることもなくなります。

そもそも他人に興味がなく、自分を信じる強い心をもっているのですから、羨む必要がないのです。

嫉妬したり妬んだりすることも少ないでしょう。

このような理由から、他人の成功は手放しで祝福することがでるのも、気にしない人の利点です。

他人に興味がない一方で、祝福することを妨げるようなしがらみもないため、祝うべき時には何も迷うことがないのです。

※ブタロー

負け惜しみと取られても構わんから書くばい。

たとえば、人生トントン拍子でお金に不自由していない奴っているでしょう?

こちとらは、財布の中に小遣いがあと3,000円しかないと言うのに。

でも、どちらが1,000円を有効に使えるかって競争したら、俺の方が断然うまい自信があるもんね。

言いたいことは、他人が持っているお金や身なりや財産をとやかく気にするヒマがあったら、自分が今手にしているモンを上手に活用して楽しむことに知恵を使った方が良かばい!ってこと。


物事を気にしない人は「過去を振り返らない」

物事を気にしない人は、当然、過去も気にしません。

過去のことを悔やんでストレスを溜め込むというのはよくあることですが、気にしない人は、そもそも過去を振り返ることが少ないです。

これは、過去を振り返ったところで、変えることはできないという考えをしっかり持っているからです。

また、切り替えが早く、すぐ忘れられることも要因でしょう。

さらに、失敗を反省して次へのステップにしているため、いつまでも考える必要がないという理由もあります。

常に前を見据えていることで、余計なことを気にしない過ごし方ができるというわけです。

物事を気にしない人は「チャレンジ精神がある」

気にしない性格の人は、失敗を恐れないため、チャレンジ精神に溢れた人が多いです。

これは、自分に強い自信をもっていること、失敗しても必ず次へつなげられることが大きく影響しています。

そのため、多くの人が感じる不安を払拭することができ、大胆な行動をとることが可能となります。


また、何か大きなチャレンジするときには、周りからはその危険性や無謀さを注意されたり、ときには貶されたりすることもあります。

しかし、気にしない性格であるが故に、そうした障害も乗り越えて行けるのです。

気にしていないのですから、そもそも障害とは思っていないのかもしれません。

※ブタロー

これはどうかなぁ…。

ビビリ屋の私としては、これは絵に描いたモチっぽいかもなぁ…。


物事を気にしない人は「健康的な人が多い」

他人の目を気にしないということは、ストレスフリーな生活ができるということでもあります。

そのため、物事を気にしない人には、精神的に健康な人が多いです。


ストレスというのは、健康を考えるなら決して軽視できない要素です。

ストレスが溜まり過ぎると、うつ病などの深刻な病気なる可能性が高くなります。

それが悪化していけば、最終的には命に関わることになります。

物事を気にしない人は、他人の目や言動を気にしないだけでなく、過去を振り返ったり、失敗を悔やんだりすることも少なく、生活の中でストレスを感じる場面があまりないのです。

そのため、いつも溌剌として健康的なイメージがあります。

周囲を気にせず、自信をもって暮らすことは、健康の維持にも有効な生活スタイルと言えるのです。

※ブタロー

まさに、本ブログ記事は、このことがテーマだっちゅうの!

特に対人関係がらみのストレスは、原因そのものよりも、それを過剰に気に病んでしまう自分の感受性の強さに問題があるのではなかとねと言いたい訳ざんす。

おなじ出来事や現象に遭遇しても、受けるストレスの度合いは人さまざまであるならば、過度にダメージを受けやすい人は、ストレスの受け方、受け流し方を工夫して、それを磨くほどに気が楽になるのではなかとねぇ?と長崎弁で言いたかとですたい!


物事を気にしないで過ごすために意識すること

時間が解決してくれることを意識する

人から悪口を言われた時は、とても傷つきますし、腹も立ちます。

しかし、そうした感情は、時間の経過とともに徐々に薄まるはずです。

そのことを常に意識しておきましょう。それだけでも、気にしないということには効果があります。

嫌な気分をずっと引きずったままでは、他のことに手がつかなくなってしまうでしょう。

そうではなく、嫌な気持ちもそのうち忘れることを意識し、本当にやるべきことや大切なことの方に集中するのです。

気にしないためには、嫌なことを頭の中で何度も追体験するのは、極力避けなければなりません。


少しでも他のことを考える余裕ができれば、嫌なことを思い出す回数も減らすことができます。

※ブタロー

自分が人に悪口を言ったときのことを思い出してみよう!

イラっとして言った後は、ケロっと忘れていたりしたはず。

人に悪口を言う人は、その言葉で相手がどんな思いをするかという想像力が欠如している欠陥品だから、割と悪意なく不快さを口に出しているだけのことです。

近所の犬から吼えられて、いつまでも気に病む人がいないように、欠陥人間が発した言葉は、気に病むだけ損と知りましょう。

どうせ相手は、なんも考えずに感情に振り回されてモノを言っているだけだから。

あなたが悔しくて眠れないその夜に、言った相手はグウグウ寝ているのだから。

自分に非がなければという条件つきだけど、人の気持ちへの配慮ができない欠陥人間からの悪口は、犬に吼えられた程度に聞き流すに限ります。

大事なことは、自分がそうならないようにすること。

人様にモノを言うときは、一拍間を置いて、できるだけ柔らかい言い回しを心がけること。

その方が、人としてステキばい。

周りにやたらと毒を吐く相手とは、出来るだけ距離をおきつつ、こう思えばよかですよ。

「よか歳こいて、ああはなりたくないもんばい。ああなったら、人間おしまいばい!」と。


悪口を深刻に受け止めない

悪口を気にしない人は、悪口を冷静に意見として受け止める余裕をもっています。

また、悪口であることに気がつかない場合もあります。

いずれにしても、悪口をダイレクトに受け止めることはありません。

気にしない人のように意見として考えるのは難しくとも、そのまま受け止めないように意識することはできるでしょう。

悪口を受け止めて、反論したり、間違いを正そうとすることもおすすめしません。

正面からぶつからず、なるべく逸らしたり、いなしたりするイメージで対応しましょう。


日常的に悪口を言うような人からは、自然と人が離れていくものです。

悪い行いは、必ずその人へ帰っていくということを頭の片隅に置いておきましょう。

それなら、あまり真剣に考えることもなくなるでしょう。

※ブタロー

尊敬する「斉藤一人」さんが動画で言ってたことがある。

言葉には波動があるから、マイナス言葉をいつも発していると、その言葉をまた言いたくなる出来事を引き寄せてしまうって。

「あんたって最低!」って言うマイナス言葉を発したら、「あんたって最低!」って言いたく人や出来事をまた引き寄せるってことらしいです。

これって怖いことですよねぇ。

イラっとしても、相手が不快になる言葉なんかを浴びせないように注意しませう!

自分のためにもね。


相手の心理を想像してみる

悪口や陰口を言う人は、劣等感などから他人を攻撃している場合があります。

他人を執拗に傷つけることで、自分の惨めさを抑えようとしています。

悪口を気にしないようにするには、そのような、相手の心の弱さに目を向けてみるのも、ひとつの方法です。

悪口を言ってくる相手が、そうすることでしか心のバランスを保てない人間だと思えば、その人が憐れに思えてくるでしょう。

そのように考えることができれば、悪口や陰口のダメージを減らすことができるはずです。

※ブタロー

これは真実かもね。劣等感から相手に噛みついた覚えが、俺にもあるもん。

なんで私にばかり嫌な事ばかりいうの?って場合は、そいつがあなたの何かに嫉妬している場合も少なくなか!

もちろん、そうかと言ってじっと耐えるべし!なんて言っている訳じゃなかとよ。

「人がガマンしているのを良いことに、こいつ、どえりゃあ調子こいてるばい!」とガマンの緒が切れたときは、がツンと凹むようなきつい一言を食らわせて、悪口を言われる立場を思い知らせてやれば良か!

ガマンしてでも地獄なら、言いたい時には思いきり、結果構わず、ぶちかましてやれば良か!

どうせ、自分の発言や行動には、天から結果責任を取らされるのだから。


すべての人から好かれることはないと理解する

人間にはいろいろな人がいます。考え方も実にさまざまです。

そのことを思えば、すべての人から同じ評価を得ることなど不可能なことが分かります。


自分のことを好意的に見てくれる人もいれば、悪く思う人もいて当然なのです。

他人からの攻撃を気にしないようにするには、そのことをしっかり理解しておきましょう。


たとえ悪口を言われても、それはあくまで相手の主観に基づく発言です。

正しいことの定義は、人それぞれなのです。必要以上に気にすることはありません。

それよりも、自分が評価されたことの方を考えましょう。

人は非難されたことの方を強く覚えていたりするものですが、そうではなく、プラスの面を意識することで、気にしない過ごし方ができるようになります。

※ブタロー

これは大事なことを書いとるばい。もう一回、読み返して欲しかです。

「八方美人」的な立ち振る舞いをする人っているでしょう?

誰からも嫌われたくなくて好かれたくて、どんな相手にも自分を合わせようとするんだけど、底の浅さを見透かされて、誰からも信頼されていないという可愛そうな人を。

そんな人は、他人からの評価が気になって仕方ないのです。

でも、「人の考え方・受け止め方は十人十色だから、誰からでも同じように良い評価を得られるのは不可能」と本文にもあるように、誰からも好かれようと自分を捨ててまで頑張っても、それはムリなのです。

対人関係に過剰に気疲れしてしまう人は、八方美人ほどではなくとも、「人から悪く思われたくない」と言う思いが強すぎるのかも知れません。

だから、悪口を言ったり、自分にキツく当たる人の視線まで気になってしまうかも知れません。

「少しはそういう面もあるかも…」と思い当たる方は、「自分なりに配慮して、それでも私を嫌いな人がいるのは仕方ない」と開き直ってみることも必要かもしれませんね。

最近の私は、かなり開き直りすぎだけど(笑)


物事を気にしすぎないようにしましょう!

物事を気にせず行動するということは、メリットも多い反面、反感を買うことも多いものです。

しかし、至るところにストレスが溢れ返っている現代では、あまり気にし過ぎるのも危険なことです。

時には、周りを顧みずに行動することも必要になってくるでしょう。

そんなときは、物事を気にせず過ごす方法を思い出してみてください。

それを参考にして、苦しい状況に突破口を見出すことができたなら、その先には、きっと有意義な生活が待っていることでしょう。



スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2017
11.15

この程度で済んで良かったなぁ!



「ノドが乾くから、飲んだ水が美味しく感じる」ように、不快の「不」が解消された特に「快感」を覚えます。

逆を言えば、「幸せ」を感じるためには、まず解消されるべき「不幸」が必要ともいえます。

逆を言えば、「ラッキー」を感じるためには、まず「アンラッキー」が必要ともいえます。

見方を変えれば、幸せも不幸も、ラッキーもアンラッキーも、自分に起こった単なる現象に、自分が勝手に良し悪しの判定をしているだけかも知れません。

とすれば、自分にこれから起こること自体は回避できない訳ですから、その判定や解釈の仕方を自分に都合良く見直すことで、日々の暮らしはより良く変えられるのではないかと思います。

*********

相手が奥さんや子供でも、あるいは仕事上の関係者でも、相手から文句を言われることは決して気持ちの良いものではありません。

けれども、「その言い方が頭に来た!」なんて感情的なことを脇において反省をしてみれば、「たしかに自分の方が配慮不足だったなぁ。これからはもっと注意しよう!」という前向きな教訓が得られます。

***********

私は最近、つくづくいろんな方々のお世話になったり、支えてもらったりしながら生きているんだなぁと思うことがあります。

それは勿論、妻や子供たち、さらには職場や周りの方々もそうなのですが、特に天からお守り頂いているなぁと感じるのです。

「幸せ」というのは、物理的に豊かな暮らしが出来ることやお金に不自由しないと言うことではなくて、「幸せ感」のことだと思います。

「ああ、嬉しいなぁ」
「ああ、美味しいなぁ」
「ああ、気持ちいいなぁ」
「ああ、楽しいなぁ」
「ああ、恵まれているなぁ」

そうした感覚に浸れるためには、お金は要りません。

「気づく」だけで良い訳です。

一見、アンラッキーと思える状況の中にあっても、ものの捉え方次第でそれをラッキーなことに変えることができます。

それを一言で言うと、「ああ、この程度で済んで良かったなぁ!」という感謝の気づきです。

つまづいて転んで骨折する人もいるのに、すりむいただけで済んだら、それは「ああ、この程度で済んで良かったなぁ!」という捉え方もあります。

仕事に遅刻して、上司からこっぴどく叱られても、減俸やクビにならなかったのだから、「ああ、この程度で済んで良かったなぁ!」という捉え方をできます。

起こってしまった現象はどうすることもできません。

そんな時に「なんて自分は不幸なのだろうか!」と嘆くよりも、「ああ、この程度で済んで良かったなぁ!」と捉え直した方が前に進める気がします。

お金持ちではなくても、健康ではなくても、誰でもいつでも気づき方次第で「幸せ感」に浸ることはできるのです。

不快な出来事は、そんな気づき方を磨く修行であると考えれば、「こんなこと、へっちゃらだい!」と言う気分も湧いてきます。

「ああ、この程度で済んで良かったなぁ!有難いなぁ!」

あなたにこうした捉え方を提案するのには、次のような信念があります。

わが子である「私」や「あなた」に対して、親である神様が意地悪をするハズがない。

もっと成長できるように、幸せのしつけ(修行)をしてくれているんだと。

ひさしぶりに更新する本日の転載記事は、現在の状況を「しんどいなぁ」と感じている方に読んで頂きたい内容です。

タイトル画像に転載する本サイトのURLを貼っておりますので、どうぞそちらの方もクリックしてご覧下さいませ。

あなたの気分をもっと明るくしてくれる記事に出会えること請け合いです♪



不幸の先払い

ちょっとでも何か思わしくないことが起こるたびに、「不吉だわ」とか「運勢のバイオリズムが不運モードに入ったのでは?」と考えると、いらない不安を抱えることになったり、ますますツキから離れる遠回りになったりします。

たとえば、道で転んでヒザを擦りむいたときに、「何か悪いことが起こる前触れ?」と考える人がいます。

「神様が怒っているのだろうか?」と考える人もいるようです。

私は逆にそういうとき「ああ、良かった!」と思います。

それはなぜかというと、あそこで転ばなかったら、その先の道で交通事故にあっていたかもしれないと思うからです。

転んで、「イテテテ」とヒザのケガ具合を確認していると、そこで数分かの時間が経ちます。その時間のズレのおかげで、交通事故にあわずに済んだかも知れないのです。

神仏が大きな「魔(突然襲ってくる大きな不幸の落とし穴)」から救ってくれたのだと思いますし、実際にそうであることが多いのです。

それとは別に、ここで不幸が一つあったから、しばらくは平穏無事に過ごせるなぁ~とも思います。

先日、自宅で小さな火傷をしました。

「こんな火傷やけど、一日で治るわ!この程度ですんで良かったぁ!」と思いました。

そして、この小さな火傷をしたことで、しばらくの間、不幸はないだろうと言う安心感に包まれました。

また、私はよくコピー用紙で指を切ったりもするのですが、そういう場合も、「もしも交通事故なんかでお腹が切れたらエラいことやん。こんなイテテ程度で済んで、ありがたい・ありがたい」と思います。

私は、願いを叶えてくれる南米のエケコ人形を持っているのですが、以前これを家族が不注意で玄関の靴箱から落とし、首が折れたことがあります。

その数日後には、自分の不注意で掃除機を扇風機に引っ掛けて倒してしまい、扇風機の首(?)をポッキリ折ってしまいました。

買い換えなければならないので予定外の出費です。

普通はここで「不幸すぎる!」と思う場面ですが、でもこの時も、「ああ、これでしばらく不運は来ないな!」と思いました。

これは言い換えるならば、不幸の先払いをしたということになります。

こういうことが起きるたびに、私は「大きな不幸や事故を、小さな不幸で終わらせてもらえて有難い!」と思います。

しかし、大きな部類の不幸がバンバン重なり、もう、自分は不幸・不運なのだと認めざるを得ないくらいマイナスの出来事オンパレードとなれば、それは、日常的に細かい不幸の先払いをしているのではなくて、人生において、まとめて不幸の先払いをしている可能性があります。

解りやすく言うと、人生の前半は苦難続き。

自分の人生にはこの先、何ひとつ希望が持てない…という状況だったとしても、それはやはり不幸の先払いをしているだけで、後半になると、それまでのことがウソのように、明るく幸せな日々が待っているというケースなのです。



世の中には、

執着しなくてはいけないものと

しなくていいものがあります。



例えば、カップルが別れ話をしたときに

最後、お互い言い合って別れてしまいますが、

この時に、あまり相手に執着しないほうがいいです。



なぜかというと、

こっちが正しい、あっちが正しいと言った所で、

私からすると、仲が悪くなったのであれば

別れればいいだけの話だからです。



では、ここで執着しなきゃいけないことが

あるとしたら何かというと、

相手が幸せになること、相手を幸せにしたいこと

に執着すればいいんです。



その人が、幸せになることに執着していて

それでも別れたとしても、

結果的に、別れれば相手は幸せになります。



相手が幸せになってほしいと想っていたら

相手にエネルギーが届くんですよね。



そして、仕事も一生懸命、

執着することは必要です。



もちろん、一生懸命仕事に執着するのはいいですが

執着してはいけないこともあります。



ここで考えたいのは、

仕事は、人様の役に立てば

儲かるようになっていますよね。



ところが、それが儲からないとしたら、

今までの古いやり方に執着をしているということです。



常に新しいやり方を出していかないと

時代についていけず、儲からないのです。



では、なぜ人は、どうでもいいことに執着するのか?

ということですが、

私の考えは、自分に執着しているからです。



この世の中は、面白いことに

自分に執着しすぎると

間違いが起きるようになってるんです。




一つ言えることは、

あなたは自分のことに執着しなくても

天に守られているということです。



なぜかというと、

あなたは意識していなくても、

努力していなくても呼吸してますよね。



お腹空いたら

ご飯食べてます。



暑いと服を脱ぎますし、

寒いと服を着ます。



あなたは、努力していなくても

ほっておいても、なるようになっているんです。



なので、それ以外のことは、

あなたが周りの人を愛することに執着することです。

あなたの愛を分けてあげることです。




あなたのできることをすればいいんです。

あなたの余ってる力や愛は、

人様のお役に立ちます。




こういう話をすると、

「お金にならないことはしたくない」

という人いますが

こういう考えをしてるから

お金を持ってないのです。



「私はもう歳だから」

「私は何も与えるものがない」

とか言うんじゃなくて、

周りに何かできることはあるかなと

意識すればいいんです。



人間は成長する生き物なので、

今がどうこう関係ないです。



少しは周りの人のことを考えてみると

普段見ている景色が変わりますよ。



自分ばかりベクトルを向けるのではなく、

周りにもベクトルを向けて

自分のできることをしていきましょうね。




***以下、動画音声の文字おこし(出だし部分のみ)****

天の声を聞くっていう話です。

決して難しい話でもなんでもないんですけど、人間には3通りの人間がいるんだよっていうことを分かってもらいたいんです。

1つはですね、自分だけのことを考えてる。

自分だけの事を考えてる。

要するに自分からしか物を見れない人って居ますよね?

で、そういう人って意外と好かれないんですけど。

もう1つ、相手の立場になってモノを考える人がいるの。

そうすると、こっちの都合はこうだけど相手はこうだよね?って。

仕事でもそう。自分の都合ばっかし言ってるんじゃなくて、お客さんの気持ちも考える人っているじゃない?

その他に、もう1つ。

天に神様がいるとして、ですよ。別に信じなくてもいいんですよ?

だけど、もし天に神様がいて、自分を成長させてくれようとしてるんだ

そうしたとき、起こったことすべてを有り難いと思えるような捉え方が必ず出来る。

だから、こんなことが起きちゃった。

その時、神様がこういう問題を起こしてくれたとしたら、自分はそれに対してなんて答えたらいいんだろう?って。

※続きは、動画の音声をお聞き下さい。





Comment:0  Trackback:0
2017
09.17

相手の気持ちを察する方法



相手の気持ちを察する視野が広がれば、許容範囲が広がる

本日のブログテーマは、「相手の気持ちを察する」です。

何故、自分のことで手一杯なのに、相手の気持ちまで察しなければならないのか?

そのメリットとはなにか?

それは、接する相手の気持ちや事情をもっと察することができれば、許せる=受け流せることが増えるからです。

その結果、自分が気分を害したり、落ち込んだり、失望したりすることが減らせるからです。

私たちは、死ぬまで誰かとのかかわりが続きます。

夫婦、親子、兄弟、親戚、ご近所さん、職場…

そうした人間関係の中で喜怒哀楽が生まれます。

本日のブログテーマは、「相手の気持ちを察する」です。

相手が何故そういう発言や態度をとったのか、それをとっさに理解できる力を養う。つまり、許容範囲を広げるともっと楽に生きられるはずだと思うのです。

常に人と接していかなければいけない人生において、その中で少しでも良くありたい、豊かになりたいと思うのであれば、「相手の立場に立って考える」とは必須の条件なのかもしれません。

そして、その思いや行動力の大小によって、様々な結果に差が付いてくるのかもしれません。

相手が大事だと思っている部分を察知しそこを譲り、自分の大事なところはしっかり確保する…という付き合い方ができるようになれば、もっと心豊かに生きてゆけると思います。

本日のブログは、そうした観点から検索した記事を転載します。

タイトル画像に引用サイトのURLを貼っていますので、本サイトのほうもご覧下さい。

他にもあなたが抱える心の問題の解決に役立つ記事が見つかるかも知れません♪


▲イケジョ通信

自分中心の考え方しかできないと、人の気持ちがわからず、人間関係に支障をきたします。

しかし、自分のことだけでいっぱいいっぱいだったり、人の気持ちを読み取ることが苦手だったりすると、いつまでも「相手の立場にたった考え方」が身に付きません。

では、相手の立場に立って物事を考えられるようになるためにはどうしたら良いのか、具体的な対処法をご紹介します。

人の話を最後まで聞き、相手が何を言おうとしているのかを冷静に分析する習慣を付ける

相手の立場に立って物事を考えられない人には、「人の話を最後まで聞かない」という共通点があります。

人の話を最後まで聞かないうちに勝手に口を挟んだり、自分の思い込みで勝手な会食をしてしまう傾向があるので、「相手が何を伝えようとしているのか」がいつまで経ってもわかりません。

そのため結果的に、相手の立場に立って物事を考えられないのです。

これを改善するためにはまず、「人の話を最後まで聞く」という習慣を付けることが必要です。

人が話している時に、横から口を挟みたくなっても我慢しましょう。

人が話している時は「話を聞く」ということに集中し、頭の中に余計な考えが浮かんでも、「話を聞く」ということを優先しましょう。

これを意識して習慣付けることで、「相手が自分に何を伝えたいのか」がわかるようになり、相手の立場に立った考えができるようになっていきます。

様々な世界観に触れ、想像力を鍛える

相手の立場に立った考え方ができない原因の1つとして、「想像力の欠如」が挙げられます。

「こういうことをしたり言ったりしたら、相手はどう思うだろうか」という想像力が欠けているために、相手の立場に立とうとしても、じっさいにどうしたら良いのかがわからないのです。

これを改善するためには、意識的に想像力を鍛える必要があります。

1番良い方法は、良い本を読んだり、芸術作品に触れたりして、世の中に存在している様々な世界観に触れることです。

即効性のある方法ではありませんが、地道に行うことによって、確実に想像力が鍛えられる方法です。

様々な世界観に触れる習慣のある人は、安易に自己主張したりしません。

様々な角度から物事を見るという習慣が付いているので、相手の立場を考えて行動することが「当たり前の行為」として身に付いているのです。

自分の意見を言う前に、一歩立ち止まる習慣を付ける

話をしている時に、「自分の意見を言いたくて言いたくてたまらない」という人は、相手の立場を考えられなくなっている可能性があります。

「自分が・自分が」ということに一生懸命になり過ぎてしまっているため、周りを見渡す余裕がないのです。

それでも言いたくて言いたくてうずうずする、という人は、「自分の意見を言う前に、一歩立ち止まる」という習慣を付けることをオススメします。

何か思いついたら、その場で思いついたまま発言してしまうのではなく、2~3呼吸置き、発言するのを待ちます。

そうすると心が落ち着いてきて、「今これを言うべきだろうか、言わないべきだろうか」という冷静な考えが浮かぶようになってきます。

このようなプロセスで、「発言前に一歩立ち止まる習慣」を付けると、相手の立場をわきまえない失言は徐々に減ってきます。

人の反応を見ながら行動する

「どうやって相手の立場に立った考え方を身に付けたら良いのかわからない」という場合は、「常に人の反応を敏感にチェックする」という習慣を付けると良いでしょう。

できれば、人の「言葉」ではなく、「仕草」や「行動」に着目した方が良いでしょう。

人は、言葉では「オブラートに包んだ表現」でその場をやんわりまとめますが、その際の仕草や行動には、嘘のない反応がダイレクトに出るからです。

自分が何か発言したり行動したりした際、常に相手の反応を確認するようにしましょう。

そうすると、相手の正直な気持ちがダイレクトに伝わってきます。

それを読み取れるようになれば、適切な対応ができるようになります。

これが「相手の立場に立った行動や対応」です。

相手の立場に立った考えというものは、目の前の相手の反応を無視していては決して身に付きません。

様々な人生経験を積む

人生経験が少ないうちは、なかなか相手の立場に立って物事を考えることができません。

これは仕方のないことです。

相手と同じ経験をしたことがないため、「考えようとしてもわからない」「全く想像がつかない」という事情で、相手の立場に立てないのです。

そのため、相手の立場に立てる人間になるためにはやはり、人生経験をたくさん積むことが大切です。

新しいことに対しても勇気を持ってトライし、成功も失敗もたくさん経験してください。

ただ、人生経験が浅いからと言って、「まだ経験していないから、相手の立場などわからない」という開き直った態度で人に接しては、その傲慢さが敵を作ります。

「経験不足ゆえ、申し訳ありません」という謙虚な姿勢が大切です。

相手の立場に立つにはまず相手を理解しようと頑張ろう

相手の立場に立った考え方ができるようになるためには、まず「相手を理解しようと努めること」です。

自分が何か言いたいと感じても、その前に一歩立ち止まり、相手を理解しようと努めましょう。

それと同時に、様々な世界観に触れたり、人生経験を積んだりして、内面を磨くことも大切です。

相手の立場に立って物事を考えられる人は皆、「精神的に大人である」ということが共通点です。



Comment:0  Trackback:0
2017
09.15

再更新:「今」を大切に生きるコツ



気力や意欲が出ない時ってありますよね。
何故そういう現実を体験するのかというと

潜在意識に気力や意欲の
エネルギーの貯蓄が不足しているからなのです。

ですから、
その最善の解決方法は貯蓄すること。

ではどうすればいいかというと「与える」ことです。
宇宙は与えたことを必ず返してくれます。

それは自分や他人に
何かをしてあげることでもあります。
具体的には「ワクワクすること」をするのです。

嬉しい・楽しい・気持ちいい・
美味しい・心地よいことを
体験できると思うとワクワクしませんか。

ワクワクとは、言霊で「湧く湧く」です。
つまり、エネルギーが湧いてくるということ。

日常的にワクワクすることを
できるだけ体験しておくと

潜在意識に気力や意欲の
エネルギーが貯蓄されるのです。

お腹が空くと動けなくなるように
心にも栄養が必要なのです。

自分がワクワクするというのは、
(宇宙に)ワクワクを与えている
ということなんですね。

だから、そのワクワクがまた返ってくる。

やる気が出ない自分を
責めてしまったりしませんか?

それがお腹が減っているのと
同じことだったなんて、目からウロコでした♪

さて、今日はどんなことでワクワクしましょうか??
今週も毎日、ワクワクしてお過ごしくださいね!

本日のブログは、2015/12/16に更新した記事ですが
「今に意識を向ける」というテーマで
検索したサイト記事の中から
心に響いた記事を転載します。

仕事の関係でまたしばらく更新できないので
少し長い記事になりますが、ボチボチ読んでくださいませね(^∇^)ノ




▲ http://www.co-media.jp

自分が体験することは、
「おおよそ自分の内面のあり方次第だな」と
最近思うようになりました。

満足な一生を過ごすためには、もちろん
満足な日々を積み重ねていくのが良いと思います。

日々、自分を満足させるためには、
まず何が自分を満足させてくれるのかを
知ることでしょう。

それを教えてくれるのは
他でもない自分自身、自分の感情です。

自分の感情に意識を向ける

普段、意識して
自分の感情に向き合うことは、
僕の場合ほとんどありませんでした。

自分の感情は、普段わざわざ
意識する必要のないものなので、

漠然ともやもやしたものを
感じることはあっても、

それが一体なんなのか、
時間をとって感じてみることは
意外と少ないのではないのでしょうか。

あ、いま話し相手がいなくて
自分は寂しいんだな…


このモヤモヤは、「劣等感と嫉妬」だな…

誰かと自分を比べてるんだな…

言葉にしてみると、
一歩引いた視点から
自分を見ることができます。

無理に名前をつけて縛る必要はなくて、
ただ感じたままに表現するだけで
いいんだと思います。

愚痴を言ってスッキリするのも同じで、
言葉にして、共感してもらうプロセスは、

客観的に自分の感情を認知することで、
そこに心理的なスペースを生む効果が
あるのだと思っています。

ある統合失調症の互助グループでは、
各々の症状に自分自身で名前をつけることで、

それぞれの症状の理解を助け、
ストレスを軽減する取り組みを
しているそうです。

こうした言葉にして共感するプロセスは
相手がいなくても、
自分の内側でできることです。

いま感じているモヤモヤは、
焦りなのか、不安なのか、
それともその両方なのか。

たくさんの感情がごちゃ混ぜに
なっていることもよくあります。

今、何を必要と
しているのかを感じる

内観をして見ると、
不安と焦りを感じていた自分は、
やすらぎを必要としていました。

冒険を重視するあまり、
やすらぎのニーズに気づいていなかったのです。

ひとつずつ手にとって、
その感情の一片が何を求めているのか、

どうしたら満足するのかを考えてみると、
自分の価値観に沿って生きる手助けになります。

自分が本当に必要としているニーズを深めていくと、
そのニーズを満たす手段はいくらでもあることに
気がつきます。

複数の手段の中から
主体的に選択することで、

ニーズをもれなく満たし、
満足を感じることにつながります。

何を感じて、何を必要とするか、
そしてどう行動するか、
選択するのは自分自身です。

その選択によって、同じものからでも
得られる体験が違ってきます。

自分が体験する世界は、
自分の内面次第です。

毎日、何を感じているだろう。
毎日、どんなニーズがあるんだろう。
満足しているか、していないか。

たまに立ち止まって、
自分の内側に目を向けてみると、
外側も変わるかもしれません。


▲ http://gudousya810.blog.fc2.com

私の頭の中は相変わらず
未来の心配と過去の不快な記憶で満ちている。
 
気づくと常に苦悩している。
まさに自分で自分を苦しめているのだ。
 
まったくもってムダなことだ。
いい加減にしてほしい。
 
それではどうすれば
この不快な思考から逃れられるのだろうか。
 
これは自分の思考が、「今現在」のことに
フォーカスしていないことが原因なのだろう。
 
目の前のことのみに
意識を集中させよう!

 
未来のことは経験できないし、
過去のことはもう記憶の中でしかない。

つまり、自分が経験できるのは
「今現在」しかないのだ。
 
とにかく、未来と過去の思考が頭の中を流れたら、
こういう思考に切り替える。
 
「今すべきことは何か」
「今やりたいことは何か」
 
こう考えて、「今現在」のことに集中する。
「今、集中することなど何もない」と
思ったとしても必ずあるはずだ。
 
たとえば、目の前の景色や音だ。
景色や音が退屈すぎて
集中できないというなら
呼吸に集中すればよい。
 
呼吸を意識するということは、
自分の内側に深く入り、
意識の目覚めをうながすともいわれる。

また、呼吸を意識的にゆっくり、
深くすることによって精神の平穏を得られる。
 
私は、未来や過去の不快な思考に気づいたら、
とにかく呼吸を意識するようにしている。
 
しかし、常に不快な思考に
客観的に気づくというのは難しいことだ。

この不快な思考に気づかなければ、
無意識のうちに頭の中が思考で
埋め尽くされ続けることになる。
 
これでは毎日が不快だ。
人生そのものが不快なものになってしまう。
 
自分の思考に気づくためには
自分の内側を意識する習慣をつける必要がある。
 
この習慣をつけるにも呼吸が役立つ。
私は、あらゆる不快なことが起きると
呼吸を意識するようにしている。
 
例えば、

犬が吠える
子供が騒ぐ
赤ちゃんが泣く
職場の席の隣の人がうるさい

などが不快と感じたら
呼吸を意識するのだ。
 
日々の生活の中で
不快と感じることなどは山ほどある。

それを感じるたびに呼吸を意識し、
しかもゆっくりと深い呼吸を心掛ける。

そうすることで、
自分の思考にも気づくことができるので、
不快な思考をストップすることができるうえ、
深い呼吸によるリラックス効果もある。
 
今、目の前のことにフォーカスする
呼吸を意識する

これらは自分が苦悩せず生きる上で
非常に重要なことだ。
 
これをさらに極めていくしかあるまい。
これこそが幸福のカギだ。
 

▲ http://www.venus-create.jp

一瞬一瞬はすぐ通り過ぎてしまうため
ついつい過ぎ去った過去や
まだ来ない未来に意識を飛ばしてしまいます。

そこでまだ起こっていない
未来に不安を抱いたり、
過ぎてしまった過去の出来事や
そこでの誰かとのやりとりを悔やみます。

今に意識を向けられていないと
頭の中に沢山の思いや言葉が
溢れついつい考えすぎてしまいますね。

過去や未来は
自分でコントロールできません。
人もコントロールできません。

コントロールできないものに
意識を向けてしまうと
堂々巡りのループにハマってしまいます。

それが頭の中に
沢山の言葉や思いをつくり出します。

あなたがコントロールできるのは
自分だけ。そして今この瞬間だけなのです。

コントロールできないものに
意識を向けるのはもうやめましょう。

自分が望む結果があるとしたら
自分が叶えたいことがあるとしたら

「今」に意識をセットして
「今できることは?」と自分に問いかけましょう。

今に意識を集中させることが大切です。
すると100%のエネルギーで
今を動かすことができます。

過去に50%意識が飛び、
未来に20%意識が飛び

その残りの30%のエネルギーで、
「過去」と「未来」に
エネルギー漏れがある状態で
「今」というこの現実を動かすのと、

「今」に集中した100%のエネルギーで
この現実を動かすのでは
創りだせるものが全く違ってきます。

過去を悔やむことなく
未来を思いわずらうことなく
エネルギーを今に集中していきましょう。

すると天からのサポートも
受けやすくなります。

今できる精一杯をやって
そこをしっかり自分で評価してあげましょう。

それが「今に生きる」こと。
この「今」の連続が
わたしたちの人生そのものです。

今を楽しみ、今を喜んでほがらかに、
たとえマイナスの感情が生まれても、

それを肯定し自分の中に受け入れながら
あなたをまるごと受け止めて

今、できる努力を惜しまず
精一杯生きていきましょう。

それが「今を大切にすること」
「今を生きること」です。

この一瞬一瞬が
あなたの人生を織り上げていきます。

今日も素敵な素敵な
一日でありますように ♪


▲http://pleiadesm45subaru.blog.fc2.com

エネルギーを動かすためには、
意識を向けることが大切です。

しかし、何に意識を向けるかで
エネルギーが創造するものが変わります。

エネルギー自体に、
善悪を判断する基準はありません。

放出されたエネルギーがそのまま現実化していきます。

私達がこれからやらなければいけないことは、
このエネルギーの使い方をマスターすることです。

善なる思い、そして嬉しい思い、
楽しい思いを持ち、意識を向けることです。

楽しむということは、
そこに意識が向いている状態です。

もちろん逆もあります。
苦しい状態は、苦しいことに
意識が向いている状態を言います。

私たちは今この瞬間に
何を創造するかがとても大事なのです。

良いことも悪いことも、
宇宙の法則の中では循環するのです。

法則は法則であって、
判断基準はないのです。

言い換えれば、
全てが許された世界なのです。

宇宙の愛とは許すことです。
自由意志を尊重することです。

でもそこに大きな責任があることに
みんな気づきません。

自由とは、自己責任のもとに
成り立つものだからです。

意識の向け方を学んで下さい。
自分が自分をコントロールするのです。

偏見の中で生きないことです。
すべてをありのままに捉えることです。

そしてより良い創造に
意識を向けることです。


▲ http://ameblo.jp

私たちはいつもいろんな情報を
聞いたり、目でみたり、感じたり
していますよね。

それは
と~ってもすてきなことだったり
とても暗くなるようなことだったり

悲しいニュースだったり
おもしろいことだったり

感動的なものだったり
怒りが湧いてくるようなものだったり

すべて自分の思考を見ているわけですが・・・

えっこんな思考してるの!?と思うのも
全意識の95%をしめる潜在意識が
現実化してくれいているものを見ているからですね。

表層意識が認識していることは
たったの5%程度と考えると、
そりゃそう感じるのも納得です。

100%自分原因説では
「まわりは自分の深層意識を見せてくれている」
と考え、自分のどんな思考が今の現実を創っているか
ということを探すことができます

今回は「思考を探す」という場合ではなくて
日常的考え、楽しく過ごすための方法です。

自分の思考が現実化したことを
十分に納得した人には効果大です。

とっても簡単です♪

どんなものを見ても聞いても・・・
気にしない~!

その出来事にフォーカスしたい?
もっと同じ事現実化したい?

したくない!
と思ったら、やめる(笑)

本当にフォーカスしたいものを
自分で意識的に選ぶだけです。
自分で選ぶことができるんですよ

またふっといやだな~と
思っていたことが浮かんでも

気にしない(笑)
また意識を自分の手に戻します。
そしてまた選び直す。

自分の時間のとれるときは
心のトリップワークや
呼吸を意識してやる

これをやるかやらないかで
かなり違います。

そんな簡単なことで~!
という感じですが、
やってみると分かりますよ。

自分が普段思っていることが
そのまま現実化されています。

だったら、いろんなもの見たって大丈夫!
メッセージはしっかり受け取って
その後は、どこにフォーカスしたいかを決めるだけ。

現実化したい部分に
自分の意識をもっていく習慣をつけるべし。

見たくないものに蓋をする
見ないようにするというより、  

自分でどこにフォーカスしたいか 
どんなもの(現実)を受け取りたいか

「それを選び直す」といった方が
適切かもしれません。

今までの現実が変わっていきます。
とてもシンプルな考えで
そのままむずかしく考えなければ簡単です。
 
でも、いままでやったことがない、
やりなれていないことを
するときと同じように

習慣になるまでは、
意識的にしていきます。

いきなりうまくできるかもしれないし
そうでなくてもOKです。

少しずつやってゆきましょう!

とりあえず、
続けてやってみようという気持ちで

習慣になるころには・・・・
すごい変化を感じてるかもしれません。

今日も楽しいすてきな一日に
なりますように (*^^)v


Comment:0  Trackback:0
2017
09.02

毎日を俯瞰する視点を持てば気が楽になる



「今日は仕事に行きたくないなぁ…」
「なんだか、あの人に会うのはいやだなぁ…」
「なんで自分だけこんな病気なんだろう…」

そんな憂鬱な気分に襲われたときに、
チャップリンの言葉は気持ちを楽にしてくれます。

「そうだよな。自分だけが大変な訳じゃないもんなぁ…」
「自分の視野の狭さが自分をつらくしているだけかも…」

そう思えたら、もうひと頑張りできる気がしてきます。

良い教えは体感してこそ身になる

一番重要なのは、自分の体験を通してでないと
何も分からないということでしょうか?

チャップリンがこう言った、
斎藤一人さんがこう言った、

なにかの本やブログでこういうことを読んだといっても、
納得するだけでは、全くの無意味。

「引き寄せの法則」についても、
「良い気分になれば良いことが起きます」とか
「感謝すれば金持ちになります」なんていうのを読んで
記憶したり頭で納得しても全くの無意味で、

自分が機嫌良くしていたら、良いことが起きた!
感謝したら良いことが起きた!

そういう実体験を通して初めて、
それらのことが生きてくるのです。

その実体験をせずして、

「引き寄せの法則」だの「スピリチュアル」だの
本を読んだり、 セミナーに参加したりしている間は
単なる知識の吸収でしかない訳で

自分の実体験を通して初めて
「ああ、これはこういうことだったんだ」と
心にしみ込んで合点できるのではないでしょうか。

人生は
アップで見ると悲劇だが
遠写で見ると
コメディーだ

このことが実感できれば、 かなり楽しく生きられると思います。

本当、俯瞰(ふかん)すると喜劇ですね。
できるだけ、客観的に見ようと思っています。辛いときには特に。

「俯瞰(ふかん)」で検索して良い記事があったので、転載してご紹介します。

タイトル画像にURLを貼っていますので、本サイトも是非覗いて見て下さい。

他にも心が救われる参考記事が沢山載っていますよ♪


▲人生を「俯瞰する力」をつける。

みなさんは普段「俯瞰(ふかん)」ってしますか?

ぼくは結構します。なにそれ?って人もいるかとおもいます。

ぼくの場合、落ち込んだときや何かに悩んだときなんかはとくにこれをします。

これをして解決することも多いんですよね。

みなさんが落ち込んだときや悩んだとき、人生の道に迷ったときにこの「俯瞰する力」ってやつはおそらくとても役に立つとおもいます。

なので今回は、その俯瞰力についてと俯瞰するとどうなるのかについて書きたいと思います。

俯瞰とは?



「俯瞰(ふかん)」について、ウィキぺディアにはこう書いてあります。

俯瞰(ふかん)とは、高い所から見下ろすこと。全体を上から見ること。
俯瞰の映像は他の映像に比べ、客観的で説明的だとされる。

出典:俯瞰 - Wikipedia

全体を上から見ること。客観的。みたいな意味合いが強そうですね。

一つのことに集中しすぎずに、ひろ〜く全体を見るようなイメージですね。

悩んでいるときなんかはこの逆で、そのことばかりに集中してしまってとらわれているよう気がします。

人生を俯瞰する

ぼくはよく自分自身を俯瞰して見たり、自分の人生を俯瞰したりします。

中学生くらいの頃から。たぶんそうゆうのが好きだったんだとおもいます。

「俯瞰」ってぼくのイメージでは、自分の上空に鳥が飛んでいてそいつの視点から地上にいる自分を見ている感じ。

自分は地上にいるんだけど意識は上空にふわふわとある感じ。

なんというか伝えにくいんだけどもう一人の別の自分から、そこにいる自分を見ているようなイメージ。

ぼくの場合、落ち込んだり悩んだりしたときにこうゆう思考になります。俯瞰するとすごく自分を客観視できるんです。

あ、落ち込んでるなあ俺。みたいな感じで。たぶん人って「目の前のこと」がすべてになっちゃうんですよね。どうしても。

落ち込んだとき

みなさん落ち込んだりってしますよね?

たとえば自分は今まであるスポーツを必死に一生懸命がんばってきたとして、そこに関して自信があったとしても、目の前の人に否定されたり、失敗したりすると「ああ、自分はダメなんだ」とおもってしまうんですよね。

落ち込んだり悲しかったりします。

自分まで自分を否定したくなります。これは仕事でも恋愛でも私生活でも同じだったりします。

でも、ここで少し俯瞰してみるんです。

ずっと長い年月やってきて、いろ〜んな大変なことや辛いことを乗り越えてきて、そこにはたくさんの背景があるわけです。

自分にしかわからない苦しみも楽しさもあったはずなんです。それを目の前の一人の人に少し否定されたり、失敗しただけで、落ち込んでいる自分がいる。

これを俯瞰することができると「やってきた長い年月から見るとすごくちっぽけな出来事なのに、なんで凹んでるんだろう」と思えるんですね。

全体(やってきた年月)を広く見れるんです。

全体から見たらそのことなんてほんの小さな出来事なんですよね。



たとえば人にそれを否定されたとしても、この世に人は星の数ほどいるし、たった一人にたまたま合わなかっただけで落ち込む必要なんてないんですよね。

自分の気持ちだったり自分が頑張ってきた背景は、自分が一番よく知っていて、否定したその人はそれを全部知った上で言ってないんです。

その人の一部分しか見てないんですよね。

10割分のあなたがいたとして、そのうちの1割だけを見て良く思わなかっただけなんです。あなたはもっと深いです。

こうゆうとき他の9割まで否定されたような気持ちになりがちですがそんなことないんですよね。

だから気にする必要はないんです。

アドバイスとして受け取ればいいんです。
自分まで自分を否定しなくていいんです。
あなたがあなたを認めていればいいんです。

否定されて「お前に俺のなにがわかる」って言い返す人いますよね。あれは間違ってないんです。

言い方がトゲトゲしてるから悪い感じに伝わっちゃいますが(笑)アドバイス自体は受け取るべきですが、全然落ち込むことではないんです。

なにかに落ち込んだりしたときは、そのことだけにフォーカスして悲観的にならずに俯瞰して全体を見て、客観視しましょう。

広い視点で遠くから見ることによって、その物事がいかにちっぽけか気付けたりします。

悩んだとき

たまに人生の選択を迫られる場面がきますよね。

進学だったり就職だったり、どの部活に入るのかとか人間関係でもそんな場面はあるかとおもいます。

そんなときにも俯瞰ってやつは使えます。

ぼくの経験でいうと、前職を辞めると決めたときにかなりの葛藤があったんですよね。

「今やめていいものか?」ということと、「いや、でも自分のやりたいことをしたい」という葛藤。

これはかなり悩みました。

その職場への恩や気持ちもありましたし、責任もありました。

自分が動くということは周りの人やモノゴトにも大きな変化がでます。

人生最大に悩みました。

悩んで悩んで悩んでいたとき、ふと俯瞰できたんです。

自分の人生をすごく客観視できて、

「あ、たぶんこの人はこのタイミングで今の仕事をやめて自分のやりたいことをやらないと、将来すごく後悔するんだろうな。」っておもったんです。

第三者の視点から自分を見れたんですね。

目の前のことで悩んで悩んで苦しかったときは、もうその悩みが自分の世界のすべてになっていて周りが見えなくなって視野が狭くなっていたんです。

そのときは一大事件かもしれませんが、あとから見返すと「いい思い出」くらいにおもえることって多々あります。

この先何年も続いていく長〜い人生からみると、なんでもちっぽけに見えてくるものです。

あとから全部笑い話になります。

人生の選択で悩んだときは人生を長いスパンで俯瞰しましょう。

俯瞰と熱中

「俯瞰すること」にもデメリットがあります。

あまりにも客観的に物事を見てしまうので、そのことに熱中できなくなります。

つねに一歩引いた視点から見てしまうので、冷静というのか、冷めたような感覚になります。

しかしこれでは人間としてつまらないと思うのです。

あくまでも「俯瞰すること」は、落ち込んだ気持ちや悩みの「解決方法」です。

それとは別で、楽しいときや好きなことをしているとき、やりたいことをやっているときなんかは一つのことに集中したほうが良いです。

そのことに日夜夢中になるくらいのめり込んだほうがいいです。

遊びに熱中していた子どもの頃のように。

好きで夢中なことは、突き抜けられます。その熱量が周りに影響を与えます。

ぼくの見てきた「オモシロイ人」は、こうゆうタイプの人たちが多いです。

落ち込んだり悩んだりしたら「俯瞰」して、楽しいことやりたいことには「熱中」しましょう。

使い分けですね。

まとめ

ぼくもまだまだ人生経験は短いですが、生きているとなにか壁にぶつかったり、どうしようもなくなっちゃうときってあるとおもいます。

そんなときに「俯瞰する」という、ひとつの考え方をもっているだけで選択肢が増えます。

自分がすごくラクになります。ぼくはこれにとても救われました。

なんでも遠くからみるとちっぽけに見えるものです。

みなさんの生活のなにかに役立って、すこしでも豊かになる情報だとしたら嬉しいです。


Comment:0  Trackback:0
back-to-top