2017
08.04

おかげさまでボチボチでんな



「マイナスの反対はプラス」ですが、その間に「0(ゼロ)」があります。プラスではないけれど、決してマイナスではない状態です。

「幸せ」とは何かについて考える時、「決して不幸ではない状態」が「幸せな状態」ではないかと思うようになりました。

「ぼちぼち」「そこそこ」な状態こそが、幸せの真髄ではないのかと思うのです。

私はよく、「幸せ」とは何かを調べる時に、「幸せの条件」「幸せな人の特徴」なんかを検索して探そうとします。

けれども、不幸でないことが幸せの絶対条件だとすれば、「不幸せな人の特徴」を検索して、自分が該当するかどうかをチェックしたほうが早いのではないかと思い始めました。

特別ではなく「ぼちぼち」な幸福感が平均的に続くことこそが一番有難いことなのではないかと思うのです。



なぜ、「すごく幸せ」が一番ではないのか言うと、「少欲知足」と言う課題が最後のボスキャラだからです。

こいつを攻略しないことには、「すごく幸せな心境」には至らないのではないかと思います。

お釈迦さまやイエスさまが、人間界で修行していたとき、金ピカの衣装を身にまとって財宝の山の中で暮らしておられたでしょうか?

同世代の中には、ヘルパーさんの手伝いがなければ食事が出来ない人がいるというのに、自分は好きなものがいつでも食える。

すでに寝たきりになっている人がいるというのに、自分はまだ自在に歩ける。

紙オムツのお世話になっている人がいるというのに、自分はウォッシュレットのトイレで毎回快適に排便が出来ている。

お互いにこの歳になれば、どれだけカネを持っているかは絶対的な幸せの尺度とは言えませんよね。

今の年金だけじゃ、満足な暮らしができないとグチっている方、そのあたり、いかがでしょうか?

本日、「ぼちぼちの幸せ」というキーワードで検索して記事を構成しようと準備に入ったら、いきなり(私にとって)スペシャルな記事に出会えました。

本日は、その記事を転載してご紹介したいと思います。

タイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方はそちらの方も覗いて見て下さい。

ためになりそうな記事がいろいろとありましたよ♪


▲弁護士ブログ「堀井雑感」

「儲かってまっか?!」

「ボチボチでんな!」

大阪ではごく当たり前のフレーズです。どんなイメージですか?

「ボチボチとか言いながら、本当は儲かってんのとちゃうん?」が多いのではないでしょうか?

「ボチボチでんな」と言う時の表情は、ほとんど微笑んでいるイメージです。だから、商売は「エエ感じ」なんでしょうね。

逆に、儲かってないときは、「ボチボチ」とは言わず、「あきまへん!さっぱりワヤや!」なんてシブイ顔して言います。

さて、この「ボチボチ」って、実は、とんでもなく「深い意味」があることを最近知りました。

「儲かってまっか?!」

「おかげさんでボチボチでんな!」

・・・そう「おかげさんで」が本来はセットということです。

この「おかげさん」っていうのは、「御蔭様」つまり「見えない何か」。「見えない何か」って?そう「神様」なんです!

つまり、神様は目に見えないけれど、自分を守り力を貸してくださっている。

その「御蔭様(おかげさま)」の力によってボチボチ商売をさせてもらっているという大阪商人の感謝を込めた挨拶言葉ということです。

「商売をさせてもらって曲がりなりにもゴハン食べさせてもらってます。ありがたいことです」という意味が、「ボチボチでんな!」には、含まれていたのです。

大阪商人は「ガメツイ」なんてイメージがあるかもしれませんが、本当の商人(あきんど)のポリシーに学ぶものがあります。

だから「茶化す」んじゃなく、謙虚に学び、「いつも感謝の気持ちを忘れない」ためにも「御蔭さんでボチボチでんな!」と、感謝の気持ちで元気よく挨拶したいものですね!

ええ勉強でした!




▲京都工芸

「おかげさま」と言う詩です。作者不明と言ってる方が多いですが、作者は「上所重助」さんです。

「おかげさま」 詩:上所重助

夏が来ると「冬がいい」と言う

冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い

痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「暇になりたい」と言い

暇になると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い

自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる

金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満の明け暮れ

隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか

親のおかげ

先生のおかげ

世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて

得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう

「俺が」、「俺が」を捨てて

「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい



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2017
08.03

Do your best, and let it be(人事を尽くして天命を待つ)



なにげに鼻歌でメロディーを口ずさんでいたとき、「あれ、これビートルズの「レット・イット・ビー」だよなぁ…」と気づき、どんな意味なのか調べてみました。

「あるがままに」という意味であることを今まで知りませんでした。恥ずかしい限りです。

その和訳の例文に下記のフレーズがありました。

Do your best, and let it be.

これは、日本のことわざにある「人事を尽くして天命を待つ」 のニュアンスに近いそうです。

本日は、「人事を尽くして天命を待つ」で検索して読んだ記事の一部を転載してご紹介します。

各記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、本サイトの別の記事も覗いてみてください。

あなたにとってお役に立つ記事と出会うかもしれません♪




▲Yahoo!知恵袋

「人事を尽くして天命を待つ」の「天命」とはなんでしょうか?

どうも解釈が二通りあるらしいのです。

1.人事を尽くして天命を待つ、を因果応報という意味で解釈する場合。天命とは、努力にふさわしい良い結果のこと。

2.人事を尽くしても、天命は天命なのだから良い結果もあるし悪い結果もある。天命とは、人間の力の及ぶ範囲外からやってくるものなので、良かろうが悪かろうが人間はそれを受け入れるしかない。

みなさんはどちらですか。また、自分が思っていた解釈とはちがう解釈があることを知っていましたか。



「天命」の私の解釈としては、あなたが示された2の解釈です。

「予め定まった天による天の決断」という意味で捉えていました。

人事を尽くし切った結果として、上述の「予め」が消えるのかどうか、しかしそういうことに期待も何も抱かず、ただただ人事を尽くすことが人間の使命であるとの自覚に至った者としての、凄みがこの言葉にはありますね。

そういう思いでこそ生きるべきと思います。



人事を尽くし続ければいいのでは。

天命を待つという言葉は、人々に隙間を与え受け入れやすくするための言葉に感じます。

天命とは、当人以外の人々、また事柄での現象ではと思います。

そして当の本人は、熱中し続けているか、亡くなっているのではないでしょうか?

人事を尽くし続ける人は天命を待ちません。

尽くす前の人が天命を望んでしまうため、この言葉が広がったのではないかと思います。



もし2の意味が、「人事を尽くしても・人事を尽くさなくても、天命なんだから結局は同じじゃん!」という意味なら、私は、多少2に近いですが、1.2.のどちらでもありません。

たとえば大学受験で、人事を尽くさずに落ちた場合では、不勉強のせいで落ちたのか?それとも最初から受からなかったのか?

手抜きのせいで、自分の人生がよくわからなくなります。

しかし人事を尽くして落ちた場合は、その人はたぶんその大学以外に行くべきところがあるという天命なのだと考えるかもしれません。それがこの格言なのだと思います。

「人事を尽くした結果の悪い結果とは、実はその人にとって良いことであり、本当にやるべきことを教えてくれている」と考えることが天命なのかと思います。

良い結果ならそのまま受け取ればいい。もし2がそういう意味なら、私は2ですね。

解釈というのは、その人の持っている人生哲学が反映しているものですから、人によって違って当然だと思っていますし、またどれが正しいというよりは、「この人はこういう風に考えてるんだ」と教えてくれるものですね。



私も、2だと思いますわ。運勢って誰でも波があると思っています。

天命を受けた後の対処の仕方で自身の成長、アイデンティテーを見つけるのが人生かなぁと最近は考えるようにして「受け入れるしかない」と解釈せずに「何かを学んだ」と前向きに対処をやっと出来るようになりました。


▲子供でも分かることわざ格言辞典と慣用句の意味

「人事を尽くして天命を待つ」にはこんな深い意味があります

人事を尽くして天命を待つ

これは、好き嫌いが別れそうですが、私はよいことわざだと思います。ちょっと聞いただけでは、何を言いたいのか分かりにくいですが、よく考えると奥が深いスルメみたいな言葉です。

直接の意味はこれだけですが…

「人事を尽くして天命を待つ」とはできることはすべてやり、そのあとの結果は運命にまかせる、ということです。

分かりにくいですか。

ようするに、やるだけやったら、あとは運にまかせる、という意味です。

だからなんだって?

そうなんです、このことわざのは急がば回れや猿も木から落ちるのように、「分かりやすく何かを教えてくれている」というものではありません。

天命とは、天に与えられた命令、神さまが「おまえはこうなるのだ」と決めたこと、というような意味です。

したがって、これだけでは、どうするべきなのか分かりにくいばかりか

「どうせいくら頑張っても神さまにダメと言われたらそれまで、あーがんばるのやめやめ」みたいな、たいへんよくない意味にとられかねません。

もちろんそんなことないですよ。そんなことわざなわけないじゃないですか。

ではどういう意味なのか?もう少し考えてみることにします。

人事をつくせば、こんな変化が!

私が「人事を尽くして天命を待つ」ということわざが好きな理由のひとつは、

「やるだけのことをやり尽くせば、結果がどうなろうとも悔いが残らないものだ」

このことわざは、それをあらわしているように感じるからです。



以前見た、ドキュメンタリー番組でこんな話がありました。

ふたりの男が、雪山登山をしますが、そのうちのひとりが、ガケから落ちて動けなくなってしまいます。

そこで、もうひとりの男が助けに行くのですが、そのままふたりとも道に迷ってしまいます。

雪山で右も左も分からず、どうにもならない状況なのですが、「こんなところで死にたくない」「絶対に帰る!」と、

骨折して動けない仲間を背負いながら一生懸命に山を降りようとします。

しかし、深い雪にはまりこんだり、穴に落ちたりして、なかなか進めません。

次第に体力がなくなっていき、そのうち歩くこともできなくなりますが、それでも斜面を転がり落ちながら少しでも下にいこうとします。

そして最後には、広い場所に転がりついて完全に動けなくなります。

「もう、やれるだけのことはやった」

あとは雪に囲まれたまま、あお向けになって空を眺めているしかありません。

ここまで担いできた仲間となすすべもなく時間がたつのを待つのみ、しかしそこに、空から捜索にきていたヘリコプターに発見されて助かります。

人事を尽くして天命を待つとはこういうことではないかと思います。

この男たちは最初、「こんなところで死ぬのはイヤだ」みたいな感じで、必死になっていましたが、最終的には、「やれるだけのことはやった」という心境に変化しています。

最終的にヘリコプターが来てくれるかどうかは、自分たちではどうしようもできないことですが、少しでも発見されやすい場所に移動するのは自分たちでできることです。

そして、力のかぎり動いたからこそ、「できるだけのことをやったのだから、これで助からなかったらしょうがない」という覚悟ができたのだと思います。

うまくいく、いかないは最終的には運しだい、つまり天命という部分もありますが、結果はなんであれ、悔いを残さないという点でも、やれるだけのことはやる、つまり、人事を尽くすというのは大事な意味があるんじゃないかと思います。

不安から解き放たれるために

もうひとつ、人事を尽くして天命を待つ、これを実行する意味として、しっかりと出来ることをやれば、それが自信になって、あわてないというのがあると思います。

どんなことでも、やっていることが中途半端だと「出来るかな? 大丈夫かな?」と、オロオロしがちです。

しかし、たいていの場合、不安にかられた行動というのはロクなことがありません。

それ以上やっても無意味なのに、あせって無茶な練習をしてケガをしたとか、心配しすぎて眠れなくなって試験の当日寝不足で失敗したとか、恋愛でも、そのままでうまくいくのに不安だから相手の浮気をかんぐりすぎて嫌われたとか。

不安が原因で失敗した例は、いくらでもあげられそうです。

なんでそんなに失敗の例が、スラスラと出てくるのかは聞かないでくださいね。

失敗は成功のもと、ということにしておいてくださいね。

まあとにかく、そういった失敗をしないため、「しっかりと勉強したのだから、大丈夫」「これだけきっちり練習してうまくいかなかったら、もうしょうがない」というところまで、やれることをやるのは自信をつける意味でも大事だと思います。

それでも大丈夫かな? というときに「人事を尽くして天命を待つ」ということわざを思い出すといいでしょう。

こんな解釈はおかしいのでは?

このことわざが嫌いという人は、「人事を尽くして天命を待つ」の天命を待つ、という部分がいかにも運まかせで、やる気がないように感じるからじゃないかと思います。

たしかに、かならず成功してみせる!という意味ではありませんからね。

しかし、そもそもがんばれば、かならず成功するようなことにこのことわざを使うべきではないと思います。

もちろんこのことわざの意味はあくまでやれるだけのことをやって運命をまつというものなので、それをどう解釈するかは自由かもしれません。

が、合格が確実な受験や、必ず勝てる試合などは「天命を待つ」なんてこと言ってないで油断せずに気合いいれとけよという話です。

しかし、何をどうやっても大丈夫かどうか分からないというケースが人生にはあるもの。

雪山で遭難したなどという極端なケースでなくても、自分にとってレベルの高い受験、あきらかに相手が強い場合の試合、大勢の前でやる舞台演技など、いくらがんばっても成功できるかどうか分からない、それでもやらねばならん、という局面があります。

こういうのはかっこいいですね。まあ恋愛なんかも、多くの場合そうですね。

でも、見た目にはかっこよくても、いざやるとなったら不安でひざがガクガクしたりするものです。

そんなときは、ともかくやれるだけのことはやっておく。

そうすれば、あとの結果は覚悟を決めて受け入れられる、

それが、「人事を尽くして天命を待つ」ということの本当の意味ではないかと思います。

まとめ

ということで、「人事を尽くして天命を待つ」とは、やるだけのことはやって、あとは運命にまかせるという意味です。

考えてみると、ああだこうだと心配したりオロオロするときって、たいてい大したことをやっていなかったです。

そういうときは、できることを、できる限りやってみるというのが大事なんでしょうね。

そうすれば、不思議と腹がすわってきてあんまり動じなくなります。

まあ、過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)といいますし、

むやみやたらと頑張ればいいというものでもないですが、それでも、そういったことを含めて

「これでベストをつくした」と自分がとことん納得できるまでやっていくと、「天は自ら助くる者を助く」と言うように、なんとかなるもの、

また万が一、思うようにいかなくても自分が「これ以上はもうできん」というところまでやりぬいた記憶は未来の自分に、大きな自信を与えてくれることでしょう。


『「幸せ」とは、感謝の気持ちに満ち、心が平穏で充実感にあふれ、自分をも愛することができる心の状態をいいます』 R・カールソン



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2017
08.02

自分の心を変えられるのは自分だけ!

Category: 幸せの思考法


自分の心を変えられるのは自分だけです!

「数ある財宝の中で、最も直接的に私たちを幸福にしてくれるのは”心の平和”である」ショーペンハウエル

「なるほどねぇ…」と感心しました。

ダイヤモンド、ルビー、サファイアなどの高額な宝石類、高級車や高級住宅、一流ブランドのバック、そして数億円の現金…。

そんなものを手に出来たら、さぞやこの世の極楽だろうなぁとボンヤリと思っていたら、どうやら違うようです。

仮に、「金の延べ棒」を100本持っていても、猛暑の外出時は、自販機で130円で買える冷えたお茶の方が幸せに浸れます。

カネ持ち・モノ持ちが幸せの絶対条件ならば、お金持ちのセレブは全員幸せ者のはずです。

でも、私の周りにも大豪邸に住み・高級車に乗っているのに、不機嫌そうなお金持ちは少なからずいます。

やっぱり、最期は心の問題なのでしょうかねぇ…。

「数ある財宝の中で、最も直接的に私たちを幸福にしてくれるのは”心の平和”である」ショーペンハウエル

本日転載してご紹介する記事のタイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は是非覗いてみてください。

あなたにとって役立つ記事とたくさん出会えると思いますよ♪


▲Let it be(あるがままに)

変えられるのは自分だけ

2013の秋、うつ病(不安障害)を発症しました。メンターの教えと多くのスピリチュアルティーチャーの教えを学ぶことで、自我・エゴの存在に気づき〝いまここ〟に在ることでうつ病を克服しました。すべてを手放し〝あるがまま〟で生きることで人生が変わりました。僕の体験と学んだことをシェアしたいと思います。(・∀・)



いつも仕事をさぼっている同僚…

間違いだらけの日本の政治…

人を騙して儲けている人たち…

不倫をしている芸能人…

家事を手伝わない夫…

人の悪口ばかりいっているご近所さん…


「けしからん!」と怒りやフラストレーションを感じてしまいがちです。

「間違っている!」「その人たちは変わるべきだ」と思ってもそれは無駄なことです。

みなそれぞれが、それぞれの正義をもって、自分は正しいと思って生きているのです。

そして、それぞれがそれぞれの目的を持ってこの世に生まれ、それぞれの学びをしているのです。

あなたが、あるがままに自分らしく生きたいのであれば、他人のあるがままも認めなくてはなりません。

「世界を変えたい」とか「平和な世の中にしたい」と思うのであれば、まず自分自身が幸せに自分の中に平和を作らないと何もはじまりません。

変えられるのは自分だけです。しかも、今この瞬間から変わることができるのです。

世の中や他人への無駄なストレスや思考を手放す。そして自分の人生を生きる。それだけでずっと身軽になれます。

そして、自分があるがままで幸せに生きていると、必ず周囲にもその善き影響が伝播します。

今日という一日、自分のやりたいこと、心地いいこと、そこだけにフォーカスして生きる。

せっかくこの世界に肉体を持って生まれてきたんだから、思いっきり人生を楽しみましょう。


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2017
08.01

「包容力」を養おう!



包容力を養おう!

本日のブログテーマは「包容力」です。自分の言い分を押し通そうとする人が多い中で、周りから慕われ、一目置かれる人もいます。

「いつもあの人の周りには人が集まっている」
「みんなに頼られてて、尊敬されている」


そんな風に人望がある人があなたの周りにいることでしょう。

そんな人をみると、「いいなぁ。それにひきかえ自分は…」とちょっとため息が出たりします。だからと言って、自分を卑下する必要はありません。私には私なりの、あなたにはあなたなりの良さがあるはずです。

もし、あんな風になりたいなぁとあこがれる人がいたら、昨日のブログで取り上げた「セルフ・イメージ」の目標にしましょう。

それぞれ性分が違うわけですから、やり方をそのまま真似ようとしても無理があります。

肝心なことは、そんな人望の厚い人達が、普段から心がけていることを、自分も取り入れることです。

形ではなく考え方を取り入れるのが大事なのだと思います。

と言っても、自分で自分の「人望」を高めようとするのも言葉的に変なので、本日のブログテーマは「包容力」に置き換えて検索してみました。

「なるほど、これなら心がけ次第で少しは近づけるかもしれない」と思える記事がありましたので、転載してご紹介します。

この記事では、「包容力とはいったいどういうものなのか?」という基本的な問いかけから、包容力のある人がどのような特徴を持っているのかをご紹介します!

また、包容力がある人になるにはどうしたらいいのかという方法も解説しています。

包容力はすぐには身に付けられませんが、意識して生活していくことで少しずつ培われていくことでしょう。

「包容力のある」人にあこがれる人は、ぜひこの記事を参考になさってください。

タイトル画像に本サイトのURLを貼っていますので、興味のある方は本サイトの別の記事も覗いてみてください。


▲生活百科『包容力のある人の12の特徴』

包容力とは?

包容力と聞いてあなたはどのように説明をしますか?

漢字だけ見ると「包む」、容器などの「容」、そして「力」です。

この漢字が表すように、”包容力とは相手の過ちや欠点など悪いところも全てひっくるめて相手の色々なところを受け入れることが出来る”力のことをいいます。

相手の意見を聞いて、真っ向から批判するのでもないですし、自分の考えを押し付けるような人ではないということです。



包容とは、どういうものか

包容力の包容とは、その漢字の通り、何かを包み込む受け入れ口があるということなんです。

そのように相手の意見や気持ちを受け入れられる器があるからこそ、冷静に相手の意見を聞くことも出来ますし、行動を応援することもできるんですね。

「器の広い人」だとか「器の狭い人」なんて表現を使ったり、聞いたことがあるのではありませんか?まさにその「器」のことなんですね。

しかも、それだけでなく、相手の気持ちをそっと大切にしてくれるような、優しい器です。

包容力があるとはどういうことか

包容力があるということは、自分に意見と違っていても相手の意見を批判せずに、そのような意見や考えもあるのだなと柔軟に受け入れることができる人のことを言います。

その人にならなんだか何でも委ねてもいいと思えるような、安心できるような、そして頼もしいと思える人のことを言います。

なんとなくイメージが沸いたでしょうか?また、包容力があるというのは、意見や考えを受け入れてくれるといった精神面だけでなく、落ち込んでいるときなどにそっと抱きしめてくれる立派な胸元、安心して委ねられる身体という身体面でもありますよ。



包容力がある人の3つの特徴

では、包容力がある人はいったいどのような特徴を持っているのでしょうか。

もしかしたら、あなたはご自分のことを包容力のある人だと思っているかもしれませんが、あなたはその特徴にあてはまりますか?また、あなたの大切な人は包容力のある方でしょうか?チェックも兼ねて、見て行きましょう。

必要としてくれる

包容力がある人というのは、人を大切にします。

そして、その人それぞれの存在を必要としてくれるところがあります。

女性というのは、誰かに必要とされたいものです。

もちろん男性も誰かに必要とされたいものですよね。

誰かに必要とされていると分かった時にはとても安心できますし、そこに存在する意義を感じることが出来ます。

また、生きている喜びを味わうことも出来るかもしれませんね。

なぜそうなるかといいますと、私たち人間は誰かに認められることを重要視しがちだからです。

何か新しいことを始める時、誰かに批判する時、応援してくれる仲間がいるのといないとでは、その後の状況は大きく変わってしまいます。

あなたもそのような経験があるのではありませんか?まず、自分の存在を認めてくれる、そして必要としてくれる人は私たちに安心感を与えてくれるんです。

時間を割いてくれる

あなたの身の回りに居る包容力のある人は、いつもスケジュールを合わせてくれていませんか?包容力がある人というのは、特別な人だけに包容力があるというよりは、その人自身の性格ですから関わる全ての人から一緒に居て居心地がいいだとか、素敵な人だと思われていることが多いんです。

そのため、お誘いも多いでしょうし、お仕事もうまくいって忙しい日々を送っているはずなんです。

しかし、そんな時でも時間を割いてくれます。

「今忙しいから」なんて、相手が悲しむようなことを言いません。

もしもそのような状況だったとしても、包容力がある人は頭の回転が早い人でもあるので、ササッと用事を済ませてしまうんです。素晴らしいですよね。

話を聞いてくれる

多くの方が包容力のある人はどんな人かと聞かれて、「話をきちんと聞いてくれる人」と答えるのではないでしょうか。

特に女性は相手に意見を求めるというよりは、自分の意見を聞いて欲しいから誰かに話すことが多いですよね。

そして、その話に同調して欲しいから話します。

包容力がある男性というのは、適度な相槌を打ちながら女性の話をしっかりと聞いてくれているものです。

意見を求められれば、その話に対して意見を話します。

話し手からみると、とても話しやすい相手でもありますし、何も批判することなく話を聞いてくれるというのは、その話しに同調してくれていたり、その意見を認めてくれているとして受け取ることも多いので、自分自身を認めてくれたのだと安心できるのですね。

包容力があるないに関わらず、誰かが話しているのを真っ向から反対するような人は、誰もが苦手なはずですがね・・・。

存在を認め、必要としてくれる

包容力がある人というのは、誰かを必要としてくれますし、しかも話もちゃんと聞いてくれるものです。

それは全て相手の存在を認めているからできることなんですよね。

認めているからなんて書き方をすると上から目線のように感じられますがそうではありません。

あくまで平等なのです。

俺様タイプの人は”俺が必要としてやってるんだから◎◎しろ”などと言いますね。

それは平等ではありません。

しかし、包容力がある人というのは、さりげなく相手の存在を認めて、必要としてくれるのです。

そこにわざとらしさも見えませんし、意図的でないために好感を持つことが出来るんですよね。

許容してくれる

包容力がある人は、話してくれた意見や考えを批判したりしません。

また、なにかミスをしてしまった時などもすぐに怒るのではなく、その状況を許し、受け入れてくれます。

多くの人は何かに失敗したりすると、誰かに怒られるのではないか、仕事上のミスであればクビになるのではないかなんて深く考えてしまうものです。

しかし、包容力がある人というのは、何に対しても許容してくれるのです。

それってその人といれば、なんだか心強くなれる気持ちも出てきますよね。

ミスをしても肯定してくれる

許容してくれるでも出てきましたが、何か間違いを起こしても包容力がある人というのは、批判したり怒ったりするのではなく肯定してくれます。

受け入れてくれるんです。

ミスをするとその後にどのゆおになってしまうのか心配と焦りでいっぱいになってしまい、更に新たなミスに繋がることもありますよね。

でも包容力のある人だったら、「ミスは皆するものだよ!」「次から気をつけよう!」などと次につなげるのもとても上手なので、仕事だけでなくお付き合いしやすいともいえます。

考え方は違っても理解してくれる

私たちは皆それぞれ違う意見や考え方を持っていて当然ですね。

育ってきた環境も違いますし、好きな歌手や本だって違うのですから。

包容力のある人というのは、人は皆それぞれの意見を持っているし、意見が違っていることは当たり前のことだと分かっているので、どんなに意見が違ったとしても「そういう考え方があるんだね!勉強になるよ」なんて、理解してくれるものです。

そのように理解してくれるだけでも、相手にきちんと自分の意見を言うことが出来るようになりますし、互いに良い関係を築くことが出来るんです。

だって、自分の考えを毎回のように批判してくるような人には、時間がたてば自分の意見を話したくなくなるはずですよ。

多様な価値観を認めてくれる

包容力がある人というのは、十人十色であることを知っています。

十人十色というのは、十人いれば十人別々の考えやカラーがあるということですよね。

私たちは別々の人間なのですから、全ての価値観が会うと言う事はありません。

たくさんの多様性に満ちた価値観があるからこそ、今のこの世界が出来上がっているわけです。

このように様々な価値観があり、それを認めることが出来るというのは色々と学んだり、経験しなければできないことが多いです。

そう考えると包容力が豊かな人というのは、それまでの人生に色々なことを経験したからこそ、素晴らしい人格を形成したともいえそうですね。

必然性を知っている

世の中には偶然起こりうることもあれば、必然的に発生しうる物事もありますね。

包容力がある人というのは必然的に物事が起こることがわかっています。

ですから、何か物事を遂行する時、何かを始めるときなどは冷静に対処することができるんですよね。

頭の回転が速いだけでなく、どうしたらいいのか、どうやったらいいのかなんてササッと答えを出してしまうのです。

起こりうるトラブルについて予測ができている

あなたは何か行動を起こす時、どんなトラブルが起きるなんてことを考えていますか?包容力がある人というのは、どのようなトラブルが起こりうるのかについて予測できていることが多いんです。

人って何かトラブルに見舞われると、そのことについて覚悟が出来ていないと焦ってしまいます。

包容力がある人というのは、ひとつの物事を色々な角度から観ることが出来る人でもあるので、トラブルについて予測することもできるんですよね。

これって色々な経験や色々な勉強をこなすことで鍛えられるものなので、包容力がある人というのはそういう人なのだなということも分かるでしょう。

予想外の事態にも対応力でカバーできる

包容力のある人というのは、起こりうるトラブルについて予測することも出来ますし、また、そのトラブルに対してどのように対応したら良いのかについても考えることが出来ます。

包容力がある人というのは、そのような事態が起こることも想定していなくても冷静に考えることができるので、即座にカバーすることができるんですよね。

まさにこれも色々な経験をしてきたからこそ、できるものなのではないでしょうか

自分の短所を自分で補う仕組みづくりができている。セルフケア。

どんな人でも短所というものがあるものです。

短所もあれば必ず長所もあるものなのです。

しかし、多くの人は短所にばかり意識を向けがちですよね。

「自分はどうせ・・・」なんてあなたも考えたことがあるのではないでしょうか。

包容力がある人というのは、そのように自己嫌悪に陥ることがありません。

もしも短所があったとしても、それを自分自身で補えるのです。

自分で悪いなぁ、よくないなぁなんて思われる箇所に関しては、「それがあるから◎◎できるんだ」なんてポジティブに変換しているものです。

このように自分を大切にしているからこそ、他人に対しても包容力を発揮することが出来るのでしょうね。

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2017
07.31

相手に期待をしない

2016/03/19更新記事


本日のブログテーマは、
「相手に期待しない」です。

これは、相手を信頼しないという
意味ではありません。

相手のこれからに、
希望を持たないという意味でもありません。

相手に甘えすぎないという意味です。
相手に依存しすぎないという意味です。
相手に寄りかからないという意味です。

もっと具体的に言えば、

自分のことは自分で
やりましょうという意味です。

相手の行為をあてにしないで
自分のことは自分でやりましょう。

「それぐらいやってくれもいいじゃないか!」

甘えてはイケマセン。
自分のことは自分でしっかりやるのです。
人をあてにしてはイケマセン。

そんなことだから、
相手に失望するのです。

相手の好意を当然のことと
あてにしないで生きてゆく覚悟を決めれば、

相手の小さな好意にさえ、
「ああ、有難い!」と感謝できます。

本日のブログでは、昨日のブログである
「自灯明」的な生き方の実践版のつもりで、

相手に期待しない
=自分のことは自分でやるべし

という決意を込めて、「相手に期待しない」を
テーマに選びました。

関連記事を掲載します。
なにかの参考にされば、嬉しいです。


▲http://hitofuri.com

「なんでいつもそうなるんだ」
「失望した」
「信じていたのに」
「惜しかったね」

そんな言葉を発しているとき、
人は少なからず相手に対して
期待を持っていたはずです。

期待しているからこそ腹が立ち、
残念な気持ちになってしまうのです。

しかし、

相手に過剰に期待することをやめれば、
このような残念な気持ちになることはありません。

そこで、人生を楽に生きる
期待しない生き方についてご紹介していきましょう。

期待とは

相手に何かを期待するからこそ、
それが叶わないと怒ったり
残念な気持ちになったりします。

そもそも期待とは、
どのようなことを指すのでしょうか。

それは、相手に対する期待と、
自分に向けての期待に分けられます。

期待しないという選択

相手に期待をするということは、
具体的なイメージをしているということです。

そしてそれが実現しないことで
腹が立ち悲しくなるのです。

しかしそれは、
相手が関係しているからこそ、
招かれた結果です。

ある意味、
他力本願の結果とも言えるでしょう。

人に期待をしすぎて
それを求めている人ほど、

成果が得られなかったことに対する
失望は大きくなります。

しかし、人に期待をせず自分の力を信じて
頑張って得た成果なら、喜びも倍増ですし、

うまく行かなかったとしても
納得することができるでしょう。

人に期待するということは、
ある意味他力本願で、

人に期待しないということは、
自力で頑張らなければならないということなのです。

相手に対する期待においては、

「こんな風に育ってほしい」
「この仕事を成功させてほしい」など成果を求めます。

そして、

自分に向けての期待は、
相手にこうしてほしいと思う期待です。

「プレゼントがほしい」
「プロジェクトの一員に指名してほしい」など、
自分のメリットを叶えてくれるための期待です。

いずれにおいても期待が裏切られると、
残念な気持ちになるでしょう。

自分の尺度で考えない

人に期待をするということは、
自分の考えの尺度で相手を
判断しているということもあります。

例えば、

バレンタインにチョコレートを送れば、
必ずホワイトデーにはお返しが来るということを
当たり前のように期待していると、

お返しがないことに腹が立ち、
イライラしてしまいます。

また、欲しがっていたバッグを
買ってあげたのに、喜びのリアクションが低いと、
買ってあげたこと自体に損を感じてしまうでしょう。

つまり、

「こうなれば、こうなる」という
自分のルールがあるため、

それが達成されないことに違和感が生じ、
イライラへとつながってしまうのです。

お互いの価値観が違えば違うほど、
相手に期待し、裏切られる期待が増えていきます。

自分の尺度で
物事を当たり前のように考えてしまうと、

このような期待を裏切られる感覚に
悩まされることになるでしょう。

期待していないからうまくいく

人に期待をすることは、
相手にプレッシャーを与えることでもあります。

だからこそ、

相手に期待せずにうまくいったらいいな
くらいに捉えておくと良いでしょう。

期待しないことで、
相手はプレッシャーから解放されますし、
こちらも期待していないので
思わぬ結果に幸運を感じるようになります。

お互いにとってストレスのない関係になるため、
一石二鳥と言えるでしょう。

例えば、同棲中の恋人に、
夕飯を作ってもらえていたら
嬉しいという期待をしていると、

準備していないことを残念に思いますが、
自分が帰ったら作ろうと思っていたら、
準備していないことに腹は立ちません。

それに、

自分が帰ったら作ろうと考えていたのに、
すでに作ってくれていたという方が、
期待していなかった分、喜びは大きくなるでしょう。

当たり前を排除しよう

人に期待しないということは、
当たり前という価値観を取り外すことでもあります。

何かをしてもらうのが当たり前と考えていると、
何かをしてもらうことに期待をしてしまいがちです。

しかし、

何かしてもらうことがないと思っていれば、
何かしてもらうことに感謝する気持ちになれます。

つまり、人に期待をしていない方が、
喜びは大きくなっていくのです。

何事にも期待し、
当たり前のように感じていると、

このような喜びを感じることはできませんが、
当たり前という価値観を排除し、

期待しないことを選べば、
ちょっとしたことも大きな幸せに見えてくるのです。

気持ちに余裕が生まれる

期待しないということは、
相手の一挙手一投足にイライラすることが
なくなるということです。

相手に期待していると、
こうしたらいい、ああしたらいいという口を
挟みたくなりますが、

期待しているからこそ
関わりたくなってくるものです。

しかし、相手に期待していなければ、
イライラすることが無くなりますし、
気持ちに余裕も生まれてきます。

もしうまくいかない結果になったとしても、
それを受け止めることもできるでしょう。

期待しないことは、
平和な関係に繋がっていくのです。

関係性が深まった時が注意

何事においても期待しないように思っていても、
つい期待してしまう瞬間はあります。

それが、お互いの関係性が深まった時です。

信頼関係が生まれ、
お互いの存在を認め立った時に、
期待は生じるものです。

「この関係性があるから大丈夫」
という気持ちがあることこそ、期待に繋がります。

その結果、

ちょっとした価値観の違いから亀裂が生じ、
あっという間に関係性が崩れてしまうことに繋がります。

恋人においても、
「全部自分のことをわかってくれている」と思ったとたん、
相手に期待しプレッシャーになっていくのです。

このことからも、関係性が深まった時こそ、
相手を過剰に期待しないように注意しましょう。

いくら関係性が深まったとしても、
お互いに知らない部分、価値観の違う部分はあるものです。

自分自身に対しても
100%把握することはできないのですから、
相手に対しても同じことを求めないようにしましょう。

予測をしない自由

何かに期待をするということは、何かを予測し、
その結果を待つということでもあります。

しかしその結果を期待するからこそ、
視野は狭まり、発想も固まってしまいがちです。

だからこそ、

期待という概念を外して結果を期待しないことで、
発想をさらに自由にさせていきましょう。

どんな結果になっても
大丈夫という心の余裕があれば、
たとえ良くない結果になったとしても
臨機応変に対応することができます。

予測しない、期待しないということは、
自由な発想と選択肢を生む可能性を秘めているのです。

まとめ

このように、期待しない生き方についてご紹介しました。
さまざまな期待から解放されることで、

人はもっと自由に楽に生きることが可能です。

期待だらけの中で生きるよりも、
自分らしい生き方にチャレンジしてみては
いかがでしょうか。


▲http://matome.naver.jp

「あの人なんであんなことするの?」
「この人なんでわかってくれないの?」

こんな経験でイライラしたこと、
クヨクヨした経験はありませんか?

実はこれ、すべてあなたが
"他人に期待している"せいなんです。

人間関係におけるトラブルや
精神的ストレスの原因の多くが

「相手に対して期待する」という
心理から生まれています。

人に何かを期待して
報いられないことほど
消耗することはありません。

期待が叶わないのは当たり前

他人に期待することで
多くの苦しみが生まれます。

なぜなら、

「他人に期待する」ということは、
叶わないかもしれないことがほとんどだからです。

つまり、期待の中に、
すでに失敗するロジックが内包されているのです。

人の過去や都合はみな違う

生まれた場所、育ってきた環境も違うのだから、
すべての人に同じように当てはまることなどありません。

人間誰しも、悲しい過去や辛いことがあります。
誰だって人から好意や愛情が欲しいし、
受け入れられたいし、癒されたいのです。

他人が自分と違う行動をしたり、
依頼したことに思い通りに応えてくれないのには、
それなりに理由や相手の都合もあるのです。

他人を変えるのは、
ハッキリいって「無理!」

人が長い人生で培ってきたものを
変えようとするのはとても大変です。

他人を変えようとすることから
ストレスは生まれます。

本人に命の危険がない限り、
他人の行動や性格を変えることは
絶対にできないので、期待するだけ無駄です。

「まあ、他人はこんなものだ。」

人生や他人に対して期待をもたずに生きていると、
人生が上手くいかなかったり、

他人から悪い態度をとられても、
「まあ、そんなものだ。」と腹が立たなくなります。

お金持ちの人は、
相手がロクでもない人間であることを
早めに知ることができてよかったと考え、
交友関係を絶つだけにする。

思考を変える実例を紹介

例えば、すぐに約束事を忘れる人が
いたとしましょう。

そのときに、

「あなたはなぜ約束を守れないんだ?」と
腹を立てるのではなく、

「この人は約束を忘れることが多い人なんだな」と
事前に納得しておくのです。

図書館で資料をまとめていたら、
ブツブツ独り言を言いながら
勉強している人がいました。

気が散るので、こう考えてみました。

「この人は宇宙人なので、
私の常識は全く通用しない」

コンビニの店員さんであれば、
無愛想でも軽く流せるのではありませんか?

それは私たちが、
コンビニに期待していないからです。

しかし、横浜中華街の一等地にある
高級レストランだったらいかがですか?

期待するから、心から
嫌な思いが込み上げて来るのです。

例えば、夜遅く帰ったときに奥さんが
温かいゴハンを用意して
風呂も沸かした上に玄関先で待ってくれている……と

期待して玄関を開けたら
冷や飯と冷めた風呂しかない上に先に寝てた

という状況だとガッカリ(期待あり、減点法)です。

でも、何かしら食い物があるし、
風呂もとりあえず入れると考えれば(期待せず。加点法)、
問題ありません。

自分にも期待しない。
→他人にも期待しない。


私は、自分の人生に
過度に期待をもたずに生きています。

ですので私は、他人に対して
過度に期待をもたずに生きています。

だからでしょうか。

以前に比べれば・・ですが、
他人との人間関係での悩みが
少なくなっているようです。

不幸な人とは、

「他人は自分を理解してくれて当然、
してくれない人には怒りを感じる」と
考えている人です。

だからといって悲観する必要はありません。
"過度"に期待しないだけです。

「きっと良くなる♪」と信じつつ、
でも、過度/過剰な期待はしないし、

「駄目なら諦める!」という覚悟ももっておく
そういったスタンスも大事なのかもしれません。

ただ、感謝の気持ちは忘れずに♪

もちろん、生きるということは
他人の恩恵は大きく受けるわけです。

それは感謝して受けるがいいのです。
しかし、期待してはいけない。

期待はしないけど、
相手が自分に対して良い事をしてくれたり、

良い感情を返してくれたら
素直に感謝すればよいのです。

他人に期待をしないというのは、
他人のことなど知らないよという
態度ではないのです。


▲http://the5seconds.com

他人に期待しすぎたばかりに、
裏切られた気分になった・・・
なんて経験をしたことはないでしょうか。

相手からしてみれば
勝手に期待するほうが悪い…
と思うこともあるでしょう。

このような事態を防ぐには、
最初から期待しないのが一番です。

そこで今回は、相手を期待しない方法を
ご紹介しますので、ぜひ今後の参考に
してみてください。

自立心を養う

他人を期待するということは、
ある意味他人に依存しているということでも
あると思います。

人はお互い助け合って、
寄り添って成り立っていくものですが、
依存してはその関係は崩れてしまいます。

お互いがちょうどよい信頼関係でいけば、
上手くいくのではないでしょうか。

まずは自己確立をして、
自立心を養うことが大事です。

他人におんぶにだっこでは、
人間関係は上手くいきません。

自分と対話をする時間を設け、
自分で自分のことをコントロールできる人間に
なりたいものです。

他人をあてにしない

たとえば大事な用事に誰かがいないと
できないような場合があった場合、
どうしてもその人をあてにしてしまいます。

しかし、初めから
その他人がいないかもしれないことも、
頭に入れておいて、物事を組み立てていけば、
どんな状況でも対応することができます。

当然自分のことは自分で行うのが基本ですが、
それが何かの理由でできない場合、

最初からその他人に頼ってしまっては
物事は上手くいかないものです。

あくまでもお手伝いをしていただくという
スタンスで行ったほうが上手くいくことでしょう。

他人はそれぞれ自分の役割がある中で、
時間を割いて自分のことをやってもらうわけです。

自分ができないからと言って、
他人にやってもらうのが当たり前という考えは
捨てた方がいいかもしれませんね。

結論は自分で出して行動する

もし問題や悩みがあったとして、
誰かに相談したとします。

しかし、最終結論は
必ず自分で出すようにしましょう。

あの時、○○さんがこう言ったから、
自分はこうしたというようなことは
止めたほうがいいですね。

他人の意見はあくまでも、
その人の主観からきています。

自分と同じ人間は、
この世には一人もいないのです。

ですから、考え方も行動も
それぞれ違っていて当たり前なのです。

たとえ、他人と同じことをやったとしても、
出てくる結果は違ったものになります。

あくまでも自分主観で結論を出して行動し、
たとえ上手くいかなくても
誰かのせいにすることはやめましょう。

自分の依存度に気付く

他人に期待する、ということは、
他人に依存している部分があるということです。

それは、大なり小なり自身が影響を受ける事項を、
他人任せにしているということです。

他人は自分で
コントロール出来るものではありません。

自分でコントロールできないものに、
感情を揺さぶられる原因を委ねている状態。

それが相手に期待しているということなのです。
これは実は辛い状態です。

自分のコントロール外に、
自分の喜怒哀楽の原因があるのですから。

特に期待通りいかなかった時の怒りや悲しみ、
そして結果を待つ不安といった感情は、
本当は少ない方が良いはずです。

まずは自分の力ではどうしようも出来ないはずの
他人への期待を、今どれくらい抱えているのかを
洗い出してみましょう。

不要な依存、期待が多い程、
自分を追い込むことになります。

期待の裏にあるものを知る

期待を手放そうとしても、
すんなりとは割り切れない事があります。

そういった場合は、
期待してしまう相手に対して、
自分が望んでいることを突き詰めてみましょう。

期待の裏には、自分の中での
相手への認識がはっきりと現れています。

例えば相手への上下意識、
自身の希望の投影、
無意識にある自分の欲の反映などです。

相手を上から見ているならば、
「期待に応えて当然」と思いがちです。

しかし、あくまで他人です。

期待を裏切られることも十分あり得るのに、
裏切られた時傷つくリスクを
わざわざ背負っていることになります。

相手に自身の希望を投影している場合、
例えば子供に良かれと思って期待していることが、

子供ではなく自身の希望であれば
その期待によって両者が傷つきます。

無意識の自身の欲を
他人への期待にすり替えている場合、

無意識に逃げようとしている
あなたの何かに向き合うまで、

他人に期待しては
裏切られる事を繰り返すでしょう。

相手への期待は
至極当然のように思いがちです。

しかし、改めて相手への期待の
裏側にあるものをよく見つめると、
新しいドアが開けてきます。

自分の為の時間を
増やしてあげる


相手に期待するということは、
他人の為に自分の時間、

そして精神的なエネルギーを
注いでいるということです。

しかしその結果は
必ずしも納得が行くものではないわけです。

相手への期待で疲れてしまった人は、
自分の為だけの時間やエネルギーを
増やす心がけが大切です。

始めは癖が治り辛いかもしれません。

しかし、このまま期待に疲れ続けるより、
その時間とエネルギーを少しでも
自身の為だけに集中してみてください。

相手に向き合うのに疲れたら、
自分に向き合うのです。

不安な自分を見つけたら、母親のように、
何が不安なのかを優しく聞いて見てください。

そういった時間を作ることで、
期待の裏側に気付き、
手放すことが可能になります。

そして手放す事が
如何に楽かを知ることになるのです。

期待しない方法を見つける

いかがでしょうか。
他人に期待しない生き方というのは
簡単なようでとても難しいものです。

しかし、

単純に期待しなければいいのかと
言われればそういうわけでもないのが
また複雑です。

人はどうして人とのつながりで
生活が成り立っているので、

少なからず期待してしまう自分が
いるはずでしょう。

なので、
すべてを期待しない方法よりも、

ケースバイケースで
期待しない方法を見つけると、
気持ちに余裕が生まれてきます。

その方法は、環境やその人の性格で
大きく異なるので、

今回ご紹介したことを参考に
あなたなりの方法を見つけてみてください。



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