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『般若心経』を現代語訳するとどうなるか

「般若心経」が、若者言葉の現代語訳がネットで反響が広がっているようです。

「かっこいい」「こんな意味だったのか」「勇気をもらった」といった感想が続々と寄せられています。

ツイッターでも最近になって、元の動画から独立した形でこの現代語訳が相次いで紹介され、これまで知らなかった人にも改めて反響が広がっています。



 般若心経 新訳 

超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?
誰でも幸せに生きる方法のヒントだ
もっと力を抜いて楽になるんだ。
苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ。
安心しろよ。

この世は空しいモンだ、
痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。
この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。
汚れることもありゃ背負い込む事だってある
だから抱え込んだモンを捨てちまう事も
出来るはずだ。

この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。

見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。

味や香りなんて人それぞれだろ?
何のアテにもなりゃしない。

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。
それが『無』ってやつさ。
生きてりゃ色々あるさ。
辛いモノを見ないようにするのは難しい。
でも、そんなもんその場に置いていけよ。

先の事は誰にも見えねぇ。
無理して照らそうとしなくていいのさ。
見えない事を愉しめばいいだろ。
それが生きてる実感ってヤツなんだよ。
正しく生きるのは確かに難しいかもな。
でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

菩薩として生きるコツがあるんだ。
苦しんで生きる必要なんてねえよ。
愉しんで生きる菩薩になれよ。
全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな
適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

勘違いするなよ。
非情になれって言ってるんじゃねえ。
夢や空想や慈悲の心を忘れるな、
それができりゃ涅槃はどこにだってある。

生き方は何も変わらねえ、
ただ受け止め方が変わるのさ。
心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。

この般若を覚えとけ。短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、
細けぇことはいいんだよ。
苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。

嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、
そういうモンなのさ。
今までの前置きは全部忘れても良いぜ。
でも、これだけは覚えとけ。

気が向いたら呟いてみろ。
心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。

いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、
全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』

『悟りはその時叶うだろう。
全てはこの真言に成就する。』









『縁』という言葉があります。

和語では「ゆかり」とも読み、

私達も様々な場面で使います。

「ご縁があった」

「縁結びの神社」

「縁日が開かれる」

「縁談がすすむ」

「縁故関係を洗え」

ところが、改めて、「縁」って、どんな意味?と聞かれると、きちんと説明できないものです。

じつはこの『縁』という言葉は、仏教から来た言葉であり、仏教を理解する上で極めて大事な意味を持ちます。

仏教では、「万物事象は、因と縁が結びついておきる」と説かれています。

この図をご覧ください。



『因』とは「原因の(因)」
『果』とは「結果の(果)」


「始まり」がなければ「終わり」がないように、「原因」がなければ「結果」はありえない。

「原因」があれば、必ず「結果」が生じる。格言で言えば、『自分でまいた種』とも言いますが、仏教ではこれを『因果の道理』、正確には「因縁果の道理」と言います。

「原因の『因』」に『縁』が加わると、『果』が生じるのです。

お米を例に考えてみましょう。



お米は「モミ種」から作られますから、お米の「因」はモミ種です。

しかし、いくらモミ種があっても、畳の上にまいていては何十年待っても、お米という「結果」は得られません。

土や温度、水や空気など、いろいろな条件がそろって初めて、お米が獲れます。

仏教では、これらのことを『縁』といいます。すべてのことは、「因」と「縁」が和合して、初めて「結果」が現れます。

これを「因縁果の道理」といい、「因果の道理」は『縁』を『因』に含んだ言い方をします。

『因』だけでは絶対『結果』は起きませんし、『縁』だけでも絶対『結果』は生じません。

『因』と『縁』が和合して『結果』が現われる

こうした関係を徹底的に、精密無比に説かれているのが仏教です。学ぶほどに、釈尊が精緻極めてこの道理を明らかにされていることに感嘆するばかりです。



すべては『因』『縁』和合して生じた『結果』

お釈迦さまは、 一切法は因縁生なりといわれ、すべての物事は、因だけでは結果は生じない。

因と縁とが結びついて初めて結果になるのだと教えていかれました。

因は同じでも、縁が違えば、結果は異なります。

たとえば、同じ品種のモミダネを使っていても、土壌の良し悪し、 田んぼの手入れの良し悪しといった環境の違いによって、 出来るお米の味は変わってきます。

縁が変われば結果も変わるのです。

ですから、お釈迦さまは、より良い縁を選びなさいと教えて行かれました。

なぜなら、私たちの心は弱く、ちょっとした縁でコロコロと変わるからです。

「 朱に交われば赤くなる」と言われるように、周りにいる人や環境などの縁に大きく影響を受けてしまうからです。

どんな人に交わるか、どんな環境に身を置くかで、これからの人生も変わってきますから、周りにいる人や環境という縁はとても大事です。

縁の大切さを教えた「孟母三遷の教え」

孟母三遷の教えということわざは、縁がいかに大切かをよく物語っています。

今から二千四百年前にいた中国の有名な思想家・孟子は、少年時代、墓場の近くに住んでいました。

学業はそっちのけで、葬式ごっこをして遊んでばかりだったので、母親は見るに見かねて商店街に引っ越しました。

すると、「今日はいくら損した得した」という商人の会話を聞いて育ちました。

孟子に家事を頼むと、「時給いくら?」と言ってきたり、損得勘定で動くようになってきました。

子供の頃から損得だけで動く人間になってはいけないと心配した母親は、ついに学校の側に引っ越しました。

すると、周りには勉強熱心な友達も多く、学校の先生も近くに住んでいたので、孟子は一生懸命に勉強するようになったという話です。

孟子という人は、今日でも教科書に出てくるような人ですから、 元々とても優秀な人だったと思いますが、もし学校のそばに引越さなければ、 歴史に名を残す思想家にはなっていなかったと思います。

私たちはどんな人に出会うかで人生がガラリと変わります。

自分に自信がなくても、自分を理解して励ましてくれる人に出会えば、 人生は好転します。

逆に、才能や能力に恵まれていても、努力を軽視する環境にいれば、 せっかくの才能を生かせないまま、一生を送ってしまいます。

あなたの能力や才能を生かし、よい結果を手に入れるためには、 今いる環境が自分にとってよいかどうかを考えてみましょう。

どんな環境であっても、まいたタネに応じた結果があらわれる

どんな素晴らしい先生に出会っても、自分が勉強しなければ、自分の成績はあがりません。

どんな素晴らしい人を上司にもっても、自分が努力しなければ力はつきません。

逆に環境に恵まれなくても、自分が努力したことは全部自分に返ってきます。

いい縁を選ぶことは大事ですが、もっと大事なことは、どんな環境でも、より良いタネまきをすることです。

環境は選べるものもありますが、選べないものもあります。

今、ここで、自分がどんなタネまきをするかは、自分で選ぶことができます。


 

純粋倫理という生活法則の
エッセンスを凝縮して、

わかりやすい標語にまとめたのが
「万人幸福の栞17カ条」です。

倫理運動の創始者・丸山敏雄が、
膨大な執筆活動、講演、個人指導の中から
抽出した17カ条は、

人生の難問を明快に解決する
集大成でもあります。

標語の中には古来から
言われていたこともあれば、

一見常識からはずれたような
こともあります。

どれも実際の生活に活かせることであり、
無条件にそのまま実行するところに
この言葉の値打ちがあります。

以下にそのすべてを列挙し、
それぞれの要点とともに紹介しましょう。

1)今日は最良の一日、今は無二の好機【日々好日】

寒い日、暑い日、雨の日といろいろあるけれど、
どの日がよくて、どの日が悪いということはない。

今日がいちばんよい日である。

その今日は、今この一秒の集積なのだから、
「今がいちばんよいときだ」と、
気づいたことを直ちに行なって、テキパキと処理していこう。

2)苦難は幸福の門【苦難福門】

病気や災難、貧苦、家庭不和といった苦難が人生には多くあるが、
これらは生活の不自然さ、心のゆがみを自分に教えてくれている。

したがって、苦難に直面したときは、
嫌がったり逃げたりせずに、堂々と喜んでこれを迎えよう。

苦難の原因を取り除くべく自分を改めれば、
そこに幸福の世界が開けていく。

3)運命は自らまねき、境遇は自ら造る【運命自招】

人の一生や日々の生活は運命という
不可抗力で左右されるものではない。

自分の力で切り開くことが出来る。

境遇も、自分の心の通りに変わっていくものだから、
喜び勇んでことにあたってゆけばよい。

4)人は鏡、万象はわが師【万象我師】

人は人、自分は自分だと考えるところに不幸が生じる。
人はみな見えない次元でつながっていて、

他人は自分の心やふるまいを反映する鏡なのだ。
人を変えようとする前にまず自分を変えよう。

身の回りに起きてくることは、自分を教え導く師匠でもある。

心を空にしてその教えを聞き、心のゆがみや偏りを正したとき、
周囲もおのずと変わってくる。

5)夫婦は一対の反射鏡【夫婦対鏡】

夫婦とは一組の合わせ鏡のようなもの。
互いに照らしあい、お互いを映し合っている。

ならば相手を直そうとするよりも、
まず自分をよくしていこう。

そうして夫婦がぴったりと合一すると、
一家の健康・発展はもとよりすべての幸福が生み出される。

6)子は親の心を実演する名優である【子女名優】

子は親の顔形から立ち居ふるまい、
クセにいたるまでよく似ている。

のみならず、

親の心や行為をそのまま映し出し、
身代わりに実演する。

子供が悪くて困るというとき、子供を責めずに、

原因は親にあると自覚し、
親自身が改めることが先決であろう。

7)肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号【疾病信号】

肉体は心の容れ物であり、心のあらわれ。

また、病気は
一般に知られている原因の奥に真の原因がある。

それは心の不自然なゆがみや偏りが、
自分の肉体に赤信号としてあらわれたものだ。

朗らかな豊かなうるおいのある心は、
病気を治癒するほどの力をもつ。

8)明朗は健康の父、愛和は幸福の母【明朗愛和】


ひとりの人が朗らかだと、そのまわりまで明るくなる。
明朗な心は、肉体の健康、家庭の健康、事業の健康のもと。

また、愛によって和がなりたち、すべてが成就する。

明朗と愛和の精神こそ、日常生活でもっとも心がけるべきことである。

9)約束を違えれば、己の幸を捨て他人の福を奪う【破約失福】

大自然の決まりや人間同士で決めた約束を破ると、
破った人が不幸となる。破られた相手の方も不幸になる。

約束はどんなことでも守り抜こう。
まずは時間を守ることから始めよう。

10)働きは最上の喜び【勤労歓喜】

人はただ生きているだけでは何の意味もない。
働いてはじめて生きがいがある。

人は真心で働くときに、
必ず「喜び」という報酬が得られ、

肉体の健康も、物質の恵みも、
地位も、名誉もついてくる。
喜んで進んで自分の仕事に邁進しよう。

11)物はこれを生かす人に集まる【万物生々】

物は死んでいるのではなく、
人と同じように生きている。

だから

大切に使うと持ち主のために喜んで働き、
粗末に扱えば反抗したり、
ときには喰ってかかる。

とりわけ物を象徴し、すべての財を具象した金銭は、
もっとも敏感な生き物である。

金銭はその人の努力に比例し、
欲心に反比例して集まってくる。

12)得るは捨つるにあり 【捨我得全】

物事がいつも順調に運ぶとはかぎらない。

どうにもならない絶体絶命のときは、
思い切って欲心を捨ててしまおう。

ときには命すら投げ出す覚悟を決める。
そうすると、思いもよらぬ好結果が生じる。

私情雑念をさっぱりと捨てて、
明朗な心に達したとき、必ず危難から逃れられる。

13)本を忘れず、末を乱さず【反始慎終】

枝葉のことには気をつけるが、
何事につけても本を忘れがちだ。

初心を忘れ、受けた恩を忘れるから、
いつしか怠け、過ちをおかす。

常に本を忘れず、
また後始末をきちんとすること。

とりわけ

わが命の本である両親の恩を思い、
祖先を敬う心を培おう。

14)希望は心の太陽である【心即太陽】

都合がよいから希望をもつのではない。

一度しかない人生、二度と出くわすことのない仕事だから、
前途に燃えるような希望をもつのだ。
希望はいくら灯しても尽きることのない永遠の光である。

15)信ずれば成り、憂えれば崩れる【信成万事】

自信のないことは失敗する。

憂え心を抱いて弱気になると、物事はうまくいかない。

きっとできるという信念が、
そのことを成就させる。

信は力である。

16)己を尊び人に及ぼす【尊己及人】

世の中にたった一つしかない宝というべき
自分の個性をできるだけ伸ばして、
人のために働き、身をささげよう。

それが自分を尊ぶことになる。

己を尊ぶ極みはささげること。
ささげつくして己がなくなったとき、

一切が己となる。

17)人生は神の演劇、
その主役は己自身である【人生神劇】


人生は、人間だけの小さな知恵や力などを超えた、
もっと大きなものによって動かされ、つくられてゆく。

これは神の演劇というべきである。

私たちはその演劇の主人公であるから、
演出の作法である純粋倫理に則して、
力いっぱい生き抜いていこう。



発顕還元の原理

人のご縁もチャンスも
「吐けば入る」
呼吸と同じで
「出す=与える」が先

・出せば、入る。
・捨てれば、得る。
・捧げれば、戴く。
・与えれば、返る。
・むさぼれば、失う。
・かき寄せれば、散ってしまう。


発顕還元の原理

二宮尊徳の「たらいの水」の話があります。

「欲を起こして水を自分の方にかきよせると、向こうに逃げる。

人のためにと向こうに押しやれば、わが方にかえる。

人の幸せも、物質も、お金も みんな同じである。」

ということです。
 
▲転載サイトURL

足の血行を良くする効果的運動!
ふくらはぎマッサージで血流改善を


現代人は、昔と較べて
摂取カロリーが増えている割には

運動不足のために消費カロリーが少なく、
その為、余ったエネルギーが脂肪として
身体の中に蓄積していきます。

その結果、肥満、糖尿病、脂質異常症など、
いわゆるメタボになる人が増えています。

増えた原因には基準値の変更などもありますが、
やはり食べ過ぎ運動不足はゆがめません。

その為、食生活の改善と共に
運動量を増やすことが重要です。



特に足は多くの筋肉で構成されているので、
足を動かす運動を行えば


脂肪分や糖分が燃焼されて、
カロリーを効率よく消費することができます。


足の筋肉には、重力に抵抗するための
「抗重力筋」という筋肉が多くありますが、


「抗重力筋」が歩くことで刺激を受けると、
その刺激によって脳に覚醒信号が送られ、


脳が活性化します。

高齢者が、骨折などして、
長い期間、病院に入院することになると

抗重力筋が使われなくなり、
脳に適度な刺激が送られる事がなくなるので

認知症の症状が現れたり、
ひどくなることがありますね。


うちの叔母が、去年の夏、
風邪で入院をしました。

少し、認知症の気があったのですが、
3週間の入院で、名前が出てこないほど
進行したのを目にしているので、

いかに身体を動かないのが
健康によくないのかががわかります。

意識的に坂道や階段を歩き、
足の血行をよくしよう!


歩くことの大切さが分かったとしても、
漠然と歩くだけでは効果はあがりません。

歩くコースに坂道や
階段のコースを取り入れたりして

ふくらはぎの筋肉に
刺激が伝われるようにすることで、
血行改善の効果をあげます。

現代人が健康を維持するためには、
1日凡そ300キロカロリーを
消費する運動量が必要だと言われています。

それには、最低1万歩は
歩く必要があるということですね。

運動と長寿の関係についての
大規模な調査からも

よく歩くと実際に
死亡率が下がる事が証明されているので、

普段、運動不足を感じている人は、
歩くことを意識することが大切ですね。

歩くときは、
背筋を伸ばして腕を振りながら!


歩きやすい靴、服装で、
背筋を伸ばして胸を張り、

腕を大きく振るという
正しい姿勢で歩くことが大切です。

身体をかがめて歩くのでは、
かえって身体によくありません。

背骨や骨盤がゆがむと、
肩こりや腰痛をはじめ、

内臓の血行障害からくる様々な
病気の引き金になります。


身体の歪みも万病の元と言われています。

筋肉の鍛え方について

忙しい現代人や、健康増進に
さらなる効果を得たいという人には

足の筋肉を鍛える
様々な運動法があります。

日常の動作では、筋肉のもつ最大収縮の
20%しか使っておらず

鍛えるには、筋肉の60%以上の
収縮をさせる運動が必要
です


特にヒザから下の筋肉に比べて、
日常ではあまり動かさない太股の筋肉は、
意識的に鍛えるようにしたほうがいいですね。



<足踏み運動>

股を水平より
高く揚げて行うと効果的です。

だんだんとヒザが下がってきたり、
身体が傾いてくるのを防ぐために
鏡をみながら実践するといいでしょう。

目から入ってきた情報を元にして、
左右対称になるように自然と頭が働き、
姿勢の歪みを矯正することができます。

このほか、

相撲取りが行うしこや、
上半身を伸ばしたままヒザを屈伸させる

「スクワット」も
ふくらはぎの筋肉を
鍛えるのに効果的
です。

ふくらはぎマッサージ



ふくらはぎをもむだけで、
血流がよくなるという事で

金スマでも紹介されたのが、
ふくらはぎマッサージです。

外科医の石川洋一先生が発見した療法で
点滴がうまくおちない患者さんの

ふくらはぎが冷たい事に気がついて
ふくらはぎを軽くマッサージをしたら、
改善したのがキッカケだったそうです。

ふくらはぎをマッサージして、
「血流を改善できたら万病が防げる」!と
思ったそうで、

それ以降、メスを捨てて、
ふくらはぎマッサージ一本に絞って、
治療成績を上げていったそうです。



ポイントは、血液を心臓に戻すつもりで、
アキレス腱から膝に向かってマッサージします。

それと指で押す時は、腹式呼吸を行いながら、
呼吸に合わせて押していきます。

1日に何度も行ってもOK。

特に身体が温まっている
お風呂あがりに行うと効果的と
言われています。



「ふくらはぎ」こそが第二の心臓ポンプ



こんな内容のブログを
定期的に更新し続ける暮らしが、
もう300日間近くも続いています。

こんな熱病にも似た求道ブログを
どうしてちょくちょく更新し続けているのか?と
自分に問いかけてみたところ、

「自分がラクになるための勉強」

という答えがくっきりと
意識の中に跳ね返ってきました。

「勉強だって?」

学生時代に、あれほど勉強嫌いだった自分が
自分がトクをする勉強なら、こんなにも熱心に
続けることができるのかと、半分呆れています。

まったく私って奴は、我ながら
ビビるぐらいにゲンキンな奴みたいです (´∀`*;)ゞ

人生勉強

私がこんなブログを
毎日更新している理由は、
モノの見方の選択肢を広げたいからです。

以前の私は、自分の人生を、
とても深刻に考えて生きていました。

自分自身に自信が持てない
とても気の弱い人間だったからです。

けれども、考えてみれば
一度しかない自分の人生です。

深刻ぶって生きたところで
死んじゃえば、それまでの人生で終わります。

同じ事態を、深刻に受け止めるか
面白がって楽しむのか
それは選択肢の問題です。

同じ一度しかない人生なら、
そして、どうせえらい目にあうのなら、
それを面白がって楽しんだ方がトクじゃん!

ある時から、ふっと考えるようになりました。

それは、小林正観さんと言う方の話を
奈良県生駒市にある研修センターで
直接お聴きした時からなのです。

それは、人生に行き詰まりを感じて、
私が40歳の時に受講した「真氣光」という
生き方教室が主催するセミナーでした。

その時の講師のお一人が、
今は亡き小林正観さんでした。

正観さんのお話は、とても合理的で
「人生のさまよい人」であった私には
とても納得のゆく教えの数々でした。

それ以来、私は
「生き方の勉強をしよう」と思い定めて
コツコツといろんな情報を読んできました。

勉強嫌いの私が、苦しさ紛れに
生き方の勉強をし始めたのです。

その備忘録がこのブログと言う訳です。

※「備忘録(びぼうろく)」とは、
忘れた時にそなえて、要点を書きとめておく
手帳やメモ書きのことです。


本日のブログでは、「面白がる実践中」と題して
心に響いたサイト記事を集めて構成しています。

なんとなくでも、
こんなブログを続けているおっさんの
心情をご理解頂けたら有難い限りです。


▲http://blog.goo.ne.jp/mg2sanmai

「すべきことがたくさんある」という
女性の発言に対して、

「少し哲学的になりますが」と正観さん。
すべきことが30あろうが40あろうが

今、すべき仕事というのものは
今の目の前の事だけなんですよ。

自分の体はひとつしかない。

30も40もあるように見えるけれども、
実は、今目の前にある仕事というのは、

「常にひとつだけです」

同じように
私の目の前に居る人は常に一人だと。

私は講演会で話をしながら

視線が、あっち・こっち・そっちと
瞬間瞬間に動きますが、

私の目の前の人というのは
その瞬間ごとに
視線がいったその人なんです。

実は目の前でなすべきことはひとつだけ。
そのひとつの後ろには、ふたつめがあるだけ。

紙が100枚重なって束ねられているとして
目の前で見えるのは一枚目の紙だけです。

100枚あると思うとつらくなりますが
私が出来るのは、この一枚だけですよね

例えば 主婦の人でやることたくさん。
掃除・炊事・洗濯・洗濯取り込みなど

別に一週間洗濯しなくても良いですよね。
掃除も2週間放っておいてもいいですよね。

そう考えると、

やるべきことがすごく忙しく 
ぎっしり詰まっているように感じても、

自分が勝手に、用事を熊手で
かき集めてきているに過ぎないと気づけます。

だから目の前にあることは
実は一つ一つが実態なのです。

更に質問者への答えをば。

世のため人のために
喜ばれる存在になること!

どうすれば良いか?
それを具体的に言うと

どんなことがあっても
つらい・悲しい・つまらないを口にしない。

そして、不平不満・悪口文句を口にしない。
非難中傷を口にしないという事だけです。

私が「実践的に生きる」という意味は
たったそれだけなのです。

本当に、それだけでいんですか? 
本当に、それだけでいいんです!

私は、そういう生き方をしています。
もうひとつ お願いがあるとすれば
 
愚痴泣き言・怒りの言葉など出てこないで
愛の言葉があるともっといいなと思います。

そのように生きているだけで 
周りの人はみんな笑顔になる。

それで100%です。これが
「実践」のすべてです。

実践とは、どんなことがあっても
どんな状況でも、どんな人がいても
どんなでき事が来ても、

腹を立てない。怒らない。
いからない。怒鳴らない。
イライラしない。声を荒げない

という事をやり続けるんです。

不平不満・愚痴泣き言・悪口文句を口にしない

その現象の中から、常に

「嬉しい」
「楽しい」
「幸せ」


という言葉を引っ張り出して
言えるような日常を組み立てる事。

決して難しいことではありません。
そういう言葉しか出てこない人がそばにいると、

周りの人はすごく温かく
居心地がいいという状態になります。

それが「実践」ということ。
だるまストーブになることです。

あったかく光を投げかける。
そうすると人が寄ってくる。
それを「実践」といいます。

今回もありがとうございました。
すべての魂が、幸せでありますように。


▲https://happylifestyle.com

人生の勉強をして変わるのは、
知識や知恵の量だけではありません。

姿勢です。

姿勢がどう変わるのかというと
「謙虚」になります。

相手の話を受け入れるようになり、
謝れるようになり、物腰がよくなります。

それは、「自分はまだまだ勉強不足だ」
という気持ちが根底にあるからです。

なぜか勉強した結果、
自分の知識に自信がなくなります。

今まで知らなかったことを知るようになり、
幅の広さや奥の深さを知ります。

勉強をきちんとできていれば、
必ず視野が広くなり、自分は本当に
勉強不足だと痛感します。

だから謙虚になってしまいます。

いかに自分が無知であったかが分かり、
恥ずかしくなります。

「足りない部分を知る」ということです。
ゆえに、勉強をして本当に変わるのは
「知識の量」や「知恵の量」ではなく姿勢です。

「自分は本当に狭い世界にしか生きていない」
「限られたことしか分かっていない。世間知らずだ」

そういう気持ちが「疑い」から「確信」に変わります。

勉強をすればするほど、
自分の知っている知識はほんのごくわずかである
ということが痛感できます。

「世の中は分からないことだらけだ」
「もっと人の話を聞こう」という姿勢になります。

本当に勉強ができている人は、
夫婦関係でも親子関係でも
親戚づきあいでも職場の人間関係でも
喧嘩がなくなります。

物腰が柔らかくなり、
謝ることができるようになり、
謙虚になります。


がらりと姿勢が変わり、
まったく別人になります。

そういう人が、最も頭がいい。

「頭がいい」とは、
そういう「事実」ではなく「姿勢」のことです。
「勉強をしようとする姿勢」です。
 
勉強をした結果
「謙虚になった姿勢」です。

知識や知恵の量は、
宇宙全体の膨大な量から見れば、
実に大したことはありません。

人が生きている間に触れる知識の量は、
宇宙全体の量からすれば、
少なすぎることなのです。


▲http://ameblo.jp

人生をいちいち面白くする

最近、私は「面白がる力」を鍛えています。
なので、日々いろいろと面白いです。

そんな今日の記事は、
人生をいちいち面白くしたい人
に向けて書こうと思います。

まずこの、

「面白がる力」とは、一体何なのか?

説明しますね。


「面白がる力」とは、
目の前の出来事に対して、
「いちいち面白がれる力」

のことです。笑


まるで、M-1を優勝した時の、
チュートリアル徳井のように、

どうでもいいような事にも、
いちいちリアクションして、
面白がってしまえる力です。



そんな感じで最近は、

ご飯を食べたら、

オーバーリアクション気味に、

「うまっっ!!!」

と言ってみたりしてます。笑


そしたら、
いつもよりご飯が美味しく味わえたりします。笑


私は、
最高に美味しいご飯を食べる方法
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
には、2通りあると思っています。

一つは、
「高級レストランに行って、
高級料理を食べる」という方法。

もう一つは、
「美味しさを最大限に感じれる自分になる」
という方法です。

この「面白がる」というのは、後者の方法です。

こうやって、

「うまっっ!!!」と
最高にリアクションすることにより、
楽しくなってくるので、

素材の味以上に、
美味しさを味わうことができる

のです。

要は、

「自分が反応した分だけ、
受け取れるものがある」


ということです。


同じく、

人生を面白くする方法
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
にも、2通りあると思っています。


それは、自分の

「外側」をコントロールする方法と、
「内側」をコントロールする方法です。

ご飯の例で言うなら、
最高に美味しいご飯を食べる為に、

お金を稼いだり、高級店に行ったりして、
いつも美味しい料理を食べれるようにするのが、

自分の「外側」をコントロールする方法で、


「美味しさを味わえるような自分」に
常に自分自身をチューニングするのが、

自分の「内側」をコントロールする方法です。


どちらも大事ですが、

私は、「内側」をコントロールする方法を
まず磨くことをオススメしています。

なぜなら、自分の「外側」のものは、
自分ではコントロールできないものが多いからです。


分かりやすいところで言うと、天気なんて、
自分の力ではどうすることもできませんよね。


例えば、多くの人が
憂うつな気分になるとされる、雨。

見方次第で、その雨が降ってるのを見て、

気を滅入らせることも出来るし、

逆に、

雨を面白がって、楽しむ
ことだって出来るわけです。


つまり、

「目の前に起きている
出来事そのもの」


よりも、

「自分がそれにどう反応するか」

の方が、

" 自分の心を決めている "

ということです。


要するに、「面白がる力」とは、

人生の主導権を、
目の前の出来事に奪われずに、


人生を、

『自ら主体的に面白くする力』

なのです。そして、

こうやってアホになって
「面白がる力」を鍛えていくと、

どうなるかというと、、


起こる出来事に対して、
肯定的に反応できるように
なっていきます。

つまり、
「肯定的なものの見方」が身に付くのです。

こうなると、

「自分」に対しても、肯定的な見方ができる
ようになってきますし、

「人」に対しても、肯定的な見方ができる
ようになってきます。

そして、
「人生」に対しても、肯定的に見方ができる
ようになってきます。


何も、ポジティブ一辺倒が
良いというわけではありませんが、

起こる出来事に対して、
基本的にポジティブに反応できると、

たとえネガティブな出来事が起こったとしても、
前向きに向き合っていくことが出来るのです。


なので私は、

「今この瞬間」の素材の旨味を
最大限に味わうためにも、

「面白がる力」を磨き中なのです。

それに、いちいち反応が良いと、
自分も人も、いちいち楽しくなってきますからね。


自分の人生、

面白いことが起こるのを
受け身で待つよりも、

自ら主体的に面白くしていく。

もっとアホになって、
人生を、そして自分を面白がっていこうと思います。笑


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若返りの薬はありますか?

肉体的に若返る不老不死の薬は知りませんが、
精神的に若返る薬であれば、知っています。
ここだけの話です。
 
「わくわく」です。
 
わくわくする経験は、
必ずあなたの心を若返らせます。

若返りの薬は、病院にいかなくても、
日常にたくさん存在しています。

恋愛をする
話したこともない人に話しかける
新しい習い事を始める
好きな本を読む
海外旅行をする

わくわくする経験は、日常にたくさんあります。
ただ私たちは、恥ずかしがったり、
怖がったりして、手にしていないだけです。

すべては、自分しだいです。

「怖くてできない」という人は、それまでです。
だんだん精神的に衰えていきます。

わくわくする経験を自分から求めていく人は、
いつまでも老いることはありません。

肉体的に衰えることはあっても、
精神的に衰えないのです。

年を取っても初体験をしようとする人を、
私たちは「お年寄り」とは呼べません。

「まだまだお若い」と感じます。

そういう人は、
事実、精神的に若いのです。

新しい刺激が脳を活性化させ、
若返らせる薬になるのです。


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「楽しむ」ことの
何がいけないのか?


日本では、戦後から高度経済成長期にかけて、
特に仕事の場やスポーツの場で、

根性論や「会社のため」という
価値観が幅を利かせていました。

ところがバブル期が始まる1980年代頃から、
一転して「楽しむ」という考え方が
もてはやされるようになりました。

この「楽しむ」という考え方は、
あるニュース番組でキャスターが、

オリンピックに行く選手たちに
「楽しんできてください」と言ったのが
発端だったとも言われています。

確かに「楽しむ」というのは、
その当時には新しい発想でした。

それまでオリンピックに参加する選手は、
「お国のために」「国民のため」に

死に物狂いで頑張らなければならないという
戦中的な価値観を持たされてきたわけです。

金メダルを期待された選手が、
もしもメダルを取れなければ、

「恥を知れ」「頭を丸めろ」などと
言われたことすらありました。

それが、「楽しんできてください」
という言い方に転換されたわけです。

当初は、この考え方はとても新しかったのです。

しかし、どんなことでも
「楽しむ」という言い方をするうちに、

今ではかえって「楽しむ」に
縛られるようになってきました。

発想の転換は、転換したその時には
誰かを楽にするものですが、

やがて手垢がつき、
曲解され、劣化するものです。

「楽しむ」ももはや、スポーツ選手、芸能人だけでなく、
ビジネスパーソンも普通に使うようになり、

職場でも、「この仕事を楽しみます!」
「このプロジェクトを楽しめればいいと思います」
といったセリフが、連発されるようになりました。

「楽しむ」の何がいけないのか?
と思う人も多いでしょう。

しかし、「楽しむ」ことを目標にするのも、
行き過ぎて、「楽しまねばならない」に
縛られるようになると疲れてしまいます。

楽しくないことまで楽しもうとするのは、
やはり無理があります。

そこでお勧めしたいのは、
「楽しむ」のではなく「面白がる」です。


▲https://happylifestyle.com

どんな夫婦も、結婚してから、
必ず思うことがあります。

「離婚したほうがいいのか」
という迷いです。

最高だと思って
結婚したはずのカップルが夫婦になり、

一緒に暮らし始めると、
後から変わることがあります。

態度が変わったり、言葉遣いが変化したり、
新しい癖や習慣ができたりなどです。

夫婦前は仲良かったのに、
夫婦になってしばらく経つと、
なぜか対立や衝突が増えてしまいます。

なぜでしょうか。

成長をすれば、人は必ず変わるからです。

昨日のあなたと今日のあなたは、
わずかに違うはずです。

去年と今年とで比較すれば、
差はもっと大きくなるでしょう。

それは相手も同じです。

「こんな人より、
もっといい人が世の中にいるに違いない」

そういうことを考え始めていると、
キリがありません。

理想だと思って結婚した当初は、
たしかに趣味も考え方も一緒であった。

そのときは、たしかにそうだったのでしょう。

しかし、結婚後、成長するにつれて
次第に違いが生まれてきます。

これは、誰と結婚しても同じです。
成長によって、あなたも変わるし、
伴侶も変わります。

すれ違いはあって当然。

時間が経ち、経験を積めば、
わずかな違いは増えていきます。

昔とは変わったから、
腹を立てるばかりでは仕方ありません。

結婚後に大切なのは、そうしたお互いの
成長による違いを楽しむことです。

「変わったことしているね。面白いね」
「なんだか変だよ。珍しいね」
「おかしいよ。でもいいかもしれない」

そういう受け入れる心があれば、
逆に夫婦の仲はよくなります。

夫婦とは一緒に
受け入れる器を広げていくことです。

成長して、違いが生まれ、
それを楽しむ姿勢があれば、

寛大になって受け入れることが
できるようになります。

それが円満な夫婦生活になるのです。


▲http://plaza.rakuten.co.jp

日々、退屈している人は、
まわりを退屈させてしまうもの。

だから、
自分が退屈しないようにすることが、
人間関係では鍵になってくる。

退屈しないためのポイントは、
違いを楽しめる、面白がれるかどうか。

自分と人との間には、
山ほどの違いがある。

そもそも、

顔や体型が違うわけだから、
考え方や感じ方は、もっと違うのが当たり前だ。

にもかかわらず、

目に見えない部分に関しては、
なかなか違いが認められない。

俺と顔が違うから許せない!
という人はいないのに、

考え方が違うと言っては
喧嘩になっているわけで、
そんなのはおかしな話だ。

違いに対してイライラするのではなく、
違いを楽しめるようにする。

こんな考え方もあるのだと、
面白がってみる。

違いにイライラする人は、
イライラしたくないという力が働くから、
人のつながりにふたをしがち。

孤立してしまう。

孤立している人間というのは、
自分も退屈するし、はたらから見ると
すごく退屈な人間。

違いを面白がっている人は、
すごくオープンで、自分も退屈しないし、
まわりを退屈させることもない。

人間関係がとてもスムーズに運んでいく。

夫のやることに対して、「理解できない!」と、
あきれたり、怒ったりするのではなく、

「こんなこと考えているんだ」と、
面白がってみる。

テレビで「ダーウィンが来た!」を
見て楽しむ感覚。

そんなふうに人を見れば、
毎日、退屈しないし、相手を退屈させない。
とてもいい人間関係が築けるはずだ。

うちの家内は、
今日も、せかせかと出かける準備。

立ったまま朝ごはんを食べ、
台所と居間を小走りに行ったり来たり。

あれで、何分、節約できるのだろうか。

あんまり意味ないと思うけど、
一生懸命だから、何も言わないようにしよう。

そして、両手に
荷物をいっぱいぶる下げて出ていく。

妖怪セカセカボンと名付けよう。
そんな感じかな。



人生楽勝

これ、なんて読むか分かりますか? 私には、
人生しんだ者」と読めます。

人生の目的は「成功する」ことではありません。
楽しむ」ことです。

「人生山あり谷あり」と言いますが、
「谷」すらも人生の彩り。
それも、楽しむためのものです。

「うまくいかないこと、辛いこと」
それすらも、見方を変えて楽しんでしまいましょう。

私達は、この人生を楽しむために生まれてきたのですから。



私は、以前のブログでこう書きました。

今生の人生のシナリオは、
生前の自分が描いた"魂磨き"のシナリオです
。」

その前提に立つならな、
今生の人生を楽しく満喫していること。
それこそが「成功」なのです。

物欲に執着して、
「人をだまし押しのけても金持ちになる。」
「金持ちにならなければ、自分は幸せではない。」
そう思い込んでること自体が、「不成功」なのです。

もっと、今の人生を楽しみましょう!

魂的には、「人生を楽しむこと」
それが「成功」なのです。

今いる環境の中で、どれだけ楽しく過ごせるか?

それが、あなたに出題された「今生での最難関のテスト」です。



アフリカのある部族は、人生は楽しむためにあると言い切ります。
あの世で退屈したから、この世に遊びに来たのだと言います。
だから思いっきり人生を楽しんで幸せに死んでいくのです。

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人生楽勝!
人生は楽しんだ者勝ち!

この新たなフレーム(解釈法)で、毎日をとらえ直してみませんか。



対戦ゲームみたいに、悩みや苦しみを「ボスキャラ」に置き換えれば
攻略する過程を楽しめるゲームに変わります。


以下は、「人生 楽しむ」というキーワードで出会ったサイトからの引用文です。

^^^^^^^^^^^^^^^^
楽しむ
http://www.copywriter-copy.com/d/5.html
^^^^^^^^^^^^^^^^



楽しく疲れよう!


子供の幸せは、楽しく遊んで、ぐっすりと寝ることです。
大人の幸せは、楽しく働いて、ぐっすりと寝ることです。
子供も大人も、楽しく疲れるほど、幸せなことはありません。

人生を2倍生きるコツ

人生を2倍生きるコツは、2倍苦しんで2倍楽しむことです。
人生=時間ではありません。人生=経験なのです。

予想外を楽しもう!

簡単だろうと思っていたことが、
始めてみたら意外に難しかった。
よくあることです。

難しいだろうと思っていたことが、
始めてみたら意外に簡単だった。
よくあることです。

予想外なことがあるから、世の中面白いのです。



人間関係でも、趣味や仕事の場面でも、
予想外に手強かったら、余裕をカマして
その状況に対して、こう言ってやりましょう。

ほー、若いの。おぬし、少しは出来るな!」

人生のベテランが、ひるんではイケマセン!
あくまで余裕コイて、迎え撃つ余裕をカマすのです。

かかってきんしゃい!

時間はたっぷりあるのです。
アドレナリン全開で、攻略する過程をじっくり堪能しましょう。

楽しむのが一番ラク

手抜きをして仕事をすれば、肉体的にラクはできます。
その仕事は、手抜きをするぐらい楽しくないということです。

仕事を楽しんでいる人は、手抜きをしません。
手抜きをしたら楽しみが減るからです。

究極の手抜きは、仕事を楽しむことです。
楽しんで仕事をするほど、ラクなことはないのです。


工夫次第で楽しくなる

同じ仕事も、道具と場所を変えるだけで楽しくなります。

文房具をお洒落にしてみる。
音楽を流してみる。
壁に絵や写真を飾ってみる。

工夫次第で仕事は楽しくなっていきます。

上手くなると楽しくなる

デジカメやガーデニングなども、
上手く出来ないうちは楽しくありません。

コツがわかって、上手く出来るようになると、
どんどん楽しくなります。

趣味に限った話ではありません。
どんなことでも同じです。

楽しくなるまで続けるのも、
続けるコツなのです。

ユーモアを楽しもう!



頭の固い人は、ユーモアがありません。
人は、ユーモアのある人に惹かれます。

新しい情報を入れない、
考えの合わない人を避ける、
新しい事に挑まないなどをしていると、
視野が狭くなり、ユーモアでなくなります。

勉強するほど頭は柔軟になり、
ユーモアも自然と生まれてくるのです。

最近あった面白い話をしよう!

「最近、面白いことあった?」
と訊かれて即答できますか?

日常に刺激のない人は、この質問に即答できません。
些細なことでいいのです。

「映画が面白かった」でも
「子供がこんな面白い行動をした」でもいいのです。

些細な出来事を面白いと感じられなくなったとき、
世の中は面白くなくなるのです。

"面倒くさい“を楽しもう!



この世に「面倒くさいこと」などありません。
あなたが「面倒くさそうー!」と
決めてつけているだけなのです。

私は片づけが苦手で、面倒臭いと思う方ですが、
片づけを生きがいにしているキレイ好きの方もいます。

「メンドクサイ」というのは
「メンドクサソー」というイメージなのです。

やろうと決めたことは、そんなイメージを脇に置いて
とにかく取り組んでみることです。

たとえば、朝のウォーキングもそうですが、
「今日は休もうかな…。なんかメンドクサイ!」と思っても、

玄関のドアを開け、いったん外に出て歩き出せば
「うわぁー、気持ちの良い朝だなぁ!」と
喜びを感じた経験もあるはず。

先延ばしにしないで、とにかく行動するすること。
やり始めたら、面倒臭さは薄れてゆきます。

まして、まわりの誰もが「面倒臭い」と思っていることにこそ
あなたがやる価値があります。

そこは、あなたの独擅場です。

上手くやれなかったとしても、誰も責めたりしません。
責めたら、自分がやらなきゃならないからです。

そんな場面があったら、ラッキーと喜んで取り組みましょう。

「不快な気分にならないゲーム」を楽しもう

この世の中には、自分の感情任せでモノをいう人間もいます。
そんな「バカヤロー」とかかわりを持たねばならないひと時は、



こいつは、傍若無人キャラをウリにしたお笑い芸人だ」と思って
そいつの芸風を観客として満喫させてもらいましょう。



やたらとこちらの落ち度ばかりをあげつらう上司や趣味仲間にも
よっ!"ツッコミ名人"!今日もキレてるねぇ!」と、
観客として向かいあえば、結構ウケます。

あとで思い返せば、爆笑できるほどの滑稽さが
あなたを2度も楽しませてくれるはずです。

人生の目的は、「成功する」ことではなく「楽しむ」こと。



悩み、不安、絶望…、

あなたを包む闇がどれだけ深くても、
マッチ一本の炎にはかなわない。


感謝」というマッチを擦って、
希望」という火を灯せば、道が見えてくる!


そのことさえ知っていれば、
どんな現象にも負けはしない。

それはあなたが、病の床にあっても同じこと。
家族の介護に自分を責めるより、感謝の笑顔を向けよう!

そのことさえ忘れなければ、あなたの人生は、

いつまでも楽勝です!



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