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夫の介護について



現在ご主人の介護を頑張っている方に
ほんの一行でも参考になることを願って
この記事を転載いたします。

BY ナガサキ・ブタロー





自己紹介

横浜市泉区に住んでおります森山晏子でございます。

夫は皆様よくご存知の森山志郎で、
何時も皆様にお世話になっております。

昭和60年9月11日以来
私は介護者の立場になりました。

もう20年間にもなります。

昨年、福島大学にて話しました
「中途障害者となった夫を介護して思った事」が、
滝野様のお目に留まり、これを中心にしてお話をして欲しい、
とのご依頼を受けました。

現在は、介護者の会にも携っておりますので、
高齢者介護についても、共通する事も
お話させていただきたいと思っています。

余り模範的なお話では無いのですが
お聞きいただければ嬉しゅうございます。

リハビリについては、焦らせてはならない。


リハビリは、早期に始めた方が
効果があると言われます。

夫が脳梗塞だと分った時、
私は友人や親戚の医師に電話で聞きました。

まだ筋肉がある間に
リハビリの運動を始めた方が良いと言うので、

私も症状が安定して起立訓練が始まると、
一生懸命励まし、手伝い、一緒になってしました。

しかし、良くなりたいと一心に思っている本人に
追い打ちをかける様な励ましをしたからでしょうか、

肝臓障害でリハビリは一時中止、
そして1ヶ月経って再開の許可が出た時には、
見るも無残な姿でした。

障害が有る手足を動かすことは、
健康な時の運動とは違い、疲労度も大きいようです。

でも、使わなければ筋肉が失われてしまい
動かなくなってしまう、廃用性症候群と
今日言われる症状です。

マヒの無い方、高齢者でも、程度は違っても
筋肉は使わなければ失われてしまいます。

運動は上手に続けていく事が大事なのだと知りました。
現在では、このような事は余り聞きません。
随分診断も、対応も、進歩したと思います。

優しいだけでは支えられない

リハビリ運動が再開された時、私も疲れきっていましたし、
医師の注意もなくて不安でしたので、経験のある付き添いさんに
リハビリの時間は付き添ってもらいました。

これは、いろいろとありましたが、
とてもよい結果を齎したと思います。

リハビリは甘やかしてはならないと言われます。

この付き添いさんは私では出来なかった訓練も、
運動のきっかけ作りも、ドライにこなし、
随分厳しいと思いました。

しかし、筋肉を労わりながら無理なく動かし、
ひどい炎症も起こらないように注意して訓練していました。

杖をついて歩けるようになった時は
本当に嬉しくて、只々感謝しました。

リハビリは甘やかしてはいけない
と言う事は本当だと思いました。

中途障害者になった夫を介護して感じた事
しかし家族が冷たく突き放したり、無関心になることは
本人の意欲を失わせる場合も有るのではないでしょうか。

ゆっくりだったら出来ることを、
してあげてしまう事は、

嬉しい事かも知れないけれど、
人によっては自尊心を傷つける事にもなるようです。

意欲は大事にしたいので、じっと待っているとか、
見ていて本人の意図が可能になる方向の手を出して成功させ、
共にそれを喜んであげる方が良い結果を生むように感じます。

又「うつ状態」になってきたときは、
優しく接する事が必要だと私は思います。

痺れや痛み、麻痺の辛さは、
経験の無い者にとっては理解する事ができません。
只聞いて頷くしかないのです。

私は黙って側にいました。

これはとても辛く辛抱のいる事で、
「支える」には、強さも必要なのだと知りました。

本人の意欲についての対応のしかたは、
とても個人差があるので、身近に居る方の(ご家族)判断が
大事になるところでしよう。

突き放されて元気になった方、潰れてしまった方、色々です。

いずれにしても、意欲には、
本人の気付きが大事なのですが、
それを育てる感覚も大事にしたいと思います。

お年寄りを介護する時は、能力低下が問題なので、
やはり気長に対処するところは同じです。

毎日の生活はなるべく
平常時の様に、病人扱いしないこと。


退院して家に戻った時をけじめにすると
良いのではないかと思います。

何時までも病院生活の延長で、お寝巻きで一日過ごしたり、
ぶらぶらしたり、病人らしい生活はよくありません。

病院生活の延長ではなく、
平常の家庭生活に戻すつもりで、

朝の洗面、着替えを、時間がかかっても行い、
食事もなるべく一緒にして欲しいのです。

しかし、障害の程度も違いますし、
家族構成も異なる事ですから出来ない場合もあるでしょう、

初めから完全にしようと思はないで、
省けることは後回しにして、介護者が疲れないように
して欲しいと思います。

高齢者の場合も、その程度によって違いますが、
基本的には同じでしょう。

家族もその障害に馴れる事。

本人にとっても、又家族にとっても、
こんな障害は初めての経験である事が多いと思います。

私は、一生懸命になって、
どうにかして夫を元気にさせようとする余り、
人から恐ろしがられた経験があります。

「以前、ここに怖い顔したお婆さんがいた、
髪も真っ白で、そのお婆さんが、要らないと言ったら要らないよ」
と言ったそうです。

その様な経験からお話に行った時、
「介護は疲れるのでボランティアさんにお願いしてでも、
お休みを取るように」と話しましたら、聴衆が顔をしかめていました。

これは、本人と介護者のそれまでに築いてきた
家族関係に関わった問題でも有り、納得しました。

「碌に介護をせずに遊び歩いている」と言われたのです。

でも、介護をするということは、自分のいまの生活に、
プラスアルファーとして1つの仕事が加わることでもあるのです。

どこかで息抜きすることが大事なのです。

それが後日、

私が「介護を考える会アイリス泉」を作り、
責任者になった理由です。

障害者と家族の問題は、それぞれの家の
歴史に関わる問題も多く、本当に一口では言えない
複雑さが有ります。

二人三脚をと思って取り組まれる方は、
初めから理想を追うのではなく、

出来ることをして1日過ごすつもりで、
お互いに障害に慣れる事が大事です。

機能は少しずつ回復して来ますが、
とても時間が掛かります。

しかし不具合も慣れてくると
出来る範囲も広がってきますから、

時を稼ぐつもりで焦らない事です。
家族が焦ると本人は、もっと辛く感じます。

高齢者の問題では、
この部分でのトラブルがとても多いようです。

現在は介護保険が施行されて、
この点は少し良くなったと思いますが、

先に希望が持ちにくい点、
我慢できない限度、問題は大きいと思います。

自信を失わせない努力、安心できる場を作る

それまでに果たして来た役割は、
なるべく変えないことが良いようです。

お仕事が続けられる場合には、
残存能力に応じた無理のない勤務が
出来るような条件を整える必要があると思います。

家庭での生活が、主体になる場合は、
何か小さい事で良いのですが、

成功する可能性の高い事に挑戦して成功させること、
少しずつ目標を上げて成功させること等、

成功の連続は、本人の自信の回復に
つながるように思いました。

中途障害者になった夫を介護して感じた事私たちも、
写真集を作ったり、写真展をしたり、旅行に行き、

新幹線の中を一人でトイレまで歩くのに
座席を伝うことを覚えたり、
いろいろ「出来た!」と喜びました。

こんな小さな成功体験を大事にしました。

又、同じ障害を持たれた方のサークルに入る事は
とても効果があります。

これは夫が「ほのぼの会」という
保健所の機能訓練教室に入り、

その後「泉睦会」という自主グループで
いろいろとしましたが、とても大事な機会だったと思います。

家族の方も一度、一緒に行かれてみると
その状態が良く分ると思います。

その障害者仲間の中でどんな状態なのか、
障害のある方にはどう接したら良いのか、
介護をしている者にとっても得るものは大きいと思います。

色々な人がいらっしゃるので参考になります。

本人は勿論、家族もパワーを貰います。
退院した後には、是非この様なサークルに入ることを
お勧めしたいと思います。

社会から隔離されてしまうことは良くありません。
新しいお友達関係が広がることは、

勇気をいただけることになります。

又、障害者になられても、
今までの友人関係も大事にしてください。

家族が、恥ずかしいからと止めたりするのではなく、
むしろ積極的に社会との繋がりを持つようにする方が、
張り合いのある生活が出来る様です。

年齢にもよりますが、
若い方でしたら後の人生が長いのですから、

基本的なリハビリ運動を続けながら、
再発の予防に気をつけて、新しい人生設計を
なさる事をお勧めします。

月日と共に少しずつですが
自由度が増してきて出来ることが増えますから、
諦めないことです。

高齢者の場合では、一人で楽しむだけでなく、
出来れば沢山の人に囲まれて過ごすと、
生き生きと過ごす事が出来ます。

今横浜市では、各地で「支えあい連絡会」を作り
高齢者が孤立しないように働きかけています。

能力の低下は、夫々ですが、なるべく、
役割は奪わないで上げられたら本人は幸せでしょう。

健康管理に協力して
再発させないよう心がける。


脳血管の障害を持った方は、
何か生活習慣上にも原因持った方が有るようです。

原因と思われる事には最大の注意をして
再発の予防を心がけます。

周りの人の心配りが、
本人の自粛を促す効果もあります。

煙草などを止めさせる方法として。

食事療法は、本人に責任を持って
もらわなければ困りますので、
一緒に覚え、協力します。

後は、本人にまかせ自己責任の範囲で
管理してもらいます。

高齢者の食事については、
楽しみの一つでもあり、

嚥下、消化、については、
よく心がけて置く必要がありますので、
学ぶ必要があります。

介護者が同じスピードで行動すると
疲れてしまうので、工夫が必要。


歩行訓練を始めたばかりの時など、
一緒に歩いて、歩調を合わせて歩いてあげるのが

一番優しい方法なのですが、
それを続けていると、とても疲れてきます。

目のとどく範囲まで先に歩いて待っているとか、
特に重い荷物を持って動く時などは、

自分のスピードで歩いて荷物を降ろして待つとか、
先に送ってしまうとか、何か良い方法を考えるようにして、
疲れてしまわないように工夫します。

介護をする方は、自分も一人で
居る自分の時間を持つ事も大切です。

これをするのに何か良い知恵は?と
積極的に考えてくよくよしないのです。
少々の事は許してもらいましょう。

一緒に居ても楽しいようになるには,
介護者が「ゆとり」を持てる様に行動して、

話しあい、時には喧嘩もあり笑いもありで、
逃げないで過ごしていると何時しか、

お互いの理解が生まれ、労わり、
信頼関系が出来て来るように思います。




▲上画像にリンクを貼っています。是非覗いてみてください。

Make up your mind to be happy.
Learn to find pleasure in simple things.


自ら幸せでいられるようにしなさい。
ありふれたことにも喜びを見つけるのです。

No one has everything, and evryone has some sorrow
mixed in with the glaness of life.


すべてのものを手に入れられる人はいないし
誰の人生においても喜びと悲しみが入り混じっているのです。

Don't worry about what's ahead.
Just go as for as you can go-from there you can see father.

この先何があるかなんて、心配することはありません。
出来る限り前に進みなさいーもっと遠くが見えるように。

斉藤一人さんの講演録「自分探しのたび」




はい、おはようございます。

今日はですね、『自分さがしの旅』という話をします。

『自分さがしの旅』って何ですか、っていうとね、ほんとの自分ってどんな人だろう、自分ってどんな人だろうとかなんだけど、一時、『自分さがしの旅』って流行ってね。

青森行ったとかね九州行ったとかさ、いろんなことあるんだけど、自分のルーツ探るというのがあるんだよな。
おじいちゃんが出たとことかさ、先祖が出たとことかさ、そういうのと俺が言っている『自分さがしの旅』とはまた別の話なんだよね。

俺が言ってる『自分さがしの旅』とは、あなたは本当にあなたですか、あなたはあなただと思ってるけど本当のあなたですか、ということを、ここんとこ問い続けてるんだけど、結局、あなたは本当にあなたですか、って言ったとき、あなただと思っているんだよね。

だけど、そのあなたって親に言われたことがずいぶんあるんだよね。
わかるかな?
周りの人に言われたとかさ。
たとえば、この成績じゃだめだよ、いい学校行かなきゃだめだよ、とかそれを100回も1000回も言われているうちに頭の中にはいっちゃうと、自分の考えのように気になっちゃうんだよな。


それから、心配性なんですけど、って言うけどその心配性ってさ、何て言うのかな否定的な言葉で育てられちゃうとそうなっちゃんだよな。たとえば、ゴキブリが嫌いな家って、『ギャーの法則』って言って、誰かがギャー、って言う人がいるんだよな。

そうすると、子どものときに大の大人がギャー、って言うと大変なことが起きたんだ、それが脳にインプットされちゃうと、ゴキブリを見るとギャー、って言うようになっちゃうんだよな。

ところが、言わないでポンとひっぱたいて殺しちゃう家だと、ただの虫が出ただけで、何のことはないんだよな。

だから、人間って、自分が否定的になっちゃったとき、自分が消極的になっちゃったとき、自分が悲しい性格になっちゃったとき、それって何だろう?ってことを、一回原点に帰って。

どこへ旅するんですか、って記憶のなかを旅をする。
自分の記憶を旅してみるんだよね。

たとえば自分が自信を失っちゃった、っていうときに、人の能力ってたいして変わらない。
脳細胞ってたいして変わらない。
ただ、ものすごく自信がなくて生きている人と、自信満々で生きている人がいるんだよな。

それって、どこでそうなっちゃったんだろ。
たとえば、成績が悪かったら、ろくな生活が送れないよ、って言いながら事実上、どこの学校へ行ってもさ。
学校で一番頭が良かった人が一番出世してますか、って言うと絶対ないぐらいないんだよな。
ということは、歴然たるウソなんだよな。

だけど、ウソの問題じゃなくて、何回も言われるとそれが脳にはいっちゃうだよな。
わかるかな、だから、あなたが自信を失ったことで、あなたが今使っていることはありますか、って言ったとき、たとえば、駆け足が遅くて、いつも運動会でペケだった、って今、あんた駆け足してますか、っていってもしてないんだよな。

ここんとこ何年も駆け足してません、って10年も走っていない人がいっぱいいるだよな。
人生において人に追われることもなきゃ、追っかけることがないのが普通の人生なんだよな。

だけど、何かスポーツができないことで自信を失うってなっちゃうんだよな。
だから、英語ができなくて自信を失った人もいるんだけど、その後、英語しゃべりましたか、って言うとその後、英語に縁がない世界に生きてるんだよな。

人間っていうのはね、困らないようにできてるんだから、英語をしゃべる人は英語を好きになるようになってるんだよな。

脳とか、からだ、心は自分の未来を知っているから、方程式見たときにいらない、ってなっちゃうんだよな。
だから、全くこれに興味を示さないんだよな。

わかるかな?
興味示さないものに一生懸命努力してやると、努力は4倍から5倍要るんだよな。
で、結果は3分の1ぐらいしかでないんだよ。

そうすると、余計に努力しても努力しても覚えられなかったことに関して、自分に嫌悪感みたいなものを覚えるけど実はそうじゃないんだよな。
要らなかったこと、なんだよ。

だから、心の故郷へ旅して、中学校で自分は英語ができなかった、って英語ができないんじゃなくて自分は英語が要らないことを見抜いていた天才だった(笑)
)違うんだよな。
自分が運動ができなかった、じゃなくて自分という人間は、人を追っかけたり追いかけられたりするんじゃなくてもうちょっと落ち着いた人生を送る人間なんだ、ということを旅をして、ひっくり返していくオセロゲームみたいにな。
黒いものを白いものに変えるあの、俺たちって黒白黒白みたいなものになってる。
それを、黒が多いとたとえ話ですが否定的になっちゃたりするんだよな。

だから、何ていうかな親が期待する自分が期待に答えようとする間違っていい成績とっちゃうこともあるじゃん(笑)
人間っていうものは間違いがあるからね。
そうすると、親はそれが間違ってるとは思わないから期待かけるんだよな。

その期待に答えられないと、自分が何か親に申し訳ないような親の愛情を失うような気になっちゃったり、親が悪い成績だとがっかりする。
それに傷ついたりするんだよな。

だけど、その当時の頃に旅したとき、今から見るとわかるけど、親って未熟なんだよ。
そのときは、子どもだから親が完璧に見えたんだよ。
わかるかい?

だけど、俺たちも親になると分かるけど、全然完璧じゃないんだよ。
だから、子どものころに大人を見ると大人ってすごい完璧なものに見えたんだよ。

自分が大人になったら完璧どころか、ただ外見が変わっただけで若い頃と変わらないんだよな。
大人って落ち着いてるな、それって、ただ落ち着いているように見えてくたびれてるだけ(笑)
動きが鈍くなってるだけ(笑)
それだけなんだよな。

そうすると、その原点まで帰ったときに、未熟な親がよく子どもを育てたなとか、育児放棄をしないでよく育てたな、とかありがたくなってくるんだよな。
要するに、子どもだから親が完璧だ、と思ったんだよな。

で、親ってものすごく未熟なんだよな。
わかるかな?
魂って全然別なのに、悲惨な子どもっていうのはな、親が頭がいい人の子どもなんだよ。
ほんとなんだよ。

なぜかというと、自分たちが勉強ができたものだから、子どももできると思うんだよ。
夫婦で勉強ができたら、そこに生まれた子はエラいところに生まれちゃった世界になっちゃうんだよ。

スゴイ話があって、うちの子どもが小学校のときね、月曜から土曜まで塾に通っている子がいてね、日曜日はお父さんが勉強を教えてくれるんだって。
で、お父さん、学校の校長先生だって(笑)

その子、勉強できるの、って全然できないんだって(笑)
それ、聞いたときね、これ地獄だ、って(笑)

これがまたおもしろいもので、勉強ができる子って、前世自分が親だったときによその子、勉強ができない子を見てだらしないと思うか、親がだらしないと思うか何か思ったか、言ったりしたんだよ。

そうすると、自分のところに勉強嫌い、勉強のできない子どもが生まれるんだよ。
その結果、そういう子ができたときの親の気持ちがやっと分かってそこで魂が成長するようにできてるんだよな。

で、今から話す話はそっちの話じゃなくて、因果の話じゃなくて、今日、俺が話したいのは『自分さがしの旅』で。
だから、もし勉強ができない子がいて両親ができたとするじゃん。
そうすると、自分たちが勉強できると当然と思ってるくらい、未熟なんだよな。
だって、両親が全然できなくてもできる子はできるんだよ。
わかるかい?

世の中っていろいろなケースがあるのに、勝手にそうだと思いこむというのがあるんだよ。
要は、親って未熟なんだよ。
自分たちが勉強できれば子供もできると思っちゃう。

なかには、自分たち親子にはこんな頭のいい子はできるわけない、って。
でも、その子がノーベル賞をもらっちゃったり、何があるかいろいろわからないんだよな。

で、広く見れば世の中のことって、いろいろわかるんだけど、ただ自分が親から言われて傷ついたりこういうこと言われたとか、そういうところへ行ったときに大人の目で見たときに精神的な治療法で、今の大人が傷ついたときそのときの子どもになってお母さんやお父さんに自分が言いたいことを言ってごらん、って言うと泣きながら言う、っていう会みたいなものがあるんだよ。
で、俺はそれ、無駄だよ、って言ってるの。

何を言いたいのかというと、その時に戻って親を見てごらん。
ただの未熟者なんだよ。
あんな未熟な親がよく育児放棄もしないで、ともかく生んでくれてありがたい。
それから、俺たちって小さい頃は育ててもらうしかないんだよ。

育ててくれてありがたい、ね。
だから戻って感謝したくなるまで、親のことをそこの子どものときになって見るとありがたい、って気になるんだよな。

あの、学校の先生がよくね斎藤君はろくなもんにならない、って言うんだよ。
お前、易者か、って(笑)
俺の未来がわかるか(笑)

な、問題は俺は、成績は悪いんだよ。
成績が悪い人間を自信持って出さなければダメなんだよ。

成績がいい人間なら成績がいいから大丈夫だよ、とか。
成績の悪い人間をつかまえて成績が悪いからダメなんだよ。

じゃ、成績が悪くて自信までなくしたらどうやってその人間は生きていくんですか、って。
ね、だから、斎藤君も質悪いけど、先生 も質が悪いんだよな(笑)

ただ、俺は平気で冗談で言えるからいいだけど、傷ついちゃう人がいるんだよ。

簡単に言うと成績が悪い人間に、斎藤は成績は悪いけどさみんなを明るくしてるよねとか、人がいっぱい集まってくるからさ。
社会に出たら偉くなるよ、とかさ、相手が喜ぶことを言わなきゃならないんだよ。
で、それを言えない先生だったんだよ。
簡単に言うと、未熟なんだよ、非常に。

そうするとこの人は未熟だったのによくこれで先生、務まったな、とか(笑)
わかるかい?
いろんな自分が傷ついたところへ行って、オセロ見たいにひっくり返してくるんだよ。
クルックルッとね。

そうするとそれが現在まで至ると、簡単に言うと過去は変えられるんだよ。
だけど、未来は変えられないんだよ。

それを、知らない人は、過去は変えられないけど未来はどうにでもなる、っつうんだよ。
ならないんだよ。

なぜかというと、不幸ぐせのついているやつは、今日も明日も不幸グセがあるんだよ。
それを、過去に戻ってひっくり返すんだよ。

で、俺たちは過去はどうにでもなるって思い出しか残ってないんだよ。
思い出って、そこ行ってその思い出を変えちゃえばいいんだよ。
わかるかい?

俺たち、歴史上の人物じゃないんだから、そんなに詳しく歴史にのってるわけじゃないから、自分で変えてくればいいんだよ。

たとえ話なんだけど、俺、あの~同級生に会うたびに俺も生徒会長で大変だったよ、ってずっ~と言ってたの。
そしたら、何十年も言ってたら、この前友だちに会ったとき、お前生徒会長だったよな、って言うんだよ。
だから、分かんないんだよな。

だからさ、過去にいろんな小学校の頃にさ、こんな失敗したとか、おねしょもらしたとか、いろんなものあると思うんだよ。
だけど、事実上、誰も覚えてないんだよな。

自分のなかに覚えてるんだよな、って。
わかるかい?
だけど、いじめられてた記憶もあるだろうけど、いじめなかったんだよな。
だって、その子より弱い子がいたかもしれない。
だけど、その子をいじめなかったんだよな。
だから、優しい子なんだよ。
だから、今があるんだよな、一個一個ひっくり返すんだよな。

みっちゃん先生が1500人くらいの会場で乾杯やったとき、あがっちゃってたから、コップ持たないでやっちゃったんだよ。
そのときのことを思うと顔から火が出るほど恥ずかしいって言うんだけど、みっちゃんそれやめな。
どうせ言うなら『腹よじれるほどおかしい』って言いな、そのときのことを想像すると、それって楽しい思い出になるんだよ。

わかるかな。
だから、そこへ行って、クルックルッと『自分さがしの旅』へ行ったとき、マイナスになってしまったのは何だろう?いくつもないんだよ。

で、その経験をクルックルッとひっくり返すと、これから先は今起きてることでもどうにでもなるんだよ。
OK?

それで自分のいやなことですら、いいことに変えられるとどうなるかと言うと、自分のいいところを発見できるようになる。
わかるかな、たとえば、この前スタイルがよくてモデルさんになりたい、って子がモデルになるには3センチぐらい足らない。

バラエティに行くには明るさが足らない、っていろんなことを言うんだけどそれって、あんたが人の基準に合わしたときそうなんだよね、わかるかい?
自分て、神がつくったかけがいのないスゴイものなんだよ。

だから、ここに来てるムクちゃんっていうのがズングリムックリしてるじゃん。
でも、あの子介護向きなんだよ。
形が(笑)
下から年寄り支えたりそういう目で見ると最高なんだよ。

ユリの花はダリアに憧れないんだよ。
わかるかい?
桜の花はね、蓮の花に憧れたりしないんだよ。
みんな一生懸命に咲くんだよな。

どこかで、勝手な人間だけがこういうのが基準で。
わかるかい?
背が高くてこういうのが良くて、って、モデルさんになるときに要る話だよね。
介護向きじゃないよね(笑)

人間ってそれにピッタリ向いてるんで、だからタンポポはタンポポとして咲けばいいんだよな。
それが、自分にできるようになったとき、自分って介護向きで最高の仕事だな、って自分はものすごく暗いから葬儀屋向きだな、とか(笑)
まあ、そんなのあるかもしれないけど。

自分て最高だな、って思ったときに最高がわかるようになってくると今度、人に対てもその人が気がつかないことでも、あんたこうだよ、って言ってあげたり最高だよ、って言えるようになる。
わかるかい?

自分のいいところを発見できないような人が人のいいところなんか発見できないんだよ。
わかるかい?

自分の暗いところや変なことばっかり言っている人で人を誉める、って無理なんだよ。
だって、素晴らしいことを発見する能力がないんだよね。
わかるかい?

それが、人間でもできるようになると誉められる。
新小岩っていいよね、とか新小岩にいると新小岩を誉められるんだよ。
地元の人も喜ぶし土地の神様も喜ぶんだよ。
わかるかい?

よく東京に来ると、わたし東京ってダメなんです。
人混みが多くて、空気悪くて、って言うんだよ。
そういうこと言っちゃいけないんだよ。
そこに住んでる人がいるんだから。
わかるかい?

東京じゅう、敵にまわすなんて(笑)
それよりも東京っていいですね。
手上げればタクシー止まるし、それから世界中の料理食えるし、24時間やってるんだよ。
こういうところって最高ですよ、って言えるような人ってさ。
鹿児島に住んでいようが、宮崎に住んでいようがそこを誉められるんだよ。
わかるかい?

東京をけなしている人って、地元を誉めているかというとそうじゃない。
何にもないんですよ、ここは(笑)
発想は同じなんだよね。
歌と同じで、一曲下手な人はみな同じなんだよな(笑)

それと同じで、東京誉められない人が千葉誉められないのと同じなんだよな。
で、東京のいいところも探せられる。
新小岩のいいところも探せられる。
って、なってきたときこの不況でも何かいいことがあると探せられるんだよ。
わかるかい?

だから、『自分さがしの旅』ってオセロゲームみたく、ひっくり返してこれれば、自分のよさも探せられる、人のよさも探せられる、新小岩のよさも探せられる。

俺みたいなものがニューヨークへ行けば、ニューヨークっていいね~つって、ニューヨークのよさも探せられる。
な?だからみんなが不況になって嫌になっちゃう、って。
不況は不況でいいことは必ずあるんだ。
コインだって裏と表が必ずあるんだよ。
裏だけのコインとか表だけのコインってないんだよ。
必ずいいことがあるんだよ。

だから、いいところを必ず探せるには、あなたが探せないのは、あなたがあなただと思ってる偽物のあなたではダメなんだよ。
本当はそういう人じゃないんだよ。

なぜかと言うと、俺たちは、神様の分け御霊をもらってるんだけど、本来、神が人間をつくったときには肯定的につくってあるんだよ。
本来、否定的じゃないんだよ。
否定的じゃなくて肯定的だから人類は永遠に発展してるんだよ。
わかるかな?

じゃなけりゃ、発展っつうのないんだよ。
だから、今魂の時代って、話がそれちゃうかもしれないけど、いろんな道具を使うのは猿でも石ぐらいは使っちゃうけど鑿作ったり、鉋作ったり、いろんなものを作れるの人間だけなんだよ。

だけど、鉄砲もつくったけど軍隊もつくったんだよな。
これも人間しかいなんだよ。
だから、人間って愛に目覚めないと、とんでもないことはじめるんだよ。

ね、それって何ですか、つと、みんながいいところいいところを探すようになれば、人間ってそんなバカなことしないんだよ。
わかるかな?心の問題でもなんでも、言っちゃ悪いけどね、ヒトラーでもなんでもどっこかに歪みがあるんだよ。

あなたが歪んだのは、あなたの性格だと思っているけどちょっとあなたの故郷、俺たちってよくいきなり前世療法とかやるんだけど、前世まで行かなくてもいいからあの、今から俺たちって記憶に残ってるものがあるんだよ。
その記憶だけを辿った旅でじゅうぶん変えられるんだよ。

俺たちに影響しているのは今世いろんなことが起きてるから。
なぜかと言うと、こういう親の下で生まれる、のはだいたい前世で何をやってきたか、ってわかるんだよ。
だけど、前世療法やったってなぜ、水が怖いのでしょう、って船が沈んだことがある、ってたいがいあるよな。
何代も生きてるなかでは船だって沈むよ。
そこまでさかのぼるよりも、たいがいは親のこと、学校の先生のこと、運動会でペケだったこと、そんなことがあなたを消極的にさせてるんだよな。

ね、それから近所の人が言ってることだいたい、成功してない親とかって『類友の法則』ってそういう人しかいなんだよ。
そうすると、それが世界だ、というような気になっちゃう。
でも、みんながそういうことを考えてないよ、って言いたいの。

だから、俺たちってのは『自分さがしの旅』にでる。
自分が納得するまで何年かかってもいいから、あのときあれでよかったんだ。
あのときのことを考えれば笑っちゃうよね、とか。

あの、寺田さんっていうのが酒蔵やってるんだけど、小学校の先生になりたくて大学に行ったんだけど、なんか、先生になる練習で小学校の生徒の前で真っ赤になってしゃべれないんだって。
それが自分にとって負の遺産じゃないけど、大学まで行って小学校の先生になりたかったんだけど、小学生の前で赤面しちゃって一言も声が出なかったことがすごく心の負担だったらしいんだよな。

で、寺田さんね、そのこと、どういうふうにしゃべれなくなったどうやって克服したかそれ話そうよ、そしたら、しゃべれない人っていっぱいいるから。
あの、欠点って、欠点のままにしておくから欠点なんだよね。
ひとたび乗り越えちゃうと宝になっちゃうんだ。

最初から話がうまかった人よりも自分はあがちゃってこういう状態だったけどどうやって克服したっていうプロセスを話すとそれっていい話なんだよな。
それで、あとねおねしょが止まなかった、らしいんだよね。
で、おねしょが止まんなくて修学旅行が行けなかった。

修学旅行に行くとおねしょしちゃうから、もし、したら大変だから、と言って行けなかったんだけど、逆に言うと行かないから、あそこんちって金もあるのに行かないからどうせおねしょでもするんでしょ、っていう噂がたっちゃって、自分は寝しょん便大統領って言ったとき、寺田さんね、それみんなの前で言おうよ。

何でかというと、隠しているとすごく重いものになるからね、ってそしたらねあの、みんなが集まったとき伊能忠敬だったっけ、日本地図かいたの。

伊能忠敬は日本地図かいたけど、私は毎日世界地図かいてました(笑)
ってみんなを笑わせたとき、もう、この人からは心の傷は消えたな、なまじ、会社の社長になったり本まで出している人がねそれってすごく欠点になるけど、どこかでそれを自分が笑い飛ばせたり、自分はそういうことがあったからどこかでおねしょをする人の気持ちがわかったり、人のことを傷つけなくなったりだから、自分が優しくなれたのは欠点があったからなんだ、って言ったとき、それって宝に変わるんだよな。

だから、どこでもいいからそこへ旅してさ。
一つずつ自分はあのとき、こういうことがあったから同じような人を見てもバカにしない、話せなくて、顔が真っ赤になった人を見たとき、自分もそういうことがあってその人の気持ちが分かる。
だからあのことで自分は優しくなれた。

もし、最初からうまく話せる人だったら、話がつっかえてる人を見てだらしないな、とか思っちゃうかもわかんないじゃん。
だから、人間ってさ、みんないろんなものを持ってさ。
行くんだよな。

人間って、何か悪いんだよ。
頭が悪い。
性格悪いとかな、歯並び悪いとか痔が悪いとか(笑)
なんか悪いんだよ。

その何か悪いのをさ。
心が乗り越えて宝に変えてさ。
一個一個あのオセロのようにひとつずつ白いものに変えていけたらさ。

俺は、人が相談に来てもどうやったら変えられるか、って思うんだよな。
その人の持ってるものそれ宝だよ。
そのまま、心の中にしまって置くと暗くてつらいものだけど、それを公開してそれのおかげで俺はこうなれたんだよ。
このおかげで思いやりのある人間になれたんだよ。

俺も小さい時から病気だけど病人のこともわかるしさ。
そのことでまるかんっていうのができたし。
だから、嫌なことが神がくれたらレモンくれたらレモネードに変えるだけの知恵をず~っと持たないといけない。神は宝をくれないんだよ。

宝に変えるべきものをくれるんだよ。
でも、それは常に困難にそっくりなんだよ。
梅のようなすっぱくて食えないようなものを、日本人は塩漬けにして梅干しにして保存食にして無くてはならないものに変えたんだよ。

だから、俺たちって神がくれたものを見るからに宝よりも一工夫して宝になるものが多いんだよな。
オセロの黒をくれたらひっくり返す努力だけはしなければならないんだよ。
そしたら、白をもらえるからな。
それはいいんだよ。
黒が影響するんだよ。

あのな、いいことっていっぱい要るんだよ。
からだにいいもの。
朝鮮人参でも何でもからだが治るまで相当量が要るんだよ。
ところが、悪いものって毒薬でも耳かき一杯あると俺たち全員死ぬんだよ。
あのくらい、効くものはないんだよ。

だから、人に毒のある言葉とか傷つける言葉ってちょっとでもすごく効くよ。
誉め言葉なんて、たいして効かないし覚えてないかもしれないけど、人に言う悪口とかいじめとかその人のどれくらい心に傷つけるか、俺たちは人を傷つけるんじゃなくて荷物を降ろしてあげたり黒、と思っているものを白、に変えてあげたりする努力をすると人を傷つける奴って嫌だよな。

お前、簡単に人を傷つけるけど、俺たちそれを治すのにどれだけかかるのか、お前の一言を治すのに俺たちは何年もかかるか、わかんないんだよな。

あのな、破壊ってすごいように思うんだよな。
でも、どんなに破壊しても建設のほうが上なんだよな。

建設は手間暇かかるようだけど、関東大震災だろうが全部東京ダメになったんだよ。
それから、爆撃でダメになったんだよ。
破壊は速いようだけど必ず人は何年かけても復興するんだよ。

今、全部ビルが建ち、東北の方でも建物が建ってるんだよ。
だから、俺たちの努力はムダなように思うけどムダじゃないんだよ。
ひとつひとつひっくり返す努力というのは、悪いものをひっくり返す努力っていうのはな。
人を脅かすのは速いけど無意味だよな。
建設的じゃないんだよ。

俺たちがやらなけりゃならないことは、みんなが故郷に帰るときにお手伝いして、お前、こういうことでつかえてるんだったらこうふうにひっくり返したらどうだ、こう思ったらどうだ、ということをひとりで旅するのも楽しいけどさ。

たとえば、相棒みたいのがいるとかさ、これが本になって出たときこの本が相棒になってこの本、一冊持ちながら、心の旅路に出てみるとかな。

そうしたとき俺は、運動会ペケだったな、とかお母さんに試験が悪かったときがっかりされたな、とかそんなことだよな。
何か言うたびに俺んちは、金がないからダメなんだ、この成績ではダメだ、とか先生にこう言われた、ああ言われた、とかそれをひとつずつさ。

そんなことないよって。
ひとりさんなんかもっと成績が悪かった(笑)
ね?それだって明るかったじゃないか。

全部変えていこうよ。
おねしょしても世界地図描いてたんだ、って笑い飛ばそうよ。
自分で言おうよ。

これが『自分さがしの旅』だと思ってるの。
この『自分さがしの旅』って楽しいし、意義があるし、この旅は人にも教えられる最高の旅になると思います。

以上です。

おかげさま

 

おかげさま



夏が来ると「冬がいい」と言う

冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い

痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「ヒマになりたい」と言い

ヒマになると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い

自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う



借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる

金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる



衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満の明け暮れ

隣を見て愚痴ばかり



どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか



親のおかげ

先生のおかげ

世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて

得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう



「俺が」、「俺が」を捨てて

「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


作者不明ですが・・・と紹介されていました。

そんなふうに、感謝とともに暮らせたら

日々はとても穏やかに、優しく過ぎていくのでしょう。

大部分の人たちがそうやって暮らしたら、

地球は優しさのあふれる、素敵な星になるでしょう。




▲https://happylifestyle.com/11524

「神様」と言えば、どのようなイメージがありますか。

やはり「神秘的な力を持つ存在」という
イメージを持つ人が多いのではないでしょうか。

運をよくしたり、奇跡を起こしたりする
神秘的な力を連想します。

ところで、神様はいると思いますか。

現在のところ、神様の証明は、されていません。
神様の存在は、個人の考え方しだいです。

なかには「神様は存在しない」と
主張する人もいるでしょう。

証明されていないわけですから、
一理ある考えですが、少しもったいない気がします。

神様を否定することは、
神秘的なことすべてを否定することになるからです。

つまり、運も奇跡も、
存在しないと言っているのと同じです。

それは自分の人生において、損です。

「だめなものはだめ。やっても、どうせ無駄だ」
という考えになります。

神様を否定しているので、
運や奇跡も起こりえないと思えてくるのです。
神様は、いると信じたほうがいいのです。

少なくとも、いると思うほうが、ポジティブです。
神様を信じる人には、運や奇跡が、起こりやすくなります。

神様の存在を信じることは、
神秘的な運や奇跡も存在すると、認めることになります。

神秘的な運や奇跡ある人生のほうが、前向きになれます。
努力をすれば、報われるだろうと思えてきます。

勇気を出せば、きっとうまくいくだろうと思えてきます。
人生に対して、希望が持てるようになります。

神様はいると信じる人には、神秘的な力が宿るのです。


▲新まにあリュージョン

歴史好きな女の人をさして「歴女」とかがありましたが、
神社仏閣にはまりつつある男はなんていうのでしょうかね。

やはりシンプルにスピオタですかね。

私は有神論者の無宗教で、
神様はいないわけないと思っていますが、

特定の宗教を信じなければ救われないとかの
こだわりは少ないと思っています。

でも逆に、宗教なんてバカバカしい
とも思えません。

いいところはどんどん
自分の中に取り入れていけばいいと思います。

自分を変なヤツとも思えるし、
典型的な日本人的発想だとも思えます。

宗教かどうかの線引きというのは結構、
難しいのですね。ヨガとか、瞑想とか座禅とか、

気功、少林寺拳法とか、どこまでが
宗教ではないと言えるのでしょう。

本当に自分の中に神様がいると信じられるなら、
特定の宗教宗派は必要ないとは思います。

だけど、それは考えようによっては
世界地図とコンパスを与えられて
世界を旅するようなものなのかなとも思えます。

自分が世界のどこにいるのかを知ることは大切ですが、
実社会では、今いる街の中の今日泊まる場所とかの
地図が必要なんですね。

そしてもちろん地図だけではなく、
道を聞いたり、ホテルの予約を取ったり、
旅費を稼いだりと、人とつながることが必要です。

つながるというか、
他人の世話にならないと何もできないんですね。

さらに、自分の中の神様を信じて
大切にするということは覆すつもりはないのですが、

これだけだと、なんだか
自分の力でなんでもできちゃうという
「おごり」の意識も育ててしまう気もします。

かたや、自分の内側の神様と同じか、
それ以上に大切な神様がいます。

それは日本人なら誰でも知っている、
「おかげさま」という神様です。

ややこしいですが、
私が一人で何かを成し遂げた訳ではありません。

おかげ様のおかげさまで
成し遂げることができましたという気持ちも
願望達成には必要だと思います。

特に、大きな願いになればなる程
この気持ちを大切にしないと達成できないと思います。

ここがすごく矛盾する部分で、
自力本願と他力本願の両方とも大事だということです。

私には、これのイメージがまさにタオ思想の太極図なんです。

タオは宗教なのか、その程度の知識すらなくて書いちゃってますが。



金子みすずさんの有名な詩もありますよね。


『蜂と神様』      金子みすゞ

  蜂は お花の中に
  お花は お庭の中に
  お庭は 土塀の中に
  土塀は 町の中に
  町は 日本の中に
  日本は 世界の中に
  世界は 神様の中に

  さうして さうして 神様は
  小ちやな 蜂の中に。


ちょっと今回は、話がいろんな方向に飛んで
一貫性がないかもしれませんね。

もっと飛びそうになるので、

このくらいでやめておきます。


自力本願には落とし穴があり、
他力本願もないがしろにはできないと思うのが、
ここ最近の神社めぐりの興味の原動力かなと思っています


「捨てる神あれば、拾う神あり」の私的解釈

 
▲推薦ブログ「老いてこそ勉強」から。上画像にリンクを貼っています。是非!

前回のブログ記事に対して、
敬愛する我がローズコーンさんから
うれしいコメントを頂きました。

「あなたはとても心が○○なお方なんですね」
なんて、気恥ずかしくて
とても転記できないような
励ましの言葉まで頂戴しました。

これもまた、

天之御中主神様の存在とお力を
お読みくださる皆様にご紹介した
ご褒美なのだと受け止めています。

ローズコーンさん

我がソウルメイトさん。
来世でのお付き合いも
お願いしている魂の友。

つたない記事に真に元気が出る
コメントを有難うございました♪

大感謝いたします。

I hope you have a nice day today too.



「捨てる神」あれば、「拾う神」あり




「捨てる神あれば、拾う神あり」


世の中には様々な人がいて、
自分のことを見限って相手にしてくれない人もいれば、
その一方で救いの手を差し伸べてくれる人もいる。

日本には八百万の神がいるのだから、
不運なことや非難されるようなことがあっても、
くよくよしなくてもよいという教え。


<故事ことわざ辞典>より

私は以前より、この「ことわざ」に
なんとなく違和感がありました。

「捨てる悪魔」あれば、「拾う神様」あり!

それなら分かります。

だけれど、

「捨てる神様」がいて、「拾う神様」もいる!
なんて言われたら、

「苦しい時の神頼み」じゃないけれど、
苦しい時にこそすがりたいのに
冷たい神様もいるなんてありえない!

そんな違和感がありました。



引き寄せの法則からみれば、

最近の私の経験談ですが、

心配事や解決できない問題があって
半ばノイローゼ気味に陥っている心理状態では

「苦しい」「つらい」「もうダメかも…」と
自分が発する波動がかなりマイナス状態にありますから、

「類は友を呼ぶ」で、

その低い波動が共鳴して引き寄せる出来事も
自分にとっては、なおさらに
都合の悪い出来事になってしまいがちです。



だから、

一生懸命やっても自分ではもう
問題を解決できない時には、

自分の波動をプラスに
引き上げることが重要なのです。


困って苦しんでいるその人を
見捨てる神様なんていません。

神様は、なんとか救いあげたくても
その人が発する低い波動があまりにも
悪い出来事ばかり引き寄せてしまうので

それをさえぎることで手一杯で
その人の悩みを解決する手助けまで
手が回らないのが現状ではないのか

だから、具体的には

神様がその人を見捨てているのではなく、
「その人が神様のご支援を遠ざけている」
という意味で。

「神様のご支援を遠ざける人」あれば
「神様のご支援を受けやすい人」あり!


という表現が正しいのだと思います。

苦しい状態にある人を
見捨てる神様なんていません。

その人のことを本当に
親身になって守って下さる
守護神(しゅごじん)は
宇宙にお一人しかいません。

だから、困っている時ほど
守護神様のご支援が届きやすいように
自分の波動を高める必要があるです。



そのための効果的なマントラ(真言)が、

天之御中主神様(アメノミナカヌシさま)。
お助け頂きまして有難うございます。


です。

「もう、自分の手に負えない」
「打つ手なし」「もう限界かも…」という

絶対絶命の時にこそ、何百回と繰り返して
自分の波動を上げるよう努めてみてください。

その問題が解決されたら、
「ああ、良かった!」と大感激します。

その大感激している自分をイメージしながら

天之御中主神様(アメノミナカヌシさま)。
お助け頂きまして有難うございます!


と、マントラを繰り返すことがポイントです。

「自分はこの状況を抜け出せるかも」という
確信を前取りすることがポイントです


神様のお陰とは、実感しづらいけれど…

たとえばあなたが、
困った状況に置かれた時に
打つ手がなくて行き詰って苦しいとします。

その時に、この感謝のマントラを
何百回と唱え続けたとします。

自分の手に負えないときは
天之御中主神様のお力を
お借りするのが一番の近道です。

その結果、しばしのタイムラグはあるものの
「あれっ」というほど、あっけなくその問題が
解決されたとします。

しかし、それを解決してくれたのは
親だったり、連れ合いだったり、子供だったり、
上司だったり、友だったり、縁ある方だったりします。

普通、問題が解決できた時に、感謝する対象は、
その解決をしてくれた相手になりがちですが、

実際には、

その人を通して、
神様が解決してくれているのです。

だから、その人への感謝はもちろんのことですが、
神様にも、感謝することを忘れないようにしましょう。

天之御中主神様。
お助け頂きまして
有難うございます。

本日は、そのことをお伝えしてくて
このテーマを選びました。

×「捨てる神」あれば「拾う神」あり

あなたを見捨てる神様なんていませんから。



※但し、「解決のひらめき」があっても
実際には努力するのは自分自身です。

※最終的に自分の努力なしに
神様への依存心が強すぎるのは
低位霊の格好の餌食になりますからご注意を!

斎藤一人 「必要な『奇跡』を起こしてくれる守護霊と指導霊のお話し集」



昨日のブログでは、斉藤ひとりさんの
「苦しい時に心を救うお守り言葉」をご紹介しました。

私は今、一人起業をやっていますが、
なかなか、なかなか、なかなか、なかなか
思うようには行きません。

「こうやれば、こうなるだろう」という思惑が
ほとんどまったく通じない。

それはなぜかというと
「こうなるだろう」と思うのは

自分の都合だからです。
お客様の都合ではないのです。

起業して3ヶ月目、のたうちまくって、
やっと、そのことに気づきました。

バカですね。

61年も人間やっているのに
そんな初歩的なことすら、わかっていないままに
起業しちゃったのですから(苦笑)

毎日が苦しくて苦しくて…、

だから、昨日のブログで
「苦しい時に心を救うお守り言葉」を紹介しました。

実は自分に紹介したのです。

それで本日、朝から夕方まで、この言葉を
たぶん300回ぐらい唱えたと思います。



それでどうなったか?

効き目がありました。
このお守り言葉は本物です!

苦しいときほど、ご利益があります。

だけど、但し書きが2つあります。

1)「これで自分も助かるかも!」
確信を持てるまで何100回も唱えること。


2)「こうしたら良いよ」と言うご示唆が
ふっと浮かぶまで、かなり時間差があること。


この2点は、本日の体験から分かったことです。

「苦しい」「つらい」「もうダメだ…」
こうした状況に置かれた人間は、
マイナスの波動を発していますから、

引き寄せる出来事も、自分にとって
さらに都合の悪いことばかりです。

それで、

「なんだ、このお守り言葉は効かないじゃん」と
やめてはイケマセン。

天之御中主神様や内神様のお力を信じて
「うむ、これで自分も救われるかも!」

苦しい状況が解消されたときに
「ああ、有難い。ああ、うれしいなぁ!」という

晴れやかな気分を前倒しでこみ上げてくるまで
100回でも200回でも唱え続ける必要があります。



天之御中主神様
(アメノミナカヌシサマ)

お助けいただきまして、
ありがとうございます。




このフレーズを唱えるのに、10秒もかかりません。
あなたが本当に苦しいときに、ひとけのない場所で、

上述した解消イメージを思い描けるまで
繰り返し唱え続ける必要があります。

「溺れる者は藁をも掴む」

これは、人が困窮して万策尽きたとき
まったく頼りにならないものにまで
必死にすがろうとするという心情を表したことわざです。

そんな状況に陥ったときは、
その人が発する波動(周波数)が低くなっているために、

超波動が高い神様にまでその想いが届くまで
時間がかかるからではないでしょうか。


苦しい時は波動が落ちているので
ご示唆が来るまでにタイムラグがある


ですから、苦しいとき時にこそ、
「これで自分も助かるかも!」という気になるまで

ウキウキした気分が沸いてくるまで
何100回もこの言葉を唱え続けると良いと思います。



天之御中主神様
(アメノミナカヌシサマ)

お助けいただきまして、
ありがとうございます。



その結果、どんな解決策を授かるのか

天之御中主神様のご示唆には、
「内示」と「外示」があります。

「内示」とは、ふっとそう思う
「ひらめき」のことですが、

「外示」とは、接する人の何気ない言葉や
立ち寄った書店で目にした本のタイトルなど
「ひらめき」以外で授かるヒントのことです。

本日、私の場合は「外示」でした。

愛する奥さんとの何気ない会話の中で
彼女が言ったセリフの中にそれはありました。

まさに「ピン!」と来るセリフです。
そのセリフで心の中のモヤが晴れてゆく思いがしました。

もちろん、奥さんはそんなことは知りません。
なにげなく普通に言ったセリフに過ぎません。

だけど、解決策が見えない者にとっては、
その一言があけられないドアを開くカギとなって
パッと視界が開ける感じになります。

だから、苦しい時ほど
天之御中主神様や内神様のお働き(ご手配)を信じて
何度も何度も、このお守り言葉を唱え続ける価値はあります。

精一杯やっても、打つ手が見えないときは
自分の手に負えない状況なのですから、
素直に神様におすがりしてみるもの良いかもです。

私はこのお守り言葉は本物だと確信しています。

それを教えてくれた斉藤一人さんに感謝して
本日は、別の動画話を紹介します。

興味がある方は、お聞きになってみてください。



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ナガサキブタロー

Author:ナガサキブタロー
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